多分、リコリス・リコイルが好きな人ってMGSとか伊藤計劃とかTom Clancy's The Divisioとか好きそう(偏見
「へぇ〜良いね! 羨ましい! 私もその映画見に行きたかったんだよねぇ」
休日にリコリコに立ち寄ったヒメコは、ボードゲーム会に参加して近況を漏らしていた。彼女はスミレにせがまれ、映画のチケットを二人分取ったらしい。
「スミレが見たがっていた映画のチケットを代わりに取ったんだが、人気の映画なのか?」
「う〜ん、人気というか……フキとサクラちゃんがモデルの映画だからね。是非とも視聴してフキを揶揄ってやりたい!」
「あれ、本当に映画化したんだな。作品に魅力があるかは、かなり疑わしいだろ」
「クルミったらノリが悪いなぁ。身内がモデルの映画なんてそれだけで面白いに決まってる」
「随分とニッチな身内受けだな……」
呆れ顔のクルミを他所に、他の常連客は首を傾げた。千束は説明して回る。うちの同級生の子にそっくりな役者さんが出演する映画があるんですよー。延空木で宣伝されてたあの映画です!
「でも勿体無いわね。折角の休日、私なら男を捕まえて映画館デートにするわ」
「地に足をつけて真剣に探せば、ミズキなら相手が見つからない訳もないだろうに」
ミカが溜息を吐くが、ミズキは胸を張って言う。私は妥協するつもりなんてないから、と。高過ぎる理想を抱いたまま溺死するつもりなのだろうか。クルミは哀れなものを見るかのように目を細めた。
「アンタは、合コンに誘ってもいっつも断るじゃない。若い間に相手を探しておかないとダメよ。白馬の王子様や運命の出会いなんて現実にはないんだから」
ミカが口を挟もうとするが、ミズキは打って変わって真面目な表情をしていた。悪意がある訳でも、巫山戯ている訳でもない、素面の忠告である。もう暫く様子を見ようと、ミカは静観した。
「みんなね、自分達の出会いを運命的な物語として語るわ。でも、言葉で紡げば素敵に聞こえても、その実はあり触れていて泥臭いものよ。人は何でも美化したがるからねぇ」
下心を稚拙に隠しながら、互いを尊重し合い、泥臭く打算を積み重ねて、妥協して手を取り合う。普通はそうなのだと、ミズキは語った。クルミは揶揄いはしないが、苦言を呈する。
「夢がないぞミズキ。リアリズムも過ぎれば皮肉と変わらん」
「まさかアンタの口から夢なんてファンシーな言葉が飛び出すなんてね」
「ま、ヒメコちゃんは映画を楽しんできなよ。今度、ネタバレしない程度に感想を教えてくれると嬉しいかな!」
千束がヒメコの背を元気良く叩く。だが、彼女の表情は何やら真剣で、迷っているようにも見えた。千束達は互いに顔を合わせてアイコンタクトを取る。
あれ、もしかして好きな人居るの?
コイツ、まさか抜け駆けか?
マジか。意外だな。
驚く三人に、たきなは呆れた視線を向ける。どうせ土井さんの件みたいな勘違いです。ヒメコさんに直接聞きましょう。そんなたきなの様子に気付いた千束は、慌てて彼女を止めようとしたが間に合わない。
「ヒメコさんは、好意を寄せている相手が居るのですか?」
三人は閉口する。やりたい事最優先が千束なら、言いたい事最優先がたきななのでは? クルミはそうとさえ思った。
「いや、若い間に相手を探さないとダメなのだろう? だが、そう考えると私にはスミレが居たと思ってな」
今度は全員が閉口した。確かに、ヒメコにとってスミレは幼少からのコンビであり相棒だ。だが、それは恋愛の対象になるものだろうか?
「好意も抱いているぞ。スミレの事は好きだ。何度も助けられてきた恩もある」
「なるほど、そうだったんですね……」
何やら納得した様子でたきなは頷いていたが、クルミとミズキは絶対に違うと首を横に振る。それはlikeだ、loveじゃない。しかし、千束は燦然と目を輝かせた。
「だが、お前とスミレは……いや、何も言わん。ボクは知らん。好きにしろ。はい、話は終わりだ。おいミカ、手を止めるな。手番が回ってこないじゃないか」
クルミは考えることをやめた。彼女は硬直していたミカを急かして、ボードゲームに意識を戻す。ゲームに参加していた来店客達も色恋沙汰かと疑うものの、事の顛末を悟って苦笑いしていた。ただ、ヒメコとの付き合いの長い千束だけが、優しく微笑んでいる。たきなはそんな千束を見て訝しんだ。
「な〜に、たきな?」
「……何故、そんなに嬉しそうなんですか?」
「し〜っ!」
唇に手を当てて、もう話は終わりだと言わんばかりに賽子を振って千束は駒を進める。はい、たきなの番だよ?
「秘密ですか。癪ですね。気になります」
「いや、多分スミレちゃんが驚くと思ってね」
「??」
「待たせたっすね。すんません」
「いや、私も今来た所だよ」
「その、なんか雰囲気違うっすね……」
「そうか?」
待ち合わせ場所で、スミレはヒメコを目にして息を呑んだ。それと言うのも、ヒメコが余りに普段の格好からかけ離れていたからだ。
彼女は、膝下までの丈のワンピースを身に纏っていた。初夏の季節に合わせて通気性の良い綿を素材としたそれは、シンプルな無地のパステルカラーだ。裾部分はまるでフレアのようにふわりと広がっていて、良い香りが仄かに香ってくる。
シューズは、動きやすさを重視してホワイトスニーカーが選ばれており、シンプルだ。その頭部にはグレージュ色をしたワイドブリムハットが日差し避けの為に乗っかっており、無理にお洒落したのではない地に足のついた生活感を醸し出している。まるで、夏は毎年このファッションだと言わんばかりである。
しかも、普段はポニーテールに纏めている黒髪も解かれて、ナチュラルなストーレートヘアにされていた。滅多に見ないヒメコの髪型は、それだけで若干の特別感を漂わせている。
「なんか……その……」
「?」
微かに首を傾げたヒメコを見てスミレは困惑した。あれ? 先輩ってこんなだった? もっと無骨じゃなかったっすか?
かつてはリコリスの制服、今はスーツ姿がヒメコの定番であり、言ってしまえば飾りっ気の無い素朴なイメージがスミレの脳内にはあった。だがこれは、想定外である。
「綺麗っすね、先輩」
「ふふふ、ありがとう」
スミレは何故か顔が熱くなるのを感じた。いやいや、待て待て、相手は先輩っすよ。これまでずっと一緒に顔を突き合わせてきた相手。こんな──
「ほら、上映時間に遅れるぞ」
「あっ……」
ヒメコは、当惑するスミレの手を引いた。ぶっきらぼうで力強いけれど、優しい手付きだ。こういう所は変わんないっすね。スミレはホッとして、調子を取り戻した。
ヒメコは、映画館内のチケットカウンターで手続きを済ませて座席についた。映画の上映は始まっておらず、照明も暗くなってはいない。スミレはポップコーン選びに席を離れており、上映時間までは余裕があった。観客もいまだ疎な中、一人の男がヒメコの隣に腰掛ける。
「おっと、隣失礼」
「どうぞ……」
特徴的な緑髪で鋭い目付きをした男だった。ヒメコは溜息を吐く。何故、折角のスミレとの休日にこんな男と顔を合わせなければならないのか。
「よお、随分お粧ししてんじゃねえか。デートか?」
「休日だ。貴様の相手はしたくない」
真島である。彼は乾いた笑い声を漏らしてヒメコを嘲笑う。
「人殺しの休日か。世界が平和に一歩近付いたな」
「そういうお前は何故此処にいる」
「そんな警戒すんな。俺も休日だ。つうか、療養中」
延空木から落とされてかなりヤバかったんだぜ。そう軽く流す真島をヒメコはジト目で見つめる。
「お前、転職したんだろ。今更良心が咎めて人を撃てなくなったとかウッソだろ」
「喧嘩を売りに来たのか?」
「いや、本当に休日だって。お互いプライベートは大事にしようぜ」
俺は映画館を爆破したり、懐にしまってる拳銃でお前を撃ったりしねえ。だからお前も、DAには今日俺に会ったことを黙っててくれりゃあバランスが良いと思わねえか? 真島はそう言う。殆ど脅しである。
「お前の可愛い後輩も、休日なんだろ?」
「……スミレに手を出してみろ。貴様、世界の果てまで追い詰めて殺すぞ」
「おおっと、仲間想いだねえ。だが、お前らは俺の仲間を殺しまくったのを忘れんなよ」
「所詮はテロリストだろうが」
ちらほらと、物騒な会話が一般客の視線を集め始めていた。ヒメコは仕方なしに真島を無視して黙り込む。彼は退屈そうに欠伸を漏らすと、足を組んで狸寝入りを決め込んだ。するうち、スミレがキャラメル味のポップコーンを両手にやってくる。
「はい、これ先輩の分っす──って真島ァ!」
「気にするなスミレ。お互い
「えぇ……」
「あんま騒ぐんじゃねえぞ。映画館ではお静かにだ」
確かに騒いでは迷惑だろうと、ヒメコは我関せずとポップコーンに手を付けた。スミレは頭を抱える。真島は、旧電波塔を爆破し、地下鉄を吹き飛ばしてリコリス達を殺しまくり、警察署を襲撃してDAに戦争を吹っかけ、一般市民に銃器をばら撒き、延空木を占拠したテロリストである。
スミレは、リコリスの制服を着ていない事を悔やんだ。もしそうでなければ、直ぐにでも真島の頭を吹っ飛ばせたのだが。彼はドン引きしてヒメコに耳打ちする。
「お前の相棒、殺気ヤバすぎだろ」
「貴様、自分がリコリスの不倶戴天の仇になっている事を自覚しているのか?」
「そんな恨まれてんの?」
「地下鉄で何人殺しやがったこのクソが!」
「落ち着けスミレ。今はダメだ」
ヒメコの制止で、スミレは冷静になった。此方には今、リコリスとしての
だが、この邂逅は双方にとって不測の事態だ。真島とて、DAに自身の生存が露見する事態は避けたい筈。先輩はプライベートだと言っていた。少なくとも、二人とも此処で事を構える気はないようだ。ならば──
「いや、映画を見ます。静かにね」
「なんだ、狂犬かと思ったが忠犬か」
鼻を鳴らして、真島はヒメコのポップコーンを摘んだ。お返しとばかりに、彼は彼女にコーラを押し付ける。
「キャラメル味か。悪くねえな」
「コーラ? 私はコーヒーが好みだ」
「臥薪嘗胆さ。資本主義の味がするだろ」
まるで腐れ縁の悪友のようにフランクな真島に毒気を抜かれて、スミレは脱力して座席にもたれかかった。こいつ、ホントにテロリストなんですかね……。
「中々良くできてたな。流石に細部は創作だったが」
「フキさんってあんなに活躍してたんすね!」
「いや、あれは千束の活躍もフキ役の手柄になってるな」
映画の視聴を終え、真島とスミレは和気藹々と映画について語り合っていた。映画館のロビーで二人して駄弁る様子を見て、ヒメコは少しムスッとする。仲良いなお前達……。
「千束さんはやっぱ凄いっすね」
「アイツは人間じゃねえ。人の皮を被った化け物だ」
「千束が聞いていたら頭を割られているぞ」
「黙れ化け物二号。お前らバランス悪過ぎんだよ」
真島は頭を掻きながら溜息を吐く。
「まあ、アイツとは延空木で一応決着が着いたからな。お前の事を思い出して様子を見に来たのさ。お前も、決着付けてみねえか?」
懐からキアッパ・ライノを覗かせた真島。だが、銃器を誇示して脅しをかけた筈の彼が、逆にピクリとも動けなかった。もしその引き金に指を掛けて銃口を動かせば、即座に殺す。無言でさえそうと伝わる凄みが、ヒメコから放たれたのだ。
「ヤバいな。ゾクゾクするぜ」
「この距離なら、引き金を引く前に殺す」
「お前、丸腰だろうが」
「銃が無ければ、殺せないとでも?」
真島は胸が脈打つのを感じていた。それは、危険やストレスに対処する為の生理的な反応であり、自らの体が危機との戦闘や逃走の最中にある事を示している。だが、彼は耳を疑った。ヒメコの心音は乱れない。彼女は一切の動揺なく、マジだ。
抜くか、仕舞うか──
「やめとこう」
ゆっくり、真島は懐から手を離した。ヒメコとやり合うなら準備が必要だ。拳銃一丁我が身一つでどうにかなる相手じゃねえ。それに、相手さんには随分とおっかない番犬が尻尾振ってる事だしな。
「そう怖い顔すんな。ただのちょっとした冗談だぜ。だから、ほら、その手を戻せよ。な?」
「何故っすか? 御守りを握り締めてるだけっすよ。きっと神様がお救い下さるっす」
そんな物騒な御守りはねえし、お前は無宗教だろうが。真島は突っ込みたかったが、固唾を飲んでスミレの動きを注視した。やがて、彼女は鞄からゆっくり手を離して見せる。真島の耳は、何か金属質で重たい物が鞄の底に落ちた音を捉えた。
「おいヒメコ、そいつやべーぞ。休日になんてモン持ち歩いてやがる」
「お前が言うな」
「いや、マジだって。そういうの任務外で勝手に持ち歩いてるのがバレたらマズイんじゃねーか?」
「ノーコメントだ。スミレ、後で話がある」
「……え? 私が怒られる流れっすかこれ?」
ヒメコと真島が呆れ顔で二人してスミレを見つめている。理不尽だ。アンタら、実は仲良いでしょ!?
「美味そうなメニューっすね」
二人は、映画館帰りにカフェに立ち寄っていた。スミレはメニューに目を通すが、アメリカンコーヒーが見当たらないので、代わりにマイルドコーヒーを注文する。
「先輩はどうします?」
「カフェラテで頼む」
注文が届くまで椅子に深く腰掛けて、スミレは先程の真島とのやり取りを想起していた。彼女は内心でヒメコを想って溜息を吐く。
「もしその時が来れば、真島は私が殺します」
ヒメコは人を殺せるが、殺した分だけ自分も殺してしまう類いの人間だと、スミレには分かっていた。機械のようにあらゆる任務を成功させていた昔の先輩は凄いリコリスだったし、憧れもした。それでも──
「私は今の先輩が好きです。変わってほしくない。だから、先輩には殺させません」
「だからといって、任務外で銃器を持ち歩くな」
「それは……すんません。でもでも、そのお陰で今回は助かったでしょ!?」
「だから今回は目を瞑る。次はない」
スミレは生返事をして目を逸らす。彼女は毛頭止めるつもりがなかった。もし、いざと言うときに手元に銃がなければ、自分は何も守れないからだ。
「それに、人は変わるものだ。それを留めることはできない。できるのは、せめてより良く変われるように努力する事ぐらいだ」
「もっと素敵になるんすか? 益々先輩の事が好きになっちゃいますよ」
冗談めかして言うスミレ。しかし、ヒメコは茶化さず胸の内を口に出す。
「ありがとう。私もスミレが好きだよ」
思わぬ直球の返事に、スミレはたじろぐ。するうち注文が届き、彼女は逃げるようにマイルドコーヒーに口を付けた。水の味しかしない。気が動転して舌がダメになっているのだ。
「だから私も、スミレに銃を振り回して欲しくないんだ」
「それは……」
「分かってる。無茶な願いだ」
もし私たちが孤児でなかったら。もしDAに引き取られなかったら。たらればの話に意味はないけれど、それでもヒメコは思わずにはいられなかった。
「普通の生活、普通の家庭、
「いいや、私は今の生活が好きっすよ。どうせ誰かが片付けなきゃならない仕事ですし──お陰で先輩とコンビを組めましたから」
ヒメコは、苦笑して頷いた。
「ああ。スミレと出会えて私は嬉しい。君とこうして居られる日々が、私の幸せだ」
嬉しそうにヒメコは微笑んだ。彼女はよく笑うようになった。それも、スミレが好きな彼女の変化の一つだ。もっと彼女が笑っていられますように。スミレは心からそう願いながら、卓上にコーヒー粉を置いた。
「これ、プレゼントっす」
それは何の変哲もない市販品だが、二人にとっては特別な意味があるものだった。
「まだ、憶えていてくれたんだな」
かつての記憶を鮮明にヒメコは想起した。二人は、決まって任務を終わらせた後にヒメコの部屋に集まって、ドリップ式のコーヒメーカーでアメリカンコーヒーを淹れたのだ。
「次の任務が終わったら、また昔みたいに寮でコーヒーを飲みませんか? 今度は、私の部屋で」
「ああ、楽しみにしてるよ。今度は私がコイツを持って行こう」
コーヒー粉を鞄にしまって、ヒメコはまた微笑んだ。カフェの店内から彼女は通りに目を向ける。昼下がり、何と言うこともない長閑な情景だ。店内に備え付けられたテレビからは、何処かのお祭りやグルメの特集など、平和な知らせが流れてくる。
「どうしたんすか?」
じっとスミレを見つめてみると、彼女は可愛らしく首を傾げる。普通の生活、普通の家庭、そうしたものがなくても、平凡な日常は遍在する。そのようにスミレは思った。
「きっと、どんな人間にでも、平凡な日々という物はある。そんな風に思っただけだよ」
「最近の先輩はポエミーっすね」
詩的で素敵っすよ。そう揶揄うようにスミレに笑われて、ヒメコは含羞んだ。