リコリコ常連系リコリス【完結】   作:Iteration:6

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番外『チョイス・ユアセルフ』
『ファースト・ステップ』


「ねえねえ、ヒメコちゃん。ちょーとお仕事手伝ってくれないかなあ?」

 

 千束が、コーヒーを口にしながら読書中のヒメコに声をかける。彼女は日がな一日、カウンター席で軽食を注文してリコリコに居座っていた。栞を挟んで顔を上げた彼女は、首を傾げて不思議がる。

 

「仕事?」

「そうそう。人手が足りなくてね。お手伝いさんが欲しい」

「それは、どっちの?」

「勿論、リコリコの。スミレちゃんにもちゃんと伝えておくよ。勝手にヒメコちゃん手伝わせたら怒られちゃうからね」

 

 リコリコでの任務は、非殺傷任務である。つまり、リコリスから退いて殺人許可証の無いヒメコでも手伝えない事はない。彼女はひとしきり考え込んだ後に首を横に振る。

 

「悪いな千束。私は──」

「いえ、勘違いされているようですが、そういう仕事ではありません。迷子犬捜索です。数日前から行方知れずだそうで」

 

 たきなが、ヒメコにポスターを見せた。迷子犬の写真付きで、犬種や性別、性格から特徴まで詳細に記されている。

 

「犬種は柴犬、毛色は赤色でオス。首輪は黄色で名前と連絡先付きでした。年齢は6歳です。車庫の犬小屋から失踪したのが三日前。飼い主は方々を探し回っていて、リコリコに来られたのが昨日です」

「それで、私が引き受けたって訳。見つけたらちゃんと報酬も貰えるよ」

「雀の涙だ。千束は儲からない仕事を取ってくるのが上手いな。ボクにはとても真似できない」

「儲かる儲からないじゃないよ。助けてって言われたら助けるのが私。迷子犬捜索からコーヒー豆の配達まで何でもござれよ」

「今時、絶滅危惧種のお人好しだな」

 

 クルミはノートPCを閉じて、気怠げに壁にもたれ掛かった

 

「ボクは気が乗らん。今回はパスだ」

「え〜! クルミなら簡単でしょ。探し物得意じゃん」

「千束が取ってきた仕事だ。千束がこなすのが筋だろう。大体、ボクを使うなら相応の報酬を用意しろ。自分の技術を安売りするのは馬鹿がする事だ」

「むぅ〜……。でも、確かにそっか。私が探すって約束したんだし、初めから他人頼りはダメだね」

「私は手伝います。頼ってください」

「流石たきな、ありがと!」

「行くなら早く行きなさい。アンタら、営業時間後にしか探せる時間ないのよ。駄弁ってる暇なんてないでしょ」

 

 ミズキの言葉に弾き出されるように、千束はたきなの手を引き、ポスターを抱えて飛び出して行った。ヒメコは暫く無言で席に着いていたが、その腰を上げてクルミに近付く。

 

「説得は無駄だぞ。ボクが働く理由がない」

「分かっている。だから、私と一緒に探そう」

「おいおい、話を聞いていなかったのか」

「ウォールナットとしてではなく、クルミとしてだ」

 

 ヒメコは、印刷されたポスターを差し出す。クルミは不満げな表情を浮かべて溜息を吐いた。

 

「前時代的な捜索だ。見つかる訳がない」

「迷子犬の行動範囲は、三日なら大雑把に見積もって15km程だろう。6歳ならそこまではしゃぎ回って彷徨くこともない。普段の散歩道や馴染みのある場所を虱潰しにすれば見つかる可能性はある筈だ」

「……報酬は?」

「夜食とコーヒーを奢ろう」

「まるで散歩の誘いだな。仕方ない。手伝おう」

 

 お人好し2号だ。絶滅から遠ざかったな。クルミはやれやれと手を振ってから、重い腰を上げて席を立った。

 

 

 

 

 

 ヒメコとクルミは、迷子犬の普段の散歩道と、馴染みのランドマークから捜索を開始する。手始めに、墨田区の商店街を訪ねて聞き込みをした二人は、日が暮れ切るまで散策した後にコンビニに屯した。そう、コンビニである。

 

「夜食とコーヒーか、ボクの想像とは少し違うな……」

 

 てっきり、喫茶か外食店にでも入るものかと。そう呟くクルミに、ヒメコは紅鮭のおにぎりと缶コーヒーを差し出した。無言でそれを受け取ったクルミは、諦めて口を付け始める。

 

「まあ、たきなの賄いに比べれば……いや、どっちもどっちだな」

「たきなの賄い?」

「プロテインシェイクだった。効率的且つ手軽に栄養を摂取するのに最適な賄いらしい」

「ふふ、たきならしいな」

「笑い事じゃないぞ。死活問題だった」

 

 たきなが、プロテインシェイクをリコリコの面々の眼前に並べる様を想像して、ヒメコはニヤリとした。彼女はしたり顔で言う。

 

「多様性の時代だな。実に個性的なナラティブだ」

「ボクから言わせれば、まるっきりカオスの時代だ。自由は普及したが、その使い方までは普及していないらしい」

「だが、千束のような自由の使い方をできる人間もいる」

「それでも、そうではない人間の方が多い」

 

 クルミは嘆くように目を細めて、缶コーヒーに口を付けた。彼女は腰掛けた椅子で足をぶらぶらさせながら愚痴る。

 

「サッカー選手を見て、サッカーボールを買えば同じに成れると思う人間はいない。なのに何故、自由に生きる人間を見て、自由があれば同じように成れると勘違いする人間がいるのだろうな?」

 

 心底理解に苦しむ。クルミはそう吐き捨てた。

 

「自由は、選択肢を広げる道具に過ぎない。選択だって同じぐらい大事だぞ。選択を誤れば、何より不自由な現実が待っている。そして、人生は選択の連続だ。自由を使って広げた選択肢の中から、頭を捻って選び取る訳だ」

 

 ちらちらと、ヒメコを見遣るクルミ。だが、首を傾げるヒメコを見て、溜息を吐いてクルミは吐露した。

 

「つまりだな、ヒメコが夜食とコーヒーを奢る為にコンビニを選択したのは、たきなのプロテインシェイクの賄いと同じくらい不自由な選択だと言う訳だ」

「そうか? 私は好きだぞ。安いし美味いし手軽だ」

「お前はたきなか」

 

 げっそりしたクルミは、ノートPCを開いて迷子犬を探し始めた。ヒメコは背後から覗き込む。

 

「手伝ってくれるのか?」

「ただボクが、したい事をしてるだけだ。毎日コンビニに連れ出されても困るからな」

 

 クルミは、監視カメラの映像から迷子犬の所在を洗い出した。椅子に深く腰掛けて、彼女はPCとその目を閉じる。

 

「ボクも甘くなった。ラジアータをハッキングできる世界最高のハッカーが、コンビニで迷子犬探しか……」

「良いんじゃないか? テロリストやアラン機関の使い走りをするよりは、ずっと素敵だ」

「理詰めで褒めるな。謙遜できないだろ」

 

 クルミは千束に連絡を入れる。ヒメコは、彼女達が迷子犬について話し合うのを微笑みながら眺めていた。するうち、ヒメコのスマホの着信音が鳴る。

 

「あ〜、先輩っすか?」

 

 スミレからの電話だ。しかし、彼女の声は弱々しい。時折吐き出される呻き声が、負傷の可能性をヒメコの脳裏に過らせた。

 

「ちょっと、ドジったんすよ」

「まさか、任務中か?」

 

 応えはなかったが、銃声がそれに答えた。サプレッサーで減音された、鈍い発砲音だ。

 

「スミレ!?」

 

 ヒメコは険しい表情で叫んだ。数瞬後に、スミレの草臥れた声が届く。

 

 

「助けて欲しいっす」

 

 

 答えは迷うまでも無い。ヒメコは二つ返事で答えると、クルミを抱えてコンビニを飛び出した。

 

 

 

 

 

「年貢の納め時っすね」

 

 スミレはアイロニカルだ。ターゲットを、狙撃ポイントから撃つだけの任務だった。ターゲットにはプロの護衛が付いていたが、狙撃は身を隠しての一撃必殺。バレる時は勝敗が決した瞬間だ。ターゲットが排除された時点で任務は完了。そして、護衛達は任務失敗。それで終いの筈だった。

 

「参ったなぁ……」

 

 ターゲットと護衛達の間で、DAが把握していない契約があったのだろうとスミレは当たりを付ける。恐らくは、アナログな紙媒体での契約か、或いは口頭での契約か。護衛達は依頼主が排除されて尚、任務を終了せずに下手人であるスミレ達のチームを追跡していた。

 

「階下に居ます。一階ずつ虱潰しですね」

 

 狙撃任務故に、任務に必要な基本装備以上の物はなかった。人員は、狙撃手であるスミレの他に、彼女のバックアップである観測手と、近中距離戦闘用の装備を整えた遊撃手が一人のスリーマンセルだ。

 

「救援を要請しましょう」

「もう要請したっす。到着は30分後らしいっすよ」

「……クソが」

 

 セカンドの観測手は悪態を吐く。相手はプロの傭兵だ。お互いプロならば、任務以上の戦闘は好まない筈だ。仲間が殺された訳でもないならば、引き下がる筈だった。

 

「私が時間を稼いで、敵の数を減らします。貴女達は、バリケードとトラップを設置して最上階で籠城を」

「スミレさんは部隊長です、偵察には私が」

「だからっす。私が一番時間を稼げますし、生還率も高い。スリーマンセルだから、高度な指揮系統が必要な人数でも無いっす。上官が居なくても何とかなるでしょ」

 

 敵はビルの階下から迫ってくる。取り漏らしのないようにクリアリングしてくる筈だ。隣のビルに飛び移るには距離があり過ぎる。此処でやり合うしかない。

 

「狙撃時に確認できただけで、敵は凡そ五人。上手くいけば全員やっつけちゃうかもしれないっすよ?」

「無茶な……」

 

 スミレは、役目を終えた狙撃用のライフルを、室内戦用に取り回しやすいH&K MP5と交換した。遊撃手を担っていたリコリスは、受け取ったライフルを扱い難そうにしてから、乱暴に分解してサッチェルバッグに詰め込む。

 

「死にますよ」

 

 答えず、スミレは階段を降りる。諦めたセカンドリコリス達は、階段を登ってトラップの設置を始めた。彼女達は、非常階段と各オフィス内にブービートラップを仕掛け、オフィスデスクやロッカーを用いて通路を塞いでいく。

 DAが狙撃ポイントとして活用する為に、工事を装って封鎖したビルは、つい先日まで人々が働いていた名残を残していた。デスク上の資料やPCに貼り付けられた付箋。紙コップの減ったウォータサーバーと、缶コーヒが売り切れた自動販売機──

 

「ああ、クソ。コーヒー……」

 

 スミレは、自動販売機に硬貨を入れて悩み込んだ。仕方なく、彼女は酸味の強い野菜ジュースを選ぶ。マルチビタミンだの何だのが宣伝文句の安い清涼飲料水だ。彼女は、自動販売機の前で飲料に口をつけながらヒメコに電話を掛ける。窓から外を見ると、都会の夜景が目に入った。

 

 出ないだろうなあ。先輩、寝るの早いから

 

 でも、迷子犬を探すとか聞いたんだけどな。先輩や、リコリコのみんなで、夜更かしをして迷子の犬を探すって。

 

 なら私は、この夜更けに死ぬのだろうか。

 

 千束やヒメコのような例外であっても、任務では命の危険が伴う。まして、スミレは新米ファーストリコリスだ。フキのようなベテランでさえない。だが、ヒメコが居なくなった今、彼女を助けてくれる人は居ない。寧ろ彼女が、部下を助ける立場でさえある。

 跳ね上がる任務の難易度、何処かで限界が来る筈で、それが此処だ。スミレはそう確信した。彼女は、リコリスの制服に袖を通した時から覚悟出来ている。取り乱しはしない。だが、未練はある。

 

「せめて最期は、笑ってたいなあ」

 

 諦めて発信を切ろうとした刹那、ヒメコの声がする。まさか、出てくれると思っていなかったスミレは言葉に詰まり、いや、もはや呻くかのように言う。

 

「あ〜、先輩っすか?」

 

 携帯の向こうから、普段の調子でヒメコが話しかけて来た。スミレは必死に平静を装う。

 

「ちょっと、ドジったんすよ」

「まさか、任務中か?」

 

 通路の反対側からやってきた傭兵達が、スミレを認めてM4カービンから銃弾を斉射した。それは品質の良い純正品で、多様なアクセサリが満載だ。サプレッサー一体型の、特殊作戦部隊でしか目にしないような最新のガジェットが組み込まれている。金持ちだなと、スミレはぼんやりと思った。訓練を積み、実戦経験も豊富なようだ。

 

「スミレ!?」

 

 スミレは、物陰に身を隠して応戦する。自動販売機が銃撃に晒されて内容物を撒き散らし、派手な物音と鈍い銃声が響く。

 スミレは歯噛みした。ヒメコはリコリスから退いた身だ。なのに、こんな電話を掛けたら、彼女は不審に思って私を助けに来てしまう。それを分かっているのに、私は電話を掛けたのだ。彼女はそう自嘲した。

 

 

 私は浅ましい。

 

 先輩をまた戦場に引きずり戻してさえ

 

 生きていたいんだ。

 

「助けて欲しいっす」

 

 

 スミレはグリップを握り直す。ぼんやりと離人していた彼女の意識がクリアになった。生き抜く。死なない。絶対に。彼女は一切の容赦なく通路の敵兵に手榴弾を投げ込み、部下に戦闘を開始した合図を送った。

 

 

 

 

 

「車両と銃を借ります!」

 

 閉店したリコリコの裏口から、クルミを抱えて飛び込んで来たヒメコは、強引に地下の武器庫から装備を掻っ攫い、驚くべき速度で身支度を済ませていく。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってヒメコちゃん!」

 

 これには、迷子犬を見つけて乾杯していたリコリコの面々も目を丸くする。ミカは苦い顔をしながらも、ヒメコに車両のキーを投げ渡した。千束は呆気に取られていたが、ミズキはたきなの背を押す。

 

「アンタがついて行きなさい。曲がりなりにも言い訳できるわ。リコリコの任務の一環だって」

 

 全員が、何事かとヒメコに問いたかった。だが、彼女の余りにも鬼気迫る様子に、疑問を脇に置いて話を進める。

 

「割り出せたか?」

「港区のオフィスビル街だ。カーナビに登録しておいた」

「説明を」

「走りながらする」

 

 リコリコが任務で用いるバンに乗車したヒメコは、エンジンを入れて走り出す。バンに同乗するたきなは、冷静そのものだ。いや、寧ろ冷淡でもある。彼女は、ヒメコが尊敬できる人物だと認めていた。それが、こんな軽率な行動をするなんて──

 

「説明を要求します」

「スミレを助けに行く」

 

 任務で想定外の交戦が発生したとヒメコは伝えた。港区までなら、全力で飛ばして10分で着ける。彼女はそう運転を荒げて言う。

 

「……捕まりますよ」

「終わってから自首でもするさ」

 

 ヒメコは言う。全て知っていると。自分がリコリスから足を洗って情報部に異動できたのは、スミレとリコリコのみんなのお陰だと。スランプに陥った時も、人を撃てなくなった時も、いつだってスミレやみんなに助けられて来たと。

 

「だから、恩返しをするつもりなのですか?」

 

 たきなはあくまで冷徹に言う。

 

「ヒメコさんがしようとしていることは、犯罪です。リコリスでない貴女は、勤務先が特殊なだけの一般人です。銃刀法、殺人、不法侵入、器物損壊、道路交通法違反です──だから、私達に任せてください」

 

 たきなは、運転中のヒメコのチェストホルスターから、ゆっくりと拳銃を抜き取る。

 

「貴女が、銃を手にせずに済むようスミレさんは苦心しました。だから、私たちは貴女がこんなものを振り回さなくても、スミレさんを助けられるように手助けします」

 

 依頼、してください。

 

 たきなの言葉に、ヒメコはゆっくりと

 

 しかし、確かに頷いた。

 

 

 

 

 

 リコリコで呆然としていた千束を呼び覚ましたのは、黒電話のベルの音だった。ミカが受話器を取ると、電話の相手は即座に依頼を切り出す。

 

「楠木です。現在交戦中のリコリスの救援をお願いしたい。至急です」

「……港区か?」

「ご存じで?」

「その、ヒメコがだな、血相を変えて飛び出ていった。うちのバンと装備を持って行ったが、たきなも一緒だ」

「それは、本当ですか?」

 

 楠木は、電話の向こう側で沈黙した。想定を優に超える状況を突き付けられて、らしくもなく理解に時間が掛かっていた。

 

「あ〜、先生待って。今、たきなから電話来たよ。現場に到着したって。それと……」

 

 千束はたきなからの言葉を皆に伝える。

 

「ヒメコちゃんからの依頼。スミレちゃんを助けてだって。思い止まったみたい。いやあ、良かった良かった! ヒメコちゃん、人を撃ったら刑務所行きだからね」

「楠木、聞いての通りだ。忘れてくれ」

 

 ミカは、楠木から依頼の詳細を聞き出し、受話器を置いて指示を出す。

 

「ミズキ、使えそうな車両を探してくれ。千束は準備を。たきな、敵はプロの傭兵だ。人数は六人。一人は元リコリスらしい。厄介だ」

「元リコリス、ですか?」

 

 プロファイルを目にしたミカは顔を顰めた。

 

「数年前にDAから情報機関へ移り、以後はフリーランスの傭兵として生計を立てている。別名(コードネーム)はジャッカル。記録によると、ヒメコの上官だったらしい」

「え……」

 

 千束は言葉を失う。彼女の記憶には、スミレとコンビを組む以前に、ヒメコと共に任務をこなしていたファーストリコリスの姿があった。

 

「まずいな。たきなでは危うい相手だ。千束と合流できるまで直接戦闘は避けろ。依頼はスミレ達の救援だ。敵の排除じゃない」

「了解です」

 

 たきなは通話を終え、ヒメコから受け取った装備を身に付けて準備を済ませる。

 

「では、行ってきます。ヒメコさんは何があってもバンで待機していてください」

「ああ、分かった」

 

 ビルの非常階段を使い、たきなはリコリス達が立て籠っている階層へと急いだ。

 

 

 

 

 

 スミレは通路の影に隠れていた。敵の傭兵達は、スミレが一人だと知り手分けしてフロアを捜索している。彼らの装備は、 M4カービン(アサルトライフル)と、ホルスターに収められたフラッシュライト付きの拳銃にナイフだ。動きやすい軽装の上からボディアーマーを着用し、プロテクターで関節部を保護している。手榴弾の爆発からは全員が逃れており、その練度が窺える。

 

「っ!」

 

 曲がり角で、スミレはバッタリと傭兵と出会す。彼女は即座に相手の腕をサブマシンガンで殴って銃口を逸らし、引き金を引いた。だが、身を躱すように捩った相手は、スミレの狙いから外れるよう立ち回りながら銃器を手放し、ナイフを抜く。

 

「この……」

 

 流れるような動作で振り抜かれたナイフは、スミレの胸部に向けて振り下ろされていく。彼女は左手でそれを鷲掴みにして食い止め、逆に関節技を決めてナイフを取り落とさせる。空中を落下するそれを、サブマシンガンを捨てた右手でキャッチした彼女は、そのまま傭兵の大腿を滅多刺しにした。

 

「があぁ!」

 

 堪らず、咆哮を上げながら苦し紛れにホルスターから拳銃を引き抜く傭兵。だが、次の瞬間にスミレはナイフで彼の首を真一文字に切り裂く。刹那、彼女は咄嗟に死体から離れた。直後に銃声が響き、彼女は左肩を撃ち抜かれる。

 

「う……ん?」

 

 物音に寄せられた敵が、仲間の死体ごとスミレを撃ったのだ。だが、振り向き様にスミレが投擲したナイフが男の首に突き刺さる。彼女は地面に転がる拳銃を拾い、まるでゾンビのように、ナイフが突き刺さったままアサルトライフルで狙いを定めようとしている男を撃つ。

 

「きっっつ……」

 

 ズタズタで箸も持てそうにない左手と、撃ち抜かれて砕けた左肩を庇いながら、スミレは階段を上がる。下には敵がいる。逃れるなら上しかない。だが、背後からは既に残りの傭兵達が迫っている。

 

「あぁもう!」

 

 背負ったままの戦術武装鞄の防弾エアバッグを展開して、背後からの銃撃を凌ぎ、スミレは必死に階段の曲がり角に逃れた。だが、そこに手榴弾が投げ込まれる。容赦無いな。彼女は笑う。

 

「っう……」

 

 スミレは手榴弾を投げ返すが間に合わず、それは丁度スミレと傭兵達の中間で爆発した。彼女は爆風に押されて吹き飛び、辛うじて飛散する破片からは逃れられたものの、全身をビルの内壁に強打する。彼女は呻きながら、飛びそうになる意識を留めた。階下から追っ手の気配はない。

 

「助かった……か?」

「いいや、終わりだ」

 

 虚な目で、スミレは現れた六人目の女傭兵を見る。彼女は拳銃をスミレに突き付けていた。ジャッカルだ。

 

「執念か……」

 

 女傭兵は、死体の転がる階下の惨状を目にする。転がっているのは、全て彼女の同僚達だ。依頼主が掻き集め、その場限りでチームを組んだ相手でしかないが、一人残らず実力は一流だった。

 

「末恐ろしいな」

 

 割に合わない。そう彼女は嘆息した。依頼主との契約では、もし護衛中に万が一の事があれば下手人を始末する約束だった。彼女は、今になって安請け負いした事を後悔する。まさか、DAにマークされていると知っていれば、こんな依頼は受けなかっただろうに。

 

「何人殺した?」

「これで……全員だと思ってたんですけど……」

 

 スミレは、一目見て分かる程に負傷が酷く、直ちに医療処置が必要な状態だった。戦闘など以ての外であり、力無く握っている拳銃も無駄な抵抗でしかない。

 

「何か言い残す事はないか? 古巣のよしみだ」

「古巣?」

「私もリコリスだった」

「見逃して……くれません?」

「契約は、契約だ」

 

 乾いた笑い声を漏らして、スミレは項垂れる。

 

「ヒメコ先輩に、すんませんって」

 

 決死の覚悟でスミレが発した一言で、女傭兵はその動きを止めた。ヒメコ? その名前は──

 

「ちっ!」

 

 女傭兵が手をこまねいた刹那に、手榴弾が投げ込まれた。彼女は即座にそれを蹴り飛ばして身を隠す。だが、次の瞬間に彼女を襲ったのは耳を突く大音量だった。閃光手榴弾である。

 

「スミレさん!」

 

 たきなが、ぐったりとして動かないスミレを背負った。耳を潰されながら女傭兵が放った銃弾は、寸分違わずスミレが寄りかかっていた壁に弾痕を残す。駆け足で階段から廊下、非常階段へと逃れた二人を追うか否か、彼女は即座に決断した。

 

「やめとこう」

 

 契約は大事だ。だが、チームは私を除いて全滅。最後まで依頼主の為に戦ったのは私だと言えるだろう。その上、相手はファーストリコリスとセカンドが数人は居る筈だ。単独で殲滅するには、命を賭ける必要がある。そう彼女は判断した。

 

「ヒメコ、か……」

 

 何より、おっかない後輩の事を思い出して女傭兵は銃をしまう。あの後輩は、研ぎ澄まされたナイフのように鋭く冷たい殺し屋だった。今頃は、どれだけの経験を積み、どんな化け物になっているのか。

 

「いや、或いは──ともすれば──」

 

 ヒメコ()()か。存外、親しみやすい人間になったのか。過去の思い出を想起しながら、彼女は非常階段に出て夜景を眺めた。するうち、バンから出てビルを見上げていたヒメコと目が合う。

 

「よお、久しぶり」

 

 女傭兵は煙草に火を付ける。彼女は軽く手を振り、困惑するヒメコ相手に笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

「やったのは私じゃないぞ。同僚だ。ホントだ。因みに、全員アイツに殺されてるから復讐の必要はない」

「スミレさんを殺そうとしてましたよね?」

「依頼に従ったまでだ。それに、殺してない」

 

 たきなは、拘束した女傭兵とバンの後部座席で顔を合わせていた。スミレは既に病院へ搬送され、彼女の部下達は最上階で要塞化されたフロアに立て籠っている所を救出された。現場には、クリーナーがひっきりなしに詰めかけて痕跡の隠滅に励んでいる。

 

「大体、私はもう依頼は放棄して投降してる。証拠に、お前達を追わなかっただろう。抵抗もしなかった」

 

 ワイヤーでグルグル巻きにされた両手を見せて、女傭兵はたきなにヒメコの様子を尋ねた。

 

「ヒメコは……あれは何だ?」

「アレとは?」

 

 負傷したスミレを見て顔を真っ青にして、搬送先の病院まで付き添ったヒメコの事だと、女傭兵はたきなに言う。

 

「ヒメコは目の前で仲間がミンチになっても、顔色一つ変えずに任務を遂行するような奴だったんだぞ」

 

 何をどうやったらアイツがあんなになるんだ。そうお手上げのポーズをした女傭兵は、たきなに鼻で笑われる。

 

「昔のコンビだったのに何も知らないんですね。ヒメコさんは喫茶リコリコの常連で、アメリカンコーヒーが好物なんです」

「アイツ、コーヒーとか飲むのか」

「後はショートブレッドクッキーも」

「クッキー? 冗談よしてくれ、レーションの間違いだろ」

「近頃は読書もされてます。新しい趣味だとか」

 

 頭を抱えた女傭兵は、暫く悩み込んだ上で、結論を出す。

 

「もしかして、足を洗ったのか?」

「今はDAの情報部所属です」

「あり得ない。アイツは千束の──」

 

 スペアなんだぞ。女傭兵がそう口に出そうとした所で、千束がミズキと共に原付に乗って颯爽と現れた。

 

「たきな、大丈夫だった!? ごめんね、原付しか見つからなくてさ」

「おぉっと、最高戦力じゃん」

「あ、いつぞやの先輩。こんばんわ〜」

 

 千束はたきなの無事を確認してから、女傭兵に喫茶リコリコのホームページを見せて宣伝を始めた。彼女は目を丸くして唸る。

 

「千束は、新しい支部に移った筈じゃなかったのか」

「うん、一応ね、DAの支部なんだよ。喫茶リコリコ! 素敵でしょ?」

 

 千束は喫茶店で油を売っている。ヒメコは、リコリスを辞めたらしい。つまり、DAは見事に彼女らの才能の全てを取り零した訳だ。女傭兵は苦笑した。

 

「楠木司令に、よろしく頼む」

「うん? 傭兵業の宣伝? 機会があったら伝えとくよ」

「ははは……そういう訳では、無いんだがな」

 

 首を傾げる千束と、何事かを察するミズキ。しかし、女傭兵は頭を掻いて誤魔化し、話を変えた。

 

「私はカフェラテが好みだ。また今度寄らせてもらう。久しぶりに、ヒメコとも話したいからな」

「やったね、お客さんゲットだ。でも先ずは、スミレちゃんのお見舞いに行かないと」

 

 ニッコリと笑顔を見せた千束は、ヒメコに電話をかけてスミレの様子を聞き出す。見舞いなら、メロンか花束でも持って行こう。女傭兵はそう提言した。

 

「アンタも行くつもりなのね……」

 

 ミズキは当惑した。ついさっきまで殺し合っていた者同士が、任務が終わった途端に打ち解けるこの感じ。傭兵特有の割り切りの良さなのか、或いはジャッカルの気質なのか。何れにせよミズキには、まだ少し慣れない馴れ馴れしさであった。

 

「当然だ。私の後輩の後輩なんだろう? つまり、私の後輩だ」

「アンタ、やっぱヒメコに似てるわ。いや、ヒメコがアンタを真似たのかしらね……」

「はいこれ、搬送先の病院の住所」

 

 千束はメモをジャッカルに手渡して、原付に跨る。

 

「私は病院に様子を見に行くから、たきなは先輩を先生に引き渡しといて」

「了解です」

 

 千束が去った後、たきは拳を握って真顔でガッツポーズをした。依頼、完了です。閃光手榴弾一つで成功したんですよ。しかも、クリーナーの経費はDA持ちです。これは、大成功ですよ。いつになく上機嫌なたきなは、戸惑うミズキとハイタッチする。だが──

 

「後は、スミレさんの負傷さえ大事なければ……」

 

 たきなは、喜びに影が差すのを感じながら、不夜の都会の空を見上げた。

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