リコリコ常連系リコリス【完結】   作:Iteration:6

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第二話『スコープ越しの相席』

 岩鏡ヒメコは、ビルの屋上で狙撃銃のスコープを覗いていた。暗殺任務だ。相手は、幾度となくDAの刺客を掻い潜っている地下組織の大物である。

 

「ターゲットを確認。事前情報通りだ」

 

 昼下がりのカフェテラスに、ターゲットが現れたのをヒメコは確認した。とはいえ、DAが白昼のカフェを暗殺の舞台として選んだのは本意ではない。衆人環視の中での暗殺。そのなりふり構わなさは、偏にターゲットの重要度故だ。

 今回の作戦では、スタンダードな半自動式小銃であるAR-15が狙撃銃として使用されていた。それを扱うのは、最高の技量を持つファーストリコリス。そして、狙撃と呼ぶには大袈裟な程にターゲットとの距離は近かった。

 

「DAはよっぽど失敗したくないんすね。これじゃあ、サードだって万が一にも外しませんよ。ラジアータのサポートも万全過ぎて、私が居る意味もないっす」

 

 観測手の役割を担っていたセカンドリコリスが愚痴を吐いた。しかし、それも仕方のない事だとヒメコは頷く。DAが有するAIであるラジアータが、作戦区域の状況をまとめ上げてしまっているのだ。風向、高度、ターゲットとの距離、そして最適な狙撃ポイントまで何もかもお膳立てされている。

 

「作戦前のブリーフィング、アレやばいっすよね。ターゲットのプロファイル見ました? 詳し過ぎて悪趣味っつうか、狂気っすよありゃもう」

 

 暗殺対象のプロファイルに目を通すのは、ヒメコはあまり好きではなかった。しかし、任務ならば仕方がないと彼女は割り切っている。これから殺す相手がどんな人間なのか、頭の中で想像できるまで知り尽くして殺す。確かに悪趣味極まりないが、実際にそれで成功率は増すと言うのだから救えない。

 

「私は、ああいうのは好きじゃない」

 

 スコープ越しに男を見ながらヒメコは思いを馳せた。私は貴方が何処で生まれたのか知っている。どんな学校に通い、両親はどんな人で、どんな友達を作ったのかも知っている。初めて性行為に及んだ年齢と相手までも。

 

「私もっす」

 

 頭の中で貴方を思い描ける。貴方は狙撃に気付けば、即座に店内に隠れて身を低くし、懐に忍ばせているスマホで仲間に非常事態を知らせる、そんな人間だ。チャンスは一発だけだ。二発目はない。

 ターゲットは店員を呼んで注文をつけていた。男は大の甘党だ。きっと何かしらのスイーツを頼むに違いないだろう。ヒメコはそんな風に当たりをつけていた。

 

「どうしたんすか?」

 

 不自然に硬直したヒメコを見て、セカンドは訝しむ。だが、一向に返事はない。ヒメコは、スコープ越しに男の唇や喉の動きを観察し、読唇術でその内容を推測していた。

 

「アメリカンコーヒーと、ショートブレッド……」

「え?」

 

 やがて、店員が男の元にコーヒーとクッキーを届けた。セカンドは焦る。彼女は冷や汗を掻いて早口にヒメコを急かした。しかし、ヒメコは時が止まったように動かない。彼女自身も、どうして引き金が引けないのか分からなかった。何故か指が動かないのだ。

 

「何してんすか! 早く撃たないと!」

 

 既に暗殺の予定時刻は過ぎていた。事後の隠蔽の為に待機していたクリーナーも不審感を覚え始めている。ラジアータの提供する情報から現場の異常を察知した楠木司令が、二人に通信を繋げて報告を求めていた。しかし、ヒメコはそれさえも無視して、笑顔を浮かべてコーヒーとクッキーを楽しむ男を呆然と見る。

 

 ヒメコの口内では、馴染みの苦味が広がっていた。それと、バターの香りも。

 

「先輩! クソッ!」

 

 セカンドは、ヒメコの手中からAR-15を引ったくり、即座に狙いを付けて発砲した。一発目は胸に、二発目は首に命中し男は倒れ込む。悲鳴が上がり、一気に現場が騒めき立った。半狂乱に陥った市民達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。

 

「どうして撃たないんすか……」

 

 ヒメコは最後まで、一言も答えなかった。

 

 

 

 

 

「あ、ヒメコちゃん! やっぱりいつものかな〜? パフェとかもオススメだよ〜?」

「千束は執念深いな。いつもので」

「くそ〜! 先生、アメリカンコーヒーとショートブレッドです!」

 

 いつになく上機嫌な千束が、ヒメコから取った注文を悔しそうにミカに伝えた。彼は困ったように微笑みながらコーヒーを用意し始める。

 

「ミカさん、千束が随分とご機嫌ですね。何かあったんですか?」

「ああ、まあ、色々とな」

 

 ミカは言葉を濁した。まさか、ヒメコがスパイではないと分かったからだ、なんて言える訳もない。ただ、ヒメコは不思議に思いながらも疑問を余所にする。千束は大抵の場合機嫌が良いではないか。特に気にすることもない、と。

 

「アンタ、随分と足繁く通ってくれるけど()()は大丈夫なのかしら?」

「はい。暫くお休みをもらってるんです」

「か〜っ! その歳でサボり癖なんて碌な大人にならないわよ」

「確かに、ミズキさんのようには成れないかもしれません」

「かっち〜ん! 喧嘩売ってるわね! 買わないわよ、負けるから」

「おいおいミズキ……潔いな」

 

 呆れ顔をしたクルミがヒメコの元にクッキーを届けた。今日はリコリコは満席で、かなり繁盛している。クルミも店員として駆り出されて忙しくしており、ミズキも口を動かしながらも仕事の手を休めてはいなかった。その忙しなさを見て、ヒメコは自身の相手をしていたミカに断りを入れる。

 

「私にはお構いなく。常連さんと連んでいますから」

「いえ、ヒメコさんにお話があります。恐縮ですが、閉店まで残っていただけますか?」

「閉店まで? それは随分と長いな」

「ちょ、ちょっとたきな〜、どうしたのかなぁ? ヒメコちゃんにお話? 千束も聞かせて欲しいなぁ。映画の話? 私が昨日貸してあげた奴なら又貸ししちゃダメだぞ〜」

 

 千束はそれとなく会話に割り込んでたきなを止めようとしたが、猪突猛進単刀直入に彼女は核心に触れる。

 

「貴方の休暇についてお話があります」

「……そうか」

 

 表情を暗くするヒメコ。そして、こいつマジか真正面からぶち込みやがったと固まるリコリコのメンバー達。そんな中、たきなは堂々と胸を張って仕事に戻っていく。こいつ無敵か。千束は顔を引き攣らせながらそう思った。

 

 

 

 

 

「何故撃たなかった」

 

 DAの司令室に呼び出されたヒメコは、楠木司令の問いに答えられなかった。共に任務に当たっていたセカンドも口を開けずにいる。一言で言うと、空気が凍っていた。

 

「任務は達成しました。彼女のお陰です」

「そうだな。で、何故撃たなかった」

 

 セカンドは胃が痛かった。楠木司令から直々の呼び出し、しかもヒメコと一緒にだ。この場において最も低い立場にいる彼女は、だからこそ蚊帳の外から場を俯瞰できてしまっていた。どう見てもお叱りの場である。

 

「撃てませんでした」

「そうだな。何故だ」

 

 楠木は頬杖を突き、机を指で叩き始めた。先輩、嘘八百でも何でも良いから答えてくださいよ! そんなセカンドの心からの願いと視線が通じたのか、ヒメコはポツリと答え始める。

 

「ターゲットがカフェで頼んだメニューが、アメリカンコーヒーとショートブレッドでした」

「ふむ、それで?」

「私の好物です」

「……」

 

 セカンドは目を閉じてしまいたかった。できるならば手で顔を隠してしまいたい。だが、司令の手前そんな事はできず、彼女は視線を外しては戻す事を繰り返した。

 

「毎朝時間通りに寮で起きて、朝に淹れるんです。あんまり苦かったり濃いのはダメなので、薄味のアメリカンコーヒーを。それから、バターの香りを楽しめるシンプルなショートブレッドクッキーを齧って任務に出ます」

 

 多くのリコリスを見てきた楠木には、ヒメコの言おうとしている事が分かった。故に、大きな溜息を吐く。だが、それを怒りや呆れだと受け取ったセカンドは、世界の終わりのように青ざめた。

 

「ターゲットがメニューを頼んで、それを口にしているのをスコープ越しに見ると、同じ味わいと香りがして、それで……」

「指が動かなくなった、か?」

「そうです」

 

 楠木は黙り込み、書類に目を通し始めた。紙を捲る音だけがする司令室から飛び出したがる両足を必死に縫い付けて、セカンドは沈黙に耐え続ける。その忍耐は、数分後に報われる事になった。

 

「丁度二ヶ月後に今回の任務と同様の作戦がある。お前に任せる。結果を出して見せろ。それまでは休職だな」

「休職?」

「お前に任せられる仕事はないという事だ。質問はあるか?」

「その……二ヶ月はどうすれば?」

「好きにすれば良いだろう。私に休暇の過ごし方を聞きたいのか?」

「いいえ」

「では、他に質問が無ければ退出したまえ」

 

 一礼して司令室を去るヒメコ。付き従うようにして司令室を出ようとしたセカンドは、しかし、呼び止められてしまう。

 

「ああ、君は少し待て」

「は、はい!」

 

 ヒメコが司令室を去った後に、楠木は端末の画面を見ながら語り始めた。セカンドは気が気ではなかったが、一言一句聞き漏らすまいと耳を澄ます。

 

野路(のじ)スミレ、君はヒメコとは随分長い付き合いだな」

「はい。養成所を出てすぐ先輩の下に付きました」

「ふむ、アイツがセカンドで君がサードの時だったな。これまでずっと相棒だった訳だ」

「はい」

「直近の任務の評価も、その経歴も、及第点だ」

「その、話が見えてこないんですが」

 

 顔を上げた楠木は、スミレを品定めするように見つめる。茶髪のショートヘアで、どちらかと言えばボーイッシュな身なりだ。ヒメコとは上手くやっていたようだが、人の下に付くようなタイプの人間ではない。楠木はスミレの目付きを見てそう思った。

 

「アイツが次の任務に失敗したら、君が次のファーストになれ」

「その時は、先輩はどうなるんですか?」

「それは、君が知る必要はない事だ」

「……」

「不服か?」

 

 スミレは楠木を睨み付ける。それを見て、彼女は微かに笑みを浮かべた。肝っ玉も座っているな。悪くないじゃないか。そう、楠木の中で自身の評価が上方修正されているとも露知らず、スミレは捨て台詞を残して司令室を去った。

 

「昇進の打診ってやつは、もっと嬉しいもんだと思ってたんですが……なんか、微妙っすね」

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