リコリコ常連系リコリス【完結】   作:Iteration:6

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第三話『過程は未定』

 営業を終えた喫茶リコリコで、ヒメコは千束とたきなに連れられて屋内射撃場に足を運んでいた。一面に広がる光景に彼女は目を丸くする。DAの支部とは言え、まさか喫茶店の地下に射撃場があるとは。

 

「それで、話というのは?」

「どうぞ」

 

 たきなは答えず、代わりにM&P9をヒメコに手渡した。それは、9mm口径のセミオートマチックピストルだが、弾倉には千束が普段から使用している非殺傷弾が込められている。

 

「千束、これは一体?」

「ん〜、ちょっとたきなに付き合ってあげてくんない?」

「撃てという事か?」

 

 千束は両手を合わせてウインクした。ヒメコがたきなに目を向けると、彼女は無言で頷いて近場の壁に寄りかかる。仕方なしに射撃の的へ向けて引き金を引きながら、ヒメコは思案した。

 千束とたきなが、いや、喫茶リコリコの店員達が私の休暇について知っているという事は、誰かが情報を漏らしたのだろう。あの作戦に参加していて、私の失敗について知っていて、リコリコのメンバー達と交流があり、この喫茶に私が入り浸っている事を知っている人間。そう考えると、候補は極端に絞られる。

 

「楠木司令か」

「ご名答。でもまだ半分。もう一人いるよ」

「……スミレもか」

「凄いなぁ、まるで名探偵だ」

 

 千束は隠す事なく肯定した。射撃を終えて銃器を下ろし、ヒメコはたきなに再び問いかける。

 

「それで、話というのは?」

「依頼です。貴方のスランプを解消するようにと、その両名から頼まれました」

「そうそう。楠木さんが『ファーストリコリスは多くのリソースが投入された高価なユニットであり、そのメンテナンスは私達の義務だ』とかお堅い事を言ってたよ。多分、彼女なりに心配してる。珍しいよ〜、そういうの」

 

 楠木司令の声真似をして千束は言う。似てませんよ。そうたきなに淡々と指摘されて、千束は泣き真似をして悲しむ素ぶりを見せた。そんな彼女を無視して、たきなは言葉を続ける。

 

「スミレさんも、ヒメコさんの事を心配していました。リコリコに足を運んで私たちに直接依頼したんです。次の任務までに貴方が立ち直れるようにって。彼女からは、事情も詳しく教えてもらいました」

 

 たきなは射撃の的を一瞥し、唸る。

 

「先ずは技術面の問題を確認しようと思ったのですが……異常ですね」

 

 千束が使用している非殺傷弾は、その弾頭がプラスチックと金属粉末の混ぜ物であり、着弾時に細かな粒子に崩壊する事で対象への被害を最小限に留める設計になっている。つまり、ごく軽く、よくブレる。命中させるためには至近距離まで対象に接近しなければならない、半ば欠陥品。

 

「全弾命中、それも当然のように急所に寸分たがわず。本当に同じ人間か疑わしいですね。ファーストリコリスというのは人間離れしているのが売りなのですか?」

「ちょっとたきな、人を化け物みたいに言っちゃダメだよ」

「化け物筆頭がどの口で……」

「真島みたいな事言うなし」

 

 ジト目でたきなを見つめるものの、千束は無視されて拗ねてしまう。ヒメコは言い得て妙だと納得していたので、何故千束が拗ねているのかさえ理解不能だった。銃弾を躱すような人間を化け物と言わずに何と言うのか。いや、間違いなく化け物筆頭としか言いようがないだろう。

 

「さて、依頼は受けたけどやっぱり本人の意思が一番大事。ヒメコちゃんは、そのスランプをやっつける手助けはいらないかな?」

 

 ヒメコは悩む。正直な所、彼女は問題ないとタカを括っていた。所詮は一時の気の迷いで、時間が解決してくれるだろうと思っていたのだ。だから、休暇を満喫しようとリコリコに入り浸っていた。

 しかしそれは、千束達からは諦観に見えた。楠木司令からの宣告は明らかに最後通牒にも関らず、ヒメコは何をするでもなく喫茶で穏やかな時を過ごしている。まるで人生の末期を悟ったように。それが千束は気に食わなかった。

 

「熟練の暗殺者がしくじった。理由は、ターゲットが自分の好物を注文したから。趣味が合う相手はやりにくかったのかな?」

 

 千束は手を銃の形にしてヒメコを狙い、キザな口調で言う。

 

 

「いいね、素敵だ」

 

 

 千束が浮かべる笑顔を見て、彼女は何より命を大事にする人間なのだとヒメコは思い出した。かつて救世主に命を救われた千束は、同じように命を救えるようになりたいと願っている。誰かに助けられたから、誰かを助けたくなるような、眩い太陽のような人間なのだ。

 

「私は今のヒメコちゃんが好きだな。だから、この依頼は気が乗らないんだよね。人を殺せるようにして欲しいなんてお断りだし」

「なら、何故依頼を受けた?」

「それは、スミレちゃんが必死だったからかな。だから、私たちはヒメコちゃんを助ける。でもそれは、人を殺せるようにする以外の方法でだ」

 

 千束は昔を思い出していた。かつてのヒメコは、寮の自室と任務地を往復するだけの機械のような少女だった。養成所からやって来たスミレとコンビを組んでからはマシになったが、それで漸く冷徹なリコリスに成れたというレベルだ。

 

「それでは、楠木司令の依頼を反故にする事になります」

「良いじゃん。反故にしようよ」

 

 そんなヒメコが、ターゲットを撃てなくなってリコリコに入り浸るようになった。クルミやたきなと一緒に常連客達とボードゲームを楽しんだり、ミカやミズキと他愛もない雑談に興じる事もある。素敵な前進だと千束は喜んでいた。このままでいい。寧ろ、このままがいい。

 

「次のリコリコの定休日に、三人で遊びに行こう!」

「いつもながら、千束は急ですね」

「そりゃ、やりたいこと最優先だからね〜。ヒメコちゃんは行きたいとこある?」

「……自室でゆっくりしたいんだが」

「よし! なら私のセーフハウスで映画鑑賞会しよう!」

 

 千束はヒメコを徹底的に人間らしくしてやろうと奮起した。そうすればきっと、人間らしく生きたいと思うようになるし、自分の命の為に必死になれる筈だと考えたのだ。スマホを取り出して、彼女はオススメの映画とスナック菓子を探し始める。

 

 ふっふ〜、生きたいと思わせてやる!

 

 例え、他人の命を奪ってでも?

 

 鎌首をもたげた疑問をモヤモヤごと胸の内に放り込み、千束はさっそく映画の厳選を始めたのだった。

 

 

 

 

 

 しんとした早朝の日が、ステンドグラス調の窓から店内に差し込んでいた。本日はリコリコの定休日で、店内は空き家のように静まり返っている。しかし、無人である筈の店内には二人の人影があった。カウンターに立つミカと、カウンター席に座ってアメリカンコーヒーに口を付けているスミレである。

 尚、ミズキは二日酔いで昏睡してカウンターに突っ伏していた。定休日前だからと深夜まで深酒をしたのだ。南無阿弥陀仏。

 

「すみません。お休みの日にお邪魔しちゃって」

「構わないよ。気にしなくていい」

 

 今此処では、二人は店主と客ではなく請負人と依頼人の関係であった。ソワソワとして落ち着きのないスミレは、ミカに胸の内の疑問をぶつける。ヒメコが今どうしているのか、彼女はそれが気掛かりだった。

 

「ヒメコは、今日は千束達と映画を見るらしい」

「そうですか……映画を──え?」

 

 間抜けた顔をしてスミレは言葉を失う。まあ、無理もない。ミカは当然そうした反応を予想していたので、粛々と言葉を続けた。

 

「千束の発案だ。あの子は人の殺し方をレクチャーしたりはしないよ。寧ろ、ヒメコのスランプを喜んでさえいるだろうな」

「不殺主義っすか。最強のリコリスなのに一人も殺さないとか。でも、先輩は千束さんみたいには成れないっすよ」

 

 ミカは沈黙した。彼と千束が喫茶リコリコで不殺主義を貫けるのは、偏に二人の影響力故だ。DAの元訓練教官であり、多方面に顔の効くミカと、旧電波塔事件の英雄であり、史上最強のリコリスである千束。そうした埒外の二人だからこそ、こうした我儘ができる。

 

「確かに、そうだな」

 

 そんな二人でさえ、喫茶リコリコの開店直後は多くの妨害を受けた。現状は、楠木司令とミカが千束の才能を引き合いに出して、上層部と交渉を続けて漸く勝ち得たものである。

 

「楠木司令もそれが分かってるから、先輩に釘を刺したんすよね?」

「そうだろうな。あれで、楠木はリコリス達に情がある。任務の為ならば躊躇いはしないだろうが、無駄にファーストを失いたくはないだろう」

「じゃあ、なんで先輩を助けてくれないんすか!」

 

 ミカは、楠木からの依頼をスミレに知らせなかった。ヒメコは両人からの依頼の当事者であったが、スミレはそうではないからだ。当事者以外には依頼の情報を漏らさない。それが、リコリコの原則だった。

 

「先輩に必要なのは休暇でも映画鑑賞でもない!」

 

 頭を抱えてスミレは項垂れた。彼女の胸の内にあったのは、焦燥と罪悪感だ。まるで罪を懺悔するように、彼女はミカに過去を打ち明ける。

 

「先輩の好物、あれは、私の所為なんです」

「スミレの所為?」

「先輩との初めての顔合わせで、部屋を訪ねた時の手土産だったんです」

 

 何処でも簡単に手に入る、安物のコーヒー粉とクッキー。初めて挨拶する先輩への手軽な手土産。そんな程度の物だったとスミレは言う。ブラジルだとかコロンビアだとか、飲みやすいと売り文句が付けられていたコーヒーと、無難でシンプルなバタークッキーだったと。

 

「買ったは良いけど作り方も分からなくて、二人でクッキーを齧りながら、パッケージの裏面と睨めっこしてました。コーヒーの色をしたお湯みたいなもんができたんですけど……。美味しいって、絶対嘘なのに、そう言ってくれたんです」

「人生で好物と出会える機会はそう多くない。スミレがした事は素敵な事だ。悪い事じゃない」

 

 ミカは、優しく言う。

 

「大丈夫。リコリコはしっかり依頼を受けた。ヒメコの事は安心しなさい」

 

 どうか、お願いします。そう、スミレは深く頭を下げて席を立った。

 

 

 

 

 

「ホント、DAって気色悪いわね」

「起きていたのか」

 

 ミズキが、スミレの去ったタイミングを見計らって顔を上げた。

 

「散々任務で扱き使って、使えなくなったらポイ捨て? 義理も人情もあったもんじゃないわね」

「だが、これまでこの国の平和を守って来たのも事実だ」

「で、もしヒメコが撃てなかったらどうするの? 見捨てる訳じゃないでしょ?」

「クルミに頼んで彼女の為に新しい身分を作ってもらう。ほとぼりが冷めるまではリコリコで匿うつもりだ」

「ふ〜ん、また居候が増えるわね」

「いや、そうはならないだろう。彼女は撃てる側の人間だ」

「それは元訓練教官としての見立てかしら?」

 

 ミカは、首を横に振る。

 

 

「元戦争屋としての勘だ」

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