リコリコ常連系リコリス【完結】   作:Iteration:6

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第四話『お代わりと替え玉』

「中々、重かったな……」

 

 千束のセーフハウスで映画鑑賞を終えたヒメコは、心地良い読後感に似た晴れやかさを感じていた。夜も深まり小腹が空いていた彼女は、塩味の濃いインスタントラーメンを啜っている。千束はソファーの上でだらしなく眠りについていた。

 

「映画というのはどうしても長時間人を拘束しますからね」

「う〜ん、そういう訳でもあるが、そういう意味ではなかったんだがな」

 

 言葉を額面通り受け取るたきなに同意しつつも、ヒメコは苦笑した。確かに映画は重い。今やゲームや小説にも手軽さが求められる時代である。スナック菓子やジャンクフードのように、礼儀作法もなく好きに手をつけて簡単に口に運べるような、それでいて刺激的なコンテンツが好まれている。

 そんな中で、たっぷり二時間近く人々を拘束する重厚さを映画は未だに保っていた。ある意味では、前時代的でさえあるのかもしれない。

 

「最近は早送りして視聴する人も多いらしいです。千束がけしからんと笑っていましたよ」

 

 映画は、小説とは異なり直接的に人の心を描けない。だからこそ、登場人物達の仕草や、会話の間や、沈黙にさえ意味が込められている。間接的に人の心を目に見えるようにする技法の塊である。

 

「一分一秒、沈黙や会話の間、時には瞬き一つにまで意味が込められているものを早送りだなんて、勿体無いと千束は言っていました」

「彼女らしいな」

 

 千束にとって、時間には掛け替えのない価値があった。誰でもそうだ。だからこそ、彼女は早送りに抵抗感があったのだろう。

 

「映画スタッフ達の沢山の時間を込められた一秒。其処には時に何度も繰り返し見直す程の価値があると。きっと千束は、時間の価値を長さ以外の尺度でも測っていたのだと思います」

「真面目な分析だ。だが、例えば見るに耐えないクソ映画だったら、千束はどうするのかな?」

「多分千束なら、最後までしっかり見た上で、ボロクソに貶すと思いますよ」

 

 この映画さ、一作目が面白かったのに二作目が酷かったの何の! このクソ……クソ映画だね!

 

「ふふふ」

 

 千束のクソ映画レビューを想像し、ヒメコは笑みを漏らした。その笑顔を見てたきなは沈黙する。ヒメコが人間らしくなれるように、そう考えての映画鑑賞会だったが、彼女は既にとても人間らしく見えたからである。TRPGでも、ボードゲームでも、彼女はただの少女だった。

 或いは、任務で引き金を引けなかった時、既にヒメコはこの上もなく人間的だったのかもしれない。そんな風にたきなは考え、率直に、しかし逡巡の後に言葉を選んだ。

 

「ヒメコさん、次の任務で人を殺せますか?」

「ああ、多分大丈夫。制服よりも赤くなるぐらい殺して来たんだ。自分の首が飛ぶか相手の胸を撃つかなら、迷うことはないと思う」

「そうでしょうか? 人間の良心は強いですよ。撃たなければ殺される。そんな状況でも引き金を引けずに、養成所に逆戻りしたリコリスを見た事があります」

 

 たきなは淡々と言う。

 

「この平和な国で一般的な日常と道徳から育まれた良心は、とても強固です。時には、自己よりも他者の命を優先してしまうぐらいに」

 

 いびきを立てる千束を、たきなは目を細めて見つめる。寝相が悪いのか、毛布がソファーからずり落ちてしまっていた。呆れと憧れをない混ぜにした思いを胸に抱きながら、彼女は最強のリコリスに毛布を掛け直す。

 

「人を殺すのは簡単です。ターゲットを生かすメリットとデメリットを天秤にかけて、傾いた方に従えば良い。けれど、相手を人間だと思ってしまうと難易度は跳ね上がります」

「なら教えてくれ。どうすれば躊躇いなく殺せる?」

 

 唇に手を当てて、僅かばかりたきなは悩んだ。しかし、彼女は端的に言う事にした。何分、彼女は迂遠な言い回しは得意ではない。

 

「優先順位を付けます。私たちの任務のターゲットは基本的にならず者やテロリスト、犯罪者ばかりです。そうした命よりも、大事な命の為に撃ちます」

「強いな、たきなは」

 

 良心、良識、そうしたものを育んでしまったヒメコは、それをあの任務で開花させた。本来ならば養成所やリコリスとしての初任務で乗り越えるべき壁が、今更にやって来たのだ。まるで、自分宛に出した手紙が何年も迷ってから届いたように。

 

「同じ人間は一人としていません。だからこそ、これから撃つ相手も自分と同じ人間ではない。そう考えれば、少しは楽になると思いますよ」

「同じ人間じゃない……」

「どうです? 撃てますか?」

 

 

 自分の手を見つめてから、ヒメコは頷いた。

 

 依頼達成、そう胸中で拳を握り締めてたきなは満足する。

 

 

「しかし、千束は色んな映画を見るんだな。今回のはSFホラーか、何というか意外だ」

「今回は意図的なセレクションですよ。千束なりに伝えたい事があったんだと思います」

 

 謎の霧に覆われた世界で必死に生き残ろうとした人々の姿を描いたその映画を思い出して、ヒメコは千束が何を伝えたかったのかを薄ぼんやりと理解した。つまり、最後の最期まで生きる事を諦めるな。そして、隣人とは仲良くしておけ。そんな所だろうなと彼女は思う。

 

「ご馳走様」

 

 ラーメンを食べ終えて手を合わせたヒメコは、部屋着姿で寛いでぼうっと天井を見る。たきなは、夜も遅いので泊まっていくようにとヒメコに伝え、千束に占領されていないソファーに毛布を用意した。するうち、ヒメコの携帯が鳴る。

 

「……」

「……」

 

 ヒメコとたきなは沈黙した。着信音の元は、ヒメコが仕事用に使っていたスマホである。

 

「楠木だ。ヒメコか?」

「はい」

 

 事務的で、無感情な声音でヒメコは答える。

 

「お前の以前の任務のターゲットだが、生きている」

「はい?」

 

 しかし、ヒメコの声音は困惑を含んだものに変貌した。

 

「事前のプロファイルとターゲットの行動に差異があっただろう」

「はい。男は甘党の筈でしたが、注文は甘味とは言い難いものでした」

「気掛かりでな。任務後にターゲットの身元を洗い直した。クリーナーが遺体も痕跡も抹消済みでかなり手間取ったが──影武者だ」

 

 ターゲットの男は替え玉を用意してDAの暗殺を凌いだ。恐らくはラジアータが偽情報を摑まされたのだろう。そのように楠木は淡々と言う。延空木の一件でラジアータの絶対性は既に揺らいでいる。故に、楠木の言葉に驚きはなかった。

 

「相手に腕の良いハッカーがいるか、DA内部に内通者がいるか、或いはその両方だな。上はターゲットがこうも暗殺を掻い潜る仕掛けを知りたがっている。つまり、生け捕りだ」

「そうなると……」

「リコリコに依頼が行くことになる。お前とスミレも参加しろ」

「私に任せられる仕事は無かったのでは?」

「お前に任せていた仕事が終わっていなかった。それだけだ。いけるな?」

 

 楠木からの有無を言わさぬ問いかけ。今回の任務が、ターゲットの生け捕りが目的であることもその理由の一つだった。殺さないのだから、やれるだろう? そんな、言外の圧力。

 

「はい。やれます」

「よろしい。鈍った勘を取り戻しておきたまえ」

 

 携帯を切り、ヒメコは溜息を吐く。

 

「どうしたんですか?」

「ん〜、休職前の仕事に不手際があったらしい」

 

 ムカムカとして落ち着かない胸を押さえて、ヒメコは台所に立った。彼女はドリップ式のコーヒメーカーを借りる旨をたきなに伝え、フィルターにコーヒー粉末をセットし、電源を入れた。水の沸騰する低音で千束が薄く目を開け、もぞもぞしながら愚痴を漏らす。

 

「ヒメコォ……お湯とめてぇ」

「ちょっと待ってくれ」

 

 様子が可笑しい。たきなはそう気付いて詰めよる。しかし、それを意に介することもなく、ヒメコはブラックコーヒーを淹れ始めた。それは、コールータールのように真っ黒で濃厚だ。

 

 

「多分今日は眠れないと思う」

 

 

 スミレが撃ち殺した男は、誰だったんだろう? 今度ターゲットに聞こうかな。そんな風に、ヒメコはぼうっと考えた。

 

 

 

 

 

「ターゲットは地下組織の大物だ。『バラシ屋』と呼ばれているらしい」

「バラシ屋?」

 

 千束が首を傾げる。ミカは頷き、詳しい説明を始めた。

 

「そうだ。移植用の臓器を大量に斡旋している。臓器売買の仲買人(ブローカー)だ」

「臓器移植……」

 

 複雑な表情を浮かべる千束を気遣ってか、クルミは冷めた表情で情報を付け加えた。

 

「海外の貧困層や人身売買された被害者をバラして臓器を売り捌いている筋金入りの碌でなしだぞ。調べれば調べるほど胸糞悪い」

「ふ〜ん、まあ、よく聞く話ではあるわね。ってウゲェッ!」

 

 ミズキは凡そ女性が出して良いものではない悲鳴をあげて、クルミが見ていたPCを勢いよく閉じた。映っていたのは、身体中の臓器を乱雑に抜き取られて杜撰に()()されていた子供たちの画像である。

 

「ア、ア、アンタ! 白昼のカフェでグロ画像検索してんじゃないわよ! おバカ!」

「勝手に見たミズキが悪い」

「それで、ターゲットは生け捕りですか?」

「ああ。これまで三度もDAの暗殺を掻い潜った方法を知りたいらしい。一度目はサードリコリスによる通常の暗殺。二度目はセカンドとサード混成チームによる拠点襲撃。三度目は精鋭のファーストとセカンドによる白昼での狙撃。その全てをターゲットは生き延びている」

「悪運が強いわねぇ。いや、もう運だけじゃないでしょコレ」

 

 ミズキの言葉は至極尤もで、ミカとクルミはDA内部の内通者による手引きだろうと見解を示した。

 

「楠木も同意見だ。それに、ラジアータに攻撃や不正侵入のあった痕跡はなかったらしい。間違いなく内通者がいる」

「腐ってもDA。ラジアータにハッキングできるのはボクとロボ太くらいだろう。ボクはやってないし、ロボ太は行方知れずだからな」

「成る程、だからDA本部ではなく支部のリコリコに依頼が」

「そう言う事だ。それに、ヒメコとスミレもこの作戦に参加する」

「うわぁ、過剰戦力……」

 

 ミズキは顔を顰めた。史上最強のリコリスである千束と、その相棒であるたきな。更に熟練のファーストとセカンドのコンビをワンセット。作戦指揮はミカが務めてサポートにミズキ。その上に情報戦はウォールナットことクルミである。

 

「なに? 地下組織丸ごと草の根一本残さず刈り取るつもり?」

「それだけDAも本気という事だ」

「お偉いさんってのは面子を潰されると怖いわねぇ」

 

 両肩を抱いて怖がる素振りを見せるミズキ。しかし、千束は元気そのもので笑顔を見せていた。

 

「生け捕りの任務でしょ? じゃあばっちこいよ! それに、ヒメコちゃんも殺さずに済むなら本調子でしょ。怖いもんなしだね。鬼に金棒をツーセットだ」

「報酬もかなりのものでした。今月は大黒字ですね店長」

「たきなは気が早いな。だがまあ、そうだ」

「なら酒! 獺⚪︎の純米大吟醸が欲しいわ! あとクラブの会費も。高級クラブで理想の彼とランデブーよ」

「ミズキ……」

 

 リコリコの全員がミズキに生温かい視線を向ける中、扉が開いてベルが鳴る。closeの看板が掛けられた喫茶リコリコに入店してくるのは、二人のリコリス。

 

「皆さん、よろしくお願いします」

「よろしくっす!」

 

 深くお辞儀する二人は、それぞれ赤と紺の制服を身に纏っている。それが意味する所は──

 

 

「仕事の時間ですね」

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