リコリコ常連系リコリス【完結】   作:Iteration:6

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第六話『彼岸花』

「先生、どうだった?」

「言っとくが、神に誓って嘘は吐いてねぇぞ」

 

 バラシ屋は、喫茶リコリコのカウンター席で項垂れていた。千束達によって連行された彼は、尋問されるまでもなく内通者の情報を吐いた。今は、頭を抱えて死体のように微動だにしない。

 

「情報に間違いはないそうだ。内通していたのはDAの情報部員で、既に身柄は拘束して裏付けも取れたらしい」

「よし! みんな、打ち上げの時間だぞ〜!」

 

 千束は満面の笑みで言う。いや、俺も参加するのか? そんな風にバラシ屋は困惑したが、どうもそうらしい。打ち上げと言っても酒を飲む訳でもなく、各種の菓子やジュースを飲み食いして駄弁るだけの座談会のようなものだ。

 

「上手くいって何よりだ。負傷者も無くて良かった」

「先生は心配性だなぁ」

「千束さん、マジ凄かったっすね!」

「ふっふ〜。尊敬しても良いぞぉ〜?」

「アンタ、あんまり煽てると木に登り出すわよ」

「たきな、その駄菓子を取ってくれ。ボクの手じゃ届かん」

 

 座敷席でワイワイと談笑する面々。一方ヒメコは、カウンター席でコーヒーを飲みながらバラシ屋と相席していた。

 

「ソイツは珈琲か?」

「そうだ。貴方も飲むか?」

「いやぁ、俺は甘党なんだ」

「知ってる」

「はぁ?」

「貴方のプロファイルを見た事がある。紅茶派らしいな。ミルクティーならメニューにある」

「そいつはどうも……」

 

 ミカは、カウンターに立ってミルクティーとパフェを用意した。バラシ屋は、困惑しつつもティーカップを手に取る。

 

「その、なんだ、俺は……殺されないのか?」

「心配するな。貴方はこの後、クリーナーに引き渡される。これまでの経歴や人生は全て白紙になって、新しい人間として放り出される事になる。まあ、一度死ぬようなものではあるな」

「随分と手間が掛かってるな。この部隊の方針なのか?」

「そうだ。リコリコは誰も殺さない」

 

 バラシ屋は漸く緊張を解いたのか、ミルクティーに口を付けて背もたれに深くもたれ掛かった。

 

「生きてる……」

「これに懲りたら、阿漕な生き方はやめる事だな」

「確かに潮時だ。元より臓器売買の市場は縮小傾向だったんだ。アランチルドレンが人工臓器を開発したとかで、市場への投資は減り続けてた。仕方なく未開拓地域にも手を出したがご覧の有様さ。やってらんねぇ」

 

 違う仕事を探す。そうバラシ屋は言う。

 

「口座は……ダメだな、全部抹消されとる。マジで無一文だな。やべえ」

「因果応報だ。良心に訴えて罪悪感を煽るべきか」

「俺は仲買人だぜ。この手で哀れなストリートチルドレンから臓器を抜いて回った訳じゃない。需要と供給の間に挟まる歯車でしかねえぞ」

「悪者が言いそうな台詞だ」

 

 刺々しいヒメコの言い方に気を悪くしたのか、バラシ屋は口を尖らせて弁解を始めた。ミカとクルミが呆れ顔をするが、彼は気付いていないようだ。

 

「そうは言うが、俺の仕事のお陰でかなりの命が救われたんだぜ。金はあるが臓器がねぇガキと、金はねえが臓器があるガキのマッチングさ。どうせ飢えて死ぬか、盗人になるか、それとも銃を手にして少年兵として人を殺し回るしかねぇようなガキが、腎臓を片方売ったりするだけで数年は生きていけるようになる」

 

 バラシ屋は自慢気に言う。俺は良心派だと。仲介料をぼったくる事もなく、適切な報酬をドナーに提供していると。

 

「じゃあ、これは何だ?」

 

 クルミは口を閉じて居られなくなり、PCを開いて臓器売買市場の犠牲者をバラシ屋に見せた。彼は顔を顰めてから吐き捨てるように言う。

 

「クソッタレだ。俺はそういうやり方をする手合いと仕事はしない。俺にも、越えられねえ一線はある」

「つまらん正当化だ。言い訳がましいのは好きじゃないな。ボクは知ってるぞ。貧困層の子供や人身売買された被害者にも手を出してただろ。一丁前に義賊面するには汚すぎるんじゃないか?」

「それは俺の仕事じゃねえ。此処がDAとは方針が違うのと一緒で、俺も本店の奴らとはやり方が違うのさ」

 

 自分が正しい事をしていると思っていたのか? クルミはそう問い詰めたが、バラシ屋はあっけらかんと言いのける。

 

「当然だ。誰だって自分の仕事には胸を張るだろう? みんな、自分は正しいと信じてる。DAもそうだろう? 正義の為に闇の中で殺しまくってるらしいじゃないか」

「一本取られたな。確かに私たちは同じ穴の狢だ。DAの職員も内通する訳だ」

 

 ヒメコは笑う。皮肉ではなく、彼女は本心からバラシ屋の言い分に納得した。殺し屋がバラシ屋に説教など、どの口で言えるのかと。

 

「だが、リコリコは違う」

「らしいな。あの女、千束? が使ってた非殺傷弾、アレは高いだろ。採算取れるのか?」

「……ノーコメントだ」

 

 クルミはムスッとして座敷席に戻って行った。ミカも頭を掻いて目を逸らす。

 

「お人好しだなぁ。俺はそういうの好きだぜ」

「ボクはお前みたいなのは嫌いだ」

「ははは、嫌われちまった」

 

 バラシ屋は気を良くして、クルミを追って座敷席に混じりに行った。敵同士だったとは思えない馴染みようだ。

 

「そう言えば、貴方が三度目の暗殺を凌いだ時の替え玉は誰だったんだ?」

 

 バラシ屋は振り向かずに、座敷席に着いた。その表情はヒメコからは窺い知れないが、対面する千束とスミレは口を真一文字にして目を細めている。とても気不味そうだ。

 

「一緒に世界各地で商売して来た相棒がいてな。この国のカフェがえらく口に合ったらしくて、良く飲み歩いてたんだ。俺は甘党だから分からねぇんだが……この喫茶の珈琲は美味いのか?」

「うん。美味いよ〜。すっごく。東京で一番!」

「千束、それは言い過ぎだ」

「先生ったら、謙遜しなくても良いんだよ」

「そうか──残念だ。連れて来てやりたかった」

 

 ヒメコが口にするアメリカンコーヒーは、ミカが彼女用に苦味を抑えて淹れているものだった。しかし、彼女は眉間に皺を寄せて沈黙する。

 

「すまない。苦かったかい?」

「いいえ、ミカさん。美味しいです。とっても」

 

 

 

 

 

「人を撃つのは好きじゃない。勿論、殺すのもだ」

「知ってるっす」

 

 ヒメコはスコープ越しにターゲットの男を見ていた。彼は公園のベンチに座って朝日を仰いでいる。足下の鞄の中には即席爆発装置がコレでもかと詰め込まれていた。

 

「だが、撃たないと私はクビだし、あの爆弾が沢山の市民を肉片にする」

「そうっすね」

 

 スミレは余裕だった。先輩なら撃てる。そう確信していたからだ。ヒメコは伏射の体勢でストックを展開したSCAR-Hを構えており、ターゲットとの距離は500mだった。爆発物が確認された為、周囲は人払いされていて不気味な静けさが漂っている。

 

「楠木司令も酷いな。復帰早々こんな任務を宛てがうとは」

 

 二ヶ月後に以前と同様の任務があると聞いていたのだが、話が違うようだ。そうヒメコは愚痴った。恐らく、ターゲットだけでなく市民の命も天秤に乗せざるを得ない任務を担当させて、何としてでも引き金を引かせる魂胆なのだろう。存外に、楠木司令は私を気に掛けているらしい。ヒメコは冷静にそう分析した。

 

「ターゲットは起爆装置として家電のリモコンを使ってるっすね。ほら、ポケットに入ってるアレです」

 

 スミレは双眼鏡でターゲットを観察しており、男のジャケットのポケットを指摘した。公園の茂みの中に身を隠している二人は、ターゲットに気付かれる恐れもなく、寮の自室で話すように平静で緊張もない。

 

「一発で始末しないと厄介っす」

「そうだな」

「大丈夫っす。先輩ならやれます」

 

 沈黙したヒメコは逡巡し、ゆっくりと息を吐き、深呼吸をする。命に優先順位を付ける。同じ人間は一人としていない。だからこそ、奴も私と同じ人間じゃない。たきなからの教えを反芻しながら、ヒメコは引き金に指をかけた。

 SCAR-H で使用される7.62x51mm弾は、9.5〜11.7グラムの重量で、弾速は800〜900メートル/秒に達する。人体に命中すると、衝撃波を伴って通過経路周辺の組織を破壊し、貫通した場合はその出口に多大な損傷を残していく。更に、弾頭が砕けると、その断片は無秩序に体内を抉りながら飛び散っていく。何れにせよ、致命的だ。

 

 

「人を殺すのは好きじゃない。だから──」

 

 

 引き金が引かれて、ターゲットは公園のベンチからずり落ちた。胸が爆ぜたように抉れて、真っ赤な花が咲く。筋組織や内臓が骨片と共に衝撃波でかき混ぜられたその花は、何処までも生々しく、千束の非殺傷弾のそれとは全く異なる様相を呈する。

 

 

「胸が痛む」

 

 

 鈍器で胸を殴られて、息ができなくなるような苦しみが、ヒメコを襲った。制御を失い、生者では決してあり得ない姿勢で動かなくなった死体が、深刻な出血を伴いながらその物質性を露わにしている。私がやったのだ。ヒメコは目を閉じた。

 凡そ、この上なく無慈悲で、非人道的で、残酷な死に方だった。光を失った目が、虚空に視線を投げかけている。人間がする死に方ではない。少なくとも人体は、秒速900mの鉛玉の衝突による死を想定してはいない。

 

 

「私は、間違いなく地獄に堕ちる」

「地獄なんてないっすよ。死んだら終わりっす。何もかも」

 

 

 あまりにも辛辣なスミレの言葉に、ヒメコは乾いた笑い声を漏らした。だが、スミレはヒメコの震える体を強く抱きしめる。

 

 

「でも、もし先輩が地獄に堕ちるならその時は、私も一緒っす。ずっと、一緒です」

 

 

 長い沈黙の後に、生者の熱を感じさせながら、スミレは言う。

 

 

()()()は、地獄に咲く彼岸花ですから」

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