前回からの派生if
喉と鼻を少しやらかした。単純に歌いすぎたのが原因なんだろう。
血が出てくるからアイがティッシュ持ってきてくれたのはありがたかったがそこから何故かアイは涙を流して詰め寄ってくる。
「ミク、やだよ…」
「大丈夫だよ。アイ。これぐらい……」
アイの泣き顔を横目にミクはなんでもない様な顔で血を洗い流していく。最後に手についた血を流した時点でもう既に声の調整に入っていた。
「la‥ala‥ra‥うん。大体わかった」
喉は酷使できないがある程度出して良い音程は分かった。ならその範囲の歌で練習すれば良いやと脳内で曲のピックアップを始めた。
喉と鼻から血を出しながらも歌う事しか脳にない。ストイックとも言えるかも知れないがその身近で見ていたアイはどう思うだろうか。
「………………………………」
「(えっと‥この曲は)」
数年後。予定調和と言わんばかりにミクは巷では有名な路上シンガーになった。プロ入り‥もしくはあの美貌ならアイドルとしてもスカウトが来るだろうというのは噂に名高い。
だがそんなミクだが一つ悪癖があった。
それは“歌のためならどんな危険も惜しまない”という悪癖。それはミクの両親でさえも気がついていないが最も身近にいるアイだけがそれを知っていた。
「ミク‥こんどはどんな無茶するの?」
年齢を重ねてもミクとアイの距離は空くどころかより親密になっていった。その理由として他に友人らしい友人が出来ない(作らない)わけで……
「うん今回の歌はビル風が一番かな」
「…命綱もなしで?」
「命綱なんて“リアルさ”に欠けるでしょ」
さぞ当たり前だとミクは吐き捨てる。
電子の歌姫に“初音ミク”の側を享受している私として、そんな生半可な事は出来ないとミクは思っている。だからこそ、その曲に込められた意味を、その曲に乗せた意識をミクは尊敬し、尊重している。
「けど、危険だよ。ミクもしそれで落っこちちゃって……」
だが、そんな事アイが知るはずもない。なんとなくアイはミクの考えている事は理解できるが少し力を抜いてしまったら落ちてしまうような暴風が襲う中、足を半歩出せばもう空という所に命綱なしで行こうとするのだ。
少なくとも正気の沙汰ではない。アイにとって一番辛い事はミクを失う事。
今までも大分危険だと言うのにまだこうして直接的な命の危機はないからもし最悪何が有ったとしても同じ運命を辿れる様にだけしていたのに。
「落ちると思う?アイ?」
「…………違うよ。ミク。そうじゃない。」
そんなアイの心配に歪む顔とは裏腹にミクは皮肉げに笑って見せる。
ミクはアイが“落ちてしまう”という心配をしていると思っている。……ただアイは“ミクを失う可能性がある”事について心配をしている。そこの差はここ数年であっても埋められなかった差が明確に浮かんでいる。
「じゃあどういう意味なの?アイ。」
「………………………無茶をしないでって意味」
「無茶じゃないよアイ。」
暖簾に腕押し。糠に釘。その意味をアイは心の底から理解できた。
言葉は通じているのに言葉の意味が通じていないというアイにとって全く理解の出来ないこの状態。……一体いつからだろうか。ミクの心は分かるのにミクにはアイの言葉が届かなくなって行っているのは。
「………………………………………」
アイの心で悪魔が囁いた。“ミクを私の色で染め上げて仕舞えばミクは─────”
アイは悪魔の声に従わなかった。
アイはミクにそんな事をしてもミクが幸せにはならないのだと知っているから。
私はただミクの隣でミクと同じ夢を見たい。ただそれだけだというのに。それだけでよかったのに
「全治数ヶ月です。」
医者の声がする。アイの耳にそんな無慈悲に告げられる医者の声とミクの“あーやっぱりかぁ”というような当事者らしからぬ声。そしてそれを聞いていたのかミクのプロデューサーが大慌てで電話をしに外に出て行った。
シンガーから一転、ミクはアイドルになった。その理由ははぐらかされたけど、そんなアイドルの世界でもミクはミクらしく。最近では新気鋭のアイドルとして一目置かれているらしい。
そんな中、発生した練習中のミクの事故。
左脚を折る大怪我と右腕の薄皮を切る怪我。……薄皮と言えどそれが数センチの傷だ。ミクの腕には大袈裟なぐらいの包帯が。ミクの左足にはギブスが巻かれるようになった。
「それに応じまして…生活動作など。手伝っていただけるご家族様はいらっしゃられますか?」
「大丈夫、です。私が手伝うので」
アイはミクに意見を取る前に声を上げる。どうせミクの事だ。足折れてても多少無茶すれば変わらない動きが出来ると言わんばかりの顔をしている(注:これはアイにしか解ってません)。もちろん、そんな事させるものかとアイは意気込んだ。
「もー。アイったら自分でそれぐらい出来るよ。」
「だーめ。ミクはゆっくりしてて」
帰宅後。ミクはいつものように家のことをしようと動くのをアイが強引に椅子に座らせる。手持ち無沙汰で足をぶらーんぶらーんと動かしているミクの姿は可愛かったけど次第にミクはいつものようにパソコンで音を組み立て始めた。
静かな2人の空間に響くリズム良いカタカタ音。そして私の手が鳴らす食材を切る音。なんとなくだけといつものこの空間だけは何物にも変え難いこの家の象徴だ。
「………
そんな安息を砕くかのようにミクの呟く一言はアイの両手を止めるぐらいの衝撃だった。……たかだか一本?足の骨をレントゲンで分かるぐらいポッキリ折れているのにミクにとってその程度なのか。
(……ああ。そっか)
ミクは…自分の身体に無頓着なんだ。自分の身体を商売道具とは見ているけどそれ以上は見ていないんだ。とアイは理解した。……こんなにミクの全てを愛しているのに私の愛はミクには通じてなかったんだなって。
───ミクをアイの色で染め上げてしまえば───
もうアイに悪魔の声は聞こえない。
だけどアイの瞳に輝く星が鈍く、そして暗く輝いたのを包丁の刃で反射した光だけが知っていたのだった。
「ただいまー!」
その数年後。アイは国民的アイドルになった。
日本でアイの名前を1日でも聞かない日はないと言うほどアイは国民的で伝説のアイドルにまで上り詰めた。……だけど本来ならそのアイの隣に立っていたはずのミクは…
「いい子にしてたー?ミク。」
「……………………………………おかえり。アイ」
髪をアイと同じ長さまで切られ、何処か元気が無さそうなミクの姿がそこにはあった。着ている服も何処か合っておらず、手足そして首には似合わない黒いチョーカーが付けられていた。
「もー!ミク。まだ怒ってるの?」
「……怒らない、わけないっ!!」
精一杯アイを責めるミク。でもそんなミクの姿にアイはまるでじゃれついてくる子犬のようにミクを抱えて撫でる。事実、今のミクはアイにとって子犬みたいなモノなんだろう。身も心もアイに堕ち切ったミクがアイを害する事なんて出来ないと知っているから。
「私から自由を奪って……!」
「うん?ミク。私はミクから何も奪ってないよ?」
「外に出たら全部アイが分かるのに!?」
そう。この黒いチョーカーはGPS付きと言うハイテクな代物。それももしミクが家を出たらすぐにアイのスマホに知らされると言うおまけ付きだ。勿論、アイがしていることと言えばそれぐらいで一般生活には問題ないと見えるが……
「私が外に出たら……あんな……っ!!」
「あんな?言ってみなよ。ミク。」
変なところで初心なミクは言えないだろうとアイはニンマリ笑顔でミクの全身を撫でる。
ミクの全身、アイが触るのを限定でとても敏感になるように教え込んでいたのだから軽く鼠蹊部を撫でるだけでミクはもう喘ぎ声を隠せないようだ。そんなミクの姿にとても可愛いとアイは満面の笑みでミクを撫で続ける。
「言えないもんね。ミク。
骨折さえも軽視するミクの姿にアイはついにミクへの計画を進めるようにした。
ミクより早くアイドルとして頂点をとり、そしてその時に貯めたお金でミクと永遠の時を一緒に2人だけで過ごすと言う計画を。
生憎とアイにはミクという天才の背中を…横を見て過ごした少女だ。単純な才能だけでなくその才能が天才という研磨剤で磨かれているのだから異例とも取れる早さで国民的アイドルになった。……そのアイの内心はただミクと過ごすためだけなんだけど。
「……………………」
ミクにとって、アイに襲われるなんて一片も考えなかった。そういうアイへの無自覚な信頼のせいでミクが明確にアイが自分を害する存在だと理解した時にはもう手遅れだっただけの話だ。
「大丈夫だよ。ミクは何も心配しなくて。」
そんなミクにアイはミクと額と額をくっつけ合う。
「ずっと、ずっと一緒だよ?ミク」
そう。それは死が二人を別つとも。
アイとミクの絆は、愛は永久不滅なのだから。
初音未来(初音ミク)
人の心を完全に外度視していたらついにアイに襲われた
もうアイなしでは生きられないと教え込まれているせいで抵抗する気さえ湧かない。
毎晩、毎晩、愛され続ける生活を意外と気に入っている自分が今、一番怖い。
星野アイ(アイ)
前回のミクへの忠告が聞き入れられなかったらこうなっていた。
覚醒して原作と比べ物にならない速度で芸能界を駆け上がる怪物になった。
もはや一番星ではなく太陽みたいなモノ。それら全てがひとりの少女を愛するためだけ。
ミクの様子を見て、心の底から堕ちてくれるまでもう少しだなぁ…と虎視眈々とその時を窺っている。
多分だが、想定しているifの中では一二を争うほど平和である。