今回はクラスメイト達の話になりますので、ゼオンくんとハジメくんは登場しません。
「グァォオオオオ!?」
無数の魔法をその身に受け、崩れ落ちる石橋と共に奈落に落ちていくベヒモス。
しばらく響き渡っていた断末魔が収まり、辺りは静寂に包まれる。
恐ろしい怪物を打倒し、ようやく生存を勝ち取ったというのに、クラスメイト達は誰一人として口を開かなかった。
なぜなら、つい先程、ベヒモスと同じ様に奈落へと落ちていくゼオンとハジメを見たのだから。
しかも、彼等が落ちたのは、足を滑らせたなんて理由ではない。
その場に居た全員が目撃していた。
彼等が落ちたのは、――誰かの放った魔法が直撃したからであった。
思わず、周りに視線を巡らせる生徒達。
あの極限状態の中、ほとんどの者は無我夢中で魔法を行使していた。
故に、彼等に当たった魔法がどちらも《火球》であると気付けた者はごく一部であった。
もしかしたら、自分の隣に居るのが殺人犯かもしれない。
もしかしたら、自分の放った魔法が彼等を殺したかもしれない。
そう思うと、誰もが『その事』に触れられない。
――彼等は、疑心暗鬼になっていた。
そんな中、二人の少女の悲痛な叫びが辺りに響き渡った。
「――南雲くん!! いやぁ!? 待って!?」
「――ゼオン!! そんな、嘘!?」
崩れ落ちた橋の縁に駆け寄っていた香織と雫は、奈落の底に向かって手を伸ばしている。
今にも後を追って飛び降りそうな二人を、光輝とメルド団長が抑える。
「離して! 南雲くんの所に行かないと! 約束したのに! 私がぁ、私が守るって! 離してぇ!」
「そんな、また、私は……。ゼオ、ン……」
飛び出そうとする香織を光輝が必死に羽交い締めにするが、香織は凄まじい力で引き剥がそうとする。
同じく飛び出そうとしていた雫は、メルド団長に体を抑えられると、脱力してその場に座り込んだ。
錯乱して暴れ続ける香織に、光輝は必死になって声を掛ける。
「香織、君まで死ぬ気か! 南雲達はもう無理だ! 落ち着いてくれ! このままじゃ、香織の体が壊れてしまう!」
それは精一杯香織を気遣った言葉だ。
しかし、今この場で言うべきではなかった。
「無理って何!? 南雲くんは死んでない! きっと助けを求めてる!」
光輝の発言に激昂した香織は、更に力を込めて暴れ続ける。
誰もがどうすれば良いか分からずに立ち尽くしていると、メルド団長がツカツカと歩み寄り、香織の首筋に手刀を落とし、気絶させる。
「メルドさん、香織に何を……」
ぐったりとした香織を受け止めた光輝がメルド団長を睨み、文句を言うが、それを無視してメルド団長は座り込んでいる雫に歩み寄り、手を差し出す。
「雫、お前も立て。いつまでも此処には居られない。全力で迷宮を離脱する」
「…………私は、もう」
俯く雫の言葉を、メルド団長が厳しい声で遮る。
「――許さん。あの二人は、俺達を命掛けで救った。俺は、あいつらが守ったお前達を、もう一人も死なせる訳にはいかない」
「メルド、団長……」
メルド団長の声に、雫は顔を上げてメルド団長の顔を見上げる。
悔しそうに歯を食いしばり、自身への怒りに震える顔と、固く握りしめた拳。強く握りしめた拳からは、血が滴っていた。
雫は、メルド団長の手を借りてゆっくりと立ち上がる。
「すみません。……ありがとうございます」
「……礼など、止めてくれ。俺はあの二人をみすみす死なせた大馬鹿者だ。……彼女を、香織を頼む」
「……えぇ、言われるまでもなく」
口を挟めず、憮然とした表情の光輝から香織を受け取った雫は、光輝に告げる。
「……ほら、光輝。あんたが道を切り開くのよ。……南雲君も言っていたでしょう?」
雫の言葉に、光輝は頷いた。
「……そうだな、早く出よう」
目の前でクラスメイトが死んだことで、クラスメイト達の精神は限界になっていた。誰もが茫然自失といった表情で石橋のあった方を眺めており、中には絶望して座り込んでしまう者もいる。
今の彼等にはリーダーが必要だ。
光輝がクラスメイト達の前に行き、声を張り上げる。
「皆!! 今は、生き残ることだけを考えるんだ!! 撤退するぞ!!」
光輝の言葉で、クラスメイト達は少しずつ動き出す。
必死に声を上げ、クラスメイト達に脱出を促す光輝。メルド団長や騎士団員達も生徒達を鼓舞する。
そして、全員が上階へ向かう階段を登り始めるのだった。
◆◇◆
長く、先が暗闇で見えない階段を登り続け、皆が疲労困憊となった時、ついに上方に魔法陣が描かれた大きな壁が現れた。
クラスメイト達の顔に生気が戻り始める中、メルド団長が扉に駆け寄って調べ始める。
フェアスコープによる確認も済ませると、トラップの可能性はなさそうであることが分かった。
メルド団長が魔法陣に刻まれた式通りに詠唱をして魔力を流し込むと、扉が回転して開いた。
扉を潜ると、そこは転移される前に訪れた、二十階層の部屋だった。
「帰って、きたの?」
「戻れたのか?」
「良かった……帰れたよぉ……」
次々と安堵の声を漏らすクラスメイト達。中には泣き出したりへたり込んでしまう者もいる。
そこに、メルド団長が声を張り上げ、皆を立ち上がらせる。
「お前達、座り込むな! 今気が抜けたら帰れなくなるぞ! ――魔物との戦闘は避けて最短距離で脱出する!! もう少しだ、踏ん張れ!!」
渋々と立ち上がるクラスメイト達。
その後も光輝が率先して道を切り開き、時折発生する戦闘は騎士団員達が中心で行う。
そうして一同は一気に地上へ向けて突き進み、遂に一階の正面門と受付に辿り着いた。
今度こそ帰れたと、我先に迷宮から出て行くクラスメイト達。皆、生き残ったことを喜び合う。
そんな姿を尻目に、メルド団長が受付へと向かう。
二十階層で発見した、新たなトラップについて報告するためだ。石橋が崩れてしまったため、また機能するのかは分からないが報告は必要だ。
――そして、ゼオンとハジメの死亡報告もしなければならない。
再び胸の内が悔しさと怒りで溢れそうになるが、何とか堪えてメルド団長は歩き出すのだった。
◆◇◆
ホルアドの町に戻った一行は、それぞれ元気なく宿屋の部屋に入って行った。
ほとんどの生徒は真っ直ぐにベッドへと入り、そのまま深い眠りに落ちる。
気絶した香織を部屋まで運んだ雫も、香織をベッドに寝かせた後、溜め込んでいた疲労が出てベッドに座り込んでしまう。
徐々に襲いくる睡魔を退けながら、雫は考え込む。
(――あの時、ゼオンと南雲君に当たった魔法。あれはどちらも《火球》だった)
雫が思い出すのは、今日起きた最悪な出来事。迷宮から脱出するまでの間、頭の片隅でずっと考えていたことだった。
頭の中に鮮明に残った記憶を、何度も、何度も思い出す。
その度に過去の自分に殺意を覚えながらも、雫は情報を整理していく。
(二人に当たった《火球》は、それぞれ直撃したにも関わらず、威力はそこまで無かった。……精々、当たった所が焦げるくらい)
(その割に、二人を橋の外にまで吹き飛ばすだけの爆発力はあった)
(誰もがベヒモスの強さを目撃していたあの状況で、なぜそんな『威力の低い魔法』を使ったのか)
少しずつ、考えが纏まっていく。
(自分の魔法では、威力を最大にしても効果がないと思ったから? それとも、もう魔力が残ってなかったから?)
二人に当たった同じ魔法、不自然に弱い威力、そして無数の魔法が飛び交うあの状況。
そして、最悪な考えに行き着く。
(――まさか、最初から二人を落とすつもりで魔法を使った?)
普段であれば、ありえないと否定する考えだが。
今はなぜか、その考えがしっくりときてしまった。
(もし、今回の事件が悪意を持って行われたのだとしたら)
ベッドから立ち上がり、部屋の窓から外を覗いて星空を見上げる。
(――絶対に見つけ出して、殺してやる)
その瞳には、黒い殺意が宿っていた。
◆◇◆
深夜、誰もが自身の部屋で深い眠りに落ちている頃。
一人宿を出て、人気のない場所を歩く男――檜山大介は、ブツブツと小声で独り言を漏らしていた。
その顔は、見れば誰もが嫌悪感を抱く程に醜く歪んでいる。
「ヒ、ヒヒ。ア、アイツ等が悪いんだ。南雲は雑魚の癖に、調子に乗るから。こ、これも、白崎のためだ……。あんな雑魚に……もう関わらなくていい……俺は間違ってない……」
「そ、それに、あのクズ……ゼオンの野郎も、俺を散々コケに、しやがって。ざ、ざまぁないぜ。天罰が、下ったんだ……」
暗い笑みを浮かべ、自分を正当化する言葉を吐きながら徘徊する檜山は、建物の角を曲がろうとしたタイミングで無様に転んだ。
「がぁっ!? な、何が……」
急な事に驚く檜山が振り返ると、そこには見知ったクラスメイトの一人が居て、先程檜山が通ろうとしていた場所に片足を出していた。
どうやら、こいつが自分に足を引っ掛けたらしい。そう理解した檜山は、怒って立ち上がろうとするが、目の前の人物が発した言葉に固まる。
「やぁ、こんばんは。やっぱり君だったんだね。――クラスメイトを殺した気分はどうだい?」
「――ッ!? な、何だと!?」
驚く檜山の反応を見て、目の前の人物はクスクスと笑う。だが、その瞳は暗く、濁っており、恐怖を感じさせる。
「……それが、お前の本性なのか?」
気を取り直した檜山が、呟くように尋ねる。
「フフ、そんな大層なものじゃないさ。……誰だって普段他人には見せない一面があるものだよ。それよりも、この事……皆に言ったらどうなると思う? ……特に、あの子達が聞いたら、さ」
「ッ!? そ、そんなの、誰も信じる訳……証拠も……」
「証拠がないって? あんなお粗末な魔法を使用しておいて、まさか誰にもバレないとでも思ってたのかな? きっと、何人かは『あの時』の違和感に気付いている筈だよ」
その言葉に、サッと青褪める檜山。
目の前の人物は、そんなことはお構いなしに言葉を続ける。
「あの状況で咄嗟に行動したにしては、考えた方だとは思うけどね。あのクズを攻撃した所までは認めてあげても良い。でも、その後になぜ同じ魔法で『彼』まで攻撃したんだい?」
声が僅かに低くなる。
「まず、同じ魔法を使っている時点で違和感が残る。人間は、一度目は偶然で済ませても、二度同じ事が続けば疑うものだよ」
「それに、確実に突き落とすために魔法の爆発力を高めたんだろうけど、それと引き換えに威力が低くなった点も駄目だね。あの状況で、強大な魔物に放つ魔法じゃないことは明らかだ」
淡々と自身の計画の甘さを指摘される檜山は、思わず声を出す。
「そ、それでも、証拠はないんだ。俺がやったとバレる訳は……」
「それも、ボクが話したら信じるんじゃないかな? 皆、あの窮地で死ぬ様な思いをしたんだ。その状況を招いた君には、既に発言力はないよ」
冷たい言葉でそう返され、檜山は追い詰められる。そして、目の前の人物に自分の立場が握られていることに気付いた。
「……それにね」
絶望している檜山に、再度声が届いた。
「君は『彼』を殺したつもりなんだろうけど、――ボクにはそうは思えない。……まぁ、これは勘だけどね」
「は……? 何言って……」
困惑する檜山の言葉を無視して、目の前の人物は一人で話し続ける。
「……そうさ。こんな事で死ぬなんて許さない。ボクは、絶対に……」
まさかこんなヤバい奴だとは思わなかった。
思わず後ずさる檜山に、再度冷たい視線を向けた人物は、声を掛ける。
「このことは黙っててあげる。だから、しばらくはボクの言う通りに動いてもらうよ」
「お、俺にどうしろってんだ!?」
「別に直ぐにどうこうしろって訳じゃない。まぁ、その時がきたら教えてあげるよ」
「そ、そんなの……」
そんなの、まるで奴隷だ。
思わず躊躇する檜山に、目の前の人物はそれを見越していたのか、『餌』で誘惑する。
「――白崎香織、欲しくない?」
「ッ!? な、何を言って……」
「ボクに従うなら、いずれ彼女が手に入るよ。……さぁ、どうする?」
「……何が、目的なんだ。お前は何がしたいんだ!」
訳の分からない状況に、檜山が声を荒げる。
「フフ、君には関係ない事だよ。――まぁ、どうしても欲しいモノがあるとだけ言っておくよ。……それで、返答は?」
もう、檜山に選択肢はなかった。
「……従う」
「アハハッ、それは良かった! ボクもクラスメイトを告発するのは心苦しいからね。まぁ、仲良くやろうよ。人殺しさん? アハハハハハ!」
「――ちくしょう……」
楽しそうに笑って踵を返し、宿の方へ歩き去る人物の後ろ姿を見ながら、檜山は小さく呟くのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
という訳で、クラスメイト達のお話でした。
主人公が登場しないので、幕間としてサブタイトルを作成してます。
今後も、区切りの良い時にちょこちょこ挟んでいこうと思います。
次回以降は、あと一話幕間のお話を挟んで本編に戻ります。
では、次話もよろしくお願いします。