ありふれた職業で世界最強 ~魔王と雷帝~   作:さまようトト

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二話目の幕間のお話です。
サブタイトルの通り、雫さんがメインの回になります。


【幕間】八重樫 雫①

 

――私、八重樫雫が『彼』と出会ったのは、7歳の時だった。

 

 

私の実家、『八重樫流道場』へと見学に訪れたその少年は、それまで日本人しか目にしてこなかった私にとって、とても印象に残る容姿をしていた。

 

 

(綺麗な子……)

 

 

それが、『彼』――ゼオンを見た時の第一印象。

 

キラキラと光を反射する銀髪に、幼いながらも整った顔立ち。そして、まるで宝石の様に輝く紫の瞳。

 

引き込まれるような瞳には、何処か影を感じる暗さもあり、それが不思議な魅力を放っていた。

 

 

「どうだい、ゼオンくん。何か、思い出せそうかな?」

 

「……いえ、今のところは、何も」

 

 

彼と彼の保護者らしき男性が辺りを見回し、何かを話しているのを私は遠目に見ていた。

 

 

その後、私の父に子供用の竹刀を借り、振り方を教えてもらっている姿を、私は自然と目で追っていた。

 

 

「……これは。……君は、剣術の経験が有るのかい?」

 

「……分かりません」

 

 

あれから数分。

既に同年代の誰よりも速く鋭い剣を振るうゼオンが居た。

 

あまりにも速い上達に、思わず父が尋ねると、ゼオンはよく分からないことを言った。――『分からない』、と。

 

聞くと、彼は少し前からの記憶がなく、自分がそれまでどう過ごしてきたかも分からないらしい。

 

 

(――何だか、可哀想)

 

その話を聞いた私は、思わず彼を哀れんでいた。

 

自分の事が分からないなんて、もし自分がそうなったら、耐えられる気がしなかった。

 

 

「……本当なら、この後に軽く試合をする予定だったのですが、同年代でこの実力に着いていける者は……」

 

そう言って父はしばらく悩んでいたが、私の方を向いて口を開いた。

 

 

「――雫、相手をしてあげなさい」

 

 

その言葉に、ザワザワとどよめきが広がった。

 

自慢ではないが、私は幼少期から剣を握っている。既に上級生相手でも負ける事は無くなっている程だ。

 

そんな私と、今日初めて剣を握ったであろう初心者。いくらセンスがあっても、勝負にならないのは明白である。

 

 

「お父さん、私は……」

 

私がこの話を断ろうと口を開いた時、こちらを見るゼオンと目が合った。

 

「――すまないが、一戦付き合ってくれ。……頼む」

 

 

真剣な表情でそう言う彼に、私は首を横に振ることができなかった。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

あれよあれよと試合の準備は進み、現在私達は防具を着用して向かい合っていた。

 

 

(――どうして、こんな事に)

 

本当は、こんな試合はしたくなかった。こんなの、まるで私が悪者になったみたいだ。

 

早く終わらせよう、と剣を構えて試合の開始を待っていると、同じく防具を着用して剣を構える少年の表情が面の隙間から見えた。

 

(ッ!! ……何で?)

 

 

真剣な表情。まるで、この試合に大切な何かが掛かっているかの様な真剣さに、思わず一瞬怯んでしまう。

 

 

そんな事を考えている内に、私達の間に審判が立って試合が開始される。

 

 

「ッ! ――やぁあああ!!」

 

怯んだ自分を誤魔化すように、声を上げて突っ込む。

 

そして、駆ける勢いそのままに、相手の面に向かって竹刀を振り下ろした。

 

一瞬の攻撃は、たとえ大人であっても見切れないかもしれない程に速かった。

 

 

――バシィッ

 

 

しかし、彼は私の速攻に反応して剣を持ち上げ、攻撃を防いだ。

 

私達はお互いに一度距離を取り、睨み合う。

 

 

攻撃を防がれた事に一瞬驚いたが、私は気を取り直して再び攻める。もう、当初の遠慮は無くなっていた。

 

 

その後も、私が攻め続ける展開が続いた。

 

しかし、全ての攻撃は初心者である筈のゼオンによって防がれている。

 

更に、初めはギリギリで反応していたのが、徐々に余裕が生まれ、動きが洗練されていく。

 

 

「――はぁああ!!」

 

 

焦った私は、一旦距離を取り、次の瞬間加速して相手に突っ込んだ。

 

そして、再び加速した勢いのまま、竹刀を振り下ろす。

 

狙うのはもちろん、彼の面。

 

 

――間違いなく、今までの私の中で最速の一撃。

 

 

(――勝った!!)

 

 

――バシッ!!

 

 

勝利を確信して振るわれた竹刀は、直後に彼の竹刀に防がれて大きな音を立てる。

 

 

(……え?)

 

私は、防がれた事よりも、目の前の光景に意識を奪われる。

 

 

彼――ゼオンは、左手で持った竹刀で私の攻撃を防ぎ、右手の掌をこちらの体に向けていた。

 

 

それを認識した私は、なぜか「負けた」と感じた。

 

思わず、持っていた竹刀から手を離す。

 

 

――カランッ

 

 

私が竹刀を落とした音が響き、それを見た父は声を上げる。

 

 

「そこまで! 勝者、ゼオン!」

 

困惑する声が辺りから上がる。まさか、私が反則負けするとは思っていなかったのだろう。

 

剣道において、自らの竹刀を落とすことは、明確な反則行為となる。

 

本来であれば、2回重なることで相手の一本となるが、父は私が負けを認めたことに気付いたのだろう。

 

 

私は落とした竹刀を拾って帯刀すると、開始地点まで戻って礼をする。

 

ゼオンも同じく礼をしたが、彼は不思議そうに自分の右手を見つめている。

 

先程の行動は、無意識のものだったのだろうか。

 

 

しばらく考え込んでいたゼオンに、私の父が話し掛ける。

 

「――ゼオン君。うちの道場に入る気はないか?」

 

 

(……え)

 

 

父は、普段人を道場に勧誘することはない。剣を持つ本人の意志が重要なのだと、いつも言っているから。

 

そんな父が、自ら道場に来ないかと誘った。

 

 

(……何で)

 

私の中に、暗い嫉妬の感情が湧き上がる。

 

 

「いえ、オレは……」

 

「君は、先程の試合の中で『何か』を掴みかけた。違うかな?」

 

「……!」

 

 

驚いて顔を上げるゼオンに、父は続けた。

 

「君の中には、戦いの歴史が詰まっている、と私は感じた」

 

「戦いの、歴史……?」

 

「そう。長年の厳しい修行を乗り越えた剣豪のような、戦いに身を置く者が持つ覇気が眠っている」

 

「…………」

 

 

考え込むゼオンに、父は再び口を開く。

 

「君の事情は少し聞いた。この道場に通うことで、君の中にある記憶を目覚めさせる手伝いをさせてくれないか?」

 

「……なんで、そこまでオレの事を?」

 

「なぁに、私も武術を嗜む身だからね。純粋に君がどこまで強くなるのかにも興味がある」

 

 

ハハハ、と笑う父をしばらく見て、彼は頷いた。

 

「……分かりました。よろしく、お願いします」

 

「あぁ! 皆、彼は今日からうちの門下生だ! 仲良くするんだぞ!」

 

 

父は嬉しそうにそう言うが、反応はあまり良くない。

 

いきなり現れた奴が、師範に気に入られているのだ。面白いと思う者はいないだろう。

 

――かくいう私も、その一人であった訳だが。

 

 

「さっきはありがとう。……これから、よろしく頼む」

 

そう言って、こちらに手を差し出してくるゼオンに、私は先程の不満を込めて返した。

 

「……べつに、気にしないで。あなたと仲良くするつもりはないから」

 

ぷいっと顔を逸らして、私は足早にその場を去る。

 

 

唖然とした表情で固まるゼオンを尻目に、私は道場から出て行くのだった。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

――窓から差し込んできた朝日で、目が覚める。

 

 

「……懐かしい夢」

 

徐々に意識が覚醒し、ここが現実なのだと理解する。

 

 

「……ゼオン」

 

思わず口に出してしまったその名前に、胸が締め付けられる。

 

なぜ、失った直後にあんな夢を見るのか。いや、失ったからこそ、だろうか?

 

体を起こし、自身の隣に設置されたベッドに視線を向ける。

 

 

「……香織」

 

そこには、『あの日』以降、ずっと眠り続けたままの親友が居た。

 

 

ここは、ハイリヒ王国王宮内の私に割り当てられた部屋だ。

 

オルクス大迷宮での事件があった日から、既に五日が経過している。

 

 

あの後、私達は宿場町ホルアドで一泊し、次の日の早朝には高速馬車に乗って王国へと戻った。

 

とても迷宮内での実戦訓練を続行できる雰囲気ではなかったし、勇者の同胞が死んだ以上、国王にも教会にも報告は必要だった。

 

 

この国に帰還した時の事を思い出し、ギュ、と思わず自身の手を握りしめてしまう。

 

 

帰還を果たしてゼオンとハジメの死亡が伝えられた時、王国側の人間は誰もが愕然としたものの、直ぐに安堵の吐息を漏らしたのだ。

 

それならばまだ良い方で、中には死んだゼオン達を罵る者までいた。

 

 

『南雲ハジメ? ……ああ、あの『無能』の……』

 

『迷宮で死ぬなど、本当に役に立たん! 正しく『無能』だった訳ですな』

 

『ゼオン……というと、あの『天職なし』の?』

 

『いや、『天職』は後から発現したとか』

 

『しかし、奇妙な魔法を使用していたという話ですぞ』

 

『何と! では、『勇者』の中に『異端者』が混じっていたか!』

 

『『無能』と『異端者』、むしろ居なくなってくれて助かったわ!』

 

 

光輝とメルド団長がその場で怒鳴らなければ、自分は激情のままに奴らへ手を出していただろう。

 

 

『あの二人が居たから、俺達は生き延びることができた!! たった今、貴公らは『勇者』を救った大恩人を侮辱したんだぞ! 恥を知れ!!』

 

普段とは比べ物にならない程の怒気を纏って言い放った、メルド団長の言葉である。

 

 

その言葉に光輝も賛同し、ゼオン達を罵った者達を強く非難していた。

 

 

勇者である光輝が激しく抗議したことで国王や教会も悪い印象を持たれてはマズイと判断したのか、ゼオン達を罵った人物は後日処分を受けたらしい。

 

しかし、その結果は光輝が無能達にも心を砕く優しい勇者であるという噂が広まり、光輝の株が上がっただけだったが。

 

 

更に遠征以降、クラスメイト達は図ったように、『あの事件』の話をしない。『もしかしたら自分の魔法が原因かもしれない』と思い、話題に出せないのだろうか。

 

結果、大半のクラスメイト達の意見は、『あの事件をなかった事にする』で一致していた。

 

まるで、誰かが思考を誘導したのかとでも思う程に、全員が『あの事件』から目を逸らしていた。

 

 

メルド団長は独自で動き、あの時の真相を知ろうとしていた様だが、イシュタルがクラスメイト達への詮索を禁止したことで、行動すること叶わなくなった。その後もメルド団長は食い下がったが、国王に禁じられては頷くしかなかった。

 

 

「香織……ごめんなさい。私は、もう……」

 

あの日から目を覚まさない親友の手を取り、そう呟く。

 

 

正直、もう限界だった。

 

――こんな国のために戦わなくてはならないこと。

 

――現実逃避し、二人の存在を無かった事にするクラスメイト達。

 

――そして、今もまだのうのうと生きている、殺人犯。

 

 

自分の心が、怒りで埋め尽くされそうになる。

 

 

その時、握り締めた香織の手がピクリと動いた。

 

「――ッ!? 香織、聞こえる!? 香織!!」

 

 

必死に呼びかけると、香織の目蓋がふるふると震え始め、ギュッと手を握り返してくる。

 

そして、香織はゆっくりと目を覚ました。

 

 

「香織!」

 

「……雫ちゃん?」

 

 

少しぼうっとしているが、しっかりと此方を認識できている。

 

 

「ええ、私よ。……香織、体は大丈夫?違和感はない?」

 

「う、うん、平気だよ。ちょっと怠いけど、寝ていたからだろうし……」

 

「……そうね、もう五日も眠っていたんだもの」

 

 

そんな事を話しながら、体を起こそうとする香織を補助する。

 

 

「……五日? どうしてそんなに……私、確か迷宮に行って……それで……」

 

 

はっとして辺りを見回す香織。

 

 

「……ねぇ、雫ちゃん。……南雲くんは、どうなったの?」

 

「……いい、香織? 落ち着いて聞いて。……南雲君は『あの時』、橋の下に落ちたわ」

 

 

そう伝えると、香織は眼を虚ろにして私の言葉を否定する。

 

 

「……嘘、だよね。そうでしょ、雫ちゃん? 本当は南雲くんも助かってて、他の部屋で寝てるんだよね?」

 

「……嘘じゃないわ。彼は、死んだのよ」

 

「嘘、嘘だよ。いくら雫ちゃんでも、そんな嘘付くのは許さな……」

 

「――私だって!! 嘘だと思いたいわよ!!」

 

 

この数日、溜め込んでいた感情が溢れ出す。

 

 

「南雲君だけでなく、ゼオンもあの時落とされた!! こんなの、悪い夢だって思いたいけど、現実なの!!」

 

「雫、ちゃん……」

 

胸が苦しい。辛い。涙が溢れて止まらない。

 

 

「私は、ゼオンのこと、守るって、約束したのに。何も、できなかった……」

 

「雫ちゃん……。……ごめんなさい」

 

香織が、泣きながら私の事を抱きしめる。私も、縋るように香織を抱きしめ返した。

 

 

 

しばらく二人で抱き合って泣き疲れると、お互いに冷静になった。

 

 

「……雫ちゃん。南雲くんは、落ちたんだね……。ここには、居ないんだね……」

 

確かめるようにそう尋ねる香織に、私は事実を伝える。

 

 

「……えぇ、そうよ」

 

「あの時、南雲くん達には、私達の魔法が当たってた……。――犯人は、誰なの?」

 

「まだ、分からないわ。……皆、あの事には触れない様にしてるから」

 

「……そっか」

 

 

俯いたまま、ポツリポツリと会話する香織。ふと、真っ赤になった目を拭いながら顔を上げて、宣言した。

 

 

「……雫ちゃん。私、やっぱり信じないよ。南雲くん達は生きてる。死んだなんて信じない」

 

「……香織、それは……」

 

 

それは全くもって現実的ではない、だけど自分もどこかで信じていたかった可能性。

 

 

「分かってるよ。あそこから落ちて、生きていると思う方がおかしいって。……でも、まだ確認した訳じゃない。可能性は低いけど、確認していないならゼロじゃない。……私、信じたいの」

 

「香織……」

 

「私、もっと強くなるよ。それで、自分の目で確かめる。だから、……雫ちゃん」

 

「……何?」

 

「――力を、貸してください」

 

 

己の目を真っ直ぐ見つめるその表情に、狂気や現実逃避の色は見られない。

 

――本気で、二人の生存を信じている。

 

 

「……香織、私は……」

 

(……私は、二人が生きていることを信じたいのに、心のどこかでは諦めてた)

 

 

――そうだ。あの二人が、簡単に死ぬ訳がない。私も、もう一度信じてみよう。たとえ、その可能性が絶望的であっても。

 

 

「――もちろん、協力する。こうなったら、とことん付き合うわ」

 

 

ありがとう、と言って抱きついてくる香織。

 

 

私達は、再び抱きしめ合いながら、強くなることを決意した。

 

 




読んで頂いてありがとうございます。

という訳で、雫さん視点のお話でした。
雫さんの過去話については、また後程続きを書こうと思います。

次回からは、ゼオンくん視点となり、本編に戻ります。

では、次話もよろしくお願いします。
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