直球すぎるサブタイトルですが、ようやくあの子の名前が出せる様になって嬉しいです。
――轟々と風の音が耳に響く。
オレは今、底の見えない闇の中を落ちている。
あの『ベヒモス』との戦いにて、オレとハジメは最後の最後でクラスメイトの魔法が直撃し、石橋の下に落とされた。
最低な状況だが、直撃した魔法の威力自体は大した事がなかったため、あの後オレは空中で体勢を整え、現在は着地に備えている。
(――しかし、既に一分以上は落ち続けている。どこまで深いんだ、この迷宮は)
時折、壁に空いた穴から滝のように水が吹き出ている箇所があった。上手く利用することができれば、死なずに済むかもしれない。
オレは、体全体で風を受け止め、少しづつ壁側に近付く。
これは賭けだが、やれる事は全てやると決めていた。
そして、何とか落とさずにいた直剣を引き抜き、その時が来るのを待つ。
更に落ちていくと、ずっと闇が広がっていた奈落の底に、ぼんやりと光が見えてきた。
(――地面だ!!)
しかも幸運な事に、近くには途中で見かけた壁から水が吹き出している場所があり、滝壺のように水が溜まっている地点があった。
オレは、引き抜いていた直剣を壁に押し当てる。
ギャリギャリと壁を削る音が響き、剣から火花が散る。
更に、オレは剣を握っているのとは反対の手を地面に向ける。
(――威力はいらない。必要なのは、『勢い』と『持続性』だ)
もはやほとんど残っていない魔力を掌に集め、オレは呪文を唱える。
「ラージア・ザケル!!」
掌から放出された雷は、微細な魔力操作によって指向性を制御され、オレの体を僅かに押し上げる。
徐々に落ちていく落下速度。
しかし、数秒経つと、魔力が無くなったことで術が中断される。
オレは、術が途切れたタイミングで壁を蹴る。少しでも、体が巨大な水溜りの中央に近付くように。
もうすぐ傍まで迫った水面を見て、オレはそのまま体勢を整えて入水した。
◆◇◆
――バキィッ!
『――ぐがぁっ!?』
体が勢いよく壁に叩きつけられる。そのままズルズルと壁を伝って崩れ落ちる体。
『ぐ……!! ……く、そぉ!!』
うつ伏せに倒れた体に鞭を打ち、何とか立ち上がろうとする。しかし、そんな事はお構いなしに『敵』が棍を持って突進してきた。
ようやく立ち上がったオレの顔を目掛けて、棍が薙ぎ払われる。
『――ッ!!』
体を伏せることでその攻撃を避け、その反動を利用して体全体を使って飛び上がる。
己の数倍は大きい体躯を持つ『敵』の顔に掌を向け、術を行使する。
『――ザケル!!』
放たれた雷によって顔を焼かれ、思わず仰け反る『敵』に構わず、地面に着地したオレは更に追い打ちを掛けるべく掌を向け、術を唱える。
『ザケルガ!!』
――バシッ!
しかし、術が放たれる直前、術の起点となるオレの掌が棍によって弾かれる。
検討違いの方向に突き進む術を認識する間もなく、『敵』がこちらに急接近していた。
『ぐっ!?――ザケル!!』
咄嗟に術を放つが、それよりも先に振り下ろされた一撃が頭に直撃し、オレは意識を失った。
◆◇◆
(――う、……ここ、は……)
目が覚めると、見知ったベッドに横になっていた。どうやら、あの後自室に運ばれたらしい。
だが、ここに居るのはオレ一人ではなかった。
オレの耳に、誰かがすすり泣く声が聞こえた。
『ああ、王よ……なぜゼオン様にこの様な仕打ちを……。まだ幼い子供だと言うのに……なぜ……』
オレに背を向けて泣いているのは、オレの乳母を務めている女だった。彼女はオレが目を覚ましたことには気付かず、衝撃的なことを口走った。
『弟君である『ガッシュ』様には自由を与え、なぜゼオン様にはこんなに厳しい扱いをするのですか……』
(――何、だと?)
一瞬、思考が停止する。オレに、弟がいる……?
『――おい。どういう、事だ。』
『ゼ、ゼオン様……!?』
『先程貴様が言っていた事は、本当なのか? ……オレに、弟がいるというのは?』
『ああ……! 私は、何て事を……!!』
聞き出すと、乳母は悲痛に顔を歪めて、先程の発言を認めた。しかし、これ以上はオレに伝える事はできないのだと、泣きながら謝罪した。
オレが聞き出せた情報はただ一つ。
オレには、『ガッシュ』という双子の弟がいるという事であった。
だが、オレには気に掛かる点があった。
(――オレに弟がいるというのならば、なぜ、そのガッシュはこの城にいない?)
オレと同じ出生であるならば、弟も共に鍛錬の日々を送っている筈ではないのか?
(先程乳母は、王がガッシュへ自由を与えた、と言っていた)
オレは、嫌な予感が胸の内に広がるのを感じた。
――オレに課せられた、厳しい鍛錬の日々。
――直接会うことすら許されない、オレの両親。
――そして、隠された弟の存在。
もしや、オレの今の境遇は、その弟が関係しているのではないか。
その日から、オレは必死になって調べた。
日々の鍛錬によってボロボロな体に構わず、睡眠時間すら削って調べ続けた。
しかし、どれだけ調べても、大した情報は得られない。
気が付けば、弟について調べ始めてから一年が経っていた。
だが、ある日、偶然にも情報を手に入れたのだ。
その日もオレは、睡眠時間に部屋から抜け出し、もはや日課となっている調査に向かおうとしていた。
すると、二人の兵士が立ち話をしているのを耳にしたのだ。
『……どうだった、ガッシュ様の様子は?』
『あぁ、一時期は元気が無かったようだが、今は元気に学校へ通っているとの事だ』
『……そうか、それは良かった』
(――ッ!? ……ガッシュ、だと?)
息を潜め、兵士達の会話を盗み聞く。
情けないが、この機会を逃したら、もう二度と情報は手に入らないかもしれない。それ程までにガッシュの情報は秘匿されていた。
『王もお喜びになるだろう。何せ、ガッシュ様は親元を離れての暮らしだ。やはり気に掛けておられるだろうからな』
『あぁ。……しかし、王はなぜゼオン様にあそこまで厳しく接するのだろうか……』
『……それ以上は言うな。王には王のお考えがあるのだ』
『だが、あれだけ必死に努力されているゼオン様に『バオウ』が与えられないなど……。あまりにも、報われないではないか……』
(…………何だと?)
『バオウ』とは、魔界の王である父が千年間鍛え上げた究極の力『バオウ・ザケルガ』のこと。それは、息子であるオレに受け継がれる筈のもので……。
――『ならぬ。お前に『バオウ』は与えん』
以前、父が自分に放った言葉を思い出す。
『お前に』、『バオウ』は与えない……。
(――まさ、か)
ドクン、ドクンと心臓の鼓動が激しくなる。そんな筈はない。父がオレに厳しい鍛錬を課すのは、オレに『バオウ』を受け継がせるためである筈。
しかし、オレのその想いは、次に兵士から発せられた言葉で否定された。
『――なぜ、王はガッシュ様に『バオウ』を与えたのであろうな……』
『おい、その話はするなと言われている筈だ。口を慎め』
(…………あ)
その言葉を聞いた瞬間、今まで厳しい鍛錬に耐えることができていた心の支えが、ガラガラと崩れ落ちた。
◆◇◆
あの後、オレはフラフラと自分の部屋に戻り、泥のように眠った。
そして次の日、オレは訓練に身が入らず、普段よりもボロボロになって地面に這いつくばっていた。
『……よーし、今日はここまで』
今日の訓練相手を務めている、ラジン中将がこちらを気遣ってか、訓練は終了した。
『ぐっ……!! がはっ、げほっ!!』
立ち上がろうとするが、中々起き上がれない。それどころか咳き込んで、血反吐を吐く始末だ。
オレがそんな無様な姿を晒していると、部屋に重苦しい声が響く。
『――どうした、ゼオン……?』
その声は、最近オレの訓練を見ることは無くなっていた、父のものであった。
『ッ!? ……その声は、父上!? 見ておられるのですか!?』
『――随分と、ヘばっている様だな?』
『ぐっ……』
情けない姿を、父に見られた。オレは、悔しさに歯を食いしばる。
しかし、これはまたとないチャンスだと、オレは思った。昨日聞いた兵士達の話が本当かどうか、父に直接確かめる。
『――父上!! なぜ、なぜ私に『バオウ』をくれなかったのですか!?』
瞳から涙が溢れる。今まで辛い思いをしたのは何のためだったのか。そんな気持ちが胸の内を満たす。
『――前にも言った筈だ。『バオウ』は持ってはならない力だと。大きすぎる力は滅びをもたらす』
だが、帰ってきた返答はオレには納得できないものであった。
『……しかし、父上は『バオウ』を使って王になったのでしょう!? ならば、『バオウ』は偉大な力です! そうではありませんか!?』
『――偉大ではない。アレは、恐ろしい力だ。……お前に使いこなすことはできん』
ギリ、と思わず歯を食いしばる。
オレには、使いこなせない?それならば、なぜ……。
『――ならば、なぜ!! ガッシュに『バオウ』を与えたのですか!?』
オレが叫んだ言葉に、父はしばらく答えなかった。そして、ようやく口を開くと、冷たい声で尋ねてきた。
『――ゼオン、ガッシュの事を誰から聞いた?』
オレは、ガッシュのことを全て話した。
秘匿されている筈のガッシュの情報を調べていた事を知られれば、オレに罰が下されることは分かっていた。しかしそんな事よりも、オレはハッキリとさせたかったのだ。
――なぜ、兄弟であるオレとガッシュの扱いが、こんなにも違うのかを。
『ガッシュには『バオウ』という力と自由を与え、なぜ私には厳しい教育と訓練の日々しか下さらないのですか!?』
『――ゼオン』
だが、その疑問に答えが帰ってくる事はなかった。
『――ガッシュの話はするなぁ!!』
バチリ、と大きく音が鳴ったと気付いたその瞬間には、オレに雷が降ってきていた。
『ぐぁあああああ!?』
いつまでも終わらない電撃。
気絶しそうになっても、痛みによって強制的に意識を戻される。
フッ、と永遠に続くかという時間が終わり、地面に倒れ伏す。
そこに、怒りが籠もった父の声が響く。
『――下らん話をする暇があるなら、腕を磨け!! 力を使うお前の心を鍛えろ!!』
『――ラジン中将、今日は朝まで訓練を続けろ!! 一時も休ませるな!! 明日からの訓練の時間も倍に増やせ!!』
朦朧とする意識の中、父の言葉が頭に響く。
『――ゼオン、二度とガッシュの話はするな!! 二度とだ!!!』
それきり、父の声は聞こえなくなった。もう、こちらを見てもいないのだろう。
『……ゼオン様』
いつの間にか近くまで来ていたラジン中将が、手を差し出してくる。
だが、オレは怒りと憎しみ、そして虚しさで心がぐちゃぐちゃだった。今は、放っておいてほしかった。
『……触るな。一人で、立てる……』
立ち上がるオレを見つめ、ラジン中将が口を開く。
『……王が、貴方に次の王になってほしいと思ってのことです。そうでなければ、これほど厳しい特訓はしません』
オレを気遣う様に声を掛けるラジン中将が煩わしくて、オレはその言葉を切って捨てる。
『……知った口をきくな、中将ごときが。オレが次の王になるのは、当たり前の事だ』
そうだ。オレが王を決める戦いで勝つなんてことは、当たり前だ。
『――こんな訓練などしなくても、オレが王になるのは、当たり前なんだ……』
呟いた言葉は、虚しく消えていった。
◆◇◆
――あれから時が経ち、遂に『魔界の王を決める戦い』の参加者が発表された。
今オレは、選ばれた100人の参加者の名簿を見ている。
『ゼオン様、おめでとうございます!! 見事、魔界の王を決める戦いの100人に選ばれましたな!!』
嬉しそうに語るラジン中将の声が届かない程、オレは怒りに震えていた。
『――これは、どういう事だ……!?』
『ゼオン様……?』
困惑するラジン中将に、オレは問い詰める。
『なぜ、この王を決める戦いに、『ガッシュ』の名前がある!?』
ガッシュは、オレの様に厳しい特訓をしていない。ガッシュは、民間の学校で日々遊んでいるだけだった。ガッシュは、ガッシュは……。
ずっと、心の中で抑え込んでいた憎しみが爆発する。
『父上は、オレを王にするために厳しい特訓をしたのではなかったのか!?』
『ゼオン様……』
バチバチ、と体から雷が漏れ出し、手に持った名簿を燃やし尽くす。
『――やはり父上は、『バオウ』を持つガッシュを王にしたかったのか!?』
自分の最強の力を受け継がせた子を、次の王にするために。
ならば、ならば今までオレがしてきた事は、何だったんだ……?
『オレは……! やはり憎まれているだけの子だったのか!?』
ガッシュの事を父に尋ねたあの日から、ずっと心に燻っていた疑問。
――オレは、両親から必要とされていないのではないか、と。
『くそったれが……!! ガッシュめ……消してやる……』
今まで過ごしてきた、辛い日々の記憶が次々と湧き上がり、心が怒りと憎しみで満たされる。ガッシュが居なければ、オレはこんな思いをしなくて済んだのではと。
『オレが必ず、お前を……お前が受け継いだ『バオウ』ごと、消してやる!!』
その日、オレは弟である『ガッシュ』に、オレと同じ苦しみを味わわせることを決意した。
読んで頂いてありがとうございます。
という訳で、皆大好き、DV空回り魔界と家族大好き魔王こと、ゼオンくんパパの名シーンでした。
原作を読んで思ってたのですが、ゼオンくんへのあの対応は、結果的に上手く言ったとはいえ、割と危ない橋だったのではと思います。まぁ要するに、もっと優しくしてあげてくれよ……。
いきなり回想シーンに突入してしまったので、びっくりした人が居たらごめんなさい。
おかしい……当初は奈落の魔物との戦闘になる筈だったのに、いつの間にか回想になってました。
次回こそは、奈落の探索に入ります。
では、次話もよろしくお願いします。