一体いつまでもつのか……。
――ブウゥゥゥン、と耳障りな音が辺りに響く。
正面から鋼鉄の角を持ったカブトムシのような魔物が突っ込んでくる。
鋭利な角には魔力が纏われ、貫通力が高まっているため、受け止めるのは危険だ。
オレはカブトムシの突進を避け、通り過ぎた奴の背に呪文を叩き込む。
「――ザケルガ!!」
――ギャリィッ!
しかし、放たれた呪文は硬い甲殻によって阻まれ、火花を散らしながら弾かれる。
「――チッ、また耐性持ちか。なら……」
オレが次の手を打とうとすると、背後から別の魔物が接近してくる。
蛾のような見た目をしているその魔物は、毒々しい色をした羽を羽ばたかせて、鱗粉を辺りに撒き散らす。
それを認識したオレは、呼吸を止めて掌を地面に向ける。
「ラージア・ザケル!!」
――バリィッ!!
地面に当たることで周囲に勢い良く拡散した電撃が、空中に漂っていた鱗粉を吹き飛ばす。
あの鱗粉は麻痺効果があるのだ。
一応オレには『麻痺耐性』があるのだが、出来るだけ吸い込むのは避けた方が良いだろう。
拡散した『ラージア・ザケル』の余波によって、怯んでいる蛾の魔物に掌を向ける。
「ザケル!!」
放たれた電撃によって、蛾の胴体が消し飛び、羽が四散する。
邪魔者を始末し、再びカブトムシの魔物へと向き合う。
奴は再度こちらに向かって突進して来ていた。
オレは、突進に合わせて呪文を唱える。
「――ザグルゼム!!」
バチバチ、とスパークしながら飛来する雷の球体が、カブトムシの体に直撃する。
しかし、突進は止まらず、カブトムシの体が淡く発光したのみであった。
きちんと『術の効果』が現れている事を確認したオレは、再び突進を避けて呪文を唱える。
「――ザケルガ!!」
使用する術は、初撃で甲殻に弾かれた『ザケルガ』。普通に考えれば、同じ呪文を使用しても、再び弾かれるだけだろう。
それが分かっているのか、カブトムシは避ける素振りも見せず、最初と同じく甲殻で受け止めようとする。
それを見たオレは、ニヤリと笑う。
こちらの望んでいた通りの行動だ、と。
『ザケルガ』がカブトムシに直撃すると、奴の体が一瞬強く発光する。そして……。
――バギィンッ!!
凄まじい閃光と共に、カブトムシの甲殻が砕け散り、そのまま『ザケルガ』によって貫かれた。
カブトムシは突進の勢いのまま地面に叩き落され、動かなくなった。
先程使用したのは、新たに習得した、第七の術『ザグルゼム』だ。この術は今までのものと比べても特殊な効果を持つ術で、『ザグルゼム』自体には一切の攻撃力がない。この術の効果は、いわば『他の術の強化』であるからだ。『ザケル』や『ザケルガ』などの攻撃呪文と組み合わせることで、先程のように硬い装甲を持つ相手にも攻撃が通用するようになる。他にも色々使い道はあるが、ひとまずはそんなところだ。
「――ハァ、この迷宮の魔物はどうなってるんだ。……まともに魔法が通じる奴が少なすぎるだろう」
戦闘が終わって一息つき、オレは思わず呟いた。
ハジメを探して、奈落の底で見つけた下へと向かう階段を降りたオレを待っていたのは、まさしく『魔境』であった。
睨むだけで相手を石化させる大トカゲ。
気配を消して地面から襲ってくる巨大ザメ。
当たると溶ける猛毒の液体を飛ばす虹色ガエル。
これらの魔物だけでも厄介なのに、階層全域に毒の霧が充満していたり、階層全体がすぐに発火するタールのような物質で埋め尽くされていたりなど、迷宮自体の仕掛けというか環境が全力でこちらを殺しに来ている。
オレが今いるこの階層も、迷宮の中の筈なのに鬱蒼とした木々に埋め尽くされ、まるで密林である。
ここはどうやら虫型の魔物が生息しているらしく、先程戦ったように、巨大なカブトムシや蛾のような魔物が群れで襲ってくる。
虫が苦手な人には地獄のような階層だろう。
それはさておき、この迷宮の魔物は皆、強さがとんでもないのはもう今更だが、魔法に対する耐性が高すぎる。魔力のステータスが高いオレですら、術を弾かれることなどザラにあるのだ。
もし普通の魔術師がここの魔物と戦ったとしても、何もできずに倒されるだろう。
この世界において、魔法は重要な攻撃手段だ。
どうしても素の身体能力が魔物よりも劣る人間は、魔法によって魔物と対抗してきた。しかし、ここの魔物たちはその対抗手段をあっさりと潰してくる。
(迷宮の仕掛けといい、全力で殺しにきているな。殺意が高すぎる)
それに、迷宮が深すぎる。
既に三十階層は降りて来ているというのに、未だに終点へと到着する様子はない。
「……いまだにハジメは見つからないし、これは選択を誤ったか……?」
もう少し最初の階層で探索するべきだったか、とオレは少し後悔し始めていた。
しかし、今のオレは前に進むしか無いのだ。
(最奥まで辿り着いてもハジメが見つからなかったら、引き返して探索し直そう)
オレは、終わりの見えない迷宮探索に疲弊しながらも、先へと進んでいくのだった。
◆◇◆
あれからも階層を下り続けて、オレは遂に最初の階層から数えて五十階層目に到達していた。
既に奈落の底へ落ちてから一月は経っているだろうか?
相変わらず凶悪な魔物たちを退け、戦い続けたことでレベルも随分と上がった。
オレはステータスを確認するべく、ステータスプレートを取り出す。
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ゼオン・ベル 17歳 男 レベル:30
天職:雷帝
筋力:1500
体力:1500
耐性:1500
敏捷:1500
魔力:3000
魔耐:2500
技能:雷属性耐性・物理耐性[+金剛]・毒耐性[+治癒速度上昇]・麻痺耐性[+治癒速度上昇]・剣術[+斬撃速度上昇]・体術[+縮地]・槍術・杖術・魔力操作[+遠隔操作][+精密操作][+部位強化]・先読・高速魔力回復・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・気配遮断・威圧・言語理解
《使用可能呪文》
第一の術 ザケル
第二の術 ラシルド
第三の術 ジケルド
第四の術 ラージア・ザケル
第五の術 ザケルガ
第六の術 ラウザルク
第七の術 ザグルゼム
第八の術 ガンレイズ・ザケル
第九の術 テオザケル
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随分とステータスが伸びたものである。
新しい呪文も二つ増え、幾つかの技能は派生技能まで取得した。ステータスを見れば順調に強くなっていると思えるが、
それでも油断できないのが奈落の底の恐ろしいところだ。
大抵の魔物が初見殺しを仕掛けてくるのだ。
溜まったものではない。
ステータスを確認したオレは、この階層の探索を開始する。
ここ五十階層は、他の階層と雰囲気が明らかに違った。
普通に魔物は生息しているのだが、数は少なく、異様に静かなのだ。
オレが不気味さを感じながらも探索を続けていると、明らかに異質な雰囲気を放つ扉を見つけた。
それは装飾が施された巨大な両開きの扉で、その扉の脇には二体の一つ目巨人の彫刻が壁に埋め込まれていた。
「これは……?」
嫌な予感を感じながらも、オレはその扉に近付いて詳しく調べ始める。
扉には、巨大な魔法陣が刻まれていた。
しかしその内容は、オレには解読できない式で構成されている。
「何だこの式は……? 魔法陣については、王城にいた頃に粗方理解したはずだが……」
城の書庫にあった魔法に関する書物は、全て読破しているのだ。それでも分からないとなると、これは――。
「神代の魔法か……? しかし、それにしては一部見覚えのある式も混ざっている。それほど古い時代のものでは無さそうだな」
とは言っても、ほとんど解読できないのは変わらないのだが。
オレはしばらくその魔法陣を調べたが、分かったのはコレは何かを『封印』するための魔法陣であるという事だけだった。
「……かなり不吉だが、他に地上ヘ脱出する手掛かりもない。動かして、みるか……?」
オレは思い切って魔法陣に触れ、魔力を流し込む。
しかし、その瞬間、全身に悪寒が走った。
この扉周辺にはオレしか生物はいないはずなのに、強い視線を感じる。
オレは視線を感じた方向に目を向ける。
すると、扉の両脇に鎮座していた一つ目の彫刻達が、こちらを見ていた。
ズズズ、と動き出す石像二体。
「クソッ、やはり迂闊に触るべきじゃなかったか!」
オレは石像達から距離を取り、先手必勝とばかりに呪文を唱える。
「――ザケルガ!!」
放たれた雷撃はしかし、石像が手にした巨大な剣によって防がれた。
「――チッ。だが、全く効果が無いわけではなさそうだな」
感じた手応えから、オレの術はこいつらに通用することを確信する。
ドシン、ドシンと重い足音を響かせながら、こちらへ向かって大剣を振り回してくる石像達。
オレはその攻撃を避けながらも何度か術を打ち込むが、石像達は剣を盾にして防いでくる。
こいつらがどういう存在なのかは知らないが、随分と武器を扱うのが上手い。
今まで奈落の底で多くの魔物を見てきたが、こいつらのように武器を扱う魔物にはまだ出会ったことがない。
そう言う意味でも、こいつらは異質な存在だった。
それはさておき、オレは目の前の存在を倒すため、次の手を打つことにした。
「単発の攻撃がダメなら、――こういうのはどうだ?」
オレは、石像達の攻撃を避けながらも、片方の石像に掌を向ける。
「――ガンレイズ・ザケル!!」
次の瞬間、オレの掌の先に複数の雷を模った紋章が現れ、雷の球体を乱射し始めた。
――ドガガガガガッ!!
ガトリングのように連射される雷を受けきれなくなった石像は、壁にもたれ掛かるように倒れる。
それを見たオレは、倒れ込んだ石像の頭の上に飛び乗り、真下にある頭へと掌を向けて呪文を唱える。
「――テオザケル!!」
呪文を唱えた瞬間、視界を埋め尽くす程の電撃が放たれる。凄まじい威力の電撃は、一瞬で石像の頭を粉砕し、そのまま上半身をも崩壊させる。
オレは片方の石像が動かなくなったのを確認し、残る一体に意識を向ける。
相方を破壊された石像は、怒り狂った様にこちらへ剣を振り下ろしてきた。
――オレが回避行動を取ろうとした時、それは起こった。
――ドパンッ!!
凄まじい破裂音が聞こえた瞬間、残った石像の頭に超高速で飛来した『何か』が、石像の頭を吹き飛ばした。
石像は力を失ったように地面へと崩れ落ち、辺りに重い音を響かせる。
オレは地面へと着地し、攻撃が飛んできた方を警戒する。
――そこには、白髪の男が立っていた。
男は銃のようなものを構え、こちらをじっと見つめている。
本来であれば、警戒するべき相手だ。この奈落の底では、油断した者から死んでゆくのだから。
しかし、オレはこの男を警戒することができなかった。なぜなら、その顔はずっと再会を望んでいた、『家族』の面影があったから。
髪の色も、目の色も、背丈も、身体つきすら記憶の中の姿とは違う。
しかし、オレは確信していた。この男は――。
「ハジメ……なのか?」
――オレが探していた家族、南雲ハジメなのだと。
読んで頂いてありがとうございます。
やっと二人を合流させられました。
これから二人には、力を合わせて奈落の底から脱出してもらいます。
次回は、いよいよあの子の登場です。
では、次話もよろしくお願いします。