前話に引き続き、独自設定多めです。苦手な方はご注意ください。
「――何……!?」
オスカー・オルクスの発した言葉は、オレを驚愕させるには十分な内容だった。
彼の話が正しければ、この世界でも『魔界の王を決める戦い』が行われていたということになる。
『……まず、初めに言っておかなければならないことがある。この記録映像を見ているということは、君は僕達が残した『鍵』を持っている筈だ』
「……『鍵』、だと……?」
オスカーは厳しい表情を崩さず、淡々と言葉を続ける。
『『鍵』とは、かつて僕が持っていた魔本。しかもただ所持しているだけではなく、魔本に施された封印を解かなければならない』
『魔本の封印は、魔本に所縁のある存在――つまり、『魔界の子供』しか解くことが出来ない様になっている』
どうやら、ハイリヒ王国の宝物庫にあった白い魔本は、元々彼が持っていたものらしい。あの時、オレは魔本と契約を交わした。それによって、封印とやらが解かれたのだろうか。
『……正直なところ、この記録映像を僕達が望む相手に伝えられる可能性は殆どない。それでもこんな手段を取ったのは、狂った神やその眷属から察知されずに、伝えなくてはならない事があるからだ。……彼女と同じ、魔物である君に』
ここからは少し長くなるけれど、と前置きを入れ、オスカーは再び語り始める。
『まだ僕達が『解放者』とも呼ばれていなかった頃、僕は一人の少女と出会った。名前はサーシャ。魔界の王を決める戦いに選ばれた魔物の一人で、争いが嫌いな優しい子だった』
『紆余曲折はあったけれど、僕は彼女のパートナーとして共に戦うことを決め、旅をしながら他の魔物との戦いに挑んだ。――そんなある日、僕達はこの世界の神が、魔界の王を決める戦いに介入していることを知ったんだ』
『本来、魔界の王を決める戦いは、選ばれた100人の魔物の子が最後の一人になるまで戦い合う。でも僕達が参加した戦いでは、魔物同士の戦いによって脱落した者は30人に満たなかった。……なぜなら、神とその眷属が彼らを手にかけたからだ』
オスカーの顔には強い怒りが込められていた。
きっと、旅の中でその現場を見てきたのだろう。
『……神は、魔物の子供達が持つ『力』と、その『成長性』に目を付けた。初めは弱くとも、経験を重ねて成長すれば神の使途すらも凌駕する能力を身に着ける。……実際、サーシャもそうだった』
『奴らは、魔物の力を利用するために、彼らを捕まえて実験を繰り返していた。無理やり力を開発させたり、他の生物に能力を移植しようとしたり。……どれも、ロクなものじゃなかった』
オスカーは暫し沈黙した。
固く閉じた瞼の裏に当時の光景が浮かんでいるのか、表情は険しい。
『たとえ違う世界の住人だったとしても、悪戯に命を弄んで良い訳がない。僕達は、もう二度とこんなことが繰り返されない様にするためにも、神に戦いを挑んだ。……だが、結果は……大敗だった』
『――サーシャは、僕の目の前で命を落とした。僕らは、逃げることしかできなかったんだ』
そこまで語ると、オスカーは僅かに俯いた。
彼は、後悔しているのかもしれない。大切な仲間を救えなかったことを。
『彼女が死んだ時、魔本は僕に言った。今回の魔界の王を決める戦いは、失敗したと。この世界に魔物は残っておらず、もはや王を選定することはできない。次の魔界の王を決める戦いは、別の世界で行われるだろう、と』
『僕が君に伝えたかったこと……それは、狂った神――創生神エヒトが、君達魔物を狙っているということ。たとえ魔界の王を決める戦いが無くなったとしても、奴らが諦めるとは思えない。いずれ、君達の魔界にまで被害が及ぶかもしれない』
『……僕は、君に神と戦ってほしい訳じゃない。この話を聞いた君が何をするのも自由だ。ただ、どうか生き延びてほしい。……そして、これは僕の我儘だけれど、僕達と共に戦ってくれた彼女のことを、覚えておいてほしいんだ』
オレに向かって、オスカーが優しく微笑む。
『――聞いてくれてありがとう。どうか君のこれから歩む道が、自由な意志の下にあらんことを――』
最後にそう締めくくり、記録映像は消え去った。
「…………」
オレ達の間には、暫し沈黙が流れていた。
ハジメとユエは矢継ぎ早に語られた情報に、困惑しているようだ。かくいうオレにとっても、オスカーが語った内容は衝撃的で、直ぐに飲み込める話ではなかった。
ひとまず考えるのは後にして、屋敷の探索を再開しようと思った時、オレのステータスプレートが強く輝いた。ステータスプレートから溢れた光は徐々に集束していき、輝きが収まると、そこには白い魔本が宙に浮いていた。
魔本は独りでに開かれると、ぱらぱらとページがめくられていく。最後のページ付近を開いたところで動きが止まると、今度はオスカーの遺体が抱えている魔本が輝き、宙に浮いてこちらへ近づいてきた。
「……おい、ゼオン。この本、本物じゃねぇ。鉱石で作られた偽物だぞ」
ハジメの言葉通り、オスカーが抱えていた魔本は精巧に作られた彫刻品の様だ。
本物と偽物の魔本は互いに向かい合った状態で制止すると、偽物の魔本がドロリと溶け、中から一枚の紙切れが出てきた。
「――これは、魔本のページか……?」
出てきた紙には、魔本に書かれているものと同じ文字列が並んでいた。魔本の方を見ると、開いた箇所には破られたような跡が残っている。
ページがひらりと魔本に向かって飛ぶと、魔本の破られた箇所と合わさり、まるで時を戻したかの様に修復された。
一つとなった魔本は、再び光の粒子になるとオレの体へ降りかかる。
――キィィン
「くっ……!?」
突如、頭の中に甲高い音が響いた。
そして頭痛と共に、脳裏にある光景が浮かび上がる。
『――貴方、この本を読んでみて』
白銀の髪を携えた少女が、黒髪の青年――オスカー・オルクスへと白い魔本を差し出している。恐らくは、彼女がオスカーの言っていた『サーシャ』という人物だろう。
少女の顔には、何の感情も浮かんでいなかった。
オスカーに声を掛けた時も、まるで義務を果たすかの様に淡々と、無表情で言葉を発していた。
彼女に対してオスカーが何か言葉を発する前に、見える光景が切り替わった。
『――いえーい! サーちゃん、楽しんでるぅー?』
金髪の少女が、サーシャに抱き着いている。
近くにはオスカーも居て、他にも見知らぬ人物が何人か見える。皆で火を囲んで食事をしていることから、どうやら宴の光景らしい。
オスカーが金髪の少女を引き剥がそうとするも、少女はべったりとサーシャにくっついて離れようとしない。オスカーと少女はそのまま言い合いを始めるが、二人に挟まれたサーシャの表情には僅かながら笑顔が浮かんでいた。
さらに場面が切り替わる。
だが、今度の映像にはサーシャの姿は無かった。
七人の人物が、宙に浮かぶ魔本の前に立っている。
『――分かっているさ。可能性は絶望的だ』
七人の内の一人、オスカーの声が響く。
『――それでも、僕は未来に賭けたい。希望はまだあるんだって信じていたい』
オスカーが魔本に触れる。
それに続いて他の六人も魔本に触れ、祈る様に瞳を閉じた。
『――どうか、この声が彼女の仲間に届きますように』
オスカーの呟きが聞こえたのを最後に、オレの意識は現実へと戻ってきた。
「――おい、大丈夫か? 変な光浴びてたが……」
「ん……ゼオン、ボーっとしてた」
オレの意識が戻ると、ハジメとユエが心配そうに話し掛けてきた。
「……すまない、大丈夫だ。どうやら、魔本を介して過去の記憶とやらを見ていたらしい」
オレは、ハジメ達に先程見た光景について説明した。オレ自身も理解しきれた訳ではないが、恐らくあれはサーシャの魔本が見てきた光景だろう。魔本によって出会った彼らの、始まりと終わりの記憶。
「……正直、一気に色んな事を知り過ぎて、何が何やらって感じだな」
「ああ。オレも、少し気持ちを整理したいと思っていた」
オレの話を聞いたハジメは、少しげんなりしていた。先程までは、神の思惑など関係ないと考えていたのだろうが、オレという当事者が隣にいたのだ。愚痴を言いたくもなるだろう。
「……とりあえず、先にこの家を調べる?」
「……それもそうだな」
オレとハジメはユエの言葉に同意し、今聞いた話は一旦置いておくことにした。そして、地上への帰還方法を見つけるため、探索を再開するのだった。
◆◇◆
それからオレ達は、この屋敷を隅から隅まで探索した。
オスカーが身に着けていた指輪型アーティファクトのお陰で、屋敷中に施されていた封印を解くことができたため、屋敷の設計図やオスカーが遺したアーティファクトと素材が手に入った。
また、書斎にあったオスカーの手記により、他の七大迷宮に関する情報や、この屋敷の三階にあった魔法陣で地上へと出られることを知ったのだった。
そうして、屋敷の中を一通り探索し終えたオレ達は、今後の方針について話し合っていた。
「さて……この屋敷も粗方調べ終わったし、地上への帰還方法も見つかった。本来なら今すぐにでも脱出したいところだが、二人にちょっと提案がある。しばらく此処を拠点として、準備を整えないか?」
ハジメの提案から、オレはその理由を察する。
「……それは、他の七大迷宮を攻略する準備、ということか?」
「ああ。オスカー以外の『解放者』達も、迷宮の攻略者に神代魔法を与える用意をしているみたいだしな。もしかしたら、元の世界に帰れる転移魔法もあるかもしれねぇ」
確かに、その可能性はあるだろう。
オレはハジメの言葉に頷き、準備を整えることに賛成した。
「確かに、これからのことを考えれば力を蓄えておくのは重要だろう。……今後、神の使途とやらがオレ達を狙ってくる可能性もあるからな」
『解放者』達が残したという神代魔法。
それらを集めようとすれば、当然神とその眷属は止めようとするだろう。何せ過去に自分達へと向けられた力なのだから。
「……私は、ハジメ達と一緒ならどこでも大丈夫」
どうやらユエも問題ないらしい。
オレ達の返事を聞いて、ハジメが頷きながら話を纏める。
「よし、これで今後の方針は決まったな。俺達は、地上に出たら七大迷宮の攻略を目指す。そして、そのためにも今は準備を整えよう」
「んっ、分かった」
「ああ、了解だ」
こうして、オレ達はもうしばらくオルクス大迷宮へと留まり、可能な限りの準備を行うことにしたのだった。
◆◇◆
一面に広がる、真っ白な世界。
時折、何もない空中に極彩色の光が現れては消えていく、不可思議な空間。
そこは『神域』と呼ばれる、神々が住まう聖域。
遥か昔、『解放者』達が場所を突き止めたものの、踏み込むことができなかった場所である。
そんな『神域』に、一つの人影が存在した。
それは、頭から足の先までが光によって構成されていた。頭と思しき箇所には、目や鼻、口が存在せず、ただのっぺりとした光の塊が乗っかっているだけだった。
光でできた人影は、白い世界にポツンと置かれた白い椅子へと腰かけ、これまた白い円卓の上を眺めていた。
円卓の上には、幾つかの大陸を模したオブジェが置かれており、真上から見ると、まるで立体的な世界地図を広げている様だった。
よく見ると、大陸の上には無数の駒が置かれており、それぞれが人や動物の形を模している。
『――さて、人間族はどこまで盛り返すか……』
人影が、顔と同じく光でできた掌の上で、人型の駒を転がせながら言葉を発した。その姿はまるで、棋士が盤面の上の駒をどう動かすか悩むかの様であった。
暫し考え込んでいた人影だったが、パキリ、という音が響いたのを聞き、視線を音が鳴った方へと動かす。
蛇を模っている怪物の駒が砕けていた。
人影は駒が置かれていた場所を確認すると、駒を拾い上げながら呟いた。
『オルクスの迷宮を守護する魔物が死んだ……? アレを殺すなど、今の人間族には不可能な筈……』
人影は片腕を持ち上げ、指を鳴らす動作をする。
すると、人影の他には誰も居なかった空間に、銀髪の女性が現れた。
美しい顔立ちにドレス甲冑の様なものを身に纏い、背中に一対の翼を広げるその姿は、まさしく『天使』と呼べるものであった。
美しい銀髪が地面へと垂れることも厭わず、人影に向かって傅いた女性は、そのままの体勢で口を開く。
「――主よ、お呼びでしょうか」
女性の凛とした声が広い空間に響く。
人影は、女性に向かって声を発する。
『オルクスの迷宮が突破された。近々、他の迷宮に神代魔法を受け継いだ者が現れるだろう。それが何者なのかを調べろ』
「了解致しました。確認の後、その者は消しましょうか?」
淡々と答える女性に対し、人影は暫し考えてから返答する。
『……いや、少し興味がある。見つけたら我に報告せよ。他の迷宮を見張っていれば、自ずと見つかるだろう』
「了解致しました。――全ては、主の御心のままに」
その言葉を最後に、女性の姿が消え失せる。
広い空間に一人残された人影は、手の中で砕けた怪物の駒を弄びながら、静かに嗤った。
読んで頂いてありがとうございます。
今話は殆どが独自設定の説明でした。読み難かったらすみません。
物語が一区切りついたので、次回からは幕間のお話を何話か挟もうと思います。
では、次話もよろしくお願いします。