前回に引き続き、幕間のお話になります。
今話は途中で時系列が前後します。
読み難かったらすみません。
――カリカリ、と紙にペンを走らせる音が響く。
ハイリヒ王国の王宮内にある執務室。
一目で高価だと分かる調度品が並ぶ部屋で、一人の少女が黙々とペンを握る手を動かしていた。
少女の名は、リリアーナ・S・B・ハイリヒ。
現在十四歳になる、ハイリヒ王国の王女である。
既に日も落ちた時間帯であるため、立派な執務机の上に置かれたランプが、少女の顔と机の上に積み重ねられた書類の山を薄く照らしている。
リリアーナは慣れた手つきで次々と書類を捌き続け、遂に最後の一枚を処理すると、小さく息を吐いた。
「――ふぅ、これで暫くは問題ないでしょう。……あら?」
リリアーナが部屋へと備え付けられた時計を確認すると、そろそろ日付が変わるという時間であった。またやってしまった、と言わんばかりに頭に手を当てたリリアーナは、ため息を吐く。
「もうこんな時間……。これでは、またヘリーナに怒られてしまいますね……」
自身の専属侍女の顔を思い浮かべて、苦笑する。
以前にも、遅くまで仕事をしていたリリアーナが彼女に小言を言われるということがあったのだ。
ちなみにヘリーナは今日、月に一度の休暇である。当初は休もうとせず、自身に侍ろうとしていた彼女へ、働き過ぎは良くないからと説得し、無理矢理休ませたのだ。
その時、何やら彼女は呆れた様な表情をしていたが、こちらが折れないと分かったのか、休むことを渋々了承してくれた。
彼女を休ませたその日に、自分は遅くまで仕事をしていたなんて、バレたらまた小言を言われるのは確実である。
リリアーナは立ち上がり、執務室の窓から外の景色を眺める。美しく手入れされた庭園の花々が月明りで照らされている光景は、息を飲む程美しい。
だが、リリアーナの視線は、庭園よりも少し先にある訓練場の一角を見つめていた。当然、こんな時間に人がいる筈はないので、無人の訓練場が見えるだけなのだが、リリアーナは訓練場を見つめながら小さく呟いた。
「……もう、二月は経ったんですね。光輝さんや香織、雫……そして、『彼』と出会ってから」
リリアーナは瞳を閉じると、もう随分と昔の出来事の様に感じる、勇者達が召喚された頃のことを思い返すのだった。
◆◇◆
二ヶ月前、父の執務室にてリリアーナはエリヒドに詰め寄っていた。
「――どういうことですか、お父様!? 魔人族と戦うために勇者が召喚されるなんて、聞いていません!」
元々リリアーナは、異なる世界の住人を自分達の世界の戦争に参加させるのは反対であった。彼等にも故郷があり、家族がいる筈だ。そんな人達をこちらの都合で呼び出した挙句、帰る方法も分からない等と、どんな顔で伝えられると言うのか。
「リリアーナ、これはエヒト様の『神託』による決定事項だ。エヒト様は、寛大な心で我らが救われる術を提示して下さった。これで魔人族を滅ぼし、我が国は更に繁栄することができる。――ああ、エヒト様に感謝の祈りを捧げなければ」
「お父様……」
恍惚とした表情で祈りを捧げ始めるエリヒドに、最早リリアーナの声は届かなかった。
数日後、『神託』の通り勇者が召喚されたことを知らされたハイリヒ王国の重鎮達は、謁見の間にて勇者の到着を待っていた。
現在勇者は、聖教教会の教皇であるイシュタルによって、この世界へと呼ばれた経緯を説明されているらしい。
(……一体、どんな顔で迎えれば良いのでしょう)
玉座へと座る父の隣に並ぶリリアーナの頭の中は、『勇者に対してどう償うか』ということで一杯だった。異なる世界で、普通に生きていた人の人生を歪めてしまった罪悪感で胸が締め付けられる思いになる。
「――勇者御一行様、到着致しました!!」
門番を務める兵士の声が謁見の間に響いたことで、リリアーナは意識を切り替える。
(――とにかく、彼らを全力でサポートしないと。せめて私にできることは、全てやらなくては――)
できる限りの事をしていこう、と気を引き締め、リリアーナは顔を上げて勇者達を迎える。
「…………ぇ?」
思わず、口から声が漏れる。
イシュタルに連れられて謁見の間へと入ってきた『勇者』は、自分と近い年齢であろう少年少女達だった。
皆、物珍しそうに謁見の間を見回している。
その表情から、察してしまう。彼らは、歴戦の戦士などではないのだと。そこに居るのは、物珍しい景色を楽しんでいる、普通の子供達であった。
(――そんな、私達は、一体何て事を……)
ふと、視線を感じて目線をそちらに動かす。
すると、黒髪や茶髪といった髪色ばかりの勇者達の中に、一人だけ銀髪の少年が混ざっている事に気が付いた。銀髪の少年は、美しく輝く紫色の瞳でリリアーナの事を見ていた。視線にはこちらを警戒するような色が見え、彼はリリアーナだけでなく、謁見の間にいる重鎮達にも視線を巡らせている。
その瞳が、自分達を決して許さないと責めている気がして、リリアーナは息を飲んだ。
その時、自分の隣から声が聞こえることに気が付いた。どうやら、父と母の自己紹介が終わったらしい。上手く働かない思考の中、それでもみっともない姿は見せられないと、必死に微笑む表情を作って自分の役割をこなす。
「――リリアーナ・S・B・ハイリヒと申します。どうぞよろしくお願い致しますわ、勇者様方」
自分は、上手く笑う事が出来ているだろうか。
そんな事を考えながらも、リリアーナの頭には先程見た少年の瞳が焼き付いて離れなかった。
◆◇◆
勇者一行が召喚されてから、一週間が過ぎた。
あれから、リリアーナは勇者達と積極的に関わる様に行動した。一人一人と交流を図り、勇者として戦ってくれることへの感謝を言葉で伝えるのはもちろん、精神的なフォローを欠かさない様に気を配った。
その行動は、彼等を別の世界の事情に巻き込んでしまったという罪悪感による所が大きかったが、彼等の力になりたいという思いはリリアーナの本心である。
その甲斐もあって、親身になって接してくれるリリアーナは生徒達と親しくなっていき、その中でも香織や雫とは親友と呼べるまでに仲が深まったのだった。
彼女達は、リリアーナが自分達に対して強い罪悪感を抱いていることを察してはいるものの、その事に触れたりはしなかった。下手に慰めの言葉を掛けても、逆にリリアーナを苦しめるだけだと分かっていたのである。
そんな風に生徒側からも気に掛けられているリリアーナは、現在自身の執務室にて業務をこなしていた。
てきぱきと今日予定していた分の仕事を処理していると、視界の端に一枚の書類が目に入って動きを止める。
「…………」
『却下』の文字が書かれた箱に入れられたその書類を手に取り、リリアーナは少しの間瞑目する。
その書類は、嘆願書であった。
差出人は、王都から西へ向かった先に存在する小さな農村の村長。内容は、村の近くに増えている魔物の討伐依頼であった。文字を書くのに慣れていないのか、辿々しい言葉遣いの文章だが、村の被害が増加しているためか、真剣さと焦りが伝わってくる。
どうやら、何度か冒険者ギルドにも依頼を出していた様だが、多くの報酬を払えないことが原因で依頼を受けてもらえなかったらしい。
実際、最近はこの村だけでなく、国全体で魔物による被害が増加し続けている。こういった嘆願書が届いたのも、一度や二度ではないのだ。
書類の内容を見返しながら、リリアーナは先日の出来事を思い返していた。
『……魔物の討伐? 何故そんなことのために騎士団を動かさねばならんのだ』
心底分からないといった表情で冷たく返す国王に、リリアーナは再度提言する。
『ですが、陛下……! このままでは、被害が増える一方です。何か対策を講じなければ、自らを守る術のない民は危険に晒され続けます!』
『ならん。今は勇者殿に力を付けてもらい、魔人族との戦争に備えることだけ考えればよい。これは、エヒト様からの神託による決定事項だ』
この国において、神による言葉は絶対である。
父が意見を曲げるつもりがない事を察しつつも、国民のために何かできることがないかと悩むリリアーナは、考えていた代替案を提示する。
『……では、冒険者ギルドへと支援金を支払い、その資金を冒険者の方々に対する報酬へと回してもらうことで、依頼を受けてもらいましょう。現状の国営予算を考えれば十分余裕がありますから、資金についても確保できる筈です』
『――何度も言わせるな。魔物による被害が増えていようと、何も対応する必要はない。お前の元に幾つか来ているという嘆願書も、無視すればよい』
『そんな……! お願いです、お父様――』
聞く耳を持たないエリヒド陛下――父に、リリアーナは食い下がるも、冷たい声によって遮られる。
『――いい加減にしろ、リリアーナ。『そんな事』に構っている時間など、我々には無いのだ』
静かな執務室に、リリアーナが嘆願書を箱へと戻す音がカサリと鳴った。
リリアーナは考える。
父は、ここ数年で大きく変わってしまったと。
昔の、国や民のことを第一に考えていた姿は最早なく、今の父が優先しているのは『神託』通りの行動をすることのみ。
(――お父様は、『神託』に従っていれば国の繁栄は約束されると言った。……そのために民を見捨てることは、本当に正しいのでしょうか?)
『――よいか、リリィ。王というのはな、民を守らねばならん。我々王族には、その責任があるのだ』
昔、父が語ってくれた言葉を思い出す。
『我々は民を生かし、民によって生かされている。そのことを、忘れてはならんぞ――』
まだ物心ついたばかりの頃にあった出来事だが、リリアーナはその時の言葉をはっきりと覚えていた。
この国には王子のランデルがいるため、王女である自分が国王になることはないが、リリアーナは昔聞いた父の言葉を胸に、国民に寄り添える人間となるために努力してきたのだ。
リリアーナは立ち上がり、窓から外の景色を眺める。今は夕方であるため、夕日の光が庭園の草花に反射しており、少し眩しい。
リリアーナは、執務室の窓から見える景色が好きだ。美しい庭園もそうだが、ここからは王宮内への通路や訓練場の一角が見えるため、騎士団を含む人の出入りが見えるのだ。王宮に住まう様々な人の営む姿を見るのがリリアーナは好きなのである。
しばらく景色を眺めていると、訓練場に人だかりが出来ていることに気が付いた。どうやら、二人の人間が剣を打ち合わせる姿を囲んで見学しているようである。
(――あれは、メルド団長と……ゼオンさん?)
高速で剣を打ち付け合っているのは、我が国の騎士団を率いるメルド団長と、先日召喚されたばかりの銀髪の少年、ゼオンであった。
驚くことに二人の実力は拮抗しているようで、中々決着が付かない。リリアーナは自身が戦闘に関して疎いことを自覚しているが、メルド団長と互角に渡り合うなど、相応の力量が必要であることくらいは理解していた。
二人が激しくぶつかり合ったことで一旦距離が離れ、再度互いに駆け出した直後、決着はついた。
メルド団長が横薙ぎに剣を振るうも、ゼオンは体を仰向けに倒して剣撃の下へ滑り込むと、そのままメルド団長の背後を取って剣を振るう。ゼオンの剣はメルド団長へと当たる前に寸止めされ、それに気付いたメルド団長は手を上げて降参していた。
二人は剣を収めて何やら会話しているが、メルド団長は豪快に笑っており、随分と嬉しそうである。
どうやら今日の訓練は終わりの様で、メルド団長の声掛けによって各自が解散していく。
リリアーナは、先日共有された勇者達に関する報告書の内容を思い返していた。
ゼオン・ベル。
メルド団長曰く、現時点において勇者達の中でも実力が飛び抜けている存在。戦闘だけでなく座学面でも優秀だが、特に戦闘技術の成長速度に関しては、他の追随を許さない程であると評価されている。
当初は天職を持っていないという噂が広がっていたが、後に『雷帝』という未知の天職であることが発覚。非常に高いステータスから、強力な戦闘系天職であろうと言われている。
間違いなく、今後発生する魔人族との戦争において主力となる人物である、と報告書は締められていた。
(……いつまでも、逃げてはいられませんね)
リリアーナは表情を引き締めると、控えていた侍女のヘリーナに言伝を頼むのだった。
◆◇◆
次の日、リリアーナは執務室にてある人物を待っていた。
緊張を落ち着かせるためにもハーブティーを淹れていると、執務室の扉がノックされる。
「リリアーナ様、ゼオン様がお越しになりました」
扉の向こうから聞こえるヘリーナの声に、リリアーナは表情を引き締め、返事をする。
「――どうぞ、お入り下さい」
扉が開き、ヘリーナに案内されたゼオンが部屋に入ってくる。それを見届けたヘリーナは一礼すると、扉を閉めて部屋から退出した。
そう、リリアーナが待っていた人物というのは、ゼオンの事である。
勇者一行が召喚されてから、リリアーナは時間を見つけては一人一人とこうして直接会話をする機会を設けていた。皆が揃っている場では、仮に不満があっても言い出し難いだろう、という配慮である。
そうした細やかな気配りで生徒達に好かれているリリアーナだが、まだ一人だけ直接話が出来ていない人物がいた。それは何を隠そう、今彼女の目の前に居るゼオンの事なのである。
彼女には昔から、人が仮面の下に隠している本心を見抜く才能があった。王族として他国の使者と会談したり、国内の貴族達による化かし合いを見てきたことで、その才能は更に磨かれてきたのだ。
そんなリリアーナは、勇者が召喚された日に見たゼオンの表情から、強い警戒心を感じ取ったのである。ゼオンが隠そうとしていたこともあり、ハイリヒ王国側でその警戒心に気が付けたのは、リリアーナだけであろうが。
ゼオンが自分達に対して不信感を持っていることを知り、今日までリリアーナはゼオンと会話をするための一歩を踏み出せなかったのである。
執務室へと訪れたゼオンを出迎えたリリアーナは、ゼオンに席を勧めながらも口を開いた。
「突然のお呼び出しにも関わらず、お越し頂いてありがとうございます。ゼオンさんと直接お話ししたいことがあり、このような形を取らせて頂きました」
「……いえ、お気になさらないで下さい。それで、ご用件とは何でしょうか? リリアーナ王女殿下」
声色や表情から、ゼオンが僅かに警戒している事を察して、リリアーナは早速本題に入ることにした。ゼオンを呼び出したのは、この世界へと呼び出した事について改めて謝罪をするためである。
リリアーナは深く頭を下げ、今まで生徒一人一人にしてきた様に、誠心誠意の謝罪を行う。
「――本当に、申し訳ありませんでした。こんな謝罪程度で済む問題ではないことは理解しております。私は、皆様が元の世界へと帰れるその日まで、最大限の援助を行うことを約束致します」
面と向かって王女が頭を下げて謝罪してきたことに、ゼオンは一瞬困惑した。
ゼオンも、リリアーナが自分達に謝罪して回っているということはハジメや雫から聞いていたが、それはこの国が勇者を懐柔するための策略だと考えていたのだ。だが何かを企んでいるにしては、目の前に居る少女の言葉は真っ直ぐ過ぎた。
もし今後、戦いに参加しないとしても援助を打ち切ることはしない、とまで言い切ったのだ。彼女がそこまでの権限を持っているかは分からないが、少なくともリリアーナは本気でそうするつもりなのだろう。
「……何故、この様なことをするのですか? オレ達は、既に戦う意思をこの国に示しています。王女殿下が頭を下げる必要は無い筈です」
戦う意思を示したのは、主に天之河が暴走したせいだが、と内心で考えるゼオンの疑問に対して、リリアーナは真剣な表情で言葉を返す。
「それは、私がこの国の王女だからです。……我々の事情に、本来無関係な貴方達を巻き込んでしまった。この国の代表である王族として、謝罪するのは当然の事です」
「…………」
ゼオンは思う。この国の上層部に比べて、この少女は『染まって』なさ過ぎると。
この国では、神の意志が何よりも優先される。
先程のリリアーナの発言は、勇者を召喚した神を否定していると取られても可笑しくないものだった。
この国に住んでいる以上、彼女自身も先程の様な発言は許されない事を理解しているだろう。それでも尚、自分達に謝罪を伝えるためだけに危ない橋を渡っている。
「……私がお伝えしたかった事は以上です。ゼオンさんが戦うことを望まないのであれば、私の方からお父様に――」
「お気遣い頂き感謝しますが、オレは戦うつもりです」
「…………えっ?」
今までの真剣な表情から一転、目を丸くするリリアーナ。だがゼオンにとっては、長年探し求めていた記憶を取り戻す方法が見つかったばかりなのだ。
当然、最優先の目的はハジメを元の世界に帰すことであるが、いずれ魔人族との戦争が始まることを考えると、力を鍛えておくことは重要である。また、魔本との会話から、記憶を取り戻すには力を鍛える必要があることを察しているため、そういう意味でも勇者として鍛錬ができるのは都合が良いのである。
「……? 何か、変なことを言ったでしょうか?」
「い、いえ……。ゼオンさんには、嫌われていると思っていたので、意外だったというか……」
ゼオンも確かに思うところはあるのだが、それは国王や聖教教会、この世界の神に対してである。むしろリリアーナに対しては、自分達のために尽力してくれていることを知っていたため、好感を抱いていた。
「……オレは、王女殿下のことを嫌っていませんよ」
「え……本当、ですか?」
不安そうな表情のリリアーナに、ゼオンが頷く。
「はい。これだけオレ達の事で真摯になってくれる人を、嫌いになったりはしませんよ」
「そ、そんな、私なんて……。……でも、ありがとうございます」
リリアーナは思わず目線を逸らした。
先程のゼオンの言葉が、裏のない本心だと気付いたからだ。戸惑いながらもお礼を口にするリリアーナの頬は、僅かに赤く染まっている。
「とにかく、オレは戦います。――これは、オレ自身の意志で決めたことですから」
「……自分の意志で、決めたこと……」
ゼオンの言葉に、リリアーナは思わず押し黙る。
そして、彼女の脳裏には『神託』の通りに行動することを至上とする、父や重鎮達の姿が浮かんでいた。
「……ゼオンさん、お聞きしたい事があります」
ここ最近、ずっと悩んでいたこと。
聞くべきではないと考えながらも、リリアーナの口からは自然と言葉が紡がれた。
「――ゼオンさんは、『王』とはどうあるべきだと思いますか?」
「……何?」
リリアーナの質問に、ゼオンは暫し沈黙する。
「ゼオンさんが何を仰っても、他言しないと誓います。……どうかお聞かせ下さい、貴方の意見を」
「……オレにとって、『王』とは――」
たとえ善良な少女であっても、この国の王族に下手な事を言うべきではない。そう考えてゼオンは誤魔化そうとしたが、リリアーナの何かに縋る様な表情を見た時、咄嗟に言葉を発していた。
「――優しい、王様」
「…………え?」
「……オレにとっての『王』とは、民を思い、民に思われる存在。――そんな、『優しい王様』だ」
「――民を思い、民に思われる王……」
リリアーナはゼオンの言葉を聞くと瞑目し、優しく微笑んだ。その表情には、先程までの張り詰めた様な雰囲気が無くなっている。
「優しい王様……ふふ、とても素敵ですね」
「あー……王女殿下、今のは……」
ゼオンが気恥ずかしそうにするが、リリアーナは笑みを浮かべながら口を開いた。
「――リリィ、とお呼び下さい。敬語もいりません」
「……は? しかし、王女殿下――」
「リリィ、とお呼び下さい」
「…………」
リリアーナが発する謎の圧に屈し、思わず口を閉じてしまうゼオン。彼女の表情には先程と同じ微笑みが浮かんでいるのだが、何やら黒いオーラが出ている気がする。
「……では、リリアーナと呼ばせて頂きま……呼ばせてもらう」
「……まぁ、今の所はそれで我慢しましょう」
聞こえてるんだが、とリリアーナの意外な一面を見たゼオンは頬を引きつらせる。
その後しばらくの間、二人は雑談をして時間を過ごした。雑談といっても、主にリリアーナから話題を振ってゼオンが答えるという形ばかりだったが。
「――ゼオンさん、今日はお話しできて本当に良かったです。これからも、よろしくお願いしますね」
執務室を後にするゼオンを見送りながら、リリアーナは先程まで自身の心に圧し掛かっていたものが軽くなっているのを感じるのだった。
◆◇◆
窓の外に広がる美しい景色を眺めながら、リリアーナは思う。あの日、彼と話す事が出来て良かったと。
彼の言葉を聞いて、自分が目指す王族の姿をはっきりと理解する事が出来たのだ。
彼とまた二人で話をしたい。
そう思っていた矢先、オルクス大迷宮の探索中にハジメとゼオンが亡くなったことを知らされた。
流石に、ショックを隠す事が出来なかった。
彼らを戦わせることになってしまった自分自身の不甲斐無さを恨んだ。
それから数日は茫然として、何も手に付かなかった。
しかし、香織と雫が彼らの生存を信じて立ち直る姿を見て、自分を奮い立たせる事が出来た。
彼女達が言う様に、彼らが簡単に死ぬわけがない。
自分には、香織や雫の様に彼らを探しに行くことはできないが、彼らが返ってきた時のために、今自分にできることを全力でやると決めたのだ。
「――さて、そろそろ寝ないといけませんね」
窓の外の景色から視線を外して、歩き出す。
「……また、会えますよね?」
リリアーナが発した小さな呟きは、彼女が執務室のドアを閉める音に隠れて消えていくのだった。
ちなみに、リリアーナが自室へ戻ろうとした際、休暇を終えて王宮に帰っていたヘリーナに見つかってお説教をされたのはここだけの話である。
読んで頂いてありがとうございます。
ということで、まさかのリリアーナ回でした。
私は結構好きなキャラだったりします。
次回以降は、あと一話だけ幕間のお話を挟んで本編に戻る予定です。
では、次話もよろしくお願いします。