今回は独自設定多めです。ご注意ください。
ハジメとの模擬戦がユエによって中断された後、オレ達はオスカー・オルクスの隠れ家へと戻ってきた。
ユエのお説教をハジメと並んで正座で受けていたため、足が少し痛い。
普段寝泊まりしている屋敷に到着すると、オレ達は今後の予定について話し合った。
「今日の戦闘訓練でも思ったが、戦闘面の鍛練はもう十分だろう。そろそろ、他の七大迷宮の攻略に向かわないか?」
これは、以前から話していたことだ。
当初の予定では、二ヶ月を目安に準備を進めるつもりだったので、そろそろ良いだろうと考えていた。
「そうだな……出発日なんだが、あと数日待ってくれないか?」
ハジメとしては、弾薬の素材なども多めにストックしておきたいらしく、数日は欲しいとのことだった。
確かにこの迷宮は素材の宝庫であるため、今のうちに資源を蓄えておくのは大事だろう。
「分かった。あと二、三日準備をしてから出発しよう」
「あぁ、悪いな」
こうして、オレ達は遂にこのオルクス大迷宮から旅立つことを決めたのだった。
◆◇◆
あの後、オレは屋敷の近くにある水辺に来ていた。
手には、この世界に来てから最早見慣れたステータスプレートが握られており、オレの視線はその中のある一点に注がれていた。
『第十五の術 ■■■■■■・■■・■■■■』
この二ヶ月間の修行の中で、突如発現した新呪文。
しかし、ステータスプレートに刻まれているその呪文を、オレは
だが、オレはこの呪文の事を知っているのだ。
――ジガディラス・ウル・ザケルガ。
かつて、『魔界の王を決める戦い』に参加していた頃のオレが編み出した、力の象徴。
『ジガディラスの雷』と呼ばれた、オレが扱える中で最強の呪文。
だが、こうして知識と記憶では知っているのに、この呪文を発動させることは、終ぞできなかった。
オレは既に、『魔界の王を決める戦い』の記憶を全て思い出している。
それなのに術が使えない。
初めはレベルが足りないのかとも思ったが、恐らくそれは違うと思う。レベルが原因なのであれば、そもそも呪文が発現しないだろう。
「先程ハジメに戦闘面の鍛練はもう十分だ、などと言った癖に、自分はこの体たらくとはな……」
思わず自嘲気味に呟いてしまう。
この件は心残りではあるが、解決策が分からない以上、今は無視するしかないだろう。
それに、恐らくこの術を使わなくても、大抵の敵に負けることはないという自負もある。
(今は何よりも、他の迷宮の攻略を優先しなければ)
そんなことを考えていると、ステータスプレートが淡く輝きだした。
「――何?」
突然のことに面食らっていると、プレートが放つ光が爆発的に強くなり、視界を埋め尽くした。
◆◇◆
「……一体、何が――」
目を開けると、そこは真っ白な空間だった。
一面の白い景色。現実ではありえない空間にオレは見覚えがあった。
ここは、まさか――。
オレが後ろを振り返ると、そこには一冊の本が浮いていた。
本は独りでに開くと、白紙のページに文字が現れる。
『――やあ、久しぶりだね。魔物の子』
「お前は……」
間違いない。
そこに居たのは、オレがこの世界へと召喚されてすぐに出会った、白い魔本だった。
「……何故、オレをここに呼んだ?」
前回の会話以降、この魔本は一度もこちらの呼びかけに応えることはなかった。そのことから、オレはこの存在とはもう話せないと思っていたのだ。
オレの質問に対し、魔本はぺらりとページをめくる。
『何やら君が悩んでいるようだったからね。少し手助けしようと思って。疑問があると、解消したくなるものだろう?』
あっけらかんとそう言いのける魔本。
微妙に話がかみ合っていない様な感覚。そこで記憶の知識を思い出す。
目の前に居る魔本は、オレとは違う世界の上位存在なのだと。つまり、そもそもの視点が違うのだ。
オレは一旦気持ちをリセットする。
何はともあれ、この魔本と会話できる機会はもうないかもしれない。話を聞いてくれるというのであれば、ありがたく頼るとしよう。
オレは一度深呼吸をすると、魔本に対して質問を投げかけた。
「では、質問させてもらおう。……発現しているのに、使用できない呪文がある。原因を知らないか?」
端的に伝えたオレの言葉に対し、魔本は暫し停止した後にページを捲った。
『魔物の子に呪文が発現するのは、その魔物がそうありたいと願うことが切っ掛けになる。しかし、たとえ願ったとしても、その思いが足りなければ術は使えない。君の今の状況も、それが原因だと思うよ?』
魔本が出した回答は、オレには納得できるものではなかった。
「……そんな筈はない。今のオレには、何より力が必要だ。それは『ジガディラス』も例外じゃない」
そう、ハジメを元の世界に返すためには、より強い力が必要なのだ。力を渇望する思いが必要ならば、もう条件は満たされている筈。
『――君は、違う場所で育った二人の人間が同じ記憶を得た場合、二人は全く同じ心を持つと思うかい?』
そんなオレに対して、魔本は全く違うことを話し始める。
「……一体何の話をしている?」
魔本のページが捲られる。
『今、君の中には二つの心があるのさ』
その言葉を見た時、恐らくオレは動揺したのだろう。
何故なら、反論する事が出来なかったから。心の奥底で薄々感付いていたことを言い当てられたのだと。
そんなオレに構わず、魔本は更にページを捲る。
『確かに、君は記憶を取り戻した。でも、それは元の自分に戻ることとイコールにはならないんだよ』
その通りだ。
オレには記憶を取り戻してから、ずっと思っていたことがある。
――オレは、こんな悪人だったのか、と。
時折、過去の記憶の夢を見る。
過去のオレが犯してきた悪行を、延々と見せつけられるのだ。
『――ザケル!!』
ある時は、敗北した魔物とそのパートナーに対して、追い打ちをかけた。
『――弱いな……お前』
ある時は、相手を必要以上にいたぶり、侮辱した。
『――バルギルド・ザケルガ!!』
ある時は、とある少女の精神を屈服させるため、拷問を行った。
『――ここでお前ら全員、無残に消え去るがいい』
そして、目的のためならば、どんな悪逆さえも良しとする。
そんな存在を、誰が受け入れられるというのだろうか。
『どうだい? 答えは見つかったかな?』
魔本が語りかけてくる。
今までの会話から、オレが『ジガディラス』を扱うために必要なことも予想は付いた。
「――あぁ。だが、オレには……出来そうもない」
『――そうか。それでも私は、いつか君が乗り越えられると信じているよ』
そう言うと、魔本が静かに閉じられ、視界が白く塗り潰された。
次の瞬間、オレは屋敷近くの水辺に戻ってきていた。
ふとステータスプレートを見ても、もはや輝きは失われており、最後の呪文も読めないままだった。
「…………」
きっと、これはオレが過去を受け入れられていないのが原因なのだろう。
それでも――。
『――ロップスーー!!』
『――かわいそうな子』
『――もう誰も、傷付けさせるもんですかーー!!』
『――ファウードを止めるのだ、ゼオン!!!』
それでも、オレは――過去の自分が犯した所業を、許すことができないのだ。
◆◇◆
三日後、オレ達は地上へと出るため、屋敷の三階に設置された魔法陣の前に集まっていた。
オスカー・オルクスの残した手記によると、この魔法陣を起動する事で地上へと帰れるらしい。
「……さて、いよいよだな」
「……ん。準備は万端」
ハジメとユエが期待に満ちた表情で呟く。
かく言うオレも、魔法陣を起動させながら口元が緩んでしまう。
この迷宮に落とされた時は、どうなる事かと思ったものだが。こうしてオレ達は生き延びて、今まさに地上へ出ようとしている。それが無性に嬉しかった。
地上へと出た後にも、色々とやらなければならないことはある。しかし、今は素直に喜ぼう。
「…………ハジメ、ユエ」
ふと、言葉が口をついて出る。
「――この先何があっても、オレはお前達を守ると誓う。……これからも、よろしく頼む」
ハジメは、いきなり何言ってんだ、と呆れながらも苦笑して口を開いた。
「そんなの、俺も同じ気持ちだ。――絶対に、元の世界に帰るぞ」
ユエも、自信に満ち溢れた表情で応える。
「ん、大丈夫。私達は最強。誰にも負けない」
オレは、頼もしい仲間達の返答に笑顔を返し、起動した魔法陣に向けて一歩を踏み出す。
「――よし、行こう」
オレの後に続いて、ハジメとユエも魔法陣へと入ってくる。
魔法陣の輝きが増し、視界が真っ白に染め上げられる。
こうして、オレ達は長く苦しい道のりを乗り越え、オルクス大迷宮からの脱出を果たすのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
という訳で、ゼオンくんの内面についての掘り下げ回でした。
記憶喪失の人って記憶が戻ったらどうなるのかなーとか考えながら書きました。
そしてようやく、ようやく奈落の底から脱出できました!
本当に長かった……。今後も頑張って執筆していきたいですね。
では、次話もよろしくお願いします。