オレはハジメ達と合流した後、ハウリア族達のために暫し休憩を取っていた。
ずっと逃げ惑う生活をしていたからだろう。
彼らは休憩を伝えると、嬉しそうな顔でウサミミを揺らしていた。
「皆様、これから樹海に入りますので、決して我らから離れぬ様にご注意くだされ。……もしもはぐれてしまえば、見つけ出すのはかなり難しいので、よろしくお願い致します」
森の手前にて、カムがオレ達に向かって注意事項を伝えてくる。
オレは、これから入る『ハルツィナ樹海』を見つめる。
見たところ普通の森林に見えるが、ひとたび中に入れば霧が立ち込め、亜人族以外は方向感覚を見失ってしまうのだという。
「ああ、分かった。中ではカム達の案内に従おう」
こうして、オレ達は人間族が決して立ち入れない領域である、『ハルツィナ樹海』へと足を踏み入れるのだった。
◆◇◆
鬱蒼と茂る密林の中、先導するカム達の後に続いて黙々と進んでいく。
「…………」
帝国兵とのいざこざが終わってから、ハジメとは碌に会話できていない。
こんなことは初めてだ。
オレとハジメは、今まで喧嘩をしたことがない。
お互いに子供の頃から分別がついていた方だし、ハジメは争い事を嫌う性分で、オレもハジメのやることを否定したりしなかった。
だからこそ、こんな時にどう声をかければ良いのかが分からない。
どちらか一方が原因というのであれば、ここまで拗れなかっただろう。
だが今回の場合は、どちらかが謝れば解決するものでもない。
相手の言い分が理解できるからこそ、オレ達は自身の考えを曲げることができない。
何故なら、オレ達はお互いに仲間が傷付くことを恐れているのだから。
今回は、別々の考えで仲間が傷付かなくて済む手段を取っただけ。
(……ままならないものだな)
小さくため息を吐く。
どうすれば良いかと、また悩み始めた時、突如背後から声が聞こえた。
「――あ、あの!!」
後ろを振り返ると、瞳を潤ませたシアが居た。
彼女は先程までも、挙動不審になりながら何とか空気を軽くしようとオレ達に話しかけていた。
……まぁ、その話題選びは絶望的に下手だったが。
『天気が良いですねぇ』とか、『お、お腹が空きましたねぇ』なんて言って、オレ達に微妙な反応をされていたのだった。
そんな彼女に、皆足を止めて注目していた。
「……どうした? 何かあったか?」
何やら言い淀んでいる彼女に声をかける。
すると、シアはオレとハジメ、ユエに視線をやり、口を開いた。
「――わ、私、皆さんが大好きです!!」
「「…………は?」」
あまりに突拍子もない発言に、オレとハジメの声が被る。
オレとハジメは目を合わせると、気まずそうに目を逸らした。
シアは、そんなオレ達を見て、さらに続ける。
「……だ、だから、私のせいでお二人が喧嘩してしまうのは、嫌なんです……!!」
「……いや、別に喧嘩しているわけでは……」
咄嗟に反論しようとするが、言い訳がましくなってしまう。
「――嘘です!! 今も気まずそうにお互い目を逸らしてるじゃないですかぁ!!」
「「…………」」
シアは、目に涙を溜めてオレとハジメの手を握ると、手を繋がせる。
「――ほら、仲直りしましょう!! 仲間なのに、このままなんて……やっぱり悲しいですよ」
ハジメと、目が合う。
だが、今度はお互いに目を逸らさなかった。
「……ハジメ、すまなかった。オレが甘い対応をして隙を見せたせいだ」
「……いや、俺こそ……いきなり殺そうとしたのは軽率だった」
結局、互いに言葉を重ねるしか、この問題を解決する方法はなかったのだろう。
でも、もう間違えない。オレはこの時、そう誓うのだった。
「うぅ……!! よがったでずぅー!!」
ずびずび、と鼻を鳴らしながら、シアが声を上げる。
毎度のこと、顔面が鼻水濡れになっており、少女が人前でして良い顔ではない。
「……何か、バカバカしくなってきたな……」
「……ああ。……だが、悪くない気分だ」
オレとハジメは、思わず苦笑する。
何ともまぁ締まらないが、シアのおかげでオレとハジメは和解することができたのだった。
◆◇◆
霧が立ち込める樹海の中を、オレ達は進んでいく。
だが、先程とは違い、空気は重くなかった。
それはもしかしなくても、オレの隣を歩いているシアのおかげだろう。
『私――皆さんのこと、もっと知りたいです!!』
あの後、そんなことを言ったシアに、オレ達は自分達の出自を話していた。
オレ達三人が全員、裏切られて奈落の底に落とされたことを伝えると、彼女はまたもや号泣していた。何だかこの短期間で随分と見慣れた光景である。
ひとしきり泣いた後、シアは真剣な表情でオレ達に向かって頭を下げた。
「ゼオンさん、ハジメさん、ユエさん!! 私、皆さんの旅に着いて行きたいです!! どうか、私も連れて行ってください!!」
オレ達は、三人で顔を見合わせる。
……どうやら、皆答えは決まっている様だ。
オレは、代表してシアに言葉を返す。
「――駄目だ、連れて行けない」
「ほんとですか!! ありがとうござ――って、駄目!? な、何でですかぁ!? 今、完全に連れて行ってもらえる流れでしたよね!?」
シアはまさか断られると思ってなかったのか、慌てて理由を聞いてくる。
「……そうは言ってもな」
オレはハジメとユエに視線を向ける。
すると、二人が一歩前に出て口を開いた。
「あのな、俺達の旅は遊びじゃねぇ。いつ死ぬかも分からない危険なものなんだ。お前みたいな足手まといを連れていける訳ないだろ」
「……ん。貴方は弱すぎる」
バッサリと切って捨てる二人の言葉に、シアはうぐっ、と言い淀む。
だが、直ぐにオレへと視線を向けて、口を開いた。
「そ、それなら……ゼオンさん、私を強くしてください!!」
「……成程、そうくるか……」
シアの提案が予想外だったので、思わず呟く。
要するに、足手まといにならないくらい強くなれば良い、という理論なのだろう。普通は、オレ達の強さを見た後に中々言えないと思うが。
「……というか、何でオレなんだ?」
「えっ? それは、この中で一番優しく教えてくれそうだからです!! ハジメさんとユエさんは、何というかスパルタっぽくて怖いので……」
……良くそれを本人の前で言えるな。もしかしたら、シアは大物なのかもしれない。
「……ほぉー? 随分言うようになったな?」
「……調子に乗るな、弱ウサギ」
シアは、額に青筋を浮かべる二人に気付き、冷や汗を流している。
「あ、あのぉ……今のは、ほんの出来心と言いますか……」
シアがオレの後ろに隠れながら言い訳する。
おい、オレを盾にするな。
オレ達がそんな馬鹿をやっていると、先頭を歩いていたカムが声を掛けてくる。
「み、皆様……ここは既に亜人族の領域ですので、あまり騒がれますと……」
カムが心配そうな表情で忠告していると、彼の耳が突如ピンと張り、苦虫を噛み潰したような表情になった。
すると、オレ達の進行方向から、虎の耳と尻尾を持った亜人族が現れる。
「お、お前達……何故人間と一緒にいる!? 種族と族名を名乗れ!!」
「「「「あっ」」」」
こうして、オレ達は亜人族の兵士にあっさりと見つかってしまったのだった。
◆◇◆
虎の亜人族は、こちらを警戒して腰から剣を抜いた。
「あ、あの、私達は……」
カムが何とか誤魔化そうと口を開くが、虎の亜人はオレ達の中からシアを見つけると、眉間に皺を寄せる。
「白い髪の兎人族……? まさか、貴様ら……報告のあったハウリア族か!?」
一瞬でハウリア族の存在がバレてしまった。
彼らは元々国に追われていたので、当然と言えばそれまでだが。
「――亜人族の面汚し共め!! 長年、同胞を騙し続けただけでなく、今度は人間族を招き入れるとは……!! これは反逆罪だ!! 全員、この場で処刑する!!」
虎の亜人族がそう言い放つと、ハジメが銃を構える。
だが、オレは帝国兵の時の様に止めなかった。一瞬こちらを見たハジメから殺意を感じなかったからだ。
――ドパンッ!!
一発の銃弾が、閃光と共に虎の亜人族の頭上を通り過ぎ、背後の大木を抉り飛ばした。
バキバキ、と音を鳴らして倒れる大木を唖然と見て、虎の亜人族は冷や汗を流した。
「――今の攻撃は、一呼吸の間に数十発単位で連射出来る。下手な動きをすれば、命はないと思え」
「な、何がっ……!? 詠唱も無しに……!!」
ハジメに続いて、オレも口を開く。
「それから……オレ達の周囲を囲んでいる亜人族についても、全て把握している。……全部で十一人か。先程言った言葉が信じられないなら、一斉にかかって来るか?」
オレの言葉に、虎の亜人族は目を見開いて動揺した。
はったりでは無いと気が付いたのだろう。
事実、技能の《気配感知》によって、周囲の草陰に隠れている亜人族の位置は、全て見破っている。
「……お、お前達の、目的は何だ?」
虎の亜人族は掠れた声でそう尋ねた。
「オレ達は、樹海の深部……大樹を目指している」
「……大樹、だと? ……人間が、あそこに何の用がある?」
心底分からないと言った様子で、虎の亜人族は質問してきた。
「この『ハルツィナ樹海』にある、解放者の用意した試練を突破するためだ」
オレの返答に、虎の亜人族はしばらく考え込むと、こちらを真っ直ぐ見て言葉を紡いだ。
「……お前達の言っていることが、私には理解できない。……だが、ここでお前達と戦えば、ただでは済まないという予感もある」
だから、と虎の亜人族は言葉を続ける。
「これから本国に指示を仰ぐ。……お前達の話も、長老方なら知っているかもしれない。だから伝令を送っている間、お前達には私とこの場で待機してもらう」
オレが、ハジメとユエに視線を向けると、二人も示し合わせたように頷いた。
……何故か、シアも視界に入って頷いていた。……本当に分かっているのか?
「――了解した。ではその連絡が来るまで、オレ達は此処で待機しよう」
オレがそう言うと、虎の亜人は小さく頷き、部下に指示を出していくのだった。
◆◇◆
あれから、一時間程経っただろうか。
伝令を出しに行った亜人族が、数人の亜人を連れて帰ってきた。
彼等の中心にいる初老の男が、一歩前に出てくる。
男は、流れる美しい金髪を携え、深い知性を感じさせる碧眼をこちらに向けてくる。いわゆる
「……ふむ、お前さん達が報告のあった人間族かね? 名は何という?」
「ゼオンだ。こっちはハジメとユエ。……それで、貴方は?」
オレが尋ねると、森人族の男性は目を細めて自己紹介した。
「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さん達の要求は事前に聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。――『解放者』のことは、何処で知った?」
オレ達は、『オルクス大迷宮』での出来事を語っていった。初めはどこか疑わしげにしていたアルフレリックだったが、ハジメが持っているオスカー・オルクスの指輪を見せると、刻まれている紋章から本当だと判断してくれたようだった。
「では、取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。……もちろん、ハウリアも一緒にな」
アルフレリックがそう言って歩き出そうとするのを、ハジメが止める。
「――待て、何勝手に決めているんだ? 俺達の目的は大樹だけだ。フェアベルゲンに興味はないし、このまま大樹に向かわせてもらうぞ」
アルフレリックは、おや、と声を出して困惑する。
「……お前さん、それは無理だ。今の時期は大樹の周辺は霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。大樹に行きたいのであれば、霧が弱まる周期に合わせて出発しなければな」
「……? どういうことだ? 大樹に向かえない時期があるなんて、聞いてないが……」
オレ達は、揃ってカムを見つめる。
オレ達の視線を受けたカムは、ポカンとした表情で呟いた。
「……あっ」
「…………おい、何だ今の『あっ』って。まさか、お前……?」
ハジメが問い質すと、カムは気まずそうに口を開く。
「いや、その何と言いますか……。ほらっ、最近色々とあったから、つい忘れていたといいますか……。私も大樹に行ったのは小さい時に一度きりだったので、周期のことは普段意識してなかったといいますか……」
つらつらと言い訳を述べるカムは、シアや他のハウリア族達にも責められている。……いや、お前達も気付いていなかったのでは?
その光景をオレ達がジト目で見つめていると、長老アルフレリックが気まずそうに口を開いた。
「まぁ、とにかく……次に大樹へと行けるようになるのは十日後だ。それまではフェアベルゲンで休むが良い」
「……はい」
こうして、オレ達は暫くの間、亜人族の国『フェアベルゲン』へと滞在することになったのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
というわけで、無事和解できました。
あんまり長引かせても、今後の展開に響くのでこれくらいになりました。
では、次話もよろしくお願いします。