今回は幕間のお話になります。
――これは、ゼオン達が異世界トータスに召喚される、十年以上前のお話。
亜人族の国フェアベルゲン。
その外れに存在する村に、一人の女の子が生まれた。
彼女の名前はシア・ハウリア。
兎人族の特徴である濃紺色の髪を受け継がず、亜人族が持たない筈の魔力を持って生まれてきた、異端な存在である。
兎人族は、生まれてきた子供の姿に一時困惑したものの、他の子供と同じく愛情を注いで育てることを決めた。
しかし、自分達以外の亜人族にこのことが知られれば、子供だけでなく一族全体の責任を問われかねない。
そのため、兎人族達は彼女の事を表に出さず、隠して育てることを決めたのだった。
◆◇◆
シア・ハウリアが生まれてから、五年の年月が経った。
基本的に家から出られない日々を過ごしていた彼女は、この頃になると自身の特異性について自覚し始めていた。
周りの皆と違う髪色、そして自身の体に流れる魔力。
時に、皆と同じではない、ということはストレスになる場合があるが、この時のシアもそうだった。
「……ねぇ、ママ。どうして私は、皆と髪の色が違うの?」
「……それはね、シアが特別な女の子だからよ」
シアの言葉に微笑んで答えるのは、モナ・ハウリア。
彼女の母親であり、外にあまり出られないシアが一日の大半を共に過ごす存在である。
「でも、この髪の色のせいで、私は皆とお外で遊べないんでしょ? ……なら、こんな髪いらなかったのに」
シアの発した言葉に、モナは一瞬悲しそうに目を伏せたが、笑顔で娘に語り掛けた。
「そう? 私は、シアの髪の毛が好きよ。まるで星の光みたいにキラキラしてて」
モナはシアの頭を撫でながら、優しく語り掛ける。
大好きな母が自分の髪が好きだと言ってくれた。この言葉で、シアの心は少し軽くなったのだ。
だが、彼女の本当の特異性は、見た目の事ではなかった。
とある日、シアはモナと共に父の帰りを待っていた。
シアの父親であるカム・ハウリアは、仲間数名と共に樹海の木の実を収穫しに向かっていた。
「――ママ、もうすぐ父様が返って来るよ」
「……シア? お父さんは今日忙しいから、もっと遅くなると思うわよ?」
そんなことを話していると、家の扉がガチャリと開いた。
そこには、大量の木の実を持ち帰ったカムがいた。
「父様、お帰りなさい!!」
「おぉ、ただいま、シア。モナ、変わりはなかったかい?」
「えぇ、大丈夫でしたよ。……それにしても、随分と早く帰れたのね?」
不思議そうに尋ねるモナに、カムははにかみながら手に持った袋を掲げる。
「何だか今日は運が良くてね。近場で多く収穫できたから、思っていたよりも早く帰って来られたよ」
「あら、そうなんですか。……もしかしてシア、知っていたの?」
モナが驚いたようにシアに視線を向けると、シアは首を横に振った。
「ううん、父様が帰ってくるのが
「……見えた?」
話を聞いてみると、何とシアはカムが玄関の扉を開ける姿が事前に見えていたのだという。
これが、後に《未来視》と呼ばれる固有魔法が初めて発動した瞬間であった。
モナとカムはこの事実に驚きつつも、娘を称賛した。すごいことだと。
だが、それと同時にこの力は無暗に他人へと知られてはならないということも分かっていた。
なので、二人はシアにこの力を家の外で使ってはいけないと教えるのだった。
◆◇◆
あれから三年が経ち、シアはすくすくと成長していった。
だが、ここでシアにとって辛い出来事が発生する。
母親であるモナ・ハウリアが、病床に伏してしまったのである。
元々、体が強い方ではなかったモナは、一日中をベッドで過ごすことになってしまった。
夫のカムは必死に看病をしたが、もはや打つ手はないと医者も匙を投げた。
そんな状態で、必然とシアは家事を手伝うようになった。
父が食べものを調達しに行っている間に、ベッドから動けない母を看病し、家事をこなす。
八歳の子供が背負うには、あまりに酷な生活である。
そんなある日、シアが家で家事をしていると、玄関の方から複数の足音が聞こえてきた。
そのうちの一人は、自身の父であるカムの物だと気付いた。
しかし、他の人に関しては記憶にない。
シアは、咄嗟に近くのクローゼットへと身を隠した。
カムやモナから、知らない人が来たときは隠れておくようにと言われていたからである。
すると、突然玄関の扉が開き、誰かが家に上がり込んできた。
その人物とは、目つきの悪い豹の耳を持つ亜人族であった。
少し遅れて、父であるカムが家に入ってくる。
「――お待ちください!! 家には、病気の妻がおりますので……!!」
「フン、知った事ではない。貴様らハウリア族は、ここ最近上納品の食物が少なくなっている。代わりとなるものを回収するまで、我々は帰らんぞ」
豹の亜人族は、高圧的にカムへと睨みを利かせる。
「し、しかし、我々には何もお渡しできるものがありません……!! 次の徴収日までには、今回の分も合わせて納品します。ですから、ご勘弁願います……!!」
シアは、クローゼットの隙間から見てしまった。
大好きな父が、豹の亜人族へと必死に頭を下げているのを。その顔は、苦渋に満ちた表情をしていた。
「……本当だろうな? もし約束を破るのであれば、貴様達の中から、女子供を何人かもらっていくからな。兎人族であれば、奴隷にすればそこそこ金は手に入るだろう」
「なっ……!? いくら何でも、それは……!!」
余りに横暴な要求に、カムが止めようと口を開く。
しかし、豹の亜人族は気にも留めずに続けた。
「何もおかしな話ではあるまい? お前たち兎人族は、人間族に人気の奴隷ではないか。生活が苦しいのなら、女を何人か売り飛ばせば良いだろう」
「家族を、売り飛ばすことなど……できません。……必ず次の徴収日には食料を納品しますので、お引き取り願います」
父の必死の説得を、豹の亜人族は冷めて目で見て言葉を吐き捨てる。
「……ふん、兎人族風情が、偉そうに意見しおって。……では、来月の徴収日に回収に来る。約束を違えるなよ」
豹の亜人族は高慢にそう言い放つと、家から出て行った。
しばらくして、シアはクローゼットから姿を現す。
「……!! シア、そこに居たのか……」
カムは、気まずそうに頬をかく。
「父様、今の人達は……」
「……シアが気にする必要は無いよ。ちょっと私が仕事で失敗してね。そのことについて怒られていたんだ」
シアは、父が言っていることに反論しなかった。
父は、娘に心配させたくないのだろうという思いを感じていたのだ。
その日の夜、シアは母の隣で泣いていた。
父の重荷になっている事が辛いと。《未来視》なんて、何の役にも立たない力を持っているより、普通の子供に生まれて父を手伝いたかったと。
シアがひとしきり泣いた後、モナは優しい表情でこう言った。
「――私は、シアのその力が羨ましいわ」
シアは初め、何を言われたのか理解できなかった。
この力が羨ましい? こんなの、見えなくても良い
「その力があれば、人とは違う事が出来るって事でしょう? それってとても素敵な事だと思うの」
続けられたその言葉で、心がじんわりと暖かくなる。
ずっと、人と違うことが嫌だった。
見た目だけでなく、望んでもいない力を得てしまったことを呪って生きていた部分がある。
だから、『人と違うこと』が素敵だなんて、考えたことも無かったのだ。
「――それにね。きっといつか、本当の貴方を受け入れてくれる人達が現れるわ」
優しい笑顔でそう言った母に、シアは思わず抱き着いてしまった。
「だからきっと大丈夫よ。……何なら、その力を使ってシアの方から会いに行っちゃいなさい」
「――ママ……。……うん!!」
うふふ、と笑いながら冗談めかして言う母に、シアは笑顔で頷くのだった。
◆◇◆
その日から、シアはとある夢を見るようになった。
それは、きっと自分達の未来。
父様や友人達が、とある一人の人物に傅いている光景。
だが、頭を下げる父の表情は、先日豹の亜人族にした時とは違い、晴れやかなものだった。
皆が望んで頭を下げている。そんな相手は誰なんだろう。
キラキラと光を反射する銀髪に、雷を閉じ込めたかのように輝く瞳。
白いマントを羽織るその人物は、堂々とした所作で亜人族を従えていた。
『……王様』
夢の中で、思わず呟いてしまう。
綺麗な顔立ちをしたその少年の姿は、シアの心に深く刻み込まれるのだった。
――いずれ、私達を助け出してくれる人が現れる。
亜人族の中でも扱いが悪く、見下されてきた兎人族を導いてくれる、そんな人が。
この日見た夢の光景は、この先何年も彼女の中に残り続ける。
何時出会うのかも分からない、そんな憧れの人物の事を、何年も想い続けるのだった。
それから八年余りの時間が過ぎた。
何時しか、シアは立派な少女に成長していた。
憧れの『王様』には、まだ出会えていない。
そんな中、遂に長年隠し続けてきた自身の事が、他の亜人族にバレた。
ハウリア族は国を追われ、家族の多くはその道中で帝国兵に捕まってしまう。
もう、この先どうなってしまうか分からない中、彼女は遂に『運命』と出会う。
「――きゃあぁぁっ!? そんな、ダイヘドアに見つかるなんてぇ!?」
頭が二つあるティラノサウルスに追われるシア。
彼女は、自身が逃げる先に複数の人影を目撃する。
「――そこの人ー!! だずげでぐだざーい! 死んじゃいますぅー! だずけてぇー、おねがいじますぅー!!」
――ドガッ!!
恥も外聞もなく助けを求めると、次の瞬間ダイヘドアは大きく仰け反っていた。
「……へ?」
ふとダイヘドアの方を見ると、ダイヘドアの腹部に誰かが突き刺さっている。
どうやら、凄まじい速さで飛び蹴りを食らわせたらしい。
その人物はスタリ、と地面に着地すると、自身に倒れ込むダイヘドアの頭を蹴り上げ、首をへし折ったのだ。
その人物は銀髪の男性らしく、対して疲れた様子も見せずに、周囲を警戒していた。
その後ろ姿に、記憶の中の『憧れ』が重なる。
「え、えええぇぇーーッ!? ――貴方はもしかして、『王様』!?」
そして、その人物の顔を確認した時、シアの心は驚愕と歓喜で満たされるのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
という訳で、シアさんの深堀り会でした。
もうちょっとお母さんとの絡みを書きたかったですが、モナ・ハウリアさんは情報が少ないので、書き難かったです。
では、次話もよろしくお願いします。