昨日寝落ちして予約投稿ができなかったので、こんな時間になっちゃいました。
ガタゴト、と揺れる馬車の中、一人の女性が小さなため息を吐いていた。
「――はぁ、今頃天之河くん達は、また迷宮に潜っているのでしょうか。心配です……」
彼女の名前は
現在二十五歳の教師であり、四ヶ月程前にこの世界へと召喚された勇者の一人である。
しかし、彼女自身が授かった天職は、『作農師』という非戦闘系のものであった。
そのため、彼女は召喚されてから今に至るまで戦闘を経験することなく、各地の農地改善及び開拓の任務を割り当てられているのだった。
今も、王都の近くにある小さな村の農地改善を行ってきた帰りなのだが、彼女の顔は晴れない。
それは、今もまだ魔人族との戦争なんてものに利用されようとしている、自身の教え子達のことが心配だからである。
数ヶ月前、ある二人の生徒の死亡報告を聞いたとき、彼女は頭が真っ白になった。
自分だけが安全な場所で守られた生活を送っている内に、大切な生徒が死んでしまった。
その最悪の出来事に、彼女は今も心を痛めている。
それからの彼女は、『あの出来事』がトラウマとなって立ち上がれなくなってしまった生徒達に寄り添い、そんな彼等に戦闘の続行命令を出す教会や王国関係者と真っ向から対立した。
これ以上、私の生徒を追い詰めるなと声高に叫び、抗議し続けたことで、戦闘行為を拒否する生徒達への圧力は無くなった。
しかしこの出来事によって、彼女の元々高かった人気は更に高まり、普段から任務で国中を走り回っている先生の護衛をしたいと奮い立つ生徒達が現れたのだ。
その名も、『愛ちゃん護衛隊』。
その名前も存在も、護られる本人非公認の集団である。
愛子自身は必死に『戦う必要はない』、『派遣された騎士達が護衛をしてくれているから大丈夫』と、生徒達を説得しようとした。
しかし、説得しようとすればする程、一部の生徒達は『愛ちゃんは私達が守る!!』と、やる気を漲らせていくことになり、結局押し切られてしまうのだった。
「愛ちゃん先生、そろそろ王都に着くそうです。喉とか乾いてませんか?」
ふと愛子を気遣ってそんな声をかけるのは、女子生徒の
「園部さん、ありがとう。先生は大丈夫よ」
そんな園部に、愛子は笑顔で答えるが、一点だけ気になる点があった。
「……それにしても、せっかく『先生』って呼んでくれるようになったのに、『愛ちゃん』は止めないんですね……。普通に『愛子先生』って呼べば良くないですか?」
その言葉に、園部は即答する。
「――ダメです。愛ちゃん先生は『愛ちゃん』なので、愛ちゃん先生でなければダメです。これは、生徒の総意なんです」
「えぇ……。ど、どうしよう、意味が分からない……」
困惑する愛子だが、他の生徒達もうんうんと頷いていた。どうやら、ここに愛子の意見を理解してくれる存在はいないみたいである。
またもや小さくため息を吐きながらも、愛子は王都へと帰還するのであった。
◆◇◆
カリカリ、と紙にペンを走らせる音が響く。
あの後、無事に王都へと帰還した愛子は、今回赴いた任務の報告書を作成していた。
明日中に提出すれば良いものであるし、そもそも口頭での簡単な報告は済ませている。ただ、こういうのは早くやっておくに越したことはないのだ。
「……ふぅ、報告書はこれで良いですね」
あっという間に報告書を書き上げた愛子は、ペンを置いて少し感慨にふける。
四ヶ月前、二人の生徒が亡くなってしまった。
全ては、迷宮へと向かう彼らを何が何でも止めなかった自分の責任だと、愛子は自分を責める。
――南雲ハジメ。
はっきりと言ってしまえば、不真面目な生徒ではあった。
授業中は殆ど眠っていたし、あまり他人とのコミュニケーションも上手くいってなさそうだった。
だが、争い事を避け、人を思いやる優しさを持ち合わせている、善良な生徒だったのだ。
自分と同じ非戦闘系の天職だった彼をもっとしっかり引き留めていればと、ずっと後悔している。
そうすれば、あんな出来事は起きなかったのではないかと。
そして、亡くなった生徒はもう一人いる。
――南雲ゼオン。いや、本当はゼオン・ベルという名前だったらしいが。
彼は、正直言って子供とは思えない程に大人びた生徒だった。
学業の成績は優秀、運動神経も抜群、容姿も端麗。
学校に居た頃は、女子生徒にとても人気だったのを覚えている。
だが、本人は親しい人と以外はあまり関わりたがらない性格で、誰とでも仲良くできていた訳ではなかった。
どこか達観したところがある生徒で、凛とした雰囲気のため、話をするときは自然と背筋が伸びてしまっていたのを思い出す。
どうやらこちらに召喚されてからも彼は優秀だったらしく、かなり期待されていたというのを耳にしていた。
そんな彼は、南雲ハジメを助けようとして命を落としたらしい。
地球に居た頃から、彼は南雲ハジメとは兄弟のように仲が良かった。
昔、南雲家へと養子に引き取られたとのことだから、本当の兄弟のように育ってきたのだろう。
そんな彼らを、自分は守ることができなかったのだ。
日増しに、罪悪感と責任感が重くのしかかる。
だが、この世界に召喚されたただ一人の大人として、残された生徒をこれ以上傷付けさせないようにしなくては。
愛子は、改めてそう決意を固めるのだった。
◆◇◆
数日後、愛子は再び王都を出発していた。
王国から新しい任務を受けたからである。
本当は今も戦っているであろう生徒達の傍にいたかったが、戦えなくなった生徒達の立場が保証されているのも、自分が王国によって有用だと思われているからだろう。
自分が仕事を放棄してしまえば、生徒達にまた圧力がかかるかもしれない。
そう思うと、今は国からの依頼をこなすことに集中しなければならないのだ。
「次の目的地は確か……『湖畔の町ウル』でしたね。早めに終われば良いのですが……」
不安そうに呟く愛子に、園部が明るく話しかける。
「大丈夫ですよ、愛ちゃん先生。何かあっても私たちが守りますから」
「……ありがとうございます、園部さん。でも、やっぱり愛ちゃん先生呼びは……」
「――あっ!! 愛ちゃん先生、次の街が見えてきましたよ!!」
控えめに呼び名を訂正しようとするも、園部には届かない。ちょっと落ち込みながら、愛子は馬車の窓から見える目的地、湖畔の町ウルを見つめるのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
ちょっと執筆が遅れ気味なので、明日もお昼に投稿はできないと思います。
すみませんが、よろしくお願いします。
では、次話もよろしくお願いします。