冒険者ギルドで北の山脈地帯の調査依頼を引き受けた後、オレ達はフューレンで一泊し、翌日の早朝から魔力駆動二輪を走らせていた。
北へと向かう街道に沿って丸一日走り続けると、遠くに大きな湖と町が見えてきた。
「あれが、『湖畔の町ウル』か。結構栄えてるな」
ハジメの声がこちらに届く。
確か、ウルは稲作が盛んな地域だったと記憶している。
産業が盛んであるということは、それだけ人が集まるということである。
今回の調査依頼を受けるにあたって、オレ達は北の山脈地帯へと向かう前に、ここで一泊する予定だ。
オレ達は町の近くで歩きへと切り替え、ウルに向かって伸びる街道を歩いていくのだった。
◆◇◆
一方その頃、ウルの町では異世界に召喚された勇者たちの一人であり、教師の畑山愛子が落ち込んだ様子で町中を歩き回っていた。
「――はぁ、今日も手掛かりは無しですか……。清水君、一体どこに行ってしまったんでしょう……」
愛子がここまで落ち込んでいるのは、自身の護衛として付いて来ていた生徒の一人が突然行方不明になったからだった。
いなくなった生徒の名は、
清水は大人しいタイプの生徒であり、クラスメイトにあまり親しい人間もいなかったことから、誰も彼の行方を知らなかったのだ。
もう一週間以上探しているが、一向に見つかる気配がないため、愛子は落ち込んでいたのだった。
「愛ちゃん先生、あまり気を落とさないで下さい。清水君の部屋だって荒らされた痕跡は無かったんです。まだ自分で何処かに行った可能性だって高いじゃないですか」
そう言って愛子を慰めるのは、『愛ちゃん護衛隊』を自称している生徒の一人である、園部優花だ。
日に日に元気が無くなっていく愛子を見ていられなかった彼女は、必死に愛子を励ましているが、その効果は薄いようだ。
何せ清水が行方不明になってから、既に二週間が経とうとしていた。
もはやちょっと単独行動を取る、のレベルではない。
園部は密かに、『これでしょうもない理由だったら、帰ってきた清水を一発殴ろう』と決めたのだった。
そんな風に生徒達から慰めの言葉を受け続けていた愛子は、内心で深く反省した。
自分が落ち込むだけならまだしも、生徒に心配をかけ続けて不安にさせるなんて、と自身を奮い立たせた。
「……皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね、悩んでばかりいても解決しません。今は、清水君の無事を信じて出来ることをしましょう!!」
どう見ても空元気だが、生徒達は皆素直に頷くのだった。
◆◇◆
あの後、愛子達は自分達が宿泊している宿へと帰り、夕食を食べていた。
愛子達の宿泊先である『水妖精の宿』は、一階部分がレストランになっており、ウルの町の名物である米料理が数多く揃えられているのだ。
「――相変わらず美味しい。まさか、異世界に来てカレーが食べれるとは思わなかったよぉ」
園部が幸せそうにカレー……この世界で言うニルシッシルを口に運ぶ。
他の生徒達も、各々が自身の好きな料理を頼んで舌鼓を打っていた。
そんな時、各々料理を楽しんでいる皆の元に、一人の男性が近付いてきた。
「――お寛ぎ中の所失礼致します。皆様、本日のお食事は如何でしたでしょうか?」
そう声をかけてきたのは、この『水妖精の宿』のオーナーだった。
愛子達はもう何度もここで食事をしているので、時折こうして世間話を交えながら会話をしているのだ。
「オーナーさん、今日もとてもおいしかったですよ」
愛子がにこやかにそう返すと、オーナーは嬉しそうにはにかんだ。
しかし、直ぐに申し訳なさそうな表情になり、言葉を続けた。
「……実は、大変申し訳ないのですが、香辛料を使った料理は今日で一旦中止となってしまいます」
「えっ!? それって、どういうことですか!?」
その言葉に真っ先に反応したのは園部だった。
実は彼女は大のカレー好きであり、この店のニルシッシルも例外ではなかったのだ。
「実は、北の山脈地帯で採れる香辛料が不足しておりまして……。採取の依頼はしているのですが、つい先日、調査に行った高ランク冒険者の一行が行方不明になったことで、採取に行く者がいなくなってしまいました。そのため、当店にも次にいつ入荷するか分からない状況なのです」
「なるほど、そんなことが……」
愛子はそれならば仕方がない、と残念そうに返した。
しかし、オーナーは一転明るい表情で口を開いた。
「しかし、その問題ももしかしたら近い内に解決するかもしれませんがね」
「……? どういうことですか?」
興味本位で質問する園部に、オーナーはにこやかに返答する。
「つい先程、新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先程の冒険者方を捜索するために北山脈へ行かれるらしいのです。その依頼も、フューレンのギルド支部長様から直接指名されたらしく、相当な実力者のようでしたからね。……もしかしたら、北の山脈で発生している異変の原因も突き止めてくれるかもしれません」
「へー、そんな凄い人が来てるんですねぇ」
園部が感心したような声を上げていると、二階の方から複数の男女が下りて来るのが見えた。
何やら、軽く言い合いをしている様である。
「――何故、前回と同じ部屋割りなんだ……」
「まだ言ってるのか、
「……そうは言うがな、
ピクリ、と愛子の肩が跳ねる。
今聞こえた名前は、余りにも身に覚えがありすぎるのだから。
「ゼ、ゼオンさん!! 私は一向に構いま――あいたっ!?」
「アホなことを言っていないで、飯にしようぜ。部屋割りについてはその後で良いだろ」
「……はぁ、仕方がないな」
何やら銀髪の少年がウサミミを生やした少女にデコピンを食らわせたりと、愉快な状況である。
だが、愛子とその生徒達の表情はこわばっていた。
まさか、本当に彼らなのか――。
愛子は固まる体を無理やり動かして、食事処の仕切りとなっているカーテンを開け放ち、声を上げる。
「――南雲君!!」
「あぁ……? …………先生?」
愛子は、目の前の少年を見つめる。
記憶の中の姿とは随分と変わってしまっていたが、今自分のことを『先生』と呼んだ。間違いなく本人である。
「南雲君……やっぱり南雲君なんですね? 良かった、生きていたんで――」
「――人違いです。それでは」
そう言って、去っていこうとする白髪の少年。
いきなりのことにポカンとした愛子だったが、慌てて少年の服を掴んで引き留めた。
「ちょ、ちょっと待って下さい!! 貴方は南雲君ですよね? さっき先生のこと『先生』って呼びましたよね?」
「いや、それは……」
お互いに混乱しているのか、人違いでごり押ししようとするハジメと、絶対に離さないと服を掴んでいる愛子の格闘がしばらく続くと、その場に別の人物の声が響いた。
「……とりあえず、二人とも落ち着け。……特にハジメ。こんな状況でどこに行くつもりだ?」
愛子が声のした方向を見ると、そこには銀髪の少年――ゼオンが居た。
ゼオンは少し呆れたような表情で、二人のことを見ていた。
こうして、愛子とその生徒達は、数ヶ月前に死んだと思っていた二人と再会するのだった。
◆◇◆
(――まさか、こんな所で畑山先生と遭遇するとはな)
あの後、他の客の目もあるからとVIP席の方へ案内されたオレ達は、畑山先生と幾人かのクラスメイトに見つめられながら――食事をしていた。
「――おいゼオン、これ旨いぞ。完全にカレーだ」
「ふわぁ……このニルシッシルっていう料理、美味しいですねぇ」
「……ん、ちょっと辛いのがまた格別」
「「…………」」
完全に先程のことなど無かったかのように食事に夢中になっているハジメ、ユエ、シアの三人。
唯一食事に手を付けていないオレは、気不味くて畑山先生を見ることができない。
「あ、あの……。それで、二人は今まで何をしていたんですか?」
冷静になったのか、おずおずと尋ねて来る畑山先生。
オレは、三人が答えようとしないので、仕方なく口を開いた。
(――さて、どこまで話すべきか……)
まだ王国と繋がっている彼女達に下手なことを言えば、異教徒として処断されかねない。
当然、実力的にそれは不可能だと思うが、面倒事になるのは明らかである。
オレは一瞬思案した後、七大迷宮や解放者等の情報は隠して話すことに決めた。
「えぇ、実は――」
オレは、奈落の底で起きたことをざっくりと話した。
何度も死にかけたが、それを乗り越えて今ここにいること。ユエやシアは、その道中で仲間になったのだと。
数分後、オレが話した内容が衝撃的だったのだろう。
畑山先生は目に涙を溜めて、オレ達に向かって口を開いた。
「ぐすっ、そんなことがあったんですね……。でも、良く生きていてくれました。さぁ、先生と一緒に皆の所に帰りましょう!!」
嬉しそうにそう言う畑山先生の言葉に、今まで黙っていたハジメが口を開いた。
「――断る。俺達には俺達の旅の目的がある。こっちは勝手にやらせてもらいたい」
その言葉は、クラスメイト達も看過できなかったのだろう。口々にハジメに理由を問い正してきた。
そして、とある男子生徒の一言が、ハジメの逆鱗に触れたのだ。
「――おい、南雲。勝手なことばかり言うなよ、俺達は『仲間』なんだ、もっと協力してくれよ」
その一言で、ギシリ、と一瞬で空気が重くなる。
「――仲間? 今、仲間と言ったのか、お前?」
ギロリと睨まれた男子生徒は、何が起こったのか分からず、困惑していた。
「俺の仲間は――こいつ等だけだ。お前等なんざ、ただの
その言葉を最後に、ハジメは席を立ち、宿を出て行った。
オレは目線でユエとシアを促す。
二人はその意図を理解してくれたようだ。ハジメの後を追って、宿から出て行った。
「……な、南雲君、どうして……」
オレは未だに困惑している畑山先生と生徒達に向き直ると、口を開いた。
「ハジメは、貴方達が思っている以上に辛い目に合ってきた。元々持っていた人間性を犠牲にしなければ、生き残れない程に。――だから、オレの意見もハジメと同じです。貴方達と一緒に帰ることは無い。……諦めて下さい」
オレはそう言うと席を立ち、ハジメ達の後を追うために店の出口に向かった。
「……先生、貴方が常に生徒の味方であろうとするのと同じです。――オレは、何時でもハジメの味方です」
最後に言い残したその言葉に、返答はなかった。
読んで頂いてありがとうございます。
拙作のゼオンくんはハジメくん絶対守護るマンなので、こんな展開になりました。
では、次話もよろしくお願いします。