本来のキャラクター設定は学生で生徒会のメンバーなのですが、今回は大人の女性向けに会社員の設定で二次創作をさせていただきました。
2023年4月23日のtwitterスペースが元になっております。
蛇神課長とのちょっとした一日をお過ごしいただければ幸いです。
その日は、珍しく何の予定もない休日だった。前日、仕事で疲れ果て帰宅するや否や寝落ちした私は、休日だというのに案外早起きしてしまったので、ちょっと得した気分で身支度を整える。
気分が上った日は、いつもよりもしっかり目のメイクをして、気分の上がる服を着て。スカートとパンツで迷いに迷ったが、今日はちょっと格好良くキメたくなって細身のパンツを選んだ。
目的は特にないが、街に出てみる。いつもうっかり寝過ごして昼過ぎから動き始めるので、ちょっと新鮮な空気感だ。家族連れが目立つ気がする。青空の下、子供たちが笑顔で走っている光景はなんて素敵なのだろう。
ふと顔を上げると、オシャレな看板が目に飛び込んできた。カフェか何かだろうか。
近づいてみると、そこはペットショップだった。真っ白な毛の長い犬が入口に佇んでいる。
吸い寄せられるようにその店へ入った私は、動物たちを見て癒されることにした。
猫カフェに行けばいいのかもしれないが、正直今日の服に毛が付くのは避けたい。その点、ペットショップならば安心である。
つぶらな瞳のワンちゃん、ちょっとクールな猫ちゃん、ちっちゃなハムスターに、色とりどりの小鳥たち。
社宅住まいでペットNGの私にとって、ここは天国かもしれない。お店が広いのでただ見て回るだけでも気まずさを感じないのはありがたかった。
店の奥に進むと、ドアで仕切られたコーナーがあった。『爬虫類・魚類コーナー』の看板が下げられている。
普段は近づかないそのコーナーに、この日の私はなぜか足を踏み入れた。看板に描かれた蛇があまりに可愛らしい顔だったからかもしれない。
中は少し気温が高かった。熱帯に住んでいる種類が多いのだろうか。トカゲから始まり、蛇、イグアナ。すると、店の奥からどこかで聞いたような声が聞こえてきた。
「ほら、帰りますよ!」
「いーやーだっ!買って!買ってよおおお!」
「カエル買って帰ってどうするんですか!」
「食べる!」
「食用じゃないんですよ!?ほら、行きますよ!」
「やぁだぁ!もっと見るううう!」
どうやら子供がカエルを買ってくれと駄々をこねているらしい。
その様子が可愛らしくて、思わずクスリと笑ってしまった。それにしても聞き覚えのある声だが、誰だろう。
そっと声の方を覗いてみると、そこには小さな子供を必死に説得する私服の蛇神課長の姿があった。
「!かちょっ……!」
ひゅっと息を飲んで、慌てて口を押さえるも時すでに遅し。バッチリ目が合ってしまった。
「!キミ、どうしてここへ……?」
「あ、お疲れ様です。えっと、どうして、というか、偶然、というか……。」
「まぁいいです、あの、子供は得意ですか!?」
「子供、ですか?はい、好きですよ。保育士になろうかと思った時期もありましたし。」
「それは素晴らしい!今日は休みですよね?この後のご予定は?」
「特に、ありません。その辺りをぶらぶらしようとしていただけなので……。」
突然課長がツカツカと近寄ってきて、私の両手をガバっと掴んだ。
「突然のことで大変失礼なのは重々承知です。どうかキミの一日を私に頂けませんか!?」
私は目の前のイケメンにただただ圧倒され、首を縦に小刻みに振ることしかできなかった。
よくよく話を聞いてみると、課長は今日一日、親戚の子供を預かることになったらしい。課長としては遠慮したかったらしいのだが、子供の方から直々のご指名で断るに断れなかったとか。で、動物好きと聞いてとりあえず連れてきたこのペットショップから動かなくなってしまって今に至る。
「……カエル、好きなんですね。」
「そのようです。」
「課長はお好きじゃないんですか?」
「好きです。好きだからこそ連れてきたのですが……子供と2時間カエルを見ているだけというのはさすがに辛くなってきまして。」
「2時間ですか!?ここで!?」
「えぇ。カエル自体は、好きなんですけどねぇ。」
こんなに困った課長をかつて見たことがあっただろうか。私は、カエルをじーーーっと見つめるその子の隣にそっとしゃがむと、カエルの方を向いて話かけた。
「このカエル、可愛いね。」
「……おねぇちゃんもカエル好きなの?」
「うーん、どうかな。けど、この子は可愛いね。」
「そうでしょう?すごく珍しい種類なんだって。おじさんが言ってた。」
「おじさん?」
「うん、そこの蛇みたいなおじさん。」
振り返ってみると、課長が絶妙に気まずそうな顔をしている。
「ねぇ、お腹空いていたりしない?」
「んーーー……まぁ、少し?」
「551って知ってる?」
「?それなぁに?」
聞き慣れない単語だったのか、キラキラした目がこちらを向いた。
「551っていうのはね、肉まんなの。とっても美味しいんだけど、食べてみない?
「おねぇちゃん、それ持ってるの?」
「今は持っていないんだけど、私の家にあるんだ。冷凍されているんだけど。ここの近くに大きな公園があってね、チンして持って行って公園で食べようと思っていたの。良かったら一緒に食べない?」
どうやら未知の食べ物が気になったらしい。クリっとした目が課長の方に向いた。
「彼女は私の……部下、なので、安心していいですよ。」
「いや、それは分かるよ。公園で肉まん食べていい?」
「!もちろん、いいですよ。行きましょう!」
わーい、とすぐに公園に向かおうとする小さな背中を追いかける。課長がホッとした顔をしていて、なんだか嬉しい。
小走りに店を通り抜けながら、課長と軽く打ち合わせをする。
「家、近いんですか?」
「はい、ここから10分ほど歩いたところに公園がありまして、そこから更に5分程行くと私の家です。」
「そうですか。あの、頼んだ手前ではありますが、ご迷惑であればここまでで……。」
「ふふっ、大丈夫ですよ。本当に今日は予定がないんです。先に公園へ行っていて下されば、肉まんを持って伺います。」
「分かりました。では、これを。」
差し出されたのは名刺だ。課長のいつもの名刺だが、裏面に電話番号が書いてある。」
「それが私の電話番号です。すみませんが、公園に到着したら電話いただけますか。」
「承知しました。では、後程。」
店の外に出るや否や、私は家に向かって来た道を走り出した。
あまり高いヒールで来なくて良かった。スカートじゃなくてパンツを選んでよかった。なんだかいつもの道が新鮮に見える。誰かのために走っているからかもしれない。
家に着いた私は息も切れ切れになりながら、冷凍庫を開く。そこには、ひとつひとつラップに包まれ、さらにジップロックに入れられた肉まんが鎮座していた。
3つ取り出すと、ラップを外して皿に乗せ、軽く水を振る。電子レンジに突っ込むと、低出力で加熱を始めた。
その間に小さなバスケットを棚から取り出し、引き出しから使い捨てのおしぼり、ソースの小さなパック、納豆のからしを取り外して放り込む。買い置きしておいたペットボトルのお茶と小さなレジャーシートも別の袋に入れ、準備完了だ。
温まった肉まんをしっかりと持ち、私は再び公園へと走り出した。今度はスニーカーに履き替えたので、ものの3分程で到着する。
ちょっと緊張しながら、先程の名刺の番号に電話を掛けた。
『はい、もしもし。』
「あ!お疲れ様です、蛇神課長のお電話でお間違いないでしょうか……?」
『えぇ、大丈夫です。今ブランコの辺りに居るのですが。』
「あ、ではすぐ近くですので向かいます!」
少し行くと、ブランコを押している課長の姿が見えた。こうしてみると、案外子連れ姿も似合う。あんなパパが居たらさぞや素敵だろう。同じように公園で子供を遊ばせている母親たちが、チラチラと課長を見ているのに、彼は気づいているだろうか。
「お待たせしました!」
「あ!肉まんのおねえちゃん!!」
ネーミングに苦笑しながら、手招きする。近くの芝生にレジャーシートを敷くと、腰を下ろして荷物を解いた。
二人におしぼりと肉まんを手渡し、早速自分の分にかぶりつく。甘いもちもちの生地に、しっかりした食感の具がたまらない。
初めて551を小さな口で必死に頬張っている子の隣で、幸せそうに肉まんにかぶりつく課長がとても可愛らしい。どうやら551がお好きなようだ。
「おねぇちゃん、これすごく美味しい!」
「そう?それは良かった!おねぇちゃんもこの肉まん大好きなの。」
「関西以外ではなかなか食べる機会もないですからね。心して食べるように。」
なんだか休日の家族連れのようだ。お天気が良くて、風が気持ちいい。
「坊ちゃまーーー!」
ソースで味変したり、大人はからしをちょんちょんしたりして楽しんでいると、遠くから声が聞こえた。スーツに身を包んだ老人がこちらに向かって駆けてくる。
「あ!じいや!」
肉まんを食べ終わった子は手も口も拭かずに老人の下へ駆けて行った。
「坊ちゃまの会社の方でいらっしゃいますか?」
「え……?あ、はい!あの、蛇神課長にはいつもお世話になっております。」
「じいや、ここで坊ちゃま呼びはやめなさい。」
「ふぉっふぉっふぉ、失礼いたしました。いやなに、わざとではございませんぞ?さて、私は先に失礼いたします。独歩様、しっかりお礼なさいませ。」
そう言い残して、老人は挨拶もそこそこに去っていく。
「おねぇちゃん!肉まんありがとう!またねーーー!」
「うん、またね!またカエル見に行こうねー!」
まだ短い手をブンブンと振りながら去っていく姿がとても可愛らしい。ほんの少しの時間しか一緒に居なかったはずなのに、なぜか物凄い寂しさに襲われる。
「……あの。」
「?はい。」
「本当に、今日は何の予定もなかったのでしょうか。」
「はい、本当に何もないです。」
「では、この後は?」
「えっと、レジャーシート畳んで、バスケットとかいらないものを家に置きに行って、その後のことはあまり考えていません。」
「そうですか。あの、今日は突然時間をもらってしまって、ほんま申し訳なかったです。おおきに。助かりました。」
ペコリと頭を下げる課長に、慌てて首を振る。
「とんでもないです!楽しかったですし!!まさか課長とカエル見ることになるとは思いませんでしたけど!」
「ははっ、そうですね。水族館でもなく、ペットショップの爬虫類コーナーですからね。」
「ふふっ、そうですね。なんだか可笑しいですね。」
クスクスと笑いながら、レジャーシートを片づける。安心感からか、課長の京都弁が強くなった気がして、それもまた嬉しい。
「では、私はこれで。」
「あの。」
「はい、まだ何か?」
いつもスマートな課長が少し何かを言い淀んでいる。
「あの、今日はほんまに助かりました。貴女が思っている以上に、ほんまに助かったんです。おおきに。」
「いえいえ。肉まんチンして持ってきただけですから。」
「あの、もしその、ご迷惑でなければ、お礼をさせていただきたいのですが。」
「そんな!お礼なんて気にしないでください。私は課長とご一緒出来ただけで嬉しかったです。」
そこまで言ってから、自分がとんでもない事を口走ったことに気づく。私、今、課長と一緒に居られて嬉しいと本人に言っちゃった……?
ちょっと顔を背け、口許に手を当てた課長は、咳払いを一つすると、こちらを真っすぐに見て言った。
「バスケットを家に置いたら、もう少しお付き合いいただけませんか。一人では入りづらいケーキ屋がありまして。」
そういう課長の耳がほんのり赤らんでいる気がするのは、きっと気のせいだろう。
反対に、自分の顔が真っ赤になっていくのを自覚しながら、私はただ首を縦に振った。
この後のケーキは緊張のあまり何の味もしなかったのだが、なんだかそれは夢のような時間で。
それは私の、ちょっと特別な、とある休日のお話。