(ルフィは、海賊になったら殺す。それまでは様子見。エースに、サボも)
「後は……山賊ヒグマ」
「ヒグマ? ヒグマって誰?」
「ああ、ローですか」
いつの間にか寄って来ていたロー。私は言う。
「そうですね。山賊ヒグマは、通称56皇殺しのヒグマとも言われる大山賊。かの海賊王ゴール・D・ロジャーにすら匹敵する称号、山賊王の名を持つ存在です」
「えっロジャー? ご、56皇?」
訝しむロー。私は続ける。
「かつて、海には60皇と呼ばれる強大な海賊が蔓延っていました。ヒグマはその内の56人を殺した事で、60皇を4皇にまで減らした者、56皇殺しのヒグマと言われる事になったのです」
「いや、流石に冗談だろ……」
「更に、ヒグマはかつて海軍大将でもありました。海軍大将緋熊の名前を貴方もご存知でしょう。今でこそ元ですが、かつては海軍で勇名を馳せ、今は山賊王としてイーストブルーに君臨しているのです。イーストブルーが最弱の海と呼ばれるのも全てはヒグマのお陰。ヒグマがイーストブルーの強者を始末して来たからこそ、この海は平和を保っているのですから」
「冗談、だ、だよね?」
「さあ、どうでしょう」
ローは混乱して目が点になっている。私ははぐらかしておいた。
「そ、それで、山賊王ヒグマをどうするんだ?」
「殺します」
「えっええっ!? そんなに凄い奴を殺すの!?」
ローはまた驚いた。私は言葉を付け足す。
「或いは、海軍にスカウトしましょう。殺すのは、スカウトが失敗した後でも良いですから」
「ほ、本当、かよ……」
まあ、良いでしょう。もうすぐフーシャ村です。
船も、間も無く目的地に辿り着く。後の事は、それから考えても良い。
(ヒグマのスカウト……考えた事無かったですね)
ヒグマについては、正直殺す事しか考えていなかった。味方に引き込む……出来るでしょうか。
(まぁ、一応やっては見ましょう。失敗するならそれでも構いません)
「うわぁー畜生ぉ、またやられたぁぁ。今度こそぉっ」
「えへへー、負っけ惜っしみー!」
私は緊張している。見聞色で姿を探って、ヒグマの居場所は把握済み。でも、時折見聞色にノイズが来る。
(ヒグマ……ま、まさか見聞色殺しを? だからシャンクスと赤髪一味の入念な包囲網から煙玉一つで逃げ果せた?)
ヒグマは、まさか見聞色殺しを持っているのか? 一応可能性は想定しておく。警戒度を更に上げて、時間を待つ。
(……)
「あれ? どうしたのお母さん、何だか目が険しくて……」
「そうですね、とても強く警戒していますよ。ウタ」
「か、海賊でも居るの?」
「いいえ、山賊です」
「えっ?」
「さ、山賊? 何だよそれ」
ルフィまで食いついて来た。でも、答えたのは私じゃなくてローだった。
「ここにはあの山賊王ヒグマ、56皇殺しのヒグマが居るんだ。ファイス姉さんが警戒するのも当然だぞ」
「えっご、56皇殺し? な何!?」
驚愕するウタ、ルフィは訳が分からないようだ。ローは続ける。
「かつての海には60皇って言って、それはもう危険な奴らがうじゃうじゃ居たんだ。その中の56人を倒して、60皇を4皇に減らした偉大な男、それが山賊王ヒグマなんだよ!」
「えっええええええ!??」
ルフィは凄く驚いた。ウタは
「いや、嘘じゃん。聞いた事無いよ。60皇なんて」
「いや、間違い無いんだって。だってこれファイス姉さんが言ってたんだぞ!?」
「えっ嘘、お母さんが!? 本当に!?」
「ああ、本当だ」
遂にはウタまで信じ始めてしまった。何処まで行くんでしょうね、これ。
「おお、何をしとるんじゃルフィ」
「聞いてよ爺ちゃん! 60皇がっ、56皇殺しでっ、山賊王何だよぉ!?」
「ん、何じゃあそれは? 詳しく聞いて良いかのう」
「お前さん、ローに何吹き込んだんじゃ?」
「すみません、変な事を言って、ガープ中将。ただ、ここに厄介な山賊が居るのは事実です。お力を借りても?」
「はっはっは、そう言う事なら心配なんぞ要らん、山賊くらい一捻りにしてやるわい。所でその山賊、もしやダダンの事では無いじゃろうな?」
「いえ、違います。ダダン一家とは別の山賊のようです」
「まあそう言う事なら良いんじゃがのう」
ガープ中将に問い詰められて回答した。事前に用意したヒグマの手配書も見せておいた。ヒグマ撃破の布石はこれで一通り打った。
「それともう一つ、標的の山賊ヒグマについてですが、倒すより前に海軍にスカウトしたいのです」
「わっはっは、そうかそうか、ワシは構わんぞ。そのくらい好きにやれ」
「はい、有難うございます」
(状況は十分。後は……)
「ブルック、子供達のお守りを任せても?」
「ヨッホホ、お任せ下さいお嬢さん」
ウタ達の守りはブルックとダダン一家に任せて、私とガープ中将は道なき道を進む。目的は山賊ヒグマのアジト。
もうすぐ辿り着く、と思っていたのだけど、はぁ……。
(想定済みのリスクですが……何をやっているのですか? ブルック)
「ウタ、ルフィ、そちらで何をしているのです」
「な、何でも無いっよ? お母さ、ん……」
ウタが、ルフィが、エースが、サボが、ローまで、ロシナンテにブルックも居る。また皆んなでぞろぞろと付いてきていたのだ。
「皆さん、揃いも揃って死にたいのですか?」
「し、死にたくは無いけど、でも気になるもん! 私だって山賊くらい倒せるし!」
「はぁ……、止めた筈ですが? ブルック」
「ヨホホ、申し訳ございません。ですが、この作戦のリスクは微小かと」
「言ってくれますね……」
死のリスクは無い。正直、私もそう思っているから否定は出来ない。だが否定出来なくても、それを実際に言うのは、さ、流石に違う筈。
「俺だって連れてってくれよぉ! 絶対役に立つし!」
「はぁ、全く……」
私だったら、力づくでも安全な場所に引き戻す。甘えた対応は主義じゃない。でも、ガープ中将はどうか?
「ぶわっはっは、良いじゃろう、それでこそワシの孫じゃ。良し、お前達も付いて来い」
「よぉし、やるぞー! 56皇殺しを倒すんだぁ!」
(はぁ、鬱陶しい……)
結局、ウザい子供をわんさか連れて進む事になった。こんな事でスカウトが出来ますかね……。
「いいかお前ら。とにかく今日は大人しくしろ。絶対に余計な事をするな」
「海軍の英雄ガープどころか、あの赫鳥のファイスまでいやがる。勝ち目は絶対に無え」
ヒグマはこの日、山賊団の団員達にこう厳命した。非常に不味い状況だった。
ガープが来ただけでも話にならないのに、今日は赫鳥までいる。
(海軍大将の赫鳥って言やぁ、海軍最大の強硬派って有名な奴だ……。海賊なんか見つけ次第に殺しやがる。目を付けられたら命が無い……)
海軍大将赫鳥。海軍でもとびっきりの危険人物。海賊に対しては徹底的に容赦が無く、殺し、破壊し、殺戮の限りを尽くす。奴の通り過ぎた後には、焼き尽くされた海賊の死体と地獄だけが残るとの噂だ。
(そんな相手だ、到底勝負にならねえな。何とか姿を隠さねぇと)
何て運が悪いのか。姿を隠してやり過ごすしか無い。そう思っていたのだが、
「初めまして、ここが山賊ヒグマのアジトですか?」
(何でここまで奴らが来やがるんだよぉぉぉ!??)
ヒグマは己の運命を呪った。何もしていないのに、向こうからこの辺鄙な場所まで一々やって来るとまでは流石に思っていなかったのだ。
「ひえぇガープだぁぁ! どうかお願いします! 命だけは、命だけはぁぁぁ!??」
「ひ、ひいぃ、赫鳥だあっ、殺されるうぅ!??」
「もう駄目だぁ、お終いだぁぁ」
アジトは大混乱だった。海軍中将ガープが、更には海軍大将赫鳥まで来ては勝ち目は無い。必死に土下座して命乞いする者、何とか逃げ出そうとする者でアジト中が大惨事になった。
(ああ、俺の山賊人生、もうこれまでみてぇだな……)
ヒグマは思った。俺はもう駄目だ、助からない。良くてインペルダウン、悪くて死。それが俺の未来のようだ。アジト中に絶望感が漂う。絶望し過ぎてなんかその辺に沢山居るガキには目が行かなかった。だからこそ、その一言が余りにも信じられなかった。
「改めまして、私は海軍大将の赫鳥、アルメリア・ファイスと申します。こちらは海軍中将モンキー・D・ガープです。本日は貴方に、山賊ヒグマに申し出が有って参りました」
(にしても、こいつが赫鳥か。噂通りの凄まじい美人じゃねぇか……)
長い黒髪と赤い目。身長は300cmと少し。真っ黒を基調として、背中に白抜きで正義の2字を書き込んだ改造品の海軍将校用コートをきっちりと着込んでいる。目と表情は冷たいが、正に絶世の美女と言って良い。これだけの美女に殺されるってんなら、まあ悪く無いのかもしれないな。
「はっ? 申し出? ……つまりは俺を殺すって事か?」
「いえ、貴方を是非とも海軍にスカウトさせて頂きたいのです」
「……はっ? ……はぁっ??!!???? …………な、なな何でそうなるンだよオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおお!?!?!?」
何を言ったのか全く理解出来なかった。絶世の美女が俺の手配書をチラつかせながら言ったそれ。な、何で天下の海軍が最弱の海の一山賊を態々スカウトするんだ? 可笑しいだろ……流石に。可笑しいって言ってくれ……下さい。
「それと、スカウトを断った場合は貴方を殺します」
「謹んで受けさせて頂きます!」
「そうですか。はぁ……、思っていたよりよっぽど簡単でしたね。それにしてもヒグマ、やはり見聞色殺しを?」
見聞色殺しってそもそも何の事だよ? などと、結局聞ける状況では無かった。