いやーありがとうございます。励みになりますね。皆様のおかげでまったり活動できております。
今更ではありますがこの作品の注意をひとつ。
お話の構成上、原作のお話に春人くんが介入する事もあれば、恋太郎達のデートの裏側で暗躍したり、まさかまさかの全く関係ない事をする事があります。
おそらく、この二次創作だけを読んでいると「気づいたら何のフラグもなく彼女増えてるよォォオオオ!?」という事もあるかも知れません。
でも仕方ないんです。やり過ぎると原作そのままネタバレフェスティバルになりますし、春人くんのキャラは自ら前に出たがる性格でもありませんし。
あくまで原作は原作としてリスペクトを。
そのついでで恋太郎と彼女達の原作とは違った別側面の魅力を、作者なりの解釈で伝えていけたらと思います。
さぁ、この作品を200%楽しみたければ単行本を買うのですッ!!!さぁッッ!!
きっと、これも夢なんだと。
横になっていた自身の状態を見て。
おれは諦めの表情を浮かべていた。
どうも、青井春人です。
今、おそらくワタクシは夢の中です。ぐっすり眠ってたはずなのに、気づけば違う景色。家じゃないね。おれの部屋じゃないね。なんでだろうね。不思議だね。
以前も見たことがあるような場所ですね。とてもエロティックな雰囲気漂うベッドルームです。うっすい布が四方に垂れてるキングサイズのベッドの仰向けに寝かされています。
あー、あれだ。花園と院田がおれを色んな意味で襲ったあのヤラしい夢。
あの時に出てきた場所そのものだ。
……うん、なんで?
現状確認。
頭を抱えたい気持ちを抑えつけて、自分の状態や周りの環境を調べていく。
今回は前回のような、金縛りの中で無我夢中に払いのけ続けるような悪夢から一転、体の自由が利いているようで、まだ精神的余裕がある。
見渡すと、大きな窓を除いて他は壁に仕切られていて扉が一つもない。建物の構造から見ても夢以外にはあり得ない確信が出来た。
しかし、ここまで夢だとはっきり分かるとは。これが白昼夢というやつだろうか。
白昼夢の影響か前よりも動きを認識しやすい気がする。これなら、より正確に奴らのムフフな攻撃から身を守れるだろう。……多分。
(それにしても、おれの本体は風邪気味のはずなのにな。夢の中では案外元気そうだ)
そんなことを考えていると、おれの隣で布団がもぞもぞと動いている。
見れば、横には子供が入るくらいの大きな膨らみがあった。それが布団の中で動いている。
……正直、めくりたくない。でも見なきゃいけないよなぁ。
地獄への一歩目だと分かっていても、そのままにする訳にはいかない。
おれは布団の端を掴み、ゆっくりとめくる。
そこにいたのは。
全身が透けるほどの薄いワンピースを着た……静だった。
「ん……っ」
「……うそーん」
「んぅ……っ、すぅ……」
「やめろ。その変な吐息を吐くのをやめるんだ。なんだかいかがわしいカンジに……って、なっ、なんだと!?」
身体の輪郭だけなら影が透けて丸見えだと!? なんという眼福……じゃねぇ、罠なんだっ! ちくしょう!
無防備な身体で起き上がる静に、男の子特有の劣情が暴走しかける。
割とマジでまずい。たとえ夢の中でも誘惑に負ける訳にはいかないのだが、こんな煽情的な格好をした女の子が近くにいるのは、思春期男子にとっては劇薬にも等しいぞ!
うおっ、身体ちっさぁ……じゃあなくて!!
気付け、隠せ、頼むからァ!
「おはようございます、はるとさん」
「いや、めっちゃ喋るじゃん静さん。どう考えても夢じゃん」
そう。
にこやかな笑顔を向けられても、夢は夢。自身の煩悩と闘いながら思考を働かせる。
そうだよ。夢だと分かっているのなら、こんな虚構を相手にわざわざ焦る必要は無い。
現実の本人が直接誘惑でもしない限り、おれの心は簡単には揺らがないのだ。きっと。
「ああ……私の騎士様っ」
「おいやめろ来んな来んな」
目を妙にうるうるさせながら恍惚とした表情を浮かべる静に対し、近づけさせまいとおれは誘いの手を受け流していく。
悪夢の元が静のおかげなのか。腕力があまり無いようで前回よりも長く払い除けられている。
もしかすると想定されるアカン、って感じの悪夢にはならない……かも?
でも油断は禁物か。
「なぁ〜にが『私の騎士』だ。そんなもん名乗った瞬間に、恋太郎が後ろから刺しに来るのは目に見えとるやろがい」
僅かながら余裕が出てきた。
少しなら軽口も飛ばせる。
一枚布かとも思えるくらいの生地が薄すぎるワンピースが目に毒なのは変わらない。多分、軽く見た……いや見てしまった感じだと下着の類いも身に付けてない。
何故かって、つまり、あれだ。その……突起が……いや! なんでもない!!
そんな姿に反射的に目を逸らすと、目を離すとコイツは唇を近づけてくる。
例え夢でも静を強引に引き離す訳にもいかず、キスを警戒して手で口を押さえた。
しかし、静はそれに気にも留めず。唇をオレの耳に近づけて囁いた。
「昨夜は……お楽しみでしたね」
「……………………ん?」
サクヤ? お楽しみって?????
そんな事を言われたら、固まるしか……ない。
思考停止。そして哀れなことに。
処理限界の硬直による一瞬の隙はおれを瞬く間に絡め取る。
つまり、おれは『たとえ夢であろうとも好本静とムフフ(意味深)をした』事に驚きを隠せないまま、さらに好本静に襲われた。
腕が、脚が、どんどんと密着していく。幼い印象だった身体はやがて艶かしい指へ、柔らかい太腿へと変わっていく。それが夢だから大きく変化したのか、元々の体躯であるのかは分からない。しかし、全身を包むかのような柔らかさはおれ自身を麻痺させていく。
身体は既に動かない。または、動かせる気がしない。
ワンピースの背中は腰回りのヒモのみで固定されていた。肩甲骨が僅かに見える露出の中、静が蝶結びのヒモを解く事でワンピースがただの布一枚に変わっていく。
「ゴメンナサイ。まだ……足りないです♡」
『なにを』かは分からない。オレにはまったく分からない。
だが最後までオレの目は……静の唇に釘付けであったのは確かだった。
「私に貴方を、愛させて下さい」
……。
……………。
この時の。最後の言葉を言った時の静……いや、好本の顔が。
何故か網膜に焼き付いて離れない。
(なんで、そんな顔をするんだ?)
おれには、何故彼女が一筋の涙を流したのか。
きっと理解することは出来ないのだろう。
悪夢に蹂躙されながら。
そんな気がした。
「うわぁ……」
休日の昼前を時計が指している。
酷い夢を見たせいか、あまり眠れていなかった。
料理会を開こうとしたのも束の間、体調不良を起こした為に今朝ドタキャンさせてもらった後、すぐにおれは寝てしまったようで。
……中々にドギツイ悪夢を見てしまった事は覚えてる。もう二度と見たく無い。彼女の名誉とかその辺りのために。
違うんだ、好本はそういうタイプじゃないんだよ。もっと……こう、見守りたくなるような可愛さとか弱さが相乗効果を発揮して『もはや天使!』ってなるような子なんだよ。
わざわざベッドに潜り込んで可愛さを強引に押してくるような女性は好本ではない。それは好本に似たニセモンに他ならない。
騙されんぞ、あのニセモノ淫乱悪魔めっ。
あんな可憐な子がベッドに潜り込む訳がないだろうが!
「しかし、相変わらずミョーに現実感がある夢だったなぁ……。実際に好本がいたかのような心地よい……なんだろう匂い、とかかな? そんなリアリティがあった気がする」
匂いってなんだよ、気持ち悪すぎないかと己を自嘲しながら、軽い怠さを感じつつも布団を捲って上体を起こす。
まだ朝御飯もまともに食べてないのだ。例えお腹が空いてなくとも何か食べ物を入れなければ治る風邪も治らない。
そう思っていた。
隣で一緒に寝ている好本静がいなければ。
「……ゑ?」
ベッドを捲ったと同時に、隣から現れる可愛い子。
あれ、デジャヴ? 既に観た光景だな。
ベッドに頭まで潜り込んで眩しかったのか、瞼を開けてコチラを見る。
……うん。そりゃ悪夢も見るし、いい匂いもする訳だ。だって本人いるんだもん。
青くなるおれ。赤くなる好本。
手元のスマホをササっと動かして。
『おはよう』
……と、顔を真っ赤にしたまま好本は機械の声を出し。
しばらくの放心状態から抜けたおれは、ゆっくり深呼吸。
すぅ。
はぁ。
すぅ。
「ギャアアアアア!!??」
夢ではない緊急事態に直面したことにより、情けなく叫んだ。
「……っ!?」
「うわぁァァァアアァえっへぇェェエェエェなんでいるのぉォォオオオ」
「『えっと』『その』」
ドアが勢いよく開いた。
「どうしたんですか静さん!? エッチな事でもされましたか!?」
「どぉわっほいやぁァァァアアア!?!?」
「私にもして下さいよ!!」
「する訳ねぇだろこのエロ星人! ってかそうじゃねぇ、なんでここにいる!?」
ドアがさらに開いた。
「うるさいわよ馬鹿春人! 体調良くないなら黙って寝てなさいよ!」
「うぇっへへーい!?!? お前もいるのか院田ァ!? あと馬鹿ってなんだテメェ!」
「べ、別にアンタの事じゃないわよッ!!」
「オレの名前くっつけてた時点でそれは無理あるだろ!?」
ドアがもっと開いた。
「ハルっ! よかった、ちょうどお粥が出来たよ! あっ、食欲ある?」
「恋太郎もいるのかよ!? ……いや、もういい。お粥はいらないからコイツら連れて帰れ。気持ちはありがたいが寝れない。ホントに。マジで。だから帰れ」
「……『ふーっ』した方がいい?」
「話を聞けバカのレン!!」
「「『えっ、やってくれるんですか!?」」』
「うるせぇお前らのお粥じゃないだろ帰れ!!」
ついにドアが千切れた。
「ガキンチョ! 世話してくれてる友達になにさねその態度は!!」
「なんで当然のようにいるんだババァ!? コイツらが家に上がってきたのは貴様の差金だな!?」
「ご名答! ご褒美に目上の人に対する礼儀を叩き込んでやるよ! 死にな!!」
「仮にも病人相手にする対応じゃねぇだろがぃ!! くらいやがれ!」
「甘いわ未熟者がぁ!」
「ぐわっ!」
後見人ババァが突然突撃してきたので、静を手元に抱き寄せて友人の安全を確保。近くの小さいデジタル時計を投げて応戦する。が、難なくキャッチされて投げ返された。
突っ込んできたババァとオレと静で揉みくちゃになるベッドの上。
結局のところ。
静は巻き添えによる怪我の一切を負う事もなく。
ただただ無惨なおれが調理されて終了した。
……体調不良がぶり返したら、ここにいる全員どうしてくれようか。
「というか、連絡は見てなかったんですか?」
「ぐぎぎぎぎ……! れ、連絡? なんの話だ?」
ババァにアルゼンチンバックブリーカーを極められながらだが、羽香里の言葉に疑問符を浮かべる。
ちなみに静は、極められているオレのお腹にしがみついて落ちないように頑張っている。プルプルしてる。かわいいね。
「あれよ、アンタが『見舞いに来たいなら好きにしろ』って書いてたじゃない」
「あー、そんな文言だったか? とりあえずオレの家は教えてないから絶対来ないだろうって踏んでたけどよ」
「まぁ……実際知らなかったんだけどね……」
言い淀む院田に訝しむ。
おれは少し思考を巡らせると、すぐ答えに行き着いた。
「だから恋太郎が合流してるのか。なるほどそれなら納得だ。恋太郎が教えたんだろ?」
「ごめん違う。とっくの昔に羽香里が特定してた」
「花園テメェこの野郎!!!!」
おれは激怒した。かの邪智暴虐な女王をぶちのめさんとして。
「女の子に向かって言う口の利き方がそれかい!?」
「あだだだだ!! えっ、なに!? 無礼を働く度に背骨にダメージ受けるシステムなのコレ!?」
ばぁちゃんに無理やり鎮められた。
くそっ、住所特定は金持ち連中の常套手段ってか!
そういえば、羽香里だけオレの家を特定して迎えに来てたな! すっかり忘れてたわ! おのれぇ!
「とりあえず始めから説明するよ」
そう言って恋太郎が事の経緯を説明した。
「ちょっとどうすんのよ」
「まさかドタキャンするとは……」
「『青天の霹靂』〝って事じゃけぇの〟」
恋太郎の彼女組はとりあえずは集まったものの、困惑を隠せなかった。
なぜなら、今回の料理会はあくまで名目。目的は別にある。
そして、その主役は他でもない青井春人だ。
「日頃のお礼を兼ねて手料理を振る舞おう作戦が、こうも簡単に頓挫するとは……この私の目を持ってしても予測出来ませんでしたね」
「せっかくあれこれ準備したのに……っ。まったく、風邪かなにか知らないけど冗談じゃないわ。押しかけるぐらいしないと私の気が収まらないっての」
「〝私は比較的〟『新参者』〝ですが〟『借りはキッチリ返さねぇとならねぇ』」
料理会なんて名目をわざわざ作ったのは……単純にそうでもしないと春人は来ないと判断した為である。
恋太郎から、春人はこそこそしたがるという習性。
それを見かねてわざわざ他の人までも騙すようにわざと動いた。自分ならきっとバレてしまうだろうけど、と。
もしバレても……いい。『春人のため』だという事実さえ明るみに出なければ問題ない。
そう思って。
いつもの屋上で、自分から春人に「味見をして欲しいワケじゃないんだからね」と声をかけた。
発案者及び、実行者は院田唐音だった。
日頃の感謝を少しでも、確実に伝える為に。
彼女なりに考えに考えた作戦。
それは自分の中で事実を混ぜこぜにして、奥底の本心を出来る限り隠し切る事だった。
料理が上手くなりたい。
恋太郎に美味しいものを作ってあげたい。
そして、ついでに春人に日頃のお礼がしたい。そう、数ある動機の中でここさえバレなければいい。
自分だけがカフェで知ったちょっとした情報。「女の子の手料理が食べたい」と溢していたのを春人から聞いたことから、唐音が考えて捻り出した策である。
うっかり本心を晒す。素直になれない。そんな事は分かってる。
でも、今回だけはバレてしまった場合。
春人なら。きっと遠慮してしまうのではないか。
色々言い訳をして、私を言い含めて。
来ないのではないか。
そんな事態が容易に想像出来て、胸をチクリと刺した。
春人なら、アイツならやりかねない。
だからこそ、出来る限り頭の中を整理して優先順位を組み上げる。
自分自身を騙し、何も言われても『私のため』『恋太郎のため』だと言えるように何度も自己暗示のように唱えておく。
「べっ、別に料理が上手く作れる様に練習したいなんて思ってないんだからねっ!!」
その結果、多少の追及こそあったが上手く行った。
みんなに料理会がバレる形でこそあったが、本心を隠し切る事に成功したのだった。
ちなみに。
解散した後、春人以外には個人チャットや通話越しに、春人のためだというのはバレた。
コレに関しては春人にバレたわけでもない。唐音は早々に白旗を上げて白状する。その結果、全員が乗り気で協力をしてくれるようにもなったが。
ちなみに恋太郎のためという名目を使った所為で、恋太郎を省いた形になってしまった事に関しては直接会って抱きしめてもらいながら謝った。
そんなこんなまでして無理矢理開催した食事会兼、春人に手料理を食べさせようの会をあのクソバカ春人は体調不良とはいえドタキャンしたのである。
唐音は内心、苦労が水の泡になった怒りやら悲しみやらがごちゃ混ぜである。
「こうなったら何がなんでもアイツの口に捩じ込みに行くわよ! はいそうですか、で諦めてたまるかっての!!」
「〝では〟『看病は任せてもらおう』〝はいかがかな?〟」
「よし採用ッ! やってやりなさい!」
静が閃いたように提案し、早速連絡を取り始めた。
「善は急げよ! アイツの家にいざ突撃ね!」
「でも、もし迷惑でしたらどうしますか? 春人さんの事だから風邪が感染らないようにとか、配慮をしてしまいそうで……」
「うっ……まぁ……うん、春人なら考えそうね……」
「急にテンション下がるじゃないですか。さっきまでの威勢はどこいったんですか」
「『返事が来たぞい』」
『看病しに行ってもいいですか?』
『見舞いに来たいなら好きにしろ、本当に来れるならな』
静のスマホを3人でじーっと覗く。
明らかに来れない事を前提にメッセージを飛ばしてきている様子に、その事も唐音の癇に障った。
「つまり、行ってもいいって事よね? 上等じゃない」
「あー、春人さんもなんでこのタイミングで挑戦的な文面を送って来るんですか」
「『ではどう動く』『情報が無いことにはどうしようもないぞ』」
静と唐音が頭を抱えた。
「この中で春人の家を知ってる人いる? それとも恋太郎に聞くべきかしら?」
「まぁ私は知ってるんですけどね。意外と近いのですぐ向かえますよ」
「『なぬ?』」
「えっ!? 本当なの羽香里!?」
羽香里が二人に背を向けて歩き出す。
そして振り返った。
「さっ、行きましょう。こんな可愛い女の子達を放ったままにしてるおばかさんは、ちょっとだけこらしめちゃいましょう」
その微笑には、明らかに怒気が篭っていた。
少なくとも、唐音と同じくらいには。
「羽香里ってもしかして、あんまり怒らせたらいけないタイプ?」
「『かもしれねぇな』」
「なんでそんな事言うんですか!? 怒ってませんよー!」
羽香里が異議を唱えつつ、3人は春人の家に向かって歩いていく。
「ねぇ、看病ならもう恋太郎も呼んでみていいんじゃないの?」
「『そんな事もあろうかと』『連絡済みだぜ嬢ちゃん』」
静がニッコリしながら二人に伝える。
当然恋太郎からの返事はOKで。
「お待たせ、待った?」
「連絡から1分も経ってねぇのよ」
そうして3人は春人の家の前に立ち、少し遅れる形で恋太郎が合流した。
「一軒家、なんですね」
「『立派な城じゃねぇか』」
羽香里と静は感嘆を漏らした。
「さて、じゃあ……」
「ふん!!」
俺がチャイムを鳴らすよ、と恋太郎が言おうとしたところに唐音がすごい剣幕で押した。
唐音は今回の主催と言ってもいい立場である。そのため躊躇いはない。
しかし、5秒程待っても何も返って来ない。
「ふん!!」
もう一度唐音が鳴らした。応答は無い。
「ふんふんふんふんふん––––––––っ!!!!」
「高橋名人並みのボタン連打!?」
連打はマズイ。
そう思って、羽香里と恋太郎が止めに入る。
「ハルは寝てるんじゃないかな!? それ以上は迷惑だし、呼び鈴も壊れちゃうよ!?」
「物理的に無茶すればいいって訳じゃないですよ!!」
「なっんっでっ、寝てんのよ! 春人が来い、つったんでしょうが!!」
「本当に来るとは思ってないですよ春人さんもきっと!!」
「〝しかし〟『ドアが開かないなら』〝どうすれば……?〟」
「どうだろう、確かめてみるよ」
そう言ってドアの前に立つ恋太郎。
「あれ?」
「……前とカギが変わってる。暗証番号だ」
「暗証番号?」
手を伸ばしてドアを開けてみるが、施錠はされている。
「『珍しいでやんすねぇ』」
「恋太郎くんも分からないんですか?」
「前に……確か、恋太郎なら問題ないとは聞いた……かな? でも、それらしい暗証番号は教えてもらってないんだよね」
「……? どう言う事ですかね?」
「要するにアイツの誕生日でしょ、それならカンタンじゃない?」
そう言ってドアの前に立つ唐音。
数字の配列に指を当てる。
「は、早く春人の誕生日を教えなさいよ!」
「知らないじゃないですか」
「ハルは5月5日だよ」
「〝二桁〟〝じゃな〟」
「そういう時は『0505』にすれば四桁よ。よし、じゃあ押すわよ。……えーと」
流暢にボタンを押していき、『確定』ボタンを押す。
機械の音声がドアの方から流れた。
『アト 6ケタ 入力シテクダサイ』
「えぇ!?」
唐音があからさまに動揺する。
パスワードが違うのではなく、足りないとはなんだ。
「ど、どうすればいいの……っ? 間違えたら即通報とかない!?!?」
もう声が震えてパニックになっている唐音に後ろから助け舟を出す3人。
「唐音! もしかして4桁目までは合ってるかも知れないよ!」
「それっぽい数字を入れてみてください!」
「『やってみなければ分からぬ』」
「なら隣に居なさいよっ! なんで全員離れてんのよ!?」
「「『頑張れ!」」』
「せめて逃げる体勢を取るな!!」
声を出す3人は、決して足を動かさなかった。
「えぇ……、とっ、これで本当に大丈夫なの……かしらっ?? ええぃ、ままよ!」
ほとんど適当になりながら10桁目まで入力する唐音。若干ながら涙目である。
そして震えながら『確定』ボタンを押した。
『サラニ アト 10ケタ 入力シテクダサイ』
「そんな訳あるか!?!?」
「唐音ー! いけるぞー!」
「おかしいって絶対コレ遊ばれてるわよっ!! というかさっきよりもみんな遠くない!?!?」
「それはアレです! 遠近法です!!」
「『骨は拾うぜ』」
「アンタらマジで覚えてろ!?」
『ハヨ 〝入力〟 シロヤ』
「うるさいわ!!」
もうどうにかなれの精神で追加で入力していく唐音。半ばヤケクソである。
「これでっ……どうなの!!」
『残念だが、実はパスワードではなく指紋認証なんだ。ボタンぽちぽちお疲れ様』
「ふざけんなァ!!」
ドアに重い衝撃が走る。
「ドアを破壊したらそれこそ通報されちゃうよ!?」
しかし、ふざけた音声に反してガチャリと、カギが開く音がした。
「えっ? ……あ、開いたわよ」
「『えぇっ!?」』
「唐音。後で一緒に弁償しようね」
「私が壊した前提で話を進めんじゃないわよ」
『ヨウコソ 唐音サマ』
「指紋認証が通ったって事? でもなんで……」
「アタシがアンタを登録したからさ。コイツはボタンを押す事で指紋が認証されるダミーを挟んだシステムだ」
そこには妙齢の女性が立っていた。
「ここのセキュリティはそこらのもんとは違ってすぐ通報から警察への情報提供まで一本道だからねぇ。すぐに対応出来たのは運が良かったと思うんだね」
女性に真っ先に反応したのは恋太郎である。
「お久しぶりですっ。おばさん」
「挨拶は上々、でもレディへの対応がイマイチだね。お姉さんと呼びな」
「こ、この方は?」
羽香里の問いに恋太郎が答える。
「唐島朝日さん。ハルの遠い親戚で、親代わりの人だよ」
そして現在。
恋太郎が説明を締める。
「それで朝日お姉さんのおかげで、家に入る事が出来たんだ」
「なるほど、な。まさか事の経緯をお姉さんとやらにアルゼンチンブリーカーされながら全部聞く事になるとは思わなかったが、大体理解した。こりゃ来るなと言わなかったオレの責任だな」
「ついでにここの優しい友人共は登録していつでも入れるようにしといたよ」
「ストーカーされたらどうすんだ。あとさ、そろそろ降ろしてくれ」
「アタシがこの目で見て判断したんだ。そんな事するような子達じゃないだろう? アンタの友達だしねぇ……よっと」
「やっと解放されたぁ。大丈夫か、好本」
「〝腹筋が〟『バキバキに』〝スンゲェ〟」
「よし、大丈夫では無さそうだな。もどってこーい」
好本とおれは解放された。が、好本がオレと密着しすぎた所為か様子がおかしい。斜め45度で頭を叩けば元に戻るかな。
「さて、と」
「もう帰るのか?」
「アタシは来たくて来た訳じゃなくて、アンタの代わりに出迎えただけさね。後は好きにしな」
「遊びに行くな、と言ってたくせに止めないのか? 結局ここに集まっちまったぞ」
「無理しようとしてる馬鹿を止めた。私がやったのはそれだけさ。今のアンタが友達の前でまで無茶するようには見えないからね」
暖かくなって来ているのに、朝日のばぁちゃんはコートを羽織りながら帰り支度を始めた。
相変わらずスタイルがおかしいレベルでスラっとしている。大分歳も取っているはずなのに腰は曲がらず、今でも現役と言わんばかりに若々しい。真っ白な髪とほうれい線さえなければ……いや、あってもまだモテそうな格好良さを持っている。
「じゃあね。オイタはするんじゃないよ」
「頼まれてもするかよ!」
そう言って、おれの後見人兼親代わりの人は帰って行った。
いつまで経ってもあの人には逆らえる気がしない。
「ふぅ」
一息ついて友人達を見る。
……わざわざ来ることもないだろうに、こ〜のお人好しどもが。
「ほらハル、お粥」
笑顔で渡してきた親友に、気恥ずかしい気持ちになりながらそれを受け取る。
かなり薄い味付けだ。だが、飲み込むと胸へ温かみが広がっていく。身体だけでなく心も癒えていくような純朴な感覚だ。
「ほら、立ったまま食べるんじゃなくてさ。食べるならこっちに来て座ってよ」
「お、おいっ。押すなよ」
お粥が溢れるだろ、という言葉が喉に詰まって出てこない。
恋太郎が背中を押し、彼女達が道を開け、リビングに通される。
そこには。
何もない。
全てが綺麗にされた、かつてのリビングがあった。
「えっ?」
一番汚かったテーブル回り。
ゴミは全て片付けられ、テーブルの上にはテレビのリモコンしか載っていない。
床の隅にあった埃も掃除され無くなっている。
空気を入れ換える為に窓が空いているのか、そよ風がリビングを通る。カーテンは緩やかに踊っていた。
全てが一新され、まるでリフォームされたかのようで。
どこか懐かしく、子供の頃を思い出す。
かなり昔に見た、あの時の平和な景色がそこには映っていた。
必要以上に暗く、重い場所も。
一人しか座れないほど物が積まれ、孤独を感じる椅子も。
心さえも埋もれるほどのゴミの山も。
そこには、ない。
「ごめんね。何かしてあげたいって思ってたから、お姉さんが片付けてやって欲しいって言ってくれて」
「アンタねぇ、ごちゃごちゃ置きすぎなのよっ! ゴミくらいちゃんと分別して捨てなさいっての!!」
「すいません、キッチンの方も唐島さん主導で綺麗にしちゃいました。気付いてましたか、冷蔵庫の中。半分くらいは賞味期限が切れていましたよ」
「『看病は任せな』〝とは言ったものの〟『ミイラ取りがミイラになっちまった』」
友達が口々に喋り出す。
耳に言葉は入ってくる。だけど、おれはその全てに反応が返せない。
「ほら、春人。座りなさいよ」
「私達も元気になるようにご飯作ったんですから!」
「『気分は大丈夫か、相棒』」
「さぁ、ハル」
おれの『家族』が椅子につく。
悲しみ、苦しみ、後悔、そして憧憬。それらが入り混じり、泥のように澱みきった場所。目の前にありながら、目を逸らし続けていた心の枷。
あの一人きりだった場所に、光が差している。
朝日のばぁちゃんの入れ知恵だろうか。
妹と両親の部屋にもそれぞれ駆け込むが、それらは一切手をつけられていない。
大事な記憶は、変わることなくそのままに。
『お兄ちゃん! 後であそぼっ!』
『春人、早く座りなさい』
『さぁ、いただきますを言おうか、ハル』
『『『せーの』』』
いつも一人だった。
この場所で。おれは。
「…………いただき、ます」
たった一人で、過ごし続けていた。
涙が溢れ、流れていく。
かつてのあの時と同じ光景が、ここには確かにある。
いつもの日常。そして今はない、壊れた日常だったもの。
「……っ、ぅぅ……ふぅ……っ!」
嗚咽が止むことはない。
その嗚咽は……今、他でもない自分が幸せである証拠だから。
「は、春人さん……」
「……だ、大丈夫……うぐっ、大丈夫だから……っ」
「嬉しいっ……だけだから……」
「……はい」
その時のみんなの顔は滲んだ視界では見ることはできなかった。
でも。
この温かい空間で、どんな顔をしていたか。
なんとなく、おれには分かっていた。
隣にいる羽香里がそっと手を重ねてくれる。
唐音はしてやったりとにこやかな顔をしながら泣いている。
静はおれの様子に安心して相貌を崩した。
恋太郎は。
どうだろう。
目がまだボヤけてるのか、おれには何をやってるのかわからない。
「よしっ。じゃあ説明するけど、これが羽香里の作ったたまご粥で、これが唐音の中華粥。静ちゃんは乳粥っていうのを作ってくれて……」
「待て待て待て待て、おいっ、そこのバカ。待て」
「えっ?」
マジで分からない。
「おい、何並べてんだおい。何をしてる?」
おれにはこの世の全てのお粥を集めてるように見えるんだが。
涙と鼻水が……引っ込んだ。
「オイオイオイオイまさか、全員の料理が被ったのか……!? こんなにいて、みんながみんなお粥を作りにきたのか……!?!?」
「大丈夫だよ。流石にお粥しか用意してない訳じゃないから安心して」
「だよな? もうすでにおかしいとは思うが、まさかそれで期待させといてうっすい味の奴じゃないよな? うどんとかゼリーとか用意してあるよな? 大丈夫だよな!? おれそこまで体調悪くないからな!?!?」
「うん! 流石にダメだと思ったからね。乾飯にしたよ!」
※乾飯……『乾』いたご『飯』で「ほしいい」と読む。炊いた米を洗って乾かしたもの。水に入れて戻すまたはそのまま食べるものとして、戦国時代には味噌と共に非常食として重宝された。
「そういう事じゃねぇだろうがオラァァァアアア!!!!」
「グボォァ!?!?」
「「『恋太郎ーーッ!?」」』
「この愚か者がァ!! テメェは友人にコメしか食わす気のねぇ不届者だァ!! このおれ自ら叩っ切ってやる!!」
「待って下さい春人さん! 恋太郎君が気づいた時にはみんなもうお粥が出来上がってて……!」
「うるせぇ!! よりにもよってこんな消化の悪そうなふざけたもん持って来たコイツが悪い!! 潔く切腹しろォ!!」
「……えっ、潔く『接吻』しろって?」
「違う、言ってねぇ!!」
「春人、あっ、アンタ、これにかこつけて何要求してんのよ!?」
「違う、言ってねぇ!!!」
「春人さん……! 恐ろしい子っ!!」
「違う、言ってねぇ!!!!」
「『おっと、アツアツじゃねぇか。こりゃお邪魔だったかぃ』」
「違うっつってんだろうがァァァアアア!!!!! テメェら正座ダァ!! そこになおれェェエエイ!!!!!」
なお、風邪は悪化した。
原作単行本一巻、完。
副題「孤独ではない証明」踏破。
【おまけ】
単行本一巻分の完結記念。
『青井春人が生まれるまでの小話』
元々のコンセプトは『100カノハーレムに二人の男がいるとどうなるのか』から原型がスタートしました。
でもそれだけだとまぁカオスだこと。当然の如くキスし合うハーレムなので、彼女側全員二股女のレッテル貼られるわ「百合に挟まる男」モドキになるわ、まぁ中々不快な事になりそうで……こりゃ恋太郎に殺される。
この時点で彼氏にするという考えは微塵さえも消し飛びました。
なので立ち位置的には、乙女ゲームなどでよく見る好感度を教えてくれる友達ぐらいの距離から設定を考え始めることに。
それだけだとただの便利キャラ同然なので、せっかく主人公ポジなら色々恋太郎と対比させたい。
第1話や、特別編挟んだ後の第2話なんかはそれが顕著に出てると思います。
告白された嬉しさで有頂天な恋太郎と対照的に、彼はモヤモヤしながら叱咤していたりするのが分かりやすい所ですかね。
他にも食べる描写が多い恋太郎とは正反対に、たくさん眠る子になったり。
今後も恋太郎とは凹凸コンビになる事が多くなると思います。
名前はどうするかとなったときに、愛城恋太郎に『恋愛』という字が入っているな、ということで高校生だし『青春』を組み合わせた名前にしようという事になりました。うーん安直。
そうやって名前を組み合わせて唸っていた時に、1話から原作を読み直していたのが一つの転機でした。
友人Aと『青』の読みで、イニシャルが同じになることに気付いたんです。
本来そういう意図ではないとは思いますが、原作の言い回しがそのままアイデアになったわけですね。
ものは試しにこの子をお借りしてみれば、中学の幼馴染属性なだけあって想定よりも相性が良い彼女が多い。
というよりも、恋太郎には見せない、または見せられないかも知れない一面が見られる場面が多くイメージ出来たんです。
彼に対する気持ちは、きっと彼女達は「好き」と言うでしょう。でも恋太郎とは違って、恋人関係からはかけ離れたもの。
男ではあって、彼氏ではない。歪な愛の関係だからこそ見せられる顔がある。
なら、それを書きたい。
そうやって青井春人の主軸、『友愛』がテーマになって現在に近い形になりました。
物語としては駆け出したばかりの春人。これからも見守ってくれると幸いです。