君だけが大好きなただ一人の友   作:夢見 双月

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 キャラクターが濃いとそれに比例して文章量って増えていくんですね。
 あれ書きたいこれ書きたいと色々練ってたら、話の流れさえも変わってきて凄いことになりました。

 それぞれが独り立ちするように動いている様を書くのはめちゃんこ楽しいのですが、なにぶん時間もかかってしまい……申し訳ございません。

 相変わらずのトロトロとした遅さですが、長い目でよろしくお願いします。


青井春人、青い顔をする

「そういえば、少し気になっていた事があるんですけど」

 

「どうされましたか?」

 

 

 

 花園邸に花園羽香里よりも早く向かう事に対して何かしらの意図を感じながら、おれは銘戸さんとドライブをしていた。

 

 車内はまさに満喫、という言葉が似合うだろう。

 

 明らかに安くない車の中で、おれは柔らかくもしっかりしたシートに深く身を預けていた。

 助手席というは本来文字通り運転者の補助役で、歩行者の確認や眠くならぬよう会話をするなど多少なりとも動くべきなのだが。……妙にやる気が起きない。

 

 

 

 随分と身勝手な話だと思う。

 栄逢を拒否したのはおれの方なのにも関わらず、精神的にキツく感じているのだから。

 

 

 

(二回目の花園邸だからか、疲れも緊張もある程度抜けて少し楽になれる。ほんのちょっとぐらいなら現実逃避しても許されるかねぇ……だらけ過ぎてる気もするが)

 

 

 

 今のおれの客という立場では会話の一つさえ迷惑になりそうだと思いながら、出来る限り気さくに話しかけてみる。

 結局、花園との極秘計画は初めの一回以降何も進んでいないのだから。

 

 ……この行動で少しでも取っ掛かりを掴めれば良いが。

 

 

 

「銘戸さんって糸目っていうか、いつも目を閉じていますよね。いや、それがより上品な感じを醸し出してて良いとは思うんですけど」

 

「お褒めの言葉、ありがとうございます」

 

「その……実際、周りが見辛くないですか? ほら、特に運転しながらだと実はほとんど見えてないんじゃねぇかなーって……いや、おれは全然別に見えてると思ってますからね!」

 

「なるほど、そういう事でございましたか」

 

 

 

 

 

「もちろん、見えているわけないではございませんか」

 

「さてシートベルトは何処だ?」

 

「……? もう既に付けているはずでは?」

 

「二つ目を探しています。怖いので」

 

 

 

「かしこまりました。では私めのものをお使いください」

 

「どう使えば良いんだよ!? 銘戸さんに寄ってしまうってレベルじゃねぇぞ!?」

 

 

 

「つまり不可抗力でくっつかれると。その……抱き着くのは、流石に運転中ですので……」

 

「それって下半身と分離させてまで密着してることになりませんか!? 絵面がかなりバイオレンスですよ!?」

 

 

 

「ちょっと恥ずかしいですね……(ポッ)」

 

「さては目が見えないだけでなく耳も聞こえなかったりします???」

 

 こっちの心配をしろ、こっちの。

 

 

 

 会話を挟むこの作戦は上々とは言えないな。あまり仲良くなれた気がしてないぞ。

 

 微笑んだままで天然発言をぶち込まれるのは流石に対応に困る。

 

 

 

 でも、と考える。

 流石に会話の行き先が突飛過ぎやしないか、と。

 

 

 

 もしかすると銘戸さんはあまり交友関係が広くないか、または会話そのものを楽しむタイプではないか。そのどちらかを疑うレベルだ。

 

 見た感じそこまでお喋りが嫌な人には見えないし……もしかすると前者が近いのかも知れない。交友の少なさは、メイド見習い時代の教育とかで友人を作る余裕が無かったとか。うん、あり得る線かもな。

 

 もしそうなら、数打ちゃ当たる戦法で積極的に話しかけてみるか。

 

 

 

 会話の質より量、オチがあるようなエピソードよりも簡単な受け答えで進めていくような他愛のない会話をやっていった方が仲良くなれるかも知れない。

 

 ならば目指すは、到着までに銘戸さんと和気藹々となること。

 やってやるぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 その後、多少の会話をしながら花園邸に到着した。

 

 お……おれは無力だ……。

 

 全ての会話が尽く、2回までのキャッチボールで滞りなく終了した。嘘だろ。

 

 

 

 なんなら全てに「かしこまりました」で返された。一体何をかしこまったというんだ。

 

 

 

 大人しく他の作戦を考える事にしよう。

 銘戸さんと仲良くなろう作戦、結果は惨敗である。

 

 

 

 駐車場に車が停まる。

 今更ながら銘戸さんは運転がとても上手い。

 

 ちなみに年齢を聞けば19歳との事。運転免許を取ってから長くとも1年かもう少し長いぐらいか。それなのに慣れているのか安全運転にかなり気を使って進んでくれていた。おかげで微睡むくらいには安心して乗る事が出来て、そのおかげか疲れが抜けたようにも感じる。気付けた配慮はそう多くはなかったが、心からの感謝は伝えようと言葉にした。

 

 軽く微笑まれて「恐れ入ります」とだけ返されたが……どうなんだろう、嬉しいと思ってくれてるのかまでは表情からは読み取れなかった。

 

 

 

 駐車場から噴水の脇を抜け、花園邸の中に入るともう一人のメイドが出迎えた。銘戸さんよりも一回り小さい女の子のメイドが立っていて。

 

 銘戸さんから何かを伝えられると、キラキラと目を輝かせながら「お任せくださいお姉様!」と元気に歩いて行った。

 

 

 

(綺麗な人だけじゃなくて、可愛い子もいるんだな……)

 

 走っていくメイドちゃんはかなり小さい……と言うよりも幼い。年下だろうと思うが……見習いの子だろうか。お姉様って言ってたし銘戸さんの妹か。

 

 えっ、違う? 『私めに妹はいません』って?

 

 

 

 ……んん??? ……まぁいいか。

 

 

 

 そういえば、と前回ここで花園に言われた事を思い出した。

 

 確か……おれは綺麗系も可愛い系もいける人、っていう評価だったか?

 そりゃこんなレベルの高い人たちを目にすれば誰だって目を引いてしまうくらいは仕方ないってものだろうよ。なぁ花園さんよ。

 

 単純に採用する側の人が超優秀なのかも知れない。

 真面目に綺麗な人しかいないし、男の従業員も数こそ少ないが礼節を保った優しい印象を持つ人ばかりだ。

 

 花園家。伊達に裕福な家庭ではない。

 頭では分かっていても、やはり庶民にとっては恐ろしい場所に変わりはないようだ。

 

 

 

 

「待っていたわ、春人くん」

 

「お招きいただき、ありがとうございます……? で、合ってます?」

 

「うふふ、あまりカタくならなくていいわ。もう貴方を怪しむ人はこの屋敷にはいないもの」

 

「そういう事でしたら……出来れば無礼講まで言ってくれると嬉しいのですが、どうすか?」

 

「そっちから求めてくるのは初めてのパターンね……善処しましょう」

 

 

 

 目の前の花園羽々里は、おれに会うなり歓迎の姿勢を見せてくれた。

 

 または……歓迎のフリか。内心はどう思われているのかはともかく。とりあえずはお客として迎える気はあるようだ。助かる。

 

 

 

 だが、今回の用事に関しては何も知らされていない。

 

 銘戸さんもドライブ中には本題を言うことはなかったから、近付く頃には流石に気になり始めていた。一応は朝日のばぁちゃん経由で花園羽香里と恋太郎の恋人関係取り持つ作戦がバレている訳ではないとは聞いているが……。

 

 それなら何故呼ばれたのか、尚更予想がつかない。

 

「ここに貴方を呼んだのは他でもないわ。ある大事なお仕事を依頼したいの」

 

 

 

 ……仕事、ね。

 

 

 

(なるほどな。そういう手か)

 

「私はある伝手を用いて手に入れた情報があるの。貴方は知っているかしら?」

 

 

 

 脳みそをフル回転させて、相手の目的を探る。

 

 

 

 考えられるのは、切り札の保険を羽々里さん側が利用する手口。

 簡単に言えば脅しに近いものだ。

 

 花園羽香里の側にいる事は認めてやる。

 だが、自分達の言う事が聞けなければ。

 

 以前暴露した傷害事件をチラつかせるぞ、と。

 

 何をやらせたいかは分からないが、どうやらおれを体のいい便利屋にしたいらしい。それがおれが辿り着いた一旦の結論だ。

 

 

 

 まぁ、元々そのぐらいの策略は覚悟しての保険ではあったが。

 

 

 

「……いえ、知りません。この町に不審な噂があると親戚からチラッと聞いたぐらいですね」

 

「不審……ね。残念だけど違う、それとは別件よ」

 

 向こうの探りを入れる言葉に意図を分かってはいるものの、嘘を吐く意味もないので正直に答える。

 

 

 

 どうやら、朝日のばぁちゃんが電話で言おうとしていた『厄介事』とは違う……のか?

 

 益々目的が分からない。

 

 

 

 羽々里さんが指を鳴らす。

 すると、何処からか現れた銘戸さんがアタッシュケースをおれの前に置く。

 

「……開けても?」

 

「構わないわ。今回の貴方の仕事道具だもの」

 

 

 

「貴方の仕事。それは––––––––」

 

 そこにあったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一眼レフカメラだ。

 

「––––––––プールへ友達と遊びに行く、愛しい羽香里の写真を撮って来る事よ」

 

 

 

 

 

 

 

「……………………はい???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つまり、アレか。あんたの愛娘を……それも水着姿を撮ってこいと。情報ってまさか、羽香里さんがプールに遊びに行くって事?」

 

「ええ、そうよ」

 

「伝手ってのは?」

 

「本人からの連絡に決まってるじゃない」

 

「紛らわしいわ!!!」

 

 感情的になり過ぎるあまり、カメラを叩き付けそうになった。やべっ、コレ高いヤツじゃん危ねぇ。

 

 まったくもう!! こちとらもっと深刻なヤツかと思ったわ! 変に重たい空気出すのやめろや!!

 

 

 

「夕飯までには帰るらしいわよ」

「聞いてねぇよ!」

 

 

 

 しかし大事ではなくて安心はしたものの、それはそれとして別の問題は出てくる。

 その話は学校でもうしてしまったのだ。

 

 おれは他でもないそのプールイベントに「参加しない」と言ったのだから。今更変えるわけにはいかないだろう。

 

 

 

「そういう事なら……本当なら快諾したい所ではあるんですけどね……。実はその内の友達と仲悪くして気まずくなっちゃって。プールは行かないよ、って言ったばかりなんすよ」

 

「あら、別にいいじゃない。コッソリ行って写真撮ってくるだけよ?」

 

「盗撮させないでください。ストーカー被害訴えられたらどうするんすか」

 

 

 

 

 

「揉み消すわ」

 

「金持ちの冗談は重みがチガウナー!! アッハハーッ!!」

 

 頼む、冗談だと言ってくれ。

 

 

 

 

 

「しかし参ったわね。正直断られるとは思わなかったもの」

 

「その程度ならスマホでも快く引き受けたんですけどね。本当に学校から出る前に行かないって話をしたもんで。蒸し返すのも恥ずかしいし。まぁタイミングが悪かったと思ってもらえると……」

 

「いやよ。折角のチャンスをただ棒に振るのは許されないわ。なんとかこぎつけて頂戴」

 

「無理があるでしょうよ。『やっぱ行くー!』って貴女と会ってすぐに連絡が来る娘さんの気持ちが分かりますか?」

 

 

 

 

 

「『やったー、遊ぶ友達増えたー♪』じゃないの?」

「んなワケねぇだろ頭にお花畑でも作ってんのか」

 

 怪しまない方がおかしいに決まってる。

 というかそのアホそうなセリフはなんだ。むしろ花園を馬鹿にしてるだろ。

 

 

 

 

 

「あっ」

 

 そうだ。今気付いた。

 

 今更だけど恋太郎と一緒にいる姿見せたらヤバくないか。

 万が一、おれの撮った写真にツーショットでも写ってしまったら。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 よし、是が非でもやらない方向に持っていかなくては。

 

 

 

「ぐぎぎ……なら仕方ないわね。非常に断腸の思いではあるけれど、妥協案を出す事にするわ」

 

「だ、妥協案?」

 

 てっきり諦めそうな雰囲気かと思いきやそうではないらしい。

 だが、なんか嫌な予感がする。

 

 

 

「春人くん。貴方に選択肢をあげるわ。一つは強行策としてプールに潜入、羽香里を激写する」

 

 そう言って人差し指を立てる羽々里さん。

 

 そして二つ目を示す中指を立てる。

 

 

 

 

 

 

 

「もう一つは貴方でコスプレ大会を開いて、貴方を激写する事よ」

 

「気でも狂ったか!?」

 

 何言ってんだこの若奥様ーっ!?!?

 

 

 

「安心しなさい! ちゃんと健全な可愛いモノから、ドギツイむふふでふへへなモノまで網羅してあるから!!」

 

「安心って言葉を辞書引いてこい、ってかクローゼット開けるな見せるなァ! 今手に取った謎コスを今すぐしまえぇぇ!!!!!」

 

 なんか色々用意してるけどさぁ!! その大人用園児服は金輪際二度と見たくないかな!!

 

 

 

「羽々里様はお可愛いものが好きなのです。そして女の子を可愛らしくするだけでなく男の子も常日頃から可愛くしてみたい、とお思いになられておりました」

 

「まぁ、家族に息子がいなけりゃ気軽に出来ないってのは分かるが……男までも可愛くする必要はそんなに無いと思うけどなぁ」

 

「春人ちゃん……マイクロビキニに興味はあるかしら?」

 

「ねぇ、本当に『可愛い』で合ってる??? 銘戸さん、本当に???」

 

 

 

 駄目だっ。まともな衣装が出てくる気がしない。

 

 周りの人は凄い優しそうに見えてたのに、肝心の主人に対して会話が一切成立しないぞ。不思議だね!! 

 

 

 

「ふっふっふ。どうかしら、これらはまだ氷山の一角よ。羽香里をレンズに収めた方がマシだと思い始めたのではないかしら!?」

 

「くっ、羽々里さん! アンタ最初からそれが狙いか!? そんな過激で卑怯な手を大人が使って良いのか!?」

 

「卑怯もラッキョウも大好物よ!! さぁ、好きな方を選びなさい!!」

 

「じゃあコスプレ大会で」

 

「いや早っ。そして軽っ」

 

 

 

 そんなことを言われれば当然、犠牲はおれがなる。

 

 脅しに屈したくないだとか、変な逆張りでは決してない。

 

 おれは羽香里を守る。それだけだ。

 

 

 

 たとえ、こんなしょっぱい争いでも。

 

 見過ごす、ましては加担するなんて選択肢はハナから取る気は無いのだから。

 

 

 

 

 

「ただ一つ、条件があります。……勝負をしましょう」

 

 そして、タダでやられるほど簡単でもないと自負している。

 

 

 

 

「勝負、ですって?」

 

「ええ、その勝負におれはコスプレの権利を賭けます」

 

 

 

 

 

「私が勝てばこのフンドシを付けてくれるのね?」

 

「どっから持ってきたそんなもん。まぁ良いですよ。そしてその勝負の内容は羽々里さんが決めていいです。条件を受けてくれるならそのぐらいは優遇しますよ」

 

「え? 本当に?」

 

「ただし、負けるもしくは受けなければ速攻で帰ります。秒で。少なくとも友達とはいえ羽香里……さんとの親しい仲にも礼儀ってのがあるんで絶対盗撮はしない。コスプレは……まぁ勝てたらなんでも着てやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一息吐く。空気が、変わった。

 

「行こうぜ、コスプレを賭けた真剣勝負だ」

 

「ふぅ……随分と馬鹿にされたものね。その条件で勝ち抜けるつもり?」

 

 

 

「まさか。確かにフィジカルには自信があるし、貴女よりかは遊びにも多少精通してますがまさか無傷とは考えてないですよ。ただ、そう何着も着てあげるほど優しくはないってだけで」

 

「いいでしょう。まさかこんな形で夢だった男の子の着せ替えが叶うとは思わなかったけど……燃えるわ」

 

 

 

「良いんですか、何もせずに帰っちゃって」

 

「まさか。夕飯まで一緒にいる事になるわよ」

 

 

 

 青井春人 対 花園羽々里。

 

 まさかの開戦である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私めが審判兼ゲームが多人数の場合に参加人数の穴埋めをいたします」

 

「銘戸さんよろしくお願いします。それで? 何でやります?」

 

「まず質問。私が勝ってもコスプレを賭けた試合は継続するのね?」

 

「良いっすよ。むしろそれを見越して有利な戦いにしないとおれが遠慮なく5分でさっさと勝って帰ることになります」

 

「そう……少し考えるわ、時間を頂戴?」

 

「当然。多少ならゆっくりでも」

 

 そんなこんなで始まった、青井春人という男の尊厳を守る闘い。

 

 いつもは味わえないヒリヒリとした感覚に武者震いを覚える。

 

 

 

 とは言いつつ、春人と羽々里の今回の勝負はお互いに『それでもやっちゃう?笑』『やってやらァア!!』と煽り合いつつも啖呵を切ったのが発端である。

 『譲れない』のではなく、『多少譲れはするけど、そうするとつまらなそう』だと。そんな感覚が近い。

 

 もしかすると、単にお互いに刺激が欲しかっただけかもしれないのはここだけの秘密だ。

 

 

 

「青井様」

 

「ん?」

 

 待ってる途中、銘戸さんに話しかけられる。

 

「良かったのですか? あまり着せ替えに乗り気では無いとお見受けしますが……」

 

「ああ、良いんですよ。今回みたいな『お願い』を振り払うには……ちょっとした納得みたいなものが必要だと思うんですよね」

 

 今の羽々里さんは明らかに不服そうだったでしょ、と笑いかける。

 

 

 

 ビキニだのフンドシだの、そんなものをおれは絶対に着たくない。でも、花園の写真の代わりになるものを考えて、さらに考えて出してくれたものを『イヤだから』『恥ずかしいから』で拒否するのは筋が通らない。そんなものはおれのわがままに過ぎないし、向こうもいい顔はしないだろう。

 

 勝って、負けて。

 それで少しでもやりたい事が出来たのなら多少の溜飲は下がる。

 

 きっと、そういうもんだ。

 

 いいじゃないか。たまにはほんのちょっとだけ暴走したっていいさ。

 

 

 

 周りはビックリするだろうけど、それもまた当人の個性ってヤツだろうから。いいんだよ、楽しんだモン勝ちだ。

 

 何気に、おれも今やりたいことやってるしね。

 

 

 

「どうせなら、全力で楽しく遊ばないとな」

 

 

 

 どんな形であれ、真剣に遊べる機会なんてそうそうない。

 恋太郎でさえ、元気がなけりゃやってくれない。前に本気を出してくれたのは中学時代の昼飯を賭ける流れになった時以来だ。

 

 必死に勝ち筋を考える羽々里さんを見ながら、ワクワクが止まらない。

 

 

 

 そんなおれと羽々里さんを見て、銘戸さんは微笑み続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「決まったわ」

 

「おっ、じゃあ何で遊びますか?」

 

「じゃんけん、よ」

 

「じゃんけん? そんなすぐ終わる簡単なので良いんすか?」

 

「当然、ただのじゃんけんじゃないわ…………5回じゃんけんをして、一度でも私が勝ったら勝ちよ」

 

「おっと」

 

 

 

 羽々里さんが提示したのは、決して公平とは言えないものだった。まぁ、おれがそうなる様に言ったんだし当然だ。

 

「いきなりまぁまぁ不利なのが来たな。理由は聞いても良いですか?」

 

「いいわよ。まずじゃんけんにしたのは……貴方に腕力や知力で確実に勝てるものは無いと判断したからよ」

 

「へぇ?」

 

「確実に、よ。他のゲームだと……まぁ当然私が勝つ事もあるだろうけど、貴方の勝利の目も少なからずあると睨んだ。ならまずはジャブ程度に安全に勝たせてもらうわ」

 

「5回連続は無いと?」

 

「無いわね。……でゅふふ、さぁスク水の用意はいいかしら!」

 

「本当になんでもあるなぁココ!」

 

 

 

「行くわよっ!!」

 

「「じゃんっ、けんっ、ぽんっ!!」」

 

 

 

「「……」」

 

 

 

「くっ、中々やるじゃない」

 

「割と豪運って言われる方なんで」

 

 

 

「「じゃんっ、けんっ、ぽんっ!!!」」

 

 

 

「……いや強くない?」

 

「インチキもせずに普通に出してはいますぜ?」

 

「もう二敗なの……。というかあいこにすらならないけど」

 

「なんでだろ? 羽々里さんってコレ弱かったりします?」

 

「舐めないで頂戴、欲望に生きる母親の姿をみせてあげるわ!!」

 

「そんなんを見せられて娘の友人はどうすりゃいいんすか」

 

 

 

「「ぽん!!」」

 

「「ぽん!!!!」」

 

「「ぽんっ!!!!!!」」

 

 

 

「お疲れ様っした」

 

 

 

 目の前で打ちひしがれる羽々里を尻目に銘戸さんへ振り返る。

 

 

 

「じゃあ帰ります。ありがとうございました」

 

「お出口様はあちらでございます」

 

「マッテ!」

 

 おれを逃すまいと足にしがみつく羽々里さん。なるほど、これが欲望に生きる母親の姿か。とても見ていられないよ……。

 

 

 

「今回はちょっと調子悪かっただけだから! もう一回やりましょ!!」

 

「運気に調子の良い悪いはないでしょう!?」

 

「私のおっぱい揉んでいいからぁ!!」

 

「羽香里さんに合わす顔無くなるわ!!」

 

「お願いよぉぉ……!! こんなすぐ終わるのは流石にイヤよぉ……っ!!」

 

「くっ……」

 

 

 

 おれは頭を抱えた。

 まさかこんな事でガチ泣きされるとは思うまい。

 

 でも確かに、男の子が産まれてない家庭だとこんな機会は滅多に無いのかもしれない。(?)

 

 そうなると、こんなあっさりと終わってしまうのは少し可哀想か。……いや、可哀想か? ……可哀想か。

 

 

 

「……分かりましたよ」

 

「言った? 今、言ったわね!? 今更取り消しても無駄ですからね!!」

 

「はい。一応男に二言はない、ってことで。同じルールで良いっすか?」

 

「構わないわ。流石に10回連続で勝ち続けられるワケないもの! いよいよ年貢の納め時ね!」

 

「スッゲェ元気になるじゃんこの人。……うぉし、やるか」

 

「いくわよ、せーの!」

 

 

 

「「じゃんっ、けんっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

「ぽんっ!!」

「ぽんっ!!」

「ぽんっ!!」

「ぽんっ!!」

「ぽんっ!!」

 

 

 

「お疲れ様っしたー」

 

「うわぁァァァァアア!!!!!!」

 

 

 

 

 

「それじゃあ帰りますね。ありがとうございました」

 

「お出口様はあちらでございます」

 

「マッテ!!」

 

「ぐわっ、おいやめろさっきもやったってこの流れ!! いつまでやんだよ!?」

 

 

 

「なんでタイムアタックばりに即負けるのォォオオオ!! おかしいわよぉ!! インチキよインチキ! 卑怯者! イカサマ野郎! 世界のおっぱい星人!」

 

「だからインチキもなにも……てかヘンテコなパワーワード持ってくるのやめて? 本当になんなんだ世界のおっぱい星人って……。一言で矛盾するな世界か星人かどっちかにしろ」

 

 

 

「うわぁぁん!! あいこもなしにストレート負けってどういう事なのよォォオオオ……!! も"う"一"回"だ"け"チ"ャ"ン"ス"を"ぉ"ぉ"ぉ"…"…"!!」

 

「さっきもうあげたでしょうに!! 良い加減に……」

 

「後生だから!! 一生に一度のお願い!! 貴方のブーメランパンツが見たいの!!」

 

「本当に良い加減にしろや!? さっきから聞いてりゃドギツイ衣装ばっか引き合いに出してきやがって!! アンタはマジで可愛いモノ好きなのか!? だとしたらキャラブレまくってっから多少色々となんかこう……弁えろ!!」

 

 

 

「じゃあリボンで––––」

 

「変態を錬成するな」

 

 完全に芸人の絵面だろうが。蝶ネクタイじゃねぇんだぞ。

 

 

 

 

 

 

 

「––––裸の春人ちゃんをぐるぐる巻きに……」

 

「変態を錬成するなって」

 

 ブーメランパンツを返せ。

 

 

 

 悪いが『私がプレゼント❤︎』をする気はないぞ。

 

 服ですらねぇし、コスプレって名目は何処行った。

 

 

 

「お願いします! えちえちショタっ子が見たいんです!!」

 

「土下座までして頼む事が娘の友達に対しての粗相って大分ヤバくないですかね? どう思いますよ銘戸さん!」

 

「羽々里様! 顔をお上げください!」

 

「だよな! そうなるよな!? 流石に銘戸さんは止めてくれたか。よかったぁ」

 

 

 

 

 

「今すぐ私めが春人様をえちえち……ショタッコ? にして差し上げます!!」

 

「いや分かってないなコレ!? 待てやめろ直接パンツを狙うなバカ!!」

 

 

 

「やめなさい、芽衣!!」

 

「!?」

 

 

 

「これは私の勝負よ。それに……貴女に用意されるのではなく、自分で勝利を掴む。そうやって見られる景色こそが大事なのよ。分かってくれるわね、芽衣」

 

「は、羽々里様……! 私めはひどい思い違いをしておりました……!」

 

「所詮男を裸同然にしたいって話だけどな」

 

 そんな感銘を受けたかのような顔をしないで欲しい。欲望に塗れた言葉やぞ。

 

 

 

 

 

「そういうわけで、じゃんけん100連勝出来なければコスプレ大会にさせて貰うわ」

 

「どういうわけだこの野郎。あと、勝利の景色は地下にあるんかってくらいハードル低いけどそれはもう色々大人として大丈夫か?」

 

 

 

「行くわよ!! せーの!!」

「おい待て!? おれはまだやるとは一言も……!」

 

 

 

「じゃんっ、けんっ!!」

「くそっ!! あーもうなるようになれ!!」

 

 

 

 

「ぽんっ!!」

 

「ぽんっ!!」

 

 

 

 〜中略〜

 

 

 

「ぽんっ!!」

 

「ぽんっ!!」

 

「ぽんっ!!」

 

 

 

「いやなんで100連勝するねんおれ」

 

「」

 

 

 

 とてもスムーズに全てが終わった。

 ヤムチャの様にぶっ倒れる羽々里さんを背に、銘戸さんへ向き直る。

 

「よし、じゃあ帰りますか。ありがとうございました」

 

「お出口さまはあちらでございます」

 

「マッテ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あそこまでするなら勝ってくださいよ!」

 

「私だって勝ちたかったもん!! なんで!? なんで100回連続で負けたの私!? それでいてなんであいこが一つもなくストレートで敗北してるの!?」

 

「知りませんよマジで……無心で出した手が全て勝つって、側から見てもかなり恐怖っすよ。……あっ、星五出た」

 

「片手間にソシャゲのガチャを引かないでちょうだい!!」

 

 

 

「アレっすよね? まだ一回もコスプレ見れてないからなんとかしたいっすよね?」

 

「ええ、だからもう一回……」

 

「それされるとマジでおれの帰る時間が深夜になりそうなんで……何かリスクをつけましょう。ゲームも一旦別のにして、継続か終了かは羽々里さんに決める権利を残したまま仕切り直しにしましょう」

 

「……り、リスクって? どうする気?」

 

 

 

「よし、脱ぎましょう」

 

 

 

「え、ええっ!?」

 

「おれも衣装次第ではほぼ裸手前になるかもしれませんし、一緒です。どっこいどっこいです。なのでコス一式と服一枚で賭けましょう」

 

 おれはこの家に詳しくはない。

 だから羽々里さんの弱点は分からないが、女性としての弱点なら分かっているつもりだ。

 と言っても、今の羽々里さんはローブのようなドレスを一枚着ているだけに過ぎない。その一枚分を勝って剥いでしまえば下着姿へ変わることだろう。

 

 

 

 流石に、目の前の2回しか会っていない男の前で肌を晒すなんて真似はしないのが普通だ。

 否が応でも、羽々里さんは降りるしかなくなる。

 

 

 

 今までは、半ば自分の勝利に意欲というか……やる気があまり無かった節に自覚はあった。

 

 まぁ一回ぐらいならコスプレしても問題無いと思ってたし、多少遊べるなら手加減もコッソリ入れようかと考えてたぐらいだ。

 だが負け続けた挙句にいつ終わるか分からない戦いを延々とするのなら話は別。やがてこっちが苦しくなる前に止めなければならない。

 表向きは羽々里さん継続の権利を譲っているので、遠回しにキッカケを作らなければならない。

 

 この条件に日和ってやめてくれればそれでも良い。

 願ったり叶ったりだ。

 

 

 

「やってやろうじゃないの!」

 

 

 

 そんなことは一切ないみたいだが。

 

 何故そんなにやる気なの? 春人くんは不思議に思っています。

 

 羽々里さん……おれ、ギャンブルだけはオススメしないっす。

 

 

 

「ゲームを変更するのよね? だったら少し道具を持って来るわ。芽衣、しばらく談笑しててもらえるかしら」

 

「かしこまりました。春人様、お飲み物等必要なものはございますか?」

 

「いや、とりあえずはいいです。ありがとうございます」

 

 何かを言う間もなく羽々里は部屋を出て行ってしまった。

 相当に自信があるゲームを閃いたのだろうか。

 

 暇つぶしがてら窓の方を見る。夕焼けは地平線に消え、外は暗くなろうとしている。学校帰りから来たのだから当たり前ではあるが、そろそろ良い時間になりつつある。早い家なら夕飯の時間に差し掛かる頃だ。

 

「春人様」

 

「はい」

 

 銘戸さんに声をかけられて振り向く。

 華奢な体が僅かに近い気がした。メイドさんやら執事さんやらはパーソナルスペースとかそういった距離感は結構気にするものだと思っていたけど。

 

「その……羽々里様のご趣味は合いませんでしたか?」

 

「……ん? というと?」

 

「なんと言えばいいか……。何かしらの裏技を使って全力でお勝ちになられている気がしたので、何か不快になさっているのかと考えてしまい……」

 

 

 

「ああ、イカサマしてるかってことですか?」

 

「包まずに言えば、そうなります」

 

 なるほど。

 言いたいことは分かるし、失礼に当たらぬように聞いてくれているのは分かった。でも、おれにも何故勝てているのかはマジで分からん。

 

 

 

「結論から言えばしてないです。ジャンケンにも一応裏技はあるんですけどね。あるはあるけど丁寧なゴリ押しなんで……少なくともおれは出来ないです」

 

「丁寧なゴリ押し?」

 

「動体視力にモノを言わせて、手を出す直前の指の本数を見抜く、ってのがソレです。……勿論簡単ではないですし、実際にやれないです。やる気もないですけど」

 

「そう……なのですか?」

 

「信じてもらえないかも知れないですが、致命的に羽々里さんがおれに対して弱いだけですね」

 

「……」

 

「……」

 

 

 

「…………100連勝もしておいて?」

 

「それは本当にそう」

 

 うーん。言葉にするとおれでも頭に疑問符が浮かぶわコレ。

 

 

 

「むしろ自分が半ば自暴自棄で出した手が勝利していく感覚はかなり恐怖ですよ……! そうだ! いっそのこと助けてくださいよ! なんか……こう……上手い具合におれを負けさせてくれませんか! 『脱げ』なんて罰ゲームを言った手前アレですけど、羽々里さんが不本意な目に遭ってもまだ暴走しそうな気がしてきているので!」

 

 そう。もしかしたら衣服の全部を賭けた結果。尽く負けて羽々里さんが無念の全裸になる可能性もゼロではない。そうなったら最後、今度はおれが全裸を強要した変態になりかねないのだ。

 

 でも、脱がすぐらいしか今のおれには羽々里さんを止めるアイデアは浮かばなかったんだ……っ!!

 

 

「バレない程度で良いです! もし審判側として細工が出来そうになったらやってください。おれもなんとか出来るゲームなら上手くやるので!」

 

「春人様は……なぜそこまでなさるのですか?」

 

「羽々里さんが今、引くに引けない状態だって見りゃ分かるだろ!? ……この際はっきり言うが、おれはそろそろ帰りたいです。お腹も空いてきたし、

風呂にも入りたい。でも、なんて言うか……」

 

 少し逡巡する。

 仲を悪くして帰るのはダメだ。花園との作戦に支障が出る可能性があるから絶対に。羽々里サイドの人間たちとは友好になればなるほど、恋太郎と花園の関係に対しおれを通して見てくれる。そして、仲のいいおれが恋太郎に信頼を置いているのは何故かと気に留め、恋太郎の本性が愛に真っ直ぐ生きている男だと分かってもらえるかもしれない。

 

 

 

「おれがここから逃げれば終わる事かもしれなくても、そんなやり方をしてたらきっと自分自身が後悔する。羽々里さんが自分の納得できる結果が欲しいように、おれは自分の納得できる選択をしたいんです」

 

「……っ」

 

 初めて、銘戸さんの表情が変わった。

 

 

 

 ……気がした。無表情過ぎて分からん。

 

 

 

「かしこまりました、出来る限りの助力は致します」

 

「最低限羽々里さんにバレないように動いてくださいね。変に誤解される方がマズイので、無理そうなら何もせずに見ててください」

 

「かしこまりました」

 

 

 

「ま た せ た わ ね ! !」

「うわでた」

 

 

 羽々里さんが帰ってきた。

 

 手に持っているのはサイコロ3個と……どんぶり。

 

 

 

「次のゲームはチンチロリンで勝負よ!!」

 

「羽々里様、なぜ運に左右される遊びしか……」

 

「待ってくれ羽々里さん。その前に服装が重装備になっている事に色々言いたいんだが!?」

 

 

 

「勝てば官軍よッ!!」

 

「暑さでぶっ倒れるだろ!?」

 

 着膨れとかもうそんなレベルじゃない。コートやダウンやら着まくってまんまるペンギンになった状態で羽々里さんは現れた。何着の服を着たらそうなるんだ?

 

 

 

 

 

「ルールを説明するわ」

 

 ※この後ゲームルールの解説がありますが、羽々里さんが敗けるのでルールが分からなくとも問題ありません。

 

 

 

「3個のサイコロをどんぶりに投げて、基本的には3つの内の2つが同じ出目だった時に役が成立するわ。例えば①③③や①⑥⑥だった場合には『1』の役になるわけね。強さは『1』が弱くて『6』が強い。もし出目がバラバラでも3回までなら振り直すことが出来るわ」

 

「あまりやったことはないけど……確かシゴロとヒフミとかあるんだったか?」

 

「特殊役の事ね。④⑤⑥のシゴロは『6』より強いわ。逆に①②③はヒフミで『1』より弱い。他には3つとも同じぞろ目はアラシと言って、『6』やシゴロより強くて、一番強いのは①①①のピンゾロになるわね」

 

 

 

「特殊役にはさらに倍付けの仕様があるわね。シゴロは賭けたものの2倍、アラシは3倍、ピンゾロは5倍になるわ。反対にヒフミは2倍支払う必要になるルールね」

 

「まぁ今回賭けてるのは服だしそれは……」

 

「もちろん適用するわよ」

 

「なぜ??? なんであんだけボコボコにされて自信満々なんだこの人???」

 

「他にもどんぶりからサイコロが零れるとションベンというものがあるけど……これは振り直しにしましょう。あとは奇の見や遇の音、ムサシというマイナーな特殊役やローカルルールで倍付けの値が違う場合もあるけれど……その辺りの話になると細かすぎて訳が分からなくなるので割愛するわ!」

 

 ※羽々里さんが敗けるので、多少理解できなくても問題ありません。

 

 

 

「まぁいいですけど……、よくもまぁあからさまな運ゲーでまた勝負してきましたね」

 

「正直、あなたにスポーツとかで勝てる気しないもの」

 

(気持ちは分かるが……手加減できねぇな。いや、流石に何回かは敗けてコスプレすることになるかな……?)

 

 

 

「さっきは多分、不平等だったからこそ運のツキが最悪だったのよ。因果応報ってね。これなら勝てるというわけではないけれど……真剣勝負にハンデは必要ないわっ!!」

 

(イカサマしてくれりゃ願ったり叶ったりになりつつあるんだが……やりそうにねぇなぁ)

 

 

 

「私からでいいかしら?」

 

「いいっすけど……」

 

 ちらりと銘戸さんのほうを見やるが、銘戸さんに動く気配はない。

 

 当然だ。こんな振り方と運だけが役を左右するようなゲームに、何か仕込むことなんて出来っこない。

 

 

 

 おれにルールの決定権はないし、銘戸さんからの口出しもおそらく意味はない。

 大人しくチンチロリンをやるしかないが、さっきのじゃんけんを見てると羽々里さんに対して不安が拭えない。

 

 ……せめて2倍払いのヒフミだけは出さないで欲しいものだ。

 

「行くわよ!! はぁっ!!」

 

 

 

 

 

 羽々里の出目:①③②

 

 

 

「あっ……ヒフミ……」

 

 

 

「いやなんでだよ」

 

 ほんとになんでだよ。

 

 

 

「じゃあ2着分剥ぎ取ってください」

 

「羽々里様、失礼いたします」

 

「えっ? 貴方の番は?」

 

「ん? ああ……」

 

 審判兼立会人として銘戸さんが仕事を務める前に、羽々里さんからストップがかかった。

 

 

 

 さっきの話には出ていなかったが、このチンチロには総取りと総払いのシステムがある。一番最初に振る人(今回は羽々里さん)が親でそれ以外の参加者(今回はおれだけ)が子と呼ばれるのだが、役が成立してなおかつそれが『6』やシゴロ、アラシ、ピンゾロの場合は総取り、『1』やヒフミの場合は総払いといって、子が振ることのないまますぐに決着させて清算をするルールの事だ。

 

 まぁ必要以上に得をしたり損をせずに遊ぶためみたいなルールが存在するのだ。

 

 

 

 だから、もしおれがここでルールを無視して振って特殊役を出せば、倍払いが悪化する可能性がある。

 当然、ヒフミになれば引き分けとして羽々里さんが脱ぐことはない。

 

 が、羽々里さんが不運に見舞われているこの状況でサイコロを振るのは死体蹴りに近い。そもそも倍付けルール自体、羽々里さんが全裸になる危険性がある以上やりたくはなかったし。

 

 

 

 むふふが好きな健全男子以前に、友達の母を脱がしたド変態というレッテルの威力が計り知れない。是非とも避けたい。

 そもそもこんな状況をおれは望んでいないっ。

 

 

 

 そういうことで、何食わぬ顔で清算したかったところを止められた。

 

 

 

「貴方も振りなさい。流石に私も何回か敗けたり、何枚も衣服を取られるのは覚悟の上よ。でもね。私の不運で負けることが多いのなら、一回の勝利に全てを賭ける。それが私が見出した戦術よ」

 

「でも羽々里さん……」

 

「春人ちゃん、これは勝負よ。勝てるときに勝つ。そこに引け目を感じる必要はないわ。もしかしたら同じ役で引き分けになるかもしれない。私はそれを信じます。この戦い真剣勝負に変わりないことは……花園家当主としての引けない一線です」

 

「羽々里さんのかっこよさげなセリフがボールみたいなまんまる厚着の所為で何も入ってこんのよ」

 

 

 

 仕方なくサイコロを振ることにする。

 決定権を譲ったために強くは言えないし、羽々里さんに突っかかったところでこの意見は変わりそうにない。

 

 せめて、ピンゾロだけは避けたいな。

 5倍付けプラス、ヒフミ2倍払いの10着分の洋服没収なんて流石に冗談でも笑えない。

 

 「はっ!!」

 

 

 

 

 

 春人の出目:①①①

 

「あっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「あの……お母様はどんな様子ですか? お客様の対応とは聞いていますが……」

 

「大分お話に花を咲かせているようですのでもう少々お待ちください」

 

 

 

 既に帰宅している羽香里は、メイドとして家に従事してくれている女井戸妹に対して様子を伺わせていた。

 

 

 

 帰宅早々、『今現在羽々里様がいつも厚意にしている人とお話をしている』と聞いて足早に部屋に向かってしばらく経っている。

 

 それにしても妙に時間がかかっている。羽香里は違和感を感じていた。

 春だからすぐ夜が更けるわけでもないのに、気づけばもう夕食の時間にまで差し掛かる。

 

 女井戸が時々部屋を離れて様子を見に行ってはくれるものの、ここまで時間がかかると何をしているのか自分の目で確認したくもなる。

 

 

 

 羽香里は考える。

 

 尊敬するお母様の事だから、後ろめたいことをしているわけではないだろう。単純に考えれば話が随分弾んでしまっているとかその辺りだろうか。

 

 でも廊下に出ることもできず、妹が見ているせいで半ば監禁状態だ。

 

 

 

「その……妹さん。そのお客様はどんな人なのですか? この家に招待されるお客様はほとんどいないと記憶していますが……」

 

「私もよく聞かされていないので何とも……。ただお姉さまから粗相のないように羽香里様と一緒に居なさいと言われただけなので」

 

「今まで見たことある人ですか?」

 

 

 

 その疑問に妹は口ごもる。

 

 知っているも何も、つい先日羽香里と一緒に来たあの男なのだ。

 

 

 

 どうしよう。無難に誤魔化すべきか、嘘で塗り固めるか。

 

 色々考えて。

 

 

 

「申し訳ございません。一目見たことはあってもどんな人かは分からないんです」

 

 ギリギリ通じそうな言い訳でお茶を濁した。

 

 

 

「ん~、そうですか……」

 

「お夕飯でしたら、お話が済まないようでしたらご用意しますね。奥様とご一緒出来るかは分かりませんが……」

 

「いえ、多少は我慢できます。気丈に見えるお母様もああ見えて寂しがり屋なのは知ってますから。疲れてしまうであろう今日みたいな日こそ一緒に食べたいです」

 

「はいっ、かしこまりました。今からでも羽香里様の意向をキッチンに伝えて参りますね!」

 

「お願いします」

 

 羽香里はそう言って妹を送り出した。

 

 

 

 

「おんぎゃー!」

 

「ま、妹さーん!?」

 

 すぐに妹はすっ転んだが。

 

 

 

 妹は『うまく誤魔化しましたお姉さまッ!』と、姉と崇める銘戸に報告して褒められる妄想をしたまま、廊下をつかつか歩いていく。またもや躓きそうになりながら。

 

 その様子を見送った後、羽香里はベッドに倒れこむ。

 

 

 

「春人さん、どうしたんだろ……。大丈夫なのかな」

 

 

 

 そう零した彼女の言葉は令嬢のような品のある言葉ではなく、気の置けない人に向けたような砕けた言葉だった。

 

 

 

 愛城恋太郎。

 彼氏となって少し経つが、未だに興奮冷めやらぬ愛しい人。

 

 

 

 でも。

 

 

 

 その隣にいつもいるのは私達ではなく、あの人。

 

 

 

 

 

 我々彼女側にとっては……邪魔者がいなくなったとまでは言わないが、恋太郎の近くに居られるチャンスだった。

 

 だった、はず。

 

 そのはずなのに、羽香里は妙な感覚を覚えた。

 彼が離れた時間は屋上から帰宅までよ僅かな時間であったのにも関わらずだ。

 

 彼女になったばかりの栄逢凪乃は感じていないかもしれないが、他の羽香里含めた三人は違和感を感じた事だろう。気づいているかは別として。

 

 

 

 幸せは感じるけれど、何かが違う。

 

 

 

(まるで、ぽっかりと穴が空いたみたい)

 

 

 

 気づけば春人を心配している自分に、もやもやとしたものが拭えないまま寝返りを打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……ふう……、か、かなりやるじゃない……っ!」

 

「いや、まだチンチロの1回戦目なんですけどもね」

 

 さっきまでの厚着姿はどこへやら。一気に10着もの衣類を剥ぎ取られた羽々里さんは元のドレス姿にまで戻ってしまっていた。

 

 

 

「くぅっ、前髪の裏にヘアピンを隠してたのが幸いだったわね」

 

「そんな隠し玉があったんすね」

 

「まだあるわよ」

 

「びっしりじゃねぇか!」

 

 

 

「ほら、そんなことより次は貴方の番よ」

 

「さらっと勝手に振ってまたヒフミ出すのやめてくれません? よくまぁいけしゃあしゃあとそんなキメ顔出来ますね」

 

「さぁ早く振りなさい!!!!」

 

「分かりました振りますよっ!!!! ③③③なんで3ゾロのアラシです!!!!」

 

「なんでそんなの出すのよッ!!!!」

 

「知るかそんなもんッ!!!!」

 

「6枚没収です羽々里様」

 

「……………………びっしりあったヘアピン、ほとんどなくなったわ」

 

「もーだめかもしれん」

 

 あからさまに憔悴した様子を羽々里さんに隠すこともできない。

 

 もうおれの目的がバレてようが構うものか。ちくしょう。

 

 

 

 羽々里さんにもうそろそろ勝ってほしい。

 もう居た堪れない。

 

 ここに来てやったことは、今のところ遊んで、勝って、羽々里さんの百面相を拝んでるだけだよおれ。

 幸運の女神というのは随分性格が悪いらしい。こんな快勝はもっと得のある場面で発揮して欲しい。今頃女神さんは腹の立つ顔で爆笑してそうだ。

 

 

 

「②⑥⑤。出目無しっすよ。もっかい振ってください」

 

「分かってるわよ。しっかしなんでこんなに負け続けるのかしらねぇ?」

 

「⑥④①。もう完全に負け慣れた人の台詞じゃないっすか」

 

「むぅー。流石に一回ぐらいは勝ってコスプレさせたいわぁ。あっ②②④」

 

「『4』だ。おれもコスプレぐらいは別にやってもいいんですけどねぇ……あっ⑤⑤⑥だから『6』だ」

 

 

 

「もうそろそろ本格的にやばいわよ私。ヘアピンも一本だけになってしまったし」

 

「流石にそれで終わりにしませんか?」

 

「じゃあやめたらコスプレタイムでいい?」

 

「それは話変わっちゃうでしょ。今までの賭けが意味なくなっちゃうじゃないっすか」

 

「じゃあ頑張る!!」

 

「言語が完全に幼女のソレじゃないですか……」

 

 

 

  だんだんと、お互いのサイコロを振るスピードが速くなっていく。

 

 

 

「失礼ですが、お二人とも近すぎではありませんか?」

 

「えっ?」

 

「んっ? ああすまない、どんぶりに振らないといけない関係でつい……」

 

「大丈夫よ芽衣。春人ちゃんも気にしなくていいわ」

 

「そうですか? ならこのままで」

 

「ぎゃっ、『3』は弱くないかしら!?」

 

「『6』出たわ、うっし。……いやなんで勝つんだよ」

 

「なんでよ~~!?」

 

「それな~」

 

(最早、惰性で負けていらっしゃる……)

 

 

 

 当初は向かい合う形で椅子に座り、だだっ広い部屋の片隅でチンチロリンをやっていたのだが……徐々に肌の露出まで秒読みになっていく羽々里さんに対して後ろめたさが現れていた。

 

 正面ではなく、隣に位置をずらしているのはその所為だ。

 

 

 

 

 

 これは自分にとってのご褒美ではない。

 

 露出の多い女性が見られるという点だけで見れば確かに嬉しい部分は……多少は否定出来ない。

 それ以上に立場の悪くなる行動ではあるし、なにより時間が経って冷静になる事で罪悪感が芽生えてきた。

 

 というかやばいやばいと言って悲しんでおきながらこの人、止まる気配がまったくない。

 

 

 

 思考停止状態なのだろうか。何も考えずにゲームを進めていくのはギャンブルにも通じる悪手だ。

 そういった漫画で食い物にされてくキャラクターは、おれがマンガで知る中でも何人かいるくらいには負けやすい典型なのだろう。

 

 

 

 おれのこんな様子は羽香里には絶対見せられない。傍から見れば羽々里さんを食い物にしている側。つまり悪役側だ。

 

 もし見られたらなんて言うだろうか。怒ったりは普通にありそう。羽々里さんの事を『尊敬するお母様』とか言ってた覚えがあるし。怒られるだけでは済まなそうだ。あぁ、早く帰りたい。

 

 

 

「次は貴方の番よ?」

 

「おっとすんません、考え事してました。ほいっ」

 

「あっ……。負けたから脱ぐわね」

 

 

 

 

 

 

 

「ああはい……脱ぐ……ん? 脱ぐ??? って、ちょっと待ったぁ!!」

 

 

 

「どうかしたかしら」

 

「待て待て待て!? ヘアピンどこ行った!? あったはずだろ!? もしかしてもう無くなったのか!?」

 

「無いわよ」

 

「だからって、その、よく考えてくださいって! 何ですぐ簡単に露出しようとしてるんですか!? 銘戸さんもそこは止めるべきですからね!?」

 

「かしこまりました」

 

「かしこまるのが遅いです!」

 

 

 

 

「別に私達の仲なんだから多少肌を見せるくらい……あっ」

 

「もしかして、さらっとおれが部外者ってこと忘れてました???」

 

 流石に距離が近いとは思っていたけど、そこまでの信頼を得た覚えはおれにはないぞ。

 

 

 

「羽々里さんから見ておれはどう映ってるのか興味がありますけどそこはそれ。まずは落ち着いて……」

 

 

 

「よしっ、まずは落ち着いて脱ぐわね」

 

「違うッ!! むしろ錯乱してるだろそれは!! って、うわぁ!!」

 

 そうやって、いかにも高そうなお召し物からお出しされる羽々里さんの柔肌。

 

 

 

「でも、既にもう今の勝負は負けちゃったし。そこに私や春人ちゃんが何を言ったところで結果は変わりませんハイ脱ぎます!!」

 

「うわでっか……じゃねぇっ。かなりヤケクソになってらっしゃるねぇ!! マジで冷静になってください、そろそろまずい段階に入ってますから!!」

 

 

 大きな胸が弾む。

 

 下着で覆われていてなおはみ出る程のボリュームに、「うっ」と思わず視線を外した。

 

 ドレスの胸元がかなり開いてたので下着が無いか少し怖かったが、流石にブラは着けてたようで九死に一生を得た気分だ。

 

 上品な刺繍、ワインレッドに近い色。そんな大人な下着を身につけて堂々と椅子に座っている姿に、セクシーさを感じる事すら烏滸がましいかのような煌々とした空気を感じさせる。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 …………。

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 いや、そんなこと関係ないな。ピンクの雰囲気がびっしりと感じる。というかピンクしかない。

 

 すごい、えっち。

 

 

 

 

 

 ……いや、そんなこと言っている場合ではない。

 

 このままだと相当まずい!

 

 

 

 

 この人は裸なんぞ関係ないと言わんばかりにきっと賭ける! 賭けちゃう!!

 

 

 

「じゃあ私の番……」

 

「待て待て待て!!」

 

「どうかしたのかしら?」

 

「羽々里さん、あんたこのままゲームを続けるつもりじゃないだろうな!? 次、敗ければ……あんま言いたくはないが……その……半裸になるんだぞ? その辺り分かってるよな? よね!?」

 

 もう残っているのは下着の上下のみ。パンツとブラジャーだ。

 

 

 

 正直、自分がここまで勝ち進む可能性はまだギリギリ想定内ではあった。だが、おれの推測はこれまでの脱衣で恥ずかしさが徐々に溜まっていくのを加味したものが前提としてある。

 

 下着姿なんてものは普段から他人に見せるものではない。しかも第三者に見られたとあれば羞恥心はその時点で限界を迎えるだろう、と。

 

 しかしフタを開けてみれば、恥ずかしさをおくびにも出さずポンポンと衣服を脱ぎ散らかす羽々里さんの姿である。

 

 本来なら一着目にしてほしかった恥ずかしがるリアクションを、下着姿の今になってしている始末。神経が図太すぎる。

 

 

 

 頼む。

 

 てれてれしてる暇があったら、少しでも露出を隠してほしい。

 

 

 

「でも、ここまで来たら春人ちゃんのお着替えはどうしても見たいし……」

 

「違う!! そうじゃないだろ!! 諦めろよ!! なんで欲望が勝つんだよ!?」

 

「減るもんじゃないし……」

 

「減る!! あなたの価値が!!」

 

 

 

 ダメだ、話を聞いてくれる気がしない。

 

 

 

「つまり、こう言いたいのね。これ以上私が惨敗を喫して裸になってしまう可能性が万に一つでもあるのが嫌だから下りて欲しい、ってことね?」

 

 

 

「ええ、まぁ、そうなります。あとそろそろ夜遅くなりそうっていうか、お腹も空いて来たんで」

 

 

 

「芽衣」

 

「わざわざいいのに用意が早すぎる。本当にいつの間に……あっ美味しい」

 

 

 

 光の速度で用意されたおにぎりを恐る恐る受け取って食べる。

 

 昆布の塩気も丁度良くてめちゃ旨い。

 

 

 

 えっ? 残りはシャケと梅干し? 美味しく頂きます。いつ作られたか全く分からないけど。

 

 

 

「あっ。そうだわ。なら新たに用意すればいいじゃない」

 

「……………………衣服をこっそり増やすのはダメですよ?」

 

 

 

「いえ、増やすのは服じゃなくて参加者よ。ね? 芽衣」

 

「……え、えぇ? それアリ?」

 

「かしこまりました。お覚悟様をお持ちになってください。春人様」

 

「嘘だろ、ご飯くれた人が急に敵になっちゃったぁ……」

 

 

 

「ここまで来たらオールインよ! 芽衣、やっておしまい!」

 

「アラホラサッサー、でございます」

 

「マジかよ……。いやでも、芽衣さんなら良い勝負になるかもか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒフミでございます」

 

「「なんでぇ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「流石に遅くありませんか!?」

 

「うぅ~…………はい、そうですね」

 

「ですよね!?」

 

「………………ハイ」

 

 

 

 花園羽香里と女井戸妹はベッドに横たわっていた。

 

 恥ずかしいくらいに大きく鳴るお腹を押さえる二人。待つとは言ったがさすがに限界だった。

 

 

 

「トランプももう飽きちゃいました……」

 

「次は何やりますか? サイコロでも使いますか? お相手します!」

 

「道具を探すところからまた始めることになるじゃないですか」

 

「……では、一旦様子を見に行ってもよろしいですか?」

 

「嫌です。一人だと退屈で死にそうなので」

 

 

 

 明らかにここまで遅いと普段の生活に支障が出る程の時間。それは誰にも耐えられるものではなかった。

 

 ついに、妹が口から零した。

 

 

 

「……もう、いっそのこと二人で一緒に行っちゃいますか」

 

「……良いんですか?」

 

 羽香里は聞き直す。自分がこの部屋にいる理由も、妹がここにいる目的もなんとなく察していたから。

 

「もう分かっていると思いますが、私は羽香里様が勝手に向かわないように監視するのがお姉様に与えられた役目でした。でも流石に限界というものは誰しもあるものなんです。私達だってそうです。そんな状態で終わりも分からずに待ち続けるなんて一種の地獄にさえ劣らないでしょう」

 

 

 

 

 

「……本音は?」

 

「お姉様成分が足りないんです! 様子を見にいくと会えましたけどチラッとだけですし! お姉様成分は一時間に一回は取らないと健康に影響が出るんです!」

 

「日々の生活に影響をきたすレベル!?」

 

 

 

「とにかく、少し覗くくらいなら問題ないと思います」

 

 

 

 そういう話を投げかけると、羽香里の口から拒否の言葉が出るわけもなく。

 

 羽香里と妹は羽々里の元へと向かった。

 

 

 

 扉の前に立って耳を澄ますと、思ったよりも大声で会話しているのが分かる。興奮気味で捲し立てているのだろうか。

 

「誰ですかね?」

 

「さぁ……」

 

 声量は大きくとも詳しい会話内容は分からない。だが羽々里の近くにいるのは声色からして男だと分かった。

 

 芽衣の声は聞こえない。が、おそらくは羽々里の隣にいるだろうと予想はつく。

 

 羽香里と妹は目で合図を送り、その両手で扉を開けた。

 

 

 

 

 

 すぐその前にいたのは、家に着いてすぐに心配していた青年。

 

 青井春人が扉を開けようとしたところにかち合ったのだった。

 

 

 

「えっ……春人さん?」

 

「……あっ」

 

 

 

 明らかに狼狽えた様子を春人は見せたが、すぐに持ち直した様子で向き直った。

 

 

 

「どうした? ここへ何をしに……いや、悪い。こんなことをしている場合じゃない。遅くなってしまったし今日はさっさと帰ろうと思うんだ早くどいてくれないか頼むいやマジでッ!!」

 

「ちょ、ちょっと待って、落ち着いてください!? お母様のお客様って春人さんだったんですか!?」

 

「プールに行く件で頼み事があったらしいが、おれは行かないからそもそも無理って話だった! からっ! どいてくれ!!」

 

 早口になっている様子から、ほぼ確実に何か焦っているのは感じていた。羽香里の中に何とも言えない不信感が募る。それは隣にいる妹も程度は違えど同様だ。

 

 

 

 

 

 羽香里の頭が、今が異常だと警鐘を鳴らす。

 

「……そんな話だけをこんな時間までですか?」

 

「通してくれ……ッ。今のうちに帰らないとあの人たち止まらなウグゥェッ」

 

 

 

「どこへ行こうというのかしら!! まだ終わっていないわ!!」

 

 

 

 図らずも羽香里は、春人の足止めになってしまっていた。

 

 

 

 立ち去ろうとする春人に気づいた花園羽々里は半裸の状態もお構いなしに組み付いた。首と脇に腕をくぐらせ巻き付き、胸が潰れるほど強く密着しようと構わずに目の前の男を離すまいと抱きしめる。

 

 ちなみに下着姿からさらにブラジャーが無くなって半裸になっているのだが、これは普通に再挑戦して負けたからである。羽々里の長いもみあげが胸のセンシティブな箇所を隠しているのが現状なのでギリギリセーフである。

 仮に大きく胸が揺れても、接着剤付けてるか疑うレベルでくっつく髪の毛のガード具合である。なので問題はない。

 

 

 

 羽々里からすれば『ここまで私達を辱めておいて勝ち逃げは許さない』という強い意志の表れ。その必死さが生み出した抱き付きではあるのだが。

 周りがそう思うとは限らない。

 

 どんな感情であれ、露出狂同然の姿で異性に抱き着く屋敷の主に対して……羽香里と妹は目を丸くしながら口を大きく開け叫んだ。

 

 

 

 

 

「「え~~~ッ!!!!」」

 

 

 

「まずいッ! この状況は非常にまずいィ!!」

 

 真っ先に動いたのは春人。力づくで羽々里を引き剥がしにかかる……が。

 

 

 

「芽衣ッ!!」

 

「逃がしはしません!!」

 

 扉の裏から姿を現し、タックルのような動きで抱きしめる……下着姿の銘戸芽衣。

 実際には本当にタックルなのだが、正面にいる二人にはもはやそのようには見えない。

 

 

 

「お姉サマァァァア!?」

 

 

 

「はるとサァン!? 人の家で一体何を……いえ、ナニをしてるんですか!?」

 

「わざわざ意味深な方に言い方を寄せなくていい!」

 

「乳繰り合ったんですか!? 私以外の女と!?」

 

「振り切るのもダメだろ!? あとテメェとそんな関係になった覚えもねぇ!!」

 

「誰よその女!!」

 

「てめぇの母親だろうが!! もう言いてえだけだろそれは!!」

 

 

 

「私のお姉様だぞ!! 汚い視線を送るなァーーッ!!」

 

「見ている場合なわけねぇだろ!! もう悪かったから早く帰らせてくれ!!」

 

 

 

「ナンだテメェ!! 私のお姉様に美しさを感じないって言いてェのかァーーッ!!」

 

「どっちに転んでもバチギレされるじゃねぇか!? 何を言やぁ正解なんだよ!?」

 

 女性2人の馬力にたった1人で耐える春人だが、当然のようにスタミナが持つワケもない。時間の問題である……のだが。それだけでは終わらない。

 

 

 

 

 

野郎⭐︎オブ⭐︎クラッシャー(やろうブッコロしてやらぁ)ァァァアアア!!」

 

 そんな春人のピンチに妹が参戦。

 当然、命を狙う側だ。

 

 何処からか持ってきたナイフを両手で握り締め、イカれたハイテンションのまま突撃してきた。

 

「う、うおおおおぁぁああ!?!?」

 

 春人は咄嗟に手を出し、ナイフを潜り抜け妹の手を包むように掴んで抑える。

 

 

 

 羽々里に腰を、芽衣に足を、妹に両手を塞がれた。

 

 もはや体勢を崩さぬよう耐え忍ぶしかない春人は、遂に音を上げて羽香里に助けを求めた。

 

「ぐおあああっ、どういう状況だコレマジで! 羽香里ぃ! なんとかしてくれぇー!」

 

 

 

 

 

「こんなところに本物の春人さんがいるはずもありません。ヤツはお母様を辱めた不届き者です! この変態を逃がすなっ! 出会え出会えぇ!!」

 

「そんな江戸時代の悪代官みたいなこと言ってんじゃねぇ!!」

 

 

 

 

 

「御用だ!!」「御用だ御用だ!」「猪口才なガキがァ!」「お手向かい致しまする」「血の雨見せたらんかいッ!」「この曲者めっ」「慈悲などいらぬぅ!!」「痴れ者じゃ」「ポリコレの餌にしてくれる」「どこでもエンコセット」「生かして帰すな!」「ちくわ大明神」「誰だ今の」「この鎖鎌の錆にしてくれる」「俺の三節棍が唸っておるわ」「ソニッブーン」「待ちガイルすんな」「ねんねの時間だァ!!」「神への祈りは済ませたかァ!?」「死ねどす」「念仏唱えなぁ!」「青二才め!」「彼はいつかやると思ってました」「控えめに言って死刑」「ここが貴様の墓場だぁ!!」「ハゲっ!!」「クソ雑魚ナメクジ」「ナイフぺろぺろしちゃうよ~ん」「そのナイフ毒塗っといたぜ」「衛生兵ェェェエエ!!!」「てめえの家に動くこけし送り付けちゃる」「このォ、クサレ脳みそがぁー!」「変態には死あるのみ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「あ、これもう終わったかも知らん」

 

 

 

 ぞろぞろとあちらこちらの壁から窓から天井から現れる戦闘モードの使用人達に徐々に囲まれていく春人。

 

 彼にはもう、言葉の限りを尽くして誤解を解くことも女性たちの拘束を振り払って力づくで逃げることもできないと悟っていた。

 

 

 

 春人は……上を見上げる。

 

 今頃、外は雲一つなく。月が眩しいくらいの晴天なのだろう。そんな綺麗な空をおれはもう見れないんだろうなぁ。……と、そんなことを思いながら。

 

 

 

 そして、圧倒的な数の暴力によって。

 

 春人は意識を吹きとばしたのであった。




原作第8話完結。

副題「水面下」踏破。

次回もお楽しみに。
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