君だけが大好きなただ一人の友   作:夢見 双月

14 / 24
 アニメ二期の情報も色々出て来ている昨今。
 まずい、アニメ一期に追いつけてもいないのにやばいです。

 ほぼ一月に一回ぐらいの投稿になっているし、ペースアップしたいと焦っているこの頃。

 頑張ります。……それでも遅かったらゴメンね!


青井春人は春風の如く

 青井春人のスマホに連絡がつかない。

 

 そんな声を挙げたのは、花園羽香里だった。

 

 

 

 

 

 時間としては、春人が女子水泳部のお願いに応えていた頃と同時刻である。

 

 

 

 この時の着信音によって下着泥棒に荷物を見つけられてしまっていたのだが、羽香里には分かるはずもなく。

 

 

 

 羽香里は単純な寝坊とは思えないまま、恋太郎に相談を持ち掛けたのだった。

 

 

 

「確かに気になるけど、心配するほどではないと思うよ」

 

 登校の最中。恋太郎にそう返されて、彼女達……特に唐音と羽香里は驚いた。

 

 

 

 どんな時でも親身になってくれていた恋太郎が、春人に対しては見放しているように見えたからだ。

 恋太郎が別人のようにも感じてしまい、2人の表情が驚きと共に翳りが刺す。

 

 それに対して頭を撫でながら恋太郎は答えた。

 

「ハルは1人の時間が欲しい人なんだよ。もし何かあれば……多少は無茶をするかも知れないけど、本当に辛い時は俺を頼ってくれるから大丈夫。昔にそう約束してくれたし、ハルは今までもちゃんと守ってくれてる」

 

 

 

 その声色は、とても優しかった。

 そして恋太郎の頭にも、彼が寝坊や遅刻するなんて事は考えていないようだった。

 

 

 

 その返答に僅かではあるが安心する。

 

 

 

 それはそれとして。

 

 春人という人間は、恋太郎とどれほどの距離にいるのか、そんな想いが脳裏を掠める。

 

 

 

 当然、彼女になった身としては今がとても幸せだ。

 恋太郎は愛してくれるし、愛されてくれる。これほど多幸感に包まれることは人生ではもうないと思えるくらいだ。

 

 

 

 ただ、それ以上の付き合いを春人と恋太郎は中学生の頃から育んでいるのは。彼女達の中でも間違えようのない事実であった。

 

 

 

 ツーカーで通じる仲でありつつも、互いに居心地が良いと身を預けられる関係。

 それでいて、羽香里達がイチャイチャしたいと思った時に春人は、既に離れていたり寝ていたり……タイミングを見計らって一線を引いていた。

 

 本人の意図していようといまいと、そのおかげで恋太郎周りの関係は順調に回っている。

 

 今でこそ春人は意識的にみんなを避けているが、それも個人的な無意識下の思いを凪乃に図らずもぶつけてしまった負い目からだ。

 

 おそらく本気でSOSサインを出せば、青井春人はすぐにでも飛んでくる。例え、今は仲が良くない凪乃が助けを求めたとしてもお構いなしに。

 

 

 気遣いの鬼でありながら、どこか抜けていて。

 

 恋太郎の隣にいつもいる男。

 

 

 

 少しだけ。本当に少しだけ。やっぱり面白くない。

 

 彼女達の中で唯一、羽香里はわざと頬を膨らませた。

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

 廊下の窓ガラスが砕けて割れた。

 

 

 

 割れた窓をぶち抜き教室まで吹き飛んだおれの身体に対し、なんとかダメージを減らそうと体を捻らせる。

 多くの机の上を滑り、椅子を押し出し。床に転げ落ちてからは全ての席を全身で窓側に押し出していった。

 

 

 

 要因はただ一つ。教頭先生の攻撃に直撃した。

 

 両腕で防ぎ切ったはいいものの、吹っ飛ぶだけでこの衝撃だ。

 生徒に対してマジで何を考えてんだあの先公は。

 

 

 

 上半身、下半身と手でさすっていき、ダメージの蓄積を判断。

 

 損傷軽微。問題なしと判断して立ち上がる。

 

 

 

「ん?」

 

 この教室がどこかは分からないが、もう既に生徒がいたらしい。

 

 幸いにもおれに巻き込まれない位置に居たため無事だったが、開いた口が塞がらないまま固まってしまっている。眉も心なしか逆八の字になって、まるでゆるく睨まれているかのようだ。

 

「やばー」

 

「すまん、服盗まれたから泥棒追ってたら教頭に暴れてるとこ見られてさらに暴れられてこんな騒ぎになってる。そろそろ教頭がおれにトドメを刺そうと飛んでくるから危ないぞ、下がっててくれないか?」

 

「マジやばーい、ウケるー」

 

「ウケる、ってどこが?」

 

 

 

 見たことはない生徒だから、確実にいつもとは違う他の教室に飛び込んでしまったようだ。おれと同じ一階の教室だから一学年の他クラスかもしれない。

 

 色んな小物やアクセサリーが全身に目立つギャルだ。驚きで表情は固くなっているのか薄いリアクションだったが、確実に奇異を見る目でおれを見ていることだろう。

 

 

 

「服を盗まれてるのはまぢヤバだしぃ〜。大丈夫?」

 

「悪いが話は後で。奴が来る」

 

 

 

「マダ イキテイル ゾエ カ ……」

 

「とりあえず語尾に『ぞえ』付けとけば教頭だと分かるやろ、とはならないからな?」

 

 

 

 邪悪の気配を纏った教頭が現れた。

 

 こっちはこっちでまだキャラがブレているまんまだ。そろそろ大人しくなって欲しいが、一度なんとかしないとどうしようもなさそうだな。

 後、あからさまに殺意を持つのをやめろ。おれはそこまでの事をした覚えはないぞ。

 

 

 

 おれが壊してしまった窓からねっとりと入ってくる教頭先生。

 一挙手一投足が気持ち悪い。グラサンが邪悪なオーラでとてつもなく尖っているし、唇は常にキス待ちの構えである。

 

 

 

「シャァァア!!」

「セリャア!!」

 

 音速を超えるようなベロ攻撃に近くの椅子を前に出す事で防御。しかしベロで巻き取られ、両手から引き剥がされる。

 

 

 

「キェェエエアアィ!!」

 

 

 

 今の一瞬で接近を許した。

 というか、ベロチューって極めるとこんな事出来るの???

 

 いや! ドン引きしてる場合じゃねぇ!!

 

「くっ、オラオラオラオラァ……ッ!!」

 

 

 

 高速の突きラッシュに対応するように、拳を打ち込む。教頭の攻撃を弾く事が目的だ。

 教頭の手は、爪が急成長したのか鋭い凶器と化している。五指を重ねたその一突きはそこらのナイフと変わらないだろう。

 

 ……教頭になるためには戦闘モードのような形態変化が必要だったりするのか?

 

 

 

 相手の手首や爪の側面にパンチを当ててずらす事で直撃を防いでいく。

 

 そのまま、互いに突きの速さ比べに動きが変わっていく。

 

 

 

 まだ動いてはいけない。待ちの一手のまま、しびれを切らした一瞬の隙に一発ブチ込む。それまでは無暗に攻撃を繰り出しても教頭の身の軽さではまず避けられると判断した。

 

 そう分析した矢先の事だった。

 

 

 

 

 

 不意に。

 

 教頭の口から例のベロチューが、弾丸のように撃ち出された。

 

 

 

 

 

 

 

 実際の話をしよう。

 拳銃の弾丸は発射された際、秒速約350m程の速さで飛んでいく。

 

 これは体感速度で言えば、近い距離では一瞬。十分に距離を取ってなおかつ弾が(火花等の要因による)視認しやすい状態に限り、やっと視認できるというぐらいの高速で射出される。

 

 しかし、これでも銃というカテゴリーの中では遅い方で、さらに遠距離を狙うライフルでは秒速約1000mであると言われている。

 

 

 

 簡単に言えば、教室内程度の距離であれば発射の後、即弾着するのだ。

 まともに避けることはまずできないと考えていいだろう。

 

 

 

 どんな人間であろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 『その他の認識出来得る要素、そして避けられる要素を全て把握していなければ』不可能だろう。

 

 

 

 だからこそ、教頭はとどめをさせると思っていた。

 一撃必殺の技を何の脈絡もなく放ったのだ、無理もない。

 

 

 

 だからこそ、()()()()()()()に動揺し、反射的に動きを止めた。

 それは動物的な反応にして、一秒にも満たない隙となる。

 

 

 

 

 完全に見切ったおれは既に懐に潜り込み、勢いそのままに肘を抉りこませた。

 

 

 

 「だぁぁぁあああ!!」

 

 「ぐぉぇぇええええ!?」

 

 

 

 おれの反対側、教室の廊下側の壁まで教頭先生は吹き飛んでいく。

 

 

 

 

 

 

 おれがこの至近距離を避けて反撃に転じることが出来た要因はいくつかある。

 

 

 

 まず、技そのものを見ていたこと。つまり初見では無いという事だ。

 最初は今回よりも遠い距離だったために顔の横を掠め、二回目は泥棒を捨て石にすることで間近で攻撃を見れている。三回目に至ってはこの教室にまで吹っ飛ぶほどの直撃だ。

 これは威力、そして何より速度を理解できたのが大きい。

 

 要するに、だ。『弾丸のように』とは言ったが、そこまでの異常な速度は出ていないことを知れていた。それでも秒速300mぐらいは出ていたのではないかと戦慄するが……もし本当に銃弾と同じ速さで襲われたら、そもそも最初の一撃で頬を掠めるまでもなくやられていただろう。あともうそれは人間には出来ないだろう物理から逸脱した反則技だ。

 

 次に、発射口と狙いが明白だったことである。

 よく考えればそうなのだが、ベロチュー攻撃は根本はキス攻撃なのだ。つまり当然ヤツの口から放たれるし、おぞましい事に狙いはおれとのマウストゥーマウスだ。単純に命中率が悪ければ逆に予測が出来ないが、今までのような精度の良さで口を狙ってくるのなら対策などいくらでも立てられる。

 

 最後に、攻撃のタイミング。

 これは今までの動き方のクセ、筋肉の動き方を見ればなんとなく分かるようになるよ。これはもう経験や直感に近いヤツだ。そこだけを注視して気合で避けた。

 

 

 

 まぁ、一般人が見てもまず分からない程に僅かな動きではあるけれど……身体が力んだ教頭に気付けりゃ、そりゃ回避行動は取るよね。

 

 

 

 そんなこんなでカウンターのエルボーは体の中心に命中し、手応えも感じた。

 

 このまま、教頭先生が気を失ってくれれば服泥棒を追いかけに行ける。

 

 泥棒も気を失っているとは言え、いつ目が覚めないとも限らない。もしかしたら既に目を覚まし、学校から出ようとしているかも知れないのだ。

 

 

 

 しかし、そんな甘い考えは露と消えた。

 

 

 

「初めてじゃ。このババァをここまでコケにしてくれたおばかさんは……」

 

「くそっ、まだ息があったか!?」

 

 

 

「……もしかしてー、マジで戦ってる感じぃー? やばー。ウケるー」

「何が?」

 

「許さんぞ虫ケラがぁ!! じわじわと嬲り殺しにしてくれる!!」

「確実に教師の台詞ではないんよね」

 

 

 

 ギャルは教室の後方から茶々を入れてくるが、安全ならとりあえずは置いておく。

 教頭はツバを飛ばさん限りの声量でブチギレたのを尻目に状況を打開する策を組み立てる。

 

 時間もそろそろ無くなりつつある。

 次の一撃で戦闘不能に出来なければ、今日のおれと水泳部の連中が水着姿で授業を受ける羽目になるのだ。

 

 こんなところで足踏みをしているヒマはもう無い。

 

 

 

「キェェェイ!!」

 

 四つん這いの状態からおれの周りを跳ねていくバケモノ。

 

 徐々にスピードが上がっていき、やがて常人には捉えられないほど速くなっていく。

 

 

 

 教頭が段々と軌跡しか視認できなくなった時、その線は教室内のほぼ全ての空間を網羅した。

 

 最高速で俺の周りを飛び回り、囲いながら攪乱していく。

 

 

 

「『キエイ!』の一言で出来るような技ではないだろ、世界観がバトル物のヤツじゃん」

 

 

 

「やばすぎー」

「初めて意見が一致したか?」

「ウケるー」

「だから、そうはならんのよ。割とピンチなんだけどおれ」

 

 コイツ、二言目にはウケるしか言わないな。

 

 口元は開きっぱなしで締まりのない顔をしてるし、なんか緊張感が足りないなぁ。

 

 

 

 教室の中は、高速移動する教頭のスーツによりほとんどが黒で埋まっていく。

 

 おそらく、次に放たれる攻撃を対処しなければ敗北する。そんな確信がある。

 

 

 

 

 

 大きく息を吐き、静かにゆっくり息を吸う。

 

 出来る限り警戒の姿勢を取りつつ、身体全体を脱力させていく。

 

 

 

 踵を僅かに浮かしてつま先立ちになり、両膝を曲げることで加速出来る体勢に移行していく。

 

 両腕はだらりとぶら下げるように構える。それはうなだれているようにも思える体の形。

 

 

 

 だが。

 

 おれだけは分かる。

 

 

 

 これまでの戦いが壮絶であればあるほど、敵意を感じる感覚が研ぎ澄まされる。

 

 絶体絶命のピンチであるにも関わらず、負ける気がしない。

 

 その感覚の鋭さは先ほど当てたカウンターの時よりも研ぎ澄まされているのを感じた。

 

 

 

 感じろ。

 

 

 

 目は開けど、真の意味で周りを見れてはいない。

 聴覚も、椅子や机のぶつかる音や壁を蹴っているであろう音ばかりで頼れない。こちらを襲う音を拾えたとしてもこの距離だ。反応出来ても回避が間に合わない。

 

 

 

 だからこそ、頼るは第六感。

 

 

 

 不意に。まばたきをした途端に右眼が熱く感じた。

 

 心の奥底で覚醒したナニかが…………灯った。

 

 

 

 

 瞬間、()()()

 

 

 

 おれの体は高速で動いたのにも関わらず。小さな浮遊感を感じていた。

 

 

 

 右の上腕。そこに生えていた薄い体毛の一本。それが僅かに……ピクリと逆立った。

 

 これがおれの察知すべき気配なのだ、と。そんな確信があった。

 

 僅かな体毛の揺れ。それが窓から流れるそよ風で揺れたとは不思議と思わなかった。

 

 

 

 限界まで感覚を研ぎ澄ました世界は、妙にスローに感じる。

 

 それでいてこの教室内の全てを俯瞰できている気がした。自身の後ろ姿さえも鮮明に感じる。

 

 

 

 そんなゆっくりと時間が流れる視界に、決して遅くはない速さで突進してくる敵を認識する。

 

 

 

 あっ、と。どこか自分の中で他人事のようにも思えた危機が、隣へすれ違っていく。

 

 

 

(そうか)

 

 本来なら、ここで負けてたんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 自然と手を伸ばす。

 

 超感覚が引き起こしたかのような停滞した世界が……元に戻りはじめる。

 

 

 

 全身から汗が吹き出し、身体のコンディションが二段階くらい下がったことが実感として感じられた。

 

 

 

 そして伸ばした手によって敵の勢いを殺しきった時。

 

 

 

 

 暴走していた教頭先生の首根っこを掴むことに成功していた。

 

 

 

「ぐぇアアアア!?!?」

 

「………………遅ぇ」

 

 

 

 捕えられたのなら、間髪入れずに次の攻撃に移る。

 

 時間が惜しい。

 一瞬かつ効果的な一手で沈めなければならない。

 

 

 

 脳みそをフル回転させて、必要なピースをかき集める。

 

 

 

 そして、心の奥で精製した『ソレ』を撃ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 悪い子、だね。 」

 

「…………っ!!!?!?!?!?!?」

 

 

 

 後頭部に左手を添え、口元を耳に触れるくらいの距離まで近づいて。

 

 優しく、聞く人によっては蕩けるように。

 

 

 

 

 

 後で調べた事ではあるが、おれが利用したのは感覚絶頂反応というものである。

 

 最近ではASMRと呼ばれている、動画サイトではお馴染みになりつつあるものだ。

 

 

 

 ASMRは種類やその人の好みによって相性こそあるが、がっちりとハマれば副交感神経の優位状態に……つまりリラックス効果を与えることが出来る。そのことから睡眠導入剤に使う人も多いほど。

 

 

 

 その中でも、おれがやったのは囁きASMRに近いモノ。

 

 ここは教頭先生との相性を予測した結果だ。だってこの人ディープキスしたいほど異性が好きだし、ホスト通いってどこかで聞いたし。

 

 

 

 

 

 結果として。

 教頭先生は大きく膝を折り、動かなくなった。

 

 

 

 どうやら大成功のようだ。声の出し方とかは自信があったけど、どうしてもぶっつけだと不安要素が多いからな。しばらくは存在しない記憶の中で憧れのホストとでも踊っててもらおう。

 

 

 

 ようやく。

 

 戦闘が終了した。だが休むヒマはない。

 

 

 

 さっきの廊下に……吹きとばされた泥棒の元に戻らないと。

 

 意識を戻して逃げられたらまずい。

 

 

 

 その前に、一言添えておかないと。

 

 

 

「すまん、あとで埋め合わせは必ずする。だから、ここの片付けと先生の付き添いを頼んでいいか? 他の人に何か言われたらおれの所為って言っとけばいいから」

 

 

 

 その場にいたギャルに後処理をぶん投げる。

 

 今から後始末をすると間に合わない。教頭先生も妖怪ではあるが、このままほっとくことはしたくないのが本音だ。なんとか頼まれてほしいけれど……。

 

 

 

 ギャルはしばらく「んー」と表情を変えないまま考えて。

 

「いいよー、テンションマジブチ上げてくれたお礼だしー」

 

 と、言ってくれた。

 

 

 

 何を言っているのかよく分からないが、なんか感謝されたのは分かる。

 

 その意図を詳しく知るには、現在の仕事量に対して回せる脳みそのリソースが流石に足りない。

 

 

 

「よろしく!」

 

 

 

 と、軽く助走をつけて窓から飛び降りた。

 

「やばー、ウケるー」

 

 

 

「何がぁー!?」

 

 ギャルの声が聞こえたので、一応返しておく。

 

 

 

 本当にどこが笑いどころなのかはついぞ分からなかったが、どこか暢気そうな顔が憎めない。

 

 そういえば朝早く教室にいたのは解せないが、あそこに居てくれたのがあの女の子で良かったと思った。

 

 

 

 ……名前くらいは聞いておくべきだったか?

 

 

 

 中庭に出てから、教頭先生とエンカウントした廊下を真っ直ぐ目指す。

 

 既に多くの生徒が目に映る。そろそろ朝礼の時間も迫っているようだ。

 

 

 

 時間に追われるように、走る速度を上げて駆け巡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はなんだかゆっくりと登校しているなぁ、と幸福感に包まれながら恋太郎は嬉しそうにしていた。

 

 羽香里と唐音が会話の小さなイザコザからじゃれ合いに近い言い争いをしている。

 

 静ちゃんと付き合い始めたばかりの凪乃は恋太郎の手を握りながら頬を赤らめていた。

 

 

 

 彼女が増えた影響もあって、にぎやかになってきたからかな。

 

 

 

 ゆっくり歩いているということは気持ち早く家を出る必要はあるという事だけれど、恋太郎にとっては些末事未満の問題だ。

 

 

 

 だって彼女に会えるのなら、どこに問題が存在するのか?

 

 仮にあったとしても「俺がこの手でそんなものぶち壊す」と言わんばかりの彼氏力は既に搭載済みである。

 

 

 

 そんな中で高校の校門に辿り着き、五人横一列になってワイワイとお喋りしながら下駄箱へ向かう。

 

 

 

 だが、校舎前の様子がおかしい。

 

 ざわざわと女子生徒たちと教師陣が集まっているのが見える。

 

 

 

「何かあったの?」

「いえ……事件ですかね?」

 

 唐音と羽香里が顔を見合わせ、静ちゃんと凪乃は同じ方向に顔を傾げていた。

 

 

 

「あの、すいません。何かあったんですか?」

 

 恋太郎が声をかけると、水着を着た部員に自分の制服を着せてるであろう女子が答えてくれた。

 

 

 

「早朝に泥棒が侵入したらしくてね。その時、更衣室にあった着替えや荷物を全部持っていかれちゃったらしいの」

 

「なんだって……!?」

 

 恋太郎は驚いた。もし彼女達が同じ目に遭ったら、自分がどんな報復をするか想像できない。おそらく犯人は生きてはいられないだろう。

 

 

 

「犯行に気づいた男の子がすぐに追いかけに行ったんだけど……水泳部の女の子たちは水着だったから公の場に出るのをためらっちゃって。周りが異変に気付いて体を隠しながら……とりあえずは教室に向かってたんだけど、犯人は見失っちゃったって」

 

 

 

「『なんてヤツだ』」

「窃盗が起きたのが朝練中であると仮定するなら、これまでの時間で逃げられている可能性は高い」

 

 静ちゃんは不安そうな顔でくせっ毛をピコピコさせ、凪乃は冷静に分析する。

 

 

 

 ここで違和感に気付いた唐音が指摘する。

 

「あれ? 確か水泳部って女の子だけじゃなかった? たまたま男子がいたの?」

 

 

 

 話を聞いていた水泳部が、代わりに答えた。

 

「それが……ハルトくんって男子が丁度泳ぎの練習に付き合ってくれてて、練習終わりの着替え中に遭遇したっぽいの。ハルトくんだけ先にプールから上がったから私たちは気づかなくて……」

 

 

 

 その返答から、恋太郎の目の色が変わった。

 

 

 

「羽香里、ハルに電話したのはいつ頃だった?」

 

「え……あっ!! ちょっと待ってください! ……大体45分前です!」

 

「うん。確かそのくらいの時に着替えに行ったはずだよ!」

 

 

 

「‶それじゃあ〟『まさか……!』」

 

「その泥棒を追いかけてるのが春人ってこと!?」

 

「だとしたら、ハルならまだ追いかけてるかもしれない」

 

 

 

 自分でも素早い手つきでスマホを取り出した、と恋太郎は思った。それでいて冷静に物事を整理し出来る限り迅速に手を動かす。

 

 

 

「もし羽香里からの通知でハルが泥棒に気づけたなら、きっと今スマホはハルの着替えの中にある。でも仮に着信音が鳴ったとして、泥棒は簡単に着信音を消せるように運搬することはしないよね?」

 

 

 

「あっ!!」

 

 誰かが声を上げる。気づいた他の女子生徒もスマホを取り出した。少なくとも、ハルが着信音をミュートにしてないことは恋太郎身自身が分かっている。

 

 恋太郎が通話をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

『ハル……電話だよ』

 

 

 

 少し離れた場所……高校を出る正門の方角から、恋太郎にとっては聞き覚えのある音声が鳴った。

 

 

 

 そしてそこにいるのは、二段の段ボール箱を台車で運んでいる業者のような男の姿。

 

 

 

「いたっ! 犯人はアイツだ!」

 

「その前に今の恋太郎ボイスは何なのよ!?」

 

「ああ、あれは目覚まし代わりに電話をしてあげてた時にお願いされた……」

 

「後で私達にもお願いしますけど、今は向こうが先決ですよ唐音さん! 恋太郎君!」

 

 

 

「くっ! まさかこんな形で変装がばれるとはっ!! 仕方ないが、このまま逃げさせてもらおう!!」

 

「あンの野郎、盗んだもの置いてまで逃げる気よ!?」

 

 

 

 

 ここで恋太郎は大きく息を吸い込み——————。

 

 

 

「 ハ ル ゥ ゥ ゥ ! ! 」

 

 

 

 ——————と、はち切れそうな大声で叫ぶ。

 

 

 

 

 

 その瞬間。正確には、『ハル』と恋太郎が発声し終わった瞬間。

 

 

 

 正門前に向けて、空から人間が降ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 墜落したソレは、まるでスーパーヒーローのような着地の衝撃で砂埃を辺りに舞わせる。

 

 そしてその顔を見た者は恋太郎を除き、全員が驚愕に染まった。

 

 

 

「き、貴様は先ほどの……!」

 

「状況は把握した。恋太郎、よく見つけてくれた。……後は任せろ」

 

 

 

 青井春人は、そこに立っていた。

 

 

 

 

 

「春人さんはなんで海パン一丁で空から飛んできたんですか???」

 

 

 

 当然のように、水着姿のままで。

 

 

 

「『なんと深い業を背負っておられるのか……』」

「待って好本静。趣味の可能性が極僅かだけど存在する」

 

 比較的冷静に、言葉を選ばずに言う静に凪乃が微妙なフォローを入れる。

 

 

 

「……なんかよく分からんが、おれの立場がかなり危険な気がするが後にするか。まずはいい加減色々返してもらおう」

 

 

 

「ならば! 今度こそ味わうといい! 一族に伝わる伝説の暗殺 「うるさい!!」 ぐべぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 春人の右ストレートが泥棒の顔に刺さる。

 

 

 

 

 

 男は倒れたまま、静かになった。

 犯人が気を失ったことにより、事件は終息した。

 

 

 

 

 

 

 

 呆気ない幕引きではあったが、所々春人の身体は傷だらけなのに恋太郎は気づく。

 

 余程の事があったのだろう。疲労が隠せていない。

 

 

 

 

 

 顔は項垂れ。

 

 股を開いて立ち尽くす足は、素足のまま走り回った所為でボロボロ。

 

 太腿の筋肉は隆起したまま弛緩せず。

 

 肩や肘には争った形跡の痣がいくつかあり。

 

 その手は遠目からも分かる程度に汚れていた。

 

 全身は汗が噴き出し、かすり傷も痛々しい。

 

 

 

 そんな人間が朧げな目で恋太郎を見た途端。

 

 

 

 

 

 僅かに笑うのだから。

 

 まだ離れられない、と恋太郎は思う。

 

 

 

 とても目を離せられない。無茶しかしないヤツだから。

 

 

 

「よう。レン」

 

「おはよう。ケガは大丈夫?」

 

「大丈夫に見えるかよ。足が痛い。あと眠い。それに腹が減った」

 

「うん、分かった分かった。先に保健室に行こうか」

 

 

 

 そう言って恋太郎は首と両膝を抱えるように運び始める。

 

 

 

「……前みたいに途中でへばってくれるなよ?」

 

「こんなこともあると思って筋トレしてるんだよ。任せて」

 

 

 

 

 

(えっ、もうお互い好きじゃないですか)

(私達よりイチャイチャしてない?)

(お姫様抱っこされてる……)

(仲良し)

 

 傍からみた彼女達は呆然とした後。

 

 

 

 はっとしたように恋太郎と春人の方へ向かっていく。

 

 

 

 

 

「恋太郎君、私も手伝います」

「えっ、と……ごめんね、ありがとう!」

「気にしないでください!」

 

「べっ、別に羨ましいだなんて思ってないんだからねっ!!」

「羨ましくても奪わないでくれよ。マジでくたびれてんだ」

「………………アンタのそれは傷だらけっていうのよっ!!」

 

「‶私は頭を持とう〟」

「静ちゃん、ありがとう」

 

「私は足を持つ」

「待って、待って、これ最終的にどういう体勢で運ばれるのコレ!? 恋太郎だけでやってくれりゃいいかな……!」

 

 

 

 

 

「こわいこわいこわい!!!! 怖いってぇ!!」

 

 春人は疲れてたためになすがままにされ、首、手首、足首を一本ずつ担当され、掴まれたまま運ばれていく。

 肝心の支えて欲しい胴体は宙に浮いているために春人は絶叫した。

 

 

 

「あれが英雄の末路か」

「世界は残酷だな」

「私たちはあのコソ泥を突き出しましょう」

 

 

 

「見てないで誰か助けてくれ~!!」

 

 

 

 

 

「あっ、前から人が」

 

 

 

「避けなきゃ」←右へ行く

 

「寄りましょう」←左に行く

 

「分かったわ」←左に行く

 

「『すみませぬ』」←右に行く

 

「気を付けて運ぶべき」←左に行く

 

 

 

「グ、ギギ、ギャアアアアア!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

「あれが英雄の末路か」

「まるで牛裂きの刑だな」

「私たちは後で着替えを持っていきましょう」

 

 

 

「だから見てないで誰か助けろって!!」

 

 春人は無事に保健室で治療された。




原作第9話、完結。

副題「たった一人の珍道中 そのニ」踏破。

次回もお楽しみに。
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