待ってくれた方、本当に毎度感謝しております。
文章書くのを少しでもサボるとスピードがグングン落ちてく、コレを今身に染みております。頑張りたい時に限って仕事も忙しいしヘトヘトだしさぁ…!
まぁ愚痴はここまで、少しずつ早く書けるように頑張りますね。
100カノパワーで目指せ、限界突破!
保健室のベッドは布団が柔らかいけれど、意外と蒸し暑いんだなぁ。
おれは首元まで布団を被りながらポヤ~っと考えていた。
裸足で走りすぎた所為で、擦り傷や切り傷によりやや無残な状態になっていたと発覚したおれの足は、保健の先生にぎょっとされてしまったが……とりあえずの処置はしてくれた。軟膏つけられまくって包帯グルグル巻きにされたからベタベタだよ。
流石に一時間目の授業には出れず、恋太郎達に後で内容を教えてもらうようには頼んだ。
……正直、おれ自身は予習しているのもあって見せてもらう必要はあまりないのだが、先生によってはテストでの重要な部分に念を押してくれている場合がある。
そういったものを見逃さずにいれば、テスト勉強の時の教え方がかなり変わることになるからな。
そんなことを考えて、しばらく仮眠。
軽く目を覚ませば、休み時間になる直前くらいの時計の針だ。
……目を覚ますと何故か恋太郎がいた。
着替えや、盗まれかけていたスマホや財布を持ってきたと言うが。
「お前、いつからここにいる」
「安心して。トイレ休憩のついでで来たんだ」
「………………何回目の休憩だ?」
「………………の、飲み物をちゃんと2リットル飲んで尿意をチャージして来てるから……」
「そこまでしてでも来ると分かってたからノート取るのを任せたんだが? しょうもないことは彼女達にわざわざ押し付けて? いい加減にしろ、そこまでされるほどの怪我じゃねぇ。死ぬわけでもねぇし」
「でもハル」
「帰れ。おれの所持品持ってきただけで十分だ」
「うん、ごめん。怪我の具合はどう? すぐ治りそう?」
「昼までかからん。屁でもなかったって、他の連中にも言っといてくれ」
恋太郎はかなり後ろ髪に引かれた様子だったが、半ば睨みつけることで帰らせる。
ポスン、と枕に頭を預ける。
なんか、色々あったな。
昨日からめちゃめちゃすぎだな。
そういえばおれ、花園邸ではまともに寝てないんだった。アレ失神してただけだったの忘れてた。
そりゃ眠かったはずだ。お陰で快眠だったよ。
「ふぅ……んで? 今、養護教諭は野暮用で不在ですよ」
人の気配がした。恋太郎ではない。恋太郎ならおれの言葉を拒否して居座ることはしない。
声をかける。
「……」
しかし返事が無い。
「それともおれに用事か?」
「栄逢」
「貴方に聞きたいことがある」
カーテン越しのシルエットから隔てた布がめくられ、銀の長髪を靡かせた美女が立っていた。
相変わらずの無愛想な表情を張り付かせて、おれへ近づく。
「……いいぜ、座れよ。揃いも揃って頼み事を放って来るとは思わなかったけどな」
「好本静が率先して任せて欲しいと言っていた。なら、そのまま専念してもらった方が効率的」
「好本が……。ハッ、損な役回りを自ら受けるたぁ殊勝なこって」
「……」
「……それはあなたの方、では?」
沈黙。
「……いつまで立ってる、座れって言ったぜ?」
「ええ」
ベッド横の椅子に座る栄逢。おれも起き上がっただけの体勢から壁に寄りかかるように体を寄せた。
「あなたは嫌われようとしている」
「随分と直球に言ってくれるな」
「他の恋人たちが貴方に何を思っているのかまでは分からない。でも私にはそう感じた。そして何故嫌われたいのかが不可解に思う」
栄逢の目は、僅かに鋭さを感じた。
「あなたは誰に嫌われようとしているの?」
「まだ答えが合っているとも言ってねぇのに決めつけるのか?」
「私は……愛城恋太郎やその他の人間に対して距離を取っていたから、分かったのかもしれない」
栄逢の表情は固いままだが、その顔からは悲しさがにじみ出ていた。
私も青井春人と似た事をしていた、と言わんばかりに。
「今までの私は人と関わることを無意義だと考えていた。恋愛感情さえも。だから貴方のやろうとしている意図が少しだけ分かる」
「何が言いてぇ」
「貴方は……逃げようとしている。と、私は思っている。愛城恋太郎だけではなく、花園羽香里、院田唐音、好本静……それに私からも」
軽く目を伏せた栄逢は、姿勢を崩さない。
「それでいて、貴方は誰かのために協力は惜しまない立ち回りをしているから……貴方は矛盾している」
栄逢の目が、おれを射貫く。
「教えて欲しい。青井春人という人間が私を拒否した理由。貴方が考えている事が知りたい」
「……」
ここでやっと、栄逢にとっては積極的に動いていることがその態度から伝わってきた。
理由は分からないが、栄逢なりにおれに対して何か気に障る部分があったのかもしれない。
正直おれとしては、まだ考えがまとまっていないところはある。それでも現状がどうあれ、ここまで追い立てられたら虫食い状態の考えであれ白状するしかないだろう。
自分の中で思考をゆっくりと咀嚼し、伝えやすい文章に組み替えていく。
「まず……おれはお前のことをほとんど知らない。それが大前提として話を聞いてくれるか?」
「分かった」
ため息を吐く。ケガ人にもう少し優しくあってほしいと、心の片隅に少し抱いた。詰問されるにしてもタイミングというのがあるだろうに。
「彼女になったって話があった時、お前が彼女だというのは問題ないって零したのを覚えているか?」
「覚えている。貴方は悩みながら独り言のように言っていた」
「ああ。だから……引っかかったのは栄逢じゃないんだ。なら、きっと答えは……」
言葉を区切る。栄逢が僅かに驚いた。
「恋太郎の方に引っかかっていたんだ。おれは……お前が恋太郎の彼女に相応しいか見ていたんじゃない。恋太郎が栄逢凪乃の彼氏として相応しいかどうかに疑問を覚えてたんだ」
保健室の時計だけが、カチカチと秒針を鳴らす。
おれの顔は……表情はどうなっているだろうか。自分自身の顔が分からない。笑えてはいないはずだが。
「あんたは秀才だ、まず間違いなく。学年主席を取れるくらいのな。そんなヤツが恋太郎に何をもたらすか? あんたの方から好きだと明言している以上、まず余程のトラブルを持ってこない限り円満にいくだろう」
栄逢は優秀だ。きっと恋太郎達にも学問や知識の方向で良い影響を与えるだろう。本人が感情を始めとしたものが乏しかろうと、恋太郎の仲間に加入してから徐々に変化していくのは容易に想像できる。
何故なら一回のデートで今までのイメージが払拭出来るくらいには、もう栄逢は良い方向へ変わっているから。そのくらい一目瞭然の変化がすでに起きている。
「ただ、恋太郎はアンタに何をしてやれる? 何を与えられる? 幸せにしてやれる、か? そんなものは当たり前だ。アイツは愛することしか出来ない。しかもその愛の形はきっと……従来の幸せの形じゃない」
これだけ喋って、やっと合点がいき始めた。
いままでの彼女達とは一線を画す、栄逢だけが違う理由。
「栄逢凪乃として、他の女を隣に置いてるヤツを彼氏という地位に置いて納得できるかどうか。それが問題なんだ。お前の中の真意がたとえ何と答えようと、おれはお前を知らなさ過ぎる。普通なら納得出来るはずないと、お前もきっとそうだろうと当てはめるしかないんだ」
今まではいつだって。
隣にいられた。目と目を合わせて話すことが出来た。
彼女達の想いを、その在り方の尊さを。間近で。
知れていたんだ。
「それをなんの事情も知らねぇおれが……お前から聞く『好き』が、これから一生変わらないだろうと信用できるわけねぇだろう。一対一ならまだしも、ハーレムの中心にいる恋太郎がお前に馬鹿な真似してみろ。お前の恋心が一気に傾く可能性もあると恐れない訳がないんだ」
何もかもが上手くいって、栄逢が恋太郎の彼女に加わる。そんなこと、誰だって望んでいる。おれだって望む。
でも、所詮は理想。
何かが噛み合わなくなれば、その小さな綻びから大きく瓦解する可能性だってある。
正直、今いる彼女達でさえ、どうなるか分かったものじゃない。
花園は今、家族関係が危うい。
院田は女子にしてはパワーが強く、誰かを傷つける可能性が捨てられない。
好本は院田とは反対に、貧弱なイメージがついて回る。
恋太郎と付き合うには、これらとも仲良く、なおかつ致命的なミスを回避し続けなければならない。恋太郎はただの彼氏ではない。既に三股をしている彼氏なのだ。
そんな中で、何も情報の無い女を入れることに躊躇わないやつはいない。
「今だけ上手くいってるじゃあダメなんだ。今が幸せでも……気づかないうちにどうしようもない落とし穴にハマったらどうすりゃいい? 抱えきれなくなった恋太郎がどうなるかなんて、たとえ予測がつかなくても悪い方向に行くことぐらい簡単に推測できる」
「お前が恋太郎と何があったかは……まだおれは知らないままだ。デートだかなんだか知らんが、きっと惹かれるようなことがあっただろうと推測はしているけどな。だけど……簡単に口から出た『好き』なら今からでも遅くない。少しでも不安がちらつくのならさっさと縁を切れ」
「……」
ここ最近、おれが特に痛感している問題は大体一緒だ。
たとえ本人が良くても、周りからくる向かい風は避けられない。
それは、親か、兄弟か、それとも世間体か。
なんにせよ、心に抱くものは変わらない。
覚悟が、必要なんだ。
恋太郎にも、栄逢を始めとした彼女達にも。
「アイツは、お前の思うような理想の彼氏じゃない。なんなら、おれが別れ話を切り出そうか。お前が諦めるってんなら後腐れもないように何でもしてやるよ」
「余計な世話」
しかし、栄逢は即断し言い切った。
「愛城恋太郎やその周りのためなら、青井春人という人間がどんなに悪く言われようと構わない。……貴方が言っているのはそういうことなのは分かっている」
栄逢が、睨んでいた。
「花園羽香里が言っていた。『私になにかあれば恋太郎は悲しむ』と」
いつ言われたのかも分からない言葉を引用される。
明らかに怒っていた。
「貴方もずっと愛城恋太郎の隣に居たなら分かるはず。その悲しむ人の中に貴方もいる。彼はそういう人」
「いや、違うな」
コイツは、何を言っている。そんな訳ないだろう。
そもそも、何に対して感情を向けているのか、分からない。
「アイツにとって一番なのは彼女だ。おれはただの友人で、たまたま一緒の中学から来ただけの人間に過ぎねぇ」
「それは間違い。貴方と愛城恋太郎の仲の良さは、既に親友の間柄で……!」
「うるせぇ! まともに話して数日のテメェがつついていいモノじゃねぇ。ふざけた推測も大概にしろ!」
再び、静かになる保健室。
その数秒後、チャイムの甲高い音が響いた。
気づけば、おれは上体を起こし。栄逢は椅子から立ち上がっていた。
「何故、貴方がそこまで自分を犠牲にしたがるのか理解できない。でも、貴方が心配していることは理解した」
「……」
「愛城恋太郎は、貴方に愛されている。だから、私は貴方にも認められたい」
「……認めてるだろうが。最初っから」
「違う。貴方は私を追い出す気だった」
「おれの態度が嫌いなら勝手に嫌ってりゃいい。それでもおれは構わん」
「……不器用」
「私は愛城恋太郎が好き。……ということを貴方には行動で示す」
その目は、真っ直ぐおれを射貫く。
冷静沈着な風貌とはかけ離れた、情熱的な赤い瞳で。
保健室を去ろうとカーテンを開ける栄逢。
それに合わせて帰れるように、布団をめくって足の包帯を外していく。
「……? 怪我はもういいの?」
「……ああ。もう大丈夫だ」
「知らんのか。話と話を跨ぐと、キズなんてもんは完治するもんだ」
悪いがここは、ギャグ漫画の延長線上だ。こんな事で行動不能になってたらやっていられないのだ。
「……不可解」
「さっきの『不器用』と同じ言い方で呟くのやめてくれ、まるでおれがバケモンみたいだろが」
保健室の扉を開ける。廊下から暖かい光が漏れた。
「それにお前、行動で示すんだろ? ならおれが近くで見てなきゃ意味ないじゃん」
「青井春人……」
「…………着替えを忘れている」
「早く言え」
おれは保健室の扉を閉めた。
そうだ、まだ水着のままだった。
よくこんな姿で栄逢との言い争いが出来てたなおれ。恥ずかし過ぎる。
二時間目から授業でいつもの教室で合流。
恋太郎は少し心配そうな顔をしていたが、恋太郎の彼女達は反応こそ様々だったが安心していた様子だった。
別に、おれの姿を見ただけで一喜一憂するほどのケガをした覚えはないのだが。
「ハル。……凪乃と仲良くなった?」
「いや、知らん。互いの理解は深まったかもしれんが……心の距離だけで言えば遠くなったかもな」
「でも、ある程度はすっきりした顔をしてるよ」
「今のおれがそう見えるか???」
「ううん、凪乃の方が。凪乃は分かりやすいからね。……変に拗れるよりは思いをぶつけあった方がいいと思ってるし、ハルも変な気を回さずに済んで良くなったんじゃない?」
「おれがいると栄逢との気まずさでお前らの空間を台無しにしそうだからもうしばらく……」
「逃がすと思う?」
おれと栄逢が何を話してたかはなんとなく分かっている恋太郎は、改めておれを集団の輪の中へ誘う。
コイツの事だから、盗み聞きくらいはしていてもおかしくないが、いちいちそんなことを気にしていたらしょうがないのでその辺りはスルーしておく。
結局逃げられる訳もなく、恋太郎と院田に拘束されるかのように同行することになった。
と言っても当たり障りのないお喋りが時間の大部分を占めていたので、基本的に何もなく一日が過ぎた。
敢えて出来事を挙げるのなら、昼休みにホットケーキだかパンケーキだかをみんなで食いに行ったことだろうか。
先着5組までの恋人限定らしく、その内の4組分を確保するために奔走する羽目になった。
「四人前食べる愛城恋太郎は、ミキサーにかけて飲んだ方が効率的」
「インスタ映えもクソもあったもんじゃないわね!」
「そこはアレだ。みんなで『あ~ん』とかやったりすればいいんじゃねぇのか。恋太郎ならそれこそ拒否しないだろ」
「……私はあなたを見直した。かなりの好印象を抱いている」
「こんなことで好感度上がるのはチョロ過ぎるだろ」
栄逢や院田との会話に花園も混ざってくる。
「というか、サラッと恋太郎君がパンケーキを全て食べるみたいな話になってますけど……春人さんも食べていいんですからね?」
「今日は甘いものが苦手なんだ。気にせず食ってくれていいぞ」
「成立しない日本語でゴリ押ししないでください。……ほら、もし次の料理会があった時の参考にすると思って、少しどうですか?」
「……要らなかったり余りそうならもらっとく」
「ええ。余りそうなので、お手伝いお願いします」
「うわっ、アイツちょっとめんどくさくない?」
「面倒くささだけなら、院田唐音と同等と推定する」
「「おい、馬鹿にし過ぎだから訂正しろ」」
「あ?」
「は?」
なぜかおれと院田の声が重なったので、睨みあう。
(ありがとうございます春人さん、これでカロリーに対する罪悪感を感じずに美味しく食べられる気がします……!)
「アンタと同列なワケないでしょうが!!」
「鏡を見てからほざけ院田ァ!!」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるわよ!!」
そしてお昼時では。
「愛城恋太郎。あーん」
「宇宙一美味い……!」
「はい恋太郎っ!! あーん!!」
「宇宙一目が痛い!? ……じゃなかった、美味い……!」
「おい……あの時のおれの分はあるってハナシはどこ行った?」
「あっ」
運良く人数分のパンケーキを確保できたのでおれたち一行は舌鼓を打って楽しんだ。厳密にはおれ以外のみんなではあるが。
「あの……これ……」
「花園」
「一口しかないですけど……」
「上に載ってた生クリームをパンケーキと言い張るのか???」
「ごめんなさい!」
「別にいいよ……ん?」
「『褒美だ』『受け取りな』」
「いいのか?」
「……(こくりっ)」
「うまぁー(モチョモチョモチョモチョ)」
「……♪ (モチョモチョモチョモチョ)」
「アンタと静って似てるわよね」
「いや、院田唐音と似ている」
「えっ? 凪乃さんに似てません?」
「確かに。ハルって結構みんなと似てる時があるかも」
「「?」」
楽しくはあった。
やはり大人数ともなると騒がしい。けれどどこか穏やかに過ごせていたから、つい顔が緩んでいたかもしれない。
周りの誰かにそれを指摘されれば、思い出したかのように体裁を取り繕って顔を背けていた。
話は変わって。その翌日。
メッセージを送信して約束を取り付ける。
どうせ先方……いや姉さんはまともに既読もしない。
送っとくだけ送って、関係なく向かえばいい。
あの姉さんの事だ。休み時間も時間を使っていることだろう。それなら授業終わりが良い。
「あの人には確か今まで挨拶してなかったな。同じ学校に在籍してる事だけは知ってたけど、いかんせん忙しかったり疲れてたりだしなぁ」
用事を、おれはここで済まさなければならない。
これまでのおれの優先タスクとしては、得体の知れない女子の意識を奪う変態を捕まえることが一番だ。しかし、昨日起きた下着泥棒の追跡や教頭とのエンカウントを省みて……少々力不足を感じる。
少なくともアレくらいのトラブルなら時間をかけずに解決したいところ。
特に、これからの恋太郎周りはさらに波風が強くなる。出来ることは多い方が良く、使える手段も多いに越したことはない。
だからと、手を借りるために来たのはこの学校の化学室だった。
「えっ……ハル、なんでここにいるの?」
「ん……? 恋太郎か、どうかしたのか?」
「俺は全然……昨日ここにいた綺麗な人と目が合った気がして」
「また彼女を増やすつもりか? 流石に自重してもらいたいんだが……おれの心労をこれ以上増やさないでくれ」
「そうなのかな……。でも、いつもの一目惚れに近い感覚だったから確かめないと」
「……はぁ?」
その『いつもの一目惚れ』に近い感覚とはどういうことだ。
今までの彼女にはその感覚とやらが起こっていた、ということか?
「初耳だぞ。なんだその一目惚れの感覚って」
「ほら、神社の神様が言ってただろ。全身が……その、ビビーン! ってなるんだ」
「……あー、そういやそんなこと言ってたっけか。すっかり忘れてた」
なら……運命の人とやらは恋太郎と出会うことで、何かしらの合図を見せているという事。
それなら……分かりやす……い……。
……………………。
……………………。
……………………ん?
(コイツの運命の人って……何人だったっけ???)
直面したくない現実に気づきかけているおれを尻目に、恋太郎は化学室の扉を開けた。
「あのー……すいません」
「ん? ようこそ化学部へ……って、んん!?」
中にいたのは赤い髪のアホ毛が真っ先に目に映る小さな女子。
好本とは背丈は似ているものの、性格は真逆の活発なイメージが表情から見て取れる。
「君は……!?」
「俺は愛城恋太郎です」
「恋太郎か! よく来たな! 楠莉は化学部の薬膳楠莉なのだ!」
おれも恋太郎を追うように科学室へ足を踏み入れた。
「よう、楠莉の……嬢ちゃん。親御さんらは元気か?」
「げぇ!? 春人なのだ!?」
「あからさまな顔をするんじゃねぇ」
少し名前を呼ぶのに言い淀んで挨拶をすれば、目の前の化学部員は目を開いて大口を開けた。
目玉が飛び出んばかりの顔で驚きやがって。
「えっ……知り合いなのハル!?」
「じゃなきゃここにおれは来ない。朝日のばぁちゃんと嬢ちゃんの薬膳家はおれが生まれる前からの付き合いがあってな。細かい経緯は省くが、お前と出会う前から楠莉の嬢ちゃんが作った薬の実験をやったりしてんだよ」
「とにかく、座るのだ」
楠莉の嬢ちゃんに催促され、椅子に座る。
「し、失礼します」
「早速だが用件の話を良いか?」
「くっ、春人が邪魔だからどうにかして排除するのだ」
聞こえてんぞクソガキ。
「さあさ、お茶をどうぞなのだ」
「えっ、そんな、お構いなく……」
「おら、水なのだ」
「フラスコで渡してくんなよ」
「あとなんで丸形フラスコなんだよ倒れるじゃん」
「ちょうど今、面白い薬が開発できたところだったのだ。今準備するからちょっと待っててなのだ」
「……ズズッ」
「クピクピ」
「……フゥ」
「オ゛ゥ゛エ゛ッ゛!!?」
「オイシイ」
「……っ(カチッ」←火を付けてみた
「おいコラガキ。なんの薬品だこれは」
「水なのだ」
「じゃあなんで火が付くんだよ!?」
「きっと可燃性なのだ。色はちゃんと水だから安心するのだ」
「てめぇは色でしか液体を判断できねぇのか!?」
そんなの化学部員失格だろうが。
おそらくは実験用のアルコールの類か!?
甘いのか苦いのかイマイチ分からんが、水と思って飲めるもんじゃない。
「じゃじゃーん!!『磁石人間になる薬』ー!!」
「ノーベルをぶっ飛ばすレベルですごい!?」
「お前にはコレ!! 飲んだら死ぬやつー!!」
「ストレートど真ん中ッ!!」
「いい加減にしろテメェ!! 何が何でもおれを排除してぇのか貴様は!?」
「薬莉は恋太郎に今、化学のすばらしさを説いているところなのだ! 春人ごときのゴミカスがジャマするんじゃねぇのだ!!」
「うるせぇアームロック極めんぞコラァ!!」
「もう極めてるのだいだだだだだ!!?? 死ぬー!? 死んじゃうー!?」
「このくらいで死んでたまるかこのたわけぇ!」
一旦、小休止。
「仲が良いんだね。凄く」
「まぁな。さっきお前が渡された薬みたいに、楠莉の嬢ちゃんは他ではまず見られない薬品を多く製作してる一族の一人だ。家族諸共化学の申し子って家系だ」
「でもこんなに凄い薬が作れるなら有名になってても不思議じゃ……」
「その辺りはまぁ……作るモノが作るモノだからな。違法なものは当然作ってはいないんだが、それはあくまで『法整備が行き届いていないからギリギリ違法ではない』って言えるだけだ。役には立ってもちょっと危ない薬品がほとんどで、普及した途端世界情勢が大きく変わるために自主規制したものや効果以上に副作用が大きすぎて使い物にならない薬品がほぼ全てと言って良い」
いくつかの薬品は臨床試験などの政府の真っ当な手続きを踏んで人知れず採用されている薬膳印の薬品はあるにはあるが、指で数えたほうが早いくらいには少なかった覚えがある。
そしてそのどれもが公に発表できないほどの最高機密扱いだ。
ハッキングの得意な朝日のばぁちゃんさえ、関わっていない薬品の詳細は把握できておらず、存在している事しか分からないほどのトップシークレットに設定されているとかなんとか。
……まぁ、唐島家ないし青井家と薬膳家の仲だから、聞けば教えてくれそうだけど。
「その『磁石人間になる薬』も当たり前に副作用があるはずだぞ。飲むだけで効果が表れるトンチキ性能な分、副作用を完全に消し去ることは簡単じゃない、って昔に聞いたからな」
「会ったばかりの人に渡すものじゃないな!?」
「ちなみにこれの副作用はどうなっている?」
「……」
「おい黙るな」
「そんで、春人は何しに来たのだ」
「さらっと流したなコイツ。おれの用件はいつものと、期限が切れた薬の更新だよ」
いつもの、というのは試験薬の臨床検査用の薬品をいくつかもらってお試しすることだ。と言っても難しいことではなく、薬を飲んで効果の確認をすることだけ。単純におれの身体で試して結果をレポートにしたためて薬膳家……今回の場合は楠莉に送信すれば終わりの簡単なバイトもどきだ。
もう一つの期限切れの薬については、その中でも役に立つであろう種類が発覚して以降、おれ個人で頼んで量産してもらっている薬がある。それの事だ。
「どこか身体が悪いのか?」
「いや、違う。試験段階で飲んだ時に中々役に立つ薬を引き当ててな。いろんなことに使えそうだから特別に量産してもらってる薬があるんだよ。ただ、反動がかなりきつい上におれ以外が飲んだらまず死にかけるレベルのやばいやつだけど」
「春人にはそもそも体質に薬耐性があるのだ。だから副作用が予測できないものは春人で試さしてもらって副作用の危険度やそもそも正常な反応が出るか確かめさせてもらってるのだ」
「当然、最大限安全に配慮してやっていることだけどな。そんな訳で市場ではまず出回らない薬を都合してもらってる代わりに、臨床試験の実験体バイトをやってる感じだ。明らかにやってる事がヤバイから恋太郎にも隠させてもらってたってところだ」
「そんなの危ないじゃないか!」
「……まぁ今更だよ。お前とまともに会話する前からやってたことだし、一人きりで試すなんて馬鹿は絶対にやらんし。とにかくテスト薬の受け取りとお気に入り薬品の補充がしたいだけだったんだ。お前が楠莉の嬢ちゃんに会いに来てなかったらな」
「え?」
色んな試験管を漁って、ああでもないこうでもないと薬品を吟味している楠莉の嬢ちゃん。恋太郎が興味を引くような薬品を探しているのだろう。自分の名前が出たと分かるや否や、「ん~?」とこちらを振り向いた。
恋太郎が険しい顔でときめく。どういう感情なんだその顔。
「か゛わ゛い゛っ゛」
「あっ、ハイ」
律儀に教えてくれなくてもいいが。
「というか、すごい可愛すぎてドキドキする。なんだって俺はこんなにこの子の事が……」
「待て、大丈夫か!? 顔も赤いし、のぼせてる様に見えるぞ……!?」
「ふっふっふ。恋太郎よ……。楠莉がかわいくてかわいくて仕方ないのだな?」
「な、なぜそれを……ッ」
「お前の仕業か!」
「実はさっき君が飲んだお茶には……『惚れ薬』が入っていたのだー!」
「「何——————ッ!?」」
「ちなみに春人には『自爆する薬』を盛ってたのだ」
「おまっ、テメェ!? ガチであぶねぇ薬出してんじゃねぇ!!」
確かに薬に警戒はしてたし、楠莉自身もおれが飲まないと思ってたんだろうけどさぁ!
「楠莉は恋太郎に一目惚れしてしまったのだー! 大好きなのだ恋太郎っ!! 楠莉と付き合ってくださいなのだっ!!」
「えっ……!?」
爛漫な笑顔で恋太郎の正面に立つ楠莉の嬢ちゃんに対して。
恋太郎は——————。
「はいはい『打ち消しの薬』だ。まずは飲め」
「ゴボボボボボボ——————ッ!?!?」
「何してんのだーっ!?」
おれに元に戻る薬を飲まされていた。
「お前の考えてることなんざ大体お見通しだボケナスが。何年アンタの実験に付き合ってきたと思ってる」
「くぅぅぅぅぅ……っ!!」
「こうなったらもう自爆するしかないのだーッ!!」
「『自爆する薬』をこんなことで飲むなっ!?」
おれにと用意した薬品を飲み込み、全てを亡き者にしようとする楠莉。
ドラゴンボールのセルが自爆するときみたいな体のふくらみ方をしている。お前もう悪役だろ。
「くそっ、『打ち消しの薬』がもう一つあるなんてそんな都合の良いことは……あったわ。さっき色んな薬と一緒に受け取ってた」
「あっ」
……お前、渡した薬が危なかった時のために『打ち消しの薬』めっちゃ入れてくれてるじゃん。
「そら飲めェ!」
「がぼぼぼぼぼ……っ!!」
「うぅ……! 楠莉の完璧な計画がぁ……」
「好きだからかなんだか知らんが、告白くらい薬に頼るなよ」
うなだれる楠莉に正論を叩きつけておく。話をよく聞かずに暴走するこいつには良い‶薬〟になっただろう。
「ねぇハル。惚れ薬の効果が消えてもかわいいままなんだけど……?」
「んっ、なにが? どういうこと?」
「えっ?」
「えっと……つまり???」
思考回路がフリーズ。
つまりそれは——————。
「既に惚れてた……ってオチ?」
「えっと、そうなのかな。そうなのかも」
「なんだそりゃぁ……」
「恋太郎ッー!! お願いだから楠莉と付き合ってくださいッッ!! 大好きすぎる!! もう超好き!! 薬と同じくらい好き!!!! なんでもゆーこと聞くから!! お願いします、どうか!!」
「土下座告白!?」
すかさず床にダイブして告白を試みる楠莉に内心呆れながら口角が少し緩む。恥も外聞も無いような直球だが、反対に言えば裏表は全くない分かりやすい性格でいっそ清々しい。
楠莉の嬢ちゃんは薬に関してだけは、何かと色々な口実を使って薬品を飲ませようとする腹黒さがあるが……薬に対する情熱だと思えば分からないことはない。
さらに言えば、おれや恋太郎はその程度の短所は短所とすら思わない強靭メンタルだ。きっと恋太郎ならありのままの楠莉を受け入れることだろう。
たとえ、どんな姿だろうとも。
「そんなっ、顔を上げて……って、えええええええええっ!!!?」
楠莉の骨格が徐々に大きくなっていく。肩まであった赤髪はさらに伸び、胸も膨らんでいく。服が張っていくことで谷間やへそが露出されていき、楠莉は目を細めた後に眼鏡を掛けた。
「さっきの『打ち消しの薬』の影響で元に戻ったか、楠莉の
「ああ、そうか。その時に……」
「えっ、あれッ!? 昨日の……!?」
「昨日の?」
「これが楠莉の本当の姿なのだよ。『不老不死の薬』の失敗作の影響で普段はあの姿だがね」
「ラスボスみたいなもん作ってた!」
髪を束ねながら、先ほどとは打って変わってつらつらと口を動かす楠莉。
隣では恋太郎が驚愕のあまり混乱しているが、おれにとってはこっちの方が見慣れている。いや、正しくは『見慣れていた』と言うべきだろうか。
おれが楠莉と出会ったのは『不老不死の薬』を飲む前からの付き合いだ。だからむしろ、小さくなってしまった直後は色々と苦労を浴びせられた事が昨日のことのように思い出せる。
精神年齢が幼くなった当時の楠莉の世話、周辺の住人たちへの説明、噂を聞き付けた裏組織の撃退。
……二度と同じ目に遭いたくない。朝日のばぁちゃんや薬膳家のみんなも、全てが一段落した後は全員が床に突っ伏して寝ていた。おれだけでなく、今よりも若く桁違いの体力があった朝日のばぁちゃんですら半死半生だったのは衝撃だったな。
だから、楠莉とおれとは密接な関係値がある。
……なのに、楠莉の個人的嗜好は全然把握できてなかったわけだけど。
まぁお似合いとは正直言い難いが、なんだかんだ良いカップルにはなるだろう。
恋太郎も楠莉も対外的な事は気にしないだろうし、楠莉もまったく世間知らずというわけでもない。問題解決に対しては今までの経験もある分、対処が必要な時は頼りになるだろう。
「こちらこそよろしくお願いしますッッッ!!」
「土下座告白返し!!!!」
なんか妙に気恥ずかしい。
恋人同士になった友人たちに挟まれる感覚ってこんな感じなのか。
しかし『一目惚れ』か……。
おれから見たら、少しの間互いに見つめ合って硬直するくらいしか兆候が分からない。だが、恋太郎や彼女たち自身は合図のようなものを感じられてるらしい。
そして相性が最高同士の相手であり。
それが百人いる。
(成立すんのか……? そんなこと?)
正直、何があってもおかしくない。事前に小さな綻びに対処することは出来ても限度がある。
知り合いが増えた安心感とは裏腹に、これから来るであろう見えない障害の多さと大きさに何とも言えない不安を感じながら、恋太郎に抱き着く楠莉を見ていた。
原作第十話、完結。
副題「ハる人の矛盾」踏破。
次回もお楽しみに。