君だけが大好きなただ一人の友   作:夢見 双月

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『その二人は

 死の運命を断ち切り、
 愛の運命を繋ぎ止め、

 幸福の果てまで歩む者達である』






『SLASH and CONNECT』

「『春人さん』〝ただただ心配であった〟」

「きっと大丈夫なのだよ」

 

 静の不安を掻き消すように、楠莉が答えた。

 

 いや、または自分に言い聞かせるように。

 

 

 

「あのバカは無茶して心配かけさせるのは得意なのだけど、死にかける事だけはなかったから。……今は信じて、楠莉達はいつでも動けるように周りを見ておけば良いのだよ」

 

 

 

「……ふぅっ、ふぅ、ふう……好本静。……青井春人と共に戦った時に、分かった事がっ、ある……」

 

「『凪乃さん』〝具合はどうでぃ?〟」

 

「……大丈夫。全身に熱が篭っているけど疲労回復は十分。私の身体には傷一つないから心配は不要、15秒後には正常に活動出来る」

 

「〝そいつぁ良かった〟」

 

 凪乃は割れた爪を少し隠す。春人のせいで付いた傷ではないことを無意識で示そうとしていた。

 

 

 

「ただ……その分、青井春人の負担は私以上。それなのにも関わらず、彼は先ほどの戦闘で足りなかった部分を補い続けていた。攻撃力が足りなければ追撃を、私の回避が間に合わなければ自ら盾になって」

 

 凪乃が少し言葉を詰まらせる。

 

「……正直、彼のパフォーマンスが何処まで落ちているか予想が難しい……っ」

 

 

 

 

 

「〝凪乃……さん?〟」

 

「わ、私は……助ける為に隣に、いたのに……何も出来ないどころか助けられてしまった」

 

「『凪乃さん』〝は〟……〝よくやってました〟」

 

「……」

 

「『春人さん』〝も〟『とても心強い』〝と思ってますよ〟」

 

 励ましを聞いてもなお肩を震わせながら、凪乃は俯いてしまった。

 力不足を感じて。または、邪魔になっていたと感じてしまって。

 

 今まで見てきた春人の動きが、何もかも加減していたことが分かってしまったから。あの動きについて行けるなんて自惚れにも程があったと理解してしまった。

 

 本人がこれを聞けば、気を使うにせよ本心にせよ「いてくれて助かった」とは口に出すかもしれないが……当の本人はもうここにはいない。

 

 体が震えているが、悲しい訳ではない。凪乃の目から涙は流れない。

 

 

 

 これは疲労で体が震え、感情がいつもより荒くなってしまっただけ。

 

 ただ、握った拳は依然堅いまま行き場を失っている。

 

 疲れているからなどと言い訳を並べるには、この悔しさの感情が許してくれそうにない。

 凪乃はそう思いつつも歯を食いしばり続けた。

 

 

 

「アイツはそういうヤツなのだよ。いざとなると身を挺して助けるクセに、な〜んにも助けさせてくれない。助けようにも本人のフィジカルがスーパースペック過ぎて……楠莉なんか、使えそうな薬渡すくらいしか出来ないのだよ」

 

 楠莉が悲し気につらつらと溢す。

 今は『打ち消しの薬』で高校生本来の体躯へと戻ったにも関わらず、しょんぼり気味で肩身が小さい。

 

 

 

 

 

「いつだって守ってばっかで、背中ばかり見せて。自分がどれだけ傷ついて、血が流れて。ボロボロになっている事さえ分からない大バカ者なのだよ」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「撃てェ!!」

 

 

 

 凶弾が、降り注ぐ。

 

 2階から撃ち下ろされる無数の弾丸が、全ておれに向けて放たれる。

 

 

 

 だからこそ。

 避けるための情報は揃ったと、そう悟った。

 

 全ての銃口がおれに向いている。視認済み。

 それが分かれば。

 

 どこに逃げるか、どの方向に避けるか。思案済み。

 それさえ決めていれば。

 

 

 

 銃なんてものは、おれにとっては。

 驚きはすれど、警戒出来ないものではないから。

 

 どうするかを予め決めて、その場で思考せずに身体を先に動かす。コンマ数秒の差が決定的になるため、一瞬も無駄には出来ない。

 

 ともかく今の状況で、命に関わる大事なところは『複数の人間が銃を撃つ時、必ずしも避けられないということはない』という事。コレだ。

 当然、距離が開いている事が前提。

 

 

 

 銃というのは一部の神業レベルの例外を除いて、基本は直線に弾が飛んでいく。

 逃げ場がない程撃ち込む……つまり面制圧するには全員マシンガンを所持するくらいの弾幕が必要で、拳銃ではまともに弾をばら撒けないし、ばら撒いてしまえばすぐに弾切れを起こす。

 

 だから拳銃持ちというのは、よく狙って撃つ。

 10発前後程の少ない装弾数に対してより効果的に使用出来るように。少しでも命中率を上げるために。

 

 

 

 そうするとどうなるか。

 横の列に並んだ拳銃持ち達がおれを狙った場合。全員が狙って撃つと、上から見ると扇の骨の様な軌道になる。そして着弾点であるおれの位置で全ての弾が重なるように見える。実際はそこまで正確な軌道はまずあり得ないんだけど。

 

 ともかく、単純に考えれば横に避ければ。

 初撃は避けられるのだ。

 

 余程の先読みが出来るとか、予め避けるであろう位置を撃つだとか。向こうがそういった事を考えるには、遮蔽からおれの位置を確認して即発砲は猶予が無さすぎる。素人なら正確な位置は目視するしないとまともに当てられないだろうし。

 

 遮蔽から一斉に飛び出た時、全員がメイド服を着ていたのは見えた。

 なら……雇われではなく元々花園家にいるメイドであるなら、銃を撃つどころか持つ事さえ初めての連中と予想。まず真っ直ぐおれを狙うはずだ。先読みだとか熟練度がどうとかの余計な考えは尚更邪魔だと切り捨てていいな。

 

 なら懸念事項は対応出来る弾速であるかと、メイド達が撃つ精度……軌道のブレによるビギナーズラック。後は二発目以降の逃げ先を考慮した偏差射撃。

 

 だが目の前に留まるか、もしくは無策で突っ込んだ場合……どちらも確実に蜂の巣になることだろう。

 回避が最優先。銃相手に反撃はまず通らない。

 

 

 

 まず初撃は、確実に躱す!!

 あとは速さ勝負だ、なんとか走り抜けぇっ!!

 

「ちィっ!!」

 

 外れた弾丸が、後方の窓を手当たり次第に砕いていく。

 

 ガラスの破片が光を反射し、視界を煌めかせる。

 

 破片が目元まで跳ねている。だが気にしている余裕はない。

 

 目指すは右側通路の廊下。

 考えてる暇はない。ただ真っ直ぐ走り出す。

 

 

 

 僅かにだが、着ていたパーカーが背後に引っ張られる。避けた銃弾がフードに当たり、一瞬生地が伸びた。

 

 銃弾が身体を掠める。

 生存本能が速度のギアを上げる。

 

 脱兎の如く射線の切れる廊下へ滑り込む。

 

「はぁっ!!」

 

 

 

 

 

 間一髪ではあったが、掃射からは脱した。

 

 

 

「はぁ……! はぁ……っ! くそっ、どうしたもんか……」

 

 休むことは出来ない。

 

 息切れを整えながら、この後を考えないとこのままやられる可能性が高い。

 

 

 

 でも、大事な事……優先すべき順序を考えると、だ。

 逃げる選択肢と別ルートへ向かう選択肢は無い。

 

 どちらを選択しても、この後に奴らが恋太郎達とエンカウントする可能性がある。

 おれの運動神経でワンチャン回避が成り立つかどうかだ。恋太郎達では、銃には絶対勝てない。容易く拘束されるだろう。

 

 そんな状況を看過することは出来ない。今この場に釘付けにするか、無力化をするか。

 

 

 

(いや、最善は仕留める事だ……なら、やるしかないな。策を捻り出せおれ……!!)

 

 

 

 

 

「嘘でしょ!? 奇襲したのに避けられた!?」

「テレビで見る獅子王司さんぐらい速かったですよ!?」

「狼狽えるな!! アレが例え最強の高校生だろうと、銃には勝てないわ!!」

「一発も当たらないって、化け物では……!?」

 

 

 

(当たってんだよなぁ……! チクショウ!)

 

 騒ぐメイド集団に対して、陰から悪態を心の中で吐く。

 

 

 

 3発だ。

 3発も当たった。

 

 左腕に2発と、左脚のふくらはぎに1発。

 

 左腕は、仕込んだアームガードがどうとかの話ではない。

 腕の骨折は悪化。足の方も筋肉のスジに少なくないダメージが入った。

 

 特に腕の骨折の方は深刻だ。

 当たりどころがかなり悪い。綺麗な完全骨折で二つに分かれていた箇所に命中して、複雑骨折にメガシンカだ。まったく笑えねぇし、痛みの倍増で血の気も引けてくる。

 

 服を剥いだら腕は一体どうなっていることやら。

 酷い事になってるのは分かりきっている。何が何でも見たくない。

 

 だが、これでも無数の弾丸の内の3発だ。

 これでも軽く済んだと思わなきゃな。

 

(はぁ……、自分で言ってて気が重いな)

 

 被弾して、軽傷だからまだマシって。

 状況の酷さに思わず笑いが出てきそうだ。

 

 右手を軽く握る。感覚はある。

 脚を触る。こんな痛みではへこたれない。

 

 

 

 ——————大丈夫、まだ動ける。

 なら、事態は最悪じゃねぇ。

 

 やりようはある。

 

 

 

 それに、当たったおかげで気がついた事もある。

 

 銃弾というのは、そもそも殺傷するためのもの。

 そのため、金属で作られた弾丸は回転しながら体内を抉る様に飛んでいく。

 

 回転させる目的は安定させるためだとか貫通力アップとか……まぁその辺りはさておき。

 

 そもそもの話、胴体ならともかく腕や足ならまず貫通して血が噴き出し、その箇所の機能を大幅に低下させる。無傷で防ごうにも、相応の防弾対策をしてやっと骨折するか否かの話になるのだ。

 

 そういった、物騒な話になるのが当たり前。なのに。

 

 直撃したのに貫通どころか、銃弾が体内に入っていない。

 衝撃と痛みは当然あったが……致命的なダメージには至っていない。

 

(まさか……)

 

 確信には至らないが、現物さえ見ればハッキリする。

 

 

 

 

 

 壁から覗く。

 気付いたであろうメイドの1人が発砲したのを掴み取り、銃弾を確認する。

 

 撃ってくれて良かった。近くに弾は散らばってないから拾えないしな。

 

「これは……」

 

 気づいたのが数発食らった後なのが少し手遅れって感じだが、謎は解けた。

 この存在があることは知っていたが……初めて見たな。

 

 

 

 貫通しない弾。

 服を突き抜けずに引っ張る、という性質。それは摩擦の強い素材という事。

 窓は割れていたが、命中箇所の壁にはヒビや傷が僅かにしかついていない。それは、威力を素材のクッション性を使って抑えてある証拠。

 

(触ってみて分かる。柔らかいとまではいかないけど、確かな弾力がある)

 

 つまり。

 

(対暴徒鎮圧用非殺傷弾……ゴム弾だ)

 

 

 警察組織内でしか扱うことはまずないと昔聞いた気がするが……おれを倒す為にこんな物まで用意するとは。

 

 ……花園羽々里を舐めていた。

 

 例外的に使用する為に、どこまで骨を折ったのか分からない。

 

 基本的に、銃を人に向けると何かしらの法律に必ず抵触する。

 最悪、持っているだけでもアウト。そのぐらいには武器……銃に対して法が厳しいというのはおれみたいな頓珍漢でも分かる。

 

 

 

 どんな手段を使って手配したのかさえ、若輩のおれには分からない。

 結果として、おれの骨をも折った大戦果だ。……折ったというよりは悪化したというのが正しいが。

 

 花園羽々里の狙い……おれの攻略の仕方もこれでやっと読めたな。

 警備員達を全員相手取らせ、疲れたところを銃撃で仕留める腹積りだったか。

 

 

 

 ……いや、もしくはまだ何かあるか。

 この後も何重にも壁となる障害を用意している可能性は捨てきれない。

 

 ……いや、先の事を考えてもどうしようもない。

 まずは、ゴム弾の雨が降り注ぐこの状況をなんとかするべきだな——————!

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「嘘でしょ!? 見ましたか、今の!?」

「銃弾を掴み取っちゃった……!?」

「ゴム弾でも関係ない、相当難しい芸当ですよ!?」

「ま、まるでスタープラチナね」

「さっきから少年ジャンプが好きなメイドいない???」

 

 

 

 メイド達がどよめく。

 ヤツ……青井春人は自身に対して撃たれたその弾丸を難なく止めて見せた。

 

 

 

 多くの資産を投げ打って花園羽々里が弄した策は、あらゆる無法と時間短縮をもたらした。

 

 夥しい警備の増員。

 法を超えたゴム弾及び拳銃の支給。

 羽香里の周りに対するセキュリティ装置の数々。

 

 これらの設備は愛城恋太郎の五股が発覚してから、青井春人による襲撃までの僅かな時間に確保されたもの。

 

 さらには、銃撃と担当するメイド達には武装の扱いについてのレクチャーも行われている。

 

 

 

 全てが万全。

 実力行使を想定した、資産家が投げ打てる最大限の手段を持って。

 金、コネ、知謀、カリスマ、そして力。

 

 全てを持って。

 ウジ虫の抵抗を受け止め打ち砕く——————城壁とした。

 

 

 

 しかしその想定は。

 愛城恋太郎を含む全戦力に対抗する、その目的で作られた策だった。

 

 

 

 まさか。

 

 たった1人の襲撃で、ここまで掻い潜られるとは。

 メイドはおろか、花園家に在籍する人々の誰1人として。ここまで想定することが出来ただろうか。

 

 合わせて100人を超える警備の波状攻撃は凌がれ。

 

 銃撃による奇襲も、気配を察知されこの有様。

 

 下手に動けば全滅するのはこちらであると、肌感覚で理解する。せざるを得ない。

 

 

 

 奴は危険過ぎる。今回の迎撃隊長に任命されたメイドは戦慄した。

 

 

 

(あれがただの高校生……? 違う! 普通の高校生がこの様な動きをするものか!)

 

「全員遮蔽に!」

 

 

 

 ピンを抜く。

 構えるは、円筒型の手榴弾。

 

 閃光手榴弾。またはスタングレネード。

 

 爆音とともに大きな閃光を放ち、無力化を図る軍用として使われているもの。

 

 もしもの時は、と。

 羽々里様から一つだけ持たされたものだが、構うものか。

 

 ターゲットが隠れた階下の廊下へ投げ込んだ。

 

 

 

 

 

 一種の焦り。

 メイドがそう認識したのは、閃光手榴弾が手元を離れてからだった。

 

 

 

 青井春人のいる遮蔽の端で、何かが覗いていた。

 

 三角形の小さな板に見えた。

 おそらくだが、メイド達が狙っても当てることは出来ないくらいの小ささだった。

 

 

 

 板に付随していた突起のレンズが光る。

 

 

 

(まさか、スマートフォン……っ!?)

 

 

 

「それ……見たことあるな、フラッシュバンか。用意周到が過ぎんだろ」

 

 ナナメに上手く傾け、カメラレンズだけを壁から見せる手法。

 これにより、春人は画面に映る手榴弾を確認した。

 

 

 

 鳥肌が逆立つ。

 そして、悪手であった事にメイドはやっと気づいた。

 

 ――――――跳ね返されるっ!

 

 

 

「うおおおおおっ!!」

 

 

 弾切れも構わず、絶叫しながら乱射する。

 

 他のメンバーは遮蔽に隠れて対応出来ない。

 メイドは考える。自分だけが閃光に巻き込まれるなら問題ない。他の迎撃隊の方々による数の暴力で押し込められる。

 

 閃光だけは、彼に通さなければ……喰らわせなければならない。

 

 投げ返しか、蹴り返しか。奴ならやりかねないし、確実に狙ってくる。

 奴を遮蔽の外にさえ出さなければいい。

 

 もし全身を出してしまえば私1人でも弾を当てられる、と。

 

 

 

 

 

 最適のタイミングで青井春人が遮蔽から出てくる。

 

 

 

 

 

 頭部と、右腕だけ。

 

 そして。

 

 

 

 甲高い音と共に、空中で手榴弾が跳ねた。

 

 

 

「は?」

 

 

 

 ごとんっ、と。

 階段に青井春人が投げたスマートフォンが落ちた。

 

 からんっ、と。

 メイドの背後に跳ね返った閃光手榴弾が落ちた。

 

 

 

 

 

 全員が、ありえない手榴弾の放物線を見ていた。

 目を閉じることを、あるいは耳を塞ぐことを忘れ。ある者は近くにあるはずのない閃光手榴弾を見て口を開けさえしていた。

 

 

 

「そんな——————っ!」

 

 そうやって自滅するように、花園家の銃撃隊は全滅した。

 

 至近距離にいたメイドは爆音で失神、意識をギリギリ保ったメイドも後から当身で刈り取られた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 一息吐いて、画面の割れたスマートフォンを手に取る。

 

 いや、一息は無理か。

 酷く呼吸が荒い。汚い脂汗が頬に垂れた。

 

 

 

 この状態でこの状況。

 満身創痍でありながら一息つくことが出来るこの時間が、おれにとっては何より耐え難いものだった。

 

 敵はいない。

 

 いないという事は、戦えないということ。

 

 戦闘中に分泌されるアドレナリンなどの脳内麻薬に頼らなければならないくらいには、おれには既に限界が来ていた。

 

 スタミナはある。

 動くだけなら問題ない。

 

 ダメージが甚大だ。

 足は辛うじて動ける。右腕も健在。

 それ以外が深刻だ。外傷は当たり前、内臓へのダメージもスタンガンの電撃を浴びて機能に支障が来てる箇所も出てきている。

 

 消化器系の不調なのか、吐き気が数分おきに起こる。

 

(電撃に慣れていようがそもそもの話だよな。何回も食らえばそりゃ吐き気も起こるか)

 

 

 

 メイドの手からゴム弾の入った拳銃を拾い上げる。

 ざっと10人前後、簡単な後始末だけでも済ませよう。

 

 弾倉を抜き出す。

 あとは拳銃をスライドさせ、薬室の弾丸を吐き出せばいい。

 

 弾丸が無ければ、ただの鉄の塊だ。

 これを人数分。全ての拳銃を使えなくする。

 

 近くにちょうど良く高そうな壺が飾られている。

 しばらく見つからなければいい、ゴミ箱代わりに全ての弾丸と弾倉を入れておく。

 

 

 

 拳銃は……おれは使わない。

 

 ゴム弾と言っても、威力は相当なものだ。

 おれならともかく、羽々里陣営の人々に当てると一発で骨折などの重症になるだろう。

 

 そんな加減の出来ないものを使う気にはなれない。

 下手すれば禍根を生み出し、今後の羽香里との関係に悪影響が出るかもしれん。

 

 使うのなら、そいつを殺してでも何かしたい時。

 そう決めた。

 

 

 

 拳銃から弾を取り出し、投げ捨てる。

 

 そろそろ移動しないと。

 

 

 

 

 目指すは羽々里さんと対面した場所。

 

 夕方に来た時の部屋へ行こう。

 

 座して待つ、とは限らないが……。

 

 

 

 まず、見つけない事には話にならない。

 花園邸の内情が分からないなら分からないまま、候補をひとつずつ潰していくしかない。

 

 

 

 それに。

 

 今、花園を繋ぎ止めたところで、根本の解決にはならない事を知っている。

 

 

 

 羽々里さんの失望を買った時。

 

 

 

『愛してると言ったことがここまで苦しくなるなら……こんなになるまで、愛したく、なかった……!』

 

 

 

 後悔というものは、同じ過ちを繰り返さないための楔であり。

 心の奥に深く突き刺さった傷である。

 

 怪我と同じく大きければ大きいほど、深ければ深いほど恐れる。そして、二度と同じ目に遭わないために死力を尽くす。

 それは場合によっては、人間の本能と同等かそれ以上のポテンシャルさえも生み出す。

 

 それが後悔という名の、負のエネルギーから始まる行動原理。

 

 彼女の後悔が。

 

 彼女の命令が。

 

 

 

 花園を縛り付けている鎖だ。

 

 

 

 解き放つことが出来ても。

 羽香里が無事にここから逃げ出す事が出来たとしても。

 

 鎖はすぐに、足の先から蝕む呪いとなる。

 あらゆる手段で探され、見つけられ、戻される。

 

 

 

 そんな花園羽々里による呪縛を終わらせるためには。

 

 羽々里さん本人に、会わないと終わらせられない。

 

 

 

 

 大丈夫。花園の方には別働隊の恋太郎と院田の二人がいる。

 

 ちょうど良い、役割分担のようなもんだ。

 

 

 

 花園は、頼んだ。

 

 代わりにおれが羽々里さんを同じ土俵まで引き摺り下ろす。

 

 

 

 断ち切るんだ。

 

 呪縛が刻まれた心の鎖を。

 

 運命に囚われている、花園羽香里の死を防ぐために。

 

 

 

『幸せになれなければ、死ぬ』

 

 縁結びの神様から聞いたことは、未だに忘れられない。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 今にも千切れそうな赤い糸。

 

 切れるその前に繋ぎ止めないと。

 

 

 

 ハルと。

 唐音と。

 静ちゃんと。

 凪乃と。

 楠莉先輩と。

 

 みんなの力で。

 

 

 

「唐音、大丈夫?」

 

「もう大丈夫だって言ってんじゃない!」

 

 

 

 静ちゃん・凪乃・楠莉先輩と別れた後、俺と唐音は暗い通路を歩いていた。

 

 赤外線センサーで張り巡らされた通路を越え、今の所は人の気配は感じない。

 

 

 

 楠莉先輩から赤外線が見える点眼薬をもらい、唐音と2人で壁と壁に突っ張って赤外線センサーの届かない天井まで登り、乗り切ったんだ。

 

 酷く疲れたし……唐音のふにふにとしたお腹に頬擦りしてしまった様な気がするし、何より他のみんなと別れる形になってしまった。

 

 

 

 気になる事は多くあるけれど、俺たちは2人で進むしかない。

 

 点眼薬の所為で赤外線しか見えないため、視界が無いに等しい。

 唐音に手伝ってもらいながら道なりに進んでいく。

 

「ちょっと止まって」

 

 唐音が俺に触れて、動きを制する。

 

 通路の角に来たみたいだ。唐音はきっと様子を伺ってくれているのだろう。

 

「大丈夫そうね。進むわよ」

「分かった」

 

 ゆっくりと静かに。

 そして唐音が通路上の部屋を確認しながら進んでいく。

 

 

 

「ねぇ、恋太郎」

 

 敵がいない事で気が緩んだのか、唐音から声をかけられる。

 

「何?」

 

「あの……アレ。春人の事なんだけど。……あいつが強いのは分かってる。分かってるんだけどね、なんかずっと……そうっ、怪しいのよっ!」

 

 考えながら、悩みながら唐音は言葉を吐き出す。

 

「もしかしたら、敵……とか。裏切ったりしてないの……?」

 

 

 

 そう思った理由を、唐音はボソボソと話す。

 

 自分や恋太郎に一言も言わないまま、事態を悪化させていた事。

 この期に及んで単独行動をしている事。

 羽香里の部屋ぐらいなら分かっているはずなのに、未だに合流する気配がない事。

 

 

 

 唐音は言いづらそうに……悲しそうに言っていた。

 

 唐音の気持ちはよく分かる。

 彼女にとって……青井春人という人間は、俺たちの家族の1人なんだ。

 

 公園での怒りも、本来なら叩く事すらしたくなかったのだろう。

 それでもハルは、唐音と約束したらしい誓いを破った。

 

 おそらくは……羽香里を任せる、だとか。とにかく約束を守りきれなかったハルを許せなかった。

 

 

 

 それに対し、俺は——————。

 

「唐音」

 

 ——————事実を告げる。

 

「ハルは多分、君達を家族と思ってない」

 

 

 

「えっ?」

 

 根本的な、当たり前だと思っていた箇所を指摘され、唐音が呆気にとられた後 青褪めた。

 

「正確には、『家族の恋人』……唐音達は俺の恋人であり、ただの友達っていう認識なんだよ、ハルにとってはまだ家族じゃない」

 

「な、なんで……」

 

「ごめん、でもこれはハルを知るにあたって大事な所だから聞いてほしい。家族になってる俺と友達の違いは、ただの友達の場合だと『嫌われても構わない』って態度を示すことだよ」

 

「それは……」

 

「うん。ハルは今、羽香里を取り戻す手段を取ってる。だけど、それがみんなの思う最善の結果と同じかと言えば、そうじゃない。俺達の『恋太郎ファミリー』の輪の中で笑っていたい。でも、そんな甘い事を言ってたら羽香里を取り戻せないなら、悲しいけど潔く切り捨てる。そういうヤツだよ。俺が失望して家族と思わなくなるよと脅して初めて……止まるかもね」

 

「待ちなさいよ。そんなこと言ったら……私達の問題が解決しても、もしかしたら春人はちっとも幸せには……!」

 

 

 

「なんで、ハルは俺以外と仲良くないと思う?」

 

「……っ!」

 

「みんなからも嫌われるような事だって1回や2回じゃないよね? 約束は破っちゃったみたいだし、凪乃にも最初は疑ってかかった。そんなヤツが中学時代はそんなことしなかったと思う?」

 

 

 

「俺とハルは昔から似たもの同士だったからね。『言っても止まらない』んだよ。俺はみんなのために命を懸ける。ハルは俺のためだけに命を懸ける。そこにはまだ唐音達への気持ちなんて少しもない」

 

「ば、馬鹿じゃないのっ!?」

 

 

 

 遂に、唐音が吠えた。

 敵がいるかもしれないとか、もう関係ない。

 

 怒りしかなかった。

 ツンデレなんてものじゃない、本気の怒りだ。

 

「私達の気持ち? そんなの関係ないなら……!! アンタの言い方じゃ、まるで……まるでっ!!」

 

「うん」

 

 

 

 

 

「アイツは『自分の気持ち』すら考えてないって事じゃない!!」

 

 人間として、破綻している。

 

 人生を歩む者として、幸せを求めるのは目的の一つだ。

 それを求めないのは、人ではない。

 

 そうだ。青井春人は、正しい人の在り方から逸脱している。

 

 

 

「ハルと友達になって、家族って言ってくれるくらいの関係になって。それでも傷つくのはやめてくれない。自分が傷つく方法でしか、誰かを救えない。だから、俺はハルと一緒に生きて、幸せと思えるようにしたいんだ。傷つくような事を自らしないように、ゆっくりでも変えていきたい……けどね」

 

「……恋太郎」

 

「少なくとも中学の俺には出来なかった。凄く難しいことで、まだまだ遠いけど。いつかはきっと。だって、春人は俺の——————」

 

 

 

 

 

——————大事な、家族だから。

 

 

 

 

 

 

 

 いつかの通学路で、春人は区別をしていると言った。

 

 友達と恋人、そして家族。

 何処までも名字呼びを崩さない。

 あだ名を許さない。

 

 些細なことだと思っていた。

 

 その本当の意味を、唐音はようやく理解した気がした。

 

 

 

 彼は。青井春人は。

 

 悲しい過去を背負った自分からみんなを遠ざけようとしている。

 裏切られる事を極端に嫌っているから、避け続けるんだ。

 

 一体、恋太郎に会うまでどれほど悲しい事があったのだろう。

 どれだけ裏切られたんだろうか。

 

 家に向かった時のことを思い出す。家族が死んでしまったのは心に傷がついたのだろう。とても苦しかったのだろうし、今も苦しんでいるのだろう。

 でも、きっとそれだけじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 唐音は。彼女達は。

 

 さらに恋太郎でさえも。

 

 

 

 まだ、青井春人の闇を——————最奥を知らないまま。

 

 

 

 今は、人のいない通路を進むだけだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 廊下を走る。

 走ると言っても、ほぼ全力疾走に近い。それは銃撃部隊を掃討したために、あれ以上の戦力はそう多くないと確信した上で。

 

 何人かのメイドや執事に遭遇したが、まともな対応がくるまでに走り去る。現に、出会う人達の全員が若過ぎて武器も扱えないような見習いや戦力には数えられない壮年の方々だ。なら、わざわざ倒して回る意味も無い。

 

 

 

 おれの姿を見た者は、全ての人が驚いて硬直し……そのまま視界から消える。

 

 

 

 当然だ。

 道中で良いものを拾えたからな。

 

 仮に襲ってこようと問題なく、ついでに道案内も出来る。

 良いこと尽くめの便利アイテムだ。

 

 

 

「ちょっと、いつまで抱える気ですか——————っ!?」

 

「夕方の時みたいに道案内するだけだろうが、いちいち騒ぐなよ、っと!」

 

「じゃあせめて下ろして下さい!!」

 

「逃げるだろうが。ヤダ!!」

 

 

 

 良い所でメイドを拾えた。

 

 見た顔だ。デコ出しのメイド。

 ……灰色になったおれの脳みそによれば、確か銘戸さんの妹。名前は聞いた覚えが無い。

 

 夕方押しかけた時に、おれを案内してくれた女の子だ。

 

「そういや、お前の名前は聞いた覚えが無いんだ。名前なんだ? メイドさんって言っても多過ぎて呼びづらいんだよ」

 

 廊下の角であわやぶつかりそうになりながら、人相を認識した瞬間には腰に腕を回して持ち上げていた。

 

 そこまではただ見覚えのあるというだけの、銘戸さんに関係が深そうなメイド。

 あとは年相応に子供っぽい印象くらいしか心当たりが無い。

 

 

 

「マイです。女井戸妹って言います」

 

「えっ? メイド? じゃあマジで姉妹なのか」

 

「そうです! あの素晴らしいお姉様の妹なんですよ!」

 

「なのに、その素晴らしいお姉様の妹はおれに担がれてんのか」

 

「……」

 

「確かに不運ではあったな。うん。でも、さ。うん。カッコよくは……ないよね。むしろダサい」

 

「うがーおろせー!」

 

「だから嫌だって!」

 

 

 

 多くの執事やメイドとすれ違うが、ほとんどの人間がおれ達には反応できないまま。

 邪魔されないなら、このまま目的地に向かうだけだ。

 

「なぁ女井戸。ここで合ってるよな?」

 

「え、えぇ? 何の話ですか?」

 

「おれが羽々里さんに呼ばれた時の大広間だよ。ほら、羽々里さん専用の大きな椅子ががあったろ」

 

「ああ、確かにここですね。羽々里様の椅子が置いてある部屋は他にもあるんですけど、春人さんとお話しされてたのはここですね」

 

「ここみたいなラスボス部屋っていくつもあるのか……」

 

「威厳っていうのが大事らしいので」

 

 

 

 そんなことは知るかと言いたいところだが、やはりこのメイドは連れてきて正解だった。

 

 

 

 チャキ、と微かに音がした。

 

 多分、反応出来たのは……たまたまだった。

 

 

 

 右腕で小脇に抱えていた妹が、見えないところで何かをしている。

 そう気づいた時点では遅かった。

 

 

 

 発砲。

 

 

 

 考えてみれば簡単な話だった。先ほどのメイドたちが持っていた物を妹だけ持っていないと誰が思うのか。

 ぶら下がったまま隠し持っていた拳銃を手に、おれに牙を向いた。それだけだった。

 

 もしかしたら、あの手にある銃を叩き落として阻止できたかもしれない。

 ただ、おれを恐れている目が。

 女井戸妹の目の奥に、透き通るような光が見えた気がして吸い込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 発砲音と、わずかに遅れてきた痛みで正気に戻る。

 連発されるわけにはいかない……!

 

「がぁぅぐっ!」

 

「あっ!?」

 

 

 

 右腕は妹を抱いて空いていない。左腕は既にまともに動かない。だから、動かせるのは首だ。

 

 拳銃に噛み付いて引っ張り、一気に取り上げた。

 

 

 

「ひっ」

 

「なるほど、タイミングを見られてたか」

 

 口に咥えた拳銃を吐き捨てる。

 

 見れば、妹は明らかに青ざめていた。倒せるとでも思っていたのだろう、狙いが外れたようだ。

 

 

 

 だが。

 

 

 

「いや、狙いは良いと言って良かったのか。急所を狙うのは当然の話だしな」

 

「え? ……ああ、あ」

 

 やっとおれの顔を見て成果を確認できたらしい。よく見ろ、ここに血が流れてるだろ。流石にこんな至近距離じゃ避けられなかったからな。

 

 

 

 

 おかげで右目が使い物にならなくなった。

 

 

 

 何、深刻そうな顔をしてるんだ。眼球が多少潰れた程度だぞ。

 眼球内の水分が出た程度なら数か月あれば治るとは聞いたことがある。それに出来る限り弾の威力を減らすように、反射的に顔を反らせてはいたしな。

 

 血はここぞとばかりに流れてるが、勝手に失明したと思ってもらっても困る。だから、魔王の逆鱗に触れた村人みたいな顔をやめろ。こっちがなんか可哀そうに感じるからさ。

 

 ああ、痛い。キツい。でも問題ない。

 なんなら一周回って気持ちいいまである。ごめん、ウソ。めちゃくちゃ痛ぇ。でも関係ない。

 

 

 

 

 

 

「ノックしてもしも~し!!」

 

 腕が塞がっているので少々無礼だが扉を蹴って開ける。当然だがノックもしていない。

 ……少々どころじゃないや。かなり失礼。

 

 

 

 そしてやっと見つけた。ここだ。

 少し前に羽々里さんといた、記憶にある大広間だ。

 

 そしてその奥には。

 

 

 

 主人を待つ、空席の玉座。

 そして、その隣に佇む一人のメイド。

 

 いや、銘戸がいた。

 

 

 

「ようこそお越しくださいました」

 

「……お待たせ、待ったか?」

 

「貴方の狙いは分かっています。愛城恋太郎が羽香里様の確保、貴方は羽々里様に接触するつもりでしょう」

 

「先にちょっと待ってくれ、こいつ持ち続けるのちょっとしんどい。落とすぞ」

 

「うぎゃ!?」

 

 なおも、銘戸芽衣の顔は変わらない。

 無表情に見えて、確実に殺気が飛んできている。

 

 流石に、バレていたか。

 羽々里さんはここにはいない。だが、()()()()()()()()

 

「……」

 

「さて、軽い答え合わせだが……惜しいが違う。銘戸さん、あんたにも会う必要があったからな」

 

「……私めに?」

 

「ただ羽々里さんに会って、花園を連れてきますねって脱出しても羽々里さんが納得するわけないだろ。だから納得し得る交渉カードを用意する必要があると思ってな」

 

「私めを人質にでもするおつもりで? 無駄になると思いますが」

 

「それをすりゃ確実に言うことを聞いてくれるならそれでもいいんだがな。最も効果的なのは……敵戦力を真っ向から全て叩き潰すことだと思うんだ」

 

 

 

 これまでの道中、かなりの攻撃を受けた。

 それは、単純な技量不足からのケガか。違う。

 

 圧倒的な人数による戦力差が、おれをここまでズタボロにしてくれた。

 

 戦闘要員に多くの人員を投下していたことから、明確におれを警戒していたことは分かるだろう。おれからも手強い障害になると宣言していたしな。

 

 なら用意していた戦力を削り切り、羽々里さんを護衛一人いない状態にしてしまえばいい。丸裸にしてしまえば向こうが何をしようが勝ちは揺るがない。

 

 ……なんか、丸裸って言葉を使うのは良くない気がする。うっ、以前ここに来た時のトラウマが……。

 

 

 

 ともかくとして、見立てが外れたか満足な戦力を用意できなかったか。どちらにせよ『目論見が外れる』という意味はでかい。『自分がどんな方法を用いても捲り上げることができない』と心を蝕むのだ。

 

 メイド銃撃隊が弾を掴み取られた時、心が揺らいだ一人が閃光手榴弾を使ったように。

 おれが廊下の壁に磔にされた時、全員で廊下に突撃して多少のケガを厭わずに銃口を向けていれば良かったのに。銃が有効であるという見立てがズレたことで、銃ではどうにもならないと勘違いした。だから奴らは負けた。

 

 その穴を突くには少しコツがいるが……慣れりゃカンタン。

 

 

 

 羽々里さんへの交渉カードも同じようなもの。

 あの人の心さえ折ることが出来れば、この騒動は終わる。

 

「羽々里さんが用意した戦力をすべてなぎ倒しゃ、よっぽどの無理難題を吹っ掛けない限りは言う事を無視できなくなる。そのためには物証……全滅した庭の警備、正面玄関のメイド達、そして無力化されたあんたとそこのイモウトがいれば、重い首もちったぁ頷きやすくなるだろうよ」

 

 おれの視線が好戦的なものに変え、軽く挑発する。

 しかし、銘戸は変わらない顔で受け流したと分かると、無意味だとばかりに挑発をやめた。

 

「さて、つくづく自分がイヤになるな。ここ最近なんて友人と戦わされたり、あんたみたいな顔も殴りたくない美人とも戦わなきゃならないのは気分が悪い。別に女には手を出せないタイプではないが、進んで殴りたくもないし。個人的には自分から縄にでもぐるぐる巻きにされてくれりゃ嬉しいんだけど」

 

「……さっき先輩たちを全滅させた人のセリフじゃないですよ」

 

「あんなん、全員ほぼ無傷でなんとかなったほうだろ」

 

 妹が横から茶々を入れてくるが、おれはそれを否定する。

 玄関の銃撃戦の時はやろうと思えば、追い打ちに顔面パンチを入れてまともに動けなくすることだって出来たんだから。おれの趣味でもないし、周りからやばいやつって思われたくないからしないだけで。

 

 痛い思いなんか誰もしたくないに決まってる。

 

 

 

 ということで、横のこいつにも避難勧告だけはしねぇとな。

 

「妹、邪魔しない程度に下がってろ。この後の戦闘に巻き込まれたらシャレにならないぞ。そのきれいなおでこが真っ赤になること請け合いだ」

 

「あの、目は……大丈夫ですよね?」

 

「うん?」

 

 

 

 まだなんか言ってる。

 

 

 

「気にすんなっての、目の一つや二つ。いや、二つはまずいな。……まぁいいか。ほら、さっさと退いてろ」

 

「なぜ、妹を離すのですか?」

 

「あ? いちいち突っかかってっと嫌われるぞ。まぁなんだ、ダメだったか?」

 

「貴方は今、手段を選んでいられないはず。既に満身創痍ではございませんか」

 

 確かに銘戸の言う通りでは……ある。

 今のおれを見れば、まともに戦う事も憚られるくらいにはボロボロな見た目になっている。汚れても良いかと着てきたいつもの制服は所々ほつれているし、左腕は仕込んだアームガードすら関係なくもうまともに動かない。右目は潰れかけ、脚も酷使による酷使でいつまで耐えられるか分からない。

 それでも。

 

「逆に聞くが。人質とるようなこっすい男のいる集団に、花園羽香里が戻りたいと思うのか?」

 

「……」

 

「イヤだろ、そんな奴いたら。誰が考えても普通に。それとも実はそういう男が大好きなのか? そりゃ大分、男のシュミってのが悪いぞ」

 

 

 

 

 

 

 

「……貴方は一体」

 

「花園羽香里を連れ戻しに来た。それだけだ」

 

「懸想してはおられないのにですか」

 

「してない」

 

「そこまでする理由が分かりません」

 

「事情があるんだ。いちいち言わないけど」

 

 

 

 

 

「複雑に考えるなよ、シンプルに行こうぜ。おれは恋太郎のために。あんたは羽々里さんのために。どこまで行ってもここにいるおれ達に決定権はないんだ。なら、お互い楽しんだもん勝ちだろう」

 

「なるほど。では……」

 

 

 

 

「——————排除いたします」

「——————やってみろや」

 

 

 

 

 走り出す。互いに距離を詰め、やがて交差する。

 

「せやぁ!」

「はっ!」

 

 直後、銘戸は飛び上がり、おれの伸ばした拳は空を切る。

 おれの方に片手を添えて空中を一回転する銘戸と、おれの視線が重なる。

 

 

 

 

 

 ——————戦闘開始。

 闘いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

「だあぁ!」

 

 力任せに右手を横薙ぎにするが、一歩下がられただけで不発に終わる。

 

 

 

 現況。

 今のおれは全快の時ならいざ知らず、度重なる負傷により圧倒することはできない。攻撃も決定打が与えられるほど強いかわからず、かといってダメージを傷口に食らえば動けない。

 それでも、戦闘経験の浅い一般人なら倒せる体力は残っている。

 

 一方、銘戸さん。

 華麗な身のこなしでこちらの攪乱を謀っているが、しかしそれは単純なパワーではおれより劣っているという見方ができる。よく見れば露出の低いメイド服の上からでも細い腕や足が目立つ。それでいて蹴り技や肘打ちを主体に連撃を加えては距離を置く……正にヒット&アウェイを実行しているようだ。

 

 

 

 おれ達二人の共通点にして、致命的な弱点。そして先にそこを突いたほうが勝つ箇所。

 それは、二人とも敵の攻撃に耐えられる耐久力を持っていない点である。

 

 避けなければ、たった一発でも大きな傷や隙になり得る。耐える事は出来ない。おれはケガで、向こうは体の細さで。

 

 

 

 早い話、先に有効打を与える事の出来た方に軍配が上がる。

 

 

 

 だとすれば、おれのやるべき事は……手加減せずに真正面から受け止めること。

 ……今までが舐めプだった訳ではない、決して。

 

 好本静との時と理由は同じ。はじめに全力を出せばまず間違いなく人死が出ちゃうからである。

 周りに驚かれるレベルの理不尽な力は流石に自覚している。それに加えて急所やら人を壊す技術にもある程度の覚えがあるため、まず格ゲーに出てくる筋肉モリモリマッチョメンの変態ぐらいが相手でないとやり過ぎて……ポックリ昇天してしまう。

 

 

 

 だが、今の疲労困憊の状態なら。

 ポテンシャル最悪の状態なら、衰えた力と正確性に欠ける攻撃の精度によって誤って死んでしまう恐れは少ないだろう。

 

 そして、真正面から王道に。

 誠実に、清廉に、実直に、闘っていく。

 

 暴徒のように手段を選ばず暴れる事は許されないのだ。自分の望みの為に暴力を振り回す人間が、どうして恋太郎達と一緒にいて、恐れられないと思えるのだろうか。

 同じ理由で、妹を人質に取ることもない。

 

 

 

 正々堂々。騎士道や武士道に通じるもの。今回はそれに準ずる。

 王道というものは外道よりも崩れやすいものではあるが、時として強大な存在感を放つものだ。

 

 真正面から叩きのめすからこそ、『敵わない』と思わせられる。

 

 恋太郎に卑怯だと失望されず、敵には一種の畏怖や警戒を持たせられる。おれとしては一石二鳥な狙いも持てる最適な戦い方だ。

 

 

 

 結論。

 手段は選ぶ。それでいて全力は出す。ただケガはしている。

 

 そのうえで、倒しきる。

 あとは予想よりも銘戸が弱ければいいが……。

 

 

 

 上段蹴りを紙一重で避けながら見極める。

 

 見極めたいのは、武器の有無。

 彼女のブーツは常用のものだろう。戦闘用に金属を嵌めてはいないが、過度に高いヒールもない。履きなれた動きやすいものだろうと予想がつく。

 次に手。手甲もなければバンテージもつけていない。

 

 

 

 続いてこちらから懐に入り、フェイントを絡めながら背後に回る。

 しかし、見切られたようで肘打ちが顔面目掛けて飛んでくる。すかさず防ぐが、距離をまた空けられてしまった。

 

 

 

 ……動きが読まれている?

 おそらく感覚が鋭いのか。今の肘の反撃をしたときにこちらを見もしなかった。まるで、全方位に目がついてるみたいだ。

 

 でもその割には、攻撃が甘い。

 大事をとって威力を下げる目的で後方に飛んだが、その必要がなかったくらいに。

 

 

 

 

(喧嘩としてはド素人か? 戦闘慣れしていない。羽々里さんの懐刀と認識していたんだが……。今おれと対抗できているのは単純な銘戸さん本人のスペックと単純な経験がなせる業なのか……)

 

 

 

 瞬間、閃く。

 そして目が据わる。

 

 なるほど、ヒット&アウェイ戦法も納得がいった。

 

 

 

 非戦闘員の割に、武器はおろか防具もつけていない。

 それはおかしい。格闘家ならテーピングの類、そうでなくとも護身用の装備くらいは持っていなければ。

 

 防具さえつけないのにはきっと理由がある。防御力を捨ててでも身軽さを取った理由。

 

 つまり。

 

 

 

「だぁっっ!!」

 

 正面突破で銘戸の元まで駆け抜ける。

 触れるまであと10㎝。

 

 この一撃で決めるぞ、そんな気迫がプレッシャーとなって銘戸に襲い掛かったことだろう。実際はフェイクだが、狙いは達成した。

 

 

 

 

 銘戸芽衣の切り札が、漆黒のメイド服から覗く。

 

 

 

 

 

 やっぱり、最悪だ。

 

 右手にハンドガンが握られ、銃口がおれに向けられた。

 

「それ見たことかーっ!」

「……くっ!? ですが!!」

 

 

 

 発砲音。

 

 即座に両膝を折り曲げ、膝から足先までを使ってスライディング。間一髪当たることなく潜り抜けた。

 

 勢いそのままに体を転がし、距離を取る。

 危なかった。

 

 相手が銃を持っているなら、下手には近づけない。遠い場所にいるか常に動き続けていないと的になるだけだ。

 

 きっとゴム弾だから大丈夫と思っていたら大間違いだ。ゴムといえば柔らかいイメージがあるかもしれないが、あばら骨くらいなら普通にへし折れる。現に、おれの左腕は先程ゴム弾が当たったことで骨折が悪化している。

 そんなシロモノが急所に当たってみろ。おれの右目よりも悲惨な事になるわ!

 

 

 銘戸が左手を腰に回したと思ったら、もう一丁の拳銃を握りしめている。

 ……なるほど。確かにこれは、ほかの武器も防具もいらないわけだ。

 

「そりゃ持ってないわけないか。さっきの連中も撃ちまくってたもんな」

 

「お覚悟を」

 

「お覚悟したくねぇです! よっ!!」

 

 

 

 

 怒涛の連射から逃げるように、横へ走る。

 

 十数発、銃撃と風を突き刺す音が聞こえる恐怖をこらえながらも、外してはいけない目線は維持する。

 

 

 

 どこを見るべきか。当然、銃口の向きだ。

 

 

 

 不意に、ダッシュを急停止させる。

 そしてさらに、一歩だけ後ろに戻る。

 

 直後、()()に弾が通過する。

 

 警戒したのは偏差撃ちだ。

 このままでは当たらないと銃口を補正したタイミング。それを捉える。

 

 右のハンドガンが、弾切れを知らせるようにスライドがロックされる。利き手というのもあって引き金を引くのが速かったのもあるだろう。

 あとは、左のハンドガンの数発のみ。

 

 右に避け、左に避け。

 最後の一発は、負傷している左腕を鞭のようにしならせ打ち落とした。

 

 

 

 …………初めてボロボロの左手で打ち落としたけど、メッチャクチャ痛い。

 

 泣きそう、というかもう泣いてる。でも、無事な右腕をいたずらに消費するわけにはいかない。盾として使えるなら、四の五の言えないのがつらいな。

 

 

 

 ここまでやってやっと、向こうの弾切れを誘発できた、のだが。

 

 まぁ、それだけで何とかなるほど都合が良いわけもなし。

 空になった弾倉を捨てると、メイド服のどこからか予備弾倉を取り出してリロードである。あっという間に弾切れを告げるスライドロックが元の場所に戻った。

 

 

 

 徒労か。いや、手の内が見えたなら前進だな。一歩どころか半歩ぐらいの短さかもしれないが。

 元から不利だったことが分かった、それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 二つの銃口がおれに向くのと同時に、ゆっくりと細目が開いていく。

 本気、という認識でいい……か……。

 

 

 

 

 

 

 

 その目は、文字通り異色だった。

 

 見たものを惹きつける双眸。手も足も、思わず止まってしまう程に見惚れる輝き。

 

 

 

 それは。

 

 神秘的なまでの美しさと、この世のものとは思えない程鮮やかで。

 

 

 

 

 

 七色の殺意。

 

 

 

 

 

 思考の導線が脳内を駆け巡る。全身の筋繊維が細く引き締まる。

 それは、銘戸芽衣の瞳を見た直後に起こった警戒信号。

 

 ――――今までの、前提が変わった。

 

 

 

 気配で分かる。

 

 こいつ。おれを殺す気だ。

 

 

 

 これまでの羽々里陣営の最終目標はこれだ。

 

 不穏分子を確保し、しかるべき処遇を与える。

 

 さらに正確に言えば、おれ達の危険度を測ることで……羽々里さん側の正当性を確実な大義名分に変えた上で排除する。『羽香里から遠ざけた根拠はこうだった』という証拠が欲しいはずなのだ。

 

 羽々里さんとて、何もかもを自分だけ都合の良いように動かせば花園羽香里との家族仲が破綻することは百も承知だろう。

 

 しかし、羽々里さんが情報を整理するには絶対的に量が足りない。

 愛城恋太郎を表面的な部分しか見れていない羽々里さんにとって、あいつの情報はどれほど小さくても欲しいものだろう。

 

 

 

 だから、消すにしても大人の権力で。大人としての対応の後で。

 

 そもそもまず生け捕りにして、尋問して、判断材料を搾り取る。

 

 直接的に殺しに動くのは。

 向こうにとって判断ミスに等しい行為だ。

 

 

 

 そうでなければ、おかしい。

 羽々里さんの目的と行動が矛盾する。

 

 殺していいなら警備員など雇わない。最初からヤクザや暴力団など裏の世界の人間を持ってくればいい。

 わざわざゴム弾など用意はしない。全て実弾を揃えれば良い。

 

 

 なら、どこがおかしくなったのか。

 

 ……考えろおれ。

 

 

 

(この殺意は羽々里さんの本意じゃないとしたら……その仮定を置いた時、筋の通る結論はきっと……)

 

 

 

 記憶の片隅から、違和感のあった部分を無理矢理引っ張り出す。

 

 そうだ。いつかの帰り道の時点で片鱗はあったのだ。

 

 あの凍るような視線も、泥のような黒い気配も。

 

 

 

(花園羽々里の意向さえ無視した個人の暴走。そして一時の感情とは思えない、おれに対する殺しの動機……!!)

 

 

 

 発砲。

 

 この大広間に、家具は大きな棚と羽々里さん専用玉座のみ。

 隠れるところもなければ、反撃もできない。

 

 どうしようもない。

 

 

 

 動機は分からない。

 切り抜ける方法も分からない。

 

 おれ一人ではどうしようもない。

 

 

 

 なら、助けを。

 

 

 

 青いパーカーの襟を引っ張り、ダイヤの形をしたネックレスを取り出す。

 

 弾丸を大きく避けながらそのまま口に入れ、一気に噛みしめる。

 

 

 

 薬膳印の切り札。

 今まで使った時と全く同じ仕様なら、発動までにタイムラグがあるはず。

 

 

 

 妨害されずに服用したなら、ここに保険は組みあがった。紅蓮に染まった右目を無理矢理開く。

 おれの両目に、ナニかが宿った。

 

「あ、貴方も——————」

 

「勝負は、ここからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 そっちがその気なら。こっちだって。

 

 保険は張った。これがおれの見せられる初めての全力。

 

 

 

 

 全力の意味は、決して『舐めてかからない』という意味じゃない。

 

 

 

 ――――『死んでも勝つ』という意味だ。

 

 

 

 

 

 全力や限界まで、という規模の話ではない。

 文字通り、死ぬまで。自身の体を壊すぎりぎりのところ……いや、体が壊れるほどの負担をかけてでも相手に肉薄しに行く。

 

 

 

 地面が凹み、抉れる。

 疾走するための踏み出しが跳躍と見紛うほど、大きな一歩。

 

 足が軋んだ。

 まだ動かせる。問題ない。

 

 

 

 発砲。ゴム弾が迫る。

 初めて逸らすでも弾くでもなく、受け止める。

 

 筋繊維、骨組織、皮膚の悉くを防御甲冑と見做し、回避を度外視。直進運動のみを継続させる。

 

 胴体、右腕。損傷多数。

 まだ動かせる。問題ない。

 

 ダメージも厭わずに最短距離で詰めに行く。

 顔だけは視覚や急所など最低限気にかけなければならない。右腕で顔だけは守る。

 

 

 

 銘戸も動きが変わった事に気付いた。

 後方へ、端から端へ後退し、距離を離しながら銃撃を続けていく。

 

 骨が砕けるような痛みに負け、大きく身体を横にずらす。

 駄目だ。やはり大きく距離を取られているから、避ける為に身体を動かすとジリ貧になる。

 ……タイミングが来るまで距離を出来るだけ詰めておきたい。

 

 

 

 ここで手をこまねいていても、撃たれることに変わりはない。

 どうせ撃たれるのなら。

 

 

 

 弾を反らす、または掴み取る。今の状況として出来ないわけではない。

 だが距離を詰めることを最優先とした今、弾道の把握やタイミングに意識が向くと銘戸を追い詰めることができない。

 

 

 

 歯と歯の間から呼吸が漏れる。

 痛みをこらえるために、口元が歪んでいるからだ。

 

 

 

 だが、いずれ来る。

 その一点を狙い撃つ。

 

 

 

 そして、()()は来た。

 

 

 

 

 

 

 

「――――っ!?」

 

 

 

 再装填(リロード)

 

 

 

 どこかのスパイ映画のように、数秒で弾倉を入れ替える。

 

 

 

 この数秒を待ってたんだ。無駄にするわけにはいかない。

 

 ――今、動くっ!!

 

 

 

 

 

 銃口が向くまで、0.5秒。

 

 再加速。

 これはさっきまでの加速よりも数段早い加速。

 

「――っぁ!」

 

 骨が音を立て、足が軋む。

 正面からの突進というのは、実戦では大きなプレッシャーだ。その本能的な恐怖にこらえることはできても、跳ね返すことができるのは一握り。

 

 まず、銃口はブレる。

 

 

 

 銃口が向くまで、0.1秒。

 

 当然、対応は早い。

 向こうにしてみれば、リロードの隙を狙われるのは当たり前。

 

 だが、撃たれることはない。

 あともう少しだけ精度を上げるため。的が大きければ大きいほど、より効果的な……急所の集まる中心を狙うからだ。

 

 足ではないのだ。

 戦闘とは、焦りで思考が薄れると。

 効果的な部位を狙うより、効率的な最大ダメージを直感で判断してしまうものだ。

 

 そして、大きい的の小さな目標目掛けて、角度を修正する。

 

 コレを狙っていた。

 一気に跳躍。

 

 

 

 銃口が向くまで、0.3秒。

 

 対象が銃口から離れる。おれの体で照明が遮られていき、銘戸の足から上へ影が伸びていく。

 

 すかさず銘戸は天井に構えて。

 

 

 

 

 

 

 

 銃口が向くまで。

 

 

 

 1秒。

 

 

 

 そこにおれはいなかった。

 

 

 

 

 

(――シャンデリアだ!)

 

 大きな照明の端を右手で掴んで減速。そのまま逆上がりの要領で、天井に両足を着いた。

 

 シャンデリアが揺れる音を聞いても、もう遅い。

 

(あんたはもう、体が反射的に動いちまったんだろ!? 空中で止まるなんて思わなくてよ!)

 

 

 

 足に力を込めて、全身を撃ち出す。

 

 一発しかない、おれの……いや、おれ自身が弾丸だ!

 

 

 

 

 

 おれの飛び蹴りは正確に。

 銘戸の右手を打ち抜いた。

 

 カラカラと滑っていく拳銃。

 

 銘戸がもう一つの拳銃を向ける。

 

 

 

 発砲。……に、間に合った。

 

 

 

 天井へ弾丸が飛んでいく。

 

 銘戸の手首を掴んで、無理矢理銃口を上に向けられた。

 

 

 

 痣になりそうな勢いで、しっかりと手首を握りしめる。

 

 銘戸は痛みに耐えられなかったのか。

 後ろに下がって距離を取ろうとして……そのまま体勢を崩した。

 

 もちろん、おれのせいである。

 

 

 

 合気道とか柔道とかの基本の一つ。

 こうやってお互いが綱引きのように力を入れあっているときの場合、相手は必要以上の力を使って無理矢理引っ張っている状態だ。

 この時、わざと力を抜いて一歩前に行ってあげたりすると。転ぶか体勢を崩してしまうわけだ。

 

 そして、一度体勢を崩してしまえばおれの腕力には抗えない。

 

 引っ張りながら後ろを向き、不格好な背負い投げで地面に叩き付けた。

 

 

 

「……かはっ!」

 

「はぁ……はぁ……、くっ、くそ……っ!」

 

 

 

 やっと、手応えのある感触だ。

 彼女が多少痛みに苦しむのは仕方ない。こちらの加減する余裕はもうないのだから。

 

 だが、そのまま追撃を入れる時間はもうない。

 

 あと、あと少しで決着を付けられたものを!!

 

 

 

 ズボンとベルトの間に挟んでおいた試験管の一つを取り出す。

 

 試験官は全部で三つ。

 

 一つ目は『打ち消しの薬』。

 

 二つ目は煙幕用。

 

 今取り出した三つ目が……。

 

 

 

 「させるかぁ……!!」

 

 

 

 試験薬と試験薬の適当混合液。

 

 楠莉の姉さんがヒマつぶしで作った、見た目だけは派手ななんちゃって爆薬だ――!

 

 

 

「きゃあ!?」

 

 女井戸が横に大きく避けた後、その場所が爆発した。

 

 

 

 女井戸がこっそり取りに行っていたのは、先ほど蹴り飛ばした銘戸が持っていた拳銃の片割れだ。

 

 たまたま気づくことができたが、取られて挟み撃ちでもされていたらおれの負けだ。

 

 

 

 随分と無茶をした、もう避けることはできない……!

 

 

 

 女井戸の動きに目をやらざるを得ない。

 そのタイミングで後ろも動き出す。

 

 

 

 間一髪。

 手で弾丸を防いだ。が、手の甲に当たったせいでついに骨が折れる。人差し指と中指が動かない。

 

「~~っっ!!!!」

 

 

 

 その硬直が致命的だった。

 

 右肩、左大腿部、右腹部。

 

 

 

 次々と襲い来る銃弾に追いつけない。

 

 既に疲労もダメージもピークに達している。

 むしろ、一瞬でも優勢になったことで緊張の糸が緩んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「まだ……!」

 

 煙幕用の試験管を親指と小指で挟み取り、銘戸の方へ投げた。

 

 

 

 

 

 爆発を警戒して、試験管が撃ち抜かれる。

 しかし、直接的に害のあるものではない。

 

 おれと銘戸の間に煙が噴出した。

 

「くっ……これは、煙幕!?」

 

 

 

(青井春人はここからどう……いや、青井春人なら絶対……!)

 

 

 

 足に力を込める。

 既に死に体だが……足はまだ動く。

 

 もうパンチ一つさえまともに傷を与えられないだろう。それでも。

 やりようは……ある!

 

(絶対に来る!)

 

 

 

 煙から槍のように突き抜ける。

 それに対し銘戸は一瞬で引き金を引き……。

 

 弾丸が青に包まれた。

 

 

 

 

 青いパーカーを脱ぎ捨てたおれが、白いシャツ姿になって。投げたパーカーよりも遅れて出てくる。

 

 煙の揺らぎを見ていたから……見逃さなかったから、騙された。

 

 

 

(目を閉じてたんなら、もし煙の中の気配を見られてたらバレてたかもしれねぇ……)

 

 

 

 でも今のあんたは、その殺意の籠った虹色の瞳がガン開きだよなぁ!!

 

 

 

「オァァァァァ!!!!」

 

 

 

 パーカーの下から、銘戸のすぐそこまで接近する。

 

 左腕も、右腕もほぼ壊れている。

 

 タックルで押し倒すか。いや、マウントポジションを取ったところで両手が負傷しているのに押し倒しても意味はない。

 

 

 

 なら……。

 

 

 

 頭突きロケットでぶち抜くしかねぇ!!

 

 

 

「だぁぁ!!」

 

「く、ぁぁ……ッ!?!?」

 

 拳銃の引き金が引かれるより先に、銘戸の体がくの字に曲がる。

 

 腹部への全霊を込めた一撃は、左脚を代償にした。足の中にある何かが切れた。もうまともに動かせるとは思えない。

 

 

 

(ここで、決まれ……!!)

 

 

 

 お互いに足が地面につかない程の突進力。

 

 碌に受け身も取れないまま頭から地面に激突したが、向こうは数メートル飛んで行っている。

 まず起き上がることはない……はず。気を失っていないだけでも大したものだろうな。きっと。

 

 

 

「お姉様ぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 女井戸妹の慟哭が響く。

 

 

 

 そして、おれは目を見開くことになる。

 

 

 

 決着は、まだ付いていないことを。

 

 

 

 女井戸妹が、銘戸の身体を受け止めていた。

 さっきまで、メイド二人は相当距離が離れていたはず。

 

(煙幕を投げた前後の数秒で、吹っ飛ぶ場所を読み切ったうえでフォローできるように移動してたってか……!)

 

 

 

 勢いを殺すため、女井戸が巻き込まれるようにゴロゴロと一緒に転がっていく。

 銘戸の口元には血が流れている。内臓をかなり痛めているが、その目はまだ光がある。

 

 まだ、終わってない。

 

 

 

 

 

 

「うおお……っ! ごぽっ、ぉ……」

 

 気合を絞り出そうとして、口から血を吐き出す。

 こっちも状態は似たようなものだったか。

 

 あんだけ銃弾を食らってりゃこうもなる、か。

 

 あばら骨の折れた破片が肺に刺さったらしい。

 この喀血は肺からの逆流だ。血の量を見るに……いや、推測もいらないな。

 

 

 

 

 

 ――助からん。

 

 

 

 

 

『ハル』

 

 誰かの声が、聞こえる。

 

 

 

 頭と両脚、肩を地面に付けてうつ伏せから立ち上がる。

 

 そうだ。そうだよ。

 まだ、終わるわけには。

 

 

 

「ごぼぁ! はっ、はぁ、まだだぁ!!」

 

 

 

 瞬間、脳天に強い衝撃が走る。

 

 

 

 眉間に打ち込まれたと知った時には、後ろに体が崩れていた。

 

「はぁっ、はぁ、ぐっ……!」

 

 

 

 銘戸による発砲。

 しかし、彼女にとって先ほどのダメージは致命的。照準なんて定まるはずがない。

 

 

 

 だが、この眉間への一撃。命中精度が正確過ぎる。

 心当たり。そんなもんじゃない、これは確信。

 銃を持つことさえなければ見出されなかったであろう意外な特技を持った女がいる。

 

 そんな女が銘戸の上体を支えていたから。

 

 

 

 充血した右目はもうぼやけて何も見えない。

 もはや身体の中では数少ない無事な左目で彼女……女井戸妹を見る。

 

 彼女は荒い呼吸を繰り返しながら、お姉様と仰ぐ女性の拳銃を持つ手を両手で包むように握り。

 未だなお、おれに向けて狙いを付ける。

 

 既に拳銃のスライドは後ろで固定され、弾切れを意味していたのに。

 

 

 

 

 

 

 

『ハル』

 

 声が、脳髄に響く。

 

 

 

 腕。

 左腕なら肘まで動く。

 

 脚。

 右足ならまだ軽微だ。

 

 

 

 ここから全てを諦めて、目を瞑ることは簡単だ。

 でも。

 

 それでも。

 

 まだ。

 

 まだ。

 まだ。

 まだだ。

 

 まだ……!

 

 

 

 

 

 

「動ける……っ!!」

 

 おれは、動き続ける事を選択する。

 

 

 

「妹ッッ!! マガジンの交換をっっ!!」

「は、はい!!」

 

 空になった弾倉が妹によって自由落下を始めた。

 そこから芽衣が取り出した底面が赤い弾倉を受け取り、装填する。

 

 

 

「おおおおおお——————っ!」

 

 軋む骨を筋肉で締め上げ、脚部を再使用する。

 

 歪んだ形でも良い。

 この一時だけ、使えるようになれば。

 

 指さえ動けば、盤上を幾らでもひっくり返せる道具。

 アレさえ無くなれば。

 

 女井戸妹が動けたとしてもタカが知れている。

 と言うより、妹は自分が弱い事を知っている。だからこそ彼女は芽衣とおれの戦闘時に加勢する事が無かった。なら、銘戸の命を守る為に降伏するまで考えられる。

 

 

 

 いや、勝った後の話は早過ぎる。

 

 ともかく今は、がむしゃらに拳銃を使えなくする!

 

 

 

 恐らくは最後の発砲。

 

 妹が狙いを定め、銘戸が引き金を引く。

 二人のメイドから放たれた連射は、全てがおれに確実に命中する軌道で迫ってくる。

 

 ここまで来れば後は戦術も何もない。

 精々が身を屈めて突撃するくらいだ。

 

 耐えれば勝ち。

 

 弾が尽きれば勝ち。

 

 それが出来るか、出来ないかの我慢勝負でしかない。

 

 

 

 突如、上半身の複数箇所が砕ける。

 

 顔を守っていた腕は酷くなり、肘が壊れ、腕は肩の破損により上がらなくなる。

 

 口からは血が溢れ、肋骨は折れてない骨の方が少ない。

 

 

 

 まだ、進める。

 歩ける。

 

 多少屈んだお陰か、もう使わない腕にばかり弾が命中している。

 

 脚さえ生きていれば問題ない。

 

 

 

 走る速度は、既に健常者の徒歩と変わらないかそれ以下になっている。

 分かってはいたけど、やっぱ弾切れの前に辿り着くのは不可能だ。

 

 

 

 遅くとも、いつかは辿り着く。

 今はそれさえ、出来ていれば……!

 

 

 

「妹、心臓を狙いなさい!!」

「え……は、はい!!」

 

 

 

 その照準は……人を殺すための箇所であるため、妹は一瞬躊躇う。

 

 おれから聞いても、妙な声掛けだった。

 

 

 

 引き金が引かれる。

 

 

 

 引き金を引いたのは、銘戸芽衣だ。

 それは、絶対だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 だれのこえだろう。

 

 

 

 おれのこえにしては、ずいぶんとたかいこえなきがする。

 

 

 

 こげくさい。

 いやなにおいだ。

 

 

 

 鉄のにおい。

 

 

 

 なんだが、ひどく、だるい。

 

 それとどうじに、いたみがきえた。

 

 

 

 ふと、視線を。オろす。

 

 

 

 

 

 

 

 左胸が白いシャツを紅く、ひたすら紅く。

 

 

 

 手を当てる。

 

 

 

 

 

 

 鼓動は、聞こえなかった。

 

 それで全てを悟る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おれは、『ようやく生命活動が止まった』と。





【次回】



『君だけが大好きなただ一人の友』


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