賭けに勝ったんだ、羽香里の父は微笑む。
春人はその言葉の真意を掴めないまま。
微睡みの中へ帰って行った。
「ああ、これからの君に幸あれ」
青い春と新たな日の出
目が覚めたとき、見知らぬ天井……と言っていいのか、少し悩んだ。
見知らぬ天井というのは、物語においては病院の白い天井の事のはずだ。
おれが今見ているのはどちらかと言うと……発色の良い鮮やかな色の天井だ。
……天井とも言えないかも知れない。
四角錐の形をした天井だ。それでいて高さもあまりない。
そして布一枚越しに分かる地面の硬さ。冷たさこそ布のおかげで感じにくいが、コンクリートの上におれはいる。
ここはテントの中だ。
誰のテントかも分からない。
そもそも、なんでここで寝ていたのかも。
(とりあえず……生きてる)
ほんのり寂しいような、嬉しいような。
未だにおれは、家族に会いたいと願っている。
でも、かつて一緒に過ごした彼女がそれを許さなかった。
……彼女と言っていいのか、あれは?
好きではあった。
……でも告白する前に、結局振られちまったしなぁ。
彼女だという訳にはいかないか。
……。
そう。
あの人も『家族』だった。
「そんなことより……ここはどこだ? みんなはどうなって——————うぐっ!?」
起き上がろうと頭を上げた途端、横からの腕によって下に押し付けられた。
僅かなクッションがあったとしても、急に無理矢理動かされれば驚くものである。
「な、なにすんだ……あ?」
二の句を告げることは出来なかった。
「もう少し……寝ようぜ?」
ウルフカットの女性が、おれの頭を押さえ付けていたから。
数分経過。
しばらくして、おれの頭の下にあるものは腕だと気付いた。隣の女の、押さえ付けられた腕とは違うもう一つの腕。
つまり、腕枕。
……。
こんな状態で寝られるほど、鈍くはないのが悔しい。
周りを見渡す。
隣の女は既に『くかーっ』とやや豪快な寝息を立てている。
吐く息が妙に甘ったるい。甘ったるいが、果実のような美味しそうな雰囲気とは違う……どちらかと言うと花弁を嗅いでるような透き通るものを感じる。
他の方向を見てみると、多くのものが雑多に置いてある。
一際目立つのは黒いブラジャーだ。そんなものをテントの床に置くな。
ブラジャーの隣には、脱ぎ捨てたであろう草と泥に塗れた軍手が置いてある。臭いと思ってたらこれが原因か。そんなものをテントの床に置くな。
ダメだ。
現状はおろか、隣の女が何者かさえ分からん。
おれはどうなった?
これは捕まってるのか?
そもそも、花園邸にいた夜を思い出せ。
おれは恋太郎と羽香里……いや、花園を庇って。
「死んで……ないのか?」
ようやく、徐々に頭を回転が回り出す。
そうだ。
傷だらけのままで大立ち回りをして。
とっくに体内のエネルギーが枯渇しても尚動き続け。
最期に二人を守って……果てた。
その筈なのに、生きている。
(痛みはない。どこも正常に動く……どこも?)
左目を隠す。
潰れたはずの右目は、綺麗な視界を映していた。
何もかも、治っていた。
みんなの為ならと切り捨てたもの。
あの時、誰かに言った言葉なんて……ただの強がりでしかなかった。
とっくに諦めていたんだ。
一筋の涙が伝う。
おれは、まだ。
おれを諦めなくていいらしい。
最後に、証が欲しい。
ここがどこかなんてどうでもいい。
花園羽香里がここにいる証拠が欲しい。
愛城恋太郎がここにいる証拠が欲しい。
よくある異世界転移ではなく、地続きの世界である事を示すものが。
おれ達の足掻いた未来である事の証明を。
再び周囲を見渡す。
見つけたのは冊子。
一見、ただのノートだ。
しかし、『交換日記』と無骨に書かれたノートの裏に連名でしっかりと書かれていた。
『花園 羽香里』
……いた。
「……そうか。…………そうかぁ……っ!」
ページをめくる。
日記と書いてあった。なら日付も書かれているはずだ。いや、交換日記なら無い場合もあるか?
とにかくめくって——————。
「百八先生、起きる時間ですよ! いつもの草むしりをするじか……ん」
テントを思いっきり開き、日光をテント内に照らす見覚えのあるメイド。
「えっと、あっ、それ……」
「ん?」
「……いや、男の子ですもんね」
「えっ?」
……どういうことだ? なんだその反応?
「あ、後で来ますね。ご、ごゆっくり……」
閉められた。
僅かな光が、ノートの裏を強く照らす。
『花園 羽香里
煩悩寺 百八』
中身を見れば…………あぁ〜……なるほど。
随分と、卑猥な交換日記もあったもんだ。
すぅ〜。
「誤解だぁぁああッッ!!!!」
おれはテントを飛び出した。
「大丈夫です。大丈夫ですから」
「ならっ! 目をっ! 逸らすんじゃねぇ!!」
早速、テントの女を起こしに来たであろう……女井戸妹を捕まえる。
変態扱いは死んでもごめんだっ!
「ほら、今に始まったことではないじゃないですか」
「おれの評価は一体どうなってんだ!?」
そんな事を言われる筋合いはなかったはずだ!
深呼吸して、女井戸に尋ねる。
変態呼ばわりされないようにするのも大事だが、あの日からどれほど経ったかも分かっちゃいないのだ。
「色々聞きたい事がある。まず、ここはどこだ。それに……あれから何日経ったんだ」
「……はぁ?」
眉を顰められた。
トンチキな事だと思われても答えてもらわないとならない。
「ここ……学校ですよ?」
「はぁ……? 学校……の屋上? なんで、おれ達の集まりが……」
そんな筈はない。
おれの知ってる学校の屋上には……こんな畑はなかった。
「どう見ても屋上ですよ。お花の蜜大学附属高校園芸部の屋上。いつもの屋上とは別棟ですよ、しっかりして下さい」
「じゃあ今日は何日だ!?」
「……」
「原作でもずっと春のまま物語が進行しているのに、季節が狂ってる世界で日付がまともに機能してると思いますか?」
「日にちが役に立たない設定の世界観って、マジでどうなってんだ。頭おかしいだろ」
※中村先生は100カノの偉大な先生です。マジで尊敬してます。
「どうしたんだどー?」
「さっきからうるさいんだけど、山女先輩が作ってくれた朝ご飯の邪魔」
「おで調理してないど」
「出来たて新鮮な野菜は、そのまま頂くのが礼儀美味しぃぃぃぃ!!」
「会話の途中で食うな、何しに来たんだお前は」
思わず呆れて突っ込む。
誰だか知らんが、今はちょっかいを受け入れる余裕はない。
「少なくとも、お前ら赤の他人には関係ねぇ話だ。女井戸、悪いがおれの寝てる間に何が起こったか……女井戸?」
「えっ?」
「何言ってんだよ」
女井戸が黙って……信じられない様子でおれを見ていた。
その直後、違和感が膨れ上がった。
「ハルサン、おで山女だど」
「ハル先輩、その冗談は笑えないんだけど」
「いや、だから誰だよ。気安くハルって呼ぶんじゃねぇ」
「「えっ?」」
「あとついでだ、あそこのテントの中にいる女も見覚えがねぇ。誰なんだあれは」
「いつも通り……妹って呼んでくださいよ。なんで……まるで昔みたいに突き放すんですか」
「昔だと? そんな前から知り合ってた訳じゃないだろおれらは。いいから、知りたいのは花園邸でおれと恋太郎と羽香里が落ちた後、何があったか——————」
「いつの話をしてるんですかお兄様ッッ!!」
……。
…………。
…………オニイサマ???
拝啓。
お父さん。
お母さん。
なつき。
自分には何が起こっているか分かりません。
知らない人達が、おれを知っています。
おれの知ってる事が、何故か通じません。
でもただ一つ。言えることがあります。
いもうとが、生えてきました。
たぶん地面から。敬具。
ナニガドウシテコウナッタ……!!
【 第 二 部 】
【君と君のことが大大好きな彼女】編、開始。
キャラクター紹介
青井 春人
友人Aこと本作の主人公。恋太郎ファミリーの中では恋太郎と連なる数少ない男性でありながら、彼女達とは恋人ではなく異性の友人として関わってきた。
純粋な腕力では唐音に劣るが、多大な戦闘技能と経験でファミリー内トップの実力を持つ。一方でメンタル方面に脆い部分が多く、『家族』に関わる部分では不安定に陥る事が少なくない。
現在、何故か学校で目が覚めて混乱している。
周りの人間とも話が合わないため、原因究明中。