「【今までのあらすじ】
愛城恋太郎は100人の運命の人に出会う。
それを隣で聞いてた友人Aこと、青井春人。
彼女達に時には無視され、時にはボコボコにされ、時には煽り返し、そして時には頼られてきた生活だったが、なんだかんだ上手く関係を築いて来た春人。
しかし羽々里の魔の手によって羽香里が幽閉されたため、ふざけんなとカチ切れた春人は正面突破で突撃を敢行。骨折、重体、右目喪失、意識不明になりながらもすんでのところで羽香里の自殺未遂を恋太郎と共に食い止め、羽々里の目論見を打破する。
完全に意識を失い、生命活動も危ういと思っていたら……。
気がついたら、新たな4人の美少女がおれを囲んでいたっ!!
しかもみんな、おれに少なく無い好意を向けているし!
きゃーっ、おれったら一体っ、どうなっちゃうのー!?」
「気持ち悪い独り言はやめて、早くこっちに戻って来てくれません?」
「話を整理しましょう」
言葉こそ冷静沈着そのものだが、目の前にいる当の女井戸妹本人は滝のような汗を流していた。
焦る気持ちは分かる。だが落ち着け。
せめて仕切りたいなら、不安になるような態度を取ると逆効果だぞ。
さて、久しぶりかもしれない情報整理の時間だ。
ここにいるのは。
おれこと、青井春人。
面識のある女井戸妹。
今しがた名前を聞いた優敷山女、原賀胡桃。
たった今叩き起こされた盆能寺百八の計5人。
……やはり、聞き覚えがない名前達だ。
そこの盆能寺百八に至っては倫理の教師だと言う。いいのか、教師があんなズボラで。テントに薄着、下着の放置とか明らかにダメな方の大人だろ。
というか、テントに収納用の家具ってあるのか?
そもそも家はどうなってんだ。
倫理は三年になってからの受ける科目だという事情を聞けばなるほど、おれがこの先生を知らんわけだ。
もしかすると名前は見た事あるかもしれないが、流石にすぐ思い浮かべるのは無理。顔や受け持ち科目と結びつく事もない。特に入学してまだ一ヶ月も経ってない時期だったし。
……えっ? 今も春だから実質一ヶ月経っていない? 寝言は寝て言え。
「胡桃さんが恋太郎ファミリーに加入したのはお姉様より前。それも妹達花園家の騒動があってから割と直近だったと聞いています」
「じゃあ……あたしが忘れられてるって事は、相当前まで記憶が無くなってるって事か」
「記憶喪失ってことだど……!?」
「……なんか悲しいな。一緒に川で寒中水え……水浴びしたのも忘れてるって事だろ?」
「寒中水泳ならもう事故だろ。おれに何させてんだ」
盆能寺先生があっけらかんと笑う。
そんな彼女と対照的に、原賀は冷静を装いながらも表情に翳りが見える。
優敷は困惑を隠せていない。
話の中心であるおれは……。
案外、盆能寺先生と同じ感覚かも知れない。
……別に、記憶が戻らないと決まった訳ではない。
それに忘れたところで、どうと言うこともない。
記憶喪失そのものに対して何故とかの疑問が尽きないのは確かだが、恋太郎が記憶喪失になるよりはいくらかマシな事態だろう。
ん? 恋太郎? ……そうだ、肝心なところがまだ。
「そもそもの確認で悪いが、ここにいる全員恋太郎の……なんだっけ……あ、アレだ、恋太郎ファミリーとやらの一員って事で合ってるのか?」
「はい」
「うん」
「だど」
「そうだぞー」
「それで、今までの彼女が5人だから……9人。……いや、銘戸さんもいるんだったか。なら10人か。分かってはいたが、かなり記憶が持っていかれてるな」
「「「「……」」」」
全員が黙った。
「まぁいい。記憶喪失になったものはしょうがないとして、今すべきは原因究明よりも現状維持だ」
「そうですね、やるべき事をはっきりさせましょう。皆さんもよく聞いて下さい!」
女井戸が全員に号令を発する。
「一番大事なのは、お兄様……じゃなくて、ええと、昔の妹はなんて呼んでましたっけ?」
「春人さん、だったはずだ」
「分かりました。大事なのは、春人さんの記憶喪失による混乱を最小限にする事です。……あと少しで始業です。放課後になるまで記憶喪失を誤魔化し、必要以上の騒ぎにしない様にしたいんです。……春人さんは何かと敵が多いですから」
「そうなの? 敵多いの?」
「なんでだど? みんなに話を聞いて貰えば……」
「いきなり記憶喪失だと言った時の事を考えてみてください。いつもの悪ふざけだのドッキリだのと笑われて一蹴されるのが関の山です。こればかりは春人さんの日頃の行いが出ちゃってますね」
「えっ、おれそんな事やってたの?」
「わざとらしいレベルで隠そうとする事で、敢えて真実味を持たせるようにするべきです。なので、春人さんは何も考えず『とにかく学校が終わるまで記憶喪失を隠し通す』ことを目標にして下さい」
「齟齬とか矛盾が出たらどうすればいい?」
「……どうしても疑われることは避けられませんが、大騒ぎにまで発展しないように今日一日妹がそばにいます。授業中は流石に近くにはいられませんが、遠くからでも連絡出来るようにすれば……きっとなんとかなります!」
「微妙にふわっとしたな。まぁ了解、なんとかする」
「あたし達はどうすればいい? クラスも学年も違うからどうしようもないけど」
「あたしに至っては教師だしな!」
原賀、次いで盆能寺が声を上げる。
「フォローを頼みたいところですが……学校に通ってない分、自由に動けるのは妹だけですし……」
「流石に無理させる訳にもいかんだろ。たった一日程度、誤魔化すだけなら問題ないと思うぜ」
「……そうだ。皆さんは他の人達に屋上への集合の声掛けをお願いします」
「なら、おでは高等部の春人サン以外のクラスに当たってみるど」
「ならあたしは中等部か」
「オッケー、教師や理事長は任せなよ」
「…………え? 楠莉の姉さん以外はおれと同じクラスだったはずだが?」
「「「「……」」」」
「それに盆能寺先生、教師や理事長って……」
「ハル……じゃなくて春人。あたしは何も言ってないぞ?」
「でも」
「言ってないぞ」
「……」
「……」
「で「言ってないぞ」
「……はい」
触れるのは不味いらしい。
とりあえず、会話を仕切り直そう。
「しかしアレだな。恋太郎にまだ会えてないからまだ不安も大きいが、君らが協力的で本当に助かった。偽者扱いされる場合だってあったはずだしな。これなら恋太郎達にもすぐ事情を分かってもらえそうだ」
「すぐに問題解決とまでは、流石に行きませんけどね。とにかく今は周りの動揺を最小限にしないと……」
「でも大分ラッキーな方じゃないか? だって、恋太郎ファミリーの10人の内4人……学校の生徒全体の中から、実にファミリーの半分近くがすぐ出会えた計算だ。確率で見たらどれほど小さな確率だろう?」
「「「「……」」」」
「まぁ、君らの言いたい事も分かる。なんであまり驚いてないのかってな。恋太郎の事だから彼女が増えるのは予想出来てる。多少増えたぐらい予想さえしてりゃ驚くこともねぇだろ? この時点で10人と言ってもかなり多いとは思うが、それでも許容圏内ってヤツだよ」
「「「「……」」」」
「ねぇ、おれさっきから間違ったこと言ってる???」
(なぁ妹、これってもしかしてマズイんじゃないか? あたし達彼女って今何人いたっけ……!?)
(マズイに決まってるじゃないですか……! 昔のお兄様は他人にはお構いなしに言葉の刃を向けてた人ですよ!? 当初は凪乃さんさえ寄せ付けなかったそうですし、ファミリーが増えるほど態度が苛烈になっていったんですから!)
(群れを守るための行動みたいだど……!)
(このままだとデリカシーなし敵意マシマシの挨拶一つで妹達彼女勢はほぼ全員寝込むか死にます!)
(もうあたし精神的にキツいんだけど、あの状態の春人先輩と面と向かって話すの)
(震えてる場合じゃないですよ胡桃さん!? ほら、加入当初のツンツン期を思い出して頑張ってください!)
(無理だよっ!! 普段から……その……春人先輩には甘えてたし……朝ご飯とか……昼飯とか……夜のおかずとか)
(ご飯しか無いど)
(えっ!? 夜のオカズ!?)
(言ってる場合ですか!)
「……とりあえず、彼女間は仲良しなのは分かって良かった。そろそろおれも会話に混ぜてくれねぇか?」
妹が一本、指を立てる。
「良いですか春人さん。あくまで、『今の春人さん』として過ごすんですからね。それが出来ないとたちまち大騒ぎになってしまいます」
「ああ、分かった」
「ココ、大事ですからね」
「お、おう」
「しっかり、肝に銘じてください」
「そうか」
「くれぐれも——————」
「おれそんなに信用ないか?」
「 は い ッ ッ ! ! 」
「元気な返事でお兄さんは嬉しいよ」
屋上前の階段で最終確認を妹とする。
今まで何かと頼られる場面が多かったはずだが、今回ばかりは全面的に頼らなければならない。
といったところで、かなり念を押されて注意を受ける。
妹の必死さには思うところがあるが……おれの認識が想定よりも甘いらしい。そこまで以前と性格が変化することはあるのだろうか。
「早々にあなたが妹達を恋太郎さんの彼女だと理解してくれたから良いものの、一歩遅ければ妹だって何言われたか分かったものじゃないですからね。……はい、この『お姉様盗聴セット』を受け取って下さい」
「盗ちょ、っておい、お前さんってそんなにやべえヤツだったっけ? おれの記憶だともうちょっとぉ〜……殊勝なメイドのイメージだったんだが」
「お姉様の妹なら当たり前の装備ですよ?」
「……大丈夫かよ」
思わず不安を吐露する。
当時は右目を潰した罪悪感があったからとはいえ、血反吐を吐いてなお羽香里を助けに向かっていたおれに肩を貸せる女だったはずだ。
あの時の面影は見る影もない。
「彼女候補含め彼女全員の位置情報持ってる人が、今更何を言ってるんですか」
こんな言葉を、直後に返さなければ。
「…………くそ、記憶失くすとこういう事になんのか」
「悪用してないってところは信用も信頼もしてますけどね」
自分ならやりかねない、というか実際やっていた。
当時の彼女だけでなく美杉先輩にも会った際にネクタイに仕込んでいた前科がある。あの時は洗脳アプリの不審者から身の守る為だったが……動機がなんであれ手口がバレてるのは弱みを見せているのと同義だ。
しかも位置情報の共有は黙認……いや公認されてるのか?
どちらにせよ、手玉に取られているみたいで少し癪に障る。
盗聴用イヤホン……今回は妹との連絡用として耳に取り付け、確認。
(問題ないな……目的は知らんがすごく手入れされていて品質もかなり良いものだ。……目的は知りたくないけど)
マイク機能もオンオフ可能だ。
これでお互い連絡できる。基本は状況が分かるようにマイク機能は入れておいた方が良いだろう。
「じゃあ、行くか」
「行きましょう」
「「作戦開始だ(です)」」
今回は、女井戸妹と直接手を組む。
協力的かつ積極的に動ける立場のため、遠慮なく頼らせてもらう。
その他のファミリー4人とは早々に解散、おそらくは放課後……いや、昼の時間になったら集合する事になるかもしれない。
その辺りをあのメンバーの一人も考えていない、なんて事は流石に思えない。
ひとまずはそこまでの授業、合計4科目分の授業と自由時間を乗り切ればいい。
記憶喪失なんて、親しくない人間にまで丁寧教えてやる筋合いは無い。
だが人の多い場所で知人に漏らせば、会話はやがて噂へと伝播する。妹が恐れているのはここだろう。
今のおれから見ても、どんな悪影響が起こるか分からない。
仮に恨みを買ってる人間がいるとして、いきなり襲ってきてもおれにはそいつの顔が分からないのだ。
少しばかり頭脳が秀でているなら、謀略でおれを追い詰められることも想像に難くない。
(今は身を守るという意味で、然るべきタイミングで記憶喪失の件を周知させる為に。まずは未来のおれになりきって切り抜けるとしよう)
といっても。
朝の始業前。
まだ多くの生徒が運動場に見える。校門から登校してきた集団だ。
……恋太郎は見えない。
もう校内にいる可能性が高いな。
もしおれが恋太郎なら、彼女と登校するなんてチャンスはまず見逃さない。そして恋太郎が彼女達と一緒に移動するとなれば大所帯だ。きっと遠くからでも見える。
女井戸妹が不安そうにこちらを見ている。
「自分の教室、分かります?」
「バカにしてんのか!?」
失礼だなおい。
「だって、羽々里様と一悶着あった頃からの記憶だけじゃなくて、それまでの記憶も虫食いみたいに穴が空いてるかもしれないじゃないですか」
「そういう事なら理解は出来るが、言い方悪すぎるだろ。完全に3歳児かそこらに言ってるみたいな声色出しやがって」
「確かにおむつは必要なさそうな年齢ですしね」
「てめぇはオツムをなんとかしろな」
「おおっ、今のちょっとお兄様っぽいです」
「どこがよ」
「冷たい視線とか?」
「にこやか笑顔で出てくるセリフじゃねぇな」
教室に入る直前、妹からのアドバイスが割り込んでくる。
「良いですか。貴方のつっけんどんはともかく、今みたいな冷たい視線や冷酷な言葉はNGです。慣れてない人間が温泉でいきなり水風呂に突っ込むみたいに、我々のHPゲージが削れていきます」
「削れきったらどうなる」
「貴方は公衆の面前の中一言で女を泣かせる鬼畜生のレッテルを貼られた挙句、知り合いからは人が変わっただの偽者だの騒がれて詰みです。そうならないように親しくお願いします。親しくですよ、親しく」
「お、おう。やってみるさ」
……親しく、か。
今までも結構親しくやれていたし、いつも通りにしていればまず問題ないだろう。
「私が隣にいると怪しまれますので近くに潜んでおき……来ましたっ! 羽香里お嬢様ですっ!」
「最初はアイツか。基準を見るには丁度いい相手じゃないか?」
『通信良好。春人さん、ファーストコンタクトは肝心ですよっ!』
「任せておけ。まずは挨拶だ……」
「あ、ハルさん。おはようございます」
「よう【花園】。今日もいい天気だな。あと【ハル】はやめろな」
「……」
「……?」
「かはっ」
花園は吐血。
「ウソだろぉっ!?」
おれは挨拶に失敗した。
「お、おい!? 何、急に倒れてんだっ!?」
「花びらが一枚……二枚……」
「マジかよ、相当傷が深いぞ!?」
「あれ……一枚足りない……」
『何やってんですか春人さんんんん!?!?』
「何やってるも何も、普通に挨拶しただけだぞ!?」
『この失言王ッ!! 大バカっ!! 今は春人さんへのハル呼びはいつもの事なんですよ!! それにファミリーみんなの事を名字で素っ気なく呼ぶ段階はとうに越えてますっ!! 名前で呼んで、フォローして、ハヤクッッッッ!!』
「ふぉ、フォロー??? とりあえず……」
目の前には、死にかけの羽香里。
どうするか……。
やれる事をやるしかない。
脳みそをフル回転させて誤魔化す方向性を見つけ出さないと。
「て、テッテレー! ドッキリ大成功ー!!」
「ぐふっ……ど、ドッキリ……っ?」
「正確には、素っ気ない態度をどこまですれば怒られるかのチキンレース仕立てのドッキリだったんだ。名字呼びだの、ハル呼びの拒否だのは致命傷だからやめとけって言ったんだけどなぁ。とにかく悪かった羽香里。こんなに傷つくとは思わなかった」
「い、いえ……冗談だったんですね。……ふふふ、確かにびっくりしちゃいました」
「で、下手人は?」
「全て妹の責任です」
「分かりました⭐︎ ハルさんもそんな遊びに付き合っちゃダメですよ⭐︎」
『っておいィィィイイイ!?!? なんか全部私に乗っかったんですけどォォオオオ!?!? どうしてくれるんですかっ!? 私もうお屋敷に帰れませんけど!?!?』
「ごめん。目の前であんな殺気を込められるとは思わなくて……」
『イヤァァァアアア!!!! 羽香里お嬢様に殺されるぅ!!』
「安心しろ。……花園邸に帰る前にちゃんと学校で散る事になる」
『帰る場所さえ無いんですか!?』
「……アレ? イマ、マイ=サンノコエガ……」
『ヒイッ』
ただならぬ雰囲気に変貌した花園は、そのまま教室へと入って行った。
……えっ。まだ始業どころか、教室にすら入っていないってマジ???
「あっ、ハルじゃない。おはよう」
(むっ)
今度は院田……じゃない、唐音か。
こいつとの今までの関係を思い浮かべて、先程よりもさらに親密に……。
親密、しんみつ、シンミツ……。
────これだっ。
「おはよっ、唐音! ははっ、今日もお前は可愛いなっ」
「は? 気色悪っ」
………………。
よし。
今日は早退しよう。
『お兄様は0か100しか無いんですか』
だって……! だってぇ……っ!!
「ごめん、つい本音が……! ……で? なんで急にそんな脳髄溶けたかのようなセリフ回しなんかし出したのよ?」
「こいつ加減ってもんを知らねぇのか」
『春人さんっ! 疑われてますよ! 早く何とか誤魔化してください!』
「疑われてる、っつったって……なんて言えばいいんだよ……くそ」
「ねぇ、なんかあんたおかしいわよ? どうしたの────」
「妹のシュミに付き合うことになってな。王道イケメンになりきる練習をしてたんだ。下手くそで悪かったな」
「えっ」
「アイツのシュミだからな」
「えっと」
「アイツのシュミ、だ!」
「…………あんたも大変ね」
「よォしっ!!!! セーフッ!!!!」
『どこがじゃぁぁぁぁぁぁ!!!!』
唐音に聞けば、恋太郎達は少し遅れてくるとのこと。ほんの少し、栄逢と恋太郎の二人きりで話すことがあるらしい。
という事は、羽香里も唐音も登校時は集団で登校していることになる。
記憶を失くす前と、一緒だ。
なんとなく嬉しい気持ちがある。変わってないものがあると安心するのだろうか。
変わってしまったものからは、目を背けて。
『貴方の所為で公私共に大変な事になってるんですけどっ!? これでファミリーみんなから白い目で見られるし羽香里様からは睨まれるし、この後どうすればいいんですか! というか、私の少女趣味なんて覚えてないですよね!? どうしてそんなピンポイントな誤魔化し方が出来るんですかアホなんですか!?!?』
「なんだ大正解なのか。じゃあ大体問題ないな」
『大アリです!! 私が仮に王子様系のシチュが好きだとしても、そんな妄想に他人を付き合わせる傍迷惑な事はしませんって!!』
「まぁまぁ」
『適当に宥めて終わらせようとすんなバカっ!! ……ああああどうしよう、これはもうお姉様と恋太郎さんとお兄様と羽香里様と……とにかくみんなで心中しないと……っ!!」
「分かったから落ち着け、後で説明する時に誤解も一緒に解いてやるから……」
無線を通じて大暴れである。
発狂したくなる気持ちは分かるが、今の優先度はおれの方なんじゃないのか。
真剣な話、例え記憶喪失だとしても多少ならば自分の立ち位置は予想出来る。きっと裏方役として周りを宥めて軋轢を失くすのが変わらないおれの役割。
そう考えれば、たった一日女井戸妹の存在が大きくブレたとして修正出来るだろう。
後からフォローを入れられる妹と、どんな状況に陥るか分からない……下手すれば火薬庫に近い状態のおれ。おれの現在は聞きかじっただけとはいえ、慎重に動くべきなのはどちらかは明白だ。
妹の方はいくら悪ノリしようと、被害はおれ個人。
おれの方は、しくじれば全員に影響が出る可能性が僅かにある。
じゃあ、どっちを取るか。
……と、言われれば。妹の名誉程度は掃き捨ててでもガチガチに守らないとならないだろう。
なに、最終的にはおれが地面にでも埋まるまでシバかれれば終わる話だ。
「そんな事より、今お前はどこにいる。花……羽香里と話している時には既にいなかっただろ」
『真横です。ほらそれですよ』
「真横? って……うわ」
ダンボール箱が見える。
すぐ隣に……違和感しかないぐらいの大きさで。
「お前、それで隠れたつもりなのか?」
『ええ、昔のお兄様から教わった最強の隠密方法です』
「多分だが、過去のおれからしても心外だと思う」
違和感も持たれないように使うならまだ分かる。
廊下でダンボールがウロウロするワケねぇだろ。普通に考えて。
「とにかく、こんな所で油を売ってる暇は無いか。廊下からフォロー頼むぞ」
『合点承知です』
「……イマイチ頼りねぇんだよなぁ」
教室のドアを開ける。
そこには以前と変わらない景色が飛び込んで来た。
少し未来の光景だというのに、変わる事はない。
しかし、無駄に感動している暇は無い。目をすかさず動かし、欲しい情報を抜き取る。
おれの席はどこか。
これは簡単だった。
羽香里と唐音の席位置が昔と変わらない。おれの隣には好本がいるから、多少の私物が確認出来れば席が変わっていない確率はほぼ確定レベルになるだろう。
「おはようございます」
(むっ)
コイツは確か……随分と背が高いが、地味に景色に溶け込んでいた……。
確か、華暮……っ!
「……っ、おはよう」
「……? どうかしましたか?」
「いや、気にしないでくれ。寝ぼけて別の事を考えてたんだ」
……危ない。
もしかして、コイツも名前呼びで行ってた可能性があんのか。
名前が分かったからって安易に口にしてはいけない。出来る限り無難に過ごさなくては。
何事も無難。
既にいるクラスメイトにも挨拶するべきだな。
もしかしたら、おれにも友達がいるかもしれない。
長い時間を過ごし、友情を深めて来た。
「おはよう」
「なんだゴミカス野郎」
…………ホワッツ???
目の前の男クラスメイトが、分かりやすいくらいの悪態を吐いてきた。
『言ったじゃないですか。敵が多いって』
「敵って、絡んでくる不良系のヤツらとかだと思うじゃん!」
大分嫌われてる。
というか、なんというか。
ただの敵意ではない。ひりつくような殺意でもない。
これは思春期特有の……嫉妬の怨嗟だ。
肌でひしひしと感じるのは、純粋な羨ましさからくる怒り。妬み。
まさか、恋太郎ファミリーと一緒にいる弊害なのか!? そうなのか!?
(いや……違う!!)
まさか、こんな時間が経っていて!!
友達が1人もいないなんてあってたまるか!!
『あっ、ちょっと春人さん!?』
1人くらいは居るはずだ! 1人くらいは!!
「死ね」
「女の敵が」
「汚ねぇツラを見せるな」
「俺たちの女神羽香里様に触れるな」
「女に手当たり次第コナかけるのがそんなに楽しいか」
「ちくわ大明神」
「ハーレム趣味のゲス野郎が」
「なんでお前はチヤホヤされんだ」
「便所のネズミのクソ」
「このクソカス」
「便器に吐き出されたタンカス」
「俺のそばに近寄るなァァアア」
「お前のその手……じゃなかった、その前足をどけろ」
「おばか」
「このカッター、命を刈り取る形をしてるだろう?」
「俺だって院田の拳を食らいたい」
「変態クソ野郎が」
「静ちゃんの微笑みはテメェに向けられたもんじゃねぇかんな」
「付け合わせのミックスベジタブル」
「控えめに言ってゴミ」
「栄逢さんに睨まれる権利は俺にだけあるんだわ」
「猿以下のザコがなんか言ってらぁ」
「友達? 奴隷の間違いでは?」
「死にたいならそう言え」
「占いしようぜ、てめぇは死相な」
「綺麗な死兆星を見せてやるよ」
「「「もうこれで終わってもいい、だからありったけをっ!!」」」
「うっ、うぐっ、ひぐっ、ぐすっ……っ!!」
『涙拭いてくださいよ……なんで自爆特攻しに行っちゃったんですか……』
「ここまで嫌われてるとは思わないじゃん……っ! どうして……っ」
『いや流石に分かりませんよ。クラスの中で何かあったんじゃないですか』
「髪の毛が上空にまで伸びきってたヤツらには普通に襲われるしどうなってんだよ……」
『筋肉モリモリマッチョメンの変態3人を片手で片付けておきながら何言ってるんですか』
おれには友達は存在しないか、何かしらの効果によってこのフィールドから除外されているみたいだ。
気持ちは分かる、が……矛先を向けられている立場としてはたまったものではない。
おれには恋太郎ファミリーしかいないらしい。
おれにはみんなだけだったんだな……っ。
そんな中。
ついに。
恋太郎が教室へ入ってきた。
(待て、おれでこんなに風当たりが強いなら……! 恋太郎はどうなる!?)
やめろ、そう言う前に。
恋太郎は口を開いてしまった。
「おはよう!」
「「「「「うぃっす、おはよー」」」」」
「いや納得いかねぇぇぇぇぇええええ!!!!」
おれは叫んだ。
原作二百十話、未完——————?
次回もお楽しみに。