……なんてこったい。
近いうちに直すとは思いますが、モブだった人との掛け合いも変えてしまうので見納めにするか、変更前の掛け合いを残すか考え中です。
希望があれば感想欄にて。
今後も、この二次創作をよろしくお願いします。
【短編小話】
『ファーストキスは』
愛々「春人さんのファーストキスっていつだったんですか?」
春人「なんでそんな事を聞く?」
愛々「昔は彼女がいた、と……かなり前に聞いた事があるんですが、そういった話を聞く機会が無かったので……」
春人「そりゃ多分、勘違いだ。仲が良かった幼馴染はいたが……告白はしてないから彼女じゃねぇ。キスなんて出来るわけもないぞ」
あー子「そうなのー?」
春人「結局離れ離れになったし、色々あってあまり聞かせたい話でもないんだ。だがキスか……」
詩人「母親が愛情と共にしていた可能性もあるとも言えるし、無いとも……」
羽々里「呼んだ?」
ヤク「呼んでないのじゃ」
春人「確か、ファーストキスって言ったらアレだ。恋太郎と罰ゲームでやった時くらい……はっ!?」
唐音「あ?」
羽香里「は?」
春人「まっずい、ウソって事にしてたの忘れてた! ごめん逃げるわ!」
唐音「待てや!」
羽香里「逃しませんよ?」
春人「…………はいはい! 恋太郎もファーストキスだったってウソついてましたッッッ!!」
恋太郎「俺を売るなよ!! 大体、たしかキスしたのは俺のほっぺただっただろ!」
春人「あれ? そうだっけ?」
唐音「私の恋太郎のほっぺたを奪いやがったァ!!」
羽香里「万死ィィィィ!!」
春人「結局一緒じゃあぎゃぁぁああ!?!?」
青井春人が栄逢凪乃と二人きりで話してから、一夜が過ぎた。
妙な胸騒ぎと共に、目覚まし時計が鳴る前に目を覚ます。
倦怠感は抜けない。
自分の身体ではないみたいに、重い。
前よりも肉体そのものは筋肉質になっているはずなのに。
中身が伴っていないかのようだ。
記憶のズレが魂のズレとなり、気怠さに変換されていく。
まだ目覚めて二日目だ。徐々に慣れて本調子に戻らないとならない。今と未来とのギャップがおれの気分を揺り動かす。
あの後、いざ帰ろうとしたら全員が降りる階段で待機してたのは驚いたけども。
凪乃は思うところは多くとも、帰るまでには多少は飲み込んでくれたようだ。
周りの連中に対し話を聞いたのか、と軽く睨むと「私達は待っていただけですよ」と雪房田の光の無い瞳と目が合う。
少し問い正せば、好奇心に負けた彼女達の聞き耳を止めるよう促したのはこの子のようだった。
あまり真意は汲み取れないが、「そうか」と返すと「秘密は女の子だけの特権ではありませんから」と澄ました声で雪房田は笑った。
……いつもと同じ笑顔に見えるが、それは笑顔で合ってるのか?
おれが凪乃にやった事。その意図とは。
簡単に言ってしまえば、責任の所在を移したい。
それが昨日のおれがやりたかった目的だった。
例えるなら、こんな感じ。
凪乃『記憶消えて悪いンゴ……私のせいなんや』
春人『違うで。ワイが死んでたから記憶が飛んだんや』
凪乃『ファッ!?』
春人『でも、未来技術で戻ったおかげで蘇生できたんや。ありがとやで』
凪乃『ほならええかー』
こんな感じで、おれに責任を移したのが昨日までの話。
まぁ、事態はここまで簡単ではないのだが、一旦これで凪乃の精神的負担は軽くなった。
さっさと記憶を取り戻す算段さえつけば、徐々に負担もなくなっていくだろう。そうなれば非常に助かる。
正直、『青井春人死んでた!? 説』はそこまで有力ではない。
しかし、当事者であるおれが「そんな感じだったかも」と伝える事で……説得力が変わる。
そして想定外の情報によって、凪乃は想定通りに混乱を引き起こす。
その混乱によって、「春人は死んでいた」という情報は信じられなくとも、「春人は騒動の裏で何かを利用していた」というルートが新しく頭にインプットされたはずだ。
利用している拍子に記憶がなくなりました、は客観的に見ればただの自業自得。だから、お前の結論は大間違いだ。
それが、おれが出来る精一杯のフォローだった。
懸念するべきは二つ。
まずは、事実が未だに不鮮明という事。
おれの説に近い可能性も、凪乃の言う通りの可能性も全然ある。
仮に後者だった場合、凪乃の精神状態を万全にした上で前もって布石を打って置かないと今回の二の舞になる。
それは避けたいのだが、情報が無さすぎる。
現時点では、小さな手がかりをまず最初に探し始めるところからスタートしなければならないのだ。
そして、多分今はこっちの方が大事。
二つ目が……凪乃とおれの関係がどこまで深かったのか、だ。
全ての彼女に言えるのだが、当然ながら記憶喪失になると関係値はほぼリセットになる。その上で、彼女達はおれの知らない振る舞いをしたり、関係性によれば記憶喪失というだけでショックを受ける。
現に、妹はおれをお兄様と呼んでいたし。
他にも原賀はおれの態度が甘々じゃないと傷ついていた。……いや、ただのメシ目当てだったかもしれん。
凪乃は特に古参である。
今のおれではあり得ないような……信頼を寄せていたのかもしれない。
もしそうなら、記憶喪失の時点での信頼が大きければ大きいほど跳ね返ってくる精神的ダメージも大きい。
おれに抱きしめられ、夕焼けを背に泣き叫ぶ凪乃がフラッシュバックする。
……あんなに取り乱した凪乃は初めて見る。
今までも、あんなに凪乃は感情を表に出していたのだろうか。
少し。
少しだけ。
昔の自分が羨ましい。
今はとにかく仲良くなって、元の関係性に近い形を目指し。
『今の青井春人の方が良い』と思えるくらいになれば、慎重に動く事も無くなりそうなんだが。
(いや……それは流石に理想が過ぎるか?)
今は荒波を立てる時期じゃないのは明白だ。
一旦拾える情報だけ拾って、真実へは一歩も向かわない方が良いかもしれない。
凪乃以外にも地雷がある可能性は捨てきれないからだ。凪乃のような危険な状態を何人も抱えるわけにはいかない。恋太郎ファミリーごと潰れる可能性だってある。
この真実に関して、証拠が消えてなくなることも遠ざかることもないと思う。
進めば進むだけ、近づくことはできるだろう。なんせ自分だけが関わりのある話だ。第三者による妨害なんて考えるだけ無駄だ。
だが、爆弾のワイヤーを切るように丁寧に処理しなければ周りを巻き込んで大惨事に繋がる。それは避けなければならない。
今は焦らず、ゆっくりと進めなければならない。
今の目標は、凪乃含めた恋太郎ファミリー全員と仲良くなる。
これを大きな目標に定め、記憶喪失前の状態に戻るよう努める。
その道中で記憶が僅かでも戻れば、さらに希望が見えるだろう。
そのためにも、まずは何処から着手するべきか。
……どうしよう。
朝になって目覚めてからも、覇気が無いまま身支度をする。
家の様子は……『家族』の部屋は変わらなかったが、自分の生活圏はまるで別世界だった。
雑に置かれていたゴミが無いどころか、ほとんどの家具が何段階もグレードアップしている。それに部屋が鮮やかに感じるがこれは気のせいじゃない。ホコリどころかチリひとつすら部屋に無いのだ。
今までの生活で、過ごし方に大きな変化が起きている。
だが、今のおれにとってその変化は息苦しいことこの上ない。
何があって、何が無くなったのか。
それを把握するだけでも疲労は溜まるものだ、まともに使いこなせるようになるまで何日掛かるだろうか。
「先輩、起きたんだ。今日はなんだかゆっくりじゃない?」
「ああ、そうなのか? おはよう」
「先に歯を磨いて来てくれる? もう少しで玉子焼きが出来るから」
「分かった」
うん。考え事をしていると周りの事がおざなりになりやすいな。
とりあえずは言われた通りに……。
言われた通りに……歯磨き、を……。
「……なんでいるぅ!?」
「は? なんでって……今日はあたしが作ってあげる番だし……」
こんな自然に誰かがいるとは思わんだろ。
箸をチャカチャカ動かしてる原賀胡桃は、何も気にしてないようにフライパンを振るった。
「だから、記憶が無いのっ! おれっ! 昨日のうちにこういうのも知りたかったんだよ! 原賀ッ!」
「えっ、……あっ!?」
「悪いけど……お前らとそんな予定を組んだ覚えも当然無いし、原賀の料理を食べるなんて事も覚えて……」
「ハル先輩!! 今日の予定全部知らないの!? 本当に!?!?」
「そ、そうだって! ……急に焦り出してどうした?」
「ねぇ、カレンダーとか予定表は!?」
「確認してない。……多分習慣化してないぞ、今のおれは」
「〜〜ッッッ!?!?」
唇を思いっきり引き締めた原賀はしばらく眉間に皺をつけて悩んだが、やがて仏のような顔になり……。
「とりあえず、食べよう。うん、そうしよう」
そう言って、全てを諦めた。
早速、何かとんでもないことをやらかしているらしい。
一旦、美味しく頂く。
「「いただきます」」
寝起き一番は食欲が無いのだが、朝食の美味しさがそれを中和させる。
ご飯、みそ汁、卵焼き、シャケの塩焼き。
原賀はニコニコ笑顔で自分の作った朝ご飯を食べている。
あとに続くように、箸を進めていく。
……うん、美味い。
原賀は髪を後ろに束ね、ピンクのエプロンを掛けている。
正直、もう少し顔のパーツから幼さが抜けたら気分は新婚である。何故こうなっているのかは是非とも説明が欲しいところだ。
「質問、いいか?」
「あ? 食事中に喋ろうとするなよ……!」
「…………すまん」
質問は食後にする事にした。
「「ご馳走さまでした」」
手を合わせて、唱える。
昔こそ小学生の挨拶としてやっていたが、独りになってからはほとんどやらなくなっていた挨拶に気づき……ほんの少しだけ真人間に戻った気分だった。
おれの人生から『家族』が抜け落ちた時は、こんな簡単な事さえ取りこぼしていた。
妙にギクシャクしていなかったか気になったが、目の前にいる原賀胡桃はそんな事を気にする様子はない。
原賀はスマホを手に取り、方々へ連絡を取っていた。
「質問。……いいか?」
「食べ終わったし、いいけど」
「まず……あの玉子焼きの量はなんだったんだ?」
ガツガツ食ってたけど。
ある程度の疑問が全て玉子焼きの山によって霧散していったんだけど。
……いや、玉子焼きの山も霧散していくかのように消えていったけども。
「アレ? あれは大体50人前だけど」
「算数がおかしくねぇか? ここには2人しかおらんのやぞ。ツー、だぞ。分かる? 正面の指が何本に見えるか分かってっか?」
そう言いながら、ピースサインをズイズイと寄せる。
全部モリモリ食べてたけどさ。俺の冷蔵庫に50人前の卵は無かったはずだ。流石に。おれの口座から出した金じゃねぇだろうな。
「……ところでお腹空かない?」
「バケモノかおめぇは」
食ったばかりだぞオメェ。
「次の質問。どうやって入ってきた?」
「え? 覚えてない? ここの家って……」
「あー……指紋を登録さえしていりゃ、入れるってか。登録してたんだな」
だから、いつも通り……いや、予定通り家の中に入れたワケだ。
フェイクのキーボードを使った指紋認証でドアは開く。
なるほど、今のおれにプライベートは存在しないようだな。
言いたい事も言えないこんな世の中じゃ……ぽいずん。
「そろそろ出かけないとだけど……学校には来れんの先輩?」
「お前が着替えを覗かなきゃ行けるぞ」
「……そう」
「なんだ、マジに覗く気か?」
「ち、違う! その、あれ……感想を聞きたくて。どう……だった?」
「ん? 可愛いぞ、エプロンがよく似合ってる」
「え? ……へ!? ち、違うっての! 料理の話っ! あぁっ、あたしが作った料理はどうだったって聞いてんの!!」
「あ、そっちか。そりゃそうか……うん、美味かった、おれ好みの味だ。……で、答え方は合ってるか?」
「そ、そう。そうか、うん。ありがと…………やった」
胡桃は何か呟きながらエプロンを脱いでまとめていた髪を解くと、ヘッドホンを首にかけてフードを被る。
朝の身支度をこっちも済ませ、数分経ってから玄関に2人で出る。
「ったく……さっきの、さ。玉子焼きが口から出るかと思ったじゃん」
「発射準備完了ってくらいの量食っておいて、よく言うな」
「あんなの、いつもより少ないくらいなんだけど」
「一旦聞き流すか……。それにしても……他の料理はともかく、あの大量の玉子焼きは全て温かった。相当手際も良くなけりゃ、あんなクオリティの玉子焼きにもならん」
玄関のドアを開ける。
「独学か? それとも良い先生にでも巡り会えたのか?」
「……全部、あんたが教えてくれた」
「……」
「何も覚えてないのは分かってる。だって、食べるだけじゃなくて作りたいって言ったら……1から勉強して教えてくれたから。その記憶は丸ごと無くなっちゃったけど」
原賀はいつかの思い出を振り返るように微笑んだ。
『ばかーっ!? 味見、って何か分かってんのか胡桃テメェ!? 半分以上飲みやがって!!』
『だって、この味噌汁が……っ! もう既に美味しくて……っ!!』
『これから具も入れてもっと美味しくする予定だったんだよ!!』
『そ、そんな……っ!? それも欲しいからなんとかならない!?』
『なるかボケェ!』
『あっ……てか、お前のそれ……っ!? ……ご飯粒か!?」
『えっ!? そんなわけ……あっ!?』
『嘘だよ! 間抜けは見つかったようだなァ!! 炊いたばっかのご飯も全部掻っ攫われたなァ!!』
『でも……美味しかった、よ』
『だからどうした馬鹿野郎ッ! 全部食うなっつってんの!!』
「たくさん失敗もあったけど……」
「今の回想、料理の上手い下手ってハナシじゃなかった気がするぞ???」
「どれも……大事な思い出だよ」
「良い話に無理矢理持って行こうとしてもダメだからな?」
原賀との会話もそこそこで、玄関から出た途端だった。
「ごめんあそばせーっ!!」
ダッシュで来たであろう美杉先輩が現れたっ!
「なんだなんだ!?」
「あー……そうだ、言うの忘れてた」
「どういう事だ?」
「さっきの、予定がどうとかのハナシ。メッセージを見てくれる?」
「何故ここに居るかは分かってますわ。私の予定はまだ忘れられてもなんとかなるものでしたので。ですが……」
「うわっ、通知めっちゃ来てる!? 何これ……『待って』が連投されてる怖っ!?」
「大事な予定をブッチされた勢が全員死滅してますわーッ!! 急いで学校に向かうんですわよーッ!!」
「話が全然読めねぇよ!! くそ、原賀っ! 行くぞ!!」
「あっ、あたしは今日の弁当を買いに行かないとだから無理、ごめん」
「ちくしょー!! なんでおれだけー!?」
食べた朝ご飯が出そうになるくらい走らされた。
スタミナには自信があったが、そういう問題じゃない。
美杉先輩がここぞとばかりに家の塀や高所から飛び降りながら走るなどのショートカットをして先導するから、体力がかなり持っていかれた。
美杉先輩はいつから忍者みたいになったのだろうか。パルクール含め、身のこなし方が尋常じゃない。
……前からなのか……?
「さて、春人さん。何故私が説教しなければならないか分かりますか?」
「なんとなく」
いつもの屋上に促され、正座させられるおれ。
仁王立ちする羽香里。
そして、死んだヤムチャのポーズで沈んでいる有象無象が何人も。
……ざっくり彼女達の3分の1は埋まっている計算だ。
「予定を蹴り飛ばした……そんで、この死屍累々か。どんな予定を組んだらこうなるんだ」
「どうせです。みんなの口から言ってもらいましょう」
全員を地面から引き剥がし、謝罪。
今の自分に落ち度は無くとも、責任はある。
しかし、なんの予定をすっぽかしたのか。少し怖いが聞かなければならないだろう。
彼女達に聞いて回るしかないが、どうしたものか。
まず須藤。
「キャッチボールの相手をしてくれるって言ったよね!?」
「そうだったのか……悪かったよ」
「午前4時から!」
「殺す気か」
土呂瀞。
「今日は剣道場で試合前のウォーミングアップに付き合ってくれると……」
「すまない。おれが悪かった」
「……ああそうか、真剣でやるという事も初耳になるのか」
「だから殺す気か」
優敷。
「畑のお手伝いがあったど。でも、昨日出来ないって聞いてたから気にしなくても良いど」
「助かる優敷。気を使ってもらって悪いな」
「……どうしたど?」
「すまん、前の二人のせいで身構えた。お前さんって天使だとよく言われないか?」
「昔の春人サンにはオベリスクの巨神兵って言われたことならあったど」
「おれを殺せ」
「春人サンだって生きてるんだど」
雪房田。
「新刊の手伝いですね。終わらせないと私と静さんの合同誌が落ちてしまいます」
「落ちるって言う割に冷静過ぎるだろ。……ちなみにどこに出すヤツだ?」
「夏コミのです」
「まだ春やぞ」
「安心してください。27巻分は既に脱稿してます」
「何もかも早いって」
土呂瀞。
「実はもう一つ。部費に関しての会議が始業前にあったのだ。私の代わりに弁の立つ君を代理にしていた」
「マジかよ。大丈夫だったか?」
「良くはないが、悪くもなかった。いつも通り練習に励むのに支障はないよ」
「部長として部費は大事な問題だもんな。厄介な話だ」
「化学部部長として楠莉もいたのだがな。部費アップのアピールに劇薬を持ち込んでいてな。部長全員を赤ちゃんにした挙句部費を下げられていた」
「何やってんだあのバカは」
「ん? 部長全員が赤ちゃん? 土呂瀞先輩自身も巻き添え喰らってるって事?」
「そういう事になる。今日のくっ殺が達成されてしまった……」
「どんなデイリーミッションだそれは」
須藤。
「僕も部費の会議に出てもらう予定だったんだ……! 春人が来てくれればなんとかなったのに!」
「お前も赤ちゃんになってたのか。……というかブッキングさせんなよ! おれは1人しかいないんだが!?」
「今現状、部員が僕1人しか居ないから部費が180円しか貰えないんだよ!?」
「1人しかいねぇなら潰れてないだけ温情だろ」
「もう部費が20円しかない……もうダメだ……!!」
「ジュース買ってんじゃねぇよハゲ!!」
羽々里さん。
「私は手一杯だったから春人ちゃんに任せたのにぃ〜。もうプンスカプンよぉ!!」
「悪かったって。で、何をさせるつもりだったんだ?」
「部費を決める会議の議長と書記を」
「おれを何人召喚すれば気が済むんだテメェらは!?」
「昔の春人ちゃんなら分身くらい大丈夫だったわよっ」
「そんなの急に言われても出来るわけ……」
「「「出来たわ」」」
「ナチュラルに増えましたね」
「〝紛うことなき〟『化け物』〝よ……〟」
「赤ちゃんになったみんなをちゅきに出来たから役得ヌルフフフ——————ッ!!」
「〝紛うことなき〟『化け物』〝よ……〟」
茂見。
「毎朝の1日1もみもみの予定が消え去ってしまったのです。お詫びを所望するのです」
「今からでもやれそうだな。どこを揉みたいんだ?」
「ちん「それは言わせねぇぞ」
「……」
「……」
「聞いてください。紅葉は決してやましい気持ちで揉むことはありません」
「だからどうした」
「どうせだし、普段は許されない禁断の果実を求めるのもアリかと。あなたの記憶がない今こそ、いわば『一世一代の大チャンス』なのです」
「『末代までの恥』の間違いだろ」
「じゃあ、股「ダメだって」
「冗談なのです。じゃあ触るので大人しくしててください」
「待て待て待て。その握り拳はなんだ」
「大丈夫、チンを触るだけなのです」
「テメェのそれは
この後、茂見は抵抗空しくおれの手によって拘束された。
「ケチなのです」
「やかましい!!」
ナディー先生。
「トゥデイの英語
「ドリルの発音腹立つな。でもそのぐらいならちゃちゃっと済ませれそうだ」
【 たまご を英語風に答えなさい(日本語で構いません)】
(まさかアルファベットすら出てこないのか……)
『回答 タメィゴォ』
(間違えるのかよ)
「どうデスか!?」
「落第です」
「アイムがファッキュー!?!?」
ヤク婆。
「わしと一緒に本物の壺を見に行ってくれる約束じゃったのに……っ!」
「学校の外に連れ出そうとするんじゃねぇ」
「仕方なく一人で行ったら白磁の綺麗な壺が買えたんじゃが、買った後に羽々里に見せたら秒で偽物と分かってのぅ……くっ!」
「ヤク婆、おれや羽々里さんを鑑定士かなんかだと思ってる節はねぇか? ……大体行けてたとしても、芸術品の知識も記憶と共に抜け落ちてるから使い物にならんぞ」
「この茶器も素晴らしくて買ってしまったのじゃ。横の文字が立派な書体で……」
「頼む。『偽』って大きく書いてある器は贋作っぽいって事くらいは分かってくれないか?」
「まさか、あれはそういう芸術ではないのじゃ!?」
「あからさま過ぎて逆に混乱するパターンだったか」
猫成。
「一緒に日向ぼっこする予定だったにゃん……」
「授業あるから何十分も付き合えないぞ、いつまでするつもりだったんだ?」
「5時間……」
「授業を受ける権利を侵害するな」
「約束破ったら1日5割複利……」
「おれの時間を搾取するな」
1日サボっただけで、7時間30分に増えるじゃねぇか。ふざけんな。
輩。
「今朝の会合【にゃんにゃん超会議デラックス】にはなんで来なかったんだい!?」
「誰と会合したらそんなタイトルがくっつくんだよ」
「ちなみに今日のテーマは『好きな植物』だったよ!」
「マタタビで満場一致だろそんなもん」
「ちなみに春人後輩の好きな植物はなんだい!?」
「ラフレシア」
「……バラの仲間かい?」
「図鑑でも読んでこい」
最後に根向井。
「ぐーぐー!」
「用件を言え」
これで落ち込んでた奴らは全員だ。
とりあえずは片がついた……のか?
いや待て。
「おかしいだろ!? なんで朝からこんなに予定組まれとるんじゃい!?」
「確かに、今更ながら春人の多忙ぶりが分かるな……」
「今まで春人さんに頼りきりだったんですね、私達……」
土呂瀞先輩と根向井が予定の多さに若干引き気味だ。安心しろ、おれも引いてる。
正直なところ、ここまで来るとリスケを考えた方が良い。
昔ならともかく、今のおれにはこんな予定を回す処理能力もモチベーションも無い。言っては悪いが、殆どの奴らは彼女とはいえおれにとっては『はじめまして』なのだから。
早速、昼休みに全員を招集。
今朝の事情を話すと、全員が全員後ろめたそうな顔を見せる。
「ま、まさか……毎日こんな調子だったとか言うつもりかお前ら?」
「「「「「……」」」」」
「殺す気か!?!?」
おれをなんだと思ってやがる。便利屋じゃないんだぞ。
おれよりも先に恋太郎に話を持って行けよ。
……え? とっくに埋まってる???
というわけで、ほとんどの予定を改めてキャンセルした。
簡単な事から、今のおれには出来なくなったものまで様々だ。
大変だが、比較的早めに事態が判明して良かったと心の底から思う。全員の認識がハッキリしていなければ無用なトラブルが起きてた可能性は十分ある。楠莉の姉さんが朝からやらかしてた気がするが、羽々里さんが私欲はあれど対処してくれたから今回はセーフだろう。
でも、急に言われた側はたまったものではないという事も、理解はしているつもりだった。
「流石におれも鬼じゃない。全部の予定をまっさらにしたら都合が悪くなるヤツもいるだろうし、今日までの予定と大事な用事なら出来るだけ付き合うさ」
「大丈夫なの? ハル」
「既に朝の予定を潰した負い目もあるのは事実だけどな。全員がヤムチャになるくらいならおれがくたびれた方がマシだろ。とりあえず今日の予定はやってみるが……学校終わってからの予定って何があるんだ? 確認出来てないんだよな」
そう言うと、我先にと彼女達がおれの前に駆け込む。
待て待て、近い、近いっっ!?
「ボクのキャッチボールの約束は!? 忘れてないよね!?」
「授業終わりにも予定入れてたのかお前は。忘れてたのも悪いし構わないぞ」
「ボクの演奏を聴いてくれる約束があったよ。これは断らないで欲しいな」
「私と詩人さんで演奏するんです!」
「灰尾と中ニの2人でか。もちろん大丈夫だとも」
「『私』〝との〟『秘密の特訓』〝を忘れるたぁいけねぇぜ〟」
「了解だ……え、好本!? お前が特訓するの!?」
「春人。あ、あたしとの予定なんて別に無いんだからねっ!!」
「無いなら言う必要ねぇだろ。……あるんだろ、分かったよ」
「春"人"ち"ゃ"ん"! " 私とコスプレを賭けて再戦する約束はどうなったの!?」
「待て、本当におれはそれを了承したのか!? マジでか!?」
「春人君、あたしの脚を触りたいって言ってたの今日なんだけど……その、やらないの?」
「ちょっと待て火保さん!? おれが言う訳ないだろう!! そんな事!!」
「春人、あたしと良いことする約束は!? 頼むから捨てないでくれよ!!」
「なぁに言ってんだぁオメェ!! ふざけんな、わざと言い方変えてるだろ!? 倫理教師が紛らわしい言い方をしてんじゃねぇ!!」
「ぐーぐー!」
「だからテメェは肝心な時に寝てんじゃねぇよ!!」
「隣のクラスの野口だけどアサガオを一緒に……」
「誰だお前は!? お前なんか知らん! 帰れっ!! 隣のクラスに帰れぇ!!」
「「「じゃあ、よろしくね!」」」
「あれ? あれぇ……? あんれぇぇぇ……???」
とりあえず予定を纏めてみたが、彼女達の用事だけで8件。
やはりというか、自分の事をやっている余裕がない。どうしてこうなった。
一日の授業を終えて。
恋太郎にも何か力になって欲しかったのだが、身支度すると共に羽香里に連れて行かれた。
「仕方ないから、あたしがついて行ってあげるわよ」
「『いざゆかん』」
「ついてくるも何も、お前らは今日の予定があるからだろ。まぁその方がおれも助かるけどさ」
授業終わりに、院田と好本が近づいてくる。
記憶が無くなる前から知っていた顔ぶれだ。他のヤツには言いづらいが……少し安心してしまう自分がいる。知っている顔だとどうしても表情が緩くなってしまうものなのだ。
「で? 最初は何処なの?」
「須藤のところだ」
「育なら運動場ね。女子野球部の練習場があるのよ」
「あるって言って良いのか? あんな正門近くは小スペースにも程があるだろうに」
「そこは……多分勧誘する為にいただけじゃない? 奥の方に練習場はちゃんとあるわよ?」
「そうなのか。しかし部員の勧誘か……。そういえば部員が一人しかいないと聞いてたが、よく廃部にならないな。おれが大人の立場ならそういう話が出ても良さそうなものだが」
「実際あったわよ。他の部員全員が強くなるために海外へ留学したせいで、練習試合に負けたら廃部になるところまで行ってたんだから」
「本末転倒じゃねぇか」
「あの時は代わりに私達が試合に出たりして、かなり疲れたわね。今となっては懐かしいわ」
「『姑息な戦術』〝を〟『物ともせぬ』『活躍であった』」
「そうか……さて、運動場に着いたが誰もいないぞ」
「あれ?」
「〝もしや〟『更衣室』〝やもしれぬ〟」
3人でそのまま女子更衣室へ移動する。
ノックをすると須藤育がドアを開ける。
「ごめん春人! まだ着替えられて……なく……て」
下着の姿で。
「あ、えっと……唐音と静も、いたん、だね……」
典型的なスポーツブラ。色気よりも健康的なイメージでデザインされた青基調は、青春の色であるかの様に主張してくる。
それでいて肌への密着感は布越しでも体型が分かるほど、やや小ぶりではあるが立派な双丘がおれのすぐ前に曝け出される。
頭を抱える。
どんな関係だったか知らないが、昔のおれはあまり女性の肌色に興味が無かったのだろうか。
だとしても、ここまでするくらい放置していたのはどう考えてもおかしい……はずだ。
今のおれなら説教とか色々含めた怒鳴り声をあげていただろうが、無闇な事は出来ない。
極めて冷静に状況を調べないと、何が悪い方向に向かうのかも分からない。
「まず扉を閉めろ。そんで、扉越しに聞け。……んで? 下着姿でおれに何をしようとしてたんだ?」
「待って!? 誤解!! 何もしないよ!? ただ、いつもはマネージャーみたいに筋肉の仕上がり具合とか見てくれてたから……あまり見られるのに抵抗が……」
「おれの知ってるマネージャーってのはそんな事しないはずだが。まぁいい、さっさと着替えて外に出て来い」
「た、ただいま行きます!」
額に手を当てる。
後ろの院田と好本も顔を赤くしている。
そうだよな。普通じゃないよな。
「恋太郎ファミリーって痴女の集まり、とか噂されてないよな」
「されてないわ!」
恋太郎ファミリーにもまとも枠がいるのか、それとも自分ごと痴女判定されるのが単純にイヤだったのか。
それは否定した院田のみぞ知る、である。
「恋太郎ファミリーにはヤバイヤツしかいねぇのか」
「お前を筆頭にな」
「せめてこっち側の否定出来る材料が揃ってからにしてくれねぇか」
陰田に割と強い言葉で言い含められてしまった。
誠に遺憾である。
「こほん。改めて、キャッチボールをしよう。春人は今、どれだけ力が強いか分かってないんだよね?」
「流石に、長い間記憶失くしてりゃそうなるか。でも全力でいいのか?」
「その為のキャッチボール! 当たるのは何処まで行ってもボールだからね。さぁっ、来い!!」
「こっちを向いてグローブを構えろ」
何故を後ろを向いて尻を出すんだ。
リリースポイント、つまりはボールから手を離すタイミングというのは慣れないと上手く出来ずに暴投しがちだ。山なりの緩いボールでなくストレートの投球ならば、特に素人では。
しかし、おれの頭は見様見真似でやっているつもりでも身体は覚えているようで。
指先から離れたボールは一直線に須藤のグローブに向かい、須藤は足を動かすどころか腕さえまともに動かずに受け止め、小気味良い音を鳴らした。
「ナイスピッチ!」
「……おお、意外とやれるもんだな」
「うーん、このピッチングを見てると、また春人とも野球がやりたいなぁ。みんなで対戦するのも面白そうだよね!」
後ろで院田と好本も感嘆を漏らした。
簡単に投げたつもりが140キロ前後は出ている。もう既にプロとは行かなくとも甲子園に行けるレベルの球速だ。むしろ、このストレートを捕れた須藤が凄いと言える。
「……じゃあ後、99999回だね」
「日が暮れるわ」
他にも予定が詰まってる都合上、流石に無理だ。
というかケタがおかしい。10万回ってなんだ。
そんな事より、今の自分がどこまでやれるのかを知りたい。
キャッチボールなら、やりたい事は出来るのではないだろうか。
「須藤。何回か全力で投げていいか? どれくらいやれるのか知りたい」
「いいよ!! ああ、久しぶりだぁ……っ!! 春人の本気が見れるなんて嬉しいよ!!」
「…………絶対なんかあったろ。久しぶりって事はよぉ、前のおれが封印してたって事じゃねぇのか?」
「……………………い、いいや?」
「こっちを見ろ、分かりやすい奴め」
あの様子なら、以前ロクでもない何かがあったらしい。後で聞き出してやる。
「春人の本気が凄かっただけだよ。ただ、燃えるし消える魔球だっただけで」
「燃えるし消える???」
聞いた事ねぇよそんな魔球。どっちかにしろ。
「んじゃ、本気で投げるぞ」
「あ、待って」
「どうした須藤」
「唐音、静。後1キロくらい退がった方が良いかも」
「『とんでもねぇ』」
「今からやるのは本当にキャッチボールか?」
「……おれは今から大砲でも撃つと思われてんのか?」
「まぁいい」
投げ方なんて、なんとなくしか分からない。やれる事をやるだけだ。
とりあえずはありがちな基本フォームに則って力を込めよう。
朧げながら、体をそれっぽく動かす。
左脚を浮かして。
右手にボールを持ったまま、後ろに回し。
ピッチングマシンの様に、全力で上から振りかぶる。
「あっ」
しまったッ!
少しボールを離すタイミングが——————
『うわぁ!? なんだ!?』
『教頭室が急に爆発したぞ!?』
『テロか!?』
『ババアの祟りだ!』
暴投した野球ボールが運動場を軽々飛び越え、遠く離れた校舎に直撃。
コンクリートをいとも容易く粉砕したボールはそのまま室内を跳ね回って暴虐の限りを尽くし、教頭室は粉々となった。
砂煙が2階まで及ぶくらい舞い上がり、校舎近くで部活動に勤しんでいた生徒達は一瞬でパニックに陥っている。
ついでに化け物教師一名が殉職した。
「……」
「「「……」」」
「よし、ばっちこーい!」
「「やれるかァァァアアア!?」」
院田と声が揃う。
やめろ須藤、死ぬだろうが!
何、目を輝かせて興奮してんだ。
よく見ろ、向こうの空でババアが昇天してるだろ。ああなりたいのか。
……うわ。あのババア、平泳ぎで現世に戻ろうと足掻いてやがる。怖っ。
ほんの少し全力でやってこの始末である。
これなら……封印されてたと言われても納得だ。納得出来てしまった。
次の予定は、中二と灰尾の演奏だ。
だと言われても、どういう演奏なのか何も分かっていない。
おそらくは楽器を使うのだろうが、音楽関係は触った覚えがあまりない。リコーダーを授業でやっていたくらいのおれでは大したことは出来ないだろう。
それは向こうも分かっているはず。
この演奏会がどのようなものであろうと、今回に限ってはおれが何かする事はないだろう。アドバイスとか出来る訳もない。
ただ、楽しく聴かせてもらおう。
灰尾がバイオリンを持ちながら、声を掛けてきた。
「えっと……何故育先輩と春人先輩は下着姿でボロボロに……?」
「これは話せば長くなるんだ」
「ならねぇだろ。須藤の『一回だけだから』に付き合って全力のキャッチボールをしたら、半径20メートルの規模で爆発が起きただけだ」
「それは本当にキャッチボールなのかい?」
須藤を無視する形で経緯を説明する。それを聞いていた中二がやや困惑気味かつ、それでも涼しい顔で疑問を呈した。
安心しろ。
おれだってキャッチボールだった気がしない。
「あっ……春人じゃない」
「姫歌か。お前も演奏を聴きに?」
「ええ、そうよ! 詩人の演奏は特に良いの、ねぇ分かる!?」
「分かるわけ無いだろう。記憶飛んでから初めて聞くんだからよ」
「きっと、気にいるわ」
「そうか。楽しみだ」
「そういえば春人。姫歌とは知り合いなの? 随分と距離感が違うけど……」
「一回だけ、会った事がある」
「……それだけ?」
「それだk「私の初めてのファン一号!」……姫歌ぁ」
「でしょ?」
「…………らしい」
「素直じゃないんだからぁ」
「その辺りの話、実はあまり知らないのよね。馴れ初めとか」
「『オイラも知りたいでやんす』」
「ひとまず、気になるならまた今度話すわ。でも今は二人の演奏を聴かない? 春人はもしかしたら、これで記憶が戻る奇人かも知れないし」
「奇人? 奇人ってどういうことだ?」
灰尾凛がバイオリンを構える。
今回は一人ずつ演奏するつもりのようだ。
瞬間。
まるで別世界に飛ばされたかのような音色の衝撃を全身で受ける。
灰尾凛は弦の上を華麗に滑らせ、染み込んだ音をバイオリンから放出させているのだ。緩やかに、されど情熱的に観客の鼓膜を震わせていく。
その音に魅了されるのはおれでも例外ではない。
曲名こそ覚えていないが、どこかで聴くくらいにはメジャーなクラシック音楽だ。だからこそ分かる。
記憶にあるテレビや店内のBGMとして聴くものとは、目の前の演奏は別次元だと。
気付けば賞賛をひたすら送っていた。
拍手喝采、曲が終わってしばらくは夢中で手を叩いていた。
とても綺麗だった。
素人にも分かる上手な演奏だった。
涙を流して感動する、とまではならなかった。が、心が震えるモノは感じとれた。
「ふぅ……どうでしたか!?」
「見ての通りだ。……言葉足らずで悪いが、すごいな」
「……」
心から褒めたつもりではあったんだが……灰尾はどうやら悲し気であった。
「どうやら、私の音楽がキッカケでは記憶は戻らないようですね……」
「ああ……」
そういう事か。
自分達なりに、出来る事はないか。
必死に考えて、実行してくれていたのだ。
「悪いな。気持ちだけでもありがたいよ灰尾」
「大丈夫です。気にしないで下さい。
「……は?」
確かに、次は中二詩人の番だが……。
どういう事だ?
オカリナを口に当てて吹こうとする中二の前で、灰尾が制止した。
「唐音さん、育さん、姫歌さん! お願いします」
「分かったわ」
「任せて」
「悪く思わないでね春人」
カチャリ、と手錠が掛けられる。
当然おれの両手だ。姫歌が合図に合わせて仕掛けたもの。
唐音は座っていたおれの両肩を後ろから押さえつけた。
絶対に逃げられないように。
カチャリ、と手錠が掛けられる。
須藤が手錠を自らの両手に縛り付けた音だ。
お前は一体何をしに来たんだ。
「いや、なんでぇ!? ここまでしないといけないことでも起きるの!?」
「ごめんね、貴方が世間一般で言う『下手な音楽』が苦手なのは知ってるんだけど……ほら、ショック療法ってあるじゃない?」
「おれって下手な音楽苦手なのか!? という事はまさか……中二は……!? おい、待て!?」
「ではこれより、演奏(拷問)を開始します」
「灰尾ォ! テメェか!? テメェが主犯かァ!?」
「仕組みは簡単です。貴方のライフがある限り、詩人さんの演奏を流し続けます。〇ボタンを連打すれば、体力を回復……つまり維持できます」
「『〇ボタン』って何!?」
「ギブアップしたくなったら、セレクトボタンを押してください」
「だからどこに『セレクトボタン』あるんだよ!? ギブアップさせる気ないだろ!!」
「ライフがなくなるとゲームオーバーだ。コンティニューはないぞ。言っておくが—————— 連射パッドを使おうなどとは思うなよ」
「使いたくても使えねぇよ!? てか、口調がおかしくなってんぞ!?」
「詩人さんの演奏が貴様の身体を流れる。短時間であれば命に別状は無い程度のものだ。だが、もしギブアップしたら、あの
「おいィィィィ!! メリルって誰だァァア!?!?」
[LIFE]⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎
(何か分からんが、おれにとってピンチなことは理解した……! だが、たかが音楽だ。中二の演奏がおれにとってダメージ受けるかなんて……)
「ポヒョー↑」
[LIFE]⬜︎⬜︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
「ぐぁぁあああっっっ!?!?!?」
「早速春人がもがき苦しんでる!?」
「ちょ、春人!? しっかりしなさい!!」
ぐふぅ……っ! これは音楽か!? いや、音楽って認識していいのか!?
やっと分かったぞ、何故ダメージを受けるのかが!
姫歌とかさっきの灰尾とか、なまじ最高級の音に聞き馴染みがある所為で中二とのギャップでダメージを受けるのか!
特に、昔から姫歌の歌声は知ってたから……記憶が無くなろうとギャップを感じるのに一切関係がないのがひどい。
おれって、意外と繊細だったのかも知れない……。
[LIFE]⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
しかし、音を外す程度なら死ぬほどではない(?)。
そして、流石にそういう演奏だと分かってしまえば例え苦手だとしても問題ない。
隠し玉さえなければ……。
そう。例えば歌詞とか付いてなければ——————ッ!
「親友という名のキンギョのフン〜♪」
「テメェさては昨日の事を根に持ってるな?」
上手い下手よりも、怒りが勝った。
とりあえずは生き延びることに成功したらしい。危ないところだった。
演奏が終わった後、灰尾は何か納得いかない様子でおれを見ている。
そんなにおれをゲームオーバーに……いや、記憶を戻したかったのか。
「ねぇ、悪いけどボクの手錠も外してくれないかな?」
須藤の言葉を無視しながら、次の予定の準備を始める。
次は、好本との特訓らしい。
それらしい特訓をさせた記憶は当然無い。
だが請け負うだろう事は予想できるし、古参である好本がどれほどの期間トレーニングし続けているかは想像が出来ない。
加えて、おれは戦闘能力が随分と低下している。
もしかすると……ジャイアントキリングも成り立つ可能性がある。
そこは是非とも知りたい。
「『では始めよう』」
「まずは軽く組み手をしようか。お前さんの実力がどんなものか知りたい」
「〝いいだろう〟」
「達人の間合いとも言えるし────そうでないとも言えるね」
「いや無理でしょ!?」
周りの彼女達も息を呑む。
今回がたまたま一緒にいるだけで、普段はおれと好本の二人きりでトレーニングしていたりするのだろうか。
どうやら、誰も好本の実力を知らないらしい。
好本が一つ汗を顔から流し、構えた。
「あ……待った」
「?」
ストップをかけたのは、おれだ。
「すまん! やっぱやめないか?」
「どうしたの春人?」
手錠を掛けられたままの須藤が、戦いの場になったかもしれない場所もお構いなしに近づいてきた。
……お前さんはいい加減その手錠を外してもらえよ。
「見りゃ分かるだろ、試合どころか喧嘩もやったことないくらいは。鍛えてはいたんだろうがそっち方面の知識がゼロだ。……というか、おれがまともに教えなかったんじゃね?」
そう結論付けた理由は、彼女の手だ。
拳をちゃんと握るべきとか、実は手は開いて構えるべきだとか。そんな話じゃない。
「試合開始前に手に持っているスマホをしまえなかった時点で、お前の負けだ。しまうクセすら身についていないなら、特にな。このままだと絶対に怪我するぞ」
「あっ……」
スマホは武器じゃない。便利なツールではあるが、そこまでだ。
戦闘においては投げるくらいしか使うことがない。さらに言えば、投げ慣れてなければ手から離れるまでの時間は案外長いものだ。遮蔽もない屋上の広さならまず避けられるか投げる前に攻撃できる。
好本も指摘されてやっと気づいたようだ。
それでも両手で掴んでいるスマホをポケットに入れるそぶりもなく、どこかおろおろとしている。
院田は好本の心配をしていた分、試合が行われないことに安堵の息を吐いていた。
「あとは、手癖が悪い……だよな」
今度こそ、好本が本気で驚いた。
「いや、何言ってんの? E.T.みたいに指同士くっつけて……」
「院田ぁ……あのなぁ……。じゃあ聞くけど、好本が『いつ間合いを詰めたか』見えてたか?」
「え?」
「質問を続けるぞ。こいつは『いつ指を突き付けてきた』? さっきまで両手で触っているスマホを指摘したばかりだぞ?」
「あ……」
「そもそも人差し指一本をおれに向ける意味が分からんだろ。攻撃だと仮定すれば、この指の行き先は高さで言えば喉元だ。モロに急所だな」
「待ちなさいよ! 静がそんなことするワケ……」
「しない、って思うだろうなぁ。
「……っ!」
「『お見事』」
院田が青褪めるのと対照的に、好本はニコニコと……いや、目をキラキラさせていた。
「もしおれなら、好本に真っ向勝負はさせられん。100億%ケガするのは分かり切ってるからな。なら仕込むのは、ワンチャンですべてをひっくり返す『暗殺術』の類だろうって予想だ」
「〝へへっ〟『バレちまったもんはしょうがねぇ』」
「ついでに。『やめよう』っておれが言ったときにこのヤロウは何も返事しやがらなかったからな。その時点で嫌な予感はしてたぞ」
「あ、あんた、なんてもんを教えてんのよ!?」
「『こ、殺すつもりはなかったんだっ』」
「どこまで教えてるかまでは分からなかったからそこは怖かったけど、護身に使える範囲までしか教えてないだろうし教えなかったろうな。好本は気が向いたら暗殺教室を全巻読んどけ、アレ読んどけば大体理解が深まるぞ。あとやりたいことを見つけたら真っ先におれに相談しろよ。遊びでやるとマジで危ないからな」
「〝押忍! 〟〝師匠! 〟」
「春人先輩、その暗殺術って……痛いですか?」
「いや、達人がやると痛みを感じる前にあの世に行けると思うぞ。やり方によっては血もほとんど流れない場合もあるし……」
「そうですか……」
「灰尾? なんでテンション下がったの?」
「春人……それってキツいかな?」
「よく分からんがキツくはないだろ」
「そっか……」
「お前らにはなんて答えるのが正解だったの?」
この後、好本の筋トレに付き合って終了した。
腕立てをしていたのだが、やはり技を教えても好本自体が非力のままなのは相変わらずのようで。
腕立て伏せ一回を大体一時間かけてやりきっていた。
……そこまでスローで一回やれるなら、逆にすごいと思うのはおれだけか。
その後。
無事に手錠から解放された須藤は、野球部の練習のために離脱。
灰尾もバイオリンの稽古があるからと帰っていき。
姫歌は悔しそうな顔をしながら、マネージャーからの緊急打ち合わせに向かい。
中二は吟遊詩人になりに行った。
「吟遊詩人になりに行く、ってなんだ?」
姫歌がまだおれといたかったみたいで駄々をこねていたが、好本いわく姫歌のこんな姿は珍しいらしい。
残ったのは院田と好本だけだ。
今度は院田の用事である。
さっさと済ませよう。
こいつだけは用事の内容をおれに言ってなかったはずだ。
だから先にそれを——————。
「おっと……!」
「春人!?」
「『春人さん!』」
体が傾いてよろけた。
それだけなのに妙に心配されてしまっているとは思うが、実際よろけた事に驚いたのはおれも一緒だ。
以前なら、こんな事はなかった。
スタミナ切れ、なのか。
そこまで疲労が溜まるような事はしていなかったはずだ。
指先を見れば、微かに震えている。
人間、最も疲労を感じるのは強い負担を感じた時ではない。
『どのくらいの負担があるか分からない』事こそ最も疲労につながるのだ。
これまでに身構えたものは徒労に終わり、準備もしてない方向から負担を強いられる。
そういった気苦労の多さが……身体に支障をきたしてしまった。
そして、遂に耐えられず足を曲げさせてしまったのだった。
こんなもの、今までの自分なら無視出来たモノのはずなのに。
疲れ、なんて。
遥か昔に置いてきたもののはずなのに。
「……大丈夫?」
「気にする事じゃない。さっさと行かないと遅れて……離せ、邪魔だぞ」
「まともに後ろも見れてない分際でよく言えたわね。ほら、さっさと倒れ、る、ほらっ!!」
「いてててて!? 無理矢理押し込むんじゃねぇ……っ!」
背後から両腕を組んでおれの頭に回し、てこの原理を使いながら強制的に体を反らせる院田。
しばらく耐えるが、院田の腕力に押される形で、やがて頭を下に付けてしまった。
しかし、頭が下に付いたのだが。
コンクリートの地面に降りた割には随分と柔らかい。
院田の顔が真上に見える。
瞳がきらりと光り、唇にツヤがあって……上下逆さまなのが随分ともったいない。
膝枕を、されていた。
「あんた、クマがひどいわね」
「あんまり寝れなかったんだ」
「なんで?」
「……」
「……」
「抱えすぎ。そういうところまで……戻ってほしくなかった」
「死んでも治らん。気にするな」
「変わったのよ。あなたも」
「……」
「少しは休みなさいよ」
「予定がまだある」
「何のためのスマホよ。それに、少し遅れた程度で怒る人間はいないでしょ」
「……」
「違う?」
「……そうかもな」
「……少ししたら、ちゃんと起こすわよ」
「……知ってるよ」
「おやすみ」
「……ああ」
「ばか」
「『ワイトもそう思います』」
◇
「恋太郎君、お時間を取らせて申し訳ありません」
「大丈夫だよ、羽香里からのお願いだからね」
花園羽香里が恋太郎に頭を下げる。
「それで、聞いて欲しい事って何?」
「当然、春人さんのことです」
羽香里はファイルを持ってくる。
その『極秘』と書かれたファイルを恋太郎に手渡した。
「これは……『Love Love 妄想パレード』の生歌音源デーt「ごめんなさい間違えました」
※Love Love 妄想パレード……羽香里のキャラソン。
羽香里はファイルを持ってくる。
その『極秘』と書かれたファイルを恋太郎に手渡した。
「こ、これは……!」
「本来の春人さんであればまず成立しないであろう計画。その概要です」
恋太郎の頬に汗が伝う。
「無理だ、ハルが許すわけがない!」
「それは今までの春人さんなら、です! 今だからこそ、記憶が無くなり弱くなった彼をみんなで囲い、支えなければならないんです! どんな手を使っても!」
「でもこれは……!」
「あとは恋太郎君次第です。決断できるのはあなただけなんです。この――――」
「――――『第二彼氏補完計画』を進めるための、決断は」
【短編小話】
『だからエッグだって』
ナディー「……」
春人「……」
春人「ポーチド?」
ナディー「エッグ」
春人「スクランブル?」
ナディー「エッグ」
春人「ハイレグ姿のおれ」
ナディー「エッグ……」
春人「よしっ、覚えたな!?」
ナディー「オッケーデース!」
知与「それで良いんですか?」
春人「たまごは英語で!?」
ナディー「タメィゴォ!!」
春人「破門です」
ナディー「ノーッッッ!?」
知与「もはや天丼じゃないですか」
次回もお楽しみに。