君だけが大好きなただ一人の友   作:夢見 双月

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 あなたには、親友がいます。

 その親友が幸せになれないときに。

 あなたは何が出来ますか?



 正解は、『何もできない』です。


花園羽香里と院田唐音

 結局のところ、二人による恋太郎への告白から帰りの道に至るまで、おれの脳は記憶することを放棄していた。

 

 それほどの衝撃だった。

 

 告白される程度でそのぐらい。などと周りは言うのかもしれない。「所詮お前は友人。他人事だろう」と指摘されても、それは実際その通りだ。

 だが違う。ただの人間の告白に遭遇しただけならこんな醜態を晒すことはない。

 

 

 

 いままで、100回失恋してきたあの恋太郎なら。おれにとって話は大きく変わる。

 

 

 

 恋太郎は今まで、告白したことはあっても告白されたケースは一度とだって無い。

 

 いつだって想いを伝える側なのは恋太郎で、返事にやきもきしていた様子なんて何回も見てきた。

 

 

 

 それだけじゃない。

 

 間近で実らない恋患いを、繋がることのない赤い糸を何度も見てきた。

 

 絶対に幸せにならない恋だってあった。恋太郎にではなく他の先輩に密かに思いを寄せていた女子の気持ちを汲み、その女子の恋愛相談を恋太郎に隠れて携わったことがある。彼氏がいることを隠して恋太郎に近づいた女に、地面に頭を擦って「振ってくれ」と跪いたこともある。

 

 

 

 想像できる不幸な結末を、独断で避けてきたつもりだ。

 

 

 

 それほどに幸せになってもらいたい友人であるからこそ、おれは二人の告白に懐疑的になっていた。

 

 いや、それだけじゃない。疑う心と、もう一つ。

 

 それがおれにはまだわからないが、きっと大事なものな気がする。

 その正体が分かるまでは、恋太郎に肩入れする気にはなれなかった。

 

 

 

 返事は明日まで待ってもらうことになった。

 

 その報告を恋太郎から聞かされた時におれはやっと、告白以降から下校途中までの記憶がふわりと無くなっていることに気づいた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 恋太郎がため息を吐いた。

 

「花園さんか……院田さんか……」

 

 恋太郎の独り言が耳につんざく。

 

「いやぁぁぁぁぁぁ、まいったなぁぁぁぁ。まさか連続失恋記録100回のこの俺が二人の女子に告白されて悩む日が来るなんて!!」

 

「チェストぁぁぁあああああ!!!」

 

「ぶべぃくっ!?」

 

 

 

 おれの感情を込めた蹴りが恋太郎の背中にクリーンヒットする。

 恋太郎は吹っ飛び、道路をスケートのように滑っていった。

 

 

 

「何言ってんだお前!?」

 

「何って……」

 

 おれは喜色にまみれた恋太郎の声に不快さを隠せなかった。

 

 

 

「二人に言い寄られてんだぞ!? 片方に応じりゃ、片方は振らなきゃならねぇ!! そのことに本当に分かってんのかこの野郎!!」

 

「でも実際、贅沢な悩みでしょ!? こんな最高な二択をすぐに選べってのが無理あるだろ!!」

 

「だからっ、それが違うっつってんだ馬鹿!!」

 

「……っ! なにもそこまで……」

 

 恋太郎が言い返そうとして首元を掴まれる。間近に映るおれの表情を見て口を噤んだ。

 

 当然だ。冗談や嫉妬で友人を罵っているわけじゃない。

 これを言っているおれはきっと、鬼のような目をしているはずだから。

 

「頼むから……よく考えろ。選ぶ、ってことは……どちらかの彼女を絶望に叩き込むことだ。自分以外の女が選ばれるところを目の前で見ることになるんだからな。……お前に振られる苦しみが分からねぇ、なんて言わせる気はねぇぞ」

 

「……っ!」

 

「短絡的に……お前がなるかは知らんが、それで直感的に答えを出してしまえば簡単に決められる……というが、そんなのっ、おれは絶対に許さないからな。必死に考えて、考え抜け。いくら誠実に動いても、苦しい思いは誰がなるにせよ避けられない……そうだろっ?」

 

 言葉が紡がれるごとに、自身の声が低く、弱くなっていくことがおれにも分かる。

 顔もさっきまでの憤怒の形相はなく、苦虫を噛み潰したような顔に変わっていることだろう。

 

「……なぁ恋太郎。おれは、お前が向こうを気持ちいいと思えるくらいにバッサリと振ることの出来る人間には到底思えない。ずっとお前の近くにいたからな……そのぐらいは分かる。だから、他でもないお前のために後悔する道は選んでほしくない」

 

「ハル……」

 

 おれの愛称を恋太郎が呼ぶ。

 その言葉か、もしくは声色そのものか。頭に響くと共に冷静さが戻ってくる感覚がする。

 

「悪い。所詮他人事なのによ……何熱くなってんだおれも。……ちょっくら頭、冷やしてくる。……ちゃんと決めておけ。彼女達のためにも」

 

「ハル」

 

「なんだよ」

 

「ありがとう」

 

「……はぁ、どうせ言っても止まらねんだ、お前はよ。……おれが言いたいことは言ったし居合わせたついでだ、やれるだけのフォローはしてやるよ」

 

 

 

 恋太郎に別れを告げる。

 

 彼女が出来たらきっと、寂しくなる。

 そんな思いがいくらよぎろうとも、恋太郎の幸せを願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 恋太郎と別れたあとの帰路だが、どうも足取りが重い。

 

 考えれば考えるほどに頭の中のモヤが晴れない。

 自分が何に悩まされているかもイマイチ分からない。

 

 

 

 そうやって答えのないままに没頭し続けていたからか。

 交差点で脇からくる犬に気づかなかった。

 

「おっと」

 

 咄嗟のところで避ける。

 

 大きい犬だったからか、視線が俯きがちだったにもかかわらず反応出来た。が、体勢を崩してたたらを踏んだ。

 野良犬には見えないし、リードも繋がっている。道の角に隠れているが、きっと飼い主との散歩途中の犬なのだろう。

 

 ぶつかりそうだったことに驚いていたのか、犬の飼い主が少し遅れて近づいてくる。

 

「ごめんなさい、ケガはないです……か……あっ」

 

「いえ、だいじょう……って、あんたは……確か」

 

 おれの目の前にいたのは、おれと似たような陰鬱な面構えでリードを持つ……。

 

 

 

「花園……羽香里……さん」

 

 

 

 恋太郎に告白した、最初の人だった。

 

 

 

 

 

 もうすぐ、公園に差し掛かる。

 無言のまま、犬の散歩コースとなっているらしい道を花園の隣で歩き続ける。

 

 お互いに誘ったわけではない。

 だが、話したいことはお互いにある。多分。

 

 それゆえの同行。しばらく道順を合わせてうろついている。

 

 ただしかし、それでいてどちらも会話を切り出せずにいた。

 

 

 

 花園は俯き、おれはどこか上の空で雰囲気は最悪だ。

 

 

 

「「あの」」

 

(う~わっ、被ったし)

 

 

 

 最悪を通り越して、地獄みたいになってしまった。

 

「そ、そちらからどうぞ……」

 

「あ、はい。えっと……」

 

 そこまで対人コミュニケーションに弱いわけではないのだが、どうもしどろもどろになってしまう。

 

 先に会話を促したが、向こうもどこかぎこちない。

 

「家、この辺り何ですか?……近かったんですね」

 

「……みたいだな」

 

 

 

 会話、終了。

 

 いや、もういたたまれない! 帰っていいか!?

 

 

 

 

「そちらは、何を言おうと……?」

 

「あー、うん、そのー……」

 

 

 

 

 

「ベンチに……座りませんか?」

 

 

 

 おれの提案は、花園が公園のベンチの方へ向かったところで受け入れられたと感じた。

 

 

 

 花園の毛深い飼い犬が舌を出しながら、素直にベンチの隣で座って待っている。しつけがいいのか、かなりおとなしい。

 

 しかし元気な犬とは裏腹に、おれ達二人は重い空気が包まれている。

 

 

 

 花園羽香里。恋太郎に告白してきたピンク色の髪がまず目につく少女。院田と違って考えて行動することが多く、自分の魅力をあざとくアピールすることに積極的だ。おしとやかでありながらしたたかな物腰がおれの第一印象だ。たれ目でスタイルが良く、胸やお尻に思わず目に入れてしまうと恥ずかしさと申し訳なさを感じてしまう。

 

「青井春人さん」

 

「青井、でいい。好きに呼んでくれ」

 

「では、青井さん」

 

 座ったおれたちが、改めて向き直る。

 

「制服で、いままで何を……?」

 

「ん? ああ……」

 

 どういうことだ、と一瞬思案する。

 だが、意図が読めないのでそのまま答えることにした。

 

「恋太郎と帰っていた。……あいつは浮ついていたし、おれもなんだかさっきの光景が漫画っぽいというか……そう、現実味が無くてな。ゆっくり歩いていたらこんな時間だった」

 

「そ、そうですか」

 

 少し、花園に安堵の表情が見えた。

 

 

 

 そこが限界だった。

 しびれを切らし、声を軽く荒げる。

 

「ああもう、変な探り合いはやめだやめ!! おれも聞きたいこと後でいうから、ストレートにお前も聞きたいこと言え! なっ!」

 

「は、はいっ!」

 

「変に安心した顔しやがってなんなんだよっ!? おれに言えることならなんでも答えてやるよ! なんなら体重身長体脂肪率全部答えるさ!」

 

 

 

「あっ、それは要らないです」

 

「知ってるよ、はよ言え」

 

 

 

 さすがにこのまま夜まで家に帰れないのは耐えれない。

 さっさと会話を促して、とっとと別れよう。とにかくここを離れたい一心だった。

 

 花園は不安そうに口を開いた。

 

 

 

「院田さん……とはどういう関係ですか?」

 

「ふむ……え、いや、はっ???」

 

 

 

 恋太郎の事を聞かれるのだと身構えてたおれは、固まった。

 

 え? なんでそっち?

 てっきり、『恋太郎君はどっちを選ぶ気ですか?』みたいなことを聞かれるのかと思ってたんだけど……。

 

 

 

「な、なんで院田? 接点あったっけ? 恋太郎の方じゃないのか?」

 

「だって、自販機から飲み物を買いに行ってた時に二人で戻ってきたじゃないですか!? だから、青井さん繋がりで院田さんと愛城君も私の知らないところで仲良しになったのかと……」

 

「ないない。出会ったの花園さんと同じタイミングだぞ? あんなわたわたしたリアクションしておいて親交が前からあったってなったら院田はとんだタヌキじゃねぇか。その後にしても四葉探しで時間がなさすぎるし、たまたま居合わせただけでほっとけなかっただけ。頑張っても知り合い止まりの関係だよ」

 

「で、でも……」

 

「不安かよ? 『院田は優しかったよな』って贔屓目に見られて、それを恋太郎にアドバイスしているんじゃないか、ってところか?」

 

「……うぅっ」

 

 

 

「それだけは絶対にしない。約束するし、なんならどっかの誓約書に書いてでも誓ってやる」

 

 不安がる花園に言い切る。

 おれはまっすぐ花園に目を合わせ、両肩に手を置く。

 

「ちょっと、え」

 

 

 

「信じてくれ、としか言えない。が、おれは絶対に選択に左右することはしない。レンのヤツには幸せになってもらいたい。だが、どういう幸せを求めるかはレン次第だ。そこを押し付けるのは筋違いの自己チュー野郎ってもんだろうよ」

 

 

 

「あの、近いです……!」

 

「……お? っと、わりぃ!」

 

 急いで乗り出した体勢を戻してベンチに直る。

 やりすぎたかっ。なんだか友人の彼女になる予定の人にすごい恥ずかしいことをした気がする……!!

 

 

 

「熱い人なんですね、思ったよりも。……それに『レン』って愛城君の事ですか?」

 

「なんでもない。口が滑った……だと自滅するな。なんて言い訳すればいいか……」

 

「ふふっ」

 

「……開き直るぞ、もう。……恥ずかしいんだよ。アイツと近すぎるって思われっからよ」

 

 

 照れるおれに、口に手で隠しながら微笑む花園。

 

 

「好きなんですね。愛城君の事」

 

「うるせぇ、本人に言うなよ。とにかくだ。アイツが選んだ後なら全力で協力する。だが、どっちを選ぶかなんておれや他人が手出しするもんじゃない。一応、よく考えろとは釘を刺しておいたがな」

 

「そうですか……」

 

 

 

 そよ風が、おれ達の間を微かに通る。

 

 

 

「怖いか?」

 

「はい」

 

「そうか。……いや、そうだな。そりゃそうだよな」

 

 

 

 公園にいた、最後の子供が帰っていった。

 

 

 

「どっちが、選ばれると思います?」

 

「聞いて何になる」

 

「ですね」

 

 

 

 夕焼けがそろそろ地平線に触れる頃だろう。

 

 

 

「もし、ダメでしたら……私をもらってくれますか?」

 

「他のやつに現を抜かしてたらそれこそ終わりだろ」

 

 

 

 風が、おれ達の髪をたなびかせた。

 

 

 

「青井さん……っ」

 

 その声には反応しない。

 一瞬の言葉の詰まりに、その奥底の感情に気づいてしまったから。

 

 

 

「……周りには誰もいないぜ。おれだって今日色々ありすぎて疲れて眠くて、もうまともに目が開かん」

 

「……」

 

 

 

「不安に押しつぶされてるなら、今は泣いたって誰も気づかねぇよ」

 

 

 

「ふ……、うぅ……!」

 

 

 

 瞼を閉じる。夕焼けの光が、閉じた視界を赤く染めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 強い子だった。

 おれの身体を借りることはなく、静かに泣いていた。

 

 すすり泣く声は数分もなく、彼女は元の調子に戻り、この場を去る。

 

「では、また明日」

 

 不安に包まれた顔から、覚悟を決めた……恋に生きると決めた女の顔だった。

 

 

 

 

 

 この後、おれはどうするのか。

 

 恋太郎が誰を選ぶか考えた後、ベンチから体を上げる。

 

 

 

「あっ。おれの聞きたいこと、聞きそびれた」

 

 

 

 

 

 

 

 あの告白から考えていたことがあった。その答えを、たった今、見つけた気がした。

 

 気づけてしまえば、簡単な事だったかもしれない。

 

 

 

 告白の前に、院田に会った。

 

 器用ではない優しさを、恋太郎に向けていた。

 

 

 

 告白の後に、花園に会った。

 

 不安を隠せないながらも、真摯に恋太郎を待っている。

 

 

 

 

 

 それだけで、十分だ。

 深呼吸をする。

 

 

 

「行くか」

 

 ボソッと、呟く。

 

 

 

 見上げると空の色がオレンジ、緑。そして青へとグラデーションのようにきれいな空になっていた。

 

 夜は、近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝。

 

 恋太郎が告白の答えを出すためにホームルームが始まる前に彼女候補二人を呼び出した。これは前日の内に決まっていたことだ。

 

 

 

「おはようございます、愛城君」

 

「来てやったわよ。ホームルームに遅れるからとっとと答え聞かせなさいよねっ!」

 

 

 

 そんな二人の前に現れたのはボロボロの恋太郎。

 

 何があったか詰め寄る二人だったが、すぐに気を取り直す。

 

 

 

 その光景を、おれは近くの連絡通路にある柱の陰で見守っていた。

 

 

 

 恋太郎が手を前に出す。そして叫んだ。

 

 

 

「二人とも俺と付き合ってくださいっっ!!!!」

 

 

 

 それが恋太郎の出した結論だった。

 

 何度も考えた。おれに言われたように、考えつくした。神様にだって話を聞きに行ったそうだ。

 

 

 

 そして、結ばれなかった運命の人の行く先が死であると。恋太郎は知ってしまった。

 

 運命の人と結ばれなかった場合、あらゆる因果の歯車は運命の人と結ばれることを前提としているため成り立たないことを想定していない。一度歯車が歪んでしまえば幸福の人生は奈落の運命を辿る。その結末の行く末はすべて恋太郎に委ねられる。

 

 神が100人に課してしまった、呪いにも似た恋太郎への恋幕を他ならぬ恋太郎が知ったのだ。

 

 

 

 ならば、その行動は二人を助けるためか。

 

 否。

 

 

 

 ここにいるのは全てを背負って、それでも愛すると覚悟を決めた男だ。

 

 

 女性陣は、特に院田は拒否する。

「絶対に二股なんて認めない」と。

 

 

 

 それでも恋太郎は諦めずに、ボロボロになった原因になったあるモノを取り出す。

 

「ピンクの……!」

 

「四葉のクローバー……!?」

 

 

 

「それも二つも……!? 私達が二人で探しても一つも見つけられなかったのに……っ」

 

「ど、どうしたのよそれっ!」

 

 

 

 柱の陰からでも二人の動揺が伝わってくる。無いと思われていたものを、アイツは持ってきたのだから。

 

 

 

「ああ……なるほどね」

 

 院田が合点がいったのか、指を指して指摘する。

 

 誠意のアピールではないのか、と。

 

 

 

 おれは、はっとした。

 

 おれなら打算的にそう動く。動いてしまうと考えたからだ。

 恋太郎と同じ状況になったと自分を置いた時におれなら少しでも優位に……、と無意識に考えてしまっていた。

 

 なんなら、おれは恋太郎が四葉のクローバーを集めた意図までは詳しく聞いていない。

 わずかに汗が頬を伝う。

 

 しかし、そんなおれの心配をよそに恋太郎は言い切った。

 

 

 

「えっ? いや、ごめん、全然そんなつもりじゃないけど……」

 

「じゃあなんだってのよおおおおお!!」

 

 

 

 院田、叫ぶ。

 

 

 

 院田が意図を間違えた恥ずかしさで暴れるが、花園が羽交い絞めで抑える。花園は笑っているから、暴れるといってもかわいいもののようだ。いい意味で緊張が抜けていっている。

 

 

 

 まぁ、分かっていた。

 

 どういう動機かはともかく、アイツはストレートに彼女の喜ぶことを考えられる。

 おれのように変な計画性なんぞ持ってはいない。

 

『彼女が出来ることによる幸せ』をアイツは求めていない。

『彼女が幸せになること』をアイツは一番に考える。

 

 そんな様子をずっと見てきた。

 

 

 

 

 

 それでも振られる男を、おれは……ずっと見てきた。

 

 

 

 

 

 

 

 その男は愛したい。

 

 この男は愛したい。

 

 

 

 その男は、無様に振られた。

 

 この男は、真摯に振られた。

 

 

 

 その男は、100度の失恋を経験した。

 

 この男は、1度の失恋を味わった。

 

 

 

 その男はそれでも愛を諦めなかった。

 

 この男は心が折れて動けなくなった。

 

 

 

 男は伝わらぬ愛を恐れた。

 

 男は拒まれる恋を恐れた。

 

 

 

 

 

 

 

 恋太郎は『自分の幸せ』を考える。

 

 春人は『失恋の恐怖』が蘇る。

 

 

 

 それが『彼女そのもの』だと気づいたときに。

 

 それでも『愛したい想い』を知ったときには、既に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人は同じ場所に立っていた。

 

 

 

 

 

 時間は遡り——————【入学式 当日 某時刻の夜】

 

 

 

 日が完全に沈み、遠くでは星が見え始めた頃。

 

 俺は、入りたての高校の敷地で肩を上下させる男の後ろに立った。

 

 

 

 その男はこちらを見もせず。

 

 汗ばむ衣服の襟をつかんで仰ぎ、額の汗を拭う。

 

 

 

「神社の神様が言ってたよ。俺より先に『運命の人』について聞きに来て、正しく結ばれなかった彼女が死ぬことを知った人がいるって」

 

 

 

 

 

「コンタクトを拾った先生がいただろ? その先生に敷地に入る許可をもらいに行ったとき、ついでに聞いたよ。随分前に、ここに居座る許可が欲しいって()()()()の子が来たよ、って」

 

「……」

 

 

 

「ハル」

 

「……恋太郎」

 

 

 

 俺の方に振り向く男。青井春人はこちらを見ると口角を上げる。

 

「遅かったじゃねぇか」

 

 

 

「ハルはどうしてここに?」

 

「野暮用だ。忘れ物を取りに来た」

 

「そんなにボロボロになっても見つけたい忘れ物があるの?」

 

「ああ」

 

 

 

 ハルが膝をついて地面生えたクローバーを見る。

 

「友人二人に、どうしてもプレゼントしたくてな」

 

 目を丸くする。

 ハルのこんなところは……汚れてるのも構わずに動いている様子なんて、いままで見たことがない。

 

 

 

「お前は?」

 

「俺は……どうしても彼女達に渡したいものがある」

 

「そうか……じゃあ頑張れよ」

 

「ハル」

 

 少しの間、静まる。

 

 

 

「なんだ」

 

 

 

「二人共に、両方に交際を申し込む」

 

 

 

 俺は、短くそう言った。

 

 

 

「何言ってるか……どういうことか、分かってるよな?」

 

「うん」

 

「考え切った、結論なんだよな?」

 

「そうだ。別の運命を辿ったらきっと……俺は幸せに出来ないし、なれない」

 

 

 

 断言する。

 ハルは大きく息を吐いた。彼の背中を見ていると、その呼気がより長く感じる。

 

 

 

「本気だな。……まっ、だろうと思ってたからここにいるんだけどよ」

 

「だから、来てくれたんだよね」

 

 

 

 彼も、俺の出した結論と同じ答えをたどり着いていたみたいだ。彼は基本的に素直じゃない上に、院田さんよりも分かりづらい。

 

 でも、俺はその優しさが分かる。

 

 

 

 俺のためか、彼女たちのためか。

 ほっとけないやつなんだよなお前は。昔から。

 

 

 

 ハルが鼻を鳴らして、口角を上げる。

 

「どうせ、言っても止まらねぇんだろ?」

 

「うん、二人と付き合う。だから……助けてくれない?」

 

 

 

 

 

「止める気はねぇし、今日ばかりはおれも止まる気はねぇ。……さて、リミットは夜明けだ。さっさとやるぞ」

 

「どこまでやった?」

 

「関係ねぇ、何度でもしらみつぶしに探し回るぞ!! おれが始めて何時間か経つがまだ一つも見つけられてねぇっ!! このままだと間に合うはずもねぇ死ぬ気で探せやぁ!!」

 

 

 

 

 

「「うおおおおおおおおおああああああああ!!!!!」」

 

 

 

 気合の雄たけびが、二人だけの世界を、揺らす。

 

 咆哮。のちに少しだけ目を閉じる。

 

 

 

 目の前の男、青井春人の瞳孔の奥にナニかが灯った。

 

 

 

「行くぞ、ハル」

「行くぜ、レン」

 

 

 

 

 

 

 

「やったっ! 見つけたよ! やっと1個目っ!!」

 

「喜んでいる場合かっ! 空が白んできているぞ!!」

 

「分かってるよ! ハルは見つけられたのかよ!!」

 

「見つけられる訳ねぇだろっ!!」

 

「なんでキレてんだ!!」

 

「てめぇより早く来てんのに、さっきから影も形も見当たらねぇのはおかしいだろうが!! ソシャゲの闇ガチャか何かか!?」

 

「俺に当たるんじゃねぇ!」

 

「分かってるわ!!」

 

 

 

 

 

「ふ……2つ目……だ……」

 

「……は、ははっ……本当にギリギリ、間に合っちまった。……にしても徹夜なんぞするもんじゃないな。あ”あ”ー、頭いてぇ。気持ち悪い、吐きそう」

 

「…………」

 

「……寝てな。アイツらが来る頃には起こしてやる。……ってもう寝てやがるか」

 

「……すーっ、すーっ」

 

「限界なのは分かってるけどよ。せめてその四葉はお前が摘めよ馬鹿。……やれやれ」

 

 

 

 かかった時間なんて気にすることが出来ないくらいには動き続けた。

 携帯を見れば、もう始業時間まで30分を切っていた。

 

 二つ目の四葉のクローバー。ピンク色を見すぎて、補色関係の緑色に見えてきた。「普通のクローバーじゃね?」なんて蒸発した脳みそで考える。

 

 見つけたのは恋太郎だ。だが、摘み取る前にダウンした恋太郎の代わりに、おれが摘み取る。

 

 恋太郎のポケットにクローバーを詰め込むと、上半身を引っ張り上げて近くのベンチまで運ぶ。

 

 

 

「そういう締まらねぇトコ、かえって好きだけどよ」

 

 

 

 そして時間が来るまで恋太郎の頭を膝に置き、座り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 気づいたら、柱にもたれて気を失っていた。

 眠気が限界だったらしい。

 

 恋太郎の告白と説得はどうなったか。おそらくは大事な部分を見逃した。

 

「くそっ、くだらねぇタイミングで寝ちまってたっ」

 

 柱に寄りかからないとまともに立てないことに苛立ちを覚えながらも、三人の様子をうかがう。

 

 そこには……。

 

 

 

 

 

 そこには、恋太郎に抱き着く二人の彼女が見えた。

 

 

 

 おれの視界がぼやける。そして溢れた。

 

 なんでだろうな。その光景が。おれではない他人の輝きが。自分のことのように嬉しかったんだ。

 

 

 

「よかった……。よかったなぁ……!!」

 

 

 

「誓うよ……。絶対に二人とも幸せにする……!」

 

 

 

 自分の情緒が心の中で渦巻く中、恋太郎の誓いがひどく澄んで聞こえ、頭の奥で反響した。

 

 

 

 

 

 涙を拭う。

 もうおれが、恋太郎の隣にいる必要はない。

 

 教室の方に向かう。

 よろよろと足取りがおぼつかないが、廊下を歩けるぐらいにはさっきの気を失うような睡眠で回復している。

 

 

 

 おれが、彼女たちの告白に懐疑的だった理由が分かった。

 

 

 

 花園はきっと、恋に盲目ながらも恋太郎を支え続ける。

 

 院田はきっと、素直ではないながらも恋太郎の隣に居続ける。

 

 

 

 きっと俺は、自分の居場所を取られてしまうことに恐怖していたんだ。

 

 

 

 そこにおれの入る余地はない。おれの役割はきっと彼女たちが担ってくれる。

 

 なら、恋太郎に愛されていないおれは。

 

 

 

「……」

 

 

 

 必要とされなくなるのなら、いっその事なら自分から離れる。

 

 もう、あの失恋と同じような気持ちになるのは……たくさんだから。

 

 

 

 彼女達に感じた何かもそうだ。

 

 おれとってはたとえ彼女達でさえ……失恋という運命を辿るのが嫌だと感じたからだ。

 

 

 

 小さい男だと自嘲する。

 

 そこらにあるエゴと何ら変わりない。

 

 

 

 たった少しの間、会っただけの女の子達に対して……失恋を見たくないという恐怖と数ミリの親近感だけで動いていた。

 

 

 

『助けてくれ』

 

 すべて、自分のためだ。

 

 自分のためだけに、恋太郎の願いを聞いた。

 

 

 

 恋太郎の幸せも、花園の幸せも、院田の幸せも。居場所を失うよりもそうしたいと願うおれのためだけに動いたものだった。

 

 

 

 恋太郎が二人と付き合う選択をするとおれが思い至った、だって?

 

 そんな訳がない。

 おれは恋太郎ではない。

 似たような考えがよぎることはあってもピンポイントでビタ当てすることはありえないだろう。

 

 

 

「そうであって欲しいと、願っただけだ」

 

 

 

 もしかしたら……来てくれるかもしれない。

 

 馬鹿みたいにそればかり信じて、探し続けて。

 

 

 

『助けてくれ』

 

 もし、恋太郎が……恋太郎の答えが『一人だけ』と決めていたら。

 

 

 

 この台詞を発言するのはきっと、おれだった。

 

 全てを吐露して、醜い姿をさらしてその足に縋ることしか出来なかっただろう。

 

 

 

 それでも、きっと恋太郎は止まらない。おれも止まれない。

 

 止まれない二人の正面衝突が、どれだけ関係が歪むことになるかなんて想像できない。

 

 

 

 ああ、心底自分が嫌になる。

 

 

 

 彼女達にあの時のおれを投影させて、勝手に救いを求めただけなんだ。

 

 目の前の不幸に我慢が効かなかった。

 

 振られることが怖い、その恐怖は他人の結末でさえもおれに伝播し、絶望に染まる。

 

 

 

 たまたま、かみ合っただけの結果に誰が喜べるんだ。

 

 恋太郎の気持ちと、おれの願いが一致しただけ。ただそれだけだ。俺一人じゃ、何も出来ていない。彼女達の想いに応えることすら部外者にはできないのだから。

 

 

 

 助かってほしい。バッドエンドなんか見たくない。

 

 

 おれの信じる恋太郎であってほしかっただけで。

 恋太郎を信じられた訳ではない。

 

 

 

 だから、おれはもう。

 

 恋太郎から離れようと、決めた。

 

 お前には、おれに代わる彼女達がいる。もうこんな友人に価値などないと。

 金魚の糞のようについてきて、道化のように周りを飛び回る。それだけの人間だから。

 

 

 

 

 

 

 

「 ハ ル ゥ ゥ ゥ ッ ! ! 」

 

 

 

 その決断は、当然のように数秒で崩れ去るのだが。

 

 

 

 駆け付けた恋太郎の頭がモロに腹に突っ込まれる。呼ぶ声が聞こえた時に体ごと振り向いたせいで鳩尾に抉り込んだ。

 

 急所にはいった所為でくっそ苦しいし、文句さえまともに発声できない。

 

 

 

 抱きしめられ倒れる形になったから頭にも衝撃が伝う。それまで考えていた黒いモノが……あふれ出ていた闇が、一瞬だけ止まった。

 

 そんな中、恋太郎が言う。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 荒い呼吸のまま、おれは飛び出しそうになった罵倒が消えていくのを感じる。

 

 恋太郎の声は…………震えていた。

 

 

 

「ありがとう……っ! やっと、やっと俺は……っ!」

 

 ここで、おれは諦めてしまった。

 

 

 

「いいよ……。もう何も言うな」

 

「ハルぅ……っ! ハルぅぅ……っ!!」

 

 

 まだ、だと。

 

 

「ああ……分かってるから」

 

 

 

 頼むよ、泣いた声でおれの名前を呼ばないでくれ。

 

 どんどん離れたくなくなっていくだろ。

 

 

 

(せっかく、こいつはもう大丈夫って思えたのに)

 

 

 

 鼻を鳴らす。そして少し困り眉を作って。

 

 

 

 俺はまた、『しょうがねぇな』って言うんだ。

 

 

 

 

 

「ねぇっ!! ハルって誰よその女ッ!?」

 

「恋太郎君!? 実はまだ他の女の子でもいるんですか!?」

 

 

 

 彼女になった二人がすごい剣幕で飛んでくる。

 

 二人の必死な顔を見つけると思わず吹き出してしまった。

 

 

 

 おれの目から涙が一筋流れる。でもそれ以上の笑顔を浮かべられる。

 ずるいよな……悩んでたあれもこれも、こいつの行動一つで何とかなっちまう。

 

 

「あっ……」

 

「あなたは……!」

 

 

 

 二人もおれの顔を見て、誰なのかやっと気づいたらしい。

 

 おれの胸元で泣く情けない馬鹿のために、おれは「しーっ」と唇の前に人差し指を出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、恋太郎君ってまさか……男の子もイケるんですか……!?」

 

「えっ、そういうこと!? あんた彼氏なのっ!?」

 

「 違 う っ ! そ れ だ け は な い か ら っ ! ! 」

 

 なお、静かになることはなかった。




 原作第一話、完結。

副題『二人の思い、二人への答え』、踏破。



 次回以降、毎週ど深夜の月曜日(実質日曜日?)に投稿したいなとは考えているんですが、実は書き溜めはこれだけです。
 仕事の都合、ネタの不足によっては投稿しないので『必ず定期更新です!』とは言えないのが悲しいトコロ。

 気長に待ってくれると助かります。
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