君だけが大好きなただ一人の友   作:夢見 双月

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本と青い髪の少女はお好きですか?

 二限の数学科目が始まる。

 数学の時間なら、少ししたら問題を解く時間が用意されるはず。

 

 その時に今度こそ、本についての話が出来る。

 話をして、分かってもらって。きっと本を返してもらうんだ……!

 

 

 

 私、好本静はそう思った。

 

 合間にあった休み時間では、友人らしき女の子に青井君は連れていかれてしまった。

 

 そのうちに本を取り返すこともできたかもしれないけれど、彼に申し訳ないと思うとともにちゃんと事情を説明して返してもらうべきだと思ったから取らなかった。

 

 人のものを勝手に見たり漁るのはダメだよね。

 

 

 

 チャイムが鳴り、ギリギリで席に座る青井君。

 

 

 すぐに彼は数学の教科書とノートを机から取り出し……少し止まった後、教科書だけをもう一度中へ戻した。

 

 

 

(えっ……)

 

 そのまま席を立って、先生に宣言した。

 

 

 

「すいません、教科書どっか行ったので隣に見せてもらっていいっすかね?」

 

「おいおい、一回目の授業だぞまったく、幸先悪いなぁ」

 

「すいません、次までには見つけてきますんで。……悪い、見せてもらえるか???」

 

 

 

 そういって、青井君はからっぽの笑顔を浮かべた。

 

 

 

「これでじっくりと喋れるな? 口数の少ねぇお姫様よ」

 

 

 

 この人、やっぱり怖いっ!!

 

 

 

 

 

 

(近い、近い、恥ずかしい何も授業の内容が入ってこない男の子の匂いがするいやそうじゃなくて私は一体何を考えて……!!?)

 

(とりあえずおれに何か言うことがあるのは理解した。こうすりゃ逃げられまい)

 

 

 

 心臓が大きく高鳴る。もちろん、恋幕じゃなくて恐怖だ。

 

 見た目だけなら、不良の方々と同じくらいの威圧感と存在感を持っているから、目線がまともに動かせない。ずっとノートを見続けている。

 文字が震えすぎて、書いている記号が『+』か『卍』か分からないぐらい震えちゃうっ。

 

 

 

 

(が、問題はここから。本題を言ってくれないことには何も始まらないよな。出方を伺うしかねぇ)

 

 

 

 授業が進んでいく。が、青井君に動く気配がない。

 

 なぜ、何も聞いてこないんだろう。真っ先に本について聞いてくるものだと思っていたんだけど……私と同じで緊張しているのかな?

 

 

 

 

 

【現在の状況】

 

・青井春人→落ちてた本の件と好本静が話しかけてきた件は別々の事だと思っている。(静の所有物と気づいていない)

 

・好本静→青井春人は本についての情報が欲しいのではと思っている。(『クラスメイトの所有物である』ぐらいの推測はついていると思い込んでいる)

 

 

 

 

 

((あれっ、なんで何もしてこない???))

 

 

 

 残念、二人は頭上に疑問符を同時に浮かべた。

 

 

 

(お隣さんを話しやすくするために近くに来たのになぁ)

 

(青井君から話があるから席を寄せたんじゃ……?)

 

 二人は微妙にかみ合わない。チラチラと互いに目配せをするが、当人同士の意図が読めないでいる。

 

 

 

(もしかして、逆に迷惑なことがあったか!? まさか配慮不足か……!?)

 

(まさか、私のため? それだけのためにわざと教科書忘れたふりをするのは申し訳なさ過ぎて……!)

 

「くっ……!!」

 

「……っ!」

 

 

 

 

 

「さっきから前にいる春人さんと確かあれは……好本さん? が同じ動きをしてるんですが……」

「ほんとね。何やってるのかしら」

 

 

 

「ここの公式、大事だから書いとけよ~」

 

 

 

「…………!(メモメモ)」

 

「おっと、そういう情報助かる~」

 

 

 

 

 

「「……ふぅ」」

 

 

 

 

 

「親子かな?」

「にしか見えませんね」

 

 後ろの席にいる花園と院田は微笑まし気にすこし訝しんでいた。

 

「……何やってんだか」

 

 口角を上げながら、院田は呟く。その顔にはほのかな母性を孕んでいたそうな。

 

 

 

 なお、恋太郎はそんな二人を見てニッコニコしている模様。

 

 

 

 

 

 二時間目の授業はこうして、春人の内申点がちょっぴり犠牲になりつつも成果が上がらないまま終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 三時間目、体育。

 

「「うおおおおおおおおおああああああああ!!!!」」

 

 

 

「なんだなんだ」

「体力テストの持久走でああやって張り合うやついるよな」

 

 

 

 体育はさすがに好本静と会話はできないと判断し、真面目に授業もとい、体力テストに勤しむ春人。

 

 恋太郎の隣を追い抜こうとすると、意地なのかスピードを合わせられるどころか追い上げてくる。

 

 

 

 当然、春人も男である。勝負に乗っかるように速度を上げ始める。

 

 

 

「頑張っている恋太郎君も素敵です……!」

 

「恋太郎も中々やるじゃない、じゃあ先に行くわね」

 

「あっ、待ってください!!」

 

 

 

「ふぅ……ふぅ……!」

 

 

 

 女子サイドも一緒に走っているが、そのほとんどはアホ二人とは一転してジョギングぐらいのテンションで走っている。

 

 好本静は院田や花園から少し離れたところで走っているが、自分なりのペースで必死に走っている。

 

 

 

(あっ……)

 

 

 

 そこで好本は気づいた。

 前にいる二人は確か青井くんを引っ張ってた……、と記憶を手繰り寄せ、彼を休み時間中に連れて行った二人の女子であることを思い出す。

 

 

 

 

 

 なんとなくではあるけど、あの人達も青井君の友達なら……!

 

 

 

 僅かに青井君と近くにいて、普通の人というか……不良みたいな危ない人ではない。絶対にそうだ。

 

 きっと、そんな青井君の友達なら悪い人ではないはず。

 

 

 

 それに走るのに必死でわかりづらいけど、二人とも綺麗で可愛いしちょっとお近づきになりたい。青井君と仲のいい人達だから興味が少し出てきているのかな。

 

 

 

 そう思って、出来る限り頑張ってペースを上げ、物理的に近づこうと頑張ってみる。……けど。

 

「……っ、はぁ……! はぁ……っ!」

 

 

 

 既に長い間走り続けているのに、無暗に速度を上げたためにペースがどんどんと乱れる。呼吸が苦しくなり、肺も痛くなってきてしまった。

 

 それは返って距離が離れていくことに繋がる。二人の女子の背中が、遠くなる。

 

 

 

(やっぱり……私はっ)

 

 

 

 やりたい事も出来ない。そんな風に諦めそうになって。

 

 

 

 後ろから肩を。

 

 誰かに叩かれた。

 

 

 

 痛くもない軽い衝撃が私を揺らす。

 

 

 

「あんま無理すんな。こういうのは自分との闘いだぞ」

 

 

 

 そこにいたのは、何周目かの追い越しで後ろから来た青井君だった。

 

 

 

 確か青井君はもう一人の男友達と競い合っていたはず。そう思って後ろをきょろきょろするが、お友達の方がいない。

 

 それを察したのか青井君が教えてくれる。

 

 

 

「隣のアイツは死んだ。失速して半周ぐらいはもう差がついてるんじゃね?」

 

 

 

 そう言いはにかむ青井君。

 

 

 

「はっ……! はっ……!」

 

「落ち着いて、深呼吸。辛いがその方が後々楽に走れる。……次の授業になったらちゃんと話してくれよ。前の数学の授業から気になって仕方ないんだ」

 

 

 

 自分の言いたいことを言い切ったのか、私に合わせてくれていたペースが変わってすぐに置いて行かれる。

 

 遅まきながら頷けたけれど、疲れすぎていた所為で彼がちゃんと見てくれていたのかは分からない。

 

 

 

 でも、彼ならしっかりと気づいてくれている。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 三時間目、終了。

 

 

 

 四時間目の英語の授業。当たり前のように青井君は「わすれたぁ」と先生に連絡し、私に机ごと近づく。連絡するときの表情があまりにも馬鹿っぽく言うものだから思わず笑いそうになる。

 

 傍から見れば私に迷惑をかけていて、でも実際は私のために悪い人になってくれている。

 

 

 

 彼が席に着き、ノートだけを開く。

 

 

 

 

 

 だから、私も。

 

 

 

 勇気を振り絞って彼を。

 

 

 

「あ……、ぁぁ……」

 

 

 

 勇気を……。

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 

 ユウ、キ……を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……呼べなかった。

 

 

 

 

 

 数分が経過。

 

 声を出せなかったという事実が重くのしかかり、背筋が凍る。目の焦点が定まらなくなる。体が震える。

 

 

 

 嫌だ。せっかく青井君は来てくれたのに。私の所為だ。

 

 私が一言、「その本は私のです」って答えられれば終わる話なのに。私の所為だ。

 

 

 

 もう、嫌われたくないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思考が途切れて、目の前が真っ暗になった頃。

 

 左手に、何かが当たる。

 

 

「ぇ……」

 

 

 私の手を包むように、人並みの大きな手が置かれている。

 

 腕の先には……ペンすら持っていないその右腕の先には青井君がいた。

 

 

 

 

 

 授業は進む。

 だけど、彼は私の手を離さない。

 

 彼は右利きだ。当然、左手でノートを書いている様子もなく。

 

 私のためだけに、勉強を放棄して。安心させるように握り続けてくれている。

 

 

 

 泣きそうになる私を横目に前を見る青井君。

 

ごめんなさ……っ!!

 

「しっ。声を出すな。あと泣くな。まずは落ち着いて、な」

 

 

 

 その顔は、いつか見たお母さんの微笑みに似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もう大丈夫か?』

 

 

 

 言葉を書いてお隣さんに寄せる。

 

 それに頷いてみせてくれたのを確認すると、おれは文字を消して新たな文章を作る。

 

『確か喋られない人だったよな。自己紹介の時の一悶着でぎりぎり思い出せたよ』

 

 

 

 あの時、おれは眠くて眠くて仕方なかった。

 だが、席順で次の人だったから。本当にたまたま覚えていられた。

 

 名乗るべきタイミングで、名乗らない。いや、名乗れない。

 

 十数秒にもわたるそのあまりにも長い『間』は、寝落ちしかけていたおれでさえ違和感を感じて顔を上げた覚えがある。

 

 

 

 彼女は教師の助けを得られずオロオロとしていたんだった。

 

 

 

 教師がやっと気づいて助け船を出した後、アンタは申し訳なさそうに座っていたよな。

 

 

 

『改めて、青井春人。よろしくなお隣さん』

 

『好本静です。ごめんなさい』

 

 

 

 文字で想いを投げかける。

 

 やっと、やっと。意思疎通が叶った瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 気づけば簡単なものだ。

 

 深読みはいけないな。喋りたくないのではなく、喋られない。

 

 その原因が分かれば対策は簡単。なら喋らなければいい。

 

 

 

 それが分かったときに、すぐに筆談の準備を始めた。

 

 

 

 おれを嫌っているから変に喋らないのかと思っていたら、何やら細く小さな声がおれの耳に届く。

 

 二限目の時も聞こえた微かな声。あれはおれを呼ぶ声だった。

 

 

 

 何のことはない。おれが彼女からの合図を無視してしまっていたんだ。

 

 

 

 通じない言葉。伝えられない会話。それはどれほどつらく苦しいのだろう。

 

 おれは分かるよ、なんて。簡単に同調出来るものでもないしおれに出来るとも思えない。

 

 

 

 おれは、生まれた時から喋ることは苦にならなかったから。

 そんな人間がどの面下げて同じ目線に立った気でいれる。

 

 

 

 だから、おれが出来ることを目一杯やる。

 解決には至らなくても、和らげるぐらいなら出来る。

 

 

 

 そう思ったときには彼女の手を握っていた。

 

 異性と手を握るなんてほぼ初めてだ。手汗大丈夫かな。

 

 

 

 そうやって、お隣さん……じゃない。俯いている好本さんの方を見やる。

 

 癖のある長髪から覗くように、好本の揺れた瞳はいつまでもおれを見据えていた。

 

目と目が合う。

 

 

 

……………………。

 

 

 

 

 

 どうやら、おれとの間に恋のときめきが訪れることはないらしい。恋の衝撃を——————運命の在り方を知っているこの身を少しだけ呪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わる。

 

 昼休みの時間になり、生徒たちが騒がしくなる。

 

 花園や院田はそれぞれ競い合うように恋太郎を引っ張ってどこかへ飛んで行ってしまった。

 

 

 

 机をもとの位置へ戻す。

 

 弁当をカバンから出そうとして、右手の袖を引っ張られる。

 

 

 

 その目はほんのちょびっとだけ怖いらしいような不安げな表情と、どこか覚悟を決めた目をしていて。

 

 

 

「ああ。一緒に食べよう」

 

 

 

 食堂や外の場所へ生徒が移動していく中、おれ達はもう一度机をくっつけあう。

 

 

 

 

 

『おいしいですね』

 

「ん? そうだな、まぁ食っているものは全然違うが」

 

『お母さんが作ってくれるんです』

 

「そうか、お前のために弁当を作ってくれるいい母親だな」

 

 

 

 食事の時に行儀は悪いかもしれないが、二人で……言葉と筆談で会話を楽しむ。

 

 やっと意思疎通したんだ、少しくらいならいいだろう。好本の好意も無駄にしたくないしな。母親云々の話の途中で少し何かをためらった気もするけど、今のおれには何も分からないし気にしないことにする。

 

 

 

「朝はおれを見て生まれたての小鹿みたいに震えていたのに、随分とにこやかになったもんだな」

 

『やさしい人だから、青井君が』

 

「えぇ~、ほんとかぁ~? お前の頬をつねっちゃうかもしれないぜ?」

 

 

 

『私は高らかに笑った』

 

「顔見りゃあ分かるから、わざわざ書かなくてもいいぞー?」

 

 

 

 

 

『そういえば、委員会のことは覚えてますか?』

 

「ん? そういや昨日寝てた時に聞いたような……?」

 

『立候補がいなかったのと、寝てサボってたのもあって青井君が選挙管理委員にされちゃいました』

 

「えっ、うそん。マジ? まぁ文句は言えないかぁ寝てたし」

 

『頑張ってください』

 

「はいよ。ところでお前は委員会入ってんのか?」

 

『私は図書委員です』

 

「図書……ああ、そうだ。なら聞きたいことがあるんだ」

 

 

 

 話が弾んだついでにあの例の本の話をしてみる。

 

 図書委員なら本に詳しいはずだし、もしかしたら有力な情報が得られるかもしれない。

 

 

 

「この本が下駄箱に置いてあったんだが誰が読んでたとか持ってたとか、何か知ってるか? クラスメイトだと話が早いんだが……」

 

 

 

『私の本です』

 

「ん?」

 

 目を擦ってちゃんとよく見る。

 

 

 

『私の本です』

 

 本人の顔をよく見る。

 顔全体が真っ赤っかである。ついでにペンを持っている指まで赤く染まっていた。

 

 

 

「もしかして……そういうこと? 声をかけようとしてくれてたのって」

 

 小さく頷かれる。

 

 

 

 今までの人生の中で、一番長いため息が出たことだろう。

 

 もちろん彼女がどうだから、なんていう気はない。灯台下暗しな自分の視野に辟易しただけだ。

 

 

 

「ちなみに、忘れた以外の目的や意図はあったりしない?」

 

『ないっす』

 

 にこやかに答えてくれる好本。

 

 完全に、おれに気がある女性かもという幻はどこかへ消え去った。

 

 

 

 いや、しってた。うん。

 

 泣いてなんかないし。べつに、ふつうだし。

 

 

 

(これに関しては少なからず恋太郎達に惹かれていった結果なのかも、ってか? ……今までのおれならこんなふざけた動機じゃあこんな積極的には動かなかっただろうし、好本のような女友達を欲しいとさえ思わなかったろうな。まったく、イチャイチャされてんのは健全男子にとって目に毒だな)

 

 好本の方を見る。

 

 まさに名は体を表したかのような静かな女性。けれどどこか内なるか弱さとは離れた強い意志もある、決して意気地がない訳ではないしっかりした子だ。そんな印象を覚えた。

 

 いや、ほっぺたに食べ物入れすぎだろ。リスかお前は。

 

 もっちもっちと食べる様子を少しからかったら、おれも人のことは言えないと返された。

 

……えぇ? そうか???

 

 

 

 

 

 

 

 ともかく本を取り出し、返す。

 

 彼女は本を受け取ると、滑らかにページを踊らせる。

 

 

 

『本当にありがとうございます』

 

 その文章に小さな指を指す。

 

 

 

 

 

 おれは気づいた。

 

 彼女は俯き震えている。

 

「それがお前の本来の喋り方、なんだな」

 

 

 

 彼女はコクン、と頷いた。

 

 文字に指を滑らせ、自分の意思表示をする。

 

 

 

『〝その通りなのであった〟』

 

「いや癖強っ…………ぷっくく」

 

 

 

 本人には悪いが、指摘と同時に息が漏れてそのまま笑ってしまった。

 

 そして、どんどん笑い声が大きくなっていき、次第に彼女も胸のつかえがとれたように微笑む。

 

 

 

 教室に残っている他のやつらが少しこちらを見るが、知ったことか。

 

 好本とおれ。二人で見合いながら笑う。

 

 

 

 彼女にとって、こんな『普通じゃないこと』が受け入れられるのはどれほど嬉しいことなのかは分からないけれど。

 

 おれにとっては、『普通じゃなくても』話しかけようとする気持ちが痛いぐらいわかって嬉しい。

 

 

 

 

 

「ついでに一つ面白いことを教えてやるよ。本を閉じな」

 

「…………?」

 

「いいからいいから」

 

 そう言って好本から『本の声』を奪う。

 

 

 

 

 

「さぁ、好きな食べ物を思い浮かべてみな?」

 

 

 

 

 

「じゃあ答えるな? 玉子焼き。どう、合ってる?」

 

「…………ぇっ? …………ぇ!?」

 

 

 

 好本が驚愕の顔を見せる。

 

 この顔はおそらく正解だろう。

 

 何のことはない。好きなものは最初か最後と相場は決まっているものだ。

 彼女が最初に食べてにこやかな顔をしたのが玉子焼きだったというだけで。

 

 

 

「次にお前の考えていることを当ててやる。さてなんだろうな~?」

 

「……っ!」

 

 キラキラした顔でおれの方を見る好本。そんな顔をじーっと見つつ、考える。

 

 正直遊びだから外れてもいいか。それはそれで笑いの種になる。

 

 

 

 

 でも。

 

 

「本好きの友達が欲しいって、顔に書いてある気がするが。……どうだ?」

 

 

 

 彼女の目が、見開いた。

 

 きっと、例え言葉がなくても。

 

 君の気持ちは……伝わる人には伝わるよ。

 

 ……そうだろ? 恋太郎。

 

 

 

 

 

 彼女が何を思ったのかは分からない。

 

 だが、下を向いてしばらく経った頃、本を開いた。

 

 

 

 

 

 パラパラとめくれていくページ。

 

 

 

 やがてある描写にたどり着くと、おれの前に差し出した。

 

 その両腕は微かに震えている。

 

 

 

 そして、文章に指を当てようとして。

 

 

 

 

 

 

 

『好きで——————

 

 

 

 

 

 

 

 パタンと。おれは本を閉じてあげた。

 

 

 

「…………ぇ」

 

「悪い。おれ、本を人から借りるの無理なんだわ」

 

 

 

 そう言って、本を彼女の膝に置く。茫然となっている彼女の顔も見ずに続ける。

 

 きっと、そういう意図じゃない。でも、押し通す。

 

 

 

「誰かから借りる名作って、いい話をタダで読むって感じが嫌で気が引けるんだ。図書室の本も似たような理由であまり好きじゃない。だから、気になる本は自分で買う。そうすりゃ、作者さんにも還元できるってもんだし、なにより買ってよかった、読んでよかったって気持ちが何倍にも膨れると思うから」

 

 

 

 頭を撫でてやる。

 

 顔を上げた彼女の頬や鼻が朱くなっていた。

 

 ごめん。泣かせるつもりはなかった。

 

 

 

「だからさ、おれもその本絶対に読むからさ。今度、感想言いあおうぜ。好本がそんなに大事に出来る本なら、きっと面白いんだろ?」

 

 

 

 頷いてくれる。

 

 

 

「……まだ、おれ達は今日初めて話したんだぜ? きっとこれから嫌なところだって見えてくるかもしれねぇ。……正直、今のムードだってそんなに良くないぜ? 周りに人沢山いるし。それでもって考えるのはちょっと早すぎると、おれは思う」

 

「……っ」

 

「それに本音を言えば、こちとら彼女いない歴イコール年齢の健全男子だぜ? お前みたいな子に例え冗談でも言われりゃ勘違いするだろうが」

 

「ぇ」

 

「えっ? えぇ……そこはアレだ、自分がカワイイことに気づけオタンコナスが。よく今まで自覚なしだったなお前さん」

 

「……ぇ、ぁ、……っ!」

 

 

 

 顔が真っ赤っかの好本を放って、席を立つ。

 

 

 

「お前の高校における友達第一号からの助言だ。お前を理解してくれる友達をもっと作れ。もっと。……話はそれからだ。いないなら今度紹介してやるよ、丁度紹介できそうなのが三人ぐらいいる」

 

 

 

 そろそろ昼休憩が終わる。そういえば恋太郎達の様子を見に行かないとならない。

 

 あいつらを特別心配することはないが、今日はファーストキスの件もあって少し気になる。

 

 

 

 忘れられた本も本人に返せたし、今回は上々。

 

 用事は済んだと判断して廊下へ歩いていく。

 

 

 

「もし友達がたくさん出来て、それでも自分に素直になれたら……その時はその想いが誰に向いていようが応援してやるよ。友達だからな」

 

 

 

 その言葉を最後に、廊下へ出ていく。

 

 

 

 

 

 男性の比較対象も大していないのに、たかだかおれのような奴になびいちゃいけないよ。好本。

 

 

 

「好き……か」

 

 自分でも驚くくらい、逃げるように動いたと自覚する。

 

 

 

 自分自身で評価を下げている、この心の中のモヤモヤの正体は分からない。

 

 進んだ関係を僅かに拒んで友達でいたいという思いが一体どこから来たのか分からないまま、おれは恋太郎達を探しに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 大体ではあるけど、恋太郎と愉快な仲間達の場所に憶測はついている。

 

 正直なところ、二股というのは世間様の間では絶対に許されない関係。ならば一目のつかないところでやるのがお約束だ。

 

 本人たちが幸せそうでも傍から見ればそんなことは分からない。だからそんなに人通りがないであろう筆頭であるこの場所に来たのだが。

 

 

 

「うわぁ、開いちゃってる。屋上って基本は安全のために開放厳禁じゃないのか???」

 

 

 

 ドアノブをひねって感想が口から零れる。

 

 そう、屋上。目指していたのはここだ。押すと扉がしっかり開いていくのを確認し、外の様子をうかがう。

 

 

 

 そこにはお目当ての人物達、愛城恋太郎、花園羽香里、院田唐音がいた。

 

 

 

 狙い通りの場所にいてラッキーだと思うとともに、扉を大きく開けて呼び掛ける。

 

 

 

「おーい、そろそろ授業が…………って」

 

 

 

 その呼びかけと同時に、彼らは三人で唇を互いに近づけた。

 

 

 

 ちゅっ。と、いかにも何をしたかがよく分かる音を添えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 三人で手をつないで。同時にキスをする。

 

 それを見て、本当にこいつらを好本に紹介していいか、マジで悩んだ。五分の長考だった。

 

 

 

 

 

 事情を説明すると。

 

 

 

 キスがしたい。

 

 でも、彼女同士でファーストキスは譲れない。

 

 色々しこりを生まない方法を試したが上手くいかない。

 

 

 

 なら、三人同時でキスすればいいじゃない!

 

 

 

 ということらしい。

 

 いや、まったくもって分からん。

 

 

 

「分かってくれた?」

 

「分かるかボケ。何がどうなってあんな儀式みたいなことになるんだよっ!? 二人もあれでいいのか!?」

 

 

 

「「ええ、まぁ……」」

 

 

 

「目が合わせられないくらいには照れてるんじゃねぇよ!」

 

 

 

 頭が痛い。好本との会話に四苦八苦していた時でもこんなに頭痛が起きることはなかったのに。

 

 やはりこいつらといると消費するカロリーが違う。

 

 

 

「じゃあ授業に戻ろうか。唐音、大丈夫?」

 

「べ、別に大丈夫だけど、背中貸しなさいよね……」

 

 

 

「ありゃ当分、あの赤面は戻らないな」

 

 

 

 階段を下りていく二人を尻目に、おれも下りていく。

 

「まったくよ。幸せな二股で、本当に何よりだよ」

 

 

 

 そんな呟きを漏らす。

 

 

 

 

 

 だが。

 

 

 

 

 

「花園? 早くいくぞ」

 

「あ、はい。ごめんなさい。すぐ行きますね!」

 

 

 

 花園羽香里がその呟きが原因で固まっていたのを。

 

 おれはまだ知らない。




原作第二話、完結。

副題「臆病者達の一歩」踏破。

次回もお楽しみに。
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