現在進行形で放映中のアニメは中々良いですね。期待通りの面白さはあるし、作品愛をとても感じてるので。
毎週色んなアニメを観る人では無いのですが、頑張って見ています。
まぁ、うん。もう追い越されちゃったぁ……なんて。ハハハ。ゴメンナサイ。
出来る限りではありますが、頑張ります。マイペースにやっていきます。
「まぁクラスメイトだし知ってるかもだけど……こちら花園羽香里さんと院田唐音さん」
「よろしくお願いします」
「ま……よろしく」
「『こちらこそ』“よろしくお願いする所存であった”」
「「思いの外濃い!!」」
好本静がスマホから音声を出したため、彼女の一人目と二人目は目を丸くした。当然の様に手元から発された音声はやはり最初は驚かれるのだろう。
春人の場合はその音声アプリを恋太郎に教えた張本人であるからか、そこに関して驚く事はない。恋太郎がアプリを勧めたのが好本だったのには単純にびっくりしたが。
なんなら、恋太郎の彼女になったことの方に驚きを隠せていなかった。
「へぇ……そんな喋り方に変わったのか」
春人の言葉を聞いた好本は身を震わせる。自分にどんな言葉が来るのか分からないのか、僅かに足を後ろにずらして俯いてしまった。
「『どうだろうか』〝変でなければいいのだが〟』」
「うん、どこも変じゃないな。……折角、目を合わせて喋れるようになったんなら、目を合わせてくれよ」
「!」
「お前らしい良い喋り方じゃねぇか。あらためて青井春人だ。ようこそ」
「〝春人〟〝さん……!〟」
こうして、恋太郎を中心とした集まりに好本静が加入した。
ところで、の話。
「〝恋太郎〟〝君〟と『共にいるということは』『もしや!?』」
「もしや?」
「…………『薔薇』〝ですか?〟」
「ぶぅぅっっ!?!? 何言ってんだオメェは!? 違うから!!」
小声でこっそりささやかれた失言に、春人は文字通り吹き出した。
なお、言った方も顔が真っ赤である。
この娘、意外とむっつりである。
同時に首をかしげている彼女二人と彼氏に、一応の意味を伝える春人。
本来なら、男同士の恋人関係を『薔薇』と表現するなど、知識としては知っていてもあまり結びつくことはない……な。うん。ない。
内心では、静はもしかして間違えて成人向けの官能小説を読んでしまったとかならありえるか? なんて考えながら頭を抱える。
「えっ、そういう関係なんですか!?」
「違うっ!!」
「あんた、正直に言いなさいよ!!」
「その拳を下ろせまずは!! 事実無根だけどな!!」
「ハル……おれはそういうつもりじゃ……!(テレッ)」
「なっんっでっ、てめぇは目を反らす!? 真っ先に否定するべきだろお前は!?」
(恋太郎が意味を知らなかったのは少し意外だけどな! てか、分かってていじられるかと思った)
本当は分かった上で否定してほしかったがな! とは心の中で叫ぶ春人である。
おそらくほとんどは冗談だと認識してくれた事でセーフとした。
遠くで胸をなでおろす羽香里も見える。
そんなこんなで春人の男好き疑惑による騒ぎが起こったが、どうかするまでもなく鎮火していく。しばらくは恋人組がイチャイチャしたり、彼女同士で仲を深めあったりしていた……らしい。
らしい、と伝聞であるのは。春人本人が後から恋太郎に聞いたため。
きっとそれは、今は平和だと気を緩めたからだろう。
春人の視界がぼやけた。
そのまま意識が持っていかれそうになり瞬間的に耐えようと体が動く。だが、それでいてどこか心地よく意識を手放したくなる感覚に逃れられないと悟る。
春人はこの状況に心当たりがある。
(……ああ、そうか。おれは眠いのか)
ついに、疲労が限界を迎えたことを身体が訴えた。
それだけのことだった。
入学からのいままでを振り返る。
入学式からの二股告白騒ぎ。
好本静とのすれ違いコミュニケーション。
そして、花園邸での一幕。
好本静の件は軽いものだとしても、他の事柄に関しては徹夜であったり頭脳をフル回転させていたりと肉体的にも精神的にも疲弊した状況が続いていたのだ。これでは休息が多少あっても疲労度は変わらず焼け石に水だ。
それに元々、春人は昼食を済ませると休み時間の間はずっと寝るタイプであった。
今までのルーティーンを思い出すかのように微睡みに沈んでいき、瞼が閉じてほとんど周りが見えない。
ついには四人の大騒ぎにも反応出来ず、自分一人で弁当を食べきって屋上端に移動した。
階段へのドア、そのすぐ隣の壁。
這いずるようにもたれかかった後、春人は心地よい日光と爽やかな風に当たりながらゆっくりと意識を落とした。
「あれ? あんたそういえば、上着はどうしたのよ?」
一通りのイチャイチャと、静のファーストキス含む口づけを恋太郎から受けた女性陣は放心状態になっていた。
そして幸せの放心から抜け出した一同が何気ない会話をしていた時に、唐音が恋太郎のシャツ姿に気づいた。
後ろでは、まだ火照りの抜けていない彼女二人が恋太郎の着崩した姿を認識してまた少し興奮しだしている。
「トイレから戻ってきた時にはもう脱いでいたわよね?」
唐音の指摘は的を得ていた。恋太郎がトイレ休憩くらいでしか場所を空けていなかったのを覚えていた様で、恋太郎と遊んでいた時に一旦この場を離れた時がそれぐらいしかなかったからだろう。そこから考えればすぐにたどり着く問題ではあった。
「えっ!? 今なら恋太郎君の上着を羽織れるってことですかッ!?」
「色ボケピンクは静かにしてろ」
羽香里の暴走は、一瞬にして唐音に釘を刺された。
「上着はあそこだよ」
恋太郎が指さしたのはドアがある方向。
そこには恋太郎の上着に覆われながら静かに寝息を立てる春人の姿があった。
壁にもたれながら体操座りで寝息を立てている。縮こまっているせいで寝ている春人が子供のように見える。
「中学からそうだけど、寝るとハルは当分起きないんだ。時間通りに起きるとは思うけど、ならせめて風邪は引かないようにしておかないと」
「最近そんな疲れることしてんのコイツ?」
(うっ……)
唐音の純粋な疑問に羽香里が目を反らす。思い当たる節が彼女には多すぎる。
花園邸で家族と直接話をしに行った際に、色々あった事を人知れず思い出す。
「〝様子がおかしい〟『とは思えなかったが』」
大人っぽい喋り方を変換しておきながら、静はとても心配そうな目を向けている。
恋太郎は少し考えてみんなに話しかける。
「うーん。ハルは見えないところで何かと世話を焼きたがるから、傍から見たらハルの忙しさはイマイチ分かりにくいかもね。俺がいない時とかにも何かしてくれた覚えはあるんじゃない?」
そういわれて彼女達は振り返る。
「んー?……あっ」
唐音はジュースのお返しを買ったときに、すかさず手を貸してくれたことを思い出し。
「『確かに』」
静は失くした本の落とし主を探すために尽力してくれていたことを思い出し。
「……えぇ、そうですね」
羽香里は昨日のイザコザを思い出すまでもなく振り返った。
「本人は目立つのを避けたいのもあって、結構隠れて手伝ったりすることが多いんだよね。だから何をしてるか傍目からは分かりづらいんだ。ハル自身も気づいたら疲れがたまってた~、とか思ってたんじゃないかな」
恋太郎はピンクのクローバー探しも手伝ってくれたことを言うか悩んだが、留まる。
春人はきっとそんなことを明かされたところで喜ばない。きっと恥ずかしがって軽く睨まれるだけなのは目に見えている。変な目で見られるくらいなら最初から言わないほうが良いかもしれないと恋太郎は考えた。
(一緒に居ればすぐ分かるようになる。中学の頃から、ずっと隠れて無茶をするヤツだったから)
「まぁ、まだ時間もあるしそっとしといてあげて」
「あ、アイツが干からびるのが見たいだけなんだからねっ!!」
「誰しもたまにはゆっくりしたいですもんね」
「『むっ』」
静は掛けられている上着が捲れていることに気づいた。寝息を立てている間にズレてしまったのだろう。右腕と右足がはみ出てしまっている。
気づくや否や、静はトテトテと春人の方へ向かってく。
「『失礼いたす』」
そう前置きを言うが本人は聞こえていないようだ。
掛け直しやすいようにスマホを右手に持ち替え、左手を上着に向けて伸ばした。
「ぇ……」
次の瞬間。
左手を掴まれたと思ったら、そのまま引っ張られ吸い込まれた。
「——————ッ!?!?!?!!?!?!?」
声にならない小さな声で静が叫ぶ。
静は今、体操座りになっている春人のど真ん中で胸板に寄りかかっている状態である。左手はもう掴まれていないが、代わりに背中に腕を回されている。
つまり、抱き枕にされた。
静は照れや恥ずかしさなどが積もって抵抗を示すが、春人の腕力が強いのもあってまともに抜け出すことが出来ない。それどころか、もがくほど二人の密着度が大きくなっていくような気さえしていく。
静の耳が強く春人の胸に押し付けられると、小さな心臓の音が一定のリズムで刻んでいる。
「静さん!?」
「ちょっと春人!? 静に何してんのよ!!」
(そんなっ……。待ってっ、こっ、こんな強く抱きしめられたらっ、私––––っ!?)
近くで彼女二人がおろおろとしている間に、静は限界を迎えて。
「すやぁ……」
寝てしまった。
「「 寝 ち ゃ っ た 」」
「ハルと一緒に寝るとなんでか眠たくなるんだよね。なんていうか……安心感? がスゴイっていうか、まるでお父さんみたいな温かさがあるんだよ」
「へ、へぇ……べ、別にちょっと試しに寝てみたいとか思ってないんだからねっ!!」
「お父さん、ですか……」
羽香里と唐音が春人の方を見る。
「俺が見た限りで凄いところは、ケンカしてた二人を腕で包んだだけで沈めてたこともあったよ」
「それはもう超能力の類じゃん」
「本当に、軽く抱きしめただけですよね……?」
「うん、ちゃんと二人とも寝てた」
確かに言われてみると、静も多少の息苦しさはあってもキツさは感じていない様で、安らかな寝顔を晒している。まるでうさぎが眠っている様な静のちょこんとした眠り方は恋太郎をときめかせる。
恋太郎は今、心臓を射抜かれたかの様な顔になって「可愛い」という感情が内側から溢れている。口にこそ出ないが、噴き出さんばかりの衝撃のようだ。
「可愛いっ!!」
訂正、口に出た。
「でも確かに気持ちよさそうね……」
「今日は天気もいいですし、お昼の後なのでお腹いっぱいですし……私も眠たくなってきちゃいました」
「たまにはいいんじゃない? みんなで日向ぼっこするのも楽しいよ」
唐音がどうしようか考えている間に羽香里がちゃちゃっと春人の隣に居座る。
さっきのような少し強引な引っ張りを期待したのだろう、羽香里は少しドキドキしながら引き寄せられるのを待っている。
すると。
「えっ?」
羽香里は引き寄せられた。が、静の時とは違ってひどく優しいものだった。
後ろから腕を回され、頭を抱きかかえるように包まれる。そのまま肩の辺りまでゆっくりと寄せられ密着する。
体操座りだった体勢もいつしか変わっていた。羽香里のいる側の足だけあぐらのように横に倒れ、もつれ込んだ羽香里がその太腿辺りに乗っかるように抱きしめられる。
「本当ですね……恋太郎君のドキドキする様なハグとはまた違って……何か安心します」
「ちょ、ちょっと! あんたも彼氏いるんだから安易に男へ近づくんじゃないわよ!」
「春人さんはそんな人じゃないですよ。……それに、……お父様……ってきっと…………」
「そうは言ったって……! ちょっとねぇ、聞いてんの!?」
「……すーっ。すぅーっ……」
「うっそ。もう寝ちゃったし」
唐音が額に手を当ててため息を吐く。確かに気持ちよさそうではある。が、いくら恋太郎の友達でも節度は大事だと思うのも当たり前のことだ。
(こうなったら私と恋太郎が最後の壁ね。私は絶ッ対、ふしだらになんかならないんだからねっ!!)
「じゃあ唐音、俺がハルの隣に行くから、俺の反対に来なよ」
「……」
「仕方なく寝転んでやるわよっ!! さぁ、早く来なさいよ!!」
「寝てる人の近くで大声出すと怒られるよ……」
恋太郎が間に居れば無問題。唐音はそう思い考えるのをやめた。
しばらく座っていると、全員に等しく睡魔がやってくる。
唐音は「全く眠くないんだからねっ!」と内心で叫び、抗うだけ抗っているが限界は大分近い。
隣を見れば既に恋太郎は目を瞑り、頭を春人の肩に預けていた。寝息も僅かに聞こえる。
唐音はその無防備な顔を見て悶々とし、少しキスをしたくなった。
しかし、すぐにその想いは霧散する。
一人だけいい思いをするのがイヤだとか、そういうものではない。
みんなの寝顔を見たら、どうでもよくなったのだ。
なんとなく春人が「安心感がある」と言われていたことの意味が分かる気がした。
何もかも忘れて一息つきたくなるくらいの、静かで居心地の良い空間。
「もう少しだけ……このままでいてやるわ……よ」
その言葉は朧気で。
言い終わってすぐに、大人しい寝息が一つ増えた。
昼過ぎの午後。
かつては二人だった繋がりが、四人になり、五人となった。
知って知らずか。
青井春人の理想がここにある。
『大事な誰かと、一緒に過ごす何気ない日々』こそが、青井春人の求めている最大の幸福なのだから。
春人は思う。
声一つないはずなのに、居るだけでここまで幸福になれることもない。
春人は思う。
いつものように騒がしかったり迷惑をかけられるのも、まぁそこまで悪くない。
誰にも見えていない青井春人の寝顔は、微かに微笑んで見えた。
微笑んで見えた、のだが。
目が覚めた彼の表情は……最近多く見せるいつもの苦い顔だった。
「……授業、そろそろ始まるんだが???」
現在、午後の授業開始二分前。
すでに今、チャイムの鐘が鳴っている最中である。
起きているのは、春人のみ。
「だれかたすけてくれ……割とマジで」
声が空しく響く。
両腕には羽香里と恋太郎、真ん中には静。引き剥がそうにも唐音が恋太郎にくっついているため、より身動きが取れない。
将棋で言うところの王手。まだどうにかなるが、今すぐに全力を出さなければ『終わる』と春人は直感した。
この後。
高速で四人を運搬し事なきを得るが、道中を走ったことにより教頭先生からの
本人の名誉のため詳細は伏せるが、何回かは対処、迎撃出来たという。
しかし『何回防ぎきったか』はここに明記することはないだろう。
教室で目が覚めた四人はしばらく、心当たりのないまま春人に睨みつけられることになるのだが、また別の話。
扉を開ける。
青井春人は乱雑に靴を脱ぎ、鞄や荷物を玄関に置いて行ったままリビングに向かう。
ぐちゃぐちゃに散らかっているテーブルを脇目にリビングを通り過ぎ、自室へと直進する。
ベッドに着くや否や倒れ掛かり、瞼を閉じた。
一時間程の仮眠。それを済ませると玄関に放置した荷物を取りに行く。
それらはざっくばらんに自室に投げられ、もう片付けは終わったとばかりにリビングの食卓に腰を下ろした。
テーブルには使用されたコップや菓子のゴミから、文房具の替え、書類、家具か何かの部品などが所狭しと置かれている。それはもはや本人にさえどこに何があるのかわからない状態だ。テレビのリモコンさえも探す気力が彼には起きない。
ふと、首を横に向ける。
そこには仏壇がある。たまたま仏壇に置かれた家族写真と目が合った春人は、居心地が悪そうに天井を見た。
その家族写真に、春人の顔はない。
わざわざトリミングで春人が消えた写真だ。
春人はしばらくすると立ち上がり、小さな物置スペースから掃除機を取り出した。
しかしリビングはまたしても通り過ぎる。
彼はノックすることもなく「なつきのへや」と掛けてある部屋を開けた。
ベッドもマットも淡いピンクで合わせられ、幼い印象がある勉強机の椅子にはランドセルが立てかけてある。机周りや近くの棚には少女趣味のぬいぐるみや出しっぱなしのおもちゃなどが置いてある。
春人は無表情のまま窓を開けてマットをどかし、掃除を始める。
掃除を始めて十数分、外からの西日が目に刺さるようで、なんとも言えないもどかしさを感じる。ほんの少しスピードを上げて掃除機をかけていった。
この部屋の掃除を手早く済ませた後、さらにもう一つの部屋へ向かう。
そこはあまり物が少ないが、二人用の大きなベッドとクローゼットが真っ先に目に映る寝室だった。
こちらも同様に窓を開け、出来る限りの埃を無くしていく。
掃除を終え、寝巻きに着替えた春人は適当に冷蔵庫を漁り出す。
片手にアイスバー、もう片手にジュースとハムのパックを持ち、食卓にあるわずかなスペースにジュースとハムを投げてからアイスを食べ出した。
スマホから通知が来た為、春人は覗きながら食事を済ませる。
[明日は何時に集合する?]
院田唐音から連絡だ。
テストが近くなっているにも関わらず、恋太郎を喜ばせる為に料理会を開きたい、という趣旨の集まりだ。
春人は味見役として院田から直々に指名され強制参加、花園と好本は積極的に参加を申し出ていた。
実は、本来は院田の提案では春人と二人のみで行う予定であったらしい。が、話した場所が屋上だったのと他の女性陣二人が聞き逃さなかった事で人数が増えた、と言う流れだ。
まぁ、院田は恥ずかしさからか一回は誤魔化そうとしていたが。
それでも「料理が上手く作れる様に練習したいなんて思ってないんだからねっ!!」と口を滑らせるのにはその場にいた全員の力が抜けた。
恋太郎にすらバレていた。
食べさせたい人が参加するのはダメ、とのことで今回は恋太郎は不参加である。
軽く返答を考え、指を滑らせる。
[いつでも。作るものや量によっては昼ごはんに合わせたいし、買い出し含め早めの時間でもいいかもな]
春人が返信を送ると、すぐに好本からも連絡が来る。
[お菓子もつくりたいです]
[私は事前に買った材料を持っていきますので、買い出しをしたい人達で早めに集まった方がいいかもしれないです]
花園も続くようにチャットを飛ばしてきた。
思いの外、みんながやる気の様で僅かに相貌を崩す。
簡単な身支度を済ませると、春人はベッドに入る。
楽しみ、というのは正直久しぶりかもしれない。
(レンとは遊ぶことはあっても、イベントみたいなことは少なかったっけ)
そう考える内に、すぐに眠ってしまった。
次の日の朝。料理会の当日。
青井春人は飛び起きた。
一気に覚醒する程の、ありえない一声によって。
「お兄ちゃん! おーきーてっ!!」
「……はっ?」
そこには、小学生くらいの少女がいた。
「お、おい」
「やっと起きた。早く来てよ、お母さんが朝ごはん作ってくれたんだから!」
「あ、え、ああ……」
まだ寝ぼけているのか混乱したまま春人は立ち上がり、目の前の少女を捉える。
髪をヘアゴムで縛って簡単なポニーテールにまとめ、服装はお気に入りのピンクを主体にバランスよく着こなしている。
見た事のある風貌、輪郭、表情。それは昔に、見たままの姿の。
自身の、青井春人の妹。青井夏姫だった。
「なつき……なのか?」
「おかーさん! お兄ちゃん起きたよー!」
「あら、本当?」
聞き慣れたはずの声が奥の、リビングの方から聞こえてくる。
春人は思わず駆け出した。
「ちょっとお兄ちゃん!?」
そこにいるのは綺麗に片付けられたテーブルと、その周りにいる……。
「おはよう、春人。パンが焼けたけれど、イチゴジャムで食べる?」
「おはよう。……よく眠れたか?」
母親と、父親の姿だった。
「おとうさん? ……おかあさん? な、なんで?」
春人の視界が滲む。涙が溢れて止まない。
「何泣いてるんだハル、変な夢でも見たか?」
「今日ちょっとおかしいよお兄ちゃん。ねぇ早く座ろうよ!」
「でもみんなは……いや、そうだな、うん。変な夢を見てたんだ。向こうが夢だ。きっとそうだ……っ!」
涙を拭いながら椅子に座る。
「はいどうぞ」
目の前には綺麗な焼き目の付いた食パンと、イチゴジャム。
「そうか……そうだよな。今までが夢だったんだ。そうに決まってる」
「それじゃ、手を合わせて」
「「「いただきます」」」
パンに手を出そうとしたところで、春人のスマホが鳴る。電話だ。
春人は応答ボタンに指を当てる。
『夢から醒めたかい、ガキンチョ』
「えっ?」
朝日が白いカーテンを透かすように、リビングを照らす。
春人の目の前にあったのは、空っぽのポテチの袋を始めとしたお菓子のゴミだった。パンとは欠片さえ似てもいない。
床を見れば、椅子にさえ置かれていた荷物は全て撒き散らすように落ちている。物が置かれていたにも関わらず座られたため、ある程度のものは潰れたりひしゃげてしまっていたりした。
周りにはあの穏やかな声は。妹も、母も、父も。
誰もいない。
見たくもないいつもの場所に目を向ける。
そこにはいつも通りの。
家族の死を突きつける、家族写真が置かれた仏壇があった。
「あれ?」
『落ち着いたかい?』
「ああ……」
通話主は妙齢な女性の声。
口調こそやや荒いが、言葉の隅々から心配するかのような感情が見て取れた。
『大分久し振りさね、アンタが幻覚を見るのは。……おかしいと思ったよ、アンタがこんな時間に早起きする訳ないだろうってね』
「今日は用事があるんだ。早起きはするつもりだったよ」
『夜明け前に起きるのを健全と思ってるのかい? まぁいい、見えない家族に囚われてちゃ、どっちにしたって同じことさ。アンタを監視してなきゃ、また変な奇行を繰り返すことになってたんだ、感謝してほしいね』
春人は俯く。
図星だ。家族が亡くなってからはしばらく、春人は実際に使い物にならなくなっている。
その時に助けてくれた人の一人が、この通話の相手だ。
「ばぁちゃん」
『忘れるんじゃないよ。あたしゃアンタに頼まれてアンタを監視してるんだ。家中の見守りカメラを使ってね。あたしの目が黒い内は自殺はおろか、奇行の一つだって見逃すものか』
「悪いばぁちゃん。……まだおれは……」
『謝ることでもないさね。トラウマは簡単には拭えないのはよくあることさ。それに、一人暮らしの退屈は旦那がいた頃に比べたら地獄でね。多少手がかかるアンタみたいなのがいた方が飽きないってもんだよ』
「いつも助かってる。ありがとうばぁちゃん」
『それでいい。感謝出来る男はいい男になるよ。それより……』
一拍置いて、ばぁちゃんと呼ばれた女性が告げる。
『あんた、今日の用事は何があるんだい?』
「友達と遊ぶ予定だよ。料理が上手くなりたいってやつが……」
『なら問題ないね。欠席しな』
「……なんでだ?」
『鈍くなったねぇ。アンタ、声がワントーン低いよ。疲れが抜けきってなかったんだろう、風邪の初期症状くらいは出始めているんじゃないかい?』
「起き抜けで怠いだけだが」
『ババア舐めんじゃないよ、何のためにアンタんところのカメラにサーマル機能ぶち込んでると思ってるんだい? とっくに体温が上がってきてることなんてお見通しさ』
「……このぐらいなら問題ねぇ」
『元病弱が意地を張るんじゃないよ。風邪を自覚できないのはともかく、自覚しないのは馬鹿のやることさね』
春人が口を噤む。
『さっさと体温計と水分用意して、断りを入れて寝るんだね。そのくらいの備蓄はあるんだろう?』
「分かった。……もう切るぞ」
『はいはいお大事に』
通話を切る。
最悪な気分になった春人にとって、気分を落ち着かせるという意味でも寝ていたいと思った。
体温計は37.5度を示し、メッセージを三人宛てに飛ばす。
徐々に汗ばむ身体を感じながら寝込む。時々水を口に含み、目を閉じる。
案外目を閉じるだけでも眠気は戻ってくるようで、徐々に意識が薄くなっていった。
その時、誰かから返信が来た。
スマホを取り出すが、肝心の内容は寝ぼけ眼では読めない。
自分自身がどう返事を送ったかも分からないまま、手からスマホが滑り落ちる。
春人はそのまま、ベッドに全身を委ねた。
もう、あんな夢は。
期待するぐらいなら見ない方がいい。それだけは強く願った。
「ふぅん? 来客とは珍しいじゃないか」
春人が就寝してしばらく。
ばぁちゃんと呼ばれた女性は玄関前の扉を見ている。だがそれは自分の家ではなく、春人の家の入口だ。
写っているのが初めての顔なら、手元のタブレットから見えている画面に興味が出てくるというものだ。
「へぇ……あの子もたまにはやるじゃないか」
三人の女の顔を見て、春人の後見人は顔を綻ばせたのだった。
原作第四話、五話、完結。
副題「ハルトハネムル」踏破。
次回もお楽しみに。