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『___隊長、本当にこのまま……実行を』
【伝言】をとおして、副官からの確認。
クドい―――と切り捨てることは、できなかった。その疑念と不安は大いに正しく、一喝して振り払えるものでもない。
しかし、
『……ようやく『獲物』が檻に入った。それにこの機を逃せば、もう後はない』
包囲して仕留められる、絶好の機会。……同時に、最後のチャンスだ。
どうやら、撒きエサたちは全員、食い尽くされてしまった。もう村々を荒らし回って、あの猛獣の視線を釘付けにさせることができない。……自分たちが先回りしてやってしまえば、暗殺そのものができなくなる。
そして撤退など、ありえない。奴はここで仕留めなければならない。次の機会に先送りしては、それだけ同胞たちを・故郷を・人間種すらをも苦しめることになってしまう。何よりも、栄えある[陽光聖典]の一員として、そんな不始末など許しがたい。
『___あの強力なアンデットが、我らに牙をむくかもしれませんぞ?』
聞き耳をたてていた部下たちに、同意だろう緊張が広がっていく。
それこそが/それだけが、大いなる不安要素だ。
いったいあのアンデッドの戦士は、何なのか? なぜアレほど凶悪なアンデッドが、このような辺境の地に出現したのか? なぜ今まで誰も、[風花聖典]たちですら把握していなかったのか? 万が一知っていたとして、自分たちに隠した理由は……。疑念は尽きない。不安は収まらない。
『___もしやアレこそ、予言された【
その秘匿されねばならない単語に、また皆の注目が集まった、ソレならば納得がいくと。
しかし、
『……いや、アレは違うはずだ。【竜王】があの程度であるはずがない』
現在進行中の最重要任務。預言されし【破滅の竜王】の復活、その殲滅。
そちらは、[六色]最強の【漆黒聖典】の面々が対応している。上位の面々は、今自分たちが追い詰めている猛獣と単独で互角に渡り合える人型兵器だ。第一席は神々の血を覚醒させた【神人】であり、法国ならびに人間種の要石として睨みを効かせてくれている。そんな彼まで運用し、しかも[神器]まで使用しての徹底ぶりだ。必ずや討伐してくれるだろう。
そんな彼らが相手取らねばならない敵が、あの程度のアンデッドとは思えない。今の自分たちが総員でかかれば、手が届きそうだと感じさせるような敵が、予言されし竜王であるはずがないからだ。
『アレほど強力なアンデットならば、あのような村などすぐに殲滅できるはず。だが、今もってもそのような気配はない』
『なにより、獲物たちが何事もなく村に入れているしな』
どんな偶然か、突発的な何かが噛み合ってしまったのか……。あのアンデットの戦士は村に出現し、幾人か人間を切り殺してはいった。けど、ほぼ素通りと同じ。いつの間にやらどこかへ走り去ってしまった。……そう考えるしかない。
『___もしかすると、あの村には何かしらの[神々の遺産]が、眠っているのやもしれませんな』
『おぉ!? そんなことが……』
あるわけがない……とは言い切れない。
先輩やご先祖様たちが、すべてを回収しきったわけではなかった。天変地異すら軽々と引き起こしてみせる神々たちだ。この地までやってきては、なにかしらの異物を埋めて残しておくなど、考えられる。……理由などそれこそ、矮小なる自分たちには預かり知らない。
『___ならば獲物を殲滅した後は、そちらの探索もする必要があるな』
『……他の部署には、知らせないのでありますか?』
少なくともアレほどのアンデッドならば、我らでも対処可能だ。【漆黒】は竜王の捜索と殲滅で手一杯の今、我らにお鉢が回ってくるのは必定。ならば……先んじてやるだけだ。
『もしも使いこなすことができましたら、よりいっそう法国と神々への奉仕が叶いますな』
『……そうだな。神々も我らの行いを、お認めくださったということもであるしな』
そうだ。例え畜生にも劣る行為だとしても、弱き人間種を守るには必要なこと。日々凶悪になってくる亜人たちの猛攻を撥ね退けるには、人間種は一丸と手を結ばねならない。互いに相争っている場合ではない、ましてたかだか王位を奪い合うがために。そのような愚か者たちは一刻もはやく排除すべきであり、そのためには手段を選ぶ必要などない。
なぜ[神々の遺産]がこんな村に残っていたのか? 真なる理由はもはや分からない。けど/ゆえにも、我らへの啓示だと解釈することは大いにできる。このあまりにも不確かで、あまりにも不安をかきたて、しかし同時にこのような試練にふさわしすぎる恩賞でもあるからだ。……疑って逃げるよりも、信じて戦い抜けと。
自然と祈りの所作をしていた。自分にこの試練を乗り越える力と勇気を与えたまえと、あるいは使命に相応しき下僕である証明をしてみせると。恐れを畏れに、己の中の怯懦を戒めた。
そんな、より透明に研ぎ澄まされてきた心に/視界に―――、信じがたいものが見えてしまった。
『ま、まさか―――』
『そんな……、どうして?』
どうして神は、このような試練をお与えになるのか?
どうしてあの黒いアンデッドの戦士が、まるで我らを立ちふさがるように村の入口に立っているのか―――
一同に、恐怖が広がる。
あの禍々しさはもちろん、背負われているだろう『神の意志』を感じ、戦いてしまってる。
歴戦の戦士たちにあるまじきこと。しかし、熱心な信仰者ならば咎めることはできない。……自分も大いなる衝撃で膝が折れそうになっているから。
しかし/だからこそ、
『___総員、やることはかわらん。気を引き締めてかかれ!』
後には引けない/退いてはならない。
絶望を感じるのは、神々への信仰心が薄れた証拠。戦人としての経験則からも、決して手が届かない相手ではないともわかっている。
ならばアレは、
試練は強大であればあるほど良い。それだけ自分たちが、神々の御意志に近づけるのだから―――
◆ ◆ ◆
___では、この剣をお使いください―――
凶悪な外見に相応しい、悪魔よりも悪魔のような存在から渡された……一本の剣。
その青い水晶のような研ぎ澄まされた刀身は、とても脆そうだ。実用品よりも芸術品と言われた方が納得できそうな未知な素材。しかしながら、淡くもにじみ出ているモノは、間違いなく何らかの魔力。とてつもない切れ味と強度を持っているのは、見ただけでも分かる。こうやって手に取ってみると、ますます分かってくる。
一人の剣士として、このような名刀に出会えたのは、喜びではある。コレを振るえばどれほどのことができるのか……、想像しただけでも奮えてくる。そして不遜なことながら、王国の秘宝である『かの剣』と比べても、遜色ないどころか上回っているのやもと……
「___戦士長……。ガゼフ戦士長!」
呼ばれてハッと、振り返った。
そこには―――、何のことはない。見慣れた副官がひかえていただけだった。
しかしながら、向けたその視線は敵に向けるような鋭さで、手は反射的にも腰元の柄を握ってしまっていた。
驚かれる彼に、どういうわけか謝罪することはできず、ただ反射の敵意だけは収めて、
「…………なんだ?」
「珍しいですね。戦士長が私に気づけないというのは」
皮肉るではなく、ただ事実のみを告げてきた。……互いに青二才の時から戦場で、死線を乗り越えてきた間柄ならではだ。
けどそれが今、かえって感情を逆撫でにしてくる。
ムキになりそうになる―――寸前、自分を戒めた。
思い当たる節があまりにも明確だからだ。古馴染とはいえ今は部下、果たすべき振る舞い/責務がある。
「……スマン。これから死地に向かうというのに……、集中が足りんな」
「仕方がないことでしょう。色々と……ありましたから」
あえて濁すも、かえって『先の一幕』が突きつけられてくる。……自分がソレに心悩まされてるなど、お見通しか。
認めると、少しだけ重荷が解けた気がした。しかし、罪悪感は解消されない。己で己を裏切ったことが認めきれず、心身はバラバラになったまま……。
___俺はいったい、これから……どうすれば?
目の前の脅威は、もちろん解決してみせる。それだけの『力』も得た。
しかし……その次は?
もはや昨日までと違う。『忠義』の一言は、己を導く指針になってくれない。むしろ……、
「___今もっとも大事なのは、目の前の敵を倒すこと。そして、生き延びることです」
コチラの不安を見透かしたかのように、副官が差し込んできた。
「明日のことは、明日を迎えてから考えればよいこと。……違いますか?」
静かにも断じてきた諫言。……何も言い返せない。
「そうだったな。少し……いやかなりか、自惚れていたようだ。
目の前のあやつ等を打ち倒すことが、何よりも重要だ」
「そうです。勝ち方にこだわれる余裕は、今の我らにはありませんので」
言葉に出されると、また痛みが沸いてきた。……自分は今、青二才みたいな理想論に酔ってたのか?
違う―――と、反発してくるも、ソレに言葉を繋げられない。沸きあがってくる熱と押さえつけてくる現実が、内側から/戦意すらも蝕んでいる。
ただ襲いかかる火の粉を振り払う。ソレも正しい、けど間違ってもいる。目の前の脅威は自分こそが元凶で、ゆえに剣を振るうに足る『正義』が無い。命を奪い/奪われるだけの大義がなければ、獣の縄張り争いにも劣る。……そのような無益な殺し合いに、この身を染めたくない。
何も答えられず、ただ厳しげに/不満を隠しきれずに俯いたままでいると、耳打ちするように告げてきた。
「王都に戻りさえすれば、『かの者』との約定は
「ッ!?」
思わず睨みつけ―――、すぐにその行為を恥じた。
自分の弱さを/戦意を焚きつけるために、あえて悪者を演じた。部隊全員が生き残れるようにするために。……こいつはいつもこうやって、俺の迷いを晴らしてくれる。
けど、今回は別だ。
「…………私に、裏切れと?」
あの村人たちを、無惨に殺された者たちを、助けると誓った戦士の誇りまでも……。そうすることもできるはずと、内なる闇が形になってしまったかのようだった。
王への忠誠と村人たちの救助を両立させるには、自分が侮蔑を飲み込めばいいだけだ。ただの口約束であり、救助さえしてしまえば守る必然もない。今日この戦場を凌げば、何も捨てず/今までどおりに過ごすことができる。……ただ『あの目』を、気にしなければよいだけだ。
「ソレで、戦士長の迷いが消え目の前の戦いに集中できるのならば、そうすべきかと」
見据えてくる真剣な眼差しから、副官もまた『飲み込む』重みを背負うのだと、伝わった。……おそらくソレは、他の部下たちの大半も、同じ思いだろう。
迷いがさらに深まる。決断を迫られていた。
隊長として、それ以前に一人の男としても、流されたままではいられない。このまま何もしなければ、きっとダメになる。……安穏とした人生を求めるには、自分の手は血に汚れすぎてる。
___そのために、剣を手にとったのでしょ?
あの魔人がまた、突きつけてきたような気がした。あまりにも正しい、残酷なほどの事実を、己の魂に賭けた誓言を。
……迷いなど、とうの昔に切り捨てたはずだ。
「___こたびの殺戮劇は、あやつ等が引き起こしたこと。だがその起因には、私が……含まれている」
絞り出すような声で、しかし副官は黙って聞いていてくれた。
「彼らは命を奪われた、大事な者達の命を。ただ『大義のため』というその一言だけで」
声に出すと、熱がこもってきた。
ずっと抑え続けてきた怒り、この世界の理不尽に対して、燻り続けても決して冷えることはなかったマグマ。振るう剣の中に込め続けてきたソレは、ようやく―――正しき噴出口を得た。
「私も、その報いを……、受けねばならぬ!」
噛み切るよう言い切ると、腰の剣を/王より授かりし剣を引き抜いた。
ソレを胸の前で片手で横にしながら、もう片方で青水晶の剣を握り―――振り上げた。
「ランボッサ三世陛下ッ! 我が不忠をお許し下さいッ!!
貴方の忠実なる兵士は、今ここで―――」
一気に/渾身をこめて、剣を剣へと振り下ろした。
その一刀は―――スパンと、切り落とした。
まるでバターでも切るかのように、王より賜りし剣を、この手で……砕いた。
振り下ろしきると、切断された刃がカラリと、地面に落ちた。
ゴクリと、唾を飲み込む音が聞こえた。
自分のかと思ったが、副官が鳴らしたものだと気づけた。……感覚が研ぎ澄まされているのだとも。
切断した剣から目を離し、あらためて青水晶の剣を見ると、
「___とてつもない、切れ味だな」
これなら勝てる―――。
自然とこぼれた賞賛は、ただ事実のみを。剣が帯びている魔性もただ、武器としての性能と受け入れていた。……とても手に馴染んでいる。
切断した剣をみると、またチクリと胸に痛みが走るも……、さほどでもない。
そのまま鞘に入れ直してしまうと、
「皆に号令を! 奴らを返り討ちにしてやるぞ」
「はいッ!」と、こちらに負けじの副官の返事。その表情は、いつも以上に猛々しい笑みが浮かんでいた。
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