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敵の首魁の叫びとともに、手に掲げた青水晶が砕ける。
「顕現せよ、【
辺り一面に、眩い麗白な閃光が溢れ―――、顕現した。
至高善の存在―――。というものがあれば、間違いなくソレだ。
幾本もの白い翼が生える中心から、王笏のようなモノをもった腕だけの存在。生物の規範すら超えた異形でありながら、放たれる清浄なるオーラ。殺意と破壊と血飛沫が撒き散らされている戦場が、顕現しただけで全て洗い流された。まるで荘厳な礼拝堂の中にいるかのような、畏敬の念までもが腹の底から湧き上がってきてしまう。……アレは、人の手では倒せない超存在だと。触れることすら烏滸がましい、仰ぎ見ているだけでも幸運だとも。
あまりの神々しさに、目を奪われてしまった。召喚した首魁すらも目を輝かせ、[主天使]を仰ぎ見ているほどだ。……ゆえに/幸いにも、見蕩れてしまった隙を突かれることはなかった。
金縛りから解けたのは、主天使の視線(どこに目があるのか分からないが)がコチラに向けられたことで。特にデスナイトへ、明らかに嫌悪の色を含めて睨みつけたことで、ここが戦場だったと思い出せた。―――自分たちは、『天罰』を下される立場なのだと。
そんな主天使の言葉を代弁するかのように、
「懺悔は地獄でするがいい!
主天使よ、【
叫ぶと、主天使が呼応するように動いた。
その全ての白き翼を中心へと撓め纏めながら、力を極限まで圧縮していく。あまりの力ゆえか周囲の大気が歪む―――
直感で戦慄、全力で回避しろと。今からでは間に合うか分からないが、それでも直撃したら終わると。いやそれでは生温い、跡形もなく消滅するだろうとも。
だが同時に、逃げた結果何が起きるのか分かった。ソレは俺たちだけでなく、その背後の全てまで無に帰せるのだと。村までは流石に範囲外だろうが、部下たちは……。
思い至るや―――、デスナイトが前に出ていた。
そのタワーシールドを両手で構え/地面にも突き刺している。全力の防御姿勢―――
全く躊躇いなさ/果断さには、賞賛しかない。もはや『アンデッドだから』との軽蔑は、今後一切しない/ぶつける奴は代わりに成敗できると誓えるほどにも。
(だが、お前でもアレは―――)
無理だ……。
主天使は無慈悲に、暴威を解き放った。
撓めた翼を一気に広げると―――、無色の洪水が雪崩てきた。
圧縮された空気/大気の洪水の前には、デスナイトの巨漢ぶりもタワーシールドも、あまりにもか細かった。
逃げるまもなく飲み込まれ、音も視界も呼吸すらもままならなくなる。意識も五感までもが消えて―――
……現実では数十秒だろうか。何時間も続いたように感じさせた、凄まじい暴風。
しかし、
___死んだ……、のか?
信じがたいことに、生きていた。しかも五体満足で、動き回ることすらできる軽傷だけだ。
さらに、吹き上げられた砂塵が落ち着くと……、見えた。
身を挺して盾となったデスナイトの背中、その身体を四散させずに保っている。
「___ば……バカなぁッ!?」
首魁もソレを見てか、悲鳴じみた絶叫を上げた。
誰もが/俺すらも同じ驚愕に打ちのめされるも、すぐ近くゆえに気づけた。
デスナイトは瀕死だ。纏っていた禍々しいまでの黒いオーラが、今では全く無くなっている。姿形こそ保っているも、もはやハリボテなのだと。……あとほんのひと押しするだけで、消滅してしまうほど。
猛烈な感謝と感動が噴出してくるも同時、身体は動いてくれた。
今すべきこと、彼の献身に報いる行動を―――。
誰もが茫然自失している中、瞬時に駆け出していた。狙うはただ、この主天使の召喚者を討つ。
「うおおぉぉぉーーーッ!!」
雄叫びをあげながら突貫。すぐそばに主天使/猛獣が控えている、次の瞬間にもコチラに気づきそうなほどに。恐怖をこえて畏敬にまでおちそうな自分を奮い立たせる―――
―――
……
目の前にある光景が、信じられなかった。
(なぜ、あれのほどの一撃でも死なない……?)
主天使の攻撃をまともに受けて、生きている黒いアンデッド。
天使の攻撃はアンデッドに特攻で、しかも主天使ははるかに格上、人間では行使できないとされている第七階位の魔法だ。それが直撃したというのに……、倒れていない。
主天使の威光が、己を支えていた信仰が揺るがされる。あのアンデッドはそれほどまでに強かったのか? なぜあんな不信仰な存在がそこまで強くあれる? ありえないと思いたいのに、そこに立っている事実が打ち砕いていく。―――ゆえにも、出遅れた。
「うおおぉぉぉーーッ!!」
咆哮しながら突撃してくるガゼフ。皆が/主天使すらも呆然としていた隙を突いての全力疾走だ。
___なぜ、そんな悪あがきをする?
愚かしさの極みだと、嘲笑いそうになり―――ようやく気づけた。
自分を切り倒しに迫ってきているのだと、奴も五体無事だったと、その刃が届けば自分たちは……敗北する
致命的すぎる愚かな隙/まさかの逆転で殺される恐怖に震え上がりながらも、動けた。あの必死の猛獣を、止めなければならない―――
「くッ、【衝撃波】!」
その刃が/間合いに入られるギリギリ、魔法を発動できた。伸ばした手から放たれた衝撃波が、ガゼフの突撃を食い止める。
かなり至近距離まで迫られていた。最も効果が発揮される立ち位置で発動させたのに、半歩ほども押しのけられない。縫いとめるだけしかできていない。
「させるかぁッ、【
さらに魔力をこめた。片手だけでなく両手を使っての重ねがけで、[衝撃波]を継続。……二つ同時の発動に、脳神経が焼き切れそうなほどに熱い。
ガゼフをそれ以上絶対に近寄らせない。……それで勝負は終わるのだから。
その無理が功をなした。二重の強烈な衝撃波を前に、ガゼフは今にも仰け反ろうと/吹き飛ばされようとしている。
踏ん張っていた足が、地面から離れる―――
「くぅ……、ぅぅぉぉおおおおッ!!
直後、雄叫びをあげながら/身体の捻転だけで剣を思い切り横薙ぎに振ってきた。いくら強烈だろうとその一刀は当然、空振りに終わるはず―――だった。
しかしソレは、4本の斬撃となった。鋭くも飛んでまできた。3本はあらぬ方向へと飛び、空中で霧散までもしてしまうも……一太刀だけは違う。
まっすぐコチラまで届き、肩から腹へかけて―――、斬り裂いた。
「がばぁッ!? ―――」
―――
……
(___やったか!)
衝撃波に吹き飛ばされながらの、武技【四光連斬】。
全てとはいかなかったが、一太刀は届いた感触はあった。首魁のうめき声と吐血も視界に映っている。
しかし、
「___惜しかったぞぉ、ガゼフッ!!」
仰け反り/吐血しながらも、勝利の雄叫び。
「主天使よ! 【
指示とほぼ同時、主天使の王笏が高々とかかげられる。その一点に凶悪ながらも神々しいまでの暴威を凝縮/太陽のように輝かせると、振り下ろされる―――
___武技発動【迅雷加速】―――。
全身の力を一つの行動に強制集中させる、緊急回避用の武技。
本来なら、防御用の【不落要塞】にて受け止める/ダメージ無効化するべきだ。タイミングはとてもシビアだが、今の集中状態では絶対に失敗しない。例え強大な一撃であっても物理攻撃ならば、防げるだけの力がその防御武技にはある。……その経験則を全否定させるほどの、強烈な死の予感。
直撃軌道から一気に/強引にも、逃れた。
しかし―――、ソレだけでは全く、足りなかった。
ただ余波だけ/かすっただけ。それだけで致命傷だった。
直撃した地面の倍ほどの半径が、効果範囲。それを示すように、深々としたクレーターができあがっていた。さらには抉れ上がった地面は、マグマのように燃え燻ってまでいる。
着地もとれず/巻き上がった石ころと同じように、地面に転がされていった。
途切れていた意識が戻ると、全身からの激痛で、また暗闇に引きずり戻された。しかし同時、ソレが目を覚まさせてもくれたようで、目覚めたり戻ったりとガンガン揺さぶられ続ける。
その無限地獄のなか、ようやく地面の冷たい感触が伝わり/意識とつながり、上下左右を思い出せた。そして何より、自分が今どこで何をしていたかも。
全身が水袋に変わってしまったかのように、どれだけ力を/意識を込めても……動かせない。
それでもと/何としてもと、奮い立たせ続けるも……、やはりだった。
「___よくぞここまで追い詰めた、敵ながらあっぱれだよ」
___身体が……動かない。
心臓の鼓動と呼吸は、微かながらもできているので、辛うじて生きていることはわかる。けど、身体が全く言うことを聞かない。
頭から落馬してしまったかつての部下を、思い出した。首の骨を折ってしまい、生きてはいるけど、首から下が全く動かせない不具者となってしまった。兵士としてだけでなく人間としても不能になってしまった彼は、絶望しそのまま生涯まで終えてしまった。……今の俺の状態は、彼と同じなのだと。
「このまま叩き潰すか、焼き殺すかでもよいが……、貴様のような英雄の終わりにはふさわしくない。敬意を払おうじゃないか!」
___……ちくしょう、これまでか
身体しか張るものがないのに、最後の糸が切れた。それでも戦意でつなげようとし続ける、無駄でも最後まで燃やし続けるしかできない。
「主天使よ、【
___俺は、こんな……何も成せないままに―――
死ぬのか……。
変えられない事実として、突きつけられる。立ち塞がる越えられない壁としても。……その先に、全てがあるのに。
主天使が、祈るように王笏を抱えると、その身から柔らかな白光が立ち上った。ソレは燐光となり、綿毛のようにフワフワとキラキラと舞い上がっていく。
その頭上/高き天上の、眩いばかりの白光の円盤へ、あるいは天国へと通じる門へと―――
アレが降り注げば、消滅する。身体だけでなく魂すら、欠片も残らないほどに。そう確信させながらも、湧き上がるのは死への恐慌ではなく安らぎだ。絶対者の慈悲なのだと……そう矯正されてしまう。
(___ふざけるなッ!)
安寧を吐き捨てながら、吠えた。もう口も喉もまともに動かないが、それでも。傲慢にして理不尽な、無慈悲よりも悍ましい『ソレ』を睨み続けた。
___俺は絶対に、『お前』を許しはしないッ!
俺だけじゃない。この国でも幾百万と繰り返されてきたであろう、悲憤の咆哮。
ソレはただ、世を乱すだけの雑音として、どこにも/誰にも届くことはなく。あるいは負け犬の遠吠えとして、嘲笑とともに消え去る―――……はずだった。
『___見事な戦いだった。あとは任せろ』
全てを漂白する極光が振り下ろされる寸前、確かに聞こえた。
ソレはあの魔神の声に、よく似ていた気がした。
―――
……
【善なる極撃】。
ソレは、この世ならざる天界に満ちる『神光』を呼び出し/凝縮して、地上の邪悪を焼き清める奇跡。人の身では扱いきれない、神に愛された最高位天使のみが扱える御技、第七階位の攻性魔法。かつて地上で暴威を振るい続けた魔神を、ただ一撃にて浄化し消滅させた。
どんな存在も、この聖なる力の前では屈する。一度放たれたソレは、絶対なる神による裁きでもあり、何人たりとも覆すことができない。いわば『絶対善』を具現化した力だ。
そう……そのはずだった。
しかし今/目の前に、ありえない光景が映っていた。
漆黒という言葉では足りない、世界に空いた虚孔。邪悪でしか無いはずなのに、神威を放っている矛盾。その神々しさはどういうわけか、そこにいるはずの最高位天使を霞ませていた。
まるで【善なる極撃】の光柱より降臨したかのように、出現した邪悪なる存在。天界に属する神や天使とは絶対にいえない、どう見てもアンデッドのはずなのに、ソレ以外に考えられない/考えたくない。
「___お前は……なんだ? なぜそこに……?」
答えは求めてはいない。ただ何か喋らなければ、壊れてしまいそうだったから。
しかし『ソレ』は、律儀にも答えてくれた。
「___ごきげんよう、虫ケラども。我が名は[アインズ・ウール・ゴウン]」
以後お見知りおきを……。
名乗り上げるや、道化のように礼までする……ことは流石になかった。しかし、隠し様もなく込められている侮辱が、告げていた。道化には道化の態度でと。
あからさま過ぎる態度に怒りが湧き、『正気』に戻してくれた。
確かに驚かされてしまったが、何かしらのトリックを使っただけだ。どんな仕掛けは分からないが、絶対にタネがある。ただの詐術でしかない。
今分かるのは、奴の意図だ。コチラを動揺させるため、あのような派手な登場をしたのだと。何をするつもりかはまだ判然としないが、奴のペースに乗せられるのは危険だ。……すぐにでも、主導権を握らねばならない。
そのためには、まず
「……ガゼフたちをどこへ隠した?」
「転移させました、安全な場所へ」
確認するつもりが、素っ頓狂な答えが帰ってきた。……呆れてまた、奴のペースに飲み込まれそうになる。
【
「ふざけた冗談を言うな!」
「……信じようが信じまいかは、どちらでも」
定番のセリフ/言い訳、やはりペテン師だ。奇妙な仮面やら豪華なローブなどで飾りたてしているが、底は割れた。
もはや会話するのも億劫だ。そもそも、このような輩と話などしている暇などない。
せっかくの好機。もはや瀕死であろうが、それでも生きている。このような奇妙な道化のせいで任務失敗など、末代まで恥さらしだ。……ガゼフは今日、なんとしても抹殺しなければならない。
「大人しく奴らを引き渡せ、さもなければ―――」
「殺せるとでも、この私を?」
最後通牒ではあったが、どうやら伝わらなかったか……。やはり愚かな道化か。
あるいは、最後までペテンを続けるつもりか……。まぁ少しは、骨はあったということか。
しかし、相手が悪すぎた。
「ふん! どこの魔法詠唱者かしらんが―――、身の程知らずめがッ!」
部下たち/天使たちに命令。このバカを刺殺してやれと。……最高位天使を使うなど、あまりにも不敬すぎる相手だ。
部下たちも同じ思いだったのだろう。早くこの突然の喜劇を終わらせたいと、現実を見せつけてやった―――
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長々とご視聴、ありがとうございました。
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