̄
目が覚めるとなぜか、柔らかな感触に包まれていた。
(___ここは……、どこだ?)
俺は一体……どうなったんだ?
主天使の鉄槌にて、身体がボロ臓器のようになり、その上で『極光』が振り下ろされた。逃れようもなく殺され、塵も残らず消えるだけ……そう思っていた。
それなのに、
「___おぉ、気が付かれましたかガゼフ様!」
「きみ……は?」
見上げるとそこには、メガネをかけた白皙の美女。重傷を負ってるだろう自分のすぐそばにいるのだから、看護婦かと思いきやその服装はメイド、しかも高貴な家に勤めている/血まみれにして良いような粗末な衣でもない。さらにつけたせば、安堵してくれている優しげな微笑みが、3分ほども隠れてしまってることから、その胸のふくらみの豊かさが……。彼女に膝枕してもらっているのだと気づかされた。
途端、離れなければと身体を起こそうとするも……「ぐぅッ!?」、激痛が電撃のように全身へ走った。……自分はまだ、死にかけなのだと気づかされる。
それでも起き上がろうとすると……そっと、彼女が抑えてきた。
「まだ起き上がらず、そのままで。……私の【気功】では、一命を取り留めさせるだけしかできておりませんので」
有無を言わさぬではなく、ただ優しげな助言だったが、すんなりと受け入れていた。
諦め/落ち着いて見上げ直すと、まだかすれ気味の声で、
「……キミが、助けてくれたのか?」
「皆様をお助けしたのは、アインズ様のお力です。私は、そのお手伝いをさせてもらったに過ぎません」
特に、傷の深い者たちに……。視線を向けた先/自分の周囲へとつられて確認すると、村人たちに介抱してもらっている部下たちがいた。ベッドは無いものの、毛布か何かを下敷きに安静にさせてもらっている。
中には、手足にひどい損傷をうけていた部下も……当然いた。鎧などは脱がしてもらったが、ゆえにいっそう血まみれの衣服が見えた。その出血量や傷の深さをみたら、生存を絶望的だと/切り捨てることを考えざるを得ないが……、全員生きている。みな危機的状況を脱してもた。
彼らを見て、ようやく胸に安堵が根付く/広がった。ここはもう安全なのだと、自分たちはあの死地を乗り越えたのだと、納得することができた。
そして、その全ては彼女が教えてくれたように、
「そうか、ゴウン殿が……。それではもう、安心だな」
アインズ・ウール・ゴウン―――。なぞの魔法詠唱者にして、強大な力を持ったアンデッド。彼が助けてくれたおかげだ。
なぜ自ら出陣してくれたのかは、分からない。そうしてくれる予感はあったが、期待することはできなかった/してもいけなかった。彼がアンデッドだという以前に、この国の問題は国民自身で解決しなければならないからだ。なので、助けてくれたのは感謝しかないが、同時に悔しくもあった。……自分はまだまだ未熟者だ。
「何にしても、部下ともども介抱してくれたことには変わらない。礼だけでも受け取ってくれ。確か……ユリ殿だったな」
「覚えていただき、光栄です」
自分でも無作法かつ無骨で、くわえて今は情けない姿まで晒しているが、柔らかな木漏れ日
のような笑顔を向けてくれた。……ソレをみると、またカァと熱がわいて、思わず顔を逸らしてしまいたくなる。
そんな自分を誤魔化すため、でもあったが、熱が上がればこそ気づかされる。
「……間違いなら、大変失礼なことなんだが、君はそのぉ……人間では、ないな?」
見た目はどう見ても人間、いやその美貌と品の良さから逆に見えなくはなるが、人間種の特徴はしっかりおさえている。とても失礼な質問になりかねなかったが、確かめざるを得ない。……そういうところが、武辺者なのかもしれないが。
「よくお分かりになりましたね」
気分を害する様子なく、むしろ褒めてくるような笑顔。直感は正しかったが、同時……なぜか残念でもあった。
ソレが『邪な感情』だと気づかされると、振り払うように/努めて平静さを装う。
「見ただけなら判別できなかったのだが、こうやって……触れていると、冷たすぎるのでな」
むしろ今は、ヒンヤリして心地よくもあるが……。どうしてこの口は、そう言えないのか。
己の未熟ぶりが、さらに嫌になっていると、
「申し訳ありません。ご不快だったでしょうか?」
「え? い、いやそんなわけが…コホン、そのようなことはない!
それほどの美貌は、我が国の[黄金姫]にも勝るとも劣らない。くわえてこれほどの治療術まで心得ている手練。私が今まで耳にもしなかったことでも、人間種とは考えられなかっただけだ」
一気に推論をまくし立てると、自分が言ってしまったことに慌ててしまった。……なんという失態だ。
しかし/やはりか、こちらの焦燥を気にすることなく……、というわけでも無い様子で、
「異形種は、お嫌いですか?」
怒っても悲しげでも、まして試してですらない。柔らかなれど真剣さがこもった質問に、緩んでしまっていた気が引き締められた。
「……好き嫌いを言えるほどの付き合いがない。ここでは、亜人種ですらあまり見かけないからな」
「ソレはよかった! 偏見が強すぎる方だったら
曖昧ながらも正直な答えに、パッと華が咲いたような笑顔を返してくれた。空気まで芳しくなる。
そうやって見蕩れ/心奪われてしまったがために、その言葉の真意を探ることはできなかった。
―――
……
「___身の程知らずめがッ!」
敵隊長の怒声の直後、数体の[アークエンジェル・フレイム]が攻撃を仕掛けてきた。猛然と、その炎の剣を突き出しながら迫ってくる。
(……え? なんでそうなるの?)
主天使の最大の一撃/【善なる極撃】をまともに受けて、五体満足で立っている。微ダメージ受けてはいるも、無傷といって遜色ない。ちゃんと分かりやすく見せつけてやったのに……、なぜそんな雑魚差し向けてくる?
あまりの意味不明な行動もあり、ほぼ棒立ちのまま、雑魚天使の刃をまともに受けた。
ゲーム時と同じだ。はじめは、間近に迫る炎の刃に恐慌状態になってしまった。死なないと/大ダメージすら負わないと分かっていても、怖いものは怖い。先端恐怖症ではないはずだけど、リアルすぎる映像は錯覚でも本能を引き起こしてくる。でも無事だと分かり、何度も経験してくると、「問題ない」と本能も誤作動を起こさなくなった。
そんな経験値が役になった。深々と胸や腹を貫いている/ついでに焼いてもいるけど、痛くも痒くも熱くもない。まるでマジックショーの胸を貫く(ように見せかける)剣と同じだ。寸前でぐにゃりとまがり、背中でまた真っ直ぐ戻され、外野からは貫かれたように見える仕掛け。炎も、見た目だけの幻影にしか感じられない。
外野の敵たちは、コチラの姿をみて何やらはしゃいでいる、たぶん「どうだ参ったか!」と。
そんな姿を眺めていると、奴らが服を着たチンパンジーに見えて仕方がない。バカにしたり哀れに思うよりも、「そういう生物だ」と納得してしまう。……そんな奴らに付き合っている自分も、道化のような感じがしてくる。
ひどくガッカリ/冷めてくると、視界にチラチラ映ってくる炎から、天使たちを改めて見た。確かに刃を突き刺したはずなのに、死なない相手。抜き出そうと懸命にもがき、でも抜けずにいる……。
彼らだけは一生懸命だ。憐憫がわいてくる。
《___なぁモモンガ、コイツらは……生きてるのかな?》
《天使と亡者の違いは、住処と外見だけです》
いつもと違い、そっけない返答。モモンガとの感情の差異を感じる。
どうしてなのか? ……言うまでもないことだった。
《……もしかして、天使嫌いか?》
全くダメージ無く、肌にも衣服にも触れられていないけど、鳥肌のような怖気はもよおしている。刃が恐ろしいというのとは違う、すぐそばにゴキブリが蠢いている時に引き起こされる感覚だ。
こうしてモモンガを意識すると、「自分のこと」だと思い出したかのように不快感が染み出してきた。けど「自分の感覚」では無いとも分かっていたので、間を置いて客観視できる立ち位置に。
《……申し訳ありません。私情を挟んでしまいました》
《構わないよ。俺もあんまり好きじゃない》
長年アンデッドの魔王をやっていると、天使たちがどれほど厄介でうっとしいのかが、骨身に染みてる。見た目の美男美女ぶり/神聖ぶりもあり、嫌でも僻みを募らせてきた。
《召喚されたシモベは、召喚者に絶対服従になるのか?》
あるいは、心酔状態に……。あのデキるデスナイト君みたいに。
もしも、この天使たちもそうなってしまっていると、少々事情が変わってくる。
《必ずしもそうとは言い切れません。召喚者の力量や魂の気位も関わってきます。ただ、天使と亡者に限れば、二通りのパータンになりやすい―――》
いわく、絶対服従の狂信者状態か。意識を失った機械状態。……あまりにも極端すぎる。
《特に天使どもは、どいつも無駄にプライドだけは高いので、奴ら程度の召喚者では傀儡同然となっていることでしょう》
《独力で召喚できてるっぽいのに、嫌われてるのか……》
どっちもかわいそう……。あまりにもミスマッチ過ぎた悲喜劇。
「___ではしょうがないな。……潰すか」
鬱陶しくもくっついている天使たちの頭を掴み、そのまま勢いよく互を―――ぶつけた。
ブチュリッと、まるで卵を割ったような感触。重さや抵抗は風船並にしか感じなかったので、中身があったことに驚かされる。
ただし、何の倫理委員会の規制か、溢れでたのは血や脳漿ではなく光の粒子だけ。頭蓋の中も、生々しいピンクの『メロンパン』はなく、立体化した光る機械の配線のような何かの紋様だけ。……それも頭蓋が壊れたことでか、輝きを失い消える。
両手の天使たちはソレで、HP0になったのだろう。そのまま全身も光の粒子へと分解され、大気に溶けていった。……後にはなにも残らない。
(そう言えば、シモベの装備品も一緒に消えちゃうんだよな……)
どうにかして残せないかな……。天使が使っていた炎の剣も、一緒に消滅してしまった。非常にもったいない。
ゲーム時も同じだが、時々ドロップ品/バトル勝利報酬としてアイテムボックスに自動的に挿入される。現実化した今も、同じ仕様だとは考え難いけど/ならば、残留させる方法があるはず。見つけ出して方法確立すれば、量産するのも夢じゃない。……別にレアアイテムではないけど、コレクター魂が疼いて仕方がない。
(あのデスナイト君みたいに、何かを触媒にしてやればいいのかな?)
ありえるかも知れないけど、まだ確たる証拠や手がかりもない。けど夢がある。
そんな空想に浸っていると、
「___なッ!? なぜ生きているッ!」
敵隊長のヒステリックな戦慄き声が、呼び戻してきた。
そう言えばいたなと、何気なしに種明かしをしてやった。
「【上位物理無効化】。レベル60以下の攻撃は大概通らなくなるだけのスキルだが、役に立ったようだな」
初心者によるジャイアントキリングの推奨よりも、古参かつカンスト勢への配慮の賜物。有難い場面は確かにあったけど、それ以上のデメリットを生み出してしまった。
何でもできるのが[ユグドラシル]の売りの一つではあったけど、そのために無価値に/誰からも顧みられなくなったモノが多々発生してしまった。……そんな『ゴミ』となったものが溜まり溜まって、サービス終了になってしまったのかもしれない。
現実化した今ではもう、怒りや虚しさも遣る瀬無さもなく。ただ終わった過去を思い出すよう、感慨にふけれる。
説明してやっても、理解できないか/したくないのか。ワナワナと震えるのみの敵たち。
納得まで待ってやる義理は無いので、もっと大事なことへとスタスタ、歩んでいった。―――今だタワーシールドを構え続けている、黒き勇者の下へ。
「よくぞ守りきってみせた! 素晴らしい活躍だったぞ、我がデスナイトよ―――」
褒美だ……。その背にそっと触れた。
パッシブスキル【
主従の繋がりも通して、回復効果を高めてやると、すぐ動けるほどにまで回復しやがて―――全回復できた。
ふたたび禍々しいオーラを身から溢れさせ/まとうと、デスナイト君は片膝つけながら感謝の「アオオォォウウゥッ!」。……アンデッドなのでできていないけど、感激しすぎて感涙までしている状態。
「あとは私が片付ける。後ろで控えていろ」
他の雑魚たちが逃走しないように、警戒を……。ソレもあまり必要じゃないけど、仕事をあたえてやらない方が不満みたいなので。
「了解しました!」とばかりにキビキビと背後へ、そしてギロリと敵たちを睨みつける。
「……魔法詠唱者の分際で、前に出るだと?」
「それほどまでの雑魚だということだよ、お前たちは」
煽り文句になってしまったけど、事実なのだからしょうがいない。……認めてくれないのならば、なおさらだ。
「その言葉、後悔させてやろう!
主天使よ、この不届きものに【裁きの鉄槌】を!」
___どうしてそんな選択を……。
もはや喜劇を下回って、痴呆した老人と相対してる気分だ。あまりにも噛み合わなすぎて、疲れてくる。……コレが精神攻撃でコチラの隙を抉り出すためだとしたら、逆に賞賛できるのだけど。
そんな痴呆者の命令を、主天使は律儀にも/機械的に受諾。コチラに近づいて来ると、振り上げた王笏を―――叩きつけてきた。
強大な威力、物理法則を捻じ曲げるほどなのは、叩きつけてから遅れて届いた轟音からも分かった。そしてその叩きつけで、地面に一軒家ほどのクレーターができたのも。巻き上がった土砂/礫が周囲へ、砂嵐かのように噴射されたのも。
しかし……、それだけだ。
「___ば、バカな……、ありえないぃ!」
直撃したはずの俺は、全くの無傷。立っていた地面まで無事で、クレーターもリンゴのお尻のような形になってしまっているほど。……なんか恥ずかしいな、この跡。
「[カルマ値]で特攻になっているはずだが、やはり【善なる極撃】とは違うか。戦技の[鉄槌]では……この身は傷つかんな」
[上位物理無効化]の容赦のなさ。どうせなら周囲の大被害も無効化してもらいたかったけど、コレが現実化した結果なのだろう。あくまで自分だけを守る見えない鎧で、付随して発生してしまう物理現象までは止めてくれない。……次に大魔法を使う際は、気をつけなければ。
発狂寸前の隊長は無視して、無駄だった王笏を引き戻している主天使を見上げた。
人間体ではなく翼の塊。生物ですら怪しい何かなので、思考も感情も読み取れない/取っかかりすらない。ただの傀儡だと思えば、そうとしか見えなくなる。
ただ/それでも、この世界では高レベル/『最高位天使』。あのデスナイト君よりも格上で、ならば知性があってしかるべきだ。召喚者の影響を受けてしまったのなら、仕方がないけど……、
___試してみるか。
決着は、その後でも遅くはない。
「おい、【威光の主天使】とやら! お前はそんなクズの下僕などしていて、恥ずかしくないのか?」
煽り文句で、語りかけてみた。……気絶中ならば無意味な独りよがりだけど、少しでも意識があるのなら食いつくはず。
「この一撃でもう分かっただろう。お前は私に、絶対に勝てないということが」
隊長殿は分かろうとしてくれない、むしろ拒絶しているみたいだけど、現場で向き合っている主天使は違うはず。隊長よりも格上だからこそ、俺との隔絶がいっそう理解できるはず。デスナイト君よりも知性があるのなら、分からない方がありえない。……眠っていたとしても、触れた今ならわかるはずだ。
「召喚の契約を遵守するのは、実に結構なことだが、無意味以上に有害なことでもある。
このまま私と敵対すれば、お前は瞬殺されもちろん後ろのクズも死ぬ。そして住処に戻ったお前は、召喚者をむざむざ殺させたと、天使族の名誉に泥を塗ったと罵倒されるからだ!」
ゲームではありえないけど、現実化した今なら可能性はある。ただの無から召喚されるのではなく、こことは別世界/別次元の天使だけの住処があることが、そこで天使たちは一人一人意志をもって生活しているとも。そして優秀な種族ゆえに、メンツを重んじるとも。
タグラさんならきっと、事細かな設定/世界観まで妄想してくれただろうけど、今の俺にできるのはそこまでだ。
「さらに、今日そのクズ共のやった悪業だ! この土地で平和に暮らしていた村人たちを、『大義のため』との言い訳一つで、虐殺してまわった。おそらくは今までも、同じようなことを何度もやってきたことだろう。そのことに恥も懺悔もしなければ、『大義』と『神』にすべての罪を擦り付けてもきた―――」
「い、言わせておけばッ! ただの魔法詠唱者風情が、偉そうなことをほざきやがってッ!」
主天使の前に、隊長殿が激高してきた。
目を向け、その真っ赤に憤怒した顔を見て―――、次に出てくる言葉を察した。
ゆえに、
「___やめておけ。先に告げたことは全て事実だぞ」
口に出される前に、封殺した。……出がかりを打たれ、隊長は口をパクパクさせるのみ。
その一時スタンが解けてしまう前に、追撃する。
「次にお前が発しようとした一言の責で、人間種は天使族の『不興』をかうことになるぞ」
「ぅッ!?」
効果は絶大。ようやく黙殺させられた。
同時に気づけた/驚いた。『天使族』なる集団は本当に存在していること。召喚している彼らも、目の前の天使をただの光粒と魔力の塊ではないとの、認識と実感をもっていることに。……ほぼほぼハッタリだったのに。
ソレを裏付けてくれるよう、隊長殿は召喚した主天使を見上げると、懇願/言い訳してきた。
「……す、全ては、亜人種たちの脅威から人間種を守るためのことなのです! 奴らに比べて……脆弱な我らはッ、手段など選べないのですッ!」
どうか主天使様、我らにお力を―――。必死な隊長は膝までおりながら、部下たちにキッと目配せした。ソレに気づく前に部下たちも、同じく乞い願う。
ゲーム時では、ありえない光景。冗談でもウケ狙いであっても、やったプレイヤーは見たことはない。
それもそのはずだ、ただの人形/コードの塊でしかないモノを、本気で『天使』と崇めることなどできない。しかし―――、目の前の彼らは違う。必死な様子も流している涙も、全て本物だ。浅ましくも強烈な生への執着があふれでている。
だから、でもあるのだろう。そんな本物の祈りに……、答えが帰ってきた。
『___なぜその『手段』が、同胞を虐殺することになる?』
(…………マジかッ!?)
主天使が喋った……。
どこに口があるのかは、定かじゃない。でも確かに聞こえた/理解できた、テレパシーのようなものだろう。ソレは紛れもなく、主天使の言葉/意思だと。
ここにいる皆が共有できている理解だけど、隊長たちは茫然としていた。いや、陶然とした輝きが目の奥に見えた。……天使と会話できることは、彼らにとっても初めての驚異で、何より歓喜を引き起こすことだと。
しばし黙ってしまうと、自身の不敬/待たせていることを思い出したのか、慌てて返答する。
「……そ、ソレをご説明するには、国家機密を含む複雑な事情を全てお伝えしなければなりません」
『召喚者が殺した、あるいは殺すように仕向けた同胞たちは、死刑に値するだけの大罪を犯したのか?』
おそらく隊長たちには耳に心地よい、天使らしい威厳にみちた声音なのだろうけど、俺に聞こえてくるのは老若男女子供までの合唱だった。それも異質で、天使っぽいといえばそんな感じはしなくはないけど……、かなり耳障りだ。互いに音が潰しあってもいて、注意しないとよく聞こえない。
隊長はすぐに答えようとして……、その言葉を飲み込んだ。いや、出すことができなかった。主天使の威光ゆえだろう、そこに含まれてる『雑音』を出す前から読まれてしまっているかのよう。弁解をもとめられているのではなく、『告解』の時なのだとも。
ゆえにただ、嘘偽りも含めることはせず、
「…………い、いえ、何も」
己で己の罪を告白すると、項垂れた。まるで、それまで【
『では召喚者は、殺人を犯した。それも冤罪による大量殺人。
天使族の法典では、そのような大罪人は、親族まとめて虫ケラへ7代に渡り転生させる』
えげつねぇな……。自分だけでなく親族までてのは、やり過ぎな気もする。
ただ、その人物を形成には、もっとも身近な親族が大きな影響を与えたのは間違いない。根本的に脆弱だったり腐ってる奴はほんの一欠片はいるらしいけど、たいていの赤ん坊は無垢だ。大量虐殺してしまったのなら、親族も背負わねばならないのだろう。
どうやって、『7代に渡る転生』を執行するのか? そんなとてつもない効果を引き出せず魔法はゲーム内にはなかったはず。[世界級アイテム]を使えばできないことはないけど、罪人には使わないはずだ。天使族が開発した/現地由来の奇跡なのだとしたら、ぜひともご教授してもらいたいものだ。
『……そして私も、お前たちのような大罪人に力を貸してしまった。同じく罪人』
それまで威厳に満ちていたのが、少しだけトーンダウンしていた。……感情らしきものが、伝わって来る。
そんな驚きと発見で忙しい中、急に主天使の注意が俺にむけられてきた。
『___[
感謝するや、礼までしてきた。……もちろん翼だらけの外見では分からないけど、その意思は充分に伝わった。
そしてもちろんソレは、隊長たちにも伝わり……、その顔を青ざめさせた。
『このまま退去するのが筋であるが、召喚の契約によりあと半刻あまりは、召喚者に従わなければならない。召喚者は未熟なようだが、召喚術自体は完璧に行われたがゆえに』
召喚魔法を込めた魔術師よりも、発動させた隊長の命令に従わなければならないとは……、あの[魔封じの水晶]にも興味深い仕掛けがありそうだ。
同時に伝わった、ソレが大いに不満だと。
なので、求めているだろう問いを投げかけてやった。
「ただ待つよりも、私に頼みがあるようだな」
ソレは見事正鵠を射たようで、主天使から「我が意を得た」喜びが伝わってきた。
『……天界へと戻ったのなら、この大罪により私は、人間種かあるいは禽獣にまで落とされることになる。当然の報いではある。
ただ、召喚者が血迷い私に攻撃命令を下してしまった場合、私がソレに従わなければならない。召喚契約を拒絶するのもまた、大罪の一つゆえに』
「進退極まってるな」
すこし皮肉を込めながらも、続けさせると、
『……貴方の力をもって、私を【堕天】させて欲しい。
もしも叶ったのなら、この身この命尽きるまで、貴方に絶対の忠誠を尽くそう』
主天使の方から、「我が意を得た」命乞いをしてきた。
《___モモンガ。『堕天』て、【
《はい、間違いありません》
そうか、なら安心だ……。最強異形種[天使]に対しての特攻魔法、カルマ極悪にしてアンデッドの俺には必須の返し技。それで事足りるのなら、俺でもしてやれる。
《……『この身この命』て、あと一時間ぐらいしか現界できないくせに、ずいぶん大げさな言い回しだな》
《【堕天】は天使たちにとって、地上に落ちること。すなわち、受肉と同じ意味合いになるのでしょう》
マジかよ。天使だけ魔法でOKなんて……、ずるすぎる。
やっぱり天使は、あまり好きになれない。
「___しゅ、主天使様ッ!? 我らを……私を裏切るのですかぁッ!?」
…………。
【堕天】よりも、【
俺が知らない『天使の法典』の抜け穴ゆえなのか? ……確認すると、気が変わってしまう恐れがある。自然な流れが一番だ。俺への『信頼感』ゆえだと、応えなければならない。
「それも面白くはあるが……、私が求めるのは『平等なる報復』だ。
私への『絶対の忠誠』は要らないが、代わりに、あのカルネ村と村人たちへお前の恩寵と守護を与え続けるのなら、【堕天】させてもよいぞ」
先に譲歩。そして何より、まっとうな『正義』を。……これなら、アンデッドに服従したとの屈辱感は、かなり薄められるだろう。
そんな皮算用を知ってか知らずか、主天使は急に膝を折ってきた(そんな念波を送ってきた)。
『___慈悲深きお方、貴方の御尊名を聞かせて欲しい』
さっき名乗ったはずだが……。気絶中だったか?
敬意を払ってるのか、天然なのか……。誤解を招く真似だけど、一度はちゃんとスルーするのが社会人の務めだ。
「[アインズ・ウール・ゴウン]だ」
『御名、深く胸に刻みます』
そういうや、深々と頭を下げてきた(そんな念波を送ってきた)。
それは同時、『全面降伏』を意味することでもあり、
「だ……ダメだッ! そんなこと、そんなことは……許されないぃッ!!」
当然隊長は、ヒステリックに喚いてきた。……もはやどんな神々にも通じない、DV夫の癇癪のように。
そんな/もうどうしようもない奴の悲鳴はガン無視して、
「では行くぞ、スキル発動【三重魔法融合】
【魔法最強化】、【
従順になった主天使に魔法を放つと、翼だらけの巨体が変化した。異空より染み出てきた墨色のオーラに包まれ/巨大な繭となり、輪郭を失う―――
―――繭が割れ、清らかな白光とともに現れてきたのは、頭から小さな羽耳と膝ほどにまで伸びている白銀色の髪をもった……
天使の少女はふわりと、麗白な裸足で地面に降り立ち、そのまま踏みしめようとして―――ドタンッ、「ふわぁッ!?」と尻餅をついた。
「イテテぇ…」と、腰をさすりながら、ハッと気づいて/赤面しながらも、また立ち上がろうとした。
しかし、足に力が入らないのだろうか、上手く立てず。プルプルと生まれたての小鹿のように膝を震わせながら、二本足だけで立とうとするも……ペタリッ、やはりヘタリこんでしまった。
それでもとか、また頑張って立ち上がろうとする。「むぎぎぃーッ!」と顔を真っ赤に/気合を振り絞りながら、今度はちゃんと手を離せて、膝も90度以上に伸ばせた。そのまま立ってみせると思いきや―――ペタンッ、倒れてしまった。「むぎゅ―――」と思い切り頭から、地面に顔をうずめお尻を突き出している、みるも情けない姿に。
もはや顕現した時の神聖さは、粉々に吹っ飛んでいた。奇妙な空気が流れだしていた。
少女が地面から顔を抜くと、土まみれ泥まみれながらも、「うぇ…ばっちぃよぉ」と泣きべそかいているのが見えてしまった。がハッと、少女はすぐにゴシゴシ顔から汚れを落とすと、また立ち上がりチャレンジをしようとした。
さすがに止めるべきか/諦めろと言ってやるべきかと、声をかけようとする前、少女自身がふと何かに気づいた。とても冴えたアイデアだと、顔を輝かした。
急に立ち上がることは止め、そのまま足を正座するよう折りたたんだ。そして三つ指をたてると、そのまま丁寧な座礼をしてきた。
「___我が願いを叶えていただき、ありがとうございました、アインズ様。
そして、お初目お目にかかります。【威光の主天使】改め【八翼の堕天使】でございます」
見たことは無いけど、中世日本の公家たちも思わず両手で褒めちぎりそうな、完璧だろう座礼。……明らかに西洋風な見た目で『天使』なはずなのに、なんで東洋風を心得てる?
たてつづけの異様に、思考が行方不明になっている。俺は何のためにここにいるんだっけ? ……何とか戻さねば。
(これは、えっと……言えばいいのか?)
「……面をあげよ」
「はい! ―――」
嬉しそうに顔を上げると、まるで先までのミスなど無かったかのように、神聖にして可愛らしい天使スマイルをみせてきた。……まだ顔にはけっこう、泥がついているけど。
全力でスルースキルを発動。取り戻さなくてはいけない空気を、もう一度作り上げていく。
「主天使ならば[七翼]だと思っていたが、[八翼]なのだな」
「はい、アインズ様の絶大なる魔力のおかげでございます!」
そうなのか? ……ま、そういうこともあるか。
目の前の『堕天使』をみていると、調子が狂ってしまう。押さえつけてきたツッコミがいつ噴火するか分からない。取りも直さず大事のため、今は棚上げにすることにした。
「お前がふたたび天界に戻る条件は、先に告げた通りだ。カルネ村と村人たちに恩寵を与え守護すること。その期限は……そうだな、[ネム]という村娘が18歳を迎えるまででだ」
あの子が成人するまで……。この世界での成人年齢は分からないけど、18なら一人立ちできる年齢でもある。一番幼い彼女が一人立ちできる年月ならば、他の村人も安堵できるはず。今日の悲劇も、ようやく終結……とまではいかなくとも一区切りさせられるはずだ。
ただ同時に、10年以上も縛られる契約になるけど、堕天使は快諾してくれた。
「承りました。必ずや果たしてみせます」
また感謝のお辞儀をしようとして……、ふとその顔が鋭く警戒の色。
そして空を見上げると、
パキンっ! ―――上空から陶器が割れるような音が響き渡った。
「案ずるな。不届きな覗き屋に、私の攻性防壁が発動しただけだ」
説明するや直後、音が鳴ったであろう上空に異次元の裂け目ができた。暗い楕円穴が開くと、そこから―――ドタドダッと「きゃあぁーッ!?」と、悲鳴とともに人間が3人おちてきた。
3人はそのまま、受身も取れずに地面に落着した。
「おぉ! 一人だけかと思ったが、3人も釣れたか」
「つ、土の巫女姫様……?」
隊長殿が3人をみて、情報を漏らしてくれた。
絹のような高級な生地の貫頭衣。装飾はそれなりに施されているも、オシャレのためとは到底言えない。それなのに着ている中の人間が、若く線の細そうな/おそらくは20代では無さそうな女性たちであることから、漏らした情報は正しいと。
さらに、【道具鑑定】をしなければ定かではないけど、何となしの魔力感知で漂っているオーラが見えた。何かしらの特性がある装備品であるとも。
「___こ、ここは……? どうして私、こんな場所に―――、ひぃッ!?」
俺と目が合い、悲鳴をあげられた。涙目浮かべ震え、腰まで抜かしてしまっている。……やめてくれよ、変態みたいじゃないか!?
最悪な第一印象を与えてしまい、精神に大ダメージを受けてしまったが、気にしない/気にしてられない。体は骨でできている。血潮は無いし、心には[モモンガ]だ。……たぶんこれからコレがスタンダードなのだから、慣れていかないといけないし。
「___なるほどな。そちらの娘が、【身代わり防壁】の役目をしていたのか」
気持ちを切り替え、別のこと/共通の話題に誘導。
同じく落ちてきた女性の一人。もう一人は目覚めて、俺をみてビビって……けど最初の彼女を守ろうと前へ。おそらく『土の巫女姫』は彼女なのだろう。それなのに全く反応しなかったのは、ピクピクと口から泡を吹いて気絶中だったからだ。
レベルが違いすぎる相手を覗き見しようとした結果だ。それも、魔術師としてもはるかに格上だ。追撃魔法をセットせずとも、防壁だけで[気絶]か[麻痺]を引き起こせる。……彼女が身代わりにならなければ、3人ともああなっていたかもしれない。
ソレを知ってか知らずか、どちらにしても仲間の危篤状態にさらに狼狽する二人。さらに俺への恐怖を募らせていた。……これ以上は、悪印象が強すぎる。
「案ずるな娘。ただ気を失っているだけだ。
[堕天使]よ、傷を看てやってくれ」
「わかりました。……【
魔法で身体をフワフワ浮かび上がらせると、堕天使は巫女姫たちの傍へと向かった。
いきなりの接近で、やはり驚かれるも……なぜか警戒はされなかった。
気絶した女性の前に着地し、その額にそっと手を触れると―――、柔らかな白光が女性へと流れ込んでいく。
【
「___お前たちが今ここにいるのは、私が【強制転移】で連れてきたからだ。『どうして?』なのかは、言う必要はないな」
味方を回復させたことで、取り戻させた精神の安定にまた、杭を打ち込んだ。
予想通りビクリッとはされるも、恐慌状態にまで陥らず。ちゃんと聞き入れてくれた。納得してくれなくても、コチラの説明責任は果たしておかないと。……ただの拉致犯罪者になってしまう。
「あそこで間抜け面をさらしているクズ共とは違って、お前たち3人をどうこうするつもりはない。……今のところはな」
意味深な付け加えに、「ヒイィッ!?」と悲鳴をあげられた、女性二人でブルブル抱き合いながら。……え、なに? いかがわしい事なんてしないから!?
性犯罪未遂なんて不名誉に、こちらこそビクつきながらも、危うい橋をかけぬける。
「……だがしばらくは、あそこの村で生活してもらう。
いわゆる『捕虜』だが、逃げ出す以外の自由は与えてやるつもりではある。……お前たちの『お迎え』が来るまでの間の辛抱だ」
また意味深な付け加えをすると、「い、いやぁぁーッ!?」と泣き叫ばれた。もはや堪えられないとばかり、彼女たちの何かが決壊してしまったかのように……。
『お迎え』と言っても、『仲間』のことなんだけど……。自分で言ってしまった手前、改めるのも慰めてやるのもできない。女性たちの泣き声は続く……。俺は最低なゲス野郎だ。
そんな気落ちしている俺とは違い、堕天使はなぜか鼻高々に嬉しそうだった。たぶん、オレの『威光』が彼女らの骨身にまで伝わり、喜んでくれているのだろう。それなのに、そんな彼女たちの精神安定剤ともなっている不思議。……天使て、やっぱりズルい。
___……もしかした俺、一生女性にモテないのかもしれない。
そんな悲惨な悟りを振り払うよう、気持ちを切り替えた。今やるべきことに集中し直す。
「___さて、待たせたなお前たち! 年貢の納時だ」
懺悔は地獄でするがいい……。そして地獄は、ここにある。
今回の主賓一行。その断罪の時だ。
「…………我々は、死ぬのですか?」
「お前たちの命だけでは、償いきれない大罪だ」
天使の法典でもそう書いてあるし……。オレの価値観/社会人の常識は、この中世風のファンタジー異世界でも、独りよがりではなかった証拠だ。
「……人間を、人間種を守るためだったのです! そのために、すべてを……捧げてきました」
「捧げた相手はどうやら、ペテン師だったようだな」
そう考えると、少し哀れではあるけど……やっぱり仕方がない。
なぜなら、
「……我々も、被害者です。どうしようもなかったのです! それなのになぜッ、我らだけがこのような目にッ!?」
「喜べ。これで本当に、被害者の一人になれる」
加害者の側に加わった時点で、もはやどんな言葉も言い訳に聞こえる。被害と加害に、曖昧なグレーゾーンなど無い。……ソレを言えるのは、魂の無い人形だけだ。
そして最も罪深く醜悪でもあるのが、そんな人形に偽装する奴らだ。―――つまり、目の前の男だ。
俺の判決は覆らず。隊長は絶望に……ヘタリ込んだ。先までの気勢が霞かのように、魂が抜け出ていく音が聞こえるかのようだった。
そんな絶望の果て、男の口から出てきた言葉は、
「___あなたは、貴方様はもしや……『ぷれいやー』なのですか?」
衝撃的な単語だった。もしやとは思っていたけど、まさかこんなにも早く現地人から聞くことになるとは……。
ソレは、俺にとって必要な情報。唯一判定を覆すに足る、取引材料に使える情報だ。……人間の生命力というのは、かくも恐ろしい引力を持ってる。
しばし葛藤させられた。
情報を脳髄から引き出すにしても、本人の同意があるか無いかでは、確度に雲泥の差がある。もちろん、極度の拷問で抵抗心は粉々にしてやるつもりだけど、同時にその記憶まで失われては目も当てられない。
答えるべきか、無視すべきか―――。決まっている。
「……だとしたら、何だ?」
興味なし―――。
奴にこれだけの引力があるのなら、俺にもあるはず。……じっくり待っていれば、いずれ向こうからやってきてくれる。
奴は俺の答えに満足いかないようだが……、構ってやることもなし。
「___貴様らに、せめてもの償いの機会をやろう」
「あ……ありがたき、ありがたき幸せですッ!」
「では、仲間同士で
一瞬キョトンとされるも、続けて『ゲーム』の説明をしてやった。
「一人だけでも良いぞ。生き延びた者は奴隷として飼ってやる。
ただ、殺し方には気をつけたほうがいいぞ。できるだけキレイな方が良いだろう。今後のお前たちの『食料』になるのだからな」
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