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王都内にある高級娼館の地下にある大広間。[八本指]の緊急会合で使われるゲストルーム。壁越しの盗聴はさる事ながら魔法的な防壁まで完備した、参加者以外に内容を誰にも聞かれることのないクリーンルーム。そうそうたるメンバーが集められている。
大円卓に等間隔に置かれている8つの席。各部門の幹部のみが座れるその席7つ/7人、全て埋まっている。半年に一度に不定期で行われる報告会以外では、これほどの幹部たちが一同に招集されることは無い。全員が集まっていることすら稀だ。こたびの緊急会合は、それだけ組織にとって緊急の大問題が起きたということ。
けれど、
「___まさかヒルマ、猫ばばしたりなんか……してないわよね?」
こんなオカマ野郎の嫉妬に付き合わなければならないとは、ただただ嘆かわしい。……コイツが今も[奴隷部門]に居座っていることこそ、緊急で解決しなければならない問題だろう。
「……説明したとおりよコッコドール。私の責じゃない。あの[死を撒く兵団]がヘマをこいただけ」
「あいつらが、内輪もめの末に殺し合って、生き残った誰かが掻っ攫った……て与太話をか?」
[賭博部門]の長/ノア・ズィーデンの茶々入れ。……精一杯凄んでくるけど、生来の小男ゆえに道化にしかみえない。となりの巨漢な護衛と比べると、ますます道化じみてしまう。
今回の『弾劾』のヤリ玉に挙げられてはいないけど/ゆえにか、ここぞとばかりに私を攻めてきた。組織で一番の収益を上げている[麻薬部門]から、少しでも美味い汁を絞り取りたいのだろう。……ハゲタカと言ってあげたいけど、ドブネズミがお似合い。
「信じる信じないはアンタら次第。私はただ事実と推察を報告したのみよ」
「お前さんの私見はクソどうでもいい。[内務部]の話を直接聞きたい」
強引にも話の水を向けられた先には、黒いフードと骸骨な仮面をかぶった陰気な塊。組織を円滑に/十全に可動させるため、怠け者と裏切り者をあぶり出し切除する。嫌われ者の[内務部]の長/[デイバーノック]。一見すると陰気な魔法詠唱者にしかみえないけど、その正体はアンデッドの
彼の正体は、いちおうここに集っている幹部たち以外には秘匿されている。いくら裏社会とはいえ、アンデッドが仲間なことに我慢ならない愚かな奴らはいる。特に元神官だったり四大神を信仰している奴らは、生命を冒涜する穢れた存在とかでアンデッドを目の敵にもしている。……私からしたら、同族嫌悪にしか見えない。
そんな特殊な身の上ながら、内務部の幹部であり続けられるのは、もちろん彼の調査能力が優秀であることに加えて、[警備部門]の長である[闘鬼のゼロ]が全面的に後援しているからだ。つまり、内務部は警備部門の配下になっている。……もっと言えば、この組織の中で警備部門に敵う武力をもっている部署はない、ということに。
そんなゼロの番犬扱いされ続けてきているデイバーノックは、やはりアンデッドゆえの無神経だからか、そんな内情など何もない/公平無私であるかのように、調査結果を淡々と読み上げてきた。
「おおむね、麻薬部が説明した通りだ。
ただ死骸の損壊具合から、人間だけでなく『魔獣のような何か』も関わっていた」
「あらやだ、食い散らかされてたの?」
「ああ。住処まで運んだりした様子はなかった」
「……奴らの中に、[魔獣使い]はいなかったはずだが?」
不審に耐え兼ねてか、[密輸部門]のクリストフェル・オルソンが尋ねてきた。……一見すると恰幅のよい大旦那だけど、一皮剥けば獰猛な熊だ。
今回わたしとともに/以上にも、吊し上げを食らっている密輸部門。唯一表でも堂々としていられる大商人な顔をもっているけど、ソレはこの裏稼業があってこその地位。代々受け継いだり奪い取ったりしてきて支配した専用の輸送ルートにて、非合法な商品や大量の金銀を自由に運んできた。『通行税』を幾らでもむしり取れる安定した収入を確保できるも、運ばれるべき商品が消失してしまうと、ご覧のとおり真っ先に吊るし上げられる。
そんな危険と隣り合わせなために、独自の調査能力/機関も確保している。いち早く状況を把握し、自分たちとって不利な証拠を消すためにも。……ただ今回は、上手くいかなった。
「その点だけは不可解だったのだが、[召喚士]が関与した魔力残滓が観測できた」
召喚士か……。たしか、異次元に住んでる異形の者達を呼び寄せる魔法詠唱者たち。ただの魔法の魔力残滓と違って、召喚と召還の際に生じさせる異次元の裂け目に魔力残滓がコベリついてしまう、他とはかなり毛色が違うものになるとか。
「そんな[召喚士]も、奴らの中にはいなかったはずじゃねぇのか?」
「いないが、雇うことはできる。……そちらの線はまだ調査中だが、使える奴はそう多くない。じきに見つかるだろう」
「なぜ、殺戮現場をそのままにした?」
今まで黙し続けていた重低音に、誰もが視線を向けた。
闘鬼のゼロ―――。全身これ武器というほどの滾り上がった筋骨。横暴な脳タリンにみえてしまうも、その猛禽か猛獣のような鋭い眼光を見たらたちどころに反転する。ありあまるほどの暴力を、完全に制御しきっていると。
力も知恵も悪意も備えた修羅。その重々しい声音に、はからずも竦んでしまった。さすがに表には出さなかったが、気位負けしているのを自覚してしまう。……他の奴らも同じような有様なのが、少しだけ溜飲を下げてくれる。
「洗浄する時間がなかったからと、推察している。あるいは、あれだけ撒き散らしておけば自分の痕跡は消えると、タカをくくったのかもしれない」
「だが、お前たちには分かった」
「……[内務部]の秘匿には気をつけているぞ」
「
ノアが嘲笑いながら差し込んできた。……その含意を、みなに知らしめてやるかのように。
また注目が、私に集まってきた。
「……それで、私が裏切ったと? その[召喚士]も私が雇った?」
「あらぁ、自白してくれるなんて、いさぎよいことねぇ」
「それ以外じゃ証拠はない、てお決まりのセリフね」
「どちらにしても、麻薬はお前の管轄だ。そこで不手際が起きた。……落とし前はつけなきゃな」
「なんで私だけ? 確かに[兵団]はよく使ってたけどさ、ソレは[警備部]の推薦があったからでしょ」
「奴らが自滅したのは、俺と警備部にとっては痛手だ。ようやく完全に飼い慣らせたばかりだった……」
何事も果断で迷いの無い冷酷な男だけど、苛立ちが見えた……。ゼロにとっても、不測な事態だった?
考えを改めないといけない。彼が把握しきれていないとなれば、真相究明に対応が割かれる。ならば―――、ためらう必要はない。
不敵な笑みを胸の内で咲かせながら、愚かな獲物を狩りにいくことにした。
「奴らに運ばせてたのは、麻薬だけじゃなくて奴隷もだったはず。確か女の死骸だけは、なかったのよね?」
「……ああ。いた痕跡だけはあった」
「最近厳しくなったのは知ってるでしょ。あんな目立つ奴らには扱わせてないわよ!」
「でも、例の戦士長の件で、上手く漁夫の利を得たそうじゃない。新鮮で足がつかないのがたんまり手に入ったはずよ」
意図的に隠してあげていた情報。どうしても[黒粉]の方に目がいってしまうので、暴露は逆に立場を悪くするだけと控えていた。でも、仲裁できるゼロが真相こそ求めているのなら、話はかわる。そして予想通り、オカマ野郎の怒りぶり/焦りぶりを露わにしてやれば、吊るされる立場も一気に変わる。
いい塩梅で罠にハマったコッコドールは、責め立てる立場から狩られる立場へとの急転に、焦りを露にしていた。それが余計みなの疑心を掻き立てるとわかっていても、とめることができないでいる。
___いい気味ね、オカマ野郎。
逆襲成功で、ようやく重圧から解放された。
来るかもしれない反撃に備えて、息を整え強張りをほぐそうとすると―――、出入り口に控えさせていた部下が足早にやってきた。場の注目を集めるのもかまわずすぐ傍までくると、「部長、徴収係から緊急連絡です」と耳打ちしてきた。
「おいおい! 内緒話とはいただけないね」
その通りだが、無視して聞いてみると―――、思わず目を見張ってしまった。
「___本当なの?」
「……はい」
信じられない……。信じたくない。なぜこんな最悪なタイミングで?
焦燥感が一気に溢れてしまうも、押さえつけた。目ざとく見られたかもしれないが、もうそっちには構っていられない。
席から勢い立ち上がると、ゼロに向かって、
「___ゼロ、兵隊貸してもらっていい? ミスリル級以上の活きのいい奴を二人」
「……少し値が張るぞ?」
「いいわよ。後で兵隊にもたせる―――」
「どこに逃げようていうの?」
オカマ野郎、こんな時に……。『逃げた』なんてことにならないよう、わざわざ公然とゼロから兵隊を借りたのに。足を引っ張ることしか脳がないクズめ!
罵倒が喉まででかかったが、そんな暇もない。……逆にエサを与えてやることにした。
「[農場]の一つが反旗したの。現場の兵隊だけじゃ対処できないみたいなんで、鎮圧してくる―――」
教えてやるや、また責任の押し付け合いやら足の引っ張り合いに巻き込まれる前、会議室から出て行った。
―――
……
勇んで出て行ったことを今、激しく後悔している。
『___なるほど。よもやここまで愚か者共が蔓延っているとは』
目の前の狂信者めいた集団に、かき集めた精鋭たちがことごとく無力化させられてしまった。
黒と赤の毒々しい/見たことのないデザインのカソックに身を包んだ、おそらくは何らかの邪神を崇拝しているだろう一団。誰の瞳もアンデッドめいた黄褐色で、その額には外科手術痕のような荒っぽい縫い目が刻まれている。さらに、集団の長であろう男の顔面半分はひどく焼け爛れており、見ているだけでも不快な腐臭を漂わせてくる。そして爛れた側の瞳は、爬虫類じみた瞳となっていた。
『嘆かわしくも哀れなもの共。確かにアインズ様の仰るとおりだ、もはや嬲り殺すだけでは足りない。足りなすぎる……』
長の悲痛に耐えるような宣言に、部下たちも同じ想いだと大きく頷いた。
背筋が凍り付いた。思わず悲鳴が漏れそうになった。地に伏せられたコチラの部下の中には、情けない泣き声を上げたものが出ていた。……非難はできない、いっそ泣き喚ける方が羨ましいくらいだ。
全身黒鉛色の金属質な外見の悪魔たち。おそらくは狂信者共が召喚したシモベなのだろうけど、見たことも聞いたこともない。そもそも素人目からでもわかる、そのシモベ悪魔たちは召喚者と主従契約を結んでいないと。どちらも同列か、召喚者こそ悪魔たちが地上に降りるための媒介に成り下がっているとも。あるいはただ、今は二つに分かれているだけ/一心異体になっているとも。
それほどありえないぐらい、強力すぎる。連れてきた子飼いの部下たちは少なくともゴールド級で、懐刀の司令官はオリハルコン級だ。ゼロから借り受けた傭兵たちすら歯が立たず。全員ギリギリ殺されずに無力化させられている有様。
もちろんそれでも、善戦はした。特に司令官は、悪魔を一刀両断してみせてくれた。殺せる相手なのだと皆に知らしめたのは、大いに勇気づけられた。―――しかし、そんな悪魔どもよりも恐ろしい敵が、控えていた。
『地獄では生ぬるい。みな等しく
「はい! 私めもようやく、アインズ様の
豊かな金髪と白磁の美貌。その肢体はどんな苦行僧すら戒律をかなぐり捨てる、神が造形したとしか思えないグラマラスさだ。元高級娼婦で美人など見飽きてきたけど、嫉妬すら沸かない。羨望することすらおこがましいと恥じ入ってしまうほどだ。この血まみれの絶望の中、いっそう輝いて咲き誇る大輪の華。
男たちは皆、身に受けた苦痛と迫り来る絶望の終わりの中、彼女の美貌へ縋るように/食い入るように熱い眼差しを向け続けている。彼女こそ、自分たちの手足を千切り溶かし、惨めな人豚へと変えた張本人であるというのに。……人間ではない、異形の化け物だというのに。
その足元で一人/最後まで抵抗してくれた司令官が、頭蓋骨を切り取られ生々しい脳髄を暴かれている。そんなヨダレまみれの白痴のようになってしまった彼を、愛し子のようにやさしくその腕で抱きしめあやしている姿だけは、聖母のように見えてしまうからだろう。……情報を/魂すらも一滴残らず搾り取るために、そこまでできる異形の者共。
「……あ、あんたらはいったい……何者なんだい?」
最後の矜恃、というわけではない。もはや気骨は粉々になっていた。ただ、これから殺されるにしても/善悪も何もかも無視して、名前だけは知っておきたいだけ。
とうてい望めることでも、そもそも理解できる存在とも思えなかったが、しかし……予想に反して馴染み深い名前がでてきた。
「___法国の六色聖典が一角、陽光聖典のニグンだ」
「へ? よ、陽光聖典ッ!?」
なぜ奴らがこんなところに? ……いやそもそも、本当に陽光聖典なのか?
悪魔じみた笑みから一転、どういうわけか厳しい神父然な顔つきになった長。そう名乗ると、
「帰って八本指の仲間に伝えるがいい。
この村は我らが預かった。返して欲しければ軍隊でも引き連れてこい、とな」
部下に合図をおくり、押さえつけていた五体満足な私の部下を二人、解放してくれた。……戦闘員ではなく現場監督/農場内のスパイ、ただの使い走りだから人豚は見逃されたのだろう。
使い走りは戸惑いながら、腰が抜けた体で後ずさる。本当に解放してくれたのだと理解するや、「ありがとうございます!」とたちまち逃げ去っていった。
そんな無防備かつ必死な背中に、「【
使い走りは矢に腹まで貫かれ/鮮血を噴出させながら、いったい何事かと驚愕しながらその場に倒れ……絶命した。
「なッ!? なんで……?」
『___すまないな、気が変わった。君らは一人も逃げることは許さない』
ニグンと名乗った長はそう言うや、悪魔じみた酷薄な笑顔へと戻っていた。爛れている方の瞳も、いっそう輝いているようにも見えた。
あまりにも意味不明かつ理不尽な行動に、微かに残っていた希望が砕かれてしまったのが分かった。……言葉が通じてもルール無用の強者には、どんな取引も無意味だ。
悟るや自然と、体から力が抜け落ち……目尻から涙がこぼれ出ていた。まるでこの体/沈没するしかない舟から、逃げ出そうとするかのように。
無気力で呆けていると、ニグンが近寄ってきて、私の顎をつまみ上げては覗き込んできた。
「女か……、少々年増だが、ちょうどいい。部下たちも大いに溜まっているからな、相手をしてもらうか」
また顔つきが変わっていたニグンだが、向けられた視線は大いに馴染みあるものだった。……獣欲に染まった、ケダモノの視線。
はからずもビクリと竦み上がった。まるで生娘に戻ったかのように怯えてしまうと、次にはなぜか……火照ってきた。向けられている視線から、目を離すことができない。
認められない混乱を振り払うためにも、
「ぜ、全員を……一人でかい?」
「不満か?」
強権的な理不尽な態度に、いつもなら反発心が沸いてくるのに/そうやって生きてきたのに……なぜかいっそう火照りが高まっていく。
呼吸まで苦しくなり、反発できないでいると、
「安心しろ。我らは回復魔法を心得ている。少々の傷ならすぐに治してやれる。数が多いので不眠不休になるだろうが、ここには最適な疲労回復薬がたんまりとあるのでなぁ」
そう嬲るように言うや、懐からだした黒粉を見せびらかしてきた。
ゾクリと背筋が凍る。どういう意味か/末路を辿るのか分かった……はずなのに、火照りが顔面まで赤く染めてきたのがわかった。少しでも冷静でいなければならないのに、高熱でふやけてきてしまう。
「なぁに、すぐに極楽浄土へ昇天できるさ。お前たちがそこへ送ってきた幾万もの人々が、やさしく迎えてくれることだろう」
そしてお前も、これからやってくる者達を出迎えることになるだろう……。
その不気味なはずの光景はなぜか、天上の楽園に思えてならなかった。ようやく俗世の苦しみから解脱し、羽化昇天した先にある天国。そこに連れて行ってくれるのならば、何を犠牲にしても後悔はないと。
冷静であった部分こそ、切除すべき病根だった。「目を覚ませバカ女!」との内心の罵倒は、なんとも耳障りな声音か。先の醜い搾り汁とは別、滂沱の涙と呼んでも良いものがあふれでてきた。
「それでは、コチラの殿方たちは、不肖わたくしめがお相手いたしましょう」
金髪美女ソリュシャンがそう言ってあげると、男たちも目の色を変えていた。絶望から一転、法悦にみちみちた顔つき。……おそらく、今の私と同じだ。
『おっと、やるにしても原型は留めておいてくれ。
この女一人では後ががつかえてしまう。男同士であっても、発散することはできるらしいからね』
またニグンが悪魔顔に戻ってそう言うと、火照りが脳天まで達したのがわかった。その横顔を見ているだけで、もう……気絶しそうになっている。
もはや言い訳できない。私は今、この悪魔に恋をしてしまっているのだと。
「差別はよくない。ここに集っているモノたちは、大なり小なり甘い汁を吸ってきたものども。……みな等しく、極楽浄土へ送ってやらねばなるまい」
また戻った神父顔も、素敵だ。かつては大嫌いなものだったけど、あの悪魔顔と一緒であれば、相乗効果でか大大ダイ好きになれる。
体だけでなく心まで蕩けているのが分かる。こんな状態ではもう、黒粉の中毒など何ほどでもないはず。
◆ ◆ ◆
「___どういうことなんだ、ゴウン殿?」
先までデスナイトだったアンデッドに問いただしてみると、かざされた手で止められた。
『その前に、
【
聞いたことのない魔法の詠唱。しかし、込められている魔力の凄まじさは肌で分かる。より知識がある蒼の薔薇の二人も、目を丸くしているところから言わずもがなだ。
発動するや、鈍色に輝きだした地面から石造の円塔がそそり立ってきた。グングン伸びていき、倍ほどの背丈で止まった。
そうして出来上がったのは、王宮の庭園でしか見られないような、幾本もの石柱で支えられた憩い場のベンチだ。まるで大理石かのように磨きぬかれ、継ぎ目も見当たらない。中央には、鏡のような円形テーブルまで用意されている。
唖然とするしかない大魔法だが、当の本人は不満そうに眉をひそめていた。
『やはり、シモベを経由してしまうとこの程度になるのか……』
ボソリとつぶやかれた不満は、蒼の薔薇ともどもあえて無視した。……あまり追求しないほうが良いこともある。
『申し訳ない。遠来の客人は館にておもてなしすべきですが、この【DK-01】にはここの門番の役目がある。邪性が強すぎるので、村の中に長い間入れるわけにもいかない。ここで許されよ』
どうぞ……。作り上げたベンチへと勧められた。
意を決しておそるおそる入って、座ってみると……確かな感触、幻覚でないと分かる。二人も驚きながらも入り、腰を下ろした。……あの豪胆なガガーランでも、驚きのあまり静かなままだ。
みな着席すると、何処からともなく陶器製だろうポッドとカップを並べると、器用に注ぎ入れていった。……あの破壊しかできなそうな手で、よくもまぁ。
半透明な赤茶色の液体。ほのかに湯気が立ち上っていることから暖かい飲み物。広がる芳しい香りに、見覚えのある飲み物だと直感した。けど、無骨な身ゆえだろう、どうにも名前が浮かんでこなかった。
そんな俺とは違って彼女たちは、「良い香りの紅茶ですね」とテイスティング。ガガーランも察してはいるようだが、警戒してか手を付けようとしない。ホストのアンデッドも、あえて勧めはしてこなかった。
「ガゼフの旦那。コイツがその……アンタを助けたていう、謎の魔法詠唱者かい?」
『んん? なんだガゼフ殿、私の紹介はしてくれてなかったのか?』
嗜めるというよりも面白がりながら、回されてきた。
陛下への返事をみた前提で、話をすすめていた。でも互いに初対面なのが、公式見解だ。まず俺が紹介しなければ、会談は始められない。……うっかりしていた。
そんな無作法をカバーしてくれるかのように、ラキュースが継いでくれた。
「それでは、あなたが例の……[アインズ・ウール・ゴウン]さんで、よろしいですか?」
『アインズだけで結構ですよ、[ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ]殿』
正式な貴族名を告げられて、目を丸くされたが、苦笑気味に「ラキュースだけでいいですよ」と。……自分を冒険者ではなく、貴族として扱われたと思ってしまったのだろうか。
どうして彼女の生い立ちを知り得たのか、不思議ではあるが納得はできた。……いつか教えてくれることを、切に望む。
「アンタが良いて言うなら、構わねぇが……。初対面にしちゃ、ちょいとフレンドリー過ぎる気がするぜ」
『んん? ……あぁ、そうでしたね。失念してました。
私の名には、家名や爵位名など含まれておりません。長いですがひと続きの名前なんです』
「そうだったのか?」
思わず差し込んでしまうと、みなの注目を集めてしまった。……出してしまった以上、継ぐしかない。
「……なぜ私には訂正を求めなかったのだ?」
『どちらでも構わなかったので、呼びたいようにさせれば良いと。後で意味するところに気づけたのですが、今さら直させるのも憚られたので』
時期を逸しただけです……。確かにその通りだ。自分の不注意が招いた誤解だった。
「まぁ細かいことはいいじゃねぇか。旦那は『ゴウン殿』で、あたしらは『アインズさん』でな」
『ありがとうございます、ガガーラン殿』
「『殿』はいらねぇよ。こう見えて私は女なんでな」
『……これは失敬。ラキュース…さんにも、ご無礼なことをしてしまったようです』
軽く頭を下げられると、ラキュースの方が慌ててしまう。
「別に無礼というほどじゃないですよ。女性にも使える敬語です。ただ、冒険者の中ですとあまり使わないだけですよ」
『一般的にはあまり使われない、ということですか?』
「は、はい。というか、使うような人がいないので、自然と男性のみに使う敬称だということになってる……はずです」
『それでは王国は、女性の社会進出があまり進んでいない、ということですかな?』
話が思わぬ方向に飛び、ラキュースはどう答えればいいのか困惑気味に。……まさか社会問題を問われるとは。
王国の女性の代表でもある彼女たち/蒼の薔薇の意見は、大いに聞いてみたい。興味深い改善案がでてくるはず。が、今ではないだろう。
「……ゴウン殿、話の方向が少しズレてしまうので、いったん脇に置かせてもらってもいいか?」
『おっと! また失敬なことをしてしまったようですな。
魔法は、男性より女性の方が使いこなせるはず。なので、男女の不平等は是正されていると思ってしまったのです』
初耳……ではない。市井でよく噂される/出処不明な仮説だ。魔法詠唱者を粗末に扱ってきている王国では、証明作業もできていない。教育機関が完備されている帝国は証明しているのかもしれないが、俺の耳にまでは届いていない。
いつ統計をとったのだと、聞いてみたくはあるが……、凄腕の魔法詠唱者かつアンデッド/エルダーリッチである彼だ、受け継がれてきた知識か何かなのだろう。
「アンタが思ったよりも紳士的な奴だてことは、よぉく分かった。ただ、できればシモベ越しじゃなくアンタ本人の顔もみせてくれたら、あたしらの方こそ『殿』をつけてもいいほどだ」
『……申し訳ない。その名誉は次で頂くことにしましょう』
「ガードが固いねぇ。それとも、ただの恥ずかしがり屋かい?」
『両方です。私のような[ネクロマンサー]は、あまり人から好まれませんので』
「そこんところは気にしなくていいぜ、あたしらの先輩もネクロマンサーだしな」
『それでは、恥ずかしがり屋な事実だけが残ってしまいましたな』
ハハハと朗らかな笑いがあがる。ガガーランもニヤリと笑みを浮かべるも、目だけはしかと内心を暴こうと鋭いまま。
そんな緊張にみちた腹の探り合いは、しかし……すぐに終わった。
「___まぁいいさ。土産持参で来たわけじゃなし、『次』があるていうのなら、その時に期待させてもらうよ」
『ご期待に沿えるよう、努力しましょう』
たがいに挨拶をすませると、ガガーランはカップを手に取ると、ぐびりと一杯飲みだした。……普段の彼女とは思えないほど、丁寧な飲み方。
カップから口を離すと、「こりゃ今まで飲んだ中でも一二を争う銘茶だね」と激賞を添えた。
彼女の歩み寄りのおかげで、ようやく場の緊張が解けると、
『___それでは、私から聞きたい話は、そちらの……覚せい剤についてでしたな』
奇妙な呼び名に首をかしげるも、彼女らが持ってきた麻薬のことだと察する。
「そうだ。……貴殿の仕業なのか?」
『そうです』
ハッキリと明言された。
否定して欲しい気持ちが、少しはあった。けど同時、彼以外にはありえないだろうとも。……なぜか裏切られたような気分にさせられる。
「……なぜ、そのようなことを?」
『覚せい剤に関する全てを、牛耳るためです』
また予想通りに、とてつもない宣言をしてきた。
「麻薬王にでもなろうて、ことかい?」
『過程としてそうなるでしょうが、目的はもっと先にあります』
「……目的とは?」
『まずは、八本指ならびに利権をもつ全ての者たちから、奪い尽くす』
「何のためにそんなことを?」
『人の手には扱いきれない危険物だからです。特に、愚か者どもの手には』
ぞくぞくと、和んだはずの空気が冷え込んできた。……彼のテリトリーだ。
「アンタならできるのかい?」
『ご存知のとおり、貴女がた以上には』
ピキリと、亀裂が走った音が聞こえた。……幻聴ではあるのだろうが、確かに聞こえた。
しかし、当の本人はなに食わぬ涼しい顔。もしも紅茶が飲めるような体ならば、一杯口に入れていたのかもしれないほど
「ですが、これほどの強力な薬では……、状況を悪化させてるだけでは?」
『依存患者についてでしたら、ご心配なく。受け入れる用意があります』
「治療できる、てことですか!?」
『中毒からの脱却ということでしたら、本人たちが望まない限り不可能でしょう』
「それじゃ、『収容する』てことかい?」
『いえ。有効活用しますよ、[召喚術]を会得させるために』
予想外の新情報に、顔をしかめざるを得ない。
「……麻薬中毒と[召喚術]に、何の関係があるのだ?」
『覚せい剤の中毒状態というのは、魔力の源泉と異形種が住まう異次元と強く繋がっている状態でもある。運動機能や思考活動を停止させる代わりに、全身をアンテナに変えるのと同じ様なのです』
魔法詠唱者独自の考えなのか、頭がこんがらがってきた。……何を言ってるのかサッパリだが、とにかく関係はあるとのことか。
しかし、
「……そんな話、聞いたこともないぜ?」
『私もはじめは、そのような反応でした―――』
言い終えるやいなや、その視線が背後に向けられた気がした。
思わず誘導されてしまうと、その先に映っていたのは、
「___ゴウン殿、この[伝言]というのはなかなか……、慣れぬものですな」
側頭部をトントン撫ぜながら/苦笑まじりに村からやってきた、戦士団の副官の姿。
「……どうしてここに?」
『お呼びだてして申し訳ない。ですが、副官殿以外はまだ、安定しておりませんので』
「召喚自体はできてますが、何ぶん私と違って命令するのに慣れておりませんからな。上手い具合に動かすことができんだけです」
話が通じ合っている……。奇妙すぎる関係に、焦りが沸いてくる。
『実演をお願いしても、よろしいですか?』
「ここで、ですか?」
「待て!? ……いったい何をさせるつもりだ?」
今日の夕飯についてのごとく気軽さに、思わず耐え切れなかった。席からも立ち上がり、アンデッドを凄んでいた。
しかしやはり、全く気にすることなくむしろ、
『副官殿は会得することができたのです、召喚術を』
懸念が現実のものになってしまった……。なんてことだ。
よろめきそうになるも、二人はあっけらかんとして、
「といっても、まだ自力じゃ難しいんですけどね。……[黒粉]の方、使わせてもらっていいですか?」
『無理せずに、[雪粉]でも良いですよ』
「いえいえ、今日はまだ一度も召喚してないんで、黒粉だけで十分です」
「何を言ってるんだ二人ともッ!?」
思わず怒鳴り声を上げていた。ビリビリと、この憩い場全体が微震してしまったかのほど。……蒼の薔薇たちにも、驚かせてしまった。
しかし、一番叱りつけたい輩は平然と、むしろ真正面に向き直ってくると、
「ご安心を、戦士長。危険はありません」
「し、しかし―――」
『万が一中毒になってしまったら、私が【
そういう問題じゃない! よりにもよって俺の部下に、麻薬などに手を染めさせたことを怒ってるんだよ!
確かに、【解毒】すれば中毒症状からは回復する。しかし、麻薬の悦楽を知ってしまった。一度手をつければ次につながる。不快な症状がなければ、その次が早くなるだけ。【解毒】は依存性までは治せない、どんどん堕ちていくだけだ。……部下たちの意志力は信頼しているが、それでも麻薬とは関わらないに越したことはない。
「……ガゼフ様、私も使えますので、万が一のことが起きたのなら必ずお助けします」
「すまねぇ旦那。『実演』とやらを見させてくれ」
蒼の薔薇たちまで……。焦燥のあまりか、彼女らにも怒りの矛先が向きそうになった。平静でいられない。
全員が俺の動向に注目してくる。……わかっているさ、認めるしかないことは!
怒りを無理やり収め、また席に座り直した。
それを了解と受け取ったのだろう。場を仕切り直すように/あえて気楽に、懐から取り出した黒粉を手に取ると、
「それじゃ、いきますね―――」
ゴクリ……。飲み干した。
かなりの一気飲みだ。間違いなく強烈な反応がくるはず。
「煙管を使った方が、少量で長持ちできてトリップ感覚も少ないですが、下腹から魔力を絞り上げるのに手間がかかる。その点直飲みは、繋ぎも魔力生成も即効で―――、ゥッ!」
キタァーーッ!―――。急に雄叫びを上げると、目尻がかっと見開かれた。血走ったかのようにもなる。
「お、おいッ!? 大丈夫かッ!」
『お静かに、今からです―――』
パンッ! 叩きつけるように両手を握り締め合うと、
「【
詠唱の叫びとともに、副官の頭上より異次元の/七色を秘めた漆黒の扉が穿孔した。そして、大きく抉り開かれたそこから―――、見たことのある天使が降臨してきた。
麗白な体躯/鎧と巨大な白い翼、片手に円盾をもち、もう片手には炎をまとった騎士槍。
「こ、これてまさか……
「間違いねぇよ。……おったまたげたぜ」
俺の方も、腰を抜かしそうになっていた。唖然として、かつて苦しめられた炎の上位天使を仰ぎ見る。
『素晴らしい! もう黒粉でも、できるようになれたのですね』
「まだ二体目は難しいんですが、一体だけなら―――このとおりですよ」
副官が指先で何かの指示をおくると、それに従ってすぐ天使が動いた。明らかに自然では取らない動きだ。
偶然とは思えない。意図して/完璧に、操っているのが見て取れる。
「___お前には、魔法の才能は……なかったはずだが?」
「はい戦士長。やっぱりコレ以外の魔法は使えないままですよ」
『私が知っている召喚魔法とは、また別のモノらしいのです』
その説明を証明するかのように、腰の剣を抜くと、
「【
また別の詠唱の直後、かざした剣が燃え上がった。……焼かれているのではなく、炎を纏っている。
「天使の力を……、自分のモノにしてるの?」
「私の場合はコレと【火球】に似た魔法だけですが、部下の中には天使の鎧や盾をもってきたり、翼をもってきたりできる奴らがいますよ」
「【
「いえ、さすがにそこまで自在にはできてないです。【
でもいづれは、そこまで使いこなしてみせますが……。胸を張りながら、さらなる発展の余地まで語ってきた。
『薬によるバフ…助力も大いにあるのですが、あの陽光聖典たちとの戦闘経験も大きかったようです。召喚に最適な天使をハッキリと見分でき、繋がりやすくなれた』
「確かに、使える天使て言ったら、コイツらが頭に焼き付いてましたからね」
当時のことを思い出してたか、苦笑を浮かべていた。
「そういえば、酩酊状態には……見えませんね。意識もしっかりしてるご様子」
「コイツを召喚するか[代行者権限]を使えるような状態をキープできさえすれば、ハイな状態はほぼ消え失せますね。飲用後の副作用もほとんど無くなります」
『天使たちの好物なのですよ、その黒粉に大量に含まれている【聖性】が』
また知らない情報だ……。けど、聞き出すだけの気力が湧いてこない。
『彼らがこの地上に降臨し活動するためには、知的生命体…人間に仲介してもらわないとならない。しかし彼らが欲しいのは、地上に満ち溢れている[聖性]。芥子は大地から大量のソレを徴収し濃縮・エキス化までする。が、直接芥子から摂取することはできない。自分たちが摂取するには、召喚者に摂取してもらうしかない』
つまり中毒患者は、天使たちにとって甘い蜜が滴るほどある塊。呼び寄せなくとも自分からしゃぶりに来てしまうほどに。本来は住む場所が異なる人間と、繋がりを結ぶほどにも。
「……それじゃ、こっちの[雪粉]は、その聖性とやらをもっと抽出できたモノ、てことかい?」
『製法は教えかねますよ』
目を瞬かれると、すぐに「なんだいケチだねぇ」と高笑いを返してきた。……何が面白いのか、よく分からない。
がっくりと……消沈していたのだろ。一人だけ場の空気に馴染めず沈鬱になっていると、
「___戦士長。黙っていて申し訳ありませんでした!」
副官がいきなり、頭を下げてきた。……釣られてか、天使まで頭を下げてきた。
おかしな空気になる前に戻すと、続けて溜めていた想いを吐露してきた。
「我ら一同、先の戦いで思い知らされたのです。我らは戦士長の……足でまといでしかなかったのだと」
「そんなことはないッ!」
「……戦士長ならそう言ってくださるとも、分かっていました」
その以上は、言い返せなかった。……言い返してやれなかった。
どれだけ言葉を尽くしても、埋められない実力差。たゆまず努力を積み重ねても、簡単に圧倒してくる天賦の才。認めてしまえば楽になるのに、心が代価なら諦めきれない。……後者である自分には、副官たちの絶望を真には汲み取ってやれない。
「どうしても力が欲しかったのです。横に並べれるなどとは高望みなどしません。せめて、足でまといにだけはならない力が、戦士長が振り返らず前だけに集中できるようになれるだけの力が―――」
それでも腐らずにいられる彼らが、眩しかった。自分もそうあらねばと、驕りと怠惰を振り払わしてくれる。……頼りがいがあるよう示し続けてきたが、実は俺こそ依存していた。
「アインズ殿の提案は、我らにとって渡りに船。私も含め皆、すすんで賛同させてもらいました」
力強く宣言する彼に、迷いはない。やっと見出すことができた、越えられなかったはずの絶壁の架け橋。……手を出すなという方が、酷なことだろう。
『彼らに何かの代償を求めてはいませんよ。私にとっては、この結果こそがなによりの報酬になりますので』
「……その言葉、信じて良いのだな?」
『もちろん。
強調された言葉のおかげで、曇りが晴れることはなかった。……人間ではないアンデッドの彼は、いつも人間の想像を超えてくる。
求められずとも、払わざるを得なくなる。いつかは分からないが必ず、予想もつかない/取り返しのつかない大事を。……もう導火線に、火が付いてしまった。
「___とりあえずアインズさんが、ただの愉快犯でないことはわかったよ。患者の今後も大いに考えてくれてるてこともな。
ただ分からねぇのは、『なぜ』てところだ。……ソレがアンタにとって、何の利益になるんだい?」
気のなさそうに問いかけるも、その実は一番聞き出したい問。
誰もが注目し答えを求めてくると、
『そこに、病に冒されて死にそうな人間がいる。自分には、ソレを治療できる力がある。病人が犯罪者でも親の仇でもなければ、治療するのに何のためらいがあるのですか?』
あまりにも真っ当すぎる答えに、返答のほうが窮してしまった。……彼がアンデッドだと分かっている俺でも、二の句がつげなくなった。
「……金儲けてのは、考えてないみたいだね。地位とか名誉が欲しいなら、ちょいと宣伝が足りなすぎる。ただ、いくら自慢な治療技術があるからて、よく分からねぇ犯罪組織に真っ向からケンカ売りまくるてのは、やり過ぎな気がするね」
『問題は個人的ではなく、社会…国家的しいては歴史的でもある。大規模かつ根が深い大問題ですので、方々でケンカになるのは仕方がないことかと』
「なぜソレを、アンタがやるんだい?」
『誰もやっていないからです、本気では』
あっさりと告げた言葉に、また場が凍りついた。
「私たちの依頼者でもあるラナー王女は、この問題をかねてより解決しようと尽力してますよ」
『聞き及んではおりますが……、ヌルいですな。本気とは到底思えません』
侮辱ではなく、事実をそのまま告げるかのように。……それが最大級の侮辱だと、知ってか知らずか。
「……確かに、そのように見えてしまうでしょうが、武力も財力も人材もあまりにも限られているからです。……貴方のように、持ち合わせてはいないのです」
『だが命は、持っていますよね?』
予想外の言葉に、ラキュースは固まるしかなかった。
『倒すべき敵が、強大かつ悪知恵まで備えているのなら、小賢しく立ち回ったところで何の解決にもならない。いやむしろ、相手にさらなる力を与える有害さすらありえる。
命は、誰もが持ち得る、唯一にして絶対の価値あるもの。悪徳に染まっている者共なら、なおのことソレしかない。そんな命を燃やさずして、奴らにどんな痛恨を与えられましょうや』
「そんなのはッ! それは……、理想論です」
思わずか飛び出た怒号に、驚かされた。よく知っている仲間であるガガーランすら、目を瞬かせていた。
恥じ入るように目を泳がせるも、もはや出したものは戻せない。意を決してか、彼へ向き直るも……、また明後日の言葉がぶつけられてきた。
『死ぬのは恐ろしいのですか? 確かラキュースさんは、【死者蘇生】を使えるはずですが?』
「そういう問題ではありませんッ! そんな簡単には―――」
『生命力が足りない者は蘇らせられない、ということであるのならば、[アンデッド化]させればいい。ソレで戦い続けられます』
平然と続けられた言葉/[アンデッド化]に、ラキュースは今度こそ絶句させられていた。
『異形になることを、怖れるべきではない。体や心がどれだけ変容しようとも、魂の崇高さは無くならない。必ずやその魂に相応しい形と力が得られる。
人間であることに限界を感じてしまったのなら、異形となって大事を為すべきです』
淡々と告げられた言葉に、誰もが……黙らされた。
改めて気づかされた。かの法国のように、人間至上主義では無いと思っていたのに、自分が人間でなくなることをこんなにも恐怖していたことに。人の姿形から異形になることを、こんなにも忌避していた事実に。……アンデッドになってまで、戦い続けられないのだと。
「……そんなご大層なことを言えるてことは、アンタも……異形なんだね」
確信にみちた問いに、俺のほうがドキリとしてしまった。……まずい、これでは俺がバラしてしまったようなものだ。
彼は答えず、ただ不気味に微笑むだけで、
『___聞きたいことは、以上でよろしいですか?』
会談の終わりを告げてきた。
誰ももはや、彼から何かを聞き出すことができない。力量の差ではなく、気位の高さにへし折られてしまっていたから。……もう対等な関係では、無くなっていた。
それでも、お互いを仲介してしまった義務だ。
「___ゴウン殿。麻薬問題だけで終わるつもりは、無いのだな?」
直感でしかなかった問いにも、やはり答えることはせず。……しかしソレが、答えよりも答えだった。
ゆったりと席から立ち上がると、
『蒼の薔薇のお二方。これからより騒がしくなると思われますので、身辺には十分にお気をつけください』
ホスト自ら、帰還を促してきた。……当初は無礼を気遣っていたはずなのに。
憮然と(ラキュースはなぜか悄然と)しながら、もはや立ち去るしかない。
席から立ち上がり、別れを告げられる―――前に、
「___頼もぉー! ここにガゼフ・ストロノーフ王国戦士長殿が滞在していると聞きましたが、どちらにいらっしゃいますかー?」
馬に乗ってきた見知らぬ男が、大声で俺を訪ねてきた。
一目見分しても、全く知らない相手……。しかし、その馬の首にかけられている独特なエンブレムと背中にくくりつけてる旗から、『配達屋』だと分かった。街から街へ早馬をもってして、郵便物や手紙/伝言を届ける仕事。
また王都からの使いかと思ったが、そんな雰囲気でもない。市井の配達屋ではなく王宮専属の早馬を使うものだ。……誰が依頼主だ?
「……俺がガゼフだ」
「おぉ!? まさか真っ先に出会えるとは……」
「何のようだい?」
興味本位か/デスナイトへの注意を逸らすためか、ガガーランが首を突っ込んできた。
配達屋は馬から降りると、大事そうに懐から手紙を取り出し、
「コチラの果たし状を、とある剣士殿から預かりました。貴方様にお渡しして欲しいと」
受け取らされた手紙は、貴族からではないとすぐに分かった。
達筆とは程遠い悪筆。ギリギリ解読できる文字なれど、書き手の力強さが滲み出るほどほとばしっているのが分かった。
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長々とご視聴、ありがとうございました
今話ででてきた「覚せい剤」の使用法は、筆者の妄想に過ぎません。実際に天使と通じれる科学的証拠はなにもありません。……くれぐれもお気をつけてください。
感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。
ゲーム時、誰でも使えたであろう「ファストトラベル」機能。転移後世界ではどのような扱いがベスト?
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使用不可
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プレイヤーと共に転移した拠点のみ使用可
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イメージできれば転移後の街でも使用可
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独自の転移系魔法の一種として変化