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バハルス帝国・帝都アーウィンタールの王宮内、その一角にある皇帝専用の政務室にて……、生ける伝説たる魔術師の狂喜が噴出した―――
「___で、デスナイトッ!? デスナイトですないですとぉッ!?」
[フールーダ・パラダイン]。齢258歳という人間の寿命をはるかに超えた長寿を成し遂げた、バハルス帝国の主席宮廷魔術師にして、第六階位の魔法を使いこなせる世界に数えるほどしかいない逸脱者の一人。完成させた不老長寿の大魔法により、人間種でありながら寿命を克服してみせた。
ただし、老化を完全に駆逐できたわけではなかった。背丈の半分程にまで伸びている白髭、背筋も雰囲気も矍鑠とはしているが、その顔に刻まれている深いシワは老人のソレだ。黙って立っているだけでも大賢者と言えるほどの風格を醸し出している。実際にこの帝国において、そう称賛できるだけの業績を作ってもきた。―――そう、こんな状況でさえなければ。
「落ち着けジイ! まだ確かな情報じゃない」
興奮して鼻息荒く/目まで血走ってしている姿は、帝国民には決して見せるわけにはいかない……。こんな、魔法フリークスなドン引きな姿は。
ただいつものことなので、お座なりになりすぎないよう宥めてやるのみ。
「王国の王宮内にしかけた[魔導盗聴器]と、スパイ達からの情報です。
ガゼフの部下、王国戦士団の伝令がランボッサ王にそのような単語を告げたとしか……」
「それだけでも十分じゃ! 王国が、しかも戦士団などが『デスナイト』の名を出しただけで、もう確証に近いでしょうに」
鼻先がくっつけられるほど、『ワシに調査に行かせろ』と訴えてくる。……一応はまだ己の立場を理解して自制できている様子だが、鬱陶しいことにはかわりない。
理屈は通っているし、恩人でもある爺の好きにさせてやりたい気持ちはある。だが『皇帝』としては、安易に許してやることはできない。
どうやって言いくるめるか? フンフンかけられ続ける鼻息プレッシャーに眉をひそめながらも、考えを巡らせていると、
「陛下、そのデスナイトというアンデッドは、どれほどの強さを持っているのですか?」
我が懐刀である帝国四騎士の一人。[レイナース・ロックブルズ]、通称『重爆』。誰もが目に留めようとしてしまうほどの白皙怜悧な銀髪美女。なれど、その顔ばせの半分を常に厚い黒布で隠している。その隠し布を取れば、どれほどの芸術品を拝めるのか心躍らせることだろう。……事情を知らぬ者たちならば。
いつもは喋るのが億劫とばかりほぼ寡黙を貫くのに、今日は口火まできってきた。奇妙なことなれどありがたいことでもあったので、乗ってやることにした。
鼻先に迫り続けている魔法狂いジジイに、「説明してやれ」と促した。
逸りすぎる心をそらされ顔をしかめてくるも、周りも同じような疑念を持っていると察してだろう。ため息を隠しながら説明を始めた。
「……野放しにすれば、この帝都であっても3日ほどで落とせる。ワシであっても、ギリギリ一体は抑えつけれる凶悪さじゃ」
「えぇッ!? ……マジですかソレ?」
帝国四騎士の筆頭、[バジウッド・ペシュメル]。通称『雷光』。その名を示すような鮮やかな金髪は、皇帝たる俺と似てはいるが、その出身は帝都のゴミ溜めに近いスラム街だ。若造の頃はその生来の体格の良さもあってか、盗賊団の一員のような悪業で生計を立てていた。しかしながら、あるとき改心/スラムでの限界を感じて一念発起。帝国軍に身を投じた。その後はメキメキと実力と頭角を現してきて、ついには俺の目に留まった。
四騎士筆頭への任命の前から、貴族社会での礼儀作法はキッチリと身につけさせた。臣下たちが見ている前ではキチンと主従の礼儀を示すも、今のような身内だけの会議ではいつもの快男児たる奴の本性がでてくる。俺もそのような無礼講を許している。
「単体の強さならば、あのガゼフと互角かソレ以上じゃろう。だが真に恐ろしいのは、切り殺した生物を自分に従うアンデッド[従者の動死者]に変えてしまう異能じゃ―――」
そのアンデッドが殺した生物も、やはりアンデッドになる。急速なアンデッド発生により、周囲の邪気の濃度も比例して急上昇する。またたくまにアンデッドが自然発生する『死都』に変わってしまう。……何とも恐ろしいことだ。
一同の背筋が凍りつかせられると、場の空気を打破するように/しかし穏やかな口調にて、
「なぜフールーダ殿は、そこまでデスナイトについてお詳しいのですか?」
帝国四騎士の一人、[ニンプル・アーク・デイル・アノック]。通称『激風』。体格よく頭脳明晰かつ美男子かつ性格も温和、さらには古くから続いている伯爵家の跡取りと、人生の汚点を粗探しする方が恥じ入るほどの完璧を絵に書いたような騎士だ。
あえて難を言えば、完璧ゆえに賭け事を無意識にも避けてしまう点だろう。まだ若く発展を目指している俺としては、パジウッドの荒削りなれど剛力こそ優先する。決して劣っているからの扱いではない。本人にもはっきりと伝えているし、しかと理解もされている。……そんな彼に、こんなことを明かさねばならないとは。
「……魔法学院の地下に、封印しておるのだよ。そのデスナイトをな」
予想通り、四騎士たちみなフリーズした。……その逆になぜか、フールーダだけは自慢げにしている。
「『何やらかしてんだよ陛下!』て言いたくなりましたが、ヤバイ噂が俺の耳にまで入ってこなかったところを見ると、ちゃんと封印はできてるんですね」
「当然じゃ! 学院は、大地の【龍脈】より常に高純度の魔力が供給されている【龍穴】の地。おまけに、外からの魔法防御と内での魔法効果上昇をもたらす設計で建造されておる。帝都を死都にかえるような愚かな真似を、六代にわたり帝国に支えてきたこのワシが、すると思ってたか?」
……残念ながら、少しだけ疑ってしまった。
フールーダには、新たなる叡智を得るためには、それまでの全てを犠牲にしても良いとの決断力がある。長年帝国に仕えてきて愛着は当然あろうが、いざとなれば切り捨てられる。帝位に就かせるためにも、幼き頃から守り育ててくれた俺/皇帝であっても、同じこと。……見た目はまだ人間だが、中身はもはや人外になっている。
その理解は、四騎士たちも大なり小なり共有できているのだろう。フールーダが思ってたのと違うだろうジト目が返されていた。
そんなみなの正当だろう評価を、不当だと憤慨するかのように、
「[カッツェ平野]より、偶発的に発生した個体じゃよ。発見報告を聞きしだい当時の高弟子たちとともに、すぐに捕獲した。危険極まりないからのぉ」
「そのまま滅ぼしてくれたら良かったが……。まぁ管理できている以上は文句はない」
はじめてソレを見て説明を受けた後、戦略殲滅兵器として使う、という外道なことを思いついた。が、すぐに却下した。いくら敵を国ごと滅ぼせるといっても、死都に変えられてしまったら元も子もない。……アンデッドと生物は共存できない。
「それでは……、フールーダ様でも封印するのがやっとなアンデッドが、ガゼフ達を助けるかのように働いたと?」
「そう、そうじゃ! 完全に制御されている証拠じゃよッ!」
何者かの手によって―――。つまり、フールーダ以上の魔術師によって。
『ありえない!』と切って捨てたくなるも、伝わってきた状況報告から導き出されるのはソレしかない。信じがたい、というよりも想像することができない相手だ。逸脱者すら超えているなど、もはや―――
「それは、そのぉ、『とてつもなくヤベェ奴』てことですよね?」
バジウッドの俗な/雑な表現のおかげで、浮かんでこようとした単語から目を逸らせた。
「……曖昧すぎる表現だが、言いたいことはよく分かる。
私風に言い換えるのなら、『決して敵対されるべき相手ではない』といったことろだな」
「『友好関係を結ぶ』とは、ちがっているのですか?」
良い返答だニンブルよ! ……求めていた話の流れができた。
「真に『友好』な関係など、国同士では望めないことだからな」
「……王国の秘匿兵器と、お考えで?」
「あるいは法国か竜王国かローブル聖王国か、はたまた[カルナサス都市国家連合]かもしれんな」
ありえないことだが、万が一にはありえる仮説だ。……常識的に考えれば、コチラのほうが耳触りは良いだろう。
単独ではなく国家の支援あって支配下に収めているのであれば、話は政治に関わってくる。
「カルネ村で起きたであろう事件は、ガゼフ暗殺を狙ってのことが明らか。ソレで得をする者たちは、私たち帝国も含めて数え切れんほどいる。だが、実際に策謀し確実に暗殺できる者たちは、なかなかに限られてくる」
「毒や女を使ってのハメ殺し、てのじゃなかったこともですね。……おっと重爆! そんな怖い顔するなよ」
表情こそ変わっていないが、確かに室内の空気が少し冷えたのが感じられた。
「……ワシが現地調査に赴くのは、避けたいようですな陛下」
「行くなとは言わん。だが、今ではない。
あまりにも不可解なことが起こっている爆心地だ。下手に動けば巻き込まれる。……帝国の存亡にも関わるかもしれんほどにな」
重い釘を刺してやると、唸り声があがった。……このまま断ち切ってもいいが、あとひと押し必要だ。
そんな主の想いが伝わったのか、またもやニンブルがトドメを打ってくれた。
「【
[占星術]。大空の天涯を巡りつづける惑星たちを観測し、その配置から人の心の奥底や遠地/未来の事象を読み取る技術。魔法学院で教育される[位階魔法]とは別、太古から受け継がれてきた知恵の一つ。魔力をもたない者でも使えるが、やはり特別な才能がいる。使いこなすことができれば、[位階魔法]の情報探索系魔法でも探り出せない情報を見出すことができる。
200年あまりも生きているだけあって、フールーダも占星術をある程度は心得ている。その力をもって国家運営の指針を決めることも。ただし、彼自身の興味は位階魔法にあるので、使いこなせているとはいえない。それでも200年だ、国家運営に必要な分だけは使いこなせている。
「……分からん。あのような星並びは、ここ200年見たことがなかった」
望んだ答えを出してくれたが、口に出されると寒々しさが這い上ってきた。……いまカルネ村で起きている事象は、200年間でもなかった大異変だと。
首謀者は『敵対国家』との見解が、強引にもようやく形成されると、
「___陛下、よろしければその現地調査、私めに任せてもらってもよろしいですか?」
レイナースが提案してきた。……彼女らしからぬやる気ぶりだ。
「私は、フールーダ様とは比べるのも烏滸がましいですが、四騎士の端くれ。調査は必然ガゼフとの会合にもなりますので、陛下の名代とみられても侮られることは少ない。貴族としての礼儀作法も身につけておりますので、帝国の威信を傷つけるようなことは決して致しません」
他を許さぬよう、自分を勧めてきた。なぜなのか……ようやく得心できた。
「お前は、『凄腕の魔法詠唱者』が関わっていたと、信じているみたいだな」
「……ソレを確かめるためにも、私が適任かと」
図星を突かれてか、少しひるませられたが、居直られた。……あえて顔をあげての正対にすることで、隠している顔面を強調させるかのように。
この『呪い』をみて、どのような反応するかで測れる。あるいは万が一、解呪してくれるかもと。……彼女としては、後者こそ本命だろう。
もしも万が一が起きたら、彼女は即座に俺を裏切るだろう……。が、妥当な提案でもある。
不安要素はあるが、野心的であることこそ帝国の強み、人間の欲望こそ原動力。必要なのは俺/皇帝への滅私奉公よりも、自らの本性に忠実であることだ。
「___よかろう! お前に任せようレイナース」
「ありがとうございます」
「ただ、少々届け物もしてもらいたい。ちと揃えるのに時間がかかるので、出発は明後日まで待て」
そう決断すると、この議題に一旦の幕を下ろした。
―――
……
いくつもの議題を話し合い、今後の帝国の方針を新たにすると、各々を政務室から退出させた。
一人になり、あらためて溜め込まれた/俺の裁可待ちの書類の束山をみて……ゲンナリさせられた。おおかたは確認事項ゆえにハンコを押すだけだが、小狡い文官どもはそこに小さな毒を込めてくる。はじめは気づかずとも、後になって大惨事をまきおこしてくる。そしてその責任を、よりにもよってこの俺におっかぶせてくる。……油断大敵だ。
といっても、全てを見通すには少し…いやかなり消耗している。特にカルネ村の件は今でも頭が痛いままだ。……こんな集中力がかいた状態では、挑んではならない。
手で宦官を呼び寄せると、「今日は終いだ」と指示。書類と御璽などの道具をいつものように厳重にしまわせた。
片付けは任せ、椅子から立ち上がり、強ばった体をほぐす。周囲を見渡し/宦官たちを値踏みし、まだ集中力が残っていることも確認すると、政務室から退出した。
そして私室へ戻る。しばし仮眠でもとるかと考えいると―――、入口で待ち構えていた。
「___お疲れ様っス、陛下!」
不遜にも気さくに挨拶してきたのは、新しく雇った侍女の一人だ。実は狼の獣人だが、帽子で獣耳をそれとなく隠している。……それさえ隠せれば、ただの褐色赤髪の美女になる。
「……また聞き耳を立ててたみたいだな、[ルプスレギナ]よ」
「ギクゥ! ……な、何のことでしょうかぁ?」
アハハハ…と、分かりやすい焦り様/冷や汗。そこまでならどんな宦官や宮女ならびに臣下どもと同じだが、彼女がやると『ただのおてんば』ゆえにとなるから不思議だ。
見目麗しい妙齢の女だから、と最初は思ったが、違う。美女ならば聡明で物静かなのが好みだからだ、アホでは互いに相殺してしまう。ただ、快活な点は良い。それも、この王宮内で裏表の無い/嘘がないのは、海千山千の魑魅魍魎どもを相手をしているとなおさら貴重だ。ありていに言えば元気がでる。……おそらく理由は、そんなところだろう。
「……まぁよい。お前が妻が遣わした侍女なのは百も承知だ。しかと妻にだけ伝えるのなら、何の問題もない」
妻子持ちではあり、身持ちも硬い方だと自負はしている。それに今は心配の種が多すぎて、女にうつつを抜かしてはいられない。……そんな暗愚な皇帝になるぐらいなら、自害したほうがマシだ。
ソレは我が正妻も同じで、俺にへんな虫がつかないように気をつけてくれている。若くて野心のある宮女に手をつけて、後宮を乱されるのも避けたいのだろう。俺が政務にのみ励めるように、俺が好みそうな若い女たちは徹底的に傍仕えから外されている。……少しやり過ぎなきらいはあるが。
それでもどうしても女手が必要な時がある。そのために遣わされたのが、美女にはみえるが亜人種の彼女だ。妻の支配下にあり、そもそも下級な亜人種ゆえ、間違いがあっても皇族にはなれない。
「相変わらず陛下たちは、複雑なご関係なんスねぇ」
「[鮮血帝]たる私と結婚し子供まで作った女だぞ。まともであるはずがなかろう」
そんな事情は露知らずと、呑気に笑っている侍女。
それほどの阿呆だから選ばれたのか、とはじめは考えたが、違った。こんな豪華絢爛な王宮内にいても、富や権力に毒されてない。もちろん隠す術もあるが、妻はソレを見抜く天才だ。あまりにも見抜けすぎて嫌われてもいる……。そんな彼女が、この亜人女なら大丈夫と太鼓判を押している。彼女は金にも権力にもなびかず、与えた職務を忠実にこなしてくれる。こなす過程を含めて全てを好んでいるのだと。
一概には信じられないが、妻が言うなら間違いはないだろう。こうやって話し合ってみると、その評価が正しかったとの実感もでてくる。
「……それは、聞かなかったフリした方がいいことっスよね?」
「今さらだなぁ。その自慢の聞き耳が疑われるぞ」
「あちゃぁ、そうなると……参っちゃいますねぇ」
頭をかきながら苦笑。美女の振る舞いとしては少々残念なものだ。……やはり裏表は感じられない。あのバジウッド並の自然体だ。
あまり探るようなマネばかりしては、彼女の意義が無い。……少しフォローしてやらねばな。
「安心しろ。その程度は日常茶飯事だ。伝えたところで小動もせんよ」
帽子越しながらピクリと、へたれていた獣の耳が立ち上がったのがわかった。……亜人たちに顔芸が難しいのは、こういうところだな。
「……それでも、亜人の私をここまで重宝して下さったお方ですので、悲しませるようなことだけは……したくないっスよ」
忠実な侍女らしい常套文句だが、相変わらずの自然体からでてきた言葉だ。立ち上がっていた獣耳も、先っぽだけはヘタり直してもいる。
少しだけ、罪悪感がわいた。彼女を利用している俺たちは、いったい何者なんだろう……。
「…………亜人のお前のほうが、まだ人間らしいとはな」
なんという皮肉だ……。妻は優秀なれど、まるで冷たい人形。互いにひとりの血の通った人間ではなく、皇帝と皇后という帝国を動かす歯車と断じている。俺もそのように見てしまうが、妻ほど徹底していないはずだ。
彼女が人間種だったなら―――。間違いなく、女として愛していただろう。高じたのなら、ふさわしい地位と富も与えていたはずだ。そして決して、自分の傍から逃げ出さないよう鳥カゴの中に閉じ込めていた。……きっと暗愚な皇帝へと、堕落していた。
胸の内で苦笑した。……俺はまだ、大丈夫だ。父や殺した兄弟たちとは違う。
「ソレはよく言われることですけど、こうみえてちゃんと亜人種なんスよ、私」
帽子取りましょうか? 率先して取ろうとするのを、俺のほうが止めさせた。
「……おまえも変わってる奴だな。この帝都の中で、亜人であると誇らしげに名乗れるとは」
「当然っス! 創造主様から頂いた姿形です。この身を侮辱することは、創造主様すら貶してしまうことに繋がってしまうスから」
エッヘンと胸を張りながら断言してきた。
相変わらずの正直ぶりだが、いつもとは違い少々込められている熱量が高いのは気になった。皇帝たる俺の前で、宗教じみたことを言ったからだろう。その程度の死生観に過敏に反応する輩など、俺の宮殿には住まわせてはいないが。
ソレを教えてやってもいいが、自慢ブリは少々鼻についたので、
「……まぁお前ほどの美形ならば、そのように考えるのは最もかもしれんな」
「あれあれぇ、私のこと『美女』て褒めてくれましたぁ?」
ニコニコと嬉しそうに問いただしてきた。まるで幼馴染か兄妹かの間柄のように。……あまりの気安さぶり、周りに人間がいたら卒倒していたころだろう。
不敬であると、すぐに首を絶てと命じるのが、世に蔓延している『鮮血帝』だろう。そのイメージは半分ほどは当たっているが、今ここでは違っている。……この程度のことで首など切らせるのは、逆に情けなさを見せびらかすことになる。
なにより―――そう、不快なことじゃない。
「言ってやったが、周りに自慢するのはよしておけよ。何が起きるのかまでは、面倒を見てやれんからな」
「こ、こわぁ……。やっぱり美人と不幸は、セットみたいっスねぇ」
ブルブルと震えて見せるのは、さすがに誰でも演技だと分かる。呆れるしかない……。これはいわば、甘え上手というやつなのかもしれないな。
冷静に分別してみるも、顔に笑が浮かぶのがとめられなかった。……止めたいとも、思えない。
(……あやつの狙いが何なのかは、わからんが……。息抜きぐらいにはなるか)
深読みがすぎるのかもと、最近は考えてしまうも、妻が俺と側近たちとの会議を聞き出すためだけによこしたとの確証もない。何かほかに、別の隠された/かなり致命的な意図があると警戒するも、どうしても思いつかない。……むしろ、こうやって堂々巡りさせることが、目的なのではとも。
快談していると、ふと視界に宦官と宮女が見えた。
そろそろマズいかと、警戒を促してやる前に、
「___それでは陛下、私はコチラで失礼いたします」
先ほどとうってかわって、見事なまでのメイドとしての一礼を向けてきた。まるで別人に切り替わったかのように。……ただし宦官には見えないように、テヘッとばかりなウインクは忘れずに。
「うむ、妻によろしく頼んだぞ」
先の快活さとは真逆、控えめで人形じみた返事を一つ、正妻がいる後宮へと離れていった。
◆ ◆ ◆
解読できた果たし状の内容は、
(『[エ・ランテル]にて擂台を建てて待つ。いつでも打ちにかかってこい!』……か)
擂台とは、国や有力者の武官に登用してもらうための公の決闘場。常備軍制度が普及した昨今では、兵士たちの訓練も専用の訓練場にて一から仕込むのが一般的。確かに強さや度胸はアピールできるも、雇う側からだとあからさまな武力強化を見せびらかしてしまう。周囲から警戒されてしまうのが避けられない。戦争は敵対者の情報収集から始まるもの。わざわざさらけだす擂台登用は、時代を追うごとにドンドンすたれていく。
その代わりにか、擂台は闇の武闘賭博場へと変質。肝っ玉と腕っ節自慢も自然と闇組織へと流れて、公の軍隊をどんどん脆弱化させた要因ともなった。
「今どき、こんな古風なことする奴がいるとはねぇ」
「どなたからなのか、書いていませんね……。お知り合いですか?」
「心当たりはあるんだが、これだけではハッキリしないな……」
俺を殺したい奴らは山ほどいるが、正々堂々と打ち負かしたい奴は限られてくる。王宮内で警備している普段だと、門前払いをくらってしまうだろうアウトローだが、それ以下ならば障害とは思わない図太い精神。擂台など建てれば、俺以外にも挑戦者がわんさか挑んでくるだろうに、ちょうどいい準備運動程度だと思える自信家。
ただ、擂台とのアイデアを持ち、[エ・ランテル]という大都市で実行に移せる。ソレを加味してしまうと……、浮かんできた名前が消えていく。
「どんな依頼主なのか、知っていることはあるか?」
「……申し訳ない。店で受け取ったものを運んだだけですので、お…私は直接見てないですよ」
配達屋に尋ねても、やはりな答えだ。
老舗かつ大規模に運営している配達屋ならば、分業するのは当たり前だ。受付係と仕分け係と運び手などなど、品物はそれぞれの手に渡りながら配達先に届けられる。
「気になったりは、しなかったのかい?」
「匿名希望の料金も受け取ってましたから、運び手の…私が聞き出すわけにもいかないですよ」
情報系魔法対策か……。国は疎かにしているのに、民間ではしっかりと対策している。
ただ『匿名』とは言うものの、完全に秘匿されるわけでもない。怪しい/不法な物品を運ばされて共犯扱いされてもたまらない。受付係あたりは、確実に依頼主の顔と名前を知らねばならない。……匿名扱いとは、他の係の者や同僚たち特に運び手達が、情報共有しないことを意味しているのみ。
ただ、そんな特別料金があるということは、魔法に対して完全には対抗できないとの裏返しだ。『知らない』は効果的な防御ではあるが、知らなければ現場は後手に回るしかなくなる。
『___では、私が探ってみましょう。
少しお貸しいただいてよろしいですか?』
自然と横から現れたデスナイトに、これまた自然と手紙を渡そうとして……、目をむかされた。
(おいゴウン殿!? 今出てこられては―――)
「ほえぇー、[
運び手はデスナイトを仰ぎ見ながら、なぜか意味不明な感慨にふけった。……なぜアレを見て、平然としていられるんだ?
『……[半巨人族]?』
「へ? ……あぁッ!?
す、すまねぇ旦那!? 悪気で言ったわけじゃないんだよ」
この通りだ。勘弁してくれよぉ……。運び手は哀れになるほど平謝りしてきた。
ソレは言葉通りの、意味なのだろう。人間種の[
俺の驚き/疑念は、蒼の薔薇たちも同じだったのだろう。ガガーランが傍に近寄ってくると、小声で尋ねてきた。
(……どういうことだい、アインズさん?)
(認識を書き換える幻覚魔法を施しています。皆様以外には、『肌が黒い…半巨人族の戦士』に見えているはずです)
ちょうど『コレ』の、生前の姿に似せた幻覚を……。確かに、無くなっているだろう筋肉と皮膚をつけたせば、半巨人族の戦士と言われたら大いに納得できる。彼らの中では背が低い方ではあるだろうが、人間社会で暮らすのならむしろ適性だ。……惜しむらくは、俺の目ではソレを確かめられない。
「……すいません。お…私はこれで失礼しても、よろしいですよね?」
「ん? ああ、すまない。配達ご苦労だったな」
受け取りサインを書いてやると、運び手はそそくさと馬に乗り込み、立ち去っていった。
どんな集団に見られてしまったのか……。蒼の薔薇たちがいる以上、盗賊には見られなかったはずだ。
運び手の後ろ姿が見えなくなった頃合、ようやくデスナイト・ゴウン殿が調査を始めてくれた。
『それでは、探ってみる前に―――』
しかしなぜか、手紙を手に持ったまま静止するのみだ。何かに集中しているのは気配で分かるが、何をしているのか見当がつかない。
しばらく手紙と睨めっこ?していると……、ようやく『何か』の区切りをつけた。
『___よし! このぐらいでいいか。
では、【
また聞いたこともない魔法を詠唱するや、握っていた手紙に魔力の発光現象。数拍ほどまたたき……、消えた。
拍子抜けしてしまうほど、簡単そうにみえた。あの程度なにが判明するのか、疑念がでてきそうになるも……、杞憂だったらしい。
『___ふむふむ、思ったよりも若い感じだな。果たし状を送りつけるにしては、何とも不釣り合いな格好だが。ただ、あの腰の武器だけは―――』
「あー、アインズさんよぉ。一人納得しちまってるところ悪いだが、できればアタシらにも依頼主のことを教えてくれねぇかね?」
ガガーランの頼みに、ようやく思考から戻ってきたのか、
『これは申し訳ない。
では、口で説明するよりも―――【魔法三重化】+【
また聞いたことのない魔法を、今度は俺たち3人に向けて発動してきた。……いきなりだったので、心構えができなかった。
急に視界が魔力発光現象におおわれると、視界の中心に奇妙なモノが見えだした。
青白い半透明は等身大の人間の立像。反射的に、[
「うぉッ!? なんだこりゃ……」
「すごい! こんな便利な魔法があるなんて……」
「こいつは―――!? 【ブレイン・アングラウス】だ!」
よく見知った男……とはいかない。顔合わせしたのも数度しかない。だが、印象には強く残っている。
「確か、旦那が御前試合の決勝で負かした曲刀使いの剣士、だったよな?」
「ああ、間違いない。あの時から少し面差しと雰囲気は変わってはいるが、右腰に武器を佩いてるとなれば、ブレイン以外にはありえない」
左利きの曲刀使い。あの特徴的な青髪と、いろんな町々で女たちを泣かせてきたのかもしれない顔立ちを加えれば、間違いないだろう。……かつて御前試合で戦った時より、少なくともふた回りは強くなっているのも、見て取れた。
「エ・ランテルか……、昨日通ったばっかりだったのに。
もしかしたら、行き違いになったのかもしれないです」
「もしくは、反対方向の城門街にいたのかもな。あそこは流通の要所でかなりデケェし、王国側と帝国側でも客層が異なっちまってるからなぁ」
「……もしブレインが、帝国側に居を構えて、しかもそこで擂台を建てたとなれば……厄介なことになるな」
『___無視すれば、よろしいかと』
一斉に、声の主/ゴウン殿に振り返った。
『勝負を挑むにしても、かつては彼の方が負けたのでしょう? であるのなら、彼の方がガゼフ殿のいる場所に出向くのが、筋では?』
端的に言うと、『挑戦者の分際で生意気なことほざくな』と……。荒っぽいが、その通りだ。
「だな。こいつについては、アインスさんの言うとおりだよ旦那」
「ですね。さすがに無理が過ぎますよ」
「……そうだな。俺もタダでここを離れるわけにも、いかんからな」
ブレインには気の毒だが……。戦ってはみたいが、今はタイミングが悪すぎる。待ちぼうけさせることになってしまうだろう。
『契約についてでしたら、もう反故にしてもらって構いませんよ』
またいきなりの提案に、一瞬ポカーンとしてしまった。冗談なのかと疑ってしまうも、大真面目な様子でさらにと惑わされる。
「……どういうつもりだ?」
『戦士団の皆様も、かなりレベルアップされてしまいました。そんな皆さんと一斉攻撃されてしまったら、さすがのこの
「私が一人で倒すべきでは―――、あ!」
そんな限定はなかったな……。ここ一ヶ月間一人で戦いすぎて、つい錯覚してしまっていた。デスナイトの異能を発現させないためにも、一人で戦っていたことを。……天使たちの力を身につけた部下たちなら、もはやデスナイトであっても片手間とはいかない相手だ。
越えられないと思っていた絶壁が、急に霧散してしまった気分だ。通り抜けたくても、呆然とするしかない。
「……もしや、私をココに留めたのは、『そのため』だったのか?」
ありえそうな可能性を口に出してみるも、やはりか否定されてしまった。
『目先の利益に釣られて、ヘマをしただけですよ。……自分で言うのも恥ずかしいですな』
全く恥辱など受けてる様子がない平淡さが、むしろ『肯定』を意味しているように聞こえた。……あらためて尋ねれば、「懲りない人ですねぇ」とまた否定されそうだが。
「___どうする旦那。さっそく王都に帰還するかい?」
みな帰ってきて欲しいみたいだしなぁ……。王族たちからの『懇願』を皮肉るように、あるいは俺の何かを試すように。
すぐに返事がでなかった。一か月前ならばすぐにでも帰還したが、今はもう違う。色々と知ってしまった。……慎重にならざるを得ない。
「部下たちが得た『力』は、麻薬を…常用しなければ、保てないものなのか?」
黙って控えていた副官が、顔を曇らせ/伏せたのが見えた。……また『足でまとい』になってしまったのかと、苦慮しているのだろう。
違うと言ってやりたいが、断言してやれないのも事実だ。……事実は受け止めるしかない。
『いえ、いちどでも降霊に成功すれば、中毒症状や依存性もほぼ消え失せます。より強力な効果を発揮にしたり限界を超えて多用するためには、飲用すべきではあります。が、大事なのは天使たちとの『心の絆』。……お菓子ばかりを与えては、育めないものです』
そんな可愛いものでは無いが……。いやもしかしたら、天使たちにとってはそうなのかもしれない。アレらと人間を同じ存在/思考と考えるのは、危険な思い違いになることだろう。
「……中毒は無いにしても、『力』を求める限りは、飲用は避けられないということだな」
『そうなりますね』
結局は依存性と同じだ。見た目は正常そうに見えるも/禁断症状は無いだろうが、切っても切り離せなくなっている。分かりやすい体感の危険信号が無いのなら、一度に大量に摂取してしまう危険もありえる。歯止めが効かなくなる。
さらに、今のところは良いことだらけだ。強くなれる実感まで得られる。一度始まれば、もうせき止めることは不可能になる。……麻薬栽培/販売は、合法化を超えて奨励までされるだろう。
「ならば……、もはや王都に帰還するわけには、いかなくなったな」
俺たちそのものが、厄災の種になってしまった。おそらくもはや、王国すら超えた厄種に。……ゴウン殿が仕掛けた罠とは、思いたくないが。
「ガゼフ様、そのようなことは―――」
「どのような事情であれ、麻薬の飲用を正当化するわけにはいかない。国民に勧めるわけにもだ」
いづれ普及してしまうだろうが、野放図にバラ撒いては最悪に転がりかねない。……引き金を持たされてしまった立場上、責任と覚悟をもてるまでは秘匿すべきだ。
『今の王国では、と付け加えてくれたら正しかったですね。あるいは、
気負いなしの宣言に、蒼の薔薇たちは瞠目していた。……そうやはり、貴殿はそこまで視野に入れているのか。
「……ゴウン殿は、革命でも起こすつもりか?」
『止めたいですか?』
気軽な問いかけ。しかし、背筋を凍りつけられた。まるでいきなり、心臓をわし掴みにされてしまったかのように。
___止めてくれるのか?
決して出すまいとしたその懇願は、しかし、無言ゆえにもか漏れ出てしまった。
『構いませんよ、今行っている全てを撤回させても。
ただその代償として―――、
アナタにはソレだけの価値がある……。嬉しい過大評価なはずだが、地獄行きの切符を渡されたような気分だ。……たぶんソレは、言葉通りの意味になることだろう。
冗談ごとだと/本気にしないでくれよと、軽く流せばよかった。生真面目一辺倒でここまで生き抜いたわけでもない。今この場は、それが一番無難な納め方だと、頭では理解させられてる。……おそらく皆も、ソレを望んでいるのかもしれない。
だが、どうしてだろうか……。目の前の彼を前にすると、どうしても退くことができない。いつもそうだ。逃げたくないからだと、はじめは強がっていたが、今は理解できている。……退ける背後などもう、一歩も残ってなかったからだと。
だから俺は―――、問わねばならなかった。
「___ソレを渡したとして、何をするつもりなんだ?」
「旦那!? さすがにそいつは勘弁してくれよッ!」
「戦士長!? さすがにそこまでは―――」
『ランボッサ三世を殺します。貴方自身の手で』
………………な、なんだと?
『パルブロ王子とザナック王子ならびに六大貴族たちも、殺します。追随する貴族たちならびに御用商人たち・私兵どもも、殺します。今日の今日まで腐敗と圧政をしいてきた全てを、殺します』
冷静に冷徹に冷厳に、世界全てに向けるような殺害宣言を続けてくる。
『そのような圧制者どもが未来永劫現れぬよう、殺し続けます。あなたを不死者にかえ、そのような者どもを抹殺し続けるだけの殺戮者にします』
つまり、目の前のデスナイトのようになる―――。目の前にあるのは、未来の俺の姿か。ソレを見せ続けるために、今日までずっと……
……いや、よそう。あまりにも突拍子無さ過ぎる。あまりにも悪意に満ちすぎている。つくられた凍てついた空気に乗せられてしまった。
今度こそ苦笑いを浮かべると、ゴウン殿も「冗談ですよ」とばかりに肩をすくめてきた。
『ただソレらは、私の望むところではありません。もっと穏便に済ませた方が良いと、思っておりますよ』
そう言ってくれるや、自分でつくりあげた空気を霧散させた。そのおかげでか皆も、凍りついたかのような時空から解放されていった。
そんな、肝試しから帰還できたかのような安堵の中、いきなり
「___や、やはり貴方は……、遥か地の底で封印されていた魔王、だったのですか?」
…………え? ……え!?
あの娘は/ラキュースは、急にいったい何を言い出すんだ……?? しかもどういうわけか、どこか確信を込めながら見つめて―――
『___なぜ、そうだと?』
…………え? ……えぇッ!?
ゴウン殿が、反応した……だと? しかもどういうわけか、焦燥感を抑えつけながら見つめて―――
「こ、根拠は……無かったのですが、その禍々しい漆黒のオーラは、どう考えても……『アレ』にしか思えなくてッ!」
絞り出すかのように言いきると、自分で体を抱きしめだした。腹の底から震え出しているかのようで、ガチガチと歯までならすほど。言い知れぬ恐怖に青ざめてもいた。……立ってもいられないのか、今にも倒れそうになっている。
『アレとは何だ? なぜお前が知っているんだ?』
ゾッとするような声音で、今までの紳士ぶりが幻想のような凄みをきかせてきた。抑えに押さえつけているが、尋常でない殺戮の意志が吹き出してきているかのように。
ここにきてようやく、俺にも理解できた。ラキュースは何か、重大なことを抱えていたのだと。ソレがどういうわけか、目の前の強大なアンデッドに関わっていたとも、怒り狂わせるほどにも。……彼は、『魔王』だったのだと。
そんな殺意にやられたのか、最後の線がきれたようにヘタリ込んでしまうと、涙に濡れていた顔を両手で抱え込みだした。
「ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいッ!! 私の、私の責で……こんなことに。
ずっと抑え続けてたのに! 誰にも秘密にし続けてきたのにッ! 死ぬまで抱え続けるつもりだったのに……、どうしてぇッ!?」
『答えろラキュースッ! どうやってお前は
怒号をとばすと、何かの堰まで弾けとんだ。、深淵より噴出したような禍々しいオーラが溢れ出てくる―――
ソレを少しでも浴びただけで、全身が悲鳴を上げた。文字通りに全てから、口からでは足りないとばかりに激痛の絶叫を。
いきなりの刃なき猛襲に、ガガーランですら手までついての四つん這いで、震えながら吐きそうにしている。副官は意識を保つことができなかったのか、地面に倒れ……泡を吹いている。
俺はなんとか膝を屈したまで。この一ヶ月間のデスナイトとの死闘が、功を奏してくれた。凄まじく効いてはいるが/今にも気絶したいが……、慣れとは恐ろしいものだ。
そんな殺意の嵐を撒き散らしている凶悪なアンデッドは、無意識のことなのだろう。今までこそ意識的に抑制してきたのか。コチラの瀕死状態には気づけず、赤色の瞳をさらに鮮血色に変えながら、幼子のように「許して…」と縮こまりつづけるラキュースを睨みつけていた。接近して、つかみあげようともしてくる。
あまりの苦痛にもう何も考えたくないが、残された理性が危険をがなりたてた。内側から焼けただれそうな手足に喝をいれてくる。
反射的にも立ち上がれると、そのまま一歩二歩と踏み出し―――倒れこむようにしがみついた。前進を遮った。
「落ち着けゴウン殿ッ! 何をそんなに慌てているんだッ!?」
『邪魔をするなガゼフッ! その小娘には聞かねばならぬことが―――、ぐぉッ!?』
振り払われる―――寸前、パリンッと何かが砕ける音が響いた。近くの頭上から聞こえてきたので、アンデッドの胸部にあった何かだろうか。……確認などできない。
だが直後、急に挙動がおかしくなった。ガクガクと震えだした。まるで電気の魔法でも浴びてしまったかのように、全身が言うことをきかず金縛りにあったかの様子。
『クソぉッ! 力を注ぎ過ぎたか。遠隔操縦がもうもたない……。止むを得んッ!
01、命令変更だ! あのラキュースを捕獲し、
誰に向かってか命令した―――途端、吹き荒れていた殺意の嵐が止まった。まだ残ってはいるが、先ほどと比べればそよ風だ。
しかし直後、アンデッドの震えもピタリと止まった。先までは凶悪な殺意の塊なれど、微かな人間味を感じられたが……、今は全く無い。
そして気づけた。コレはとても、馴染み深いものだと。いや、これこそが『彼』そのものだとも―――
「オオオォォォアアアアァァァーーーーッ!!」
地獄の底から噴出したかのような雄叫びに、脳髄が撹拌された。決して生物が発するような声音ではないからだろう。拒絶反応でか吐き気がこみ上げてくる。……直聞きは久しぶりだ。
耐え切れず離れてしまい、動けるようになっていたと気づけた。いそいで視界の端で、蒼の薔薇の二人を確認した。……よし! ガガーランの方は戻ったか。
雄叫びが終わった。殺意にみちた視線が向けられる。……邪魔だてするなら、容赦しないと。
ゾクリと戦慄されながらも、弾き飛ばすように―――
「二人とも逃げろぉッ!」
腕の中から、いつものフランベルジュを生やし伸ばしては……掴む。その凶刃が振り下ろされると同時、俺も腰の剣を抜き出していた。
振り下ろされる凶刃を、弾き合わせた。あたり一面へ、骨に響くような金属音が鳴り響く。
何とか初撃を捌くも、まだ両足の踏ん張りが効かない。追撃をはなてない。
ソレはデスナイトも同じだったが、やつに焦りはない。空手を空に伸ばすと、まとっている黒いオーラを噴出させ収束させた。できたその黒いもやの塊から、トゲトゲしいタワーシールドを召喚し……握り締めた。
目の前で、いつもの万全の構えをなすがままにさせてしまったが、コチラもほぼ回復した。一歩たりとも、踏み込ませはしない。
「___バカ言うなよ旦那。ここで逃げちゃ、蒼の薔薇の沽券に関わるぜぇッ!」
背後にて、ガガーランも復調したのだろう。戦意を滾らせているのが伝わってきた。……ただしソレは、手負いの獣に似た必死さだとも。
ラキュースはまだ、縮こまって震えたままだったからだ。戦意を完全に喪失している。抱えて逃げ出そうにも難しい。この間合いならば、致命傷をぶつけられる危険は避けがたい。コチラも命懸けで止めるが、あちらは常に命知らずだ。
踏み込まれる。俺の剣で腹を切られようとも、ガガーランの槌に肩が砕かれようとも構わずに。与えられた使命をこなせればソレが全てだとの苛烈さで。
決死の覚悟で、敵だけに凝縮されていくと―――
『___おいおいガガーラン。面子よりも命の方が大事なのが、お前の信条じゃなかったのかい?』
どこからか、大人びた少女の声が響き渡った。
誰だと、高速で記憶を参照させていると、代わりにガガーランが答えをくれた。
「ちゃんと聞いててくれたみたいだな、[イビルアイ]!」
『声がデカイッ! いいからさっさと『穴』に入れ!』
声の主がそう指示するや突如、彼女らの近くに異次元の穿孔が空いた。
[転移]か―――。九死に一生。逃げ道ができた!
だが、その緩みが隙になってしまったのだろう。
「悪りぃ旦那、アタシらが駆けつけるまで持ちこたえてくれ―――、ッ!?」
ラキュースを抱えて穿孔に飛び込んだガガーランの足へ、デスナイトが掴んだ。俺のわずかな隙をみて、五体投地するかのように伸ばした手で。……直前になげつけられたフランベルジュを、まともに受けてしまった。
掴んで、引きずりだろうするも……逆に引っ張られた。いや、吸い込まれていく。共に異次元のなかに。
俺も瞬時、デスナイトの足を掴むと―――、共に吸い込まれていった。
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長々とご視聴、ありがとうございました。
感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。
ゲーム時、誰でも使えたであろう「ファストトラベル」機能。転移後世界ではどのような扱いがベスト?
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使用不可
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プレイヤーと共に転移した拠点のみ使用可
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イメージできれば転移後の街でも使用可
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独自の転移系魔法の一種として変化