騎士王国ルート   作:ツルギ剣

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第一章
冥界の主


 

 西暦2138年某日。

 DMMOーRPGの傑作タイトル、[YGGDRASIL(ユグドラシル)

 かつて一世を風靡したそのゲームがその日、12年の長くも短い歴史を……終えた。

 

 

 

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 

 視界の隅に映るデジタル時計。その数値を胸の内であわせ数えながら、目を閉じた。

 

 23:56、57、58、59―――

 

 そして刻限とともに、幻想の終わりを受け入れた。……瞑目の黒とは違う、本物の強制ログアウト(ブラックアウト)を。

 誰も待ってなどいない侘しい我が家へ、懐かしくも使い古した接続用の安眠イスへ。この[ナザリック大墳墓]の最後の主にして死の支配者(オーバーロード)の[モモンガ]から、どこにでもいる痩せ痩けた中年男/[鈴木悟]へと―――……

 

 

 

 プツリッと……、暗闇に呑まれた。

 

 

 

 ―――

 ……

 

 

 …………大きく、ため息をこぼした。

 コレで本当に終わった/お別れだ。自分の青春(といっても差付けないだろう)を捧げ尽くした輝かしい幻想は、幕を閉じた……永遠に。

 

 

 しばし感慨にふける。夢の残滓が抜けきるのを待った。

 明日の仕事は朝4時から、これからわずかでも睡眠をとらなくては、乗り切れない……。そんな現実的な判断/怯えとのせめぎ合い。

 涙が流れる……かと期待していたけど、出てこなかった。ソレはもう、この2年間で枯れ果てていたのだろう。

 

 ……ようやく踏ん切りをつけると、被っていた接続用ヘルメットを外す。現実世界に戻る/目を開けると―――

 

 

 ___んん? なんでこんなに……暗いんだ?

 見慣れたはず寝室/我が家は、やたらとどんよりと暗かった。

 

 ___室内灯が、ついていないのか……?

 確かにオンライン中は消してはいるけど、豆球だけはつけるようにしていた。

 戻ってくるのはたいてい深夜なので、周りが見えなくなってはたまらない。前に足の小指に痛恨のダメージを負った教訓より、確認してからログインするようにしてきた。……この暗さはありえない。

 

 ___……[接続酔い]に、なっちまったのか?

 たまに起きる不具合。視覚と聴覚が一時的に麻痺してしまう。ログアウトした直後だと特に起きやすいけど……、やはりありえない。

 前に使っていた接続器具でそのような不具合があったことから、新しい器具に買い換えた。脳内ナノマシンも調律してもらい、明日の仕事に少しでも不自由が残らないようにしていた。生活のためはもちろん、なけなしの意地/ギルド【アインズ・ウール・ゴウン】の鉄則を貫くためにも。……前に酔いが起きたのが何時だったのか、思い出せないほどだ。

 

 ソレでも、問題は起きる時には起きてしまうもの。

 それを加味して、現状をもう一度確かめてみるも―――……、やっぱりおかしい。

 淡く白く、輪郭はぼんやりとだけど、見えるからだ。そこに何かがあるのが、見慣れた家具の存在感やら寝室の間取りがわかる。……こんな中途半端な[酔い]には、遭遇したことがない。

 

 

 違和感に訝しながらも、「まぁ眠れば治るだろう」と、期待を込めた楽観でイスから立ち上がると、

 

 フワリ―――と、やたらに軽やかだった。

 接続時の脱力感と、特に日頃の疲れからも、この立ち上がる瞬間は辛い。億劫で重くイスに張り付いているかの様、鈍い痛みまで駆け巡る。……現実世界に戻ってきたと、いやがおうでも突きつけてくる瞬間。

 そんな不自然な心地よさから、ふと我が身を/自分の両手に目を向けた。

 そこには―――

 

 

 ___…………え? 骨の……手?

 視界に映っていたのは、よく見慣れていた自分の手。しかしソレは、ココではない別の場所での話。……もう永遠に、帰ることのできない場所の。

 ゲーム内での自分のアバター、死の支配者(オーバーロード)としての自分の両手だった。

 

 ___なッ!? えッ、えぇッッ!! ―――

 ビビリながら思わず、頬にその手をあててみた。

 その手は/指先は、恐れていた通り……とは違う感触を伝えてくれた。柔らかい肌と肉が、そこにちゃんとあることが分かる。

 

 ホッと安堵し、もう一度/恐る恐るもその手を見直してみると……、先とは違う光景。

 幻かドッキリかというがごとく、現実の/ちゃんと人間の手がそこにあった。グーパーしてみて、自分の手だとも分かる。

 緊張がほぐれた、拍子で冷や汗も流れ落ちたのが分かる。

 

 ___……名残惜しすぎて、変な幻覚が見えたんだろう。

 そう納得/結論づけると、洗面台へと向かった。

 

 

 何か腹に入れておかなくてはならないけど、疲れてるし眠らなければならない。とりあえず顔と歯だけでも洗って、ベッドで寝てしまおう……。やるせなさも不安も棚上げに、いつもの/どうしようもない現実に向き合う。

 そして洗面台。蛇口をひねり、流れる水に手を浸し/顔をパシャリと洗う。溜まった粗熱をとってくれるかのようなヒンヤリとした、心地よさが顔面のみならず染み広がるのが分かる。

 壁に掛けてあるタオルを手に取り、濡れた顔をゴシゴシ拭いて、サッパリとした顔を/自分の姿を鏡で見る―――

 

 瞬間―――、凍りついた。ありえない鏡像に瞠目した。

 映っていたのは、禍々しい黒いオーラのようなモノを纏った、凶悪な骸骨だった。

 そして反射的にも、分からされる。目の前のソレは、自分が愛用してきたゲームアバター【モモンガ】の姿だとも。

 

 頭の中は真っ白になりながら、思わずか片手をあげてみた。鏡像もつられて/同時に、鏡合わせに同じ動きをした。―――そして遅れて、戦慄が襲いかかってきた。

 

 

 ___な、なッ、なッ! 何だよコレはッ!?

 悲鳴を上げながらガタンッと、壁まで飛び退くと……、やはり鏡像も同じ動きをした。その表情は傍目ではあまり変化していないだろうが、驚愕しているのだと分かる。

 

 そして叫んだことで、ようやく気づくことができた。

 驚き叫んだと分かってるのに、続いて起きるはずの雑多な反響が、聞こえてこなかったことに。

 さらに気づかされる。自分の口で/喉から出したはずの声なのに、実感があまりにも乏しい。まるで、ゲームの[テキストメッセージ]でも読み上げているかのようで、声音にのるはずの感情が削ぎ落とされていた。

 

 その気づき/怖れを確かめんと、震えてるだろう声を出してみるも……、やはりだった。

 自分の口は/喉は、はじめから声音など出してはいなかったことに、気づかされた。さらには吐息すら、出していなかったことにも。

 同じ真似をしているはず鏡像の骸骨、その映っている有様こそ、実像の自分がしていることなのだとも……

 

 突きつけられた事実に愕然と、壁に体重をかけてはずるずるヘタリこもうとすると、急な浮遊感。……壁だと思っていたソレは、扉だった。

 解放されて廊下へ、背中から倒れる。頭やら何やらをしたたかに打って、こんな「現実」とは違う本物の現実へと、引きずり戻してくれる―――……、はずだった。

 衝突の直前に「何か」が、体を支えてくれなければ。

 

 

 

『―――差し出がましい行い、お許しください。偉大なる我が創造主にして、我が神髄よ』

 

 

 

 突如聞こえてきた声の源へ、顔を向けた。

 廊下の先、先まで自分が接続していた安楽イスの前、片手を胸に当てて腰を折る略式の礼をこちらに向けている―――、死の支配者(モモンガ)がいた。

 

『ココは【悟】様の神聖なる絶対領域。我とはいえ、お認めなき前に手を出しあまつさえ御身に触れるなど、許されざる大罪。……どうかこの愚かなる下僕めに、相応の罰を』

「……あ、あなたは、いったい何者―――、ッ!?」

 

 喉から搾り出すような自分の声。その直後、気づけた。

 今俺は、ちゃんと声を出せてる!? ……驚きが怯えを上回り、精神が平衡に戻されると、

 

『我に名はありませんが、あえてつけるとなれば…【モモンガ】とお呼び下さい』

 

 やっぱり―――。真っ先に出てきたのは、自分の予感が正しかった安堵。

 それでまた一つ、心に余裕ができたのか……、おずおずと尋ねてみた。

 

「……ソレは、俺のゲーム内のアバター名と同じだけど……、もしかしてそうなのか?」

『如何にも。……尊き御名が穢れるとおっしゃるのなら、ただ[下僕]とだけで構いません』

 

 あまりにも卑屈過ぎる表現。しかし、その声音にも態度にも振る舞いにも一切、そのような卑屈さは感じさせなかった。むしろ、誇らしさすらにじみ出ていた。

 頭まで下げられているのに、気圧されて仕方がない……。ふたたびもたげてき不安が、表にでてこようとする寸前、モモンガは面を上げるや、

 

『この身この心この魂は全て、悟様より創造され育まれしもの。我の全ては悟様の所有物。その尊きこの身と御名をもって御前に現れるなど、不敬極まりない所業だとは…存じてはおります。

 ただ我は、創造されてから今まで、この身以外の姿をとったことがありません。恐れながら、相応しいものなど無いとも―――』

 

 そう言い切るや、赤い禍々しい目を曇らせた……ような気がした。

 

『重ね重ね不徳の極まることではありますが、どうかこの愚才なる下僕めに、御身の前に現れるに相応しき姿をお示しいただければ、幸い至極です』

 

 そしてまた、面を下げた。先と同じには見えるも、今度はより深々となのが伝わった。

 

 強張りが若干……緩んだ。

 初対面かつとんでもない異形ではあるも、というか底知れなすぎて怖過ぎるも、差し出したその言葉はとても真摯だと分かる。嘘など一切交えていないのだと伝わって来る。……理由は分からずともコイツは、俺に忠誠心を示していると。

 

 そんな共感と安堵のためか、求められた願いに答えようと……、真っ先に浮かんできたのは、

 

『了解しました。

 では、その通りに―――』

 

 言うやいなや面を上げ、纏っていた邪悪だろうオーラを色濃く燃え上がらせた。全身を覆い尽くし、姿が見えなくなるほどの光に塗りつぶされた。

 

 ―――そしてわずか数瞬後、吹き消さされるように晴れたオーラから現れたのは、

 

「―――なッ、えぇッ!?

 そ、ソレて……、【アルベド】かッ!?」

 

 純白のドレスを身にまとい、艶やかな黒髪は腰のあたりまで流れている。慈悲そのもののやわからな微笑を浮かべる、女神のごとく美しい女性。

 非の打ち所のない絶世の美女ではあるが、左右のこめかみから伸びる山羊のような巻き角に、腰のあたりから伸びる黒く染まった天使の羽は、人では無い異形の者だと示している。

 【アルベド】___。ナザリックのNPCたちを統括管理させるべく創造したNPC。最奥の[玉座の間]にて、ゲーム終了の最期の時まで傍に侍らせていた彼女が今、そこにいた。

 

『如何にも。悟様が下賜してくださった、我が最愛なる愚妻でございます』

 

 失礼ながら、悟様の思念を読ませてもらいました……。付け加えられた声音は、今までの死神の重厚な声音ではなく、アルベドの心地よい美声だった。

 ゲームでは喋らせることもその機能も付けていない。ので、知らないはずなのに、目の前の彼女に相応しい声だと直感させられた。

 

 現実ではありえないはずの超常現象に、頭はパンク寸前。さらにいきなり、絶世の美女が現れ微笑を向けてくれている状況に……、何も考えられない。

 なので、色々と棚上げに押し込んで、ただ言葉尻りだけを問いかけたら、

 

「か、下賜て……、お前に与えたて、ことだよな? でも俺、そんなことした覚えないぞ?」

『[モモンガを愛している]―――』

 

 ドキリ―――と、心臓が飛び出しそうだった。事実、息は詰まった。まるで、愛の告白でもされたかのようで、でも心の準備も何もかも無いのに……。

 そんな強すぎる刺激でか、逆に冷静さがにじみ出てきた。

 まるで何かをなぞるかのような言い回し、直近で/どこかで見たことがあるセリフだったと……、思い出せた。

 ___俺が書き換えた設定か……。

 その黒い事実の再確認に、先とは別種の恥ずかしさが沸き上がってきた。

 

『[守護者統括]としての責務と、悟様より授かったその使命により、こやつめは支配者たる私の伴侶となることができたのです』

 

 素晴らしきご采配、見事な先見の明でございます……。こちらの猛烈な恥ずかしさなど無視して、ただただ純粋な賞賛を捧げてきた。

 ソレが、さらなる恥ずかしさに沈めてくる。穴があったら隠れたいと、都合の良い奇跡を願っていると、

 

()()を恥じる必要など、一切ございません』

「? 

 …………、ッ!///」

 

 心を読まれていることに、今更ながら気づかされた。……もうダメだ、死にたい。

 しかしながら、偽アルベド=モモンガは、屹然と告げてきた。

 

『その生への渇望こそ、悟様が神髄たるゆえんでございます―――』

 

 一切の迷いなく/誇らしくも/崇拝を込める様に、モモンガは続ける。

 

『我はソレを捨て去ることで不死者(アンデット)となり、他のソレを憎悪し殲滅する力を獲得することで死の支配者(オーバーロード)となることができました。しかしゆえにも、永遠に取り戻すことができない。新たなる生命を創造することだけは、できなくなった……。

 [絶対の支配者]とは、絶滅させる暴威を有している者ではあらず。創造の神秘をも会得し、初めて名乗ることができるもの。我だけでは決して至ることができなかった高み、悟様が降臨されたことで初めて、到達することができました』

 

 ただここに来てくれたことで奇跡を成した。まさに恩寵……。そして夢見る乙女のように、神にでも出会えたかのような潤んだ瞳を、一心に向けてきた。この程度の賞賛では足りなすぎるとも、熱を込めて。

 その狂熱に、圧倒された。思わず引き下がってしまいそうになるも、それすらできず金縛りにあったかのように、魅入られていた。……相手が自分にそうなっているのと、同じように。

 

 自然と黙して見つめ合うこと……数瞬、

 

『ちょうどこの愚妻めも、淫魔としてあらゆる手管に通じております。悟様に粗相をするようなマネは、決してせぬことでしょう』

「手管? …………、ッ!/// 

 な、なッ、なに言ってんだよお前はッ!/// そ、そんなことするわけが、したいわけが……無いよッ!」

 

 というか、何言い訳させるんだよッ! ……慌てまくって本性を露わにしてしまうと、なぜか落ち着いたワケ知り顔を向けてきた。

 

『ふふ、さすが悟様。愚妻めの扱いを心得ておられてるのですな』

「扱いて……、そういうわけじゃ……」

 

 …………もういいや、反論する気が失せた。

 ガクリと肩を落とすと、付き物も落ちてくれた……ような気がした。

 

 

『この[聖域]内での我も、ほぼ同等のご奉仕をすることができるでしょう。あらゆるお望みに答える用意があります。

 ですがただ一点……、御子だけは、本物のアルベトをお召になっていただくしか、ありません』

 

 ? 本物……。他のいかがわしきは全部スルーして、尋ね返した。

 

『現在悟様は、ナザリック[玉座の間]の玉座に鎮座し、アルベドならびにメイドたち下々を傍に控えさせている状況です。悟様がお声を掛けるまで、ほぼ永遠にそのように待機しているでしょう―――』

 

 こちらをご覧下さい―――。そう答えるや、部屋の窓を見るよう示してきた。

 つられて目を凝らすと……そこには、現実世界ではありえないような光景が映っていた。

 ココに[強制ログアウト]される前まで、ゲーム内で行って/作った光景、モモンガが説明した通りの光景が映っていた。背後の頭上からの第三者視点/TPS視点で俯瞰しているのではなく、ゲーム内のように直接目で見ている/FPS視点で眺めているような光景だ。……まるでリアルタイムで、自分のアバターが睥睨しているかのように。

 

『―――しかしその心の内は、()()()()()()()()の無心とは別、お側に仕え命を実行できている法悦に満ちております』

 

 続けた説明に、また琴線が震えた。

 

()()()()()()()()()()()()てのは、どういうことなんだ?」

『まだ確かな状況を掴みきれてはおりませんが……、現状を表すにその表現が正しいと愚考いたしました―――』

 

 そうして改めてまっすぐ、真剣な眼差しで見据えてくると、

 

 

『現在、我と悟様ならびに、ナザリック地下墳墓とNPCたち全員は―――、()()()()()()()()()()()ようです』

 

 

 ありえねぇ! ―――そんな逃げ口上を封殺すかのごとく、現実を突きつけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

_




長々とご視聴、ありがとうございました。

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