騎士王国ルート   作:ツルギ剣

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エ・ランテル

 

 

 エ・ランテルに作った法国御用達のホテル。

 表向きこそちゃんと偽装してあり、誰でも所定の料金さえ出してくれれば泊める高級宿だけど、建物等の建設や維持費用はいくつかのダミー貿易商/両替商を通して法国へとつながっている。法国の要人が来た時には必ずこの宿に泊まる。さらには、現地に住んでる/活動している法国人の情報交換場ともなっている。リ・エスティリーゼ王国領/それも王直轄領でありながら、治外法権な法国の外国領事館といった有様だ。……この世界にはまだ、各国に領事館が公式に常設されるほどには、『影の統一政府』の力は及んでいない。

 けど、決して公になることはないだろう。ほかの国々も同じような高級宿を建設し運営している。何よりエ・ランテル市自体が、その収益の一部(賄賂)をもらうことで、どうにか都市自体を運営できている始末だからだ。多数の国家へとつながる交易都市の常であり、王国の統治がいかに末期状態まで堕ちているかの表れだ。……もはやいつ王国から離脱/独立を宣言されても、おかしくない状態。

 彼らのような対国家規模の『戦略兵器』たちが、ほぼノーマークでこの都市内/この宿に滞在できてしまうほどには。

 

 

「___なにッ!? あのニグンが裏切った、と?」

 

 私の報告に、要注意人物/黒い虎を思わせる若い男が吠えるように驚きを見せてきた。その強烈な『圧』に周囲も、図らずに押されてしまっているのが見える。

 本人からすると無自覚に/ただ緩んだだけだろうけど、そのほんの少しだけで怯ませる暴威を覗かせてくる。……例えはものすごく不謹慎だけど、私たちにとってのかの御方のように。

 知っている我が身からすると、その程度はそよ風にも及ばないけど、体は正直にすくみあがってしまう。訓練と信念で本能は押さえつけられてはいるけど、細胞レベルの恐怖だけはどうしようもない。

 そんな私と周囲の様子を見て取れたのか、要注意人物は浮かせていた腰をソファーに収め直してくれた。コホンと咳払いしては、続きを促してくる。……なるほど、そういうタイプか。

 

「全員では無いのですが……、他の陽光聖典の隊員たちも従っているみたいです」

「誰かが謀っているのでは、ないのですか?」

 

 比較的に危険度が低い一人/柔和そうだが誰も眼中に無さそうな神官風の男が、遠まわしに要注意人物と同意見を向けてきた。場の空気を見越してではなく、本当に同意見との様子だ。

 ニグンや陽光聖典との交流あるいは友情関係は、そこまで無かったはず。いや、誰に対しても平等でゆえに冷淡でもあった。唯一熱くなれるのは、信仰している神に対してだけ。人類至上主義の法国の中、亜人も心より帰依すれば救われるとの信念まで持つほどだ。今まで誰一人として、真に帰依できた亜人はいないけど。……なるほど、それでか。

 

「我々[風花]と連絡を取るための符牒を心得ていました。先に出陣したニグン隊長以外、知らぬはずのものです」

「では……、洗脳されてしまった可能性は?」

 

 比較的危険度の小さなもう一人/両手に巻きつけた鎖もファッションと通せてしまえる程の優男が、あまり耳に心地よくはないだろう質問をしてきた。思わず眉をしかめてしまう面々に配慮しての躊躇いがち、でも彼自身は共感よりも合理的を最優先できるタイプだろう。……その鎖は捕縛だけでなく、拷問にも使われてきたことだろう。

 

「強力な秘匿魔法が施されていますので、不可能でしょう」

「それ以外の方法では……、それこそありえんな」

 

 最後の危険度小の一人/我が筋肉こそ最硬の鎧にして武器と思っていそうな大男が、独断と偏見でそれ以上の追求を無くしてくれた。実にコチラには都合の良いこと。ニグンたちの神と法国への忠誠を鑑みてではあるのだろうけど、私たちがソレらをはるかに上回った存在であることまでは思考が届かない。良き兵士ではあるけど、現場の指揮官どまりだ。全軍を指示するような将軍には向かないだろう。……外見はガチムチで強面だけど、この集団の中では一番の人格者かもしれない。

 

「それでは……ニグンと隊員たちは、自発的に我らを裏切ったと?」

 

 最後の一人。彼女自身に危険度は皆無だけど、彼らに護送されるに足るだけの地位にいる老婆。これまでの報告と考察をまとめての、コチラが向けたかった答えを出してくれた。……彼女ならば、それしかないと思ってた。

 半分は真実なれど、もう半分はもちろん違う。でも彼女たちには、本当の真実を見抜くことは永遠にできないだろう。……気づけた時にはもう、その真実は無意味になってるから。

 

 彼らからすると衝撃的な結論に、戸惑いの沈黙が広がった。

 そんな重い空気を開くように、神官風の男が持論を出してきた。

 

「あるいは……、裏切っているとの意識は無いのかもしれませんね」

「……どういうことだ?」

 

 要注意人物が、威嚇するように凄んできた。レベル差による威圧は抑えに抑えてはいるが、聞き捨てならない意見だったのだろう。

 神官風の男は意に返さず、それどころか我が意を得たりとの笑みを浮かべながら続けてきた。

 

「彼の信仰心は確かです。強さこそ私たちには及びませんが、人類守護の最前線で亜人たちの侵攻を何度も防いでみせた。その戦功と献身を鑑みれば、彼を隊長にと抜擢した土の神官長殿の目は確かでした」

「貴方の妹とは違ってか?」

 

 鎖の優男からの問いは、まさに釘を刺すようなものだったのだろう。神官風の男は一瞬、その能面じみた笑顔を強ばらせてしまっていた。さらには、その奥に隠しているだろう素顔/黒い暗い怒気が、漏れ出してしまうほどにも。

 

「……おっしゃる通りです。我が愚妹クレマンティーヌとニグン達とでは、状況がまるで異なります。

 彼らはまだ、法国に対して明確な裏切り行為をしていない」

 

 突拍子もない意見に、一同は一瞬唖然としてしまった。

 私としては……、なるほど。彼の信仰心はなかなかに筋が通っていることだったか、だ。

 

「帰還報告をせず独断専行、あまつさえ麻薬製造になぞ関わるなど、裏切り行為以外の何者でもなかろう?」

「暗殺失敗の上、隊員を人質に取られているとあれば、どうでしょうか?」

「それこそ彼ららしくない。なぜ全員で特攻しようとしなかった?」

「討ち死にするよりも、機を見て逆転する可能性に賭けたのかもしれません」

「その結果、陽光聖典の名に泥を塗るとしてもか?」

「……体面よりも結果。屈辱に耐えてこそ、掴める勝利もあります」

 

 最後はさすがに苦しげだったが、同僚たちの口撃をすべて凌いで見せた。浮かべそうになったほくそ笑みを押さえ込む。……コチラとしては大助かりだ、手間が大いに省けた。

 

「___いいでしょう、判断は保留にしましょう」

「カイレ様!?」

「我らがやるべきことをは一つ、復活した破滅の竜王を討つことです」

 

 破滅の竜王……。そのキーワードだけから特定するのは、なかなかに骨が折れる作業だった。今の人々からは忘れ去られて、もはや伝説となってしまった怪物。その姿形は絵画や書物にすら残っておらず、名前すら仮名でしかなかった。ただの妄想と疑いたくなるほどだ。

 けど、御方と私たちの総力をもってすれば、暴けぬ秘密など無い。そして、不確かな妄想の怪物でないのならば、倒せぬ存在などない。

 

「この先にあるカルネ村に向かえば、自ずと分かることでしょう」

 

 任務成功。獲物を鳥かごへと誘導することができた。

 御方の真のご要望はまだまだ先にあるけど、彼らは重要な伝手になる。それだけに少々手こずる獲物だけど、もはや網にかかった。無力化できれば、幾らでも方法はある。……私の力を信じてくれた御方に、少しでもご奉仕したい。

 

「……まぁよいさ。俺のこの槍かカイレ様のソレさえ決まれば、竜王など恐るるに足らずだ」

 

 要注意人物が、あまりにも稚拙な間違いを犯してもくれた。戦いにおいて、最も信じてはいけないモノに結論を託してしまうという。……彼は情報通り、その生来のモノのみが価値なのだろう。

 法国人全てに通じる信仰。残念なことにソレは、私たちにも大いに通じてしまうところがある。けど一つだけ、決定的に違う。彼らはかつての残滓に縋っているだけ、私たちは今を生きそして遥かなる未来へと進みつづける太陽に従っている。……いづれは太陽をも、超えてしまうかもしれない。

 

 結論がつくと、私にも退出を促してきた。

 

「ご苦労だったな、[オーレオール]」

 

 その名を彼ら等に告げられたことに若干不快感がでてくるも、御方の指示であると思い出して堪えた。表になど決して出さない。……思い出せばむしろ、快感が湧いてくる不思議。

 

「いえ、これも風花の勤め。皆様のご健闘、心よりお祈りします」

 

 半分カバーである偽りの役職/風花聖典の若手捜査員通り、深く一礼しながら退出していった。

 

 

 

 ―――

 ……

 

 

 ホテルより出て、風花聖典専用/エ・ランテル支部となっている偽装商店へと向かう道中。比較的富裕層が屯しているアッパータウンから商店がたちならぶビジネス街へ、中でも一般層が住んでるダウンタウンに近接している商店通り。一匹の小さな/小指の爪ほどの昆虫が、肩に止まってきた。

 いわゆるテントウ虫に似た丸っこい外見/水玉模様。毒虫でもなく脅威など無い、どこにでもいる昆虫ではあるけど、エ・ランテルの気候とそもそも都市部には珍しい。しかしながら、やはり小さすぎるゆえに気づいても払うだけにとどまる。警戒などできない存在。

 でも、私は違う。外見こそ違うものの、同族だとのシンパシーが触れた瞬間に伝わった。ゆえに注目できると、その正体を見抜くことができた。

 小虫を肩に乗せながら、そっと人通りから離れ裏路地に入ると、

 

 

「___どうしたのエンちゃん?」

『オーちゃん、大丈夫だったか?』

 

 小虫から、同年代の姉妹の可愛らしい間延びした声が聞こえてきた。もちろん、小虫が喋るわけも聞こえるほど大きな声を出せるわけもなし。【伝言(メッセージ)】による遠方からの音声を伝えてくれているからだ。

 この小虫/【デンデン虫】の能力。使役者の声を触れている対象に伝えられる。媒介と手間があるため[伝言]より即効性は無くなるけど、【盗聴(ワイヤータップ)】に対してほぼ完全防御できる。とても信頼性がある連絡手段となる。

 そして、ナザリックでも指折りの蟲使いである彼女/【エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ】が操作しているのならば、全幅の信頼をおけるというもの。

 

 内容から心配してくれてるんだろうけど、声音は緊張感にかける呑気なもの。そもそも対面しても無表情なので何を考えているのか読み取りづらい。けど、姉妹同士のシンパシーとでも言うべきか、上手くは説明できないけど何となしに心情が分かる。本当に心配してくれたのだと。

 

「はい。薬剤や魔法による洗脳ではないので、バレてはいないはずです」

 

 ちょっとズレてるかもしれないけど、作戦に必要な懸念。彼女は一見すると遊びたがりだけど、とても真面目で優秀で仕事熱心な子だ。……ユリ姉さま以外の姉さまたちには、見習って欲しいところ。

 今の『私』は、もちろん影武者だ。法国の風花聖典に所属している若手の女捜査員。でもその精神はほぼ全て、私こと[オーレオール・オメガ]そのものといってもいい。主人格を塗りつぶしてしまった、ということになってしまうけど、あくまで自発的だ。まるで前世を思い出せたかのように、[オーレオール・オメガ]に『戻った』だけ。

 

 私は、あらゆる人間種の女性にとっての原型/創世記のエヴァのようなもの。理想像やグレートマザーを超えての、女性となるために不可欠な遺伝子とも言い換えられる。だから、洗脳などの矯正や魔法による強制も必要ない。元から備わっているモノを思い出させてあげるだけで、全ての女性は『私』となる。……人間種から女性が消滅しない限り、私は幾らでも私を作り出すことができる。

 ゆえに、本体である私はナザリックの第8階層の桜花領域にいるけど、『声』をかければ現地人の女性はみな私になる。こうやって外で自由に活動することができる。

 

『よかった。

 デミ様からの伝言、もってきた』

「ありがとう。繋げて」

 

 そう頼むやすぐ、スイッチが切り替わったように気配まで変わった。姉妹同士のシンパシーが薄れて、ナザリックの重鎮たちが放っている独特な気配が漂ってきた。……この鋭くも焼かれる感じは、まさしくだ。

 

「___デミウルゴス様。作戦通り、彼らを村へと誘導することができました」

 

 おそらく待たせていたので、コチラから先に挨拶すると、

 

『ありがとうオーレオール。

 とこで、彼らの戦力はどの程度だったかい?』

 

 いきなり本題に入ってくれた。今の私の急場を配慮してくれてのことだろう。どうやって知り得てるのか……、相変わらずとても優秀な参謀だ。

 

「平均的に30レベル前後ですが、一人だけ60レベルはありました」

『例の『神人』とかいう、漆黒聖典の主席だね』

「はい。装備はレベルや役職にそぐわぬ不揃いでしたが、二つだけ危険なモノを見受けました」

『もしや……、ワールドアイテムかね?』

 

 なんと、もうそこまで……。あらかじめ念頭において、私の警告で察することができたのだろうか。論理や物証を重視しすぎるきらいのある私には、とても勉強になる直感思考だ。

 

「詳しい効果は分かりませんが、槍状の武器が一つ、金の龍が刺繍された中華風のドレスの二つです」

 

 確かドレスの方の名前は、[ケイ・セケ・コゥク]だ。全く聞き覚えのないアイテム名だけど、ナザリックにあるアイテム情報と特徴を照らし合わせると、【傾城傾国】という精神支配系のワールドアイテムだと推察できる。例え完全耐性をもっていても、無視して支配できる凶悪な代物だ。

 

『神人に加えて、ワールドアイテムか……。今の我等では少々荷が重すぎるかな』

「……アインズ様のお力をお借りしますか?」

『いや、お手を煩わせるほどのことではない。だろう?』

 

 煽るような言葉、なれど信頼感が込められている。君なら楽勝だろうと。……我が事ながら、ちょっと鼻が高くなる。

 

「確かに、魔術師を連れてきていないだけでも、底が知れる相手です」

『さすがだ! ソリュシャンはそちらに向かわせておいたよ』

「ありがとうございます。シズ姉さまとルプ姉さまにも待機してもらっていますので、早々にカタをつけれるでしょう」

 

 ナーベラル姉さまもいれば、久々に7姉妹(プレイアデス)勢ぞろいでの『お祭り』ができるけど……、そうもいかない。ナーベ姉さまは、こんな些末事よりももっと大事な仕事をしているのだから。

 

『それでは健闘を…いや、良い狩りをだね』

 

 まさにだ。戦いは始まる前に9割がた決まっている。敵を知り己を知り天の機を掴めば、百戦百勝だ。全て揃っている此度の戦いは、もうただの狩りと言える。あとはただ、各々がどう楽しむかだけだ。……姉さま方の得意分野だ。

 私は/欲をいえば、偉大なる御方/アインズ様に間近でご鑑賞頂ければ最高だった。御方の行動を私事で決めるなど下僕としてあってはならないことなので、叶わない願いだけど……。

 

 デミウルゴス様からの通信が終わり、またエントマに戻った。

 

「それではエンちゃんも、計画通りにね」

『わかった___』

 

 信頼できる返事をしてくれると、通信も切れた。デンデン虫も肩から飛び立っていく……。

 

 その直後、背後から声をかけられた。

 

「___お、ちょうど良かった! お前も一緒に来てくれ」

 

 思わずビクリと肩が跳ねそうになるのを……なんとか抑えた。

 顔からも緊張の色を消す/ナザリックの皆用から切り替えると、声の主へと振り返った。

 

「……何があったんですか先輩?」

 

 風花聖典の男の先輩。実地教育を担当してくれた人で、20代前半の男性だ。

 若いが捜査員を5年以上勤めているベテランだ。もとは山岳部隊だけど、どこの国にも溶け込める容姿ともちろん能力によって抜擢された。ベテランといえども若いのは、法国は12歳から兵士として採用されるからだ。魔法やスキルの存在を考慮すれば、決して若すぎることはない。亜人たちの脅威が年々強まっている日々の法国、対象年齢をもっと下げるべきとの議論まで上がっている。

 彼を見ていると、体がムズムズして落ち着かなくなってくる。風花は情報を扱う部門であり、特殊部隊たる六色聖典の生命線ともいえる。ゆえに、正確な情報の獲得と伝達が必須。自分の命よりも何よりも獲得した情報を仲間に伝えねばならない。どんな拷問や尋問にも耐えねばならないし、時にソレらをやらねばならい。同性同士でよりも異性同士の方がより教えられる幅が広がる。互いに若く健康的で先輩後輩の主従関係、今後とも同僚として働かなければならないとあれば、常に緊張し続けなければならないからだ。……理屈では納得していても、心と体は違っているという現実を。

 いつもなら自分よりも、彼の方が戸惑いを見せるので冷静になれるも、今は違う。それどころでは無い緊急事態がおきた。

 

「例の裏切り者の女だよ。この街で見かけたとの情報があった。尾行して正体を確かめるぞ」

 

 裏切り者がこの街に……。まさかこのタイミングで被るとは。

 もしも本当だったとしたら、無用心な行動になりかねない。けど、誰かが確かめないといけない。……私たち以外はいない。

 

「漆黒の方々に連絡は、よろしいのですか? ちょうど兄君もいらっしゃいますよ」

「まずは確かめてからだ。……また偽物をつかまされたら、恥の上塗りだからな」

 

 行くぞ―――。そそくさと先をいく先輩の背を追った。

 

 この立ち位置は久しぶりで、ゆえにか暖かい気分が湧いてきた。危険な任務だと把握しているけど、自然にできた懐かしい関係。……この時間が少しでも、長くあれば良いと想う。

 風花聖典の教育システムによる洗脳、とは理解できてはいるけど、どうにも止められない。死と隣り合わせな職場だからこそ、逆に強く意識してしまう。片思いでも構わないとも。……このためなら納得して、死ねると。

 『私』としては今すぐ引き返させたいけど、自主的に私となった彼女。私を求めることと先輩を想うことは、同じ原因から発生した。……最後の最後まで、付き合わねばならないね。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 異次元の穴に吸い込まれた直後、確かに聞こえたような気がした。

 

『ちょッ!? こ、こんな大人数入らないてッ!』

 

 デスナイトが襲いかかる寸前、蒼の薔薇たちを助けるように割り込んできた声だ。

 あの時は声から想像できる少女じみた幼さからは程遠い、実に頼もしそうだったが、今はどういうわけか慌てふためいている。

 

『だ、だめぇッ!? 入らないでぇーーーッ!!』

 

 泣き喚く勢いで拒絶されたが……、もうどうしようもない。入ったが最後、行くとこまで行くしかない。

 引きちぎられそうになる意識と身体感覚。それでも、デスナイトの冷たくゾッとさせる感触を頼りにしながら、引っ張られ続けると―――……

 

 

 ―――ついに抜け出した。身体の感覚も戻った。

 しかし同時、

 

「うぉッ!? こ、ここは―――」

 

 空の上か! 

 異次元の穴の先につながっていたのは、どことも知れぬ大空の中だった。出口から投げ出されるとすぐ、遥か下にある地面まで落下していく―――

 

(この高度は……、マズいな!)

 

 眼下には、広大だろう大都市が視界に収められるほど。高度など算出できないが、墜落したら地面に真っ赤な染みを作ることは間違いない。……何もせずに墜落したのなら。

 

(他の皆は……、近くにいない!?)

 

 ぐるりと見渡してみても、自分の他にだれもいない。掴んでいたはずのデスナイトすら、傍にいないしまつだ。

 

(いや―――、あそこにいるッ!)

 

 青空一色の周囲に、黒々とした小さな点が見えた。纏っていただろう黒のオーラの尾を長く引きながら、自分同様に落下しているのが分かった。―――デスナイトが、そこにいるのだと。

 

 身体で風を受けながら、何とか奴の場所まで飛ぼうとしたが……、無理だ。あまりにも離れている、近づく前に地面に落下してしまう。

 

(ならば今は、我が身のことだけ―――)

 

 蒼の薔薇たちの行方は気になるが、自分が生き延びてからだ。

 すでに衝突は間近。赤レンガ重ねの屋根が目前にせまっている―――

 

 

「武技発動、【拡散襲撃】!」

 

 

 武名を叫ぶと、心身すべてが技のために切り替わった。

 屋根に衝突落下すると同時、前に突き出していた両腕で触れ/衝突力を一旦吸収させると―――その衝突ベクトルを直角/地面にほぼ並行へと強引に曲げた。

 

 衝突接触した屋根に、小規模な爆発。直後、墜落速度と同じほどのスピードで横手へと吹き飛んだ。

 両腕が肩まで、千切とんだかの様。反動までもすべて散らせなかった。体は横飛びに飛ばされつづける。ゴロゴロともみくちゃに、受身も取れず転がされながら、衝突エネルギーを散らしていく。

 ようやく両足で踏ん張れそうな頃合、「うぉッ!?」しかし屋根は途切れていた。また空中に投げ出される、地面に落下していく。

 上下左右はまだ不安定。平衡感覚はまだ治りきっていない。けどいつもの訓練と体感覚を信じ、両足が地面に接触したらすぐに横転倒。落下の衝撃を身体の各所へと散らした。 

 

 

 そうして、何とか無事に着地できた。

 すぐに起き上がる。両腕に痺れと痛みはあるが、軽傷だ。幸いなことに骨折はしてないが、右肩が脱臼してしまっている。

 壁に肩を押し付けながら……ゴキンッ、無理やりにハメ直すと、かすかに見えた他の落下地点/デスナイトが落ちただろう地点を見据える。

 

 ___合流か、それとも一人で止めに行くか……。

 

 周囲を改めて見わたす。

 空から一望してと改めてで、ここは[エ・ランテル]の街中だと分かった。……帝国との毎年の戦争の際、よく見てきた。

 街の作り小道にいたるまで把握している。どちらの対象も目立つ。ならば、脅威こそ排除すべきだろう。

 

 突然空か落下してきた自分に、当然ながら目を丸くしている街人たちを無視して/かき分けて一路、デスナイトが落下したと思わしき地点まで向かった。

 

 

「___悪い、道を開けてくれ!」

 

 一気に走り抜けたいが、どういうわけか今日は人通りが多い。ぶつからないようにするだけで時間がかかる。

 突然落下してきた自分の責は、当然あるだろうが、野次馬にしては集まりすぎている。普段のエ・ランテルでもこれほどの人ゴミはない。……今日は祭りでも開催されているのか?

 

 人々を押しのけながらも進んでいくと、よろめかされた男が「なにしやがるてめぇッ!」と怒鳴りつけてくる代わりに、

 

「お、おい! もしかしてアンタ……、ガゼフ・ストロノーフじゃねぇのかッ!?」

 

 男がそう叫ぶと、突然周囲も振り向きだした。そして改めて俺を注視してくると―――どよめきが広がっていく。

 いきなり注目をあびて戸惑う。歓声に包まれてしまい、押しのけるにも押しのけられなくなった。……一体何が起きてるんだ?

 

 困惑させられてると、観衆の囲みから街のゴロツキ風な強面の男が出てきた。俺を確認するとやはり驚きを露わにして、

 

「___おほぉ! 本当にガゼフだ、やっと来やがったぞぉ!!」

 

 ゴロツキが大声で叫んできた。驚きのあまりというよりも、遠くにいる誰か達に伝えるためだろう。……キナ臭い空気になってきた。

 何かが起きる前に、ここから抜け出るべきだ。

 

「……どいてくれ。急いでるんだ」

「おいおい!? ここまで来てそりゃねぇんじゃないか?」

 

 予想通り、ゴロツキが通せんぼしてきた。

 厄介だな……。事情が全くわからない。ゴロツキも純粋な嫌がらせではなく、何か筋の通ったところが見受けられた。周囲の観衆も、ゴロツキの阻みを是としている様子。

 

 どう対処するべきか迷っていると、ゴロツキの仲間たちがやってきてしまった。

 その中心人物、禿頭の筋骨隆々たる大男。分厚い毛皮製の道着を着込んているが、袖や首元から何らかの刺青がみえる。口元は商売人風に笑顔となっているが、その目には巨大な虎を思わせる凄みが今にも弾けそうなほどにしまわれている。手の甲に目を向けると、商売人とは思えない人を殴りなれている有様。指先まで鍛え上げられている。……コイツ、何者なんだ?

 コチラが警戒を強めると、知ってか知らずかしかし気にせずに、観衆へと商売人風の笑顔を振り向けてきた。

 

「こんなに早く来てくれるとは予想外だったが、まぁ好都合だ。―――おいブレイン、お待ちかねの相手がいるぜッ!」

 

 出された名前に虚をつかれてしまった。……まさか、そんなことが?

 呼びかけた方向、一軒家が収まるほどの面積の白い高台。観衆たちの注目を集めている中心地。その壇上には、青い短髪の壮健な男が一人静かに立っている。そしてその鷹のような鋭い視線が、俺を捉えると、

 

 

「___まさか、本当に来てくれるとは思っていなかったぜ、ガゼフ」

 

 

 ブレイン・アングラウス……。間違いない。ゴウン殿に見せてもらった映像通りだ。

 かつてよりも一段と剣気が増している。奴が俺を見据える邪魔にならないためにか/無意識にも危険を感じ取ってか、自然と観衆たちは道を開けていた。

 

(どうしてブレインがここに……、ッ!?)

 

 思い出した! 決闘の果たし状をもらったばかりだった。

 まさか落下した地点の近くが、奴が擂台を築いていた場所だったとは……。

 

 差し向けられる視線からも、分かる。今にも斬り合いたい奴の剣気が。決して逃すまいと、猛禽じみてるほどに。

 当てられてコチラも、思わず腰の剣に手が伸びてしまったが……グッと堪えた。今はそれどころではない。

 

「……すまんがブレイン、決闘をしに来たわけじゃない。他に大事な用があるのだ」

 

 デスナイトを止めなければならない……。この場で皆に伝えるべきか少し迷ったが、誤魔化すことにした。どれほどの脅威か想像することすら難しい相手だ、対峙し続けた俺自身もまだ底知れなさを感じるほどだ。ここで無駄に混乱をひろげても、収拾がつかなくなる。そもそも、信じさせられる自信もない。

 

「おいおいおい! ここまで来て逃げるとは、王国戦士長の名が廃れるてもんじゃないのかよッ!」

 

 そんな曖昧な俺の態度に、プレインの代わりにゴロツキの一人がケチをつけてきた。俺に対してだけでなく、観衆に向かっての扇動もこめて。……正当ではあるので、返す言葉がない。

 だがソレで、引くわけにもいかない。

 

「……誰だお前らは? カタギの人間じゃないな」

「ブレインの仲間だよ。この興行に一役買って盛り上げるための裏方、てところだ」

 

 禿頭の大男が、不敵な笑みを浮かべながら、俺を壇上へと誘導してくる。……もう決闘する以外に無いのだと、諦めて従えと。

 一目見た時から、何かよからぬ企みの臭いがした。証拠もなければ証明もできないが、戦士として培った直感が訴えてくる。目の前のコイツらは、社会の暗部に巣食っているような輩だと。

 ……とは言うものの、観衆たちの囲みは破れない。無理して押しのければ怪我人がでる。ゴロツキ達もソレを煽り立てては、俺を雁字搦めに縛り上げてくるはず。

 

「用事を済ませてきたら、また戻ってくる。それではダメか?」

 

 なけなしとブレインに向かって後約束した。ゴロツキたちは無視されて顔をしかめるも、この場の主役はブレインだ。彼の意向に従わざるを得ない。

 頼む、今は通してくれて……。懇願を込めるも、やはりそう甘くはなかった。

 

「部下たちがいないな。一人できたのか?」

「……そうだ、急用なのでな」

「国王からの勅令、ではないのだな」

 

 痛いところを突かれた……。俺が決闘を辞退できる唯一の手が、封殺された。

 思わず沈黙してしまうと、ブレインはニヤリと笑みを浮かべて、

 

「ならば―――、遠慮なく戦えるな」

 

 その決定に、観衆たちが一斉に沸いた。ゴロツキたちも、観念しろと目で訴えてくる。

 

「……確かに勅令ではないが、大事な用件だ! この街と人々の命に関わるんだ!」

 

 マズい空気を暴露で変えようとするも、キョトンとされるのみだ。水を差すことにもならない。……当然の反応だ。

 そんな周囲の空気に便乗してゴロツキたちが、ソレを往生際の悪さと強引に解釈させてきた。

 

「はは! 戦士長殿は堅物そうに見えるが、なかなかに面白れぇこと言ってくれるじゃないか!」

 

 なぁ皆! ―――その扇動文句に、観衆たちは再び熱を取り戻した。

 

 これはもう、どうしようもないのか……。肩を落としそうになると、ブレインがトドメを刺してきた。

 

「ガゼフ。もしも本当に、その『急用』とやらがあるのなら、俺を倒してからにしろ」

 

 その決まり文句に、観衆の熱はピークに達した。誰もが俺を壇上へとはやしたててくる。……もはや奴と決闘する以外にない。

 

 やりたくはないがもう、受け入れるしかない。

 諦めて腹がすわると―――、良いアイデアが浮かんできてくれた。

 

「___いいだろう! では、俺からも条件がある」

「おいおい! 言える立場なのかよ戦士長殿―――」

「まず決闘の報酬だ!

 俺が勝ったら、俺の用事に協力してくれ!」

 

 不本意な遭遇だったが、現状の問題を考えればむしろ幸運だった。ブレインが協力してくれれば、間違いなく被害は最小限に抑えられる。

 

「他には?」

「勝利条件の変更だ。

 その擂台の上だけで戦わせるつもりだろうが、狭すぎる! 俺たちの戦いの決着は、もっと広い場所でやるべきだ」

 

 二人だけの問題だと強調した。ゴロツキや観衆たちの干渉を、ブレイン自身に排除させる。……俺と本気で決闘したい、奴の純粋さに賭ける。

 そんな俺の意図を見抜いてか、禿頭が割り込んできた。

 

「おいブレイン! そいつは認めちゃならねぇぞ。興行にならなくなったら―――」

「なら、どこでやる?」

 

 よし、受けてくれた! 

 なら後は……、邪魔者を排除するだけだ。

 

「決まってる―――」

(武技発動、【流水加速】!)

 

 無言で技を発動させると、すぐさま心身が切り替わった。全身の強張りが一気に解かれ、柔らかく滑るように動いた。……あまりにも自然体ゆえに、傍で動いても注意を向けられない。

 その滑らかさのまま、傍にいたゴロツキの鳩尾に肘鉄を「ぐぇッ!」喰い込ませた。

 さらに近くのもう一人にも肘鉄を食らわせてやると、痛みのあまり体を丸められる前にはもう、背後に滑り込んだ。ゴロツキの腰帯を掴むと、滑り込んだ遠心力を利用する。ぐるりと半回転しながら―――投げた。

 壇上に立っている、ブレインに向かって。

 

「―――この街全土だ!」

 

 動揺した/観衆が悲鳴をあげた隙へ、さらなる【流水加速】をもって飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

エントマとオーレオールは、同じ末っ子同士ということにしちゃいました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

ゲーム時、誰でも使えたであろう「ファストトラベル」機能。転移後世界ではどのような扱いがベスト?

  • 使用不可
  • プレイヤーと共に転移した拠点のみ使用可
  • イメージできれば転移後の街でも使用可
  • 独自の転移系魔法の一種として変化
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