騎士王国ルート   作:ツルギ剣

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エ・ランテル③

 

 薄暗い地下墓所の中、根暗な連中のバカみたいな儀式/お遊戯に付き合わされて数時間。ようやく終わってくれると、

 

 

「___よし、準備は整った。【叡者の額冠】をここに」

 

 祭壇の中央から、動きづらいことこの上なさそうな神官服でバッチリ決めながら、厳かそうに命じてくるカジット。そんな間抜けな一座の座長を、嘲笑ってやる気力も沸かないほどウンザリしてたので、

 

「……はいよ」

 

 ため息まじりながら唯々諾々と、法国から盗んで…もとい半永久的に借りてきた宝物を持ってきてやった。

 事あるごとに「預かっておく」と言われてきたが、当然聞けるはずはなく、この時までちゃんと懐に保管してきた。でもそんな保険のために、こんなおママ事に付き合わされるハメになってしまうとは……。

 

 見繕れた祭壇を登って行く。カジットが横に侍っているイスには、婚礼衣装なドレスだろうけど半透明なスケスケな素材、特殊性癖な変態が大喜びしそうなドレスに着飾られた街娼(奴ら的には巫女)が座っていた。……先にココに連れてこられた時に着ていた、田舎者臭く薄汚れてもいたいかにも街娼なドレスの方が、まだマシだ。

 一応は湯浴みとか化粧とかして小綺麗にはなっているけど、あの新製品の麻薬をキメられたのだろう。頭は首が座らないようフラフラと、視線も焦点があわず虚空を見つめ続けている。時おりヨダレも垂らされては、せっかくの変態衣装に染みを作っては、口元がおもしろいメイクになっていた。

 同じ女として、同情心のようなモノが沸くことなどない。表面だけ繕った肉の塊で、壊れた人形としか思えない。自分はそうならなかったことの安堵と、この女の不運と無能を嗤うのみ。見つめれば見つめるほど、今自分が生きている実感が沸いてくる。ソレを感じていると、心地よくなる。

 

 懐より取り出した【額冠】。意外にもこの変態ドレスと合うのかもしれないと思うと、そういえばこの冠自体も変態御用達のアイテムだったと思い出した。……法国はズーラノーンたちよりも、変態ファッションのコーディネートセンスでは劣っていた。

 しごくどうでもいい感想をうかばせながら、巫女様に冠を被せてやろうとすると、

 

 

 ___ソレを被せればどうなるか、分かってやるの?

 

 

 突然、声が聞こえた。

 

 耳ではなく頭に直接響いてきたようだったけど、すぐに周囲を確認していた。

 魔法の[伝言(メッセージ)]ならば、遠隔地からでも声を届けられるけど、先に通知がくる。不明な発信者の声は受信されない/できない。……詠唱者からではない。

 腹話術のように、声の音源を錯覚させる技術はある。放射状や同心円状に響き渡さず、直線上のみに絞ってだす方法も。それなりにマトモな訓練をしている諜報機関や軍の伝令部隊では、教え込まれる技術だ。戦場を渡り歩く傭兵や冒険者たちでも、勘がありそれなりに経験がある者たちなら身につけている。ただこの話術は、視界を完全に遮るような分厚い遮蔽物があるとできない。……今この地下墓所には、そんな小賢しい奴らもいない。

 数拍の内に、確かめきった。そんな警戒は露とも見せず、気軽な感じで尋ねた。

 

「……なんか言った?」

 

 尋ねるも、カジットは顔をしかめるのみだ。儀式を中断させてる不快感を露わにしているのみ。……カジっちゃんには聞こえていない。

 空耳かと、疑い始めると、

 

 

 ___今ならまだ間に合うわよ?

 

 

 確かに聞こえた、空耳じゃない。

 若い女の声だ。聞き覚えはないはずなのに、妙に耳に馴染む。記憶を探っては当てはめてみると、誰とも違うはずなのに、誰の顔/姿から出されても違和感を感じられない。若い頃の母親の声だとも……。あまりにも矛盾しているのに、その直感を否定しきれない。

 思わずもゾッとさせられた。とてつもなくヤバいのに、どうヤバいのか捉えきれない。警戒しなくちゃならないのに、どうすればいいのか見当すらつかない。ただの空耳だと振り払いたいのに、ソレだけはしてはならないとだけ分かっている有様。

 

「……何をしておる。さっさと被せんか」

 

 あまりにもビビってしまったからだろう、カジットが催促してきた。でも我ながらかなり露骨だったのに、気づいている様子はない。……奴らは犯人じゃない。

 となると、可能性はこの特異な環境だ。

 

(……精神支配をしてくる死霊(レイス)どもか)

 

 まったく鬱陶しい……。腹立たしくもある。そんな下等な奴らに付け入るスキを与えてしまっていることが。

 胸の内/無言で、武技【不動心】を発動させた。精神攻撃への耐性強化。

 やらされていることにまた腹が立ってくるも、察知できた危険は即座に排除/対処してこそ生き延びられる。甘い幻想に縋るアホウ共とは違う。……私はまだ、こんなところで死ぬつもりはない。

 

 充分かつ速効で精神防壁を染み渡らせると、儀式の続きを/冠を被せようとした。……理由はわからないが、コレをされたくないらしい。

 装着した者の意識を消却し、植物状態に変えてしまう。無理に外せば狂い死にする。冠を破壊すれば正常に戻れるけど、この世界に数個もない宝物。一人の女の命運と比べ、どちらが高いのか……言うまでもない。

 

(この女を、守ろうとしてるのね。……健気なこと)

 

 分かってしまえば、どうということはない。相手が目に見えないだけ、お涙頂戴の正義マンと同じ。しかもハッタリをかまして、状況をひっくり返そうともしている。……実に食指をそそる展開だ。

 漏れでる笑み/逸る気持ちをそのままに、今度こそ被せてやろうとすると、

 

「ッ!? ―――」

 

 寸前、引っ込めた。……廃人女の姿が、自分そっくりになっていたから。

 

 図らずも後ずさっていた。息を呑みながら目を瞬かせる。

 恐る恐るも、もう一度見直してみるとそこには……ちゃんと廃人女が座っていた。自分の鏡像などではなかった。

 

 

 ___ふふ。自分がヤられるのだけは、怖いのね。

 

 

 クスクスと嘲笑われた、「お可愛いこと」とまでに。……いかにも上品そうに、上から目線で見下しているのが特に。

 

(……うぜぇ、とんでもなくウザったい!)

 

 目の前にいれば、確実に八つ裂きにしてやったのに……。アストラル体の厄介なところだ。信仰系の魔法を習得してこなかったのが悔やまれる。

 怒りのまま吠えたくなっていると、カジットが見当はずれの警戒をぶつけてきた。

 

「……クレマンティーヌよ。まさかとは思うが……、そやつに同情でもしているのか?」

「するわけないでしょ、この私がッ!」

 

 八つ当たりとぶつけると……当然、怯むどころかさらに訝しられた。今度は漠然としてもおらず、明確な警戒心をこめて。

 怒りはさらに渦巻くも、マズい状況とは気づけた。瞬時に切り替えると、場を取り繕う。

 

「ちょっとした冗談よ。アンタらの退屈すぎるお遊戯を見せられ続けたからさ、私なりの面白い演出を加えてやっただけ」

「……ならば、さっさと被せろ」

 

 言われなくても……。弱みなど見せるわけにはいかない。無情であることには何の躊躇いもない。常に勝者/捕食者であること以上に、重要なことなどない。

 

 

 ___最後の忠告よ。本当にソレでいいのね?

 

 

 女の最後通牒。先とは違い真剣味が十二分にこもっている。

 思わずも口元が歪んだ。いつもの慣れ親しんだパターンだ。生身だろうと幽霊だろうと、やることは変わらない。……主導権は私だけが握っている。

 

(残念ね。減らず口もここまで―――)

 

 勝利宣言と、廃人女に冠を被せてやった。しっかりと、決して外れないように―――……。

 

 

 

『___あはッ! 被せたわ、被せちゃったわよぉ! アンタのおかげでねぇ!』

 

 できればもっといたぶってやりたかったけど、幽霊相手じゃどうしようもない。生意気な口を永遠に閉ざしてやるだけでいい。……私を食い止められなかった後悔を、永遠に歯噛みし続けると思えれば。

 

『さぁカジっちゃん、[死の螺旋]とやらをやっちゃてよ!』

 

 

「___な!? ……なぜ?」

 

 

 良い気分の勢いは、呆然と立ち尽くしているカジットに冷まされてしまった。 

 

『……何まぬけ面晒してんのよ。アンタらのお望み通りにしてやったでしょ?』

「___師匠。どうなさいますか?」

 

 いきなり、カジットの弟子の一人が割り込んできた。

 瞬間、ムカッ腹が立つ。

 

『おい青ビョウタン! なに私が喋ってるのに、遮ってくれてるんだ―――』

「予定とは大幅に違うが……、わしらにとっては問題はないな」

 

 まさか、こんな無駄死にをするとは……。

 カジットにまで無視された怒りはしかし、ようやく気づけた認識のズレへの気づきが止めた。

 

『……え? なに、どういうこと? 何言ってるのよカジット!?』

 

 問い詰めてみるも……、やはり無視された。

 不安感がいっそう膨らんでくると、なぜかカジットが目の前まで近づいてきた。そして目と鼻の先、頭の先から足先まで観察してくると、

 

「ふむ……、やはり英雄級の肉体強度があるからか、【額冠】は稼働しきい値にまで充分達してる様子じゃな。

 これならば外すまでもない。このまま使()()()()よかろう」

 

 あまりにも無礼で不遜な物言いに、いつもなら爆発する怒気が詰まって逆に止まっていた。

 

『使う……? 使うて、なによ? まさかこの私に向かって―――』

「こっちの女はどうしますか?」

 

 また遮られた……。こんなにも侮辱されたことは久しぶり、もはや我慢の限界だ。

 わき上がる殺意はそのまま、無礼者を抹殺せんと振り返ると―――瞠目させられた。

 

 生贄の廃人女が、ラリったまま座っている。その頭にはなぜか……、()()()()()()()()()

 

「……状況からみて、コヤツが()()()()()()()()のじゃろう。

 ならば、一時とはいえ共闘関係にあった仲じゃ。コヤツ自身の手で始末させてやろうじゃないか」

『身代わり!? 身代わりて、誰が? まさか―――』

 

 

 

 ___さよならクレマンティーヌ。この体は、私が使わせてもらうわね。

 

 

 

 消したはずの声がまた、聞こえてきた、前よりもハッキリと。

 ソレで全てハマった。……はまってしまった。

 

(お、お前が……、お前が嵌めやがったのかぁッ!)

 ___『お前』とは失礼ね。アナタは私で、私はアナタなのに。

 

 おそらく済まし顔/ため息混じりで、意味不明な言い訳を吐いてきた。

 怒りが爆発する、今すぐ八つ裂きにしてやりたい。髪の毛の一本たりとも許せない。

 

(返せ! 今すぐ返せッ! 私の体を私に―――ッ!?)

()()()()()()()()()()()()()()

 

 女の声が、先よりもハッキリと聞こえてきた。頭に響くテレパシーとしてではなく、耳から入ってくる本物の声音のように。

 セリフとは真逆。自分と私は全くの別人なのだと、分かりやすくも突きつけてきた。

 ソレは私もぶつけてきた事なのに、いざ直面すると……震えていた。言葉を返せない。私が求めていたこととは真逆、また一歩処刑台を上がってしまったかのような不安がとめどなく沸いてくる。形もないからいっそう抑えきれない。

 

(アナタは自分の人生を終わらせたかった。未来のことなど考えてなかった。なぜ今生きているのかさえ疑問だった)

 

 価値などない生ゴミだと―――。女がまた曝け出してきた、私の芯をえぐり出すようなことを。

 一番他人からは言われたくない図星。ゆえにも、ソレを私に強制してきた奴らへの激怒が噴火した。

 

(私が強いからだ、誰よりもッ! 英雄の領域に踏み込んだ逸脱者だから。誰も私を殺せない、誰も私をはばむことなんてできないッ!)

(その程度だから、捨てられてるのよ)

 

 またズシりと、叩きの潰された。

 「何がその程度だ!」と言い返してやれたはずなのに、この女には無理だった。今その私を罠に嵌めて貶めた事実と、何よりも心の底から「そんなものゴミ」となぜか常識とまで理解しきっているのが痛感させられたから。

 

(私こそは本物の不老不死。至尊にして慈悲深き御方にお仕えする栄誉を賜った、史上最高の人類種の……美少女巫女よ!)

 

 見えないはずなのに、なぜかあざといほど可愛らしいポーズをとったのが分かった。ウインクした片目から★がこぼれでた様まで。

 あまりにも常軌を逸している。ふざけすぎている、バカにするのもたいがいにしてもらいたい。それなのに……、現実だった。

 

 ___……な、何言ってやがる。頭終わってるんじゃないのアンタ?

 

 負け惜しみとバカにし返してみると、違和感に気づかされた。自分が出した声なのに、聞こえてこない。意味はしかと分かっているのに、鼓膜や空気にも影響を与えてないかのようで……。

 さらなる恐ろしい事態。言葉にするのも怖い。それなのに抑えきれずせり出してくる。

 必死で『ソレ』を拒絶しつづけているのに、

 

(理解する必要なんてないわ。どうせただの()()()だし)

 

 女の声が、先よりもさらにハッキリと聞こえてきた。どんな女にも当てはまり、ゆえにも無個性だったはずが、明確に誰の声なのかわかった。……分かってしまう。

 ()()()を口調までをも自然に、使っていることが。

 

(……我が事ながら、恥ずかしい限りだわ。こんな、生まれた意味も価値もない終わりを迎える『私』がいるなんて)

 ___やめろ、ふざけんなッ! そんなのやめ……やめてよぉッ!

 

 私を消さないで―――。

 

 全身全霊で叫んだ/懇願したはずなのに、あまりにも平淡。のせたはずの感情の万分の一もこもっていない。

 先よりも引き離されている。いつの間にかもう、指先や唇の感覚すら失せていた。『私』の輪郭が崩れて維持できない、どんどん流出していく……。そもそも『私』て、誰?

 

(こんな悲痛そうな断末魔も、肉体の反射反応みたいなもなのよね。24年間も同じ人格で動かされ続けてたら、こうなるのか……)

 

 でも―――。プツリと、何かが切られた。とても気軽に簡単に、最後までつながっていた細い細い命綱が……切られた。

 直後、真なる虚空に投げ出された。

 先と同じように叫んでみても、出した傍から意味まで消失していく。伝えることすらできず、どんどん墜落/霧散していく。

 

(ほんの一時のことだけ。最高の人格(オーレオール)だと感得させれば、肉体はすぐに全力でなびく。前の欠陥人格(クレマンティーヌ)は即座に消去される)

 

 最後は自分の肉体に裏切られる/殺される……。あえて伝えるように喋られた独り言。その中には、懐かしさを感じさせる単語があったけど、ハッキリしない。

 もう『_』を保つ縁は、その残響だけ。へばりつこうとするも、それすら無限大の虚空に飲まれ静まり帰り……、無になる。

 

 その残響の消失と同時に『_』も、消滅した。

 

 

 

 ―――

 ……

 

 

(___とは大見得切ったものの……、どうしようかな?)

 

 体は全くうごかない……。【額冠】の効果だ。

 本来は意識も消失して、植物人間になってしまうらしいけど、私はイレギュラーだろう。最低でも二人分の容量の増設が、意識だけは保たせたのかもしれない。動かせずとも意識はしっかりと保てている。

 

(総数3千はある全ての位階魔法を、無理やり習得(ラーニング)させる代償か……)

 

 ユグドラシル製だけでなく、この現地で新造された魔法も含めてだ。

 史上最高の魔法詠唱者であるアインズ様でも困難極まることなのに、この現地人の体では当然無理。それでも押し込んだ結果……この植物状態だ。

 脳みそがパンクして、ギリギリ生命活動ができる程度しか残っていない。人格など真っ先に消去されてしまう。あるいは、脳みそだけでは足りないので、体の細胞群もすべて記憶させるために動員させたのかもしれない。……そうなってくると、また厄介だ。

 本人はそれらをまったく使えないけど、他人が魔力を供給して詠唱すれば、発動させられる。生きる万能の魔法の杖となる。

 

(となれば、やるべきことは一つ―――)

「___それでは我が弟子たちよ。[死の螺旋]を始める!」

 

 カジットが祭壇上から、弟子たちに開催宣言。……弟子たちは無言ながら、熱い視線を向けてくる。

 

 [死の螺旋]、現地人たちにとってはとてつもなく迷惑な話だ。それでは済まされないほどの大災害にもなるはず。

 ナザリックの一員として、主人たるアインズ様への絶対の忠誠はもちろん、同胞への友愛もある。形態も種族も問わない、カルマ値が極悪であっても、共感の輪がちぎれることはない。……どんなNPCたち誰一人として、同胞を見捨てることはしない。

 比較的善性に寄って創造された自分でも、いやだからこそか、ソレは不愉快で許しがたいことと感じる。大迷惑の大被害はもちろんのこと、同胞を犠牲にして己の欲望を叶えようとする浅ましさが。……やはり現地人たちは、劣った生命なのかもしれない。

 デミウルゴス様の考えは、一理ある。

 

「時は熟した、今こそ生命の理に反逆すべき時。

 来たれ黄泉の大軍勢よ! 【不死者の軍勢(アンデスアーミー)】!!」

 

 一人で大合唱するかのごとき詠唱。

 弟子たちや大地の龍脈から汲み出した膨大な魔力量。第七階位の【不死者の軍勢】ではかなりお釣りがでるほど間に合っている。カジットには本来使用不可能/習得すらできない第七階位の魔法。この体に刻まれた魔法式が反応し、発動させてくれる。

 

(でもそれだと、ただの暴走召喚になっちゃうから―――【魔力吸収(アスピル)】)

 

 少しだけアレンジを加えてやった。

 確かに魔力をそそいで詠唱しさせすれば、誰でも使える魔法の杖/今の私。だけど、本質たる私/オーレオールはこの体に常駐している。アインズ様や守護者様たちには及ばないものの、レベル100の私にはけっこうな魔力量がある。[指揮官]としての才能に極フリされているので、使用できる魔法は少ないけど、この体を使えばどんな魔法も使用可能だ。

 なので、カジットの魔法発動要求は却下。かわりに注がれた魔力だけは、【魔力吸収】を発動させていただく。その魔力をも使って、新しい魔法を発動させた。

 

(魔法三重融合発動。

 【復讐の復活(リベンジレイズ)】+【副官任命(ノミネイトコマンダー)】+【報復の軍勢(パニッシャーズアーミー)】)

 

 詠唱すると、体が反応して発動した。

 直後、この体の衣服/マントの内側に縫いつけてある、百に達するほどの小さな金属プレート。鉄から銀からオリハルコンまでも様々だ。冒険者たちを襲っては返り討ちにしては、奪い取ってきたトロフィー。ソレらすべてが光だしてはポロポロと剥がれ/パチパチと弾けとんだ。

 同時、足元を中心に地面に同心円状に広がった異次元の穴、星なき夜のごとき深淵。その展開された『冥界』とつながる門へと落ちては、ズブズブと飲み込まれていく。

 全てのプレートが飲み尽くされると、その闇の大穴各所から、無数の骨の手が突き出さた。現れては自らをよじ登らせていく。黒い瘴気をまとった不死者の群れが地上に這い上がってくる―――

 

「おぉ、おおぉッ! ついにやったぞ、成功だ!」

 

 無邪気に大喜びしているカジットたち。……長年の苦労が報われたからだろうか。

 続々と闇の大穴から這い出てくる不死者たち。[スケルトン]だけでなく[ゾンビ]など、多種多様な姿のアンデッド達が出現してきている。

 その総数はすでに百は超える大群。だが出てきた彼らは、次に出てくる者たちの邪魔にならないよう/予め決まっているかのよう整列していく。まるで熟練の軍隊のように―――

 

「師匠、これほどの大軍勢の召喚は、[ズーラノーン]の歴史上でも初めてのことではないのですか!」

「これほどの大軍勢ならば、もはや王国すら陥落させそうですぞ!」

 

 そのあまりの威容にして異様に、カジットたちはさらに興奮の度合いを高めていた。ただ同時に、一抹の不安を感じ始める。……なぜこやつらは、これほどまでに統率がとれてるのか?と。

 しかし、その当然の疑念も、

 

「おぉ! あの強大なアンデッドは、もしや……【獄焦鬼(レッドオーガ)】!?」

 

 薄暗いこの地下墓所を照らし上げるほど、全身に炎を纏った大鬼。地獄に生息していると言われている獄卒鬼の一種。筋骨逞しき肉体の亜人種のように見えるも死霊の一種、ソレも現地人にとってはかなり危険な怪物だ。

 そんな強大な個体が出現したのもつかの間、今度は冷気と腐臭を撒き散らす怪物が出現してくる。

 

「【獄凍鬼(ブルーオーガ)】に【獄蝕鬼(グレイオーガ)】までッ!?」

「す……素晴らしいッ! あれほどのアンデッドまで召喚されるなんてッ!」

「おいおいおいおい!? 【獄殺鬼(ブラックオーガ)】まで出てきやがったぞッ!」

 

 最後に出現してきたのは、首狩りの大太刀をもちトゲだらけの武者鎧を纏った獄卒鬼。最も直接的な攻防力をそなえている個体だ。

 

 現れたのは4体の獄卒鬼。強い意識のつながりを確認した。この場に呼ばれたことが誉だと勢い込んでもいた。……ちゃんと副官として機能もしている。

 しかと主従関係を自覚しており、四方に直立しながらこちらに忠誠の意を示している、いつでもご命令をと。

 なので、さっそく命じた。―――「私の首を刎ねろ」と。

 

 鬼はためらうことなく了解するや、その大太刀を振りかぶり―――振り抜いた。

 ブンとただ一刀のもと、私の首はキレイに胴体から切断された。……遅れて首から、鮮血が噴出したのが見えた。

 

 

 驚き戦慄しているカジットたち。何が起きているのかわからず狼狽している。空中に投げ落とされながらも見えた光景だ。

 数拍の滞空ののち地面に落下するや、衝撃で視界が消えた。まぶたは開けているはずだが機能できない様子。微かに聴覚だけは残っている。意識もまだ残っているけど、あと一分も経たずに消えてしまうことだろう。

 完全にこの体から消える/死ぬ前に、魔法を唱えた。

 

(魔法融合。

 【魔法二重化】+【完全回復(オールリカバリー)】―――)

 

 切り離した頭部と胴体。二つに同時に回復魔法をかけた。

 本来なら、どちらか一方しかできない。けど同時にかけることで―――

 

 

 一瞬の白光の後、すぐさま復元された視界の中、地面に落下した頭部から新しい胴体が発生しているのが見えた。白光を帯びた粘土のようなものが首とつながり体型にこねられ、若い女の露な裸体になる。……一瞬認知のズレに戸惑うも、今の自分は胴体部に属していると理解が降ってきた。

 一つの肉体から、二人の生命が誕生した。

 

 双子の姉妹の誕生/再生を確認すると、今の自分の肉体を確かめた。手を視界までもちあげ、グーパーと動かす。

 

(___うん、こっちの体はちゃんと動く!)

 

 作戦大成功! 

 回復魔法による再生では、当然ながら衣服や【額冠】まで複製されない。装着したままの頭部をそのまま切除すれば、胴体部は解放されると見込んだのが、見事に当たった。……現地人には、決して真似できない荒技だけど。

 そして同時、元は同じ肉体だった双子の姉妹ゆえに―――

 

(指揮権は両方にあるみたいね。よかった)

 

 本質的には[額冠]を装着している頭部にあるけど、直接使役できる胴体部の私が代行者として認知されている。

 全て問題なしだ。作戦は順調に進行している。

 

(……かなりもたついちゃったけど、まだ出発したばかりだろうから、充分に間に合うね)

 

 不測の事態だったとはいえ、ご命令を遂行できなくなるのは万死に値する。例えお許しになってくださったとしても、自分を許せなくなる。

 かの法国よりきた討伐隊たちは、もうこのエ・ランテルを出発した頃合だろう。この体の持ち主にさんざんいたぶられてこの地下墓所まで連れてこられていた間、重役だが老婆の移動速度に合わせなければならないためにも、まだカルネ村付近に展開した『罠』にまでは到着していないはず。

 またこんな不測の事態が起きた時のため、彼らを確実に罠へと引き寄せるためにも、軽い足止めの罠も仕掛けてある。万に一つも失敗することはない。

 

「___な、な……なんという、ことを……」

 

 視界の端、一連の異常現象を見せられ続けたカジットが、ようやく驚きの声を絞り出した。

 新しい体の調子を細部まで確認。手足や胴体はかつて/クレマンティーヌであったとき通りだけど、新しく再生させた頭部にはどうも違和感がある。作戦指揮や戦闘にも支障はでない微々たるものだ、作戦実行中の今は保留にしておくだけで良いだろう。

 全て確認しきると、カジットに向き直り、

 

「カジっちゃん。悪いけど、アナタ達の『コレ』はすべて、徴収させてもらうわね」

 

 笑顔とともに告げた。クレマンティーヌがやったように、彼女ならばこう煽ってみせるだろう。……ちょっと自信がない。

 あまりの欠陥人格ゆえか、どうもかつての諜報員とは具合が違う。完全に肉体の主導権が明け渡されているほど、彼女は消失してしまっていた、読み取った記憶から演じるしかないほどまで。

 そんなアドリブゆえもあるだろう。カジットは目を丸くしながら、

 

「お、お前はその……クレマンティーヌ、なのか?」

 

 当たり前すぎることを尋ねてきた。……一瞬だけ、まさか見破られたのかと焦ってしまった。

 奇妙すぎる疑念に首をかしげていると、控えていた氷鬼が、自前で作った氷の鏡を見せてくれた。自分の今の姿を映してみると―――

 

「……あらら? 単純に再生されるわけじゃ、なかったのかぁ」

 

 映っているのは、別人の顔/頭部。髪型も髪色までも違っている。……クレマンティーヌは金髪のボブカットだったが、今は茶髪のポニーテールだ。

 さらに気づけた。細部は少し違っているものの、前回使っていた諜報員の少女の顔立ちに酷似しているとも。

 その直感に従って頭部を/再生された裸の胴体部を見直してみると……、やはり違っている。鍛えられてはいるけどコチラほどではなく、何よりも胸の大きさが違う。ホクロの数や位置までも違っている。……頭部のほうも、別人の胴体部が生えてきたような有様だ。

 

 【復讐の復活】の影響か……。かつて殺されたモノたちを蘇らせる、死霊系の復活魔法。条件が特殊なため、通常の復活魔法よりも魔力消費は少ない。通常は敵対者にけしかけるか、戦闘中に倒れた仲間を復帰させるために使われる。今回のように、自分が殺した犠牲者たちを対象にすることは稀だ。

 殺されたばかりの彼女は、すでに先輩けん恋人共々にアンデッド化させられてしまった。[復讐]の対象にはならないと思っていたけど、魂はまだ残留していたのだろう。この体を乗っ取りながら復活を果たした。

 

(……ま、どうでもいいことね)

 

 むしろ有難いことかもしれない。この体の前主/クレマンティーヌは、法国からの指名手配犯。他でも悪事を働きつづけてきた嫌われ者だ。この顔ではバレないだろう。今後は動きやすくなる。

 必要なことは、どちらの体も十全に使用できるかだ。……それは全く問題ない。

 

 保留にしてた問題まで解決した。もうココに用はない。

 整列させていた死者の大軍勢へ、手をかざす。

 

「ま、待てッ!? ……何をするつもりじゃ?」

「アナタ達には関係ないことよ。

 【眷属合成(スレイブフュージョン)】+【種族改造(DNAオペレーション)】」

 

 スケルトン複数体に命令/魔法。対象になった個体群は、魔力の光に包まれるや、互いに一箇所に引き寄せられては合体。粒子状にまで溶解/分解されながら混ざり合い/溶け合っては―――、新たなる一体として融合した。

 さらには改造/構造を作り替える。その鋼鉄並みの強度にくわえてゴム並みの伸縮性をもった骨格群を、植物状態かつ裸体の双子の妹に纏わせた。全身鎧のようにほぼ隙間なくまとわりつき、その体を防御しながら動かす。

 [動く骨鎧(リビングホーンアーマー)]―――。アンデッドだけど完全装着されると、巨大な直立二足型昆虫の外骨格群にみえる。

 骨鎧たちに思念をおくると、そのとおりに双子の体を動かした。はじめこそ機械のようなカクカクが、すぐに人間らしい動きになっていく。手指もグーパーとなめらかに動かしてみせた。

 

「___うん! まだ少しぎこちないけど、それだけ動かせれば十分。段々慣れていくでしょう」

 

 こっちの動かせる体よりも、額冠つきの動かせない体の方が貴重だ。ちゃんとナザリックへと護送し、アインズ様に献上しなくては。

 

「ま、待て! 待ってくれ!? それほどの大魔法をどうやって―――」

「それじゃ皆、出陣しましょうか。

 【効果範囲変更・自軍(ターンターゲット・アカンパニー)】+【拠点転移(ファストトラベル)】」

 

 喚くカジットを無視して、大軍移送のための転移魔法を発動させた。……本当は【転移門】がベストなんだけど、私の魔力量ではコレが限界。

 

 外側に整列していた不死者たちから、順々に転移していく、まるで見えない壁が狭まってくるかのように。

 転移先はカルネ村。法国の使者たちを出迎えるための罠を張っている場所。お姉さまたちだけでも十分だったけど、この大軍も加勢させれば完璧だろう。……あるいはもう一手、面白いことができるかもしれない。

 続々と大軍が転移していく中、混乱と焦燥と憤怒と……色んな感情が混ざりすぎた表情を見せてくるカジット。なんとか追いすがろうとしている彼に向かって、別れの挨拶を告げた。

 

「ばいばいカジっちゃん。色々と世話になったわ―――」

 

 その気軽な一言の直後、私も地下墓所から転移した。

 

 おそらくクレマンティーヌなら言わなかった/考えすら浮かばなかっただろう感謝のセリフ。消失して明け渡した以上、私が言って上げるべきだろう。……これからずっと。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ___どうしてこうなった?

 

 全て奪われた。何もかもをも……。

 何が原因なのかさっぱりわからない。あまりにも突然過ぎて、怒りすら沸いてこない。ただただ脱力してしまうのみ。

 

「___師匠。我らは、これからどうすれば……?」

 

 ……わからん。こっちが聞きたいぐらいだ。

 

「……あの女を追いましょう。今ならばまだ、間に合うかもしれません!」

 

 何が? ……もしかして、アンデッド達の支配権を奪い取れると?

 無理だ……。今まで生きてきた経験がすべて告げてくる。アレは、人間ではどうしようもない超存在なのだと。

 

(……一体なぜ、わしはこんなことをした?)

 

 途方にくれすぎて、存在意義にまで疑問がわいてきた。

 

 亡き母を蘇らせるためだ……。微かに思い出せた。もう30年は昔のことで、死骸はとっくに灰になりきっている。……どんな蘇生魔法でも復活できない。

 だからこそ、生命の理を曲げる。あまりにも途方もないので、この人生だけでは足りない。ズーラノーンの知識と力をもっても届かない。だからこそ、己を別の超存在/アンデッドへと生まれ変わらせる。そのための[死の螺旋]だった。

 

 思い出すと、かすかながら敵愾心が湧いてきた。砕けた気力が徐々に沸き上がってくる。

 良い案など全く浮かんでこないが、ここで諦めるのだけは納得できない。

 

 

 

 ___そうだカジットよ。まだ諦めるのは早いぞ。

 

 

 

 頭の中に声が聞こえた。

 周りを見渡すが、弟子たちではない。もっと力ある存在だ。

 すぐに気づけた。大事に懐にしまっていた宝玉/【死の宝珠】へと手を添える。意識を向けては繋げてみると、

 

([宝珠]よ。なにか良い案でもあるのか?)

 

 一縷の望みを託すよう、自分よりも叡智を蓄えている宝玉に尋ねると、

 

 ___死の気配が近づいている。とてつもない力をもった存在が。

 

 予言めいたことを告げてきた。

 あまりにも漠然としすぎて、イラっときてしまうも、いつものことだ。彼を拾ってからずっとこんな調子だが、ここまでたどり着くことができた。

 

(……ここの邪性はほぼ全て、あの女が奪い尽くしたぞ?)

 

 どこにそんなものがあるというのだ……。信じたいが信じきれない。

 そんな虚無感を悟られてしまったのだろう、

 

 ___……今日までお前を導いてやった私を、信じられぬか?

 

 叱りつけてくる言葉に、思わず反発しそうになった。お前に何がわかると。……しかし寸前、堪え切った。

 コレはとてつもない力と知恵を有してはいるが、邪悪な呪物でもある。持ち主に絶対の忠誠など捧げない。あわよくば支配して、逆に自分の意のままに動かす肉人形に変えてくる。……たとえ弱りきった今であろうとも、弱音を晒すのは危険だ。

 

(……だとしても、どうするというのだ? 今のわしらには、それほどのモノを制御できる力は……残っておらんぞ)

 

 ___そのようなことは必要ない。むしろ、丁重に出迎えなければならん。

 

 また意味不明なことを……。怒りをこえて諦めの境地。

 どうせもう、何もできることがない。こんな盛大な大失敗をしてしまったからには、ズーラノーンの幹部/使徒からは除名だろう。さらには、かつての同輩や追い落とした者たちの復讐をうける。生き延びられるとは思えない、お先真っ暗だ。……神でも超存在でも、なんでもいい。

 捨て鉢な危険な気分に陥っていると、

 

 ___お前は、お前の理想のために、己の命を捧げる覚悟はあるか?

 

 今度はまともなことを問いかけてきた。……確か持ち主となったその日にも、同じ問いを突きつけられた。

 惰弱さを見破られたかのようだ。思わず怯まされそうになるも、踏みとどまる。

 改めて、居住まいを糺すと、

 

(もちろんじゃ。とうの昔にな!)

 

 ___ならば、ただ受け入れればよい―――

 

 また意味深な言葉を問いただす―――寸前、激震がおこった。

 

 震源は天井。巨大な何かが、この地下墓所へと激突しては屋根を陥没/貫通させては―――、ガレキとともに落下してきた。

 

「な、なんだッ!? 何が起きたんだ―――」

 

 弟子たちが騒ぎ出す。巻き上がった噴煙で何も見えない。……そんな中、自分はただ呆然としていた。

 

 

 しばし後、噴煙が晴れていく。貫通された屋根から、淡い日光がこぼれ落ちては照らし出す。

 黒き死神を……。禍々しい死の気配を撒き散らす、不死者の騎士を。

 

 

「___宝珠よ。これがお前が示してくれた、偉大なる力……なのか?」

 

 なんと素晴らしい! これほどの強力なアンデッド、今まで見たことがない。

 まさに天より降ってきた恵みだ。[死の螺旋]とは趣は違うが、かまわない。コレさえあればそれ以上のことが可能だ。奪われた分など帳消しにできる。

 

 またもや正しかった。宝珠へ感謝してやろうとすると、

 

 

 ___ハハッ! ついに、ついに出会えたぞ! 我に相応しき器がッ!

 

 

 今日まで冷静沈着だった宝珠が、狂喜を露わにしていた。

 あまりの豹変に戸惑っていると、

 

 ___一時はどうなることかと思ったが、結果よければ全てよしだ!

 

 ニタリと、邪悪この上ない笑みを浮かべたのが、伝わってきた。

 今までもかなり禁忌など無視した行いを敢行させてこられたが、平然そのもの。ここまでドス黒い感情を露わにしたことはなかった。

 嫌な予感がする……。決定的に間違ってしまった予感、後戻りもできない死地に追い詰められたかの様。ソレだけは分かるので、何が過ちだったのかだけが分からない。分からないので対処ができない。

 なので、道化だと自覚させられても、尋ねずにはいられない。

 

「……どういうことだ宝珠よ?」

 

 ___簡単なこと。アレこそが我が望み、[死の螺旋]の果てに生まれし超存在。

 

 形態こそ様々だが、あの凄まじきオーラは同じ……。

 驚きの事実、[死の螺旋]の本当の目的。自身を強大なアンデッドに作り変える大儀式なはずだったが……、違ったのか?

 

「……死の螺旋は失敗したはず。なぜソレがここに来たのだ?」

 

 ___元より顕現していた個体だからだ。此度の儀式にて発生させられればよし、できずとも引き寄せることができる。

 

 素晴らしいタイミングだった。神の采配と呼んでもよいほどの……。

 次から次へと疑問が出てくるのに、宝珠は全てを答える気がないのは読み取れた。

 焦燥感が急き立てる。もはや体面など気にしてられない。少しでも解明しておかなければならない―――

 

「どうして、そのような超存在が顕現したのだッ! お前の目的は―――、ぅぐッ!?」

 

 突然、胸に激痛が走った。その直後、呼吸までできなくなる。

 立ってもいられなくなり、その場に崩れ地面に手までつく。必死で空気を入れようとするもできず、視界までどんどん狭まっていく。手足から力が抜け落ちていく―――

 

(なんだ? わしの体に、何が起きたのだ……?)

 

 まるで水栓が抜けてしまったように、とめどなく生命力が溢れ出ていく。留めようとすればするほど流出は早まっていく。

 すでに視界は暗転していた。体を支えきれずに横倒れたのは感じ取れたが……、それ以上はできなかった。おそらく地面に倒れる前にはもう、気絶していた―――……

 

 

 ―――

 ……

 

 

 暗い暗い無意識の中。肉体から切り離された意識が漂う。

 肉体という防護壁が無い今、意識は輪郭を保つことができず、人間としての感覚は失せた。さらには境界すら保つことができず、自我すら霧散していく。

 

 ___ご苦労だったカジットよ、我はついに大願に至った。

 

 宝珠の声だ。かつてよりもハッキリと聞こえる。

 どうしてか? 自分が同じような存在になってしまったからだと、溶け出してはつながった集合無意識が教えてくれる。奴はあの宝珠に宿りながら自我を保てるほど強固な意志を持っていた。自分はあれほど強くない……。今はもう、立場は逆転していた。

 

 ___最後に教えてやろう。お前は我を拾ったその日にもう、死に絶えていた。

 

 死にかけの肉体を、魔力と邪性をもって維持させた。魂を無理やり縛り付け、生きているように偽装させた。

 

 ……それは、アンデッド化じゃないのか?

 信じがたい事実。確かに生きていると自覚できていたのに、ちゃんと流血もすれば心臓も鼓動していた、アンデッドになっていたとは……到底信じがたい。

 

 ___【死すべき生者(サイコパスト)】だよ。人類種に偽装できるアンデッドだ。

 

 別段難しいことでも珍しいことでもない。人類種の両親から生まれる者もあれば、劣悪な環境下や頭部への重傷などで後天的に生まれ変わることがある。……もちろん、意図的に作り替えてやることもできる。

 人類種とアンデッドのハーフのような存在。二種族の架け橋になることもできるが、たいがいはアンデッドの尖兵になるだけ。

 

 ……はじめて聞く情報だ。そんな存在がいたとは……、やはり信用ならない奴だ。

 あれだけ望んだ自身のアンデッド化。すでに叶っていたとは……、とんだ道化だ。無意味すぎる人生だった。

 

 ___心配するな。お前の願いも叶えてやろう。ただし―――

 

 私の下僕としてだ。

 

 悪魔と取引したものは、魂を奪われる。死後は永遠に下僕として働かされる……。そんな戯曲をどこかで、見たような気がした。

 物語の中では、最愛を捧げた恋人が助けてくれたが……、自分には訪れないだろう。

 

 

 

 暗い暗い集合無意識の中、境界は崩れ自我も溶解した。

 かつてカジットだった存在は『_』となり、それすら溶けて……何もかもが無へと帰っていった。

 

 

 

 

 

_




長々とご視聴、ありがとうございました。

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