̄
……不愉快なものを、見てしまった。
「___どうかなさいましたか?」
目を逸らそうとしたけど、驚きのあまりか注視してしまい、逸らすにもそらせなくなった。いちおうは帝国の四騎士としての面子、弱気を見せるわけにはいかない。
街の往来の中、平然と当たり前のように表道を通っている奴隷護送車。下宿の部屋並の鉄檻をのせた巨大台車だけど、中には少なくとも10人は詰め込まれてるはず。みな薄汚れた衣服とも言えないボロ布をまとうだけ。力なく床にへたり込み、虚ろな瞳をどこともなくさ迷わせている。足枷こそされているけど、逃げようとする気力が皆無なのはすぐにみてとれた。
さらに最悪なのは、全員が女だったこと。明らかに人間以下の扱いをされているのに、髪のボサつきやら体の垢まみれが比較的抑えられている。衣服はボロ布なれど/ゆえにも、女としての膨らみが遠目でもわかる。みちゆく誰もが嫌煙と好奇の視線を向けている。ただ運ぶのではなく、品評会も兼ねているのだと察せられた。……何かのは、言うまでもない。
「……いえ、何でもないですわ」
帝国でももちろん奴隷売買はされているけど、昨今の帝都内ではここまで堂々と闊歩してはいない。奴隷は認めているけど、通常の経済活動がよく運営されているのでみな奴隷を買うのに消極的、必然その販売規模も縮小していき表通りから自然と消えていった。ましてこの手の明らかに背徳的な商売は、民衆の目に触れない場所へと追いやられていった。……王国はそうではなかったらしい。
こちらの気のない返事に、案内人を務めてる現地の男もそれ以上気にしてこない。
さすがに帝国四大騎士とは、国王の直轄領たるエ・ランテルでは名乗れないので、絹織物の商売人と名乗っている。女でも不自然はなく、私のような顔を隠さねばならない女なら尚の事だ。ファッションに精通していながら自分では着る機会がない、そう勝手に思い込んでくれる。さらに必然、貴族やら富豪たちとの付き合いもできる商売なので、使用人やら護衛やら大荷物を運ばせても不自然じゃない。……私がよく使わせてもらっている偽の身分だ。
そんな私に配慮しても、無駄口を叩かないのは無難。ただ道具のように仕事をこなすだけだろう……。仕方がない。
「王国では数年ほど前に、奴隷禁止の法律が制定されたと聞いてましたが……、アレはどういうことですか?」
あまり刺激しすぎないよう抑えたけど、全ては無理だったのだろう。
案内人はギクリと強張りをみせ、しばし目を泳がせながら何かを思案し……、口を開いた。
「……アレらは奴隷ではありません。『特殊債務労働者』です」
……一瞬なにを言われたのか、よく分からなかった。生まれて初めて聞く造語だ。まさかそんなものが出てくるとは思わなかった。
「抱えた借財が多すぎて、自らの時間と労働力だけでは対処できなくなった。ので、己の『未来』を担保にした者たちです」
造語の説明をしてくれた。字面だけは筋が通っているように聞こえるも、上滑りしてる気して仕方がない。案内人もどこか、誰かから聞きかじった説明をそのままに伝えてるような様子だ。
「……ソレを奴隷というのではなくて?」
「己の意思をもって選択した結果です。無理やりに強いられた奴隷とは、全く違います」
どう全く違うんだろう……? 全然分からない。目の前のあの獄車にいれらた彼女たちと、彼のその説明は全く噛み合ってくれない。
「その区別はどうやってつけてるの?」
「役所に互いのサインがついた契約書を提出し、受理されれば認められます。そして、ここからでは見えないのですが、肩のあたりに特殊な焼印が施されます」
視覚を強化して注目してみると―――、確かにあった。全員の肩のあたりに、特徴的な/痛々しくもある焼印が焼き付けられている。
魔法は初歩的なことしか分からないけど、呪法についてはそれなりに精通している。特殊な紋様を肉体に刻むことで、身体能力を向上させたりあるいは阻害することができる。彼女らのような労働者?ならば、間違いなく逃亡防止用の何かを施されているはず。しかし、ソレにしては簡素すぎる。円形ではなく半円状なのも不自然だ。……呪法とは違うものかも知れない。
「もちろん、偽造される心配はありますし、事実当初はよくやられました。
でも昨今は少なくなっております。役所の記録保持と、定期的な債務状況確認作業が功を奏しているのでしょう。無理強いされた奴隷たちは年々減少しています」
そうは全く見えないけど……。熱を込め始めた彼には、むしろ現状はもっと酷くなってるとは、水を差しづらい。
「あ! そのぉ……帝国の政策を否定しているわけでは、ありませんので……ご容赦を」
未だ公然と奴隷制度を運用している帝国。道徳的に見れば、王国の方が進んでいるといえるだろう。
しかし現状は……ご覧のとおりだ。
経済低迷/政治腐敗が更に悪化。奴隷商売は止むことなくさらに盛況へ。ほんの表面上だけ変わっただけで病膏肓に入るがごとく、もっと取り返しのつかない事態を招いている。
加えれば、公に奴隷制度を運用している帝国と、否定している王国。その差を利用してか、帝国の奴隷市場が大いに賑わっているしまつ。王国の奴隷たちが帝国に流出しているのは明らかだ。……他国にまで迷惑を振りまいている。
末期状態の国家とはこのような現状をいうのか……。軽蔑するよりも、ただ気色悪い。汚物に集る蛆虫かハエを見るようなもの、本人たちはその事実を全力で見ないふりをし続けている。王国民でなくてマシだったと安堵できてしまう。
(とは言うものの、見過ごすのはどうにも……腹が立つ)
越権行為かもしれないけど、構わない。
女を食い物にする輩は許すまじ。くされ暴力変態男なら死すべし。帝国は王国よりもほんの少しマシなクソなだけ。信じるべきは己の腕前だけだ。……大ピラにバレなければ、何をしでかそうが構いはしない。
正義感ゆえというよりも、暴力衝動を発散したいからだだろう。この顔面の呪いがもたらす不快感、夢の中にすら侵入してくる。忘れたくても忘れられない。不快感の分だけ憎しみが積み重なってくる。定期的に吐き出さないと酷くなる一方だ。
馬車を止めさせると、通りへと降りた。
「どちらへ? 商店はもうすぐですよ」
「少し街を散歩します。アナタ達は先に休んでてください」
追従してこようとする使用人たちを、無言で/視線だけで制止。
彼らも偽装した帝国軍人だ。それも王宮の近衛兵で、いちおうは私の部下たちだ。ただの無力な女主人でないことは心得ているので、少し戸惑われるもすぐに退いてくれた。……何かしらの重要な任務なのだろうと。
案内人は慌てて止めようとするも、使用人/部下たちが止めてくれた。その隙にさっさと立ち去っていく。
―――
……
奴隷(債務労働者)たちが運ばれている獄車を追いかける。
にぎわっている表通りから閑散とした裏通りへ、さらには込み入った/明らかに空気が濁った場所へとも―――
警戒心を強める。闇社会の人でなし共と対決する心構え。暴力が支配している野蛮な世界なれど、単純明快で偽善が入り込む余地がない。王宮などよりもコチラのほうが性にあっている。
屋根を伝って、目的地を先読み。視覚/聴覚を強化し見極める。どうやら行く先は……、[汚染区画]の一角だ。
エ・ランテルの大墓所。そこは戦死者を埋葬する崇高な聖域でもあり、アンデッドが多発する穢れた禁足地でもある。葬式は年々増加する一方ながら、墓所は限られている。ギュウギュウのすし詰め状態ながら、席が空くこともない。……なので無理やり、空いたことにした。
墓石を潰し重ねて埋葬することで、土地の問題を解決。しかしソレが、新しい問題を呼び込んでしまった。埋葬し墓を建てることで、アンデッド化は限りなく抑えられる。しかしソレを潰され、あまつさえ他の埋葬場ともされれば、抑えるどころか倍増する。邪気が急激に発生する。その結果、大規模かつ強力なアンデッド群が発生。墓所に隣接していた住居区画が犠牲になった。
神官たちの浄化によって、アンデッド発生はしないよう処置するも、住民たちの不安はぬぐいきれず。誰もがその区画を忌避するようになった。都市も王国も再開発するだけの費用も労力も出せず、廃墟のままに放置され続けた。……穢らわしい犯罪者たち以外は。
そんな見捨てられた区画のはずだけど、多数の人の気配がある。みな汚れた/垢まみれな服装なれどソレを気にするものは誰一人としていない。ソレがここでの正装ともいえるからだろう。……貧民や流れ者・難民たちにとっては。
獄車は、ひしめき合ったその区画のなかを無理矢理にも進んでいく。どこに向かうのか思案していると……、気づけた。ちょうど獄車を収められる倉庫のような場所、空から見られないようにか巨大な天幕までされている。
(あそこで乗り換える気ね)
このまま後を追うだけでは元凶は叩けない。正面からぶつかるだけでは逃げられるだけだ。
意図は探れた。少し思案すると、すぐに実行する。
まず奴隷の一員だと誤魔化すため、近くの民家からふさわしい衣服を拝借。少しためらうも……すぐに着替えてはボロ布のマントで覆った。着ていた衣装/装備と愛用の武器/オリハルコン製のレイピアは【
帝国の魔法詠唱者たちが編み出した便利な魔法。実際に持ち運びできる重量分の物品を、影世界に収納して携帯できる。収納量は極少量なれど、手足が自由/他人には見えないのは大きな利点だ。特殊な魔法系統なので素で使える人材は限られるも、幸運なことに私とは相性がよかった。
準備を整えると、少し離れた場所/ゴミ捨て場に小火を起こした。【
威勢の良い爆発音と、たきあがる臭気を含んだ煙。待機していたヤクザな男たちならびに護送している看守たちも、対処に慌てふためいた。
その隙を突いて、獄車のなかに侵入した。
いきなり入ってきた私に、女奴隷たちは驚くも、シーと指を立てる/黙っていろと無言で合図。
伝わったかはわからないが、黙ったまま。逃げ出せれるかもしれないチャンスだというのに無気力なまま、誰もが抵抗する気力すら失せているのがわかる。……隷属を強制する首枷は、誰もしていないというのに。
疑問ながらも、都合はいい。彼女らを助け出すことよりも、こんな悪業している奴らに暴力衝動を吐き出すのが目的だからだ。いまは内部に潜む/泳がせて、親玉たちの元に連れて行ってもらう。
小火の始末をつけると、悪態をつきながら看守たちが戻ってきた。そしてチラと確認するだけで、女奴隷たちが逃げていないことに疑いをもっていない。……やはりな疑問だけど、また都合のいいことだ。
一人私が増えたことは気にせず、目を向けても気づきもしない。そのまま怒鳴りながら「さっさと出ろ!」と獄車から出るように命令してくる。
女奴隷たちとともに、並んで退車。顔を伏せながら/目立たないように歩くと、
「おい、そこの女!」
名指しだ……。さすがに気づかれたのかと、見えないよう臨戦態勢をつくっていると、私の顔をのぞき見て「うわッ、汚ねぇ!」、私の隠している半分をみて嫌悪を。
そして、自分で近づいて触ってもきたくせに逆ギレして「…んだよ傷モノかよ!」と罵倒してきた。さらにあろうことか、地面に唾を吐き捨てると、
「二度とその汚ねぇ面見せんじゃねぇ、この産廃女が!」
―――頭のどこかで、プツンッと何かが切れたのが分かった。
あと何がが起きたら、当初の計画など無視して暴れてしまいそうだったけど……、幸いなことだ。
顔を伏せながら、先の男の顔をしかと脳裏に刻んだ。必ずや今日、この手でこの世から消し去るゴミ野郎として。
殺意は胸に秘めて、すぐに訪れるはずの破壊の狂乱に心躍らせながら、女奴隷の列に混じって進む。極車が隠された倉庫。そこに隠されている地下通路へと入った。
元はこの都市に張り巡らされている地下水路の一つ、隣接してる大墓所へとも通じている通路。先のアンデッド騒動にてアンデッドたちが侵入してきた通路でもあり、掃討とともに閉鎖/崩落させられた。……表向きは。
現実はこのとおり、新しい住民たちが密かに再開通させていた。わざわざアンデッドを呼び込むような危険はあるも、それ以上のメリットがあったのだろう。誰もが忌避して近づかない空白地帯だからこそ、闇商売がよく根付く。造語をつくる/どう言いくるめても、悪業であることには変わらない奴隷売買。いざという時のため、ココで痕跡やらを消し去るためだろう。
資金洗浄ならぬ奴隷洗浄。帝国の裏社会でも行われている隠蔽術。細部の趣はさすがに違うけど、墓所を利用する共通点がある。犯罪者同士で情報共有されたのか、そもそも同じ組織の仕業なのか……。いまは疑いしか持てない。
(ま、そこまでやるつもりはないけどね)
コレは潜入捜査ではなく、私的なストレス発散だ。悪党たちを殺戮しながら、誰からも咎められずに日常へ戻るため、彼女たちを解放する。出没するモンスターや攻めてくる敵軍を斬り殺すよりも、よほど解消できる。……定期的にやりたくなるほどに。
狩猟ゲームのようなもの。護衛対象/足でまといを加えているのは、難易度を上げるため。でも不可能なことはやらない。ギリギリの瀬戸際を楽しみたい。
胸の内で舌なめずりしながら、爆発の時を待ち構えていると……、急に止まった。
列自体が止められている。まだ薄暗い狭い通路の途上。牢屋のような開けた場所を想像していただけに、意外すぎた。不測の事態としか思えない。
事故でも起きたのか……。臨戦状態を高めていると、ふいに罵声が聞こえてきた。引率している男たちだ。何かに対して怒鳴りつけている。ただ、暴力の色合いが見えてくるも、戸惑いの臭いが隠しきれていない。
直感は正しかった。コレは悪党たちにとって不測の事態だ。それも、ありえないと思わず否定したくなる/相手を威嚇せざるをえないほどの異常事態。
そう推察するや/確認しようとそっと顔を向けようとした―――直後、怒声は悲鳴に変わった。
鋭い破裂音の直後、重い衝撃音が通路中を振動させた。同時、男たちの声は怒りと恐怖に染め抜かれる。
しかし10秒も経たず、いくつかの衝撃音の後、そんな男たちはみな沈黙させられた……
あまりの急展開に、呆然とさせられた。
そんな異常事態にも動じない、というよりも関心を向ける気力すらない女奴隷たち。今の彼女たちに混ざっていると、自分はとても浮いた存在になってしまう。
混乱しながらも偽装に専念。意識だけは急いで確認作業。感覚を強化して何が起きたのか把握すると―――
(なッ!? ……なんなの、アイツ等は?)
そこにいたのは、奇妙な二人組だった。
一人は、今まで見たこともない絶世の美女だ。透き通るような白皙の肌に冷徹そうなれど黒曜石のごとき研ぎ澄まされた瞳、腰にまで届くほどの滑らかな/烏の濡れ羽のような黒髪をポニーテールにまとめている。こんな薄暗くホコリ舞う地下など不釣り合いすぎるも、彼女がいるだけで聖なる巡礼路のような気がしてくる。冒険者のような旅衣装/軽装備をまとっているも、一向にその美貌も高貴な雰囲気も損なわれることはない。構えられている長杖もいたく堂に入っている。ただの飾りではなく、よく使いこなせているのが傍目からでもわかる。
そんな美女冒険者にも驚愕だが、さらに異質なのはもう一人だ。―――巨漢の魔法詠唱者。
黒を基調とした長柄のカソック/神官服。首元など重要箇所に金属板を埋め込み/守りながら動きも阻害しない。神に祈りを捧げるよりも、悪霊を滅ぼすことに信仰心を捧げている手合いの武装。なれどその顔面を覆っている仮面には、凶悪そうな/悪魔じみた頭蓋骨を模っている。さらにその背中には、八足の舵輪と思わしきモノが浮遊している。……かの悪逆の化身/【八欲王】の象徴を堂々と身につけているとは。
顔も全身すら装備で隠されてはいるけど、にじみ出てきている気配に膝が震えていた。息するのも躊躇われるほど緊張を強いられる。戦士としての直感が告げてくる、アレとは戦ってはならないと。今すぐ逃げ出せとも。
ゆっくり後ずさりすると……、背後の女奴隷とぶつかった。
互いに離れていたのに……、気がついた。列全体が前に動いている。女たちは先に進もうとしている。
流れに逆らおうとするも、押されてしまう/前に押しやられる。その時に顔を見ると、やはり生気を失ったままの虚ろ。動かされているのだと気づけた。
直後、魔力の気配を察して、その根源へと振り向いた。かの巨漢の魔法詠唱者へと―――
直後、ソレは大いなる誤ちだったと気づけた。
黒く虚ろな眼孔の深淵から貫かれている、鮮血色の光点。瞳から禍々しき魔力の微光が見えた。すべての女奴隷たちに放射されている。精神支配系の魔法をかけたのだと分かった。……ソレを今、自分にもかけられてしまった。
巨漢は美女とともに先へと進む、それに従うよう女たちも。……そして自分もまた、逃げたい意思を無視して足が/体が動かされていく―――
―――
……
(やばい、やばい、やばい! 殺される―――)
抵抗しようとするも、弾かれた。精神支配から逃れられない。
保険として防御の護符を身につけている。武技【不動心】をも使っている。それなのに支配から逃れられない、あの巨漢の魔力が上回っている証拠だ。
改めて背筋が凍りつく。ここまでの凶悪さ、あの人類最高の魔法詠唱者/フールーダ様ですら困難なことだろう。かの人も五大元素系統を得意としているので、ここまでの精神支配はできないはず。しかも儀式や魔杖の補助なしでの独力で……。あの巨漢は、フールーダ様を超えている。
体は言うことを聞かず、されども意識はしっかりとしている。まるで処刑台を無理やり登らされているような絶望感だ。
泣き出したくとも、バレないようにしなければとのせめぎ合い。
必ず逃げれるチャンスがあるはずと、恐怖を押し殺していると……、止められた。
突貫工事の凸凹地下道の先にあった、レンガ造りな開けた場所、壁にはひと一人が寝そべられるほどのくぼみが3列ほど並んでいる。その中には、汚れたボロ布に包まれている人骨が納められているのが見えた。
忘れられた地下墓所の一つ。それも一般人ではなく、かなり裕福な者たちだろうか。火葬せずに遺体を保存するなど、現代の常識では考えられないことだ。よほど資金が潤沢か、独自の対処を心得ていたか。アンデッド化してしまったような荒れた様子は、遺体にもこの空間にも見当たらない。……しかし今は、悪党たちの根城になっていた。
そしてこれからは、かの奇妙な二人組の占領地となる。
二人は、痛めつけた悪党の一人から何事かを聞き出すると、魔術士が美女に何かを命じた。美女は承るように従うと、半殺しにしていた男たちをさらに奥へと連れて行った。あの細腕では考えられないような膂力だ。
女奴隷たちも彼女に従って進む。当然私も巻き込まれ、連れて行かれる。
さらに一歩断頭台に登ってしまったかのような絶望/無力感に苛まれながら、魔術士の前を通り過ぎようとして、
「___待て」
呼び止められた。
意外にもまともそうな人間の声音だったけど、思わず心臓が潰されたかのような衝撃。勘違いであってくれと一縷の望みを託すも……、私以外の女たちはそのまま通り過ぎていった。
独り立ち残されると、魔術士が接近してきた。……少し近づくだけで、体温が下がっていくのが分かる。
「そこの女、その顔はまさか―――」
その巨体をかがめて、顔を覗き込んでまできた。
目と鼻の先に強大な魔人がいる……。膝が震えすぎ、意識も遠のきそうに霞む。出てくるのはただただ「殺さないで…」と命乞い、でも口からソレを出すこともできない。代わりにか目から涙が溢れていた。……今日までもっとも、忌み嫌ってきた行動。
まるで無力な少女に戻ってしまったかの様。ただただ理不尽にやってきた『死』に怯え続けていると、
「___やはり、呪われているな。しかも[腐蝕]の呪いか」
「ッ! ど、どうしてソレを―――、ッ!?」
自分でバラしてしまった。何たる失態……。しかし悔しさよりも先、まだ殺されていない安堵が勝る。呼吸が止まっていたことに改めて気付かされた。
少しだけ平静が戻ってくれると、魔人は何事かを思案しながら、独りごちてきた。
「なるほど、[呪詛]の盾にするためでもか……」
私から注目が離れていたから耐えられたけど、思わずまた息が止められるほどの殺意がにじみ出ていた。魔人にとっては、ただ眉をひそめただけかもしれないけど、傍でほぼ無防備でいる私には殺意と誤認してしまうほどの精神的な圧力を感じさせる。……存在としてまで別格なのだとも。
「俺が【
続けての独り言に、思わず目を丸くさせられた。
(え? 「剥がせる」て……この呪いを?)
本当に? ……先までの畏怖はそっちのけで、改めて魔人を見返してみると、
「___うむ! そっちの方が具合がいいな。どうなるか試すのも面白い」
いきなり何かに納得したかの様。魔人の方も私に向き直ってくると、
「女、今からその呪いを剥がしてやるが、一つだけ約束を守れるか?」
長年私が求めてきた答えを、あっさりと手渡してきた。
一瞬、心が空白になった。それまで感じていた恐怖すら無くなった。
そして常識が/疑いの心が戻ってくる前、ただただ願ってきたことが口から溢れでた。
「…………ど、どんな契約でしょうか?」
「私が命じた時、どんな命令でも必ず遂行すること」
予期はしていたが、その重みに砕けそうになった。散々に騙されてきた悪徳神官共と同じ……。
しかし、そんな怒りの心が噴き出してくる前、
「もちろん、命を奪うようなことはしないから、安心するがよい」
魔人のその一言で、大いに安堵してしまった。今回は本当に本当で本当のことなのだと、胸が高鳴ってくる。
なのでか、自然とその場で膝を折ると、かの皇帝陛下にすらやらなかった礼を示した。
「この呪いを解いてくれるのならば、どんなご命令であろうとも遂行してみせます」
深々と一礼した後、今の自分は女奴隷の一人だったと/偽装身分を思い出した。
騙してしまった無礼に、背筋が凍りつきそうになるも……ままよ。ソレで殺されたのならばそれまで、せめて誠実であれた自分を褒めてやりたいぐらいだ。
そして魔人も、そんな自分の心意気をかってくれたのか、
「……良い覚悟だ。
では行くぞ―――」
その手が私に/呪われた顔面に伸ばされる。その腐りを意にもかえさずそっと触れて下さると、聞いたこともない魔法を詠唱した。
「【
発動した直後、視界が数拍ほど暗転した。ギリギリ膝立ちしている自分の体は認識できている。
その暗闇の中、呪いの主たるかつての銀大狼に見えたかと思うと―――、急に戻った。
魔人の指先は離れていた。同時、顔面の隠し布も抜け落ちていた。久しぶりにまともに、二つの眼で世界を見ている。腐り続けていても機能はしていたけど、痛みと憎しみの色で汚れていた。ソレが今は完全に……、晴れ渡っていた。
恐る恐る、手を伸ばして触れてみた。いつもなら、自分の肉が腐りよれた粘体生物のような感触と、反吐が出そうになる異臭をはなつ膿汁。自分ではもう慣れたけど、他人からはいつも顔をしかめられる。身近な人間からも。まるで醜い怪物を見るような目で……。
しかしそれらは、全く無くなっていた。まともな片方と同じ、スベスベとした人間の/元の自分の顔そのものだ。
(え……えぇッ!? 本当に、本当に……解呪できた!)
「おぉッ、これは凄い! 呪った奴の視界が見えるぞ―――」
歓喜の声は、同時にあげられた魔人の愉悦の声音に遮られてしまった。
何事かとのぞき見てみると、魔人は私とは別の何かを見ているのだと気づけた。さらに、赤い眼光を放っていた眼孔の片方が、より強く明滅しているのが見えた。まるで片目だけがコントロール不能になってしまったかのように……。なぜ楽しんでるの?
理解が降ってきた。アレこそ、私にかけられていた呪いの正体だったと。脆弱な私から凶悪な魔人に移ってしまったことで、内側から焼き尽くされている。
呆然とその様子を見守っていると、眼光が徐々に弱々しくなっていくのが見えた。
「おやおや? 視界が暗くなってきたぞ……。
ああ、なるほど! 眼球ごと顔面の骨肉が貪られ続ければ、さすがのアンデッドであろうと動けなくなるのかな」
仮面ごしながら、嗜虐心に満ち満ちた/世にも邪悪な嗤いを浮かべたのがわかった。
「んん? やめて欲しいと頼まれてもなぁ……、呪いをかけたのはそっちだろ。『こうなるリスク』は十二分に理解していたはずだが?」
魔人の嬲るような言葉責め。もはや『魔王』という言葉が似合いそうな様相を帯びているも、私の胸はより晴れ渡っていく。さらには何かが詰まってきて、目頭にまでせり上がってくる。
そんなまだ言葉にならない感動は、彼が告げた言葉で確定した。
「ならば誓え! 今日から20年間、この女の生命と魂を守れ。どんな事情であれ果たせなかったのならば、お前の責任だ。その時は片目だけでなく両眼とも奪う。この女が死ぬのは、お前が消滅するよりも後だ」
裁判官のごとく裁決を突きつけると、呪いはほんの少し躊躇いのゆらめきをみせるも……、膝を屈した。
「では、ゆめ忘れるなよ―――【
また聞いたことのない魔法を発動させると、弱りきった呪いに焼印のような赤熱光が焼き付けられた。呪いはその激痛にか、さらに弱々しく明滅するも……ギリギリ消滅せず。
そして頭を垂れるかのように、彼の眼孔からどこかへと消え去っていった。
魔人が元の自分の眼光を取り戻すと、
「___よし! コレで呪われた分の取立てはいいだろう」
「あ、あ……ありがとうございましたッ!」
もうたえきれず、感謝が迸っていた。同時に涙が溢れ出ていた。
いきなりのことでだろう。魔人は(仮面越しなれど)目を丸くしばたかせると、
「……約束は忘れるなよ」
そう零すように言い捨てた。
先までの恐ろしさはない。何かへの言い訳のような仕草に、微笑みが浮かんでいた。……こんなに自然と笑えたのは、いつ以来だろう?
出会った当初ではありえない、和やかな空気。ありえないことの連続だったけど、これが最もありえないことだ。
そんな奇跡みたいな時間はしかし、
「___アイ…コホン、モモン様! コチラは始末がつきました」
連れの黒髪の女が、割り込んできたことで終わった。……終わってしまった。
彼は連れへと向くと、私には一瞥も返すことなく立ち去っていった。
思わずその背に追いすがろうとしたけど……、できなかった。何と声をかけて良いのかもわからない。
立ち去る背中を寂しく見送りながら、そんな自分が今更ながら恥ずかしくなってきた。……いちおう感謝はできた。あとは約束を守れば良いだけだ。
思い出すと、かなりリスキーな契約をしてしまったと今更ながら。でもやはり、不安は少ない。どんな困難なことだろうと、再会の約束でもあると思えば―――
(……て、何言ってるのよ私ッ!)
猛烈に恥ずかしくなってきた。自分はこんなにも、夢見がちな乙女だったのか……。同僚たちには決して言えない。
……そんなふうに脳内闘争を繰り広げていると、また異常事態が起きた。
彼とあの女が突然―――、光の中に消えた。
「えッ!?」
転移魔法!?
先の解呪で免疫がついたと思ったのに、また驚愕させられた。彼、あんな超魔法までできる人なんだ……♥
完全にその姿が消え/見送ると突然、どこからか『声』が聞こえてきた。
『___アナタ、なかな良いわね』
「ッ!? ……だ、誰!?」
おもわず周りを見渡してみても、誰もいない。声の主じゃない。
女性の声ではあった。けど、たった一言聞いただけなのに、女神を連想させられた。とても妖艶で淫猥で同性なはずなのに陶酔させられる、でも悪魔と呼ぶにはあまりにも情感豊かで、女神と呼ぶしかない存在。……周囲の性奴隷たちでは、決してありえない。
『下等生物ではあるけど、その心根は素晴らしいわ。あの御方への純粋な思慕、私以外の女が向ける恋情……、是非とも
警戒しながらも締まりきれず、精神攻撃への抵抗力を高めても無意味だった。ソレは魔法や武技でもない、ただそこに現れているだけで起きている現象。存在としての格が違いすぎるがゆえに、……どうすることもできない。
逃げようとするも、足が/体が動かない。いや、逃げようとする気力が沸いてこない。もっと傍にいたいと/いて欲しいと/そのためなら何でも捧げられる。そんな魂の核が掴まれてしまったような恍惚感/無力感―――。
『レイナース、私にアナタの全てを捧げなさい。さすれば、ただの小虫では決して不可能なことを、かの御方の女にしてあげるわ』
その誘いの言葉/命令に、どう答えたのかは……分からない。思い出せない。
その答えを声として認識する前/すでに、私は私である意識が……溶けてしまっていたから。
◆ ◆ ◆
カルネ村に転移すると、まず村の入口に建っている不釣合いな建造物が目に付いた。レンガ造りの巨大円筒型の休息場。
解析や注視すら必要なく、魔法で作り上げたものだと分かる。それも現地人では使えない高位階の魔法。おそらく【上位要塞創造】だ。俺の『分身』が使ったのだろう。……後で消費魔力の取り立てがくるけど、この程度なら問題なしだ。
続いて、傍で倒れているガゼフの副官が目に映った。まさかあんな場所で居眠りしているわけではないので、気絶させられたのだろう。
彼は、現地人の中では猛者の部類。今は天使の力も身につけており、大抵のモンスターにも勝てるだろう。気絶させられる相手は、上官のガゼフぐらいしかいないはず。
近づいて様子を確かめる。……遠目でも分かってはいたが、万が一のことはある。
(___よかった。死んでるわけじゃないな)
気絶しているだけだ。負傷自体はしていない。
ただ、不意を突かれてのことではない。正面から威圧されながら、耐え切れず圧倒されてしまった様子が、浮かべている苦悶から伺えた。……誰がやったのか、すぐに分かった。
(それにしても……、[01]はなぜいない?)
その犯人/DK-01を探るにも、どこにも見当たらない。近くにいれば、視界に映らずとも主従の繋がりでわかる。そもそも[オーバーロード]の種族特性で、周囲のアンデッドの気配は丸わかりになる。……この近く/村の周囲にすら、いない。
気配遮断をしたら、パッシブスキルだけでは分からなくなるが、そもそもそんなことをする必要がない。不敬なことだと率先して禁じてもいるだろう。
___悟様、どうやら少し……厄介なことが起きたようです
内なるモモンガの声。俺が言わずとも探ってくれていた。
『……何が起きたんだ?』
他とは区別、モモンガにだけ伝わるよう調査報告を聞き出そうとしたら、
「___アインズ様」
静かに警戒を促してきたナーベラルに、遮られてしまった。
また不測の事態かと、胸の内で顔をしかめると……、ため息。ただの勘違いだった。
とは言っても、彼女は初対面だったのに気づかされる。警戒自体は正しい判断だ。
「……構わん、味方だ」
ナーベラルが促してきた先にいたのは/カルネ村から飛んできたのは、俺の/アンデッドの天敵たる天使だからだ。それも現地人レベルではなく、ナーベラルが脅威を感じるほどの大天使。
眠たげな美少女の姿をした天使は、近くまで[飛行]で近づくと着地。そして礼儀正しく、膝と頭を下げながら挨拶してくる。
「___お久しゅうございます、我が最愛の御方」
病的とは真逆、色が近寄ることすらできない純白。幼子の姿なれど、深い叡智と威厳を感じさせる羽衣のオーラ。ソレだけでも分かる者にはわかるが、頭から獣耳のように生えている二つの小さな羽が、彼女が人間でないことを示している。
かつて陽光聖典たちに召喚された/先輩転移プレイヤーの遺品より召喚された[威光の主天使]。ただし今は、俺によって[堕天]をうけたがために[八翼の堕天使]となり、従属関係になっている。
「おい、そこな羽チビ虫。口を慎め!」
前にでてきたナーベラルが、威嚇してきた。その視線には濃厚な殺意が、隠すつもりもなく秘められている。
初っ端のケンカ腰に俺の方がビビらされていると、
「……御方、そこなドッペルゲンガーとは、どういったお関係なのでしょうか?」
平静さを保ってはいるが、不快感は隠すつもりなく尋ねてきた。
その大人な対応/煽りスルースキルにはあたふたさせられたが、初見でナーベラルの正体を見抜いた眼力に舌をまかされた。確かに彼女の種族レベルは低いも、ソレは変身できる個数が増えるだけ。その黒髪の美女の姿は、どこからどう見ても人間種にしかみえない。……あまりにも美人すぎるのは除いて。
その牽制も相まって、ナーベラルも不用意な追撃は避けることにしたらしい。……代わりに先よりも、殺意を鋭く研ぎ澄ましてはいるけど。
一触即発な空気を解消するためにも、間に割り込まざるを得ない。
「私の友人の…娘のようなものだ」
そう当たり障りのない紹介をすると、互いの紹介もした。
「ナーベラル。彼女は私が[堕天]させた元威光の主天使、【カルネア】だ。
カルネア。彼女は[ナーベラル・ガンマ]。私の友人の娘であり、私の大事な戦闘メイドの一人だ」
簡略な紹介を済ますと、互いの敵意は幾分か霧散した。いちおうは互いに、俺の部下だということは判明した。……ただしどうも、仲間意識はまだらしい。
確かにカルネアは、イレギュラーな配下だ。俺が直に召喚したのならばデスナイトのように、ナザリックのNPCたちは仲間だと歓迎してくれる。けど、[堕天]による変質はまた別らしい。善性の[ユリ]とは打ち解けていたところを見るに、カルマ値が関係しているのかもしれない。……仲良くしろとは言わないが、殺し合いだけは避けて欲しい。
「___カルネアぁー! 魔法使って移動しちゃダメて、言ったでしょー!」
そんな願いを聞き届けてくれたのか、もう一人のカルネ村の天使が駆けてきた。……ただし天使といっても、野性のだ。
可愛らしいが、どこにでもいる田舎の村娘。何の力もない現地人なれど、プンプンと叱りつけてくるように迫ってきた。そんな彼女の声が聞こえると、純白の天使はビクリと体を強ばらせ、嫌そうに振り返っていた。
「あ! アインズ様だぁ」
「……久しいなネム」
前の[嫉妬の仮面]とは別物。さすがにあんな被虐ネタ付けてられないので、早々に代案を考え……今の仮面に落ち着いた。嘘は極力つかない方針、ゆえに仮面も強面の骸骨となる。
ただコレを、ネムにはまだ見せてはいなかったはず。村の誰かが伝えたのかもしれないが、あまりの迷いなさ。優れた記憶力や推理力も彼女にはなかったはず、初見で見抜いたとしか思えない。……カルネアとの繋がりで、タレントめいた何かが開花したのかな?
「……ネム、なんで来たのですか?」
「だって、いきなりどっか飛んで行っちゃうんだもん。また歩く訓練サボろうとしたと思うじゃん。ただでさえいつも朝寝坊で、時々お寝し―――」
「ね、ネム!? 御方の前でそんなことを―――」
「あれぇ? ……おっちゃんこんなところでお昼寝?」
慌てて口を塞ごうとする天使から、するりと話題を変えてきた。……とてつもねぇ天衣無縫さだ。
そして変えてくれたことで、思い出せた。まだ足元でのびてしまっている中年男の存在を。
「カルネアよ。気付けてやってくれ」
「畏まりました―――」
おそるおそるもネムを無言で牽制しながら(ネム自身はまるで気にもせず)、副官殿の傍にまで寄ると、その手でそっと触れた。
直後、暖かく柔らかな微光があふれた。
[
その最たる権化である俺は、その微光に思わずも目を細めた。ナーベラルも不快そうに顔をしかめている。直接のダメージを負うことはないが、あまり好ましい接触じゃない。
触れて数秒ほど、微光が全身に/内蔵にまで浸透していくと、副官から苦悶がぬけていき……ようやく目を覚ました。
「___こ、ここは……? 俺はどうして―――、ッ!?」
目覚め先、いきなり凶悪骸骨仮面がいたらそりゃそうなるか……。少しイタズラ心か過ぎたかな。
できるだけ労りを込めて、目覚めの挨拶をおくった。
「目が覚めたかな、副官殿」
「アインズ殿!? なぜここに―――ぅッ!」
急いで上体を起こそうとして、急に走った痛みに悶えた。腹や胸よりも、頭からの痛みだ。
「まだ座ったままの方が良いのです。強力な負のオーラを直に浴びてしまったようで、まだ全部は除去できていないのです」
「……助かりました、カルネア様」
「おっちゃん、怪我してたの……?」
ネムも心配そうに覗き込んでくると、「ちょいと二日酔いが効いちまっただけさ」とやせ我慢。……さすがはガゼフの忠臣だ。
ソレで事情は概ね分かった。
(……なるほどな、01が暴走しちまったのか)
なんでそんなことに……。そんじょそこらのことでは故障などしない設計のはず。内蔵させてるデスナイトよりも頑丈にもできているはず。外部から破損させるのは、カルネアですら困難だった。現地人では到底不可能だ。
ならば/つまり―――、内部からだった。『俺』自身が破壊を招いてしまったらしい。
「アインズ殿。何をお怒りだったのか分かりませぬが、『あのご命令』はどうか撤回してくださらんか?」
襟を正して相対してきた。覚悟を持っての懇願。
まだ内実を把握しきれていないので、下手な答えはできない。けど……、答えないわけにもいかない。俺のここでのロールプレイ上では、決してミスなどしない智謀遠慮なキャラだからだ。『全て計算通り!』と言い切らねばならない。……我ながら、なんでそんな窮屈な立場を
選んでしまったのか。
例え分身の不始末とて同じ。そもそも分身だったと教えるのもマズい。今答えられることは一つだ。……想定外なんかじゃ全然ない、と。
「……私は私情をもって命令したりはしない。必要だからこそ下した。気に入らぬというのならば、我らの協力関係もそこまでいうことだ」
「それはッ! そのようなことは―――、くっ!」
反発しようとするも……グッと抑え付けた。
良識ある大人な対応/妥協。諦めを強制させたのは自分だが、安心させてくれる。こちらも助け舟を出しやすい。……ガゼフの食い下がりぶりは中々に異常なことだったと、改めて思い返される。
「ただ……、不測の事態があったことは確かだ。君らとの良好な関係を破棄するのも不本意ではある」
「それでは!」
___悟様、ここで何が起きたのか把握いたしました。
我が懐刀/超シンクタンクが、この綱渡りのゴールを示してくれた。しかもタイミングもベストだ。
胸の内で『イイネ』ボタンを押すと、それぞれに指示を渡していく。
「カルネア。当初の予定通り、この村の守護を。
ナーベラル。
万が一に備えて、プレイアデスたちに任せている作戦にまで悪影響が及ばないように。ナーベが参戦すれば完璧だ。こんな不測な事態の保険のために、あえてナーベだけを外して作戦を組み立てさせた。……今回は見事にハマった。
しかし当のナーベは、戸惑いを露わに、
「お、お待ち下さい!? それでは御身の守護が疎かになります!」
「必要ならば
けれどアルベドの名前を出すと、それ以上の反論はでてこなかった。
どうやらナーベは、アルベドと何か企んでいるらしく、密かに連絡を取り合っていた。全く知らなかったけど、モモンガが注意を与えてくれた。その内実も推察してくれて……、少し疑問は残るが筋は通っていた。実害がなければ知らぬふりをし続けるつもりだった。
ただ今回は、突かざるを得ない、そのちょっとした疚しさを。
彼女がそれでもと食い下がってくる前に、また[転移門]を開いた。
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