̄
(…………やっちまった)
眼下の状況。頭を抱えたくなる。何たる失態……。まさかあんな勘違いをさせられるなんて。
お笑い種すぎる。せっかくのイメージ戦略が全部おじゃんだ。まさか中二病に敗れるなんて……。
(これはもう、取り返しがつかないのでは……?)
『___であるのならば、この都市ごと消滅させるのが良いかと』
「いやいや!? それはさすがに……まずいだろう?」
木を隠すなら森の中ならぬ、問題は大問題で誤魔化す。
ちょっとだけそそられてしまった。そういえば今の俺、そんな横暴もできるんだっけ。
『都市全てではなく、あの墓所だけならば問題は無いかと。あまり好ましいものでは無いようですし、消してやった方が現住民たちには喜ばれましょう』
そのぐらいの手加減ならば、即座に実行できる。集めた限りの情報ではあそこは、悪党のみならずアンデットの巣窟にまでなっている。もう墓所として機能できていない。あり続けるより無くなった方が皆の幸福につながるだろう。
ただ、巻き込まれる被害者は0ではない。それらを全て精査してケアするとなると、今よりもっと面倒が増えてしまう。なによりも、
「……あれらを一撃で滅ぼすとあれば、第8位階以上の大破壊魔法の行使は必須。その程度…そんな大魔法を使えば、『先輩』たちに確信を与えてしまう」
この異世界に先に転移しただろう、俺以外のプレイヤーたち=仮称先輩。ランク上位勢はもちろんのこと、弱くても警戒は必須だ。敵対関係にまでこじれてしまうと生命の危機だ、できる限り友好関係を築きたい。現地人への対応は、そんな先輩たちへの友好の証にもなる。あまり横暴をふるうことはできない。
『目立たずということであれば、まず元凶たるあの【01】を即座に破壊し、関係者の記憶を改変してしまう、というのはどうでしょうか?』
「……そんな嘘を抱えるのなら、素直に謝罪してやった方が楽だよ」
なるべく嘘はつかないという縛り。なまじ押し通せる力がある分、なかなかに難しい……。
(……まだだ。まだ手はあるはず)
無根拠ながらも奮起してみる、今いる呼び寄せた雨雲の真下と同じぐらい視野を広げてみる、わすかに残ってるだろう人間性を煽って必死になってみる。なんとかなれぇ……
『……それにしてもあの墓所、不可思議な存在ですな。なぜあそこまで広大になってしまっているのか? 放置しただけではああはなり難い。王国の人間たちが意図して築き上げたとしたら、とんだ大マヌケと言わざるを得ない』
人間以外の/以上の存在の介入――ー。アンデットたちが発生し成長しやすい繁殖場を作りたい存在。王国の人間たちを密かに何十年もしくは百年以上にわたり操り、自然発生したように生存を脅かす猛毒を隣接させた。
確かにありえない。奴隷貿易を調査していく過程でも、同じ疑問にいきついた。なぜそんなにも奴隷が必要なのか? そんな大量の奴隷を酷使しているのになぜこんなにもこの町/国/強いては世界は貧しいのか? 俺が生きてたブラック世界ですらあれだけの科学技術が出来上がったというのに、こんなにも自然豊かで魔法なんてファンタジーがあるここでソレを成しえないのか? ……誰かが掠め取り続けているとしか、考えられない。
人間を憎悪しながらもエサとして寄生せざるをえない存在。それでいて今は自由に動き回ることができない、力を蓄えなければならない。――ー地下に大物のアンデットが潜んでる。
その自問のような示唆から、視野をさらに地底にまで伸ばしていくと――ー
「___おぉ! アレなら一石二鳥になるな!」
もしかしたら、三鳥にまでなるかもしれない。……自分の閃きに、舞い上がりそうになる。
思い立ったら吉日、すぐに魔法を唱えようとすると、こちらの思惑を読み取ってくれたモモンガが、
『さすが悟様、素晴らしいアイデアです!
ですが……かなりの綱渡りになりませんか?』
「タイミングは繊細だが、手数は足りてる。見破られる心配も無い」
この世界の金貨と違って、ずっと愛用してきたものだ。一見者に看破されることなどありえない。
言葉にしてさらに自信が湧いてくると、
「【
修正計画を実行した。
――◆――◆――◆――
爆裂が起きた。目の前が閃光の真白に染色される。
突然の激変、なれど経験はある。あの帝国の大魔導士による空爆だ。降り注ぐ炎の雨のなか、戦場は一面の焼け野原となり、火にくるまれ焼かれる兵士たちの悲鳴が聴覚をも占領してくる。心の戦意まで砕く悲惨な地獄だ。
無力感に苛まれ、膝が折れてしまう。戦争とはただただあってはならないものだと、何ももたらさず奪うだけだと痛感できた。勝利はコレに比べればあまりにも無意味だ、ただ終わりを告げてくれた解放感だけ……。
知っていたはずなのに、続けてきた。最前線ならばと誤魔化しながら、背後の地獄には目を背けてきた。走り抜けた先に『答え』があるのだと、仲間を/若者たちを/怖れる者たちを鼓舞して/騙して地獄に引きずり込んだ。忠誠の御旗のもと、己すら酩酊させながら……。私に/俺にはもう、救われるべき未来などありえない。
ならば――ー、躊躇うべき一歩など、ありえない。
爆裂の中/ほぼ同時にも、踏み込んでいった。全身が真白な爆圧に潰される――ー
――ー甲高い金属音。次いで、電撃のような痺れの波が腕を締め上げてきた。
『___くぉッ‼ ……しつこい奴め!』
耳朶に微かに聞こえた、不快な声音。聞き取れた直後に、剣を振り伸ばしたはずの腕があらぬ方向に押し飛ばされたのが見えた。それに引きずられるよう全身も、無理やり引っ張られていく。
(…武技発動【迅雷加速】)
全身に生体電気をほとばしらせた。麻痺していた体に活が入っていく。……日に何度も使用してよい武技じゃないが、いまさらだ。
無理やり体勢を整える。流された腕も引き戻しながら、その場で全身を捻り回す。その回転力をもって再び叩き込んだ――ー
――ーまた甲高い金属音。すぐ近くのはずなのに遠い残響のように聞こえる。
鼓膜が破れてしまったのだろう。聴覚が潰れてしまったのは痛いが、かまわない。今は奴に食らいついていることが重要だ。
弾き返された反動。それが全身を掴み金縛りにかける寸前、逆方向にひねり回した。【加速】の状態時にのみできる超人的な駆動。
速攻の横なぎは、硬い防御に遮られることなく。肉とその先の骨にまで切り込んだ感触を伝えてくれた。
『□□□□ッ‼』
ハッキリと聞こえなかったが、怒りの感情は伝わった。生者のものとは異質な、激痛からではなく対応しきれなかった己の躯体の不完全さへの不満。……お前じゃなければ防いでいた。
しかし、それ以上は食い込まない。腕の力だけでは無理だ。腐肉に阻まれ即座に抜くことも難しい。生者ならば、激痛が占領してくれて遅滞にはならいが、アンデットではそうもいかない。この刹那が命取りになる、武芸ができてしまう相手ならばなおのことだ。
コレを骨身にまで理解させるのは、大変だった……。強力な生存本能を否定しきらなければならない、またすぐに起動できるよう切替えられなければならない。アンデットの技を生者のままで使えるようにする苦行。耐えきるだけの価値は大いにあった。
(まだだッ!)
食い込んだ刃へ、下腿を引き付けた。勢い鋭く、半端に留められたそこを蹴りこむ――ー
骨が砕けた破砕音が、剣ごしに確かに伝わった。蹴りの衝撃が刃をさらに進ませた。
「オオアアァァァ――ーッ‼」
雄たけびともに、そのまま両断する――ー
――ー寸前、止められた/掴まれた。
肩を握りつぶすほどのアンデットの剛腕が、それ以上の両断を許さない。
だが、ここまでくればあとは力勝負だ。巨体とはいえ上半身しか使えない奴と、全身の筋力を集中させられる自分とでは、後者に分がある。上下に両断できるのは時間の問題だ。
爪が肩の肉をえぐり血が吹いている。かまわずそのまま剣に力を集中させていった。コレで止めだ――ー
『___邪道の四十八、【影埋葬】』
確かに聞こえた、脳髄を揺さぶってくる呪文。目前のアンデットが唱えた聞いたことのない魔法。
発動されたその力に警戒するも、直接の暴力ではなかった。しかし、その凶悪さをすぐに理解させられた。
潰しあっている自分たちごと、地面へと沈下している。まるで蟻地獄に食われるように、徐々にしかし確実に沈んでいく。
『本来なら対象のみ沈める術だが、アンデットたるこの体ならばこんな使い方もある』
得意気に告げてきた。この下/影の中では、生者たる自分は生きられないと、掴んだ手をより強く離さない/逃げないようにして。……上等だ。逃げるつもりなん毛頭ない。
『例えこの躯体が壊れたとしても、死んだお前をアンデットに変えて乗っ取るまで。ここまでやれるお前ならば、我の良い躯体になれるだろう』
「……なるほど、やはり本体はそこに隠れてるのか」
胸に収まっている巨大な赤い宝玉。こちらの剣撃でも傷一つできない超硬度、おそらく『彼』が作って埋め込んだ代物だろう。まるで自分の分身のように操る機能が、備わっているのかもしれない。……ソレを盗み取られた。
彼がなぜ奴に手を貸しているのかは分からない。不測の事態だったのかもしれない。どちらにしろ、奴が盗人の分際であることは間違いない。なぜなら、
「俺の剣でも傷一つなかったのに、ひび割れたまま。そこから侵入して盗み取ったというところだろう。どうして使えているのかはわからんが、修復まではできていない様子だ」
ここまで間近ならハッキリ見える。明らかに損傷たるひび割れ。そこから侵入することはできたが、ソレを直すことはできなかった、アンデットの躯体とは別物ゆえに。
なら俺も、同じことができる。例え影の中に沈められても、そのひび割れを狙えば宝玉は砕ける。砕けば奴は、行き場を失う/もう操れない。……このアンデットの戦友も、目を覚ましてくれるだろう。
『……ふっふっふっふ。
仮初の希望を抱かせて嘲笑してやるのも良かったが、影の中では詳しく味わえなかったのを失念していた』
虚勢か余裕か……、アンデットの死に顔からは読み取れない。
ここからの起死回生の手段など考えられない。こちらももう影に沈むしかない。もしも奴の言う通り勘違いであったとしても、進む以外の道はない。
(……後は、頼むぞ)
何もかも中途半端の人生だったが、少なくとも走り続けた、この最後は悪くない。
残してしまった人々の顔が浮かんでは消えていく。責務を果たしきれず背負わせる形になってしまうのは申し訳ないが、コレが俺の器だった。応えきれなかった分だけ存分に罵倒してくれるといい。ソレが道半ばで倒れた俺の、最後のやるべきことだ。
諦念じみてたが覚悟は決まった。怖れや躊躇いはもうない。ただこの道を走り抜けるのみ――ー
「___【
そんな俺をとどめてくれるかのように、暗き影が一瞬で凍り付いた。のみならず全身まで、氷が覆いかぶさっていた。
(……いったい何が、起きた?)
凍り付いて動けなくなった体。呼吸まで止まりそうな絶対零度の中、頭だけは何とか回せている。
直前に、魔法の詠唱が聞こえた。これだけ強大な魔法など一度しか見たことは無いが、確かにそれ以外考えられない。そして今ここで、ソレを行使できるのは――ー
「おっと! やはり食い留めておいてくれたか、ストロノーフ卿」
可憐そうな少女の声音。この暗く不浄な戦場には不釣り合いだが、気負いなく馴染めているとの落ち着きも感じられる。
誰だったか……? 思い出そうとするも、寒さと呼吸困難で頭が回らなくなってきた。意識ももう、遠のいていく――ー
「ともに氷漬けにしてしまったのは悪かったが、安心してくれ――ー」
パチンと指を弾き鳴らすと、覆われていた氷が解け落ちていった。
解放され地面に転がり落ちると、急いで空気を求めた。ゼイゼイと喉が擦れる音と空気が全身の麻痺をほどいていく。……危なかった。
「一部だけ解除するのなど、簡単なことなのでね」
「……助かった、イビルアイ殿」
感謝の声はしわがれて弱弱しい。氷漬けにされた責だけじゃない、直前の無茶な武技と体の運用が絡み合ってしまい、まだ立ち上がることもできない。
「こちらこそだよ。
爆弾ゾンビたちを封殺するだけしかできないと思っていたが、首魁まで捕らえることができたとは……。すべて貴公のおかげだ」
ねぎらいの言葉が胸に染み渡る。ほんの少し目をつむりしっかりと受け取った。……助けられたのはお互い様だ。
そんな戦友同士の暖かな気分を打ち砕くように、
『この程度の氷で、我を捕らえたつもりか?』
氷漬けにされたままの奴が、傲然と侮辱してきた。
あまりの態度に皆、一瞬言葉を失ってしまったが、
「身動きが取れないようだが? 術を使うにしても、魔力の流れを阻害してやれる。頼みの邪気も地面と離されては使えまい。……強がりは見苦しいだけだよ」
アンデットに言っても仕方のないことだがね……。死してなお執着のみで現世に留まっているアンデット。見苦しさはむしろ栄誉ですらあるのかもしれない。
こちらの皮肉は意に返さず、むしろさらに煽ってきた。
『貴様のような愚鈍が、かの御方の恩恵を受けたとはな……。なんとも嘆かわしい、恥知らずにもほどがあるぞ』
「……おいイビルアイ、こいつそろそろ黙らせてやろうぜ」
後ろで警戒してくれていたガガーランが、冷静ながらも目には怒気をこめながら、こいつの言葉は耳が汚れるだけと見下し返した。
その気遣いには、彼女らの絆の強さが見て取れたが、気になる情報だ。もっと喋らせるべきだろう。不快であっても負け惜しみでしかないのだから。今後起きるかもしれない脅威のためにも、有益な情報を搾り取れるだけ搾り取るべきだ。
……そこまで考え、ふと疑念が沸いてきた。なにかおかしい。
(なぜ奴は、こんなにも喋ってるんだ?)
奴の性質を知り尽くしているわけではないが、会話を楽しむようなこと/相互理解を求めてはいない。アンデットらしく生者への憎悪を隠さず、言葉は刃と同じ暴力の一手段でしかなかった。常に相手の心を傷つける、死んでいるので恐怖に囚われず、いかに滅ぼすかに邁進できる。
そんな奴が、負け惜しみ……?
――ー警戒が、全身を貫いた。
すぐに確認し直すと――ー、正しかったと戦慄する。
「___自切かッ!? コレは抜け殻だッ‼」
警告を叫ぶと、一瞬呆然と見返された。
しかし彼女らも歴戦の冒険者。余分な不安は飲み込み、すぐに警告を吟味してくれた。
「自切て……、本体は逃げたてことか!? でも術の発動は――ー」
「すでに発動させてた! 君が氷漬けにする前に、俺ごと生き埋めにするためにだ」
もはや一刻の猶予もないので、言葉を遮る形でかぶせた。……ソレで、どれだけ危機的な状況かも察してくれた。
『ふふっふ、さすがに気づけたか』
俺の危惧が正解だと、暗に/不愉快なことにも教えてきた。……もう遅すぎるとも。
『自切した殻をそのまま利用して作った空蝉だが、どこに違和感があったのかな?』
「答えるわけねぇだろうッ、馬鹿が――ー」
皆の不快を代弁するよう、ガガーランがそのハンマーで頭を粉砕した。
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長々とご視聴、ありがとうございました。
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