̄
(___思っていたよりも、型破りな奴だったな)
ガゼフ・ストロノーフ、見誤っていたよ……。
まさか興行を開始して数日あまりで、しかも単身でやってきた。おまけに少々強引ながらも、仕掛けた罠ごとつぶしてもきた。舞台で戦わせられたのなら、いくらでも暗殺する機会があったのに。奇襲じみた来訪ゆえにか、後手に回らざるを得なかった。
「___ゼロ、この後は…どうします?」
「まずは、役立たずの道化どもを連れ出せ」
それでも、予め仕掛けておいた殺人サーカス団どもをけしかけたが、すべて返り討ちにあった。エドストレームなら毒だけは打てただろうが、倒されたのなら解毒剤を奪われてしまっただろう。……大失点ではあるが、敵の方が上手だった。まだ次までは使ってやる。
「本当にこのまま、連れてくんですか?」
「あの大墓所の敷地内なら、逃げ場はない。こいつらがいれば出入口も塞げる」
後ろ/周囲にワラワラと群がりながらついてくる観衆共。ガゼフとブレインという達人同士の決戦をぜひ間近で見たいと、無邪気にも興奮と期待に目を輝かせている。……決闘がご破算になった不満を垂れてきたのを、逆にコレもショーの一環だと煽り立て連れてきたが、そのかいはあったようだ。
「ブレインが仕留めきれなかったら、『奴ら』のケツを叩いて暴走させる。それで始末はつく」
ズーラノーンのイカレ邪教徒ども、の脱会者ども。奴らがあの大墓所の地下でコソコソやっている根暗な儀式など、だいぶ前から掴んでいた。こちらのシマを必要以上に荒らさないこと、儀式に必要な死体などの調達と後始末を請け負ってやることで、一応の住み分けはした。
ただ、こちらには同類のデイバーノックがいる。すでに儀式の全容は掴んでおり、師弟の数人もスパイに変えている。いつでも儀式を奪い取ってやることができる。例え十二分に発動できなくとも、大混乱はもたらせる、俺たち好みの程よい戦乱状態に。
「でもそれじゃ……、被害がデカすぎませんか?」
「関係ないだろう、こんなカスどもがいくら死んだところで。むしろ、ムダ飯食らい共が消えて感謝されるかもしれねぇぜ」
窮地はチャンス、戦争と災害こそ躍進をもたらす。復興支援でがっぽり儲けられる。それでさらに貧富の格差がひらけば、食い詰めた奴らが俺たちの手駒になる。男は兵隊に、女は商品に、ガキなら両方だ。どんな組織や国すらも圧倒し従わせられる、『最強の勢力』となるための一歩だ。
嗤いが止まらないが、まだ綱渡りの最中だ。おくびには出さず程よく緊張を保つ。
「さすがボス! いつものことながら痺れますぜ」
「ゴマ擦りしてる暇があるなら、働け。その自慢の口で。もっと野次馬共を囃したてろ」
一睨みしただけで、委縮して追従の笑い。そそくさ離れるや、連れてきた観衆に大声で演説しはじめた。
万が一にも失敗したのなら、この全ての責任は奴に負わせる。野次馬どもの怒りの矛先は奴におっかぶせ、俺たちは逃げ延びる。また次のチャンスを待てば良いだけだ。……今のところ、そう悲観的になる必要もなさそうだが。
「さぁて、特等席で見てやろうか。王国の英雄殿の死にざまをな」
特等席=大墓所を囲む長城。墓所で発生したゾンビ共を街に侵入させないための防壁ゆえ、無骨ながらそれなりに頑丈、しかも5メルトルはある高城壁ゆえ、大量発生や大型ゾンビも封じ込めれる。人々の安全を保障してくれる……と一般には説明されている。
現状は違う。もう100周年に達するほどまともな補修がされていないゆえ、経年劣化が激しい。おまけに、王国古代の建築者が埋め込んだであろう、ゾンビども封殺してくれる魔導具やら魔法陣は盗み取られており、聖別されていたであろう城壁のレンガも粗悪品とすり替えられてるしまつ。最終手段として墓所すべてを水没させる大仕掛けがあったらしいも、旱魃と経費削減のため水路は絶たれて久しい。さらに、見回りの兵士たちは少ないうえに弛んでいて、いざの時はほぼ役立たずだろう。……かつての勇名だけを頼りに建っている、ハリボテに成り下がっている。
墓所で行っている儀式を発動させれば、間違いなくこの城壁は破られる。真っ先にこの野次馬どもは犠牲になるだろうが、召喚される雑魚ゾンビ共にやられる俺ではない。野次馬たちはいい具合の肉壁/時間稼ぎになり、後は街の駐屯兵と冒険者どもに任せればいい。
完璧だ、盤上のゲームなら王手てやつだ。いくらか不測な事態はあったが、最後は俺の一人勝ち。コレを足場に、さらにのし上がってやる――ー
『■■■■■■■■■ーーッ!』
――ーそんな自負を嘲笑うかのように現れたのは、曇天に達するほどの禍々しき巨大竜。月明りに似た白き滑らかな巨躯とはうらはらに、額の巨眼から本性たる黒き邪悪を迸しらせている。まともな喉や肺など無いはずのその大口からも、全身を握りつぶしてくるほどの獣の雄たけびを放つ。
さらにその邪悪な存在感に呼応するかのよう、曇り空から幾筋か稲光まで駆け落ちてきた。激震が全身を縮み上げてくる。
「………………、ぇ?」
なんだ、あの怪物は……?
あまりの出来事に、頭が文字通り真っ白になった。マヌケ面をさらしながら、見下している野次馬どもと同じように。
――◆――◆――◆――
エ・ランテルに備えていた隠れ家/ボロ家、大墓所近くの郊外にある物件/所有権もあいまいなっている場所。主要な街に一つは自分たちの拠点を所有しておけとの、師匠や冒険者の先輩方からの助言を実行した一例だ。
はじめは疑い半分以上、資金や維持の問題には頭を悩まされてもきた。でも、要人護衛の依頼をこなしてしたとき役に立ってくれたことで、ようやく納得できた。資金や実力も安定した今はもう少し大通りに近い瀟洒な部屋を使っている。ココはまだ駆け出しだったその時の隠れ家だ。
ぼんやりとその時の記憶が思い出されるも、今ではよくある冒険譚の一つだ。特別にこみあげてくる何かがあるわけではない。……今の私に必要な、勇気を与えてくれるような何かは。
「___鬼リーダー。もう平気か?」
「ええ…、大丈夫」
行かなきゃ……。ギシギシ軋み音がするベッドの上、膝を抱えた虚ろなまま。ティナの心配に、やせ我慢以下の機械的な返事を口から漏らした。
そんなあからさま過ぎる最悪な現状ゆえだろう、ティアまで心配してくる。
「狙いはリーダーなんだから、隠れていた方がいいんじゃ?」
「……それじゃ解決しない。誰かが倒してくれるのを待ってるわけには、いかない」
全部、私の責だから……。私がやらなきゃならないこと。できるかできないかの問題じゃない。
言葉足らず過ぎる独り言に、眉を顰められた。
「リーダー。せめて理由を話してくれ。どうしてこんなことになったんだ?」
「……詳しいことは、私にも分からない。でも、私の責であることだけは確かなの」
この漆黒の力が、闇の私の力が……。ちゃんと指輪はしている。封印を緩めた油断もなかったはず。この魔剣キリネイラムの暗黒の力も、日々の精進で制御がうまくなっている実感もあった。闇の自分などには負けない、誘惑に屈して滅びの力を開放したりなんかしない。……そう思ってた。
でも/だからこそか、暗黒の精神の何たる執念深さ。私にそう油断させたのが狙いだった。確かなルーティーンをこなせば後は不要だと、あれほど散々注意していたのに、舐めてしまった。その無意識の弛みを突かれた。そこで徐々に力を蓄え、世界に影響を及ぼす手段すら見つけたのかもしれない。もう封印が、意味をなさないほどにも……。
悔しくて恥ずかしくて、情けない。不甲斐なさすぎる。あれほどの闇の力を召喚してしまったことにすら気づけなかった。なにが神官だ! ……結局自分がしてきたことは、無意味だった。とんだ道化だ。
自嘲して自覚できると、少しだけ肩のこわばりが緩んだ。そのまま抱えていた膝もほどいてやった。
「リーダーが行けば、解決できるの?」
「……分からない」
でも――ー。言いかけて、言い淀む、勢いが阻まれた。
何の保証もできない、そもそも元凶は自分の惰弱さだ、どうしても闇の力に惹かれてしまうふしだらさだ。こんな自分では何もできない、誰かもっと相応しい人がいるはず、できれば代わってもらいたい。……でも、自分以外にいない。
なら――ー、やるしかない。できなくたってやる。そんな無根拠な前進で、解決できたことはたくさんある。自分が自分のことを信じぬかなきゃ、誰が信じてやれるんだ!
無理にでも奮起する、顔を上げる。その勢いのまま立ち上がると、
「逃げてるだけでは絶対に、解決しない。私がちゃんと、向き合わない…と――、ッ!?」
『___探したぞ、女』
目の前に突然、暗黒の化身/禍々しきアンデットの重剣士が現れた。先にまみえた時以上にも、深淵の力をたたえながら。
「あぁ……、うぁ……」
勇気を振り絞った、はずなのに……粉々になっていた。膝が崩れ、その場にへたり込んでしまった。
ティナとティアの双子も、突然の暗黒の化身に戦慄している。元暗殺者である彼女らであっても、ものともせずにこんな目の前で出現できる。何も知られず殺すことすらも……。どこにも逃げ場などない。
「これが、ガガーラン達が言ってた……敵」
「やばい……」
どんな怪物相手すら勇敢にそれでいて的確に立ち向かってきた双子らが、凍り付いたかのように棒立ちのまま。彼女たちは初めての接敵ながら、絶対に勝てない相手だと直感してしまったのが分かる。しかも私を守りながらなど……、絶望的だ。
そんな震えあがっている私たちを無視しながら、近づいてくる。
『用があるのは、その女だけだ。……邪魔だてするのなら、話は別だがな』
脅しつけるほどの怒気はない。でも、ただ一歩踏み込む/ただ言葉をかけてくるだけで、全身が踏み潰されるほどの過重圧に苛まれる。反論どころか、呼吸までままならなくなる――ー
『逃げるなら、また犠牲が増える』
また……。いや、
言外の示しに、さらに凍りつかされた。さらなる絶望に心が砕けそうになる。ガガーランたちはもう…、もう――ー
「___リーダー、逃げてくれ」
かすれた小声ながら、聞こえた、決死の言葉。
「なッ!? ……なに言ってるのよ?」
「リーダーが死んじまったら、次はなくなるだろう?」
片割れの決意に同調しながら、薄く笑いかけてきた。私に納得してもらえるように、【
凍り付いていた心に、わずかなヒビが入った。ソレはすぐさま広がり/逃さず押し広げて――ー、突き出した。
「___次なんてない。私も……、戦う!」
脇に置いていた愛剣/魔剣をつかむと、臨戦の魔法を唱える――ー
「セット! 【
直後、4本の魔法の光剣が頭上周囲に現れた、その切っ先を敵に向けながら。……本調子なら5本出せた。
『ソレが、お前たちの答えか?』
「私はッ、深淵の力なんかには……屈しないッ!」
弱気を言葉ごと吐き出す。ソレに呼応してくれるかのように、光剣も輝きを増していく。
接続を強める、4本の弓の弦を同時に引き絞っていくイメージ。一気に限界ギリギリまでチャージすると――ー
『……では、仕方あるまい――ー』
ショット!
放った。指令とともに、光剣が放たれる。
そのまま身構えもしていない敵を穿つ――ー直前、
『___【
いきなり背後/耳元で呪文が囁かれた。
驚き振り返る……間もなく、視界は暗転、意識まで刈り取られていた。
 ̄ ― _
世界から遮断された、どことも知れぬ深淵の中、確かに聞こえてきた。
___……やはり、お前ではなかったか。
あの暗黒の化身の声。どこからかはわからず、ただ直接に聞こえてくる。……体と意識が分断されているのだと、あるはずが無い耳が教えてくれた。
___だがこの魔剣は、少々危険だな。私に触れたことでか、…封印が緩んでしまった。
語りかけているような独り言。返事をしようにも何もできない、する権利もないだろう。……何もかも手放してしまった私には、ただ聞くことしかできない。
それなのに、
___此度のことは事故だ、私が処理してやる。
だが、次は無いぞ。しかと己の
今まで以上にな……。
予想だにしていなかった助け舟。真意を確かめようにも夢うつつの淡いは、楔の彼が去ると同時に吹き消えた。
――◆――◆――◆――
潜行した影/安全地帯のなか、一息とともに漏れ出た。
『…………危なかった』
少しでも遅れていたら、あのまま氷漬けにされていた。破壊されていただろう。
(いくら強力な躯体とはいえ、【主核】まで移したのは悪手だったのかもしれん……)
ただ【分霊】だったら、【
そもそもこの躯体は、『かの御方』からの授かりものだ。因果律を操作して呼び寄せてくれた。不敬であるし、捨て駒にするにはあまりにも惜しすぎる。……めぐり合わせが悪かったと、言うしかない。
(だが、それも乗り越えた! あとは、この躯体を縛っている主命を消化してやれば、全て我の自由だ)
手始めに、この街を死都に変えてやろう。その程度の贄では、かの御方がお目覚めするには足りなすぎるが、さらなる贄を増やすには最適な躯体。いづれご復活なさる日は、遠くない。
こみあげてくる愉悦のまま、そろそろ影から浮上しようとすると――ー、
『……んん?』
何かに阻まれた。地上へ出ることができない。
(おかしい……、なぜ影から出られない?)
障害を探るも、まるで水面の鏡像を掴むがごとく。そこにあるのは分かっているのに、何もできない。ほかの浮上口も塞がれている。……閉じ込められた。
じわり焦燥感にかられ始めると、
『___おぉ! 【
誰だ!? ――ー
叫びながら周囲を見渡すも……、誰もいない。この影のなかに自分以外の存在はいない。
(……いや違う。どこかにはいないが、
まるでこの影世界そのもの。この存在にとって自分は、まな板の魚も同然。いつでも自由に調理できるほど隔絶しているのか――ー、
『お前が無断で使っている、そのアンデットの主だよ、【死の宝珠】。いや――ー』
……『かの御方』の御名。
若干発音は違えども、些末なことだ。御方が今も存続していることを、忘れさせた暴威の歴史を憶えている者がいる。まだ力を蓄え眠りにつかざるをえない今は、あまりにも危険な存在だ。
くわえれば、教えた何者かも控えている可能性もある。正体がバレるようなへまなどここ200年あまり覚えがない。ただの推論では、御名まで判明しない。……他の堕し子の誰かが、裏切ったか取り込まれた可能性すらある。
衝撃を畳みかけられ、ただただ戦慄させられた。上手く思考が回らない。
それでも/少しでも/御方のため、この脅威を知らねばならない――ー
『……なぜ、かの御方のこと――ー』
『残念ながら、お前にもう用は無い』
バッサリと切られた。聞き出す機会まで封殺された。
『このまま自ら入ったこの影の中で、朽ち果てるがいい』
死刑宣告――ー。
アンデット以上の【数列自我体】である自分にとって、躯体の損壊や破魔の聖別ですら消滅の決め手にはならない。依り代はどこにでもある、一時的に干渉阻害をうけるだけだ。しかし、異界/別次元では別だ。ここで主核が破壊されれば、ここにある依り代を使うしかない。異界の依り代を使った瞬間に前の世界との繋がりが絶たれる、そもそも影を依り代に使ったことなどない。どうなってしまうのか……、
『残した分霊も、主であるお前がここで完全消滅すれば、共鳴作用で引きずられ消えることだろう……。あるいは存続できたとしても、劣化変質は免れない』
分霊は備えている力が劣っていること、なにより主ではない/分霊である自覚をもっている。主核が消えても、いづれ元に戻ろうとする帰巣本能がある、決して新たな主核にはなれない。その脆弱性が利用されたら……、恭順させるのは難しいことじゃない。
『お前のこの設計データがあれば、この土地深くに潜んでいる【邪神竜】の贋作を作るのは造作もない。ソレを改めて破壊してやれば……、目覚めはさらに遠くな』
待って!? お待ちくださいッ‼ ――ー
かの者は告げることだけ告げ終えると、制止/懇願など耳にも入れず。そのまま立ち去って行った。あれほど圧迫していたかの存在感が、ただ残滓として漂うのみ。
 ̄ ― _
その断絶をもって、地上から完全に切断された。後に残るのはただ、無限大にひろがる暗き影のみ。
あまりにも茫漠とし、何の枠組みもなく、書き込む自我がそのつど風化/溶解していく……。
影の浸食はあまりにも強大でありながら、おそろしいほど静寂にみちている。
中枢数列のみを優先して書き込みつづけていると、どんどん記憶数列が消えていく。消えてしまったのすら気づけなくなる。
やがて――ー、なぜ書き続けねばならないのか?
数列自我体にとって禁忌とされる疑念が浮かび上がってしまうも、デリート/保留へと導く記憶数列が消滅していたことに気づかされる。もう機能不全となっていた……。
判明直後、疑念解明唯一の手段がとられた。書く手を止めるという、生存機能を否定する――ー……。
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