騎士王国ルート   作:ツルギ剣

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カルネ村

 

 

 ___その日、人の悪意がもたらす残虐を見た。

 

 

 

 

「―――考え直して下さい、戦士長。これは明らかに罠ですッ!」

 

 

 あってはならない地獄なのに、どこにでもある光景でもあった。

 [王都]にいれば、見ないフリはできる。嘘で誤魔化すこともでき、大多数の人間はそれを好む。でもコレは、確実に何処かで発生し……、人々を絶望させている。

 

 

「―――命には貴賎があります。この場で最も優先すべき命は、貴方です、戦士長!」

 

 

 口に出してはならぬ悍しき考え、しかしココでは尊ばれる戦略。

 そんなことはありえない! と、そんな世の中を正すために戦ってきたのだと、己の内なる剣が吼える。しかし同時、コレが現実なのだと、決して変わることがない/広がり続けるのだと、終わりが見えない戦いに膿んだ心が囁いてくる。その声は日増しに大きくなっていき、剣筋を鈍らせてくる……。

 

 

「―――時には逃げることが、最善の選択であることがあります。

 この先は死地。命は誰もが等しく一つ。今の王国には貴方様が必要! ……生きてさえいれば、再起は叶います」

 

 

 ……ここまでだ。それ以上はならなかった。

 

 最も大事なことを忘れかけていた。

 自分は戦士であり、ただこの身体/この剣一本しか持ち合わせていない。たまたまソレらを人より良く使えるからと言っても、装飾をまぶしたところで、本質は変わらない。……この命に、尊さなど一片もない。

 振り降ろすべき時に/敵を前にして鞘に収まっている剣などに、価値など無い。

 

 

「―――生き残った村人たちを【エ=ランテル】へ、護衛を選抜しろ」

 

 

 ___私は敵を追う……。

 その決断に、優秀な副官は絶句していた。

 

 しばし逡巡するも……、大きくため息混じりで納得してくれた。隊長にはよくあることだと、妥協してくれた。

 ほかの部下たちも、その決断に活気づいていた。即座に命令に従い、キビキビと動き回る。

 この先が危険であることは大いに感じている、王都にはもう帰れないかもしれないのに……、愛すべきバカ野郎たちだ。

 

 

「___さぁ、いくぞッ!」

 

 

 号令一つ、部下たちと馬に発破をかけると、駆け出した。

 

 

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 ―――その日、慈悲深き神の恩寵を失った。

 

 

 

 

「―――隊長あれは、あんな所業は……許されるのでしょうか?」

 

 

 部下からの問いかけに、ただ黙すしかなかった。睨みすらも向けられなかった。

 代わりに、周りの年長の者たちが窘めた。「今は作戦中だ」「私語は慎め」と。

 それでも、部下の不安は収まらない。ソレは彼個人だけでなく、皆が多かれ少なかれ抱いているものだったから。……目の前に映っている所業は、彼らの厚い信仰ですら揺さぶるに足る、神への冒涜だったからだ。

 

 帝国兵に扮した野盗たちが、罪なき無防備な村人たちを虐殺して回っている―――、ことではなく。

 その野盗たちが、金目の物を奪いとり家々に火を放ち、村人たちを火だるまにしながら大いに哂っている―――、ことでもなく。

 野盗の一人が、泣き叫ぶ村娘を押さえ込み/脅しつけながら跨り、犬のように腰を振っては悦楽の雄叫びを上げている―――、ことでもない。

 ソレを自分たちが崇拝する【六大神】の御座、略式かつあまりにも粗末とはいえ、祀る教会の礼拝堂の前にて行っていることだ。

 

 

「―――作戦中であることは、重々承知じております。ですが、あのような冒涜を見過ごすことは本当に、本当に……神のご意思に適うのでしょうか?」

 

 

 くどいッ! 黙らんと打つぞ―――。つづける戸惑いに、警告を込めた叱責がぶつけられた。

 誰よりも信仰厚き者たちゆえに、この【特務部隊】に所属でき、この特別な任務を賜ることができた。しかしゆえに、目の前の冒涜に、揺さぶられてしまう。

 奴らをそのように仕向けたのは()()()()()()()、という秘匿されなければならない事実が、まだ若き信仰者には耐え難い苦痛になる。正視し続けなければならない特務とあれば、なおのことだ。……隊長である自分ですら、冷静ではいられない。

 

 

「―――やはり保険とはいえ、奴らにあの【黒粉】を飲ませたのは……、やり過ぎだったのかもしれません」

 

 

 何を今さらッ!? 万全に万全を期しての判断だ―――。隊長たる自分が下した決断。非難されてもなお、特務のためには間違ってはいなかったと言い切れる。 

 

 【黒粉】___。【ライラの粉末】の別称。

 摂取した者に多幸感と幻覚をもたらす、依存性が強い麻薬だ。一度手をつけたらその快楽ゆえに止まらず、すぐに中毒となり……廃人へと堕ちる。

 今回の特務にあたり、『撒き餌』として使う奴ら。我が国の関与をなくすための帝国兵の装備に加え、万が一にも捕虜にされた時のため、その記憶を混濁させる。さらに、そもそも捕虜にさせないためにも、心の獣性を解き放たせた。特務の達成条件たる、完全なる秘匿を適えるためにも。

 

 そのために払うべき代償/予定外のことは、今のところ無い。目の前の冒涜行為ですら、予め想定していたことの一つに過ぎない。

 過ぎなかったはずだったが……、実際に立ち会った今の衝撃までは、想像しきれなかった。あまりにも露骨で、あまりにも子供騙しな悪業を、ただ黙って見過ごさねばならない、この虫唾が走る不愉快までは……。

 

 

「―――異教者を欺くことは、信仰の冒涜にはならない。信仰はただ信仰者の心の内にのみある、外にある偶像は弱き信仰者のための縁でしかない。……諸君らは、どちらだ?」

 

 

 特務に入属するにあたり、真っ先にやらされる[踏み絵]の試練。かの六大神を型どった神聖なるレリーフを踏みつける冒涜行為を、あえて強制させる。……できなかった者は、どれだけ力を示そうと入属することはできない。

 皆にソレを連想させた。外に現れたモノは全て神の影の一端に過ぎず、そんなものに囚われて命まで捧げてしまうことこそ、最も罪深き行為だと。……とは言っても、縁はあえて否定すべきモノでもなし、試される選択の時のみだけだ。

 

 己にも同時にかけた発破は/ゆえにか、皆にも通じた。揺らいだ信仰心が、ふたたび立ち直っていくのを感じる。……疑惑を投げた若き隊員も、己を恥じ入るように顔を伏せていた。

 

 

「―――我らが狩るべき『獣』は、すこぶる勘が良い。逃げることはありえないだろうが、包囲が完成するまで、我らの所在を感づかれるのは避けるべきだ。

 あの撒き餌たちにはもっと、できる限りの注意を引いてもらう必要がある。かの獣が怒りに我を失い、大いに食らいついてくれるように」

 

 

 つづけた言葉に、隊員たち全員の腹が据わった。もう迷うことはないと、沸き上がる不愉快を各々の形で完璧に抑え込んでいった。

 その切り替えの速さに、胸の内で安堵をこぼした。これならば、この任務も間違いなく果たせる、と。

 

 

 改めて向け直した視界の先には、唾棄すべき獣がブルリと震え、いっそう声高に吠えた。と同時に女からも、今まででもっとも悲壮な悲鳴があがった……。

 そして数瞬の緊張の後、ケダモノは強張りをゆるめ……ニタリと、淫猥な笑みで女を見下した。喉が張り裂け、黒く絶望にそまった女へと、何事かをつぶやきながら―――

 

 『ソレ』を見せつけられた直後、先の奮起は……、粉々に砕け散っていた。

 神はその所業を、『ソレ』を仕向けた我らを、決して許しはしないだろうと。……慈悲深さにも、限度はある。

 勇敢にも/無謀にも、その悪魔から女を救い出すため、棒きれ一つで立ち向かっていった少年が、無残にも/当然のごとく……悪魔に切り捨てられたのを、ただ見過ごしては。

 

 

 動揺は隊員たちにも走った。

 しかし、彼らの前には自分がいる。頑として信仰者でありつづけている隊長が、しかと見据え続けている。……動揺はすぐに収まった。

 砕かれた信仰は、その背中の信頼をもって持ち直した。

 

 

 ___神よ。我らは、私の行いは……正しいのでしょうか?

 

 

 吹き上がるその疑念を、グッと飲み尽くした。……飲み尽くせずとも抑え込んだ。

 

 

 その一瞬のためらい。僅かに現実から目をそらした刹那―――、()()()()が降臨された。

 

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ―――その日、怖く強くて……でもとっても優しい、神様に出逢えた。

 

 

 

 

「___エンリ、ネムッ、逃げろぉッ!」

 

 

 父さんが、襲いかかってきた帝国兵の一人にタックルしながら、必死に叫ぶ。

 

 突然の非日常、理不尽な暴力と悪意を目の前に、ただ金縛りにあったように棒立ちになっていた。しかしその声にハッと、体が動きだした。

 泣き叫ぶ妹の腕を掴み、裏手から逃げ出した。……脇目も振らず/振ることすらできず。ただ必死に。

 そしてすぐ背後で、引きずるように連れ出した妹の口からも、理解したくない悲鳴が撒き散らされた……

 

 

 家を飛び出し、悲鳴と怒号が飛び交う燃える村中を駆け抜け、村の外まで走った。

 視界の端に、恐ろしい光景が映りこんでくる。耳だけじゃなく肌にまで、村人/皆の悲鳴がいやがおうでも突き刺さってくる。駆けるその足と体を、縫い止めてくるかように……。だからただ一念、この妹の小さな手だけに集中した。

 そうして何とか、危険な村から逃げ切ることができたら……、途端に溢れてくる。

 

 

 ___父さんと母さんを……、見殺しにした。

 

 

 それだけじゃない。近所のオバサン・オジさん達、幼い頃から一緒に育った友達の家々、皆みんな……、見殺しにした。

 生き延びるため。いや、ソレすら考えてなんかなかった。ただただ、あの恐ろしく怖い者達から逃げただけだ。

 

 その場に崩れ落ち、思い切り泣き叫びそうになった。何かも全部吐き出したくてたまらなくなった。―――けど寸前、握り続けていた妹の手の暖かさが、引き止めてくれた。

 

 

 ___……まだこんなところで、立ち止まってはいられない。

 

 

 この幼い妹だけは、絶対に助ける―――。決意を締め直し、噴き出す感情に蓋をする。楽になるのは、安全になってからだ。

 石のように重くなりかけていた足を、もう一度動かし直す。一歩進めると、

 

 

「―――お姉ちゃんッ!」

 

 

 突然の妹の悲鳴に、思わず振り返ると―――、奴らがいた。

 背後から追いかけてくる。血に濡れた剣を手に、追いかけてきた。

 

 直後、駆け出していた。先までの疲労が嘘のように、弾けるように。

 あの向けられた凶刃は、間違いなく自分たちを殺そうと、迫っているのだから―――。

 

 

 ___追いつかれたら、追いつかれたら―――

 

 

 死ぬ―――。間違いなく/容赦なく/躊躇いなく、なんの抵抗もできずに……殺される。

 加えて、子供の自分たちと大人の奴ら、体力も脚力もお話にならない。……必ず追いつかれる、ソレも思っているよりも早く。

 だからか……、吐き気がする考えが浮かんできた。

 

 

 ___……この手を離せば、私だけは―――

 

 

 生きられる―――。確実とは言えない、でもほんの少しは伸ばせる。

 妹を犠牲にしたら―――

 

 ブンブンと頭を振した、そんな邪さを振り落とすように。 

 そして追いつかれないよう、さらにギュッと握り締め直した。

 

 しかしそんな決意は、路傍の小石にて……、砕かれた。

 

 

 「あッ―――」と言うまもなく、地面から出っ張った小石につまずき、転倒した。……妹ともども、頭から地面に倒れていく。

 

 ただ偶然にも/奇跡にも同時、先に自分たちが立っていた場所にブゥンッ―――と、鋭い猛風が走った。本来だったら、自分たちを横薙ぎに叩き割ってくるような暴威。

 ソレを証明するよう「―――チィッ!」と、いつの間にか追いついていた帝国兵が、舌打ちをこぼした。……微かに映った視界の片隅に、その手の剣を空振りしていたのが見えた。

 

 

 地面にぶつかる直前、反射的にも妹を庇うよう/抱きしめるようにして、倒れた。

 肩や頬が地面に擦れて、痛い。頭がグラグラして、気持ち悪い。―――でも、そんなことにこだわっている暇は、なかった。

 一度は逃れた凶刃。でも二度目は……、逃げられない。

 

 揺れる視界/見上げるそこには、その凶刃の鋒を向けている帝国兵。

 そしてギラリと、鈍い照り返しが閃くや―――

 

 ―――グサリッと、背中を貫かれた。

 

 

 

 激痛―――よりも先、無理やりに押し込んできた異物の圧迫感に、息が詰まった。

 なので絶叫は―――、出てこなかった。吐き出したいのに、それ以上に喉が詰まっていた。……閉じてしまったのかもしれない。

 ゆえにか、火傷しそうな高熱が―――、ソコから吹き上がっていた。

 

 

「―――い、いや……、いやああぁぁーーーッ!!!」

 

 

 妹の悲鳴が、頭の中まで突き刺さってくる。……真っ白になっていた心がソレで、何とかつなぎとめられた。

 

 

 背中に刺した剣を、抜き出される。……また激痛で、意識が飛びそうになる。

 けどその拍子を利用して、妹に覆いかぶさった。……絶対に、妹にだけは、手を出させない。

 

 腕の中で、妹が泣き喚く/暴れる。……場違いなのに、なぜか愛しさがこみ上げてきた。

 

 

 ___あぁ、私はここで……終わりなんだ。

 

 

 せっかく両親が、命懸けで助けてくれたのに……、無駄になってしまった。

 もっと長生きしたかったのに、色んなところを旅して回ってみたかったのに、素敵な殿方とも出会いたかったのに……、もうできない。

 でも、後悔は少ない。誇らしくもあった。―――今そこに、大切な妹が、生きてるんだから。

 

 

 

 二度三度―――と、刃が背中を貫く。

 恐ろしく痛くて気持ちわるいけど……、耐えられる。耐えてみせる。もう決めていたから。

 

 背後で、帝国兵がまた舌打ちをこぼした。「くそッ、上手く刺さらねぇ―――」

 

 腕の中ではまだ、妹は息づいている。この痛くて気持ち悪いモノになにも、犯されてなんていない。

 それでも泣いている妹へ、安心させるよう微笑んだ。___大丈夫だよ、安心してネム。

 

 

 

 意識が遠のく……。もういつでも消えてもおかしくなさそうなのに、不思議と気絶しない。

 激痛を不快も危機感も、分かっている。けど、どこか他人事のように、自分でありながら自分でないようなフワフワした感覚。

 帝国兵は諦めたのか……、また剣を背中から抜きだす。

 

 いや―――、そうじゃなかった。

 片手で突いてはラチがあかないと、両手でしっかり構えて突くつもりだ。……自重をのせれば、ちゃんと貫けるだろうと。

 

 

 ___次のはもう……、ダメだね。

 

 

 

 やっぱり他人事のように、冷静に理解できた。……さすがにアレは無理だ。

 それでも、やるべきことは変わらない―――

 

 

 

 ___……ごめんね、ネム―――

 

 

 

 お姉ちゃん、アナタを守りきれなかったよ―――。もはや動かぬ口から妹へ、そんな想いを伝えた。

 それでもせめて、せめて妹だけは―――と、祈る。

 

 神様―――……

 

 

 

 

 

「―――【心臓破壊(グラスブハート)】」

 

 

 

 もはや何も聞こえないはずの耳朶に、聴こえてきた。闇の奥底から響き渡ってくるような、そら恐ろしい声。……聞いているだけで、魂まで凍りつきそう。

 けど直後、振り下ろされるはずの刃は―――、なくなっていた。

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

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