騎士王国ルート   作:ツルギ剣

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カルネ村⑤

 

 

 村長殿との契約どおり、村人全員に【服従契約】の轡のコピーを、渡していく。

 

 といっても、一人一人に手渡ししていくのは面倒。いくらまだまだ魔力に余裕があるからとて、生存者全員にコピーを作ってはかなりの消費量になる。

 さらに手渡しだと、一人一人に直接触れる必要がある。今の自分の立場/印象からそんなことをしてまわれば、あまりよろしくない印象がかさましされてしまうおそれがある。……というかそもそも、生の他人と直接対面したりまして接触は、精神的に疲れる。

 ということなので―――

 

 

「スキル発動【三重魔法融合】。

対象範囲化(ターゲットチェンジ・エリア)】【対人間特化(スペシャライズ・ヒューマン)】―――【複製魔法】」

 

 

 対象を『村』全土に、その範囲内にいる『人間』に限定しての発動。……ここには村人たちしかいない。

 まるで中空から降り注ぐように、村人たち全員に『魔法の轡』が行き渡った。

 

 

「___さて、コレで皆様にも『使える』ようにしました」

「あ、ありがとうございます!」

 

 いえいえ、ちゃんとした取引ですか……。複製品なので、できるだけ使うに越したことはないけど。

 

 

「今後のアレらの使い方は、皆様に一切をお譲りします。

 ただ今日は、あやつ等自身にあやつ等の仲間の『処理』をさせたいと考えております。よろしいですかな?」

「……ええ、もちろんです!」

 

 言葉は濁したけど、危なそうなニュアンスは伝わったらしい。

 ただ、村人たちの面前。……何気なしに振舞うのが一番だろう。

 

「ありがとうございます。

 つきましては、皆様方に火葬用の薪や埋めるための土地などを消費させるわけにはいきません。さらには、今後奴らを十全に『使役』できるようにするには、食料が必要になります。それも、皆様方の大事な食料から分けていただくことも、できません」

「い、いえ!? さすがにそれは――― 」

 

 言いかけて、思い出して/計算もして……尻すぼみに。『できない』ことに気づいてくれた。

 ちゃんと感情と打算の両方ができる人で、話が早くて助かる。

 

「そこで私に、一石二鳥で解決できる案があるのですが、よろしいですか?」

「そ、そのようなことが……あるのですか?」

 

 ___ちょっとお耳を拝借―――

 ゴニョゴニョと、周りの村人たちには聞こえないよう耳打ちで伝えると―――、飛び上がられた。

 

「―――ぅッ!?

 そ、それはッ、そんなことはッ!? に、人間のすることでは―――」

「あのような輩達と、殺されてしまった村人たちが、同じ土地の中で眠ってるなど……許せますか?」

 

 冷静に/冷酷にも、復讐心を煽った。

 その激情に慣れていないだけで、怖くてすぐに消してしまう。でもソレは、決して消えずに燻り続ける。抑えれば抑えるだけ圧力が強くなり、いつかその蓋ごと心を爆発させてしまう。……だから今、正しく使い切るのだと。

 

「ご安心ください。全ては私が指示したと、ありのままに伝えてください。この件で村長殿が負担をおうことも、まして罪を負うことなど一切ありません」

 

 頼むのはただ、伝え方について。全員に『正しく』伝わるように、協力してもらうこと。……できるのならば、これから増えるだろう『関係者全員』にも。

 

 それでも……村長の顔は迷いに揺れていた。自分の限界を大きく超えたものだと、何かに縋りつきたくて/放り出したくてたまらなそうにしている。

 それでも……やってもらうしかない。俺は残念ながら、『善意ある部外者』でしかないのだらか。

 だから―――、協力すべきことは全て、やりきる。

 

「___男手の大半は失われ、焼き討ちによって食料備蓄の大半も失われた。生き残った村人たちが無事に冬を越すことすらも、危ういことでしょう。……奴らに食料を分け与えてやる余裕は、無いはずです」

 

 最悪、冬を越す前に、村を捨てる決断までしなくてはなくなる。

 『故郷』という言葉は、荒廃しすぎて人工物しか無い世界に住んでいた俺にも、大事なのが分かる。理屈ではなく本能に近いもので、捨てるに捨てきれないものだとも。……そんな決断を、させるわけにはいかない。

 

「まずは、良識と覚悟を持っている方々に、伝えましょう。彼らの理解と協力を得られたら、大人達すべてに。そして皆で……、子供達には見せないよう、注意がけていきましょう!」

 

 そしてニコリと、かなりブラック過ぎる内容なれど/だからこそ、笑ってみせた。大したことじゃないと、けっこう楽勝で乗り越えられるぜと、パシンッと背中を叩いてやるようにも。

 

 そんな『魔術』にかかってくれたのか、茫然と見上げてきた村長は、

 

 

「___あ、貴方様は一体……何者なのですか?」

 

 

 今更ながらの質問を、投げかけてきた。……すでに名乗ってはいたけど、聞きたいことは別のことだろう。

 もちろん、今は教えるべきではないので、

 

「……しがない辺境の魔術師ですよ。長らく『(あなぐら)』にこもり過ぎてか、世間とはズレた感性を持ってしまいましたが、ね」

 

 自虐な皮肉をまじえながら、単語だけ入れ替えただけの『事実』を、伝えることにした。……まるっきりな嘘だと、後でつじつまを合わせるのが面倒になるし。

 

 ソレを信じてくれたかど疑ったままか……、どちらでも構わない。残念ながら彼には、信じるしかないのだから。

 追求できない隔絶さに、気づいてしまう前に、

 

 

「___それでは村長殿、人選を頼みます。私は死体の処理と、あやつ等用の『エサ場』をこしらえてきます―――」

 

 

 さっさと立ち去った。

 せっかく出してくれたお茶もそのままに、村長宅から出て行った。

 

 

 

 

 ―――

 ……

 

 

 

 『奴隷』たちを従わせながら、村を巡っては奴らの仲間?を回収させていく。

 村人から見ると、ものすごい一団だろうけど、どうしても必要なことなので何とか無視してくれている。

 ……いや、そうでもなかった。

 

「この人殺しどもがッ! ―――」

「お前らの、お前らのせいで倅は…… ―――」

「あの子を返してよッ! ―――」

 

 たぶん俺の手前か、石こそ投げつけられなかったけど、胸を抉るような罵倒が浴びせ/叩きつけられ続けた。

 俺に責任は無いし背負ってやる必要すらないけど、率いている手前か、なぜか俺へと集約されているような気がしてならない。極悪囚人たちを連行している看守な心持ちでいたのに、なぜなんだろう。……ただの錯覚だといいな。

 

 囚人たちは黙って[ゾンビ]のように、従い続けるのみ。当然もう武装などは没収し、薄汚れた服のみだ。……見た目をもっと囚人っぽくしてやるため、半裸にもさせていた。

 仲間?の亡骸を背負わされ、時おり内蔵やらが飛び出ている無残な死体の担当になったものは「ウプッ」と吐き気をもようしてはいた。背負う死骸の重さに/その生ぬるい感触にも耐え兼ねてか、何か訴えるような視線を向けては……すぐに逸らした。体力の問題もあり徐々に仕事が遅くなってしまっているも、おおむね完全に服従していると言っていい。

 ちなみに、奴らの乗ってきた馬たちの大半は、生きている。デスナイトの襲撃と咆哮に縮み上がって、主人を投げ出してしまった後、村の外へと逃げ出してしまった。けど、騒ぎが終わるとウロウロと戻ってきた。とりあえず魔法で拘束して、あとは村人たちに回収を任せることにした。……馬に罪はないので、普通の轡をかけるだけだ。

 

 

 ―――そうしてようやく、村の外の林へと奴らの死骸を運ばせ終えた。

 囚人奴隷たちは、みな体力と気力の限界かへたりこんでいる。体中は血とか土まみれで、本当にゾンビ然とした姿になっていた。

 

 周囲には村人たちはいない。見学してくることもないだろうけど、一応

 

 

認識阻害の薄霧(ジャミングミスト)】―――

人避けの音風(モスキートアラート)】―――

 

 

 二つの結界を展開し、ココには来れないし見学でもできないようにした。

 

 

 準備はととのった。あとは、コレらを『処理』するだけだ。

 だけど、

 

(言っちゃった手前、自分で何とかするしかないけど……、『解体作業』なんてやったことないぞ)

 

 チラと奴隷たちに目を向ける。奴らとて、そんな『解体作業』など初めて/考えてもなかったとは、というかこんなゲス達ですら手をつける必要がない世界常識なのは、記憶を覗いているので分かっている。……命じたとしても、上手にはできないだろう。

 ただ、数はたんまりある。素人目でも、一人一ヶ月は余裕で過ごせる量だ。上手く切り分けて腐らないようにも保存できれば、村人たちが生活と心を立て直す間のコイツらの食費は、一切考えなくてよくなる。……押し付けた手前、アフターケアもちゃんとせねば。

 

(……仕方がない。専門家に頼るか)

 

 誰が適任だったかな―――。頭の中でリストを確認する。この手の『料理』が得意で、しかも教えるのも上手い人材……。

 

 

《___なぁモモンガ、誰がいいと思う?》

《悟様のお心のままに》

 

 ……またソレだよ。

 わかりましたぁ、まず考えを言えばいいんだろ。

 

《【ルプスレギナ・ベータ】が、いいんじゃないか思うんだ》

《そのお心は?》

《彼女なら、なんでもそつなくこなせるだろうし、教えるのも上手そうだ。なによりこれから『やること』に……、不満は少ないだろう》

 

 作った【獣王メコン川】さんの創作メモと、モモンガが教えてくれたコチラにきての彼女の印象を兼ねて考慮すれば、『その程度』で動揺することはない。むしろ、好みの可能性まである。

 ちなみに、【ソリュシャン・イプシロン】も有力候補。次点にしたのは、『体外』での解体作業まで上手いのかが、不明だからだ。なによりも、ちょっと目を離したら、全員『食べて』しまいそうで……怖い。

 

《とても良い人選です。彼女たちも正しく評価して下さったことを、喜ぶことでしょう。

 ですが……、それでも迷われた?》

《……何かしっくり来なかったんだ。このためだけに呼び出すてのが、どうにも気が引ける》

《彼女らにとっては、何よりの名誉です。不満など持つはずがございません》

《そう、なるんだろうけど……、俺の問題だな》

 

 結局そこにいきつく。主君慣れしていない、一般人魂がビビっているだけ……。

 

《___悟様、此度の一件、我も少々試したいことがございますが、お許しいただけますか?》

《なんだよ、試したいことて?》

 

 珍しい、自分から意見を出してくるなんて。

 無言ながら説明を促してみると、

 

《アレらのうち10体分をもって、召喚の触媒として使えるかどうかです》

《!? ……メイドの召喚にも、触媒は使えるかもと?》

《ナザリックから強制転移で呼び寄せるのではなく、高次異空よりの召喚ならば、あの[デスナイト]同様のことが可能なはずです》

 

 ただ、レベルがあまりにもかけ離れているので、10体で足りるかは分からない……。

 大事な問題だった。奴らのことよりも、優先してもよいことだ。

 

《そういうことなら、必要な分だけ使っても構わないぞ》

《いえ、食料が無くなってしまっては、元も子もありません。

 戦闘能力を十全に発揮できるようにしてやる必要もなし、この世界で存在を維持できる最低ラインであれば充分でしょう》

《……それが、10体分か?》

《[デスナイト]の召喚から、推測しての数でございます》

 

 どういう計算でそうなったのか、よく分からないけど……まぁいいや。詳しく説明されたらもっと分からなくなるだろうし。

 

《その結果、コチラでも永続的に活動できるようになるはずです。

 つきましては、そのことも踏まえて人選は……長女の【ユリ・アルファ】にしたいのですが、よろしいですか?》

 

 …………なるほど。回りくどい気遣いありがとよ。

 ただ、そうなると気にしてしまうのが、

 

《彼女のカルマ値じゃ、きつくないか?》

《いえ、滅相もございません。悟様が目指している『理想』に触れれば、むしろ率先してやりたがることでしょう》

 

 そう……なるのかなぁ? 実感できない。

 ただ、セバスの例がある。カルマ善性であっても、熱を込めて受け入れてもらえる場合がある。……不可能じゃないし、分も悪くないのかもしれない。

 

《……よし! それじゃ【ユリ】でいこうか》

《ありがとうございます》

 

 コチラこそだよ。

 

 

 

「___と、召喚する前に―――【《伝言(メッセージ)】》

 

 唱えると脳内で、トゥルルルとの接続中音の幻聴。

 唐突なので少し掛かるかと思いきや、すぐに出てくれた。

 

 

『___モモンガ様、【伝言】承りました。ユリ・アルファでございます』

 

 

 と続いて、長い社交挨拶がスラスラ述べられる―――

 

 一瞬何を言い始めたと、ポカーンと聞き入ってしまった。けど、脳内の頼れる相棒が《いつもの挨拶ですのでお気になさらず》とスルーするようにと。

 儀礼的な何かと割り切れば良いのだろう。けど、あまりの美辞麗句と俺への賞賛ぶりに、耳が痒くなって仕方がない。……俺、そんなにスゴいやつじゃないよぉ。

 

 これ以上は聞いてられん、というか言わせるわけにはいかないと、無理矢理にも打ち切ろうとして……ちょうど終わった。

 

『___モモンガ様、つきましてはボ…コホン、()を、何か御身のためにお役立ちさせてもらえる、ということで……よろしいのでしょうか?』

『ぇ……あ、あぁそうだ! コチラでお前にやってもらいたい事がある』

『あ、ありがとうございますッ!』

 

 ちょッ……、命じる前にコレ? 

 熱烈すぎるファンぶりに、気が引けてしまうも……今さら仕方がない。

 

『まずお前を、ナザリックから私の下へと直接召喚する。戦闘になることは無いだろうが、一応はそれなりの準備はしておけ』

『はい、すぐに準備致しますッ! 20秒ほどお待ちを―――』

 

 言い終わるや否や、猛烈ダッシュして『準備』してる映像が……なぜか浮かんできた。

 

 そして、20秒手前でもう、

 

『___お待たせしましたッ! 準備整いましてございます』

『お、おぅ! 

 それじゃ、召喚するぞ―――』

 

 そしてプツリ【伝言】を切った。

 

 調子を入れ直し、並べさせた死体10体を再度確認し―――やるか!

 

 

「超位魔法発動、【戦闘メイド(プレイアデス)召喚】―――」

 

 

 唱えた直後、[デスナイト]と同じような赤黒い靄が、中空よりにじみ出てきた。―――ただしその量と濃度は、比較にならない。

 

 ゴワゴワと林全体が鳴動する。木漏れ日と緑にみたされた暖かな空気も暗転、急に夜になってしまったようなおどろおどろしさになる。そして、そんな周囲全て/林のところどこから靄が滲んでは集まっては、空気を削るかのように渦巻く。―――そうしてできた黒い渦雲から、並べた10体の死体へと触手のようなモノが伸びていく。

 触れて侵食して染め上げ、たちまちに黒い繭へ。そして中で、骨肉を攪拌するかのミキサー音をたてる。[デスナイト]の場合は、そのまま巨大化していったが、繋がっている触手を通して黒渦へと『何か』が送られていくかの様。10の黒繭はドンドン小さくなっていき……、やがて消えた。跡には肉片ひとつも残っていない。

 全てを取り込んだ黒渦は、触手も回収すると黒繭へと変化した。ただしより濃厚、まるで暗黒宇宙への穴のような深淵……

 しかし、その根源的な恐怖を呼び起こすような黒繭から現れたのは―――、輝くような美女。メガネをかけた美貌の、黒髪長身『特盛』メイドだった。

 

 

 召喚された彼女は即座、地面に片膝を付きながら

 

 

「___プレイアデスが長女ユリ・アルファ。ご召喚の栄誉を頂き、感謝にたえません!」

 

 

 言葉以上にせり出そうとする感動を滲ませてきた。

 

 ……何となしに予見できていたので、衝撃は少なく、というか棚上げに。

 その静かな熱烈ぶりはスルーして、

 

「急な要請だったが、よくぞ応じてくれた、感謝するぞユリ」

「も、勿体無きお言葉です!」

 

 恐縮して頭を急に下げると……ズルリ、首から頭部がズレた。

 落ちる寸前、慌てて両手で押さえ「も、申し訳ありませんッ!///」と恥じらいながら、緩んでいたチョーカーで固定し直した。……彼女は本当に[デュラハン]だったと、遅ればせながら理解できた。

 

 頭を上げてくれ……。取れないように、ゆっくりとね。

 恐れながらと見せてくれた顔に―――、息を飲まされた。

 [アルベド]とはまた違う、けど俗世にいて良いレベルを遥かに越えてるのは同じ。絶世の美女メイドが、そこにいた。……【やまいこ】さん、貴女は天才です!

 

 そんな感動は……露とも出さないように、『支配者』ムーブを急速再起動させた。……たぶん大丈夫なはずだ。

 

「___体の方はどこか……、不調はあるか?」

「いえ、この上なく万全でございます!」

 

 やせ我慢されてることは……、無いか。

 あるとすれば、効果時間。触媒による定着が成功したのかは、30分後に分かる。……今ではまだ、確かめられない。

 

 

「___お前にやってもらうことは、あの者たちに『料理』の仕方を教えてやることだが、ちと事情が込み入ってる。

 言葉では説明するのは時間がかかる、ゆえ―――この手を取れ」

 

 おずおずと、畏れ多さ/躊躇いいっぱいながら、コチラの手に触れてきた。

 その手を通じて―――

 

 

「では行くぞ、【記憶共有(シェアリングメモリー)】―――」

 

 

 流し込んでいった、今までの/2時間あまりの記憶を。……ついでに、ユリの方の2時間も流れ込んできた。

 教えるだけなら【記憶譲渡(メモリーパス)】でよかったけど、ナザリック内の状況も確認したかった。……部下とはいえ女性の記憶を無断で覗き見る行為は、かなりセクハラな気がしてならない。けど、主君として大事な確認だから! 

 

 

 ―――交換しおえると、ユリはそっと手を離してきた。

 そして、背後で衰弱しきっている奴隷たちに一瞬、ものすごくキツイ表情を向け……瞑目とともに消した。

 

 再度コチラを見上げてくると、その表情には―――セバスと同じような熱がこもった色合いが、浮かんでいた。

 

 

「___アインズ様。この使命の遂行人にボクを選んでくれましたこと、改めて感謝致します!」

 

 

 深々と、心底からの礼とともに、再度の感謝を告げてきた。……なぜか一人称は違ってたけど。

 

「ではさっそく、取り掛からせてもらいます―――」

 

 やる気に満ち満ちながら、さっと立ち上がる。と同時にどこからか、その手に黒い教鞭のような細ムチを取り出していた。

 そしてツカツカと、メイドなのにモデルのようなスマートさで奴隷たちの前まで進む。

 

 立ち止まると、下々を冷たく一通り見渡し……終えるや、その手の鞭を地面に振り下ろす。

 ピシャンッ―――と、鋭い打音を鳴り響かせると、

 

 

「今から5つ数えるうちに、立ちなさい! できなければ、全員を打つ」

 

 

 その厳しさの塊のような声にもか、弾かれたように奴隷たちは跳ね起きていった。……先まで疲労困憊していたのに、どこにそんな力が残っていたのか。

 しかし一人だけ、立てないでいた者がいた。どこかで足を負傷したためか、疲労もあって立てなくなっている。傍にいた男が「どうした、早く立てよ!?」と促しても……。

 

 ___2、1―――、0……。

 無情にも時は過ぎた。

 

 そんな彼のもとへ、ユリがツカツカと近づいていく。立ち並ぶ男達の顔は緊張で強張り、喉はつばを飲み込んでいるのがわかるほど。……恐怖と彼女の美貌ぶりで、その心はめちゃくちゃに掻き回されていることだろう。

 傍に立ち、見下ろす。立てなかった男は泣き出しそうになりながら、アワアワと口を動かし見上げるのみ。―――そんな彼にユリは、無表情のままに鞭を振り上げる。

 次に来るだろう激痛に、顔ごと目をつぶる。周りの男達も見ていられないのか、目をそらす、まるで自分が打たれるかのようにか―――

 

 凍りつくほど張り詰めた緊張の数瞬、しかし―――鞭の打音は鳴らなかった。

 代わりにペタリと、やんわりと鞭があてがわれるのみ。

 そして―――

 

「喝ッ! ―――」

 

 鋭い気合一つ、鞭から白色のオーラが流れ込んだ。

 淡くも清らかな白い微光に包まれると―――、男の脚の負傷は治っていた。

 

 男は一連の異常に驚愕しつづけ、しかし確かに治ったのを感じ……、見上げた。

 そこには―――

 

 

「___さぁ、コレで立てるはずですよ」

 

 

 慈愛に満ちた、菩薩様がいた。……この世界の宗教は分からないけど、おそらくいらっしゃことだろう。

 

 それを見上げることができた男の目からは、自然と涙がこぼれていた。

 口を開閉しながら、感謝の言葉を出したくて……出てこない。感極まりすぎて、声に出せないのだと気づく。それでも出したくて、少し過呼吸気味になるほどに。

 ソレは大なり小なり、周りの奴隷たちにも湧き上がっていた法悦でもあった。……もう彼女を見つめるその目には、欲情も恐怖も洗い流されていた。

 

 首から頭が取れそうになっているところを、しかと間近で見たとしても、揺ぎはしない。……というかもう記憶の彼方に消えているのやも。

 彼らの中ではもう、ユリは神聖なる女神になっていた。……彼女に任せても、問題ないだろう。

 

 

「___ではユリ、こやつらのこと任せたぞ」

「お任せ下さい! キッチリと仕込んでみせます」

 

 そう快諾してくれるや、さっと―――男達には厳しげな視線。先の菩薩顔は消えていた。

 しかし……、男たちはそうは見ていないらしい。

 彼女のその視線に全力で応えるように、まるで熟練の軍隊であるかのように、直立/整列していた。

 

 ___……なんて現金な奴らだ。

 と呆れてはしまうも、仕方がないだろう。……俺も一緒にやりたい。

 

 

 そんなイケナイMっ気を自覚してしまう前に、この場から離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_




長々とご視聴、ありがとうございました。

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