「――生存者零名」
音も無く、白い風を切る銀のボディ。
双眼鏡の視界を抜けて丘の先を目指す。
頸部と尾には果実のように膨れた無数の巨大な鱗が垂れ下がり、その表面から煙が立っている。
この醜くも美しい異形が向かう先は、大型飛竜の縄張りだった。
「飛翔体は森林エリアに到達。高度を上げて、十分以内に火竜の縄張りに到達します」
黄色の目が捉えたのは、森を制する生態系の頂点。
火竜リオレウス。
飛竜種の中でもトップクラスの飛行能力を持ち、炎を巧みに操る大型の飛竜だ。
怒りに燃える瞳が侵入者を捕捉して、リオレウスは撃退を決意する。
赤紅色の飛竜が天を貫くように舞い上り、轟々と燃え盛る火炎のような雄叫びをあげた。
「なんてことだ.....火竜が怒ったぞ、近隣区域に警報を発令しろ」
依然として幽霊のように音を立てずに接近する飛行物体に対して、火竜は真正面から高速で突っ込んでいきなり勝負を仕掛けた。
「火竜リオレウスは飛竜の王。空中戦で敵う者は居ない。お前はどうする?」
二つの巨大な影が空中に近づく。火竜は何度も羽ばたきながら猛然と向かっていくのに対して、侵入者は羽ばたく回数が少なく、音を立てない。
驚くべきことに、火竜の領空を侵した飛竜はリオレウスより一回り大きかった。
火のような美しい赤色のリオレウスに対して、丸みを帯びた異様な形状のシルバーの外殻が禍々しく目立っている。
激突の直前、何かを察知した火竜が衝突を避け、毒の滲む鋭い爪で斬りかかった。爪は侵入者の外殻を浅く切りつけ、出血こそ見られないものの傷をつけることに成功した。
突進を避けられた侵入者は一度羽ばたいて進行方向を変えると、やっと火竜を外敵と認識したのか睨んで怒鳴りつけた。
「人間?」
火竜は口内の可燃性の粉塵を燃焼させ、自らの喉を焼き払いながら高火力の剛火球を吐き出して飛行物体を攻撃。
防御も行わずに火竜に向かっていった侵入者は剛火球の直撃を受け、爆炎に全身を覆われた。広範囲に衝撃波が発生する。
「砂をガラス化させる程の温度だ。直撃に耐えられる生物はこの世に存在しない」
空から降り注ぐリオレウスの火球に逃げ場は存在しない。王者の風格と共に勝鬨をあげる火竜。
赤銅色の鱗が太陽より眩く熱を持つ。
リオレウスは広大な縄張りを持ち、脅威となる存在がテリトリーに侵入することを許さない。
圧倒的な力を持つ火竜は人間程度の生物であれば縄張りを徘徊していても見逃すことも多く、その余裕こそが王と呼ばれる由縁でもある。
しかし、今日のリオレウスはまるで狂戦士だ。
侵入者を捕捉した途端、怒りを込めた怒涛の攻撃を繰り出すその振る舞いは王というより、獣のようだった。
熱を運ぶ風が火炎の温度を肌に伝える。
火竜の瞳が不安に揺れて、火炎の内側から無傷のモンスターが現れる。
銀色の怪物は熱の影響を全く受けていない。
熱攻撃が効かない相手に対して武器を毒の爪に切り替えた火竜を前に、陽炎の先で不敵に笑う。
次の瞬間、勢いよく飛びかかった火竜から、背を向けて逃げるように飛ぶ侵入者。
追いかけてみろと言わんばかりに速度を落として飛んでいる。
賊を追う王、その乱心を愉しむかのように凶漢の甲殻の隙間から赤い光が溢れ出す。
「飛翔体の首と尻尾にぶらさがる鱗状の組織が赤熱化!それに伴い飛翔体の周囲の温度が急激に上昇しています!」
怪物の興奮に応えるように赤い輝きを放ち、無数の鱗が剥がれて空中に散布される。
怒りに我を失って狼藉者を追いかける王者は、それを回避する冷静さを失っていた。
だが、引き下がらない。
グラウンドゼロ、命の危機に瀕してこそ矜持が燃え盛る。
体内の火炎袋に溜め込まれた粉塵を可燃性の体液と共に噴き出す事で爆発的な延焼を発生させ、硅砂まで溶かす程の熱量の火炎放射を発生させる。
これが、リオレウスの持ちあわせる中で最強の攻撃だった。甲殻に耐熱性があるとするなら、突破口は傷口にある。狼藉者の傷口に狙いを定めて火炎が襲いかかる。
自らの肉体すら焦がしながら放った捨て身の必殺技だ。
あまりの熱に空が赤らんだかのように錯覚するほど、近づいただけで蒸し焼きにされるような特大の炎が頭上を包んだ。
爆炎を背に飛ぶ狼藉者と、爆炎に囚われた王者。
爆発の逆光で怪物の影が浮かぶ。
謎の飛行物体.....ギルドに爆鱗竜バゼルギウスと呼称される銀の飛竜。その爆撃は衝撃波だけでも森の木を根刮ぎ薙ぎ倒し、飛散する肉片と血液を爆炎が包み込む。ボコボコと燃え盛る大輪の火炎は老山龍より大きく、前方を飛ぶバゼルギウスが小さく見える。唖然。まるで熱核攻撃だ。
「酷い.....酷すぎます.....!」
「何が見えている?報告しろ!」
「翼です.....!それと、脚、それに頭まで....!」
叫ぶ。人のような声で。
報告の意味に気づいた司令官が観測員の双眼鏡を取り上げ、手で目を抑える。
あの天空の王者が凶漢の手によって砕け散り、爆ぜた亡骸が降った。
炎は木に燃え移り、興奮状態のバゼルギウスは火竜を殺めた後も体を揺すって爆鱗を落とし続けている。
「早くギルドに報告しましょう!あのモンスターは危険過ぎます!」
あの怪物は、大型飛竜の中でも史上最大級の脅威だ。
司令官の肩を掴んでそう訴えかけたが、じっと黙って虚な顔をしている。
青ざめた顔の司令官が、飛行する銀色の飛竜を指さして呟いた。
「向こうには俺の故郷がある」