「好きなモンスター、だったんでしょ?
だから、負けることなんて知りたくなかった」
「うん」
「もう苦しくない?」
モルゲンロートが終わる頃、僕らは沈黙を共有するために、目線を合わせず黙って微笑んだ。
開いた手をもう一度握りしめて、紺碧の空の下、赤い星を強く掴む。
記憶の砂嵐、それを吹き飛ばす白い風。
紅色に煮えたぎる銀色のボディ。
頸部と尾には果実のように膨れた無数の巨大な鱗が垂れ下がっている。
眺めるだけで美しい世界は、君の背景だった。
「なんでこんな時に、まっすぐ笑えるんだよ」
「君と居られることが嬉しいから」
「もうすぐ.....幽世線だね」
「本当はさ、いつも恋しいんだよ」
「でも、楽しかったよね」
「うん。楽しかった」
逆光が色を奪う前に、大きく手を振った君の顔に浮かんでいたのは笑顔と涙だった。
心が震えて、よれたインナーの胸元を掴んだ。
岩山の山頂から十字の銀が飛び立つ。
他人の人生は思い通りにいかない。君が僕を置いて去っていったように、僕たちは愛し合うことは出来ないかもしれない。
「もし君が私のことを好きだったら、君は苦しい思いをするよ」
それでも僕たちは、許し合うことができる。
僕たちを始めとするあらゆる生物の脳は、この現象を処理しきれない。
理解出来なくてもいいんだ。
嘘でも、幻でもいい。
「僕はね、君さえ無事ならそれだけでいいと思える」
「君がここに居てくれるなら」
「きっと居るよ」
嘘っぱちのヤングアダルトを終える。
前を向いて進めば進むほど、距離は遠くなるばかりだった。それでも最後に一度交わることが出来たのが、ただの偶然だとしたら。
それはきっと、神様が望んだことだ。
人を超えて。
「ずっと前から知ってたんだよ」
「君が、ハンターだってこと」
現実を見る。
怨虎竜マガイマガド、鬼火臨界状態。
現代では最強の牙竜種、怨虎竜マガイマガドにとって、ガスを大量に消費するこの状態は諸刃の剣である。全身が飛行する爆発物へと変化したこの状態では、膨大なガスの消費量と衝撃によってガスが暴発するリスクと引き換えにそれまでとは比べ物にならない強さを手にする。
自然の超越者の末席に加わり、上位者である古龍すら揺るがす超常の牙竜。
全身の孔が高エネルギーによって発光するその姿は、かつて全盛期のフゲンとゴコクを退けてカムラを半壊させた魔王の最終形態。
悲劇を佩びる悪逆無道の王。
「あれ...もう負けてたんだっけ.....」
一目見ただけで狩猟は不可能と分かるほどのエネルギー量。怨虎竜はこれまでの戦闘を児戯に過ぎないと一蹴して、ようやく真の戦いを始めようとしていた。
今更ここに来たことを後悔するつもりはない。
しかし、皆の力を借りても、マガイマガドに敗れたという事実は狩人として積み重ねてきた努力が崩れ去ったと思いこむほど恐ろしかった。
鋭い眼光でこちらをみたまま、低い唸り声をあげて、きっとあれは怒っている。
クエストを受注した時点で、いつかこんな終わりが来ることは分かってた。
君の気持ちに気づいてあげられなかった時だって今日と同じ。
いつもそうだ。自然は過酷で、道半ばで命を落とすハンターなんていくらでもいる。
これから私もその1人になる。
これもきっと予定調和だ。強いものが勝って、弱いものが負ける。ただその大自然の営みに私の人生が嵌め込まれる順番が来た。
私の意思や願いなんて叶わない。
あまりにも強い力には抗えない。
それが私の人生だから。
「紅い月...そう、私も終わるんだね」
堪えることに疲れた私を導くように、優しく輝く赤い星が降りてくる。
その光は、生きることを望みながら、死を受け入れる私を鏡に映したようだった。
静かな決意と憤怒が草原を撫でる。
手を引かれて導かれるように、立ち塞がる。
胸が苦しくなる。
「違う...あれは...」
ボトッ...ボトボトッ....ボトッ...
ボドボド!
ボボボボボボボバ!!
体中に揺らぐ熱を灯した銀色の戦士が、天敵と呼ばれたマガイマガドの前に再度降り立つ。
筋肉の浮き出た逞しい両脚で地面を掴み、熱した鉄球のような頭部を掲げて力一杯の怒声を響かせていた。
怒りとも恨みともつかない、恐怖と破壊衝動が複雑に入り混じった音色。
されど怪物の呼び声は明確に目の前のマガイマガドを指名した。
"DEATH FROM ABOVE"
赤衣の男が遺した、一切れの言葉を思い出す。
目の前には怨嗟に燃える巨大な怪物。
私に未来を選ぶ選択肢はない。
それでも私は、何の因果か、再びサイコロを振る機会を与えられた。
「一緒に狩りにはいけなかった」
「.....でも」
一度敗れた最強の牙竜を前にして、獰猛な飛竜は熱い息を荒げる。
狩りの邪魔をされたマガイマガドは噴出するガスの色を艶やかな桃色に明るませながら、飛来した怪物を睨みつけた。
かつて、大社跡の決闘で叩き伏せられた残像が今でも爆鱗竜の脳裏に残っている。
気圧された爆鱗竜は少し後退して、それでも果敢に吠え返した。
「確かに、君に救われた」
果たして、本当に勝てるのか?
すでに二度も結果は出ている。いつになく頼りなくみえる背中をみて、赤い衣を纏っているようにみえた。
「あと、もう少しだけ私に夢を見せて」
煌めく結晶の地から来た竜が、狩場に一条の火をくれる。
狐火のような炎を妖しく灯して、怨虎竜は目の前の飛竜を再び叩き落とそうと奮闘する。
しかし、鉛色にゆらめく甲殻を携えた獰猛な獅子のプライドは、決して錆びつかない最強のインパルスだった。
まるで地を駆けるかのように、無尽蔵に溢れるエネルギーを炸裂させた弾みで空中を飛び回るマガイマガド。
高高度への上昇飛行を苦手とするバゼルギウスでは、その韋駄天の如きスピードについていけないかと思われていた。
だが、電気刺激で強化した身体能力で俊敏に動き回る金獅子との戦闘を経験したバゼルギウスの前では、標的のスピードはもう脅威にすらならなかった。
空中戦では分が悪いなら、空中戦は行わない。
空を手にしたと錯覚した獣に与える火の神罰。
「相手の動きを予測して広範囲を覆う爆撃を繰り出せば、如何に速度で劣っていようとも攻撃は当たる.....君の理論通りだ!」
広範囲攻撃による回避の無効化。
狩人ではなく、モンスターの火力によって初めて成立する規格外の戦術。
これでは防御も回避も通用しない。
全身に可燃性のガスを纏い、巨大な火薬の塊と化したマガイマガドは衝撃に弱い。
バゼルギウスの起こす爆鱗の爆発に巻き込まれれば、爆炎がガスに引火して大爆発を起こす。
自ら守りを捨てたことで衝撃に脆くなったマガイマガドと、熱や衝撃に強い甲殻を備え持つバゼルギウス。
血煙のなかで渋く曇った鉛の装甲が光る。
ブオオオオオオオオオン!!
同じ爆発の中に身を埋めるなら、耐久力の差が明暗を分ける。
ならば、バゼルギウスが敗れる道理はない。
「かつて百竜夜行の影響で活発化したマガイマガドは、炎爆のぬしテオ・テスカトルとの死闘に敗れて退けられた。
そしてバゼルギウスの爆撃の威力は、テオ・テスカトルに匹敵する!」
爆鱗を用いた攻撃が効いている。
頭から地面に落下する怨虎竜。
その姿を追うように着地した爆鱗竜。
爆鱗のストックはまだ尽きない。
早くも息を切らしたマガイマガドに対して、バゼルギウスは余裕すら感じさせる表情で降り立つ。獅子の如き風格。その信条は強さに対する揺るがぬ自信と、決して譲らないことに対する底知れない執着だ。
「まずい、空から降りた!
いくら古龍級生物とはいえ、飛竜の爆鱗竜と牙竜の怨虎竜。地上戦は不利だ!」
牙竜種。彼らは獣竜種より獣に近い体型のモンスターだ。彼らの最大の強みは強靭な四肢が生み出すパワー。
山岳地帯を容易く飛び回る跳躍力。
絡みつく海竜を引き剥がす筋力に加えて、高速で反撃を繰り出す反射神経。
その身体能力は、天空山で轟竜と対等に渡り合う雷狼竜からも見てとれる。
ヴァルハザクに挑んだオドガロン。
メル・ゼナに挑んだルナガロン。
獣は龍を前にして高く跳んだ。体を覆う小ぶりな鱗は頑丈だが、軽快な動きを抑制しない。
そして遂に現在確認されている中で最強の種として君臨するマガイマガドにして、飛翔する古龍すら叩き落とす程の力を手に入れた。
最強にして最速の牙竜種の王が、飛竜に負けるわけにはいかない。
ネルギガンテに匹敵する巨体が猛然と飛びかかり、研ぎ澄まされた得物を振り下ろす。
深く撫で下ろす斬撃。
ガードした翼から火花が散り、二頭のモンスターのライバル関係を激しく彩る。
バゼルギウスの翼は、太陽光線すらものともしない金属質の翼だ。
それはまるで、かつてマガイマガドを退けた鋼竜のように鈍い光沢を持つ。
至近距離で目線が交錯する。赤熱の対面。
本能と本能、彼らが戦いの中に一体どんな交信を交わすのか、それは人類には分からない。
それでも勝者は紙一重の差を見せつけるかのように吠え、その威容をプライドに刻む。
爆鱗、ブレス。至近距離から放たれる二つの攻撃手段が脳裏を過ぎる。
爆鱗竜の咆哮の動作に対して、マガイマガドは遠距離攻撃を予測して顔を背けた。
このチャンスを見逃さなかったバゼルギウスは咄嗟の判断で鍔迫り合いを放棄。
飛竜屈指の脚力が生み出す跳躍力で前方に飛び出し、覆い被さるようにボディプレスを直撃させた。
落下すれば大地を揺らすことになる巨体。
それが不意に体にぶつかれば、いくらマガイマガドでもただでは済まない。
マガイマガドはデリケートな噴出孔を守るように仰向けになり、その拍子に尖った刀殻でバゼルギウスの体を斬りつけた。
「バゼルギウスが上をとった!」
下になった筈のマガイマガドが血を被り、上をとった筈のバゼルギウスが流血する非常事態。
それでも凶漢は興奮に痛みを忘れ、肉体の損傷を意にも介さず爆鱗を振り撒く。
地上戦では落下した爆鱗の爆発が届くため、爆撃の嵐から逃れられなくなる。
凶漢は体を揺さぶりながら大きく起こし、猛禽のような足で怨虎竜の顔面を鷲掴みにした。
マグマの熱量を持つ爪は触れるだけで生物にダメージを与える。
力一杯顔を握り締め、強引に首を捻り、終幕を狙った猛攻が次々と繰り出される。
頭部を掴まれた状態で迂闊に寝返りを打てば、首を捻じ切られる。
落下した爆鱗が次々に爆ぜて、怨虎竜の甲殻が砕け散っている。
怨みを糧に硬質化した程度では、家屋を消し飛ばずほどの爆鱗は防ぎきれない。
この体勢ではバゼルギウスが圧倒的に有利だ。
「やったか!?」
竜結晶の地で炎王龍や滅尽龍と渡り合った強靭な肉体が、遂に怨虎竜を捕らえた。
頭部を握りしめて鎌首をもたげた状態では腕刃による反撃も届かない。
そんなピンチを切り抜けたのは、体内に貯蔵していた鬼火の一斉放出による自爆攻撃だった。
冰龍イヴェルカーナとの決闘で見せたといわれる『鬼火爆破』は形態移行の時に見られる行動だが、攻撃に用いればたった一発で戦況を逆転させてしまうほどの威力を誇る。
爆風に乗って空中に逃れたバゼルギウスは尾を振って二つの爆鱗を飛ばし、さらに自らも怨虎竜目掛けてミサイルのように直進した。
マガイマガドは機敏なバックステップで突進をかわし、すれ違い様に尾に齧り付いて空中に放り投げた。
イヴェルカーナに対して見せた動きと同じ。
滑空を得意とするバゼルギウスは、冰龍のような高度な姿勢制御で体勢を立て直すことが出来ない。
持ち前の洞察力で怨虎竜が主導権を奪い返したと思ったのも束の間、死角に配置された爆鱗が足元で爆発を起こしたことでマガイマガドがよろめいた――
――そう、装った。
騙し討ち。争いの絶えない生態を持つマガイマガドは、あらゆる技を研磨し、備えた。
戦の道は洗練。時に脱力すら感じさせる緩急ある動きは怨虎竜の特徴の一つだ。
その中に、転倒したふりをして攻撃を仕掛けてきた相手を仕掛けるというものがある。
経験の豊富なベテランのハンターほど、この罠にかかって命を落としている。
ピンチに追い込まれると死んだふりをして奇襲を仕掛けるゲリョスとは異なり、反撃に転じるまでの時間は非常に短い。
それでもその一瞬の間に防御と回避という判断を捨てさせることが出来れば、それだけで勝敗が決まってしまう。
棘竜のように突進する爆鱗竜目掛けて、色鮮やかな紫の刺撃がどぎつく突き刺さる。
枝垂れ藤のように嫋やかに血肉を求め、迫力満点の一突きが爆鱗龍を襲う。
螺旋状のガスを纏った天魔反戈が、赤熱の悪漢に天誅を下す。
『尾槍・鬼火螺旋突き』
輝く一撃が敵を穿つ。無敵の虎が吠える。
まるで絵画のような見事なクリーンヒットだ。
爆鱗竜は傷口から血を飛ばしながら突き飛ばされ、怨虎竜の目の前でダウンした。
まさに一発逆転の荒仕事。
鋭利な十字槍と化した槍刃尾はガンランスの砲撃と薙刀の斬撃を兼ね備え、斬竜ディノバルドの如き切断力で標的を灼き斬る。
マガイマガドは修羅の妄執と呼ばれるほど執念深く獲物を追い詰めることで知られている。
時には鬼火を囮として使い、餌となる生き物を引き付けて捕食する。
力で攻めるだけではなく、次から次へと策略を利用して獲物を仕留める。それは怨虎竜に怨みの感情を感じさせる最大の原因だ。
不覚を取り、追い込まれたことで興奮状態に至ったマガイマガドの動きは加速を続ける。
重力を感じさせないほど軽やかなステップで、慣性すら正確に利用。展開されたシャープな刀殻が風を切り裂き、地上における機動力は天彗龍すら凌駕する。
地形の起伏の利用、空中を支配する空戦能力、獣の五体が生み出す爆発的な走力。
すべて、取り込み続ける限り無限に等しいエネルギーが完成させた高機動戦闘体。
その体表には排出されたガスだけではなく、微量の龍属性エネルギーさえ迸っている。
骨まで喰らうと噂されるマガイマガド。
獣骨や竜骨、さらには古龍骨に至るまで。
骨の主要構成要素であるリンは発火性、つまりマガイマガドの鬼火を生成する素材となる。
怨虎竜は鬼火の燃料切れを防ぐ為、喰らい続けることから妄執と呼ばれるようになる。
やがて生体濃縮により、その体内には古龍の生体エネルギーすら蓄積するようになった。
まるで新大陸の歴戦個体のように、比類なき神の力を手に入れたのだ。
捕食者を追い払うバゼルギウスと、捕食者を捕食するマガイマガド。
幾度もの戦いを経て古龍の生体エネルギーを取り入れ続けたマガイマガドには、もはや一度の敗北すら許されない。猛獣は、地形を変えるほどのガスを噴射しながら殺気立っていく。
『鬼怨斬』
機械鎚を破壊した地を這うエネルギーの斬撃。
龍気と鬼火が地中を突き進む高速の攻撃を、バゼルギウスは空中に避ける。
金獅子ラージャンとの戦闘を経験しているバゼルギウスは、飛行能力によって地上のモンスターの攻撃をいなせることを知っている。
鬼怨斬のエネルギーで体が宙に浮き、大きな隙を見せた怨虎竜に向かって、爆ぜる液体が飛散する。
『イグニッションブレス』
腺液を勢いよく噴き出して引火させる技。
マガイマガドの鬼火はバゼルギウスの爆鱗と異なり、自分だけ無傷というわけにはいかない。
体内から空気中に噴射される鬼火の量が多いほど、強い衝撃を受けた時に暴発するリスクが高まってしまう。
鬼火臨界状態によって増加したガスの量を逆手に取った引火のためのブレスだが、マガイマガドは背部から噴射した鬼火の勢いを利用することで側面に回りこんで回避した。
しかしバゼルギウスは動じない。
空中戦を避けるために攻撃を恐れずに着地。
攻防一体の刀殻に、多数の気孔から発生した鬼火。近寄ることすら困難なこのマガイマガドに対して、爆発の衝撃を恐れず攻めることができるモンスターはバゼルギウスしかいない。
周囲に爆鱗を撒きながら頭部を低く構えた。
行動範囲を制限しながらイグニッションブレスによる牽制、隙さえみつければボディプレスで押し潰す。
爆鱗の撒かれた地上では移動が大幅に制限される。正面に誘導するように左右と後方に爆鱗を配置すれば、マガイマガドの動きすら予測できる。
鬼火が明るく輝く『鬼火臨界状態』はエネルギーの消耗が激しく、長くは持たない。
先に仕掛けるのはマガイマガドだ。
円を描くように尾を振って遠心力で鬼火を飛ばし、遠く離れた距離からバゼルギウスを狙撃する。さらに、排出されたガスを煙幕のように利用して狙いを撹乱。
錯覚させるように高速移動で死角へと回り、鬼火の爆発によって得た推進力で突撃。
尾を振って大量の爆鱗を撒くバゼルギウス。
その爆発を突き抜け、背後からしがみつく形でマガイマガドが上を取る。
しかし、丸みを帯びたバゼルギウスの体は掴みどころがなく、受け身を取るように転倒したバゼルギウスに合わせてマガイマガドも転倒。
両者咄嗟に立ちあがろうとしたところを、今度はバゼルギウスが自慢の爪でマガイマガドの喉笛を掴んだ。
マガイマガドは寝返りを打ちながら腕刃でバゼルギウスの脚を狙い、反撃に気づいたバゼルギウスは足を離して離陸することで斬撃を回避。
攻撃を外したマガイマガドの上空から爆鱗を撒き散らし、イグニッションブレスで引火。
マガイマガドは背部の孔の鬼火を炸裂させることで、その爆風を利用して爆発の範囲内から離脱した。
バゼルギウスは急降下による踏み付けを敢行。
地響きと共に着陸したが、マガイマガドはサイドステップで回避。バゼルギウスから複数の爆鱗が落下するところをみて、ガス状の鬼火を目眩しに使って距離を取った。
『バゼルランディング』
重い体を地面に叩きつけた衝撃で周囲の爆鱗を起爆させるバゼルギウスの技だ。
瞬く間に爆炎が広がり、熱波が発生する。
もしすぐに反撃していたら今頃爆風によって甲殻が削られ、肉が抉られていたことだろう。
それでもマガイマガドは攻撃をやめない。
今度は遠距離から飛びつきながら、伸ばし切った尾を大剣のように振り下ろしてバゼルギウスの頭部を狙う。
そんなマガイマガドの企てをバゼルギウスは頭突きで打ち砕いた。体格はほとんど同じ二頭だが、重量ではバゼルギウスが勝る。
さながらディアブロス。骨を砕くような重い一撃がマガイマガドを撥ねた。
絆石が青い輝きを放つ。
バゼルギウスは離陸し、尾から爆鱗を四つほど飛ばしながら滑空突進を繰り出す。
エアレイドボムでもバゼルランディングでもない。突進と爆撃を組み合わせた破壊力満点の大技、『ノヴァストライク』。
地上の全てを焦がし尽くす高熱、土煙をあげて大地を粉砕する爆発。
そしてバゼルギウス自身の突進の破壊力が合わさったその一撃は、標的に回避する隙すら与えず徹底的に焼却する。
『大鬼火怨み返し』
不発。周囲に配置された爆鱗は、攻撃範囲でマガイマガドを完全に包囲していた。
それならば飛び越えようと見上げたマガイマガドは、銀色に揺らめく恒星を目撃する。
頭上に浮かぶ太陽。安らぎが近づいている。
傲慢。それがこの竜が囚われた罪の名だ。
罪深い宿命を愛していた。生きるだけで無数の生物を手に掛ける大罪をものともしない鈍感。
運命でさえ傷つけることのできない自尊心は、純度の高い強さそのものだった。
最後に、火を与える。
『大爆撃』
火葬。
爆撃の咆哮。怨虎竜の放つ渾身の一撃を、軽く凌駕する火力で正面から焼き払う。
額を突き合わせ劫火に照らされた宿敵の姿が崩れていくのがみえる。
天を焦がすほどの情熱の中に立ち尽くし、気高さを取り戻した飛竜は耽美に息をついた。
展開された牙が怨みを掴み、蔑まれた雄の目はいまだに燃えている。大したものだ。
数多の強者が君臨する大社跡で最強のモンスターとして君臨し、風神や閻魔にも屈さず、終いには爆鱗竜に打ち勝ってみせたのだ。
マガイマガドは、不条理に対する復讐劇を成し遂げている。
もう戦う理由はなかった。神を葬ろうと、その崇高な理想が実現することはなかった。
溜め込んだ力が抜ける中、かつて倒した飛竜の手によって体が焼き尽くされていく。
無敵の禍威の、美しき最期である。
「これで大団円.....って、そんなわけないか」
死闘の末に怨敵を打ち倒したバゼルギウスは、戦闘街に残った少女の方を向いた。
全身が熱気を放ち、近づくだけでも顔が焼けるようだった。
爆鱗竜バゼルギウス。その性質は神出鬼没で獰猛。出没しただけで一帯を焼き払うことから、ギルドでは最も危険な飛竜種の一種に数えられている。既に武器は壊されたアンセスには、もうモンスター戦う手段がない。
高速で空を飛ぶことができるバゼルギウスから逃げることもできない。
小さな生き物に興味を持った爆鱗竜は傷だらけの防具に顔を近づけて匂いを嗅ぐと、威嚇するように吠えてから遠くへ飛んでいった。
「一体、どうして.....?」
爆鱗竜がアンセスのことを襲わなかった理由は二つあった。
バゼルギウスの獰猛性は、縄張りの獲物を確実に捕食するために、競争の相手になる別の捕食者を排除しようとする性質に由来する。
体が小さく攻撃性の低いハンターは捕食者だと思われず、排除の対象に選ばれなかったのだ。
そして、アンセスが身につけていた防具は奇怪竜フルフルの素材から作られている。体の大部分を脂質が占めるフルフルは肉が不味く、消化できない脂で出来ているため肉食のモンスターから捕食されることがない。
アンセスは、フルフルの防具を着用していたことで獲物として食いでがないと判断されたため、爆鱗竜の捕食対象にならなかったのだ。
『僕はね、君さえ無事ならそれだけでいいと思える』
突然思い出した少年の言葉が胸の中で反響して、長い余韻が静寂を生んだ。
雷が落ちたようなずっしりと重い感傷が、桜の花弁のような薄紅色で心象風景を吹き荒れた。
竜人族にとって、人間の寿命はあまりにも短い。一人の少年が人生を全うした疾風の思い出が激流のように流れ出した。
「ありがとう」
それが、全てが終わった後に口をついて出た言葉だった。
残りの航続距離は.....
〜ギルド
「取り逃したアルセルタスから、ゴア・マガラが羽化したようだ。このままではシャガルマガラ事件を繰り返すことにもなりかねん。アンセス、行ってくれるか?」
『君じゃなきゃ駄目なんだ』
「私の代わりは居ないんでしょ?」
「居ることには居るが――」
話の続きを待たずに肉塊を頬張り、スープを飲み干して席を立った。勇気を漲らせて勢いよくドアを開けると、果てなく続く空が澄み渡った紺碧だった。角笛の音が遠くまで響き渡り、新たな道に胸を躍らせる移動の始まりだ。
アプトノスが引く車のもとへと向かう道。
森の香を吸って耳を澄ます。川の流れる音、鳥の囀り、天空を進む竜の咆哮。震える知覚の叫びが聞こえてくる。粗野だからこそ崇高な時代がある。過酷で楽しくて、手を伸ばしたいほどに名残惜しい文明の過渡期。今がその時だ。
足元に咲いていた赤い花に感じた既視感は、爆鱗竜バゼルギウスの爆鱗に似るものだった。
「これって確か.....」
思い出した。君は花と同じ名前をしていた。
花に向かって少し伸ばした手首を引いて、積荷の水を少しかけてやった。
大きなアプトノスが引く車に乗った後は、ひと時の爽やかな空想に耽っていた。
もしも二人が他の村に生まれて巫女に選ばれなかったとしたら、あの日の間違いを訂正することができただろうか。
後悔に塗れた寒い夜と、嘲笑うような虫の音が頭の中を流れる。それでも記憶が綺麗だと思うのは、やはりどこかで君が私のことを想っていたからなのだろう。
そんなことを考えながら齧る携帯食料の味は、なんだか塩っぱくてあまり美味しくなかった。
早く喉の奥に流し込みたくてアイテムポーチを漁る。
千里眼の薬でも飲めば、君の場所が分かるような気がして、そんなことで君の場所を分かりたくない臆病な自分もいた。
バゼルギウスは危険な飛竜だ。次はいつ現れるかも分からないし、狩場をめちゃくちゃにされて大怪我を負ったり命を落としたハンターも数知れない。
しかし、神出鬼没のモンスターには神出鬼没のモンスターなりの有り難みがあると思っている。だから私は、あの光り輝く十字の体を見ると手を合わせて拝んでしまう。
いつ、どこに現れるか分からないからこそ、いつ、どんな状況でも覆してしまう。
バゼルギウスが牢から解き放ってくれなければ、奇跡を信じることもできなかった。
「生きてればいいことある」なんて、只の結果論だけど、無限に広がる闇が終わるかもしれないことを教えてくれたのはバゼルギウスだった。私は、村人たちが私を痛めつけたくて巫女にしたわけじゃないと分かっていた。
モンスターが怖いから、どうにかしてその恐怖から逃れるために竜人族である私の肉体を利用しなければいけなかった。
本当は村のみんなのために牢で一生を過ごすことが私に与えられた使命だと分かっていたけど、そんな私に非道になってでも生きる人生を与えてくれた。
けど、私がバゼルギウスに一番感謝しているのは、惨めに否定され続けた彼の人生を誰よりも力強く飾ってくれたことだ。
弱い体を持って生まれて、熱い心で戦い続けた彼の境遇に逆風しかないなんて、それはあまりにも残酷だ。
だからせめて、バゼルギウスが勝つことでその人生に花を手向けることが出来たのが、生き残ったことより嬉しかった。
バゼルギウスの登場によって私が戦う必要はなかったと気付かされたことが、きっと彼の望んだことなんだろう。
彼が絆石を私に託したのは、それだけが狙いだったに違いない。
絆石の技術が実用化されることは、この先大きな大戦を生む。モンスターの力は人間が制御するにはあまりにも絶大だ。もしバゼルギウスやアグナコトルが軍隊に利用されるようなことがあれば国家の崩壊の危機だ。
さらに、天候すら変えられる古龍種の力まで制御してしまえば、人類は文明が滅びるまで戦争を続けるだろう。
きっとマネルガーは、それが怖かったから発明のヒントを別の世界に送った。
しかしそれは私たちにとっても手に余る技術だった。
目的地のベースキャンプに着く。紫の風が背の低い草を靡かせる。原っぱに沈んだ赤い瓦礫、薄く張った植物の天蓋。
ここは遺跡平原、始まりの場所。
黄金色の草むらを抜けて、暗くなっていく狩場の中を駆け抜ける。
不意に、息が止まるような思い出に足をとめられて、発光信号弾を銃に詰め込む。
光の弾が、煙を放ちながら空に昇っていった。
「こんなことしたって意味はないのにな...」
大きな足音が近づいてくる。侵入者の位置がわかっているようだ。
ゴア・マガラは強大なモンスターだ。狩猟難易度はあまり高くないが、ギルドは古龍に匹敵する危険を指定している。
死神の衣のような黒い甲殻、黒豹のように余裕と気品に満ちた歩き方。
だから少し不安だったのかもしれない。
禍々しい咆哮で大気が震える。
後ろから肩を叩かれて振り向くと、見慣れた人物が立っていた。
驚いて固まった私をみて無邪気に笑っている。似合わないほど巨大な武器を持って、自信に満ちた表情で駆けつけてくれたようだ。
涙を隠すようにゴア・マガラの方を向いた私に向かって、後ろに立った彼がいう。
「久しぶり」
遺跡平原を訪れていた大型モンスターは、ゴア・マガラだけではなかった。
何かが遠くから飛来した。それはきっと赤熱の凶漢。
白い風を切る銀の体。
ボトッ...ボトボトッ....ボトッ...
ボドボド!
ボボボボボボボバ!!