王の没後に争う蛮顎竜アンジャナフと桃毛獣ババコンガ。どちらもリオレウスという強大な力に抑えられていた強力な大型モンスターだ。
拳、爪、牙。血みどろの乱闘が続いている。
ババコンガはふわふわとした桃色の体毛に覆われた大型の牙獣種で、カバの頭を持ったゴリラのような姿をしている。尾でキノコを掴んで持ち運ぶというオドガロンに似た生態を持ち、放屁や食べたキノコの種類によって効果の異なる月賦のブレスで攻撃する。
巨大な肉体をパワフルに駆使して喰らいつくアンジャナフは、近年になって生息地を急速に拡大させている獣竜種のモンスターだ。
全身を覆う桃色の鱗は消防団の装備に使われるほど防火性が高く、ニトロダケを食べたババコンガの月賦を直に受けても無傷だ。
ババコンガはトリッキーな動きでアンジャナフの攻撃を避けながら、頑丈な皮膚に覆われた腹部を大きく膨らませて牙を弾いている。
しかし直情的なアンジャナフはババコンガの動きにも惑わされず、体当たりで体勢を崩してから背中に噛みついて振り回す。
一度噛みつくとヨツミワドウやトビカガチすら逃さないといわれているアンジャナフだが、咥えられたババコンガは自らの糞を投げつけてアンジャナフが怯んだ隙に抜け出した。
牙獣種特有の独特なパンチに加えて生き残るためなら排泄物を使うババコンガは、他のモンスターとは一味違うしぶとさを持つ曲者だ。
次から次へと技を繰り出すババコンガに対して、一直線にぶつかるアンジャナフの地力にも目を見張るものがある。
「村の外が騒がしいって言うから来てみたら、これは俺じゃ太刀打ち出来ないぞ。村から避難させた方がいいな」
村に雇われているランゴ装備のハンターは、二頭の大型モンスターが激しく争う森の様子を見て狩猟を諦めた。
アンジャナフやババコンガは凄腕のハンターがパーティを結成して狩りにいくほどのモンスターだ。小さな村の雇われハンターの装備では時間稼ぎすら至難の業だ。
ランゴ装備のハンターが持っているのはスタンガンランスという名前の武器で、ガンランスではなく二本の槍身が特徴的なランスだ。その名の通り、相手に突き刺すと雷光虫の放電によってスタンガンのように電撃を与える。
入手が簡単な素材で作ることが出来る武器の中では非常に強力で多くのハンターに愛用されている人気の武器だ。
そんなスタンガンランスでもアンジャナフやババコンガを倒すには心許ないというのだから、大自然は恐ろしい。
強力な顎を開閉して咬みつこうとするアンジャナフに対して長い腕で素早く顔を叩きながら地上を駆け回るババコンガ。筋肉の詰まった腕から繰り出すパンチは鳥竜の骨を折る程の破壊力だ。
顔を打たれたアンジャナフは下顎で地面を削りながら突進してババコンガを咥え上げると、今度は糞を投げられないようにすぐに投げ飛ばした。
立ちあがろうとするババコンガは、アンジャナフの追撃が来ないことを不思議がって首を傾げる。
ババコンガを投げた後、突然遠くの空の方を見て屈み、息を殺している。
不審に思った雇われハンターが空を見上げると、頸部から無数の球体を生やした不気味な飛竜が飛来していた。
「見ない顔だな。侵入者か。リオレウスは何をしてるんだ?」
怪物は膨れた頸部と尾を持ち、特に頸部は頭と胴体の境目が見えない程丸くて太い。
体格はリオレウスよりひと回り大きく、武器は見当たらないが中々手強そうな飛竜だ。
顔は小さく、気味の悪い見た目をしている。
飛行の最中に四つの楕円状の物体が怪物の体を離れ、空中で赤く火照って怪物と共に飛んだ。
「分離して赤熱化したのか?」
突然の出来事に動揺していたのはハンターだけではなかった。森の暴れん坊との異名を持つアンジャナフが、いきなり元気を失って屈んでいる。
アンジャナフと激しく戦っていたババコンガも戸惑った様子でアンジャナフを威嚇していた。
それでも応答は無い。
何よりも不気味だったのは、怪物が一切音を発さないことだった。縄張りを侵された飛竜の多くは外敵に接近すると咆哮で威嚇して追い払おうとするが、あの異形の飛竜は悠々と空を飛んで静かに近づいてきている。
狩猟経験の浅い雇われハンターでも、その飛竜が異常な生き物だと分かった。
しかし、丸みを帯びた怪物の形状は攻撃的なモンスターに見えない。怪物の武器が分からず、何を恐れればいいのか分からなかった。
飛竜に背を向けてゆっくりと歩き出す蛮顎竜。
稀に火竜にも襲い掛かる所が目撃されているアンジャナフが明らかに戦いを避けている。
雇われハンター達には、異形の飛竜の恐ろしい所が分からない。
爆鱗竜バゼルギウス。
それは音も無く忽然と姿を現しては周囲に存在する全てのものを焼き殺す超危険生物だ。
「落ちてくる」
丁度、呟いた時だった。突然地を焼き焦がす程の大爆発が起こり、16メートルを超すアンジャナフの体が空中に打ち上げられた。
熱風が吹き荒れて火柱が上がる。
ババコンガは防御すら許されず、一瞬で広がった炎に包まれ、忽ち一帯は焦土に変わった。
着陸した時にバゼルギウスの周りを飛んでいた溶岩の球のような物体が爆発したようだ。
まさに爆砕、それまで繰り広げられていた戦いの流れを一気に破壊する驚異的な破壊力だ。
雇われハンターは盾を構えて爆風で飛んでくる石や木から身を守るのに精一杯だった。
爆鱗竜は独占欲の強いモンスターで、縄張りの獲物を確実に狩るために他の大型モンスターを根こそぎ排除しようとする縄張り意識を持つ。
生態系の頂点に君臨するモンスターを殺してその土地の支配権を奪い、その土地に残った捕食者達を追い出して獲物を独占するのだ。
現大陸でもその凶暴性は健在。争いを察知する能力に長けており、他の生物の争いに突然乱入して、両者もろとも徹底的に殺害してしまう。
バゼルギウスと同じく新大陸に生息しているアンジャナフはその脅威を何度も体感しているため息を潜めてやり過ごそうとしたが、爆鱗竜の接近に気づいた時には既に手遅れだったようだ。
飛来したバゼルギウスは圧巻の破壊力で周囲を巻き込みながら二頭を炎に包み、着地と同時に戦いを終わらせてしまった。
「あいつ滅茶苦茶だぞ」
ババコンガは爆炎で火傷を負って瀕死状態に陥り、苦しそうに倒れて呼吸している。
アンジャナフが地面に打ち付けられたダメージで動けないことが分かったバゼルギウスはババコンガに近づき、脚で頭部をわしづかみにした。
爪は見ただけで恐怖に竦むほど危険な熱量を帯びており、掴まれたババコンガの頭が発火して焼けていた。
ババコンガの息の根を止めたことを確認したバゼルギウスは、亡骸を片脚で投げ飛ばしてアンジャナフの方を向いた。
アンジャナフはよろめきながら立ち上がり、覚悟を決めたように吠えて突進した。
破れかぶれの特攻を仕掛けられたバゼルギウスは体を震わせて爆鱗を撒きながら後退し、口内から高温の液体を吹き出して地上の爆鱗を一気に爆発させた。
蛮顎竜は嵐のような爆発に巻き込まれ、凄まじい衝撃と高熱に耐えることができず絶命した。
火竜でも蛮顎竜をここまで圧倒する所は見たことがない。
荒々しさの中に気品が漂う。破壊と殺戮がここまで美しいと思ったことはないだろう。
煌びやかな甲殻を輝かせて火炎の中を無傷で闊歩する爆鱗竜の姿は、さながらレッドカーペットの上を歩くセレブリティのようだった。
動植物の死に囲まれた異形の竜はサイレンのような声で鳴いている。鉛色の甲殻から人工物のように無機質な反射光を放ち、冒涜的で耽美な雰囲気を漂わせている。
瞬く間に二頭の怪物を焼き殺したバゼルギウスは亡骸を残して飛び去った。
焦土と共に取り残された雇われハンターは呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
「俺では村を守れない...敵わない...」
〜山麓の村
澄んだ空気と明るい夜空、山火事が見える。
コンガの襲来に備えて猟団を雇っている村。
見張り台に乗って双眼鏡で遠方を見渡すこのハンターの洒落た装いはブナハと呼ばれる防具で、飛竜の甲殻に匹敵する強度を持つ丈夫な装備だ。
そして彼が背負っている美しい色合いの弓はアルクセロというブナハブラの素材を使った武器だ。
「あれは...リオレウス?」
山火事の煙を背に飛んでくる一頭の飛竜。
姿がよく見えないが、翼を動かさずに飛行しているため、力強く羽ばたくリオレウスとは違う。
弓使いの狩人はロープリフトで見張り台を降りて飛竜よりひと足先に村に戻り、住民に街に避難するように伝えた。
夜襲だ。
「時間がない。君は村人の護衛を頼むよ。僕は兄貴が来るまで時間稼ぎをする」
「村人は俺に任せろ。お前の役割は時間稼ぎだ。深追いはするなよ」
黒い刀を装備した剣士が弓使いの手を握り、街の方に避難する村人の護衛に赴いた。
弓使いは未知の飛竜に立ち向かう覚悟を決めて振り向き、弓の弦を引いた。
矢尻を地面で擦って火薬に火をつけ、熱い火花を浴びながら狙いを定める。
「悪いけど、村に来るなら死んでもらうよ」
村に住む人々の生命の安全確保。
それが雇われた狩人の仕事だ。
竜の一矢。シャガルマガラ事件の後に編み出された弓の大技。突風のような推進力で甲殻を貫き、貫通矢から派生した技だ。発射に時間がかかるため連発には向かないが、射程が長く威力が高いことから先制攻撃に用いられる。
多くの狩猟を生き延びるハンター達には、最初の攻撃に拘りがある。
戦いに響くような怪我を負わせることが出来れば狩りを有利に進められるからだ。
「美しく、穿て」
矢は火花を上げながら標的目掛けて飛んだ。
恐ろしい程のスピードで急接近してくる異形の飛竜は人間の武器に慣れていない。
魅入るような銀色の光を放つ甲殻に、火花を散らす矢が飛んでいく。
効かない。
怪物の楕円形の体が衝撃を受け流し、先端が刺さらない。
鉛色の飛竜は瞬く間に村まで到達し、着陸と同時に溶岩の球のようなものを大量に振り撒いた。
先制攻撃は失敗だ。
村の中から爆発音が聞こえてくる。
すぐに見張り台から降りて矢を構え、建物の間を駆け抜けて飛竜が降りたところに向かう。
すると、焼け崩れた建造物の側に降りた鉛色の飛竜がこちらを覗き込んでいた。
まだ火が残っている。
「こんなヤツ、いなかったよな?」
怪物の殺気に気圧されつつ弓を構えて半歩下がり、怪物の姿をまじまじと見た。
鳥類のような脚の関節部から赤い光を放っている。翼は細長く金属のような質感だ。異常に発達した尾と首は楕円状に大きく膨らみ、夥しい数の球体がぶら下がっている。
サイレンのような声で鳴きながら歩くので、まるで機械と対峙しているかのような不気味な威圧感がある。
大きな体とは不釣り合いなほど小さな顔から太く鋭い牙を覗かせている。
怪物は蛇のように鎌首をもたげると上半身を小刻みに震わせて頸部に実った球状の物体を周囲にばら撒き、頭部の重量を抑えきれなくなったのか前方に倒れ込んだ。
「図体は大きいが、隙はある!」
接近しつつ素早く弓を引き、拡散矢を放とうとしたが怪物がばらまいた球体が黒から赤に変色していることに気づいてバックステップで離れた。
目が眩む閃光と火のような熱風、爆音に遅れて耳が詰まったような静寂。音響外傷。
左右で火柱が上がり、火炎を潜るように怪物が突進する。ローリングで避ける。怪物の発する熱で体が痛い。身を守るように拡散矢を放つ。全て弾かれる。爆風で建物が崩れて遮蔽物がない。
攻撃の度に地形を変えられてしまっては、地の利が通用しない。
既に球体が生え変わっている。
空振りの突進が見張り台にぶつかり、一発で倒壊させた。とんでもない馬鹿力だ。明らかに他の大型モンスターより数段上だ。
ベリオロスのような動きの速いモンスターではないが、爆発する球体の攻撃範囲が厄介だ。
火と煙に覆われた村で奇抜な狩人と異形の竜が対峙する。球体の爆発を間近で食らっても傷のつかない頑丈な体は、おそらく爆発に耐性があるとみて間違いないだろう。自爆は期待できない。
球体の降り注ぐ足元は危険地帯だ。射程の短い拡散矢を使うのは得策ではない。
とにかく、あの球体を攻略しないことには対等な戦いが成立しない。
ブナハの防具は装備した者の身体能力を強化するが、飛甲虫の素材を使っているため火や熱に弱い。一度でも球体の爆発に被弾すれば命の保証はない。それどころか、爆発の直撃に耐えられる生物が思いつかない。
「余所者の大型飛竜が出没したのに誰も出てこないと思えば、皆こいつに殺されていたのか」
怪物はくぐもった声で吠えながら尾を振って黒い球体を飛ばしてきた。
ローリングで球体を避けながらその一つを弓で撃ち抜くと、球体は空中で赤熱化して爆発した。
爆風を浴びないように距離を取りつつ、今度は体からぶら下がっている球体を撃ったが、矢に反応しなかった。
球体は、怪物の体を離れると衝撃に反応して爆発するようだ。
不意に怪物の口元が光る。
突然の出来事に体が反応するより先に、怪物の口元から火炎の混ざった燃える液体が噴射された。
「危ない!」
白く光った盾が弓使いを庇って液体を防ぎ、傷つきながら後退する。
「お前は...パトロールに行っていたはず」
「パトロールは中止だ。森のモンスターはこいつにやられちまったからな。俺も逃げ出そうと思ったが、村を捨てるわけにはいかんのでな」
「やはり...」
「この化け物は俺達の勝てる相手じゃねえ。隙を見て俺達も引くぞ。討伐なんて考えるなよ」
パワーガードは成功したが、爆発のダメージは防具にまで及び、盾はボロボロで次の攻撃は防げそうにない。
「来るぞ!」
超弩級の突進が迫り、二人はそれぞれ別の方向にローリングして回避する。ランス使いはスタンガンランスの長いリーチを利用してすれ違い様に電流を流した。金属のような外皮を持つバゼルギウスだが、その甲殻は電気を通すので雷属性による攻撃は苦手としている。
しかし体力の高いバゼルギウスにダメージを与えるには、スタンガンランスの電撃では電力が足りない。
「お前のランスも効かないのか」
「こいつは何者なんだ」
怪物の口元から可燃性の液体が噴射され、空中で爆ぜて炎に変わる。弓使いが火炎に呑み込まれ、ランス使いは振り返ることも出来ない。
ブナハブラの装備は火に弱く、爆炎を浴びた弓使いの死は明らかだった。
スローテンポの攻撃に目が慣れて油断してしまったのだろう。仇を取ることなど考えることも出来ず、悔し涙を流しながら巨大な竜から逃げる。
崩れた村、燃える山、殺された仲間。何一つ守ることも出来ず、ひたすらに走った。
竜の圧倒的な力に打ちひしがれるように、今は仇よりギルドに怪物のことを伝えるのが先だと必死に自分に言い聞かせて逃走した。
背後でサイレンのような鳴き声が聞こえる。
怪物は近づいてこない。どうやら、逃げ惑う人間を追いかける気はないようだ。
外敵とも獲物とも思われていないのだろう。
足止めをすることすら無謀だった。
恐怖で体が震えている。モンスターに敗れて、悔しさを感じなかったのはこれが初めてだ。
見たこともない怪物の凄まじい強さと恐ろしさを目の当たりにして心が折れてしまったようだ。
無闇な恐れを照らすための知識を持たない狩人にとって、あの怪物の破壊力は絶望そのものだった。村の建物は爆発から身を守る盾にならず、渾身の攻撃でも傷一つ与えられなかった。
長い年月をかけてモンスターを倒す為の武器を開発してきた工房の技術も、あの怪物には全く通用しなかった。
しばらく走っていると、ギルドナイトに率られてガーディアン装備のハンター達が歩いてくる。
「現在、森林地帯にギルドから避難勧告が出ています。狩猟資格のないハンターは直ちに避難してください」
「仲間がやられた!あれの正体は一体なんなんだ!」
「それは機密情報です。この区域は現在警戒レベル8に指定されています。上位の狩猟資格を持っていないハンターの侵入は制限されています。直ちに避難してください」
「警戒レベル8だと!?大型古龍と同じじゃないか!どうしてギルドはそんなモンスターの出没を隠しているんだ!」
「俺から説明しよう」
ガーディアン装備の男が困った様子でたじろいでいると、今度はセルタスの装備を身につけた男が現れた。
全身の至る所にからくりの仕組まれたセルタスシリーズは、高い防御力と機動力を兼ね備えた高性能のパワードスーツだ。
工房の夢とロマンが詰まったメカニカルなデザインはハンター達の憧れの的だ。
「兄貴!新入りがやられました!」
「そうか。お前は逃げろ」
「猟団の仲間が殺されたんですよ!俺も戦わせてください!」
「あの飛竜は爆鱗竜バゼルギウスといって、お前も気づいている通り一種の古龍級生物だ。死にに行くようなものだぞ。」
「古龍級生物...そんなの兄貴でも勝てる保証ないじゃないですか...」
「俺たちの目的は爆鱗竜を倒す事ではない。古龍観測隊からこの地域に一体の古龍が接近しているとの報告があった。爆鱗竜と古龍種が同時に出現したとの報告は少ない。ギルドはその調査のために上位のハンターを送ったんだ」
「爆鱗竜とは...戦わないでください。あいつの起こす爆発はあまりにも危険です」
「分かっている。だからお前も非難してくれ」
セルタス装備のハンターはランス使いを避難させると双眼鏡を構えて遠方に佇む神々しい化け物を観察した。
「火竜を倒しても無傷か。古龍も奴の事を放っておけないだろうな」
出血のない鉛色の体は、村を包む焔の中で鈍い光を放っている。細かく砕かれた建造物は、怪物の凄まじい破壊力を物語っている。
もし調査拠点アステラにバゼルギウスが姿を現していたら新大陸の調査はどうなっていたことか。
「その火竜ですが、過去に爵銀龍メル・ゼナと交戦記録があります。メル・ゼナに敗れた直後から凶暴化している模様です」
爵銀龍メル・ゼナ。数百年前に大穴と共に降臨して王国に疫病を齎したとされている謎の多い古龍種だ。現在、この森林地帯に接近している古龍である。かつて何度も国を壊滅の危機に追い込んだとされる、波動の先から来たる龍。王国騎士との交戦を示す証拠は残っているが、その能力はいまだに謎に包まれている。
「エルガドの疫病を齎した龍か。マークした獲物を獲られて気が立っているのか?」
夜の闇に紛れて、血のような光が広がる。
煌びやかな仮面が銀色に艶めく。マスカレイド。
「借銀龍メル・ゼナ、間も無く到着します!」
「早すぎる。観測所のサインが出ていないぞ」
「気球が墜落しています!」
結晶が吹き荒れ、夜空が赤く染まる。
朱色の気品が押し寄せる。
爵銀龍は、人々の動揺の中に舞い降りた。
仮面のような銀の頭殻、マントのような赤い翼、燭台のように三又に別れた槍状の尾。
赤く光る眼は、人間など歯牙にもかけない。
天空を朱色に染めた美しい神は、狂気的な月明かりに照らされて野蛮な飛竜を凝視する。
地表には焼け焦げた無数の骸が横たわっているが、爵銀龍が啜る精気は残っていなかった。
「総員、免疫の装衣を使え!調査員は気球を墜落させた攻撃を確認しろ!」
「メル・ゼナは何もしていません!空が赤くなると同時に気球が落ちました!」
疾風が火を消して夜に暗闇を戻す。
バゼルギウスは風の先の爵銀龍を見上げる。
向かい合う銀と鉛の貴人。
カリスマとは、民衆が跪く程の残忍さである。
仄暗い狂宴の足音が聞こえる。
やがて、それは鈍く輝く金属の対峙から、血生臭い殺戮者の殺し合いへと変貌を遂げる。
赤熱化状態。爆腺の活性化によって甲殻の隙間から赤い光が溢れ出る。天地を焼き焦がす高熱を放ち、気高き銀の獅子は外の世界から来た。
忽然とあらわれては警報のような怒声と共に一帯の生命を消し去る燎原の火は、過剰な力で生態系に負荷をかけて合切を壊してしまう。
その翼が開くとき──。
血氣活性状態。爵銀龍が数多の竜の精気を啜り、体内に蓄積した生命力を解放した姿。
龍炎は黒い靄となり、全身が鬱血したかのように赤黒く変色する。
爵銀龍は紅の夜空で咆哮し、傲慢な銀の獅子を見下ろすと口元に龍炎を燻らせた。
「爵銀龍の周囲の龍属性エネルギー量が急激に増加!あれは...ドラゴンブレス...?」
上空から血色の光線が注ぐ。
明らかに他のモンスターとは違うメル・ゼナの予感に居ても立っても居られなくなったのか、バゼルギウスは自ら地を離れて空中に向かっていく。
その体は鉛のように重く、風を切る翼は鉄板のように硬い。
その先端を龍炎が掠めても怯まず、口元の爆腺から腺液を直接吹きかける。
爆鱗竜の接近を許してしまった爵銀龍は赤く濁った煙幕に包まれ、マゼンタの体色で姿を隠す。
「メル・ゼナが空中で消滅!バゼルギウスが墜落しています!」
「違う!あれは瞬間移動だ!」
墜落したバゼルギウスの横には、三又尾を突き出したメル・ゼナが顕現していた。
くるくると回って地上に落ちていくバゼルギウスの体から爆鱗が次々と剥がれ落ちる。爆鱗はメル・ゼナの体表に付着させていた腺液の爆発で誘爆を起こして巨大な爆発が巻き起こる。
「まずい!爆撃波で免疫の装衣が壊れる!」
バゼルギウスは空中で体勢を立て直し、猛火に包まれて落ちてくるメル・ゼナを掴んで地面に叩きつけると体を揺すって爆鱗を降らせた。
竜が神を踏みつけにする傲慢。溶岩の球のような爆鱗は近づいただけでも熱い。
踏みつけられる形になったメル・ゼナはバゼルギウスに咬みついて精気を吸い取ろうとしたが、口吻に高温の腺液が流れ込んで口内で爆発した。
高熱の爪が甲殻に食い込み、外皮を焼く。
メル・ゼナは三又に分かれた尾を開閉させて爆鱗竜の尾の付け根を掴み、力任せに引き剥がして投げ倒した。
バゼルギウスは大型飛竜の中でも屈指の重量の持ち主だが、そのことを忘れさせる程の膂力だ。
遅れて発生した爆発がメル・ゼナを襲い、投げられて転げ回ったバゼルギウスは突進を繰り出す。
メル・ゼナは爆発に大きく怯みながら丈夫な翼を吸血鬼のマントのようにして体を覆い隠し、自ら発生させた黒い靄の中に溶け込んだ。
「メル・ゼナが再び消滅しました!」
「いや、瞬間移動だ!だがどうして掴まれた時には使わなかったんだ」
鋼鉄を貫く三又尾が爆鱗竜に襲いかかる。
突然、刺突を受けた爆鱗竜は尾を振り上げて爆鱗を撒き、振り上げた尾を地面に叩きつけて起爆することで反撃した。
爆発に苦しむメル・ゼナに対してバゼルギウスは爆鱗を撒き散らしながら飛びかかり、至近距離から腺液を噴射して追撃。空中で発火して爆炎と化した腺液が爵銀龍を包み込む。
忽ち一体は火の海と化し、その上を二頭の怪物が組み合いながら転げ回る。
目紛しく上下が逆転する揉み合いから、一瞬の隙を見つけたメル・ゼナは空かさず空中に飛び上がる。一進一退の攻防の中で不意に混ざる不純物。
ハンター達も気付かない程スムーズに繰り出されたそのエネルギーは、メル・ゼナのエレガントで軽やかな動きからは想像も出来ないほど強大な力を持っていた。
爵銀龍 メル・ゼナ
『ナイトメアクレイドル』
龍炎とは古龍種が体内に秘めているガス状の根源的なエネルギーのことである。
普段は古龍の血に混ざって体内を循環しているが、古龍種がその摩訶不思議な能力を発動させる時に様々な種類のエネルギーに変換されることで猛威を振るう。
獲物から啜った精気を龍炎に変換することができるメル・ゼナは、その膨大なエネルギーを波動として操ることで龍炎の状態で攻撃に利用することができる。
ナイトメアクレイドルはその中でも最大級の攻撃の一つとして知られる。
龍炎によって地上を薙ぎ払った後に巨大な龍炎の火球を落下させ、地上で爆発させる。
古龍のエネルギーを直接放射するこの攻撃は悪夢に相応しい威力を誇り、直撃すれば深淵の悪魔すら地獄の底に突き落とすとされる。
それが伝説ではなく、現実で繰り出されるのだ。
龍炎は火炎を消して、宵闇に浮かぶ龍炎の球は暮れるように滴り落ちる。
爆発。
「まるで血の雫だ」
鉛の体を照らす赤い光。
高濃度の龍属性エネルギーが炸裂して、土を巻き上げる。無数の龍炎が地を這うように直進する。
燃え盛る火炎が消えたことで二頭の姿を照らすものがなくなり、二つの赤い光が龍炎に遮られて明滅している。
サイレンのような悲鳴と金属を擦り合わせたような金切り声が交互に響き渡り、二種類の赤い光が交錯を繰り返す。
「赤い光に触れるな!疫病に侵されるぞ!」
「爆鱗竜はどうなった!?」
「調査員は衝撃波で皆死にました!もう我々しか残っていません!」
「爆鱗竜の生存を確認!爵銀龍と戦闘を続けています!」
爆鱗竜は傷だらけになりながら翼を広げて爵銀龍に襲いかかり、脚の爪で頭部を鷲掴みにして地面に叩きつけている。
赤熱化状態は解除されていないが、頸部にも尾にも爆鱗はついていなかった。
「爆鱗の爆撃波で攻撃を防いだのか?」
爵銀龍は頭部を振り上げて爪の拘束から脱出すると、翼で爆鱗竜の頭部を殴りつけた。
爆鱗竜が倒れた衝撃で地面が割れるほどの威力から爵銀龍の怪力が窺える。
爆鱗竜が立ち上がるまでの間にメル・ゼナは上半身を地面から離した二足歩行の姿勢に移行した。
そして翼で体を覆い隠し、龍炎の靄を発生させて夜の闇に紛れる。
そして次の瞬間、原因不明の重低音が発生。メル・ゼナは超音速で爆鱗竜に突進した。
爆鱗の生成が間に合わない。
衝突した二頭のモンスターが宙を舞う。
華麗に着地したメル・ゼナと暫く起き上がれないバゼルギウス。
空かさず翼で殴りかかったメル・ゼナに対して、バゼルギウスは頭部を振り上げた勢いで爆鱗を飛ばして反撃する。バゼルギウスが爆鱗を飛ばしたことに気づいたメル・ゼナは素早く横に回り込んでから尾を突き出し、さらに地を駆ける三つの龍炎を発生させて追撃した。
「エルガドの騎士達はあんな厄災と戦っていたのか」
メル・ゼナは高速で動き回りながら翼と尾で爆鱗竜を殴りつける。動きが鈍重で爆鱗という特殊な武器を持つバゼルギウスには、パワーよりスピードを駆使した攻撃が有効だと学習したのだろう。
動きの速いメル・ゼナには突進や飛びかかりのような予備動作の大きい攻撃は通用せず、メル・ゼナの素早い攻撃によってバゼルギウスは防戦一方に追い込まれる。
追い詰められたバゼルギウスはメル・ゼナが翼を振り下ろしたタイミングで跳躍して避け、巧みな飛行で背後を取ってから振り向いたメル・ゼナの頭殻を空中から爪で切りつけた。
鱗が焼ける音が鳴る。地上ではメル・ゼナの攻撃速度に圧倒されていたバゼルギウスだが、体重を気にせず戦える空中になると優れた反応速度で反撃を繰り返すことが出来る。
バゼルギウスは飛行に特化した甲殻竜下目や地上での活動に特化した重殻竜下目とは異なり、地上と空中によってモンスターとしての特徴が大きく変わる。
全身の筋肉を連動させた動きが必要となる地上戦では脚で自重を支えるため動きが鈍重になるが、体重を利用したパワフルな攻撃が可能となる。
一方、体重を利用出来ない空中戦では筋力に威力が左右されない爆鱗を利用することでスピードと攻撃力を両立することが出来る。空中ではリオレウスやライゼクスでさえ攻撃力の低下を免れないが、爆鱗を無数に携えるバゼルギウスは外敵を仕留める手段に事欠かないのだ。
しかし、滑空に適した翼を持ち、爆鱗以外に決定力のある武器を持たないバゼルギウスは空中での接近戦には向かない。
バゼルギウスは並外れた防御力と爆鱗の破壊力という二つの力を持っているが、強力な外敵と対峙した時には力を活かすために空中戦と地上戦を使い分けなければいけない。
パワーを捨ててスピードで戦いを挑むメル・ゼナは、バゼルギウスの分厚い装甲に対して予備動作の少ない攻撃で少しずつ削り続けることで隙を作らないという作戦をとった。
しかしそれは、予備動作が大きく威力の高い攻撃は使わないということでもある。
防御力の高いバゼルギウスは、相手の攻撃を受けながら強烈な反撃を当てることが得意だ。
熱を放つ尖爪は爵銀龍の甲殻に細かな傷をつけ、熱で体力を奪う。
鈍重だったバゼルギウスが突然機敏な動きを始めたため、メル・ゼナは高い攻撃力によって削り合いで打ち勝つために手数を増やした。
バゼルギウスは空中では機動力が上がるが、メル・ゼナは空中のバゼルギウスより機敏だ。
そして翼や尾の筋力も強く、岩を砕くような攻撃を連続で繰り出すことが出来る。
爆鱗以外の攻撃力が低いバゼルギウスに対して、パワーとスピードを兼ね備えた強力な攻撃を繰り出すことが出来るメル・ゼナは互いに連続攻撃を放つ激闘に持ち込もうとした。
バゼルギウスが体重を利用した大技を使わなくなったため、メル・ゼナは爆鱗竜の周囲を回り込むように移動することをやめた。
空中では向き直る速度が速く、回り込んでも隙は作れない。
そして爪による攻撃はリーチが短いので、体を逸らすだけで避けることが出来るからだ。
バゼルギウスの正面に立ち、至近距離から強力な攻撃で戦えばパワーとスピードが優れているメル・ゼナが有利だ。
しかし、それがバゼルギウスの狙いだった。
爪で引っ掻いて戦っていたバゼルギウスは、今度は引っ掻くのではなく爪を食い込ませるようにしてメル・ゼナの腹部を掴んだ。
「バゼルギウスの体温が急激に上昇しています!
あれは...蜂球?」
爆鱗を落とさず、メル・ゼナを掴んだまま体を丸める。甲殻の隙間から溢れ出る光が輝きを増す。
溶岩の球のように赤熱化した爆鱗はバチバチと爆ぜながらメル・ゼナを焼き焦がす。
空気は歪み、大地は熱でドロドロに溶けている。
「翼を動かしていないのに浮いているだと?」
地上の恒星。それは、未知の世界から現大陸に来訪した天上の火そのものである。
大量の爆鱗がバゼルギウスに付着したまま、銃声のような音を出して爆ぜる。
人々を滅亡から救うため、火を与えた巨躯のものは神の怒りを買い、岩山の山頂で磔にされて猛禽に肝を貪られ続けたという。
神に弓引く傲慢、博愛の代償。殻の隙間から差し込む光は十字、磔刑の形状。
神話の御世にあって、赤い星は凶兆とされる。
飛来する焼夷の化身は、神代の昔の脅威ではなく、来たる第二次竜大戦の惨劇を招くだろうか。
いずれにしても、爵銀龍の怒りは獲物を狩り尽くされたことだけではなく、かの竜が在りし日の戦火を率いていたことにも向けられていたことだろう。
皮肉なことに、当時の人類にとって爵銀龍は未知の塊だった。血に濡れて悍ましく、得体の知れない力を使うメル・ゼナが人々に与えた絶望は計り知れない。
十字の火柱が上がり、非道の炎によって恐怖の吸血鬼が焼かれる光景は人々が正体不明の野生動物を希望の象徴として信奉してしまうのに十分な衝撃を与えたことだろう。
爆撃から身を守るために地に伏せ、頭部を守るために頭の上で手を組んだ。狩猟することすら畏れ多い神に一頭の飛竜が挑み、いつしか誰もが手を合わせて巨竜の火を拝む。ヴァンダリズム。
この世ならざる者の鳴き声が聞こえる。
灼熱の中でメル・ゼナに力を与えていたキュリアが焼死して、膨大な火属性エネルギーが体内に溜め込まれていた龍属性エネルギーと反応を起こして小規模の爆発を繰り返す。
神が力だというのなら、バゼルギウスはまさに破壊の神だ。その爆発は規模以上の破壊力によってメル・ゼナの硬質な外殻を打ち付けて破壊した。
「バゼルギウスが...勝ったのか...?」
力の拮抗した勝負だったが、死闘の末、パーティークラッシャーが夜宴を破壊した。
爆撃で捩じ伏せられた爵銀龍の頭を踏みつけ、爆鱗竜がサイレンのような咆哮をあげた。
爵銀龍は頭を左右に振って爆鱗竜を振り落とし、爆鱗竜に向かって威嚇して飛び去る。
縄張り争いに勝利した爆鱗竜は満足気に山の頂上へと飛んでいった。
体と垂直に伸びた長い翼で羽ばたかずに飛ぶ。
背負う罪の名は傲慢。焼け野原となった山に向かって飛んでいくバゼルギウスの後ろ姿は十字架そのものだった。
ハンター達は古龍を打ち倒した飛竜の力に、安堵と不安の混ざった不思議な感情を持ちながら、怪物が山頂に消えていくのを見ていた。
「あれがバゼルギウス...なんて美しいんだ...」
現大陸東部
・ユクモ村近辺
林業が盛んなユクモ村の周辺。
紅葉や温泉で知られる美しい土地で、霊峰や獄泉郷と非常に近い位置にある。
ジンオウガやドボルベルクなど、緑豊かな環境を好むモンスターが生息している。
破滅の龍神の伝説があり、付近にはツキトの都という栄えた都があったがとあるモンスターの襲撃によって滅ぼされている。
・カムラの里近辺
製鉄業が盛んなカムラの里の周辺。
起伏が激しい緑豊かな地で、怨虎竜マガイマガドが頂点に君臨する。
水没林と近いためか、オロミドロやタマミツネといった淡水性の海竜種が生息している。
風神と雷神の伝説がある。
・シキ国
現大陸の極東にあるとされる小さな島国で、優れた鍛治技術を誇る。かつて「神の腕」と呼ばれるシキ国出身の鍛冶職人がシュレイド地方の鍛治技術を発展させたという。
シナト村の近辺では天空山と呼ばれる独特の地形があり、古代文明の形跡が残っている。
千古不易を謳う王の伝説がある。
・フォンロン
東の海の先にある大陸。バテュバトム樹海と塔があるとされている。
塔は現代の文明を凌駕する高度な技術で建てられており、この地方で出土した文献には現代の技術では製造できない武器の製造方法が記されていることもある。
カムラの製鉄技術やシキ国の鍛治技術などはかつてフォンロンに高度な文明が栄えていた時に伝えられたものではないかという説もあるが、真偽は定かではない。
樹海には棘竜や大轟竜といった人智を超えた怪物が生息しており、強大な力を持つ鋼龍でさえ生存競争に敗れてこの地を去ったとされている。
近年になって大社跡やメタペ密林で猛威を振るっている棘竜エスピナスはフォンロンのバテュバトム樹海から渡ってきた個体ではないかと囁かれている。
・エルガド近辺
エルガドは現大陸の東部に位置する王国の観測拠点である。王域三公と呼ばれる強力なモンスターが生息する城塞高地の近くに存在している。
「サン」と呼ばれる大穴の付近にあるため、エルガドから大穴を一望することができる。
深淵の悪魔の伝説がある。