囚われのバゼルギウス   作:貝細工

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3話 ミッチェル

雷雨の夜、僕は、目撃した。

 

河岸から出現したガノトトスが雷光に煌めき、村の人たちが殺された。

水中の王者と思われていたジャングルガビアルを捕食したガノトトスは、水辺の頂点に君臨するモンスターだった。ドスフロギィすら倒せない村の戦力ではとても敵う相手ではない。

 

「屋内に逃げて!」

 

「家なんて壊されるぞ!」

 

「そんなこといったって――」

 

ペタペタと人間を踏み潰して歩く不気味な魚竜。

白い目を光らせて音を探し、無表情の顔で人を食い殺す。雷鳴に照らされる死神だ。

鮫のような頭を高くもたげて、白い腹を見せながらぎこちない動きで走る。

 

潰れされた村人の悲鳴が耳から離れない。鋭利な水流が家屋を薙ぎ、たった一発で両断する。

まだ幼かった僕は、ずぶ濡れになりながら走って逃げた。この過酷な世界を生きる為に。

 

「ギルドの兄ちゃんが一人で戦ってくれてる」

 

人の力じゃ敵わない。

そんなことは分かっていた。

 

「どれくらい持ちそうだ?」

 

それでも助けて欲しい。

 

「子供が一人ガノトトスの前に出ていったぞ!」

 

雷鳴に怯える。ギルドの職員と仲良くしていた少年がガノトトスからギルドの職員を庇っている。

僕は勇敢にはなれない。体が動かない。

 

「もう殺される――」

 

水竜は鋭い歯がズラリと並んだ口を開く。

助けて.....

 

「――あれがイビルジョー」

 

誰かがそう言った。

息を呑むような神々しさだった。

木々を薙ぎ倒しながら君臨する最恐の獣竜種、その背後に佇む神秘的な神獣。木陰で安らかに水を飲み、雷を鳴らし続けていた。

 

ガノトトスの方に発煙筒が投げ込まれると、イビルジョーは雄叫びをあげて向かっていった。

悍ましい咆哮に水竜は転び、なんとか立ち上がって水流のブレスを撃ち出したが恐暴竜の筋肉の鎧はびくともしない。

恐暴竜は、人の力では対抗出来なかったガノトトスを正面から蹂躙して平らげた。

村人達の誰もがその圧倒的な力を畏怖した。

僕もその中の一人だった。

しかし、恐暴竜と水竜の戦いが終わった後、僕は人知れず僕達に雷の庇護を授けてくれた幻獣キリンとみつめあっていた。

 

「幻獣よ、もう壊しておくれ。この世界は酷いよ」

 

モンスターには人の言葉は通じない。

古龍に祈りは届かない。

キリンは何も言わずに稲光と共に消えた。

雷が去り、雨と僕が取り残された。

たくさんの人がガノトトスに殺されて、それはガノトトスが去ってもイビルジョーが去っても戻ってくることはなかった。

雷を帯びた風が弾ける。

キリンが立っていた場所に強い輝きを放つ石が落ちている。

少し遠くに、幼馴染の女の子が生きていた。

風に吹かれながら、力強い表情で倒された水竜を見ていた。

いにしえの龍秘宝、僕にはその使い道がわかった。ガノトトスに破壊された村の惨状を見渡して、僕は雨に打たれながら決意を抱いた。だから赤衣を選んだ。幻獣キリンがこの石を僕に託した意味を噛み締めていた。

 

濁った川の上を蝶が低く飛ぶ。漣が鳴る。

 

「ねえ、見たでしょ?ギルドの人凄かったね!

人間がモンスターに勝てるわけないのに、私達の為にガノトトスに歯向かって!」

 

「そうだね。でも人が超えちゃいけない災害だった。ガノトトスを倒したのがイビルジョーで良かった」

 

「じゃあ、私もイビルジョーより強いハンターになったら神の事を守ってあげるよ!だから一緒にハンターになろう!約束だよ!」

 

言っていることがわからないから、噛み合わないふりをした。

 

「イビルジョーより強いハンターなんて、そんな夢叶うわけないよ」

 

「叶うよ、きっと。イビルジョーでも勝てないモンスターもいるんでしょ?」

 

「勿論居るよ。最近発見されたバゼ......ウスなんて、イビルジョーに噛みつかれても蹴って突き放せるんだ。綺麗な銀色の体をしててさ、それで縄張り意識が強くて――」

 

「まーた始まった!モンスターの話!本当に長いんだから!でも、聞いてあげる」

 

「それで、体から爆弾をぶら下げてて、凄く強いんだけど、マガイマガドっていう天敵が居て――」

 

それから君は一人だけ大きくなって、私は時間の流れに取り残されたみたいに小さいままで。

本当はもっと話を聞きたかった。私がハンターになる頃には、君はきっともういない。

今、君は何をしているんだろう。

私との会話なんて、覚えていないのかな。

 

漣が鳴る。その波打ち際に、私は手を伸ばす。

分かってる。

君と私は時間の流れが違うことくらい。

 

〜ギルド

 

「結局、夢なんて叶わなかったね」

 

悔しそうに微笑んで、物思いに耽る。

美しい白いドレスを纏った赤い瞳の少女は、このギルドの受付嬢だ。

少女といっても寿命の長い竜人族で、ずっと昔から少女の姿をしている。

 

「何か言ったか?」

 

ギルドマスターがそう尋ねると、少女は手で自分の涙を拭って首を横に振った。

数秒の沈黙の後、ギルドマスターは紙の束に目を移す。新大陸調査団が編纂したバゼルギウスの資料だ。

 

「バゼルギウスの狩猟に成功したのは導きの青い星だけだ。過去最大の強敵だよ」

 

導きの青い星。赤龍、煌黒龍、そして黒龍を退けて新大陸と現大陸を救ったとされている新大陸調査団の英雄だ。

 

「上位ハンターの皆さんも、バゼルギウスの狩猟依頼は避けているみたいです」

 

「爵銀龍が敗れたからだろう。古龍級生物に挑んだハンターの大半が命を落としている。

既にバゼルギウスと戦った下位ハンターの中にも死傷者が出ているそうだ」

 

「下位のハンターはバゼルギウスの狩猟依頼の受注条件を満たしていません。フリーハントでしょうか?」

 

「山の麓にある小さな村が猟団を雇っていたんだ。村人が避難する時間を稼ぐためにバゼルギウスに挑んだと聞いている」

 

「下位ハンターの装備で勝てるわけないじゃないですか」

 

「爵銀龍と爆鱗竜の戦闘の調査のために送った調査班が、現場で麻痺ビンを握りしめた遺体を発見している。勝てないと分かっていても足止めをしたかったんだろう」

 

「そんな...」

 

「バゼルギウスの飛行速度は速い。人間が走って逃げてもすぐに追いつかれるだろう。彼のおかげで村人は街に避難できた。無駄じゃなかった」

 

〜山頂

 

付近の大型モンスターを討伐したバゼルギウスは異国の古龍種メル・ゼナとの決戦を制して山の山頂へと帰還した。

新大陸調査団によると、バゼルギウスは高所を好む習性があるという。

新大陸の個体も新大陸の中で最も標高の高い龍結晶の地でのみ、体を地面に擦り付けるマーキングのような行為が確認されていた。

バゼルギウスの翼は横幅が広いが縦幅は短く、風を切る形状をしている。翼膜の広いレイギエナやシャガルマガラとは違って、上昇飛行は苦手である。そのため、バゼルギウスが自身の翼を最大限活かすためには高所から低所に向かって滑空する必要がある。

また、独占欲の強いバゼルギウスは獲物を他のモンスターに奪われないように、常に縄張りの中の肉食動物を監視する必要がある。

広い縄張りの中で、同じ獲物を狙うモンスターを逸早く発見しなければいけないため、見晴らしの良い高所に住む習性があるのだ。

 

アステラでもバゼルギウスの襲撃は警戒されていたが、意外なことに現在に至るまでアステラがバゼルギウスに襲われたことはない。

当然、大量の人間が住んでいることを爆鱗竜に嗅ぎつけられれば襲撃を受ける可能性は高いが、アステラが海沿いの標高の低い土地にあるため、バゼルギウスに見つかりにくいのだろう。

 

飛竜である筈のバゼルギウスが古龍に匹敵する力を持ったのは、古龍のエネルギーが豊富な龍結晶の地で生まれたことが原因という説もある。

現大陸と比べてエネルギーに満ち溢れていて屈強なモンスターが多い新大陸の中でも、特に純度の高いエネルギーが結晶化している龍結晶の地には強力なモンスターが多数生息している。

その中には、バゼルギウスとは日夜縄張りを争っている鋼龍クシャルダオラや溶岩地帯を支配する炎王龍テオ・テスカトルなど強大な大型古龍も含まれる。

更に古龍を狙って龍結晶の地に訪れる滅尽龍ネルギガンテといった強敵と生存競争を繰り広げているうちに龍結晶の地のエネルギーを蓄え、古龍に対抗出来る力を身につけていったと考えられている。

 

バゼルギウスは、溶山龍が渡りを行うまで古代樹の森のリオレウスや、大蟻塚の荒地のディアブロスのように生態系の頂点に君臨するモンスターだったということだ。

それが溶山龍の渡りによる環境の変化によって龍結晶の地以外の場所にも出現するようになり、各地の生態系の頂点に君臨するモンスターを殺してその地位を奪っていった。

 

新大陸に生息するモンスターはどれも強力だが、それは古龍渡りによってモンスターの体内に古龍のエネルギーが蓄積しやすいからだ。

そして最も古龍エネルギーが多い龍結晶の地では、最も強いモンスターが誕生した。

それが龍結晶の地に君臨する爆鱗竜バゼルギウスだったのだ。

突然変異によって生まれた個体が世界各地に進出し、強者を喰らうことで古龍に匹敵する力を手に入れたと考えられているラージャンやイビルジョーとは出自が異なる。古龍級生物の中では、同じ飛竜種のエスピナスに近い種類のモンスターだ。

 

獰猛なモンスターと噂されているバゼルギウスだが、縄張りから逃げ去る相手を必要以上に追いかけることはない。メル・ゼナとの戦闘後、反撃せず撤退したメル・ゼナに対してバゼルギウスが追撃を仕掛けることはなかった。

バゼルギウスは戦闘や殺戮を好むのではなく、縄張りに対する独占欲が強いモンスターだ。

縄張りの獲物に対する独占欲の強いバゼルギウスは、標的を排除するために執拗に攻撃を仕掛けるため、爆撃に耐えることができない殆どの生物は殺されてしまう。

しかし、爆発の嵐を切り抜けて縄張りから抜け出すことが出来ればバゼルギウスの標的は縄張りの中にいる別の生物に変更される。

強敵の追跡に集中しすぎるあまり、縄張りを空けて獲物を別のモンスターに横取りされる事を避けるためだ。

 

しかし、メル・ゼナとバゼルギウスの出現によって山は静まり返り、爆撃によって動物の多くが死滅したため獲物が減ってしまった。

折角勝ち取った縄張りも獲物が居なければ守る意味がない。

腹を空かせたバゼルギウスは、新たな縄張りを求めて山の頂上から飛び立った。

 

〜ギルド

 

「バゼルギウスが寒冷群島に向けて移動を開始しました。寒冷群島では氷牙竜と眠狗竜が縄張り争いを繰り広げているようです」

 

「争いを感知する能力があるのか?」

 

「寒冷群島は熔山龍の亡骸が残っています。もし爆鱗竜が上陸して濃度の高い古龍のエネルギーを吸収したら大変な事になります!」

 

「現地のハンターとガーディアンズを向かわせよう。なんとしても上陸を阻止する」

 

〜寒冷群島 沿岸の迎撃拠点

 

雪が積もる、肌寒い寒冷地。

冷たい海水が波立つ。ここは化物の島。

勇敢な戦士達は、かつてこの地で熔山龍と戦った兵たちのようにバリスタの照準を合わせる。

標的は流氷を砕いて現れる侵略者。

 

「目標は獰猛な飛竜種だ!先手を打て!」

 

迎撃拠点に設置されたバリスタから一斉に矢が放たれ、滑空する爆鱗竜へと向かう。

円錐状の体は鋼鉄の矢尻を弾き、弩砲の一斉射撃をものともしない。

怪物は気を奮い立たせて爆腺を紅潮させながら速度を上げて飛んでくる。

 

「目標に全弾命中、効果なし」

 

「速射砲、効果ありません!」

 

「狼狽えるな!撃ち続けろ!」

 

怪物は空中で同じ姿勢を維持したまま飛んでいたが突然体を折り曲げ、頸部を伸ばす勢いで赤熱化した爆鱗を弾丸のように射出した。

爆鱗はバリスタの近くに着弾すると、兵士を巻き込んで爆発を起こした。

木と金具で出来たバリスタでは爆鱗の威力に耐えることが出来ず、一度爆撃を受けただけで破壊されてしまう。

 

「バリスタでは奴を倒せません!」

 

「単発式拘束弾で飛行を妨害しろ!」

 

単発式拘束弾。超大型古龍すら拘束することの出来る強力な兵器だ。

鋭いバリスタの弾をモンスターに撃ち、ロープで動きを拘束することが出来る。

 

「単発式拘束弾、命中しました!」

 

「そのまま動きを拘束しろ!」

 

「目標、ロープを切断、まもなく上陸します!」

 

「そんな馬鹿な!超大型古龍の抵抗に耐えるロープだぞ!」

 

「バゼルギウスの爪に触れた途端、ロープが発火した模様です!」

 

上陸。

 

身体を陸に擦り付け爆発で岩を粉砕しながら寒冷群島に君臨した傲慢の竜を、盾を構えたガーディアンが取り囲む。

爆鱗竜は身体を揺らして離陸すると、その内の一人を盾ごと掴んで極寒の海に投げ捨てた。

地上に無数の爆鱗が降り注ぎ、鉛色の飛竜が着地すると同時に赤熱化していた爆鱗が刺激を受けて大爆発を起こす。

 

巨竜を外殻ごと爆砕する威力の前では、白鳩石で接合した盾もまるで意味を成さない。

チーフククリを装備したハンターが斬りかかったが、分厚い甲殻を斬りつけても爆鱗竜の攻撃は止まらない。頭と尾を振って人々を薙ぎ払う。盾を構えたハンターには口元の爆腺から直接腺液を噴射して火炙りにした。冷気の中、血煙に立つ。

警報のような咆哮が響き渡る。

 

壊滅。

狼藉者の背後、凶器を引き摺る鬼。

白い息を吐く。

 

荒切りの凶猛。

 

「あれが寒冷群島の雪の鬼か!」

 

狂気に染まった黄色い眼球。

立髪のような白い体毛。甲殻に覆われた兜のような頭から角のような突起物が生えた姿はまさに伝説の鬼のようだ。

 

腕に纏った大剣のような氷の刃を軽々と振り回して爆鱗竜に斬りかかる。

 

雪鬼獣ゴシャハギ。

主に寒冷群島に君臨する大型の牙獣種だ。

食料が乏しい寒冷地で体温を維持するために大量の餌を必要とする食欲旺盛なモンスターで、ポポやガウシカといった小型モンスターからアケノシルムやヨツミワドウのような大型モンスターまで襲うことがある雪原の捕食者だ。

寒冷地の頂点に君臨する風漂竜や氷牙竜は、轟竜や怨虎竜のような各地を放浪する捕食者との激突を避けることが多い。

しかし、雪鬼獣は轟竜や怨虎竜を前にしても即座に襲いかかる凶暴性を持つ。

青いヘッドギアのような頑強な頭殻は獲物を骨まで喰らうことで強固に成長する。

 

離陸。

 

すんでのところで回避したバゼルギウスは空中で身を翻しながら小刻みに体を振るわせると、剛腕の鬼に向かって滑空しながら突進する。

それは涙雨のような鱗が地上に落ちるまでの一瞬の出来事だった。

 

雪鬼獣はアクロバティックな跳躍で非道の上を跳びこえると、咲いて散る火炎の背後に着地して氷の包丁を無慈悲に振り下ろす。

滑空突進が地面に激突した時、頸部にぶら下がっていた大量の爆鱗が衝撃を受けて爆発。

氷雪と舞う火花。しゃっこい氷の刃は高温の尻尾に触れたが、少し溶けながら空振りして地面に突き刺さった。雪鬼獣が刃を引き抜こうとしている間に爆鱗竜が振り返り、口元から腺液を噴射しようとしたが、鬼の拳が顔面を捉える。

白雪が熱風で水滴に変わる時、周囲に撒かれていた爆鱗が誘爆する。

雫の中の衝突。歪んだ二頭の姿が水滴に映る。

 

求めていた熱が身を焦がす。

火炎を苦手とする雪鬼獣にとって、バゼルギウスの爆鱗は恐ろしい兵器だった。

両翼を振って風を起こす飛竜から、出会ったことのない危険な香りがする。

轟竜とも氷牙竜とも違う。それは、雪鬼獣にとって初めて出会う空を飛ぶ飛竜。

異形だが、天を掌握した気高き種族の系譜を確かに継いでいる。

雪鬼獣は空に焦がれるように雄叫びをあげた。

爆鱗竜の圧倒的な破壊力を体感したことで、かつてこの地を訪れた古龍種と姿を重ねていた。

 

天空から地を焦がす非道には地獄の鬼と野山の獣の分別が無い。

飛来したのは、獲物を奪う可能性のある生物を皆殺しにする最凶の外来種だ。

別格の自身に挑みかかる度胸のある捕食者なら、尚更生かしておくわけにはいかない。

顔から滴る血液。深く突き刺したような傷は殴られた時につけられた。

爆鱗竜の外皮には柔軟性があり、衝撃を分散することに秀でているが、衝撃を集中させて斬りつけるような攻撃には分散が追いつかない。

ゴシャハギの拳には拳爪と呼ばれる鋭い突起物が生えており、これを使って殴りつけることで相手の甲殻を臓腑のように抉ることができる。

拳爪はパンチとは思えない程の鋭利な切れ味を発揮する天然の拳鍔だ。

 

熔山龍の骸が眠る島に、火の種子が降る。

飄々と吹き飛ばして地を発つ。

赤い光が一筋、脈を打った。

 

「我々は大陸を守る最後の砦だ!雪鬼獣と共に同胞の仇を取れ!」

 

無数の矢は浮遊する破滅を目指して進む。

何度攻撃を繰り返しても、爆鱗竜の強固な装甲を貫くことはできない。

暴徒に武器を向けた返礼は大量の爆発物だった。

寒冷群等の冷気で冷え固まった黒い爆鱗が迫るとき、地上から放たれた石が爆鱗を打ち抜き、空中で爆発させて人々を守った。

 

「ギルドマスターの指令を受けて参上した。これより私が標的の殲滅を行う。君たちは身の回りの安全を確保して速やかに撤退してくれ」

 

ギルドはこの未曾有の脅威を確実に食い止めるため、投入可能な最高戦力を送り込んだ。

セルタスフォールドの機動力があれば、依頼を受けてすぐに狩猟対象のもとに駆けつけることができる。

 

ムフェト・ジーヴァの出現により新大陸から現大陸に移住するモンスターが増加したことで、現大陸においても屈強なモンスターが増えている。

数え切れないほどの英雄が狩場で命を落とす中、一線で戦うハンターがいた。

 

装備に施された特殊機構はパイロットへの負荷を軽減し、人間の肉体の限界を超えた高速機動を可能とする。

 

巨躯の怪物ではとても追いつけない速度で接近する機体。常人では操縦しきれない速度だ。両腕に装着した武器の名は大旋壊ジャイラーミナ。

双剣に分類されるが、その正体は両腕に装着する二つのドリルだ。表面には鋭い棘があり、獲物に突き刺してから回転させることで内部をズタズタに引き裂く強力な決戦兵器だ。

 

「勝てるか?」

 

「雪鬼獣と爆鱗竜か。

情報の少ないモンスターだな。

雪鬼獣はともかく、爆鱗竜の実力は古龍に匹敵する。よくぞ戦い抜いて見せた」

 

「最新鋭の兵器を投入したが全く歯が立たなかったよ。爵銀龍を退けた実力は本物だったか」

 

「先の戦いの時はこんなものではなかったぞ」

 

「そうか。我々の手に負えるモンスターではない。後は君に任せた」

 

「君たちが生還するまでの時間は稼いでみせよう」

 

撤収していく生存者たち。

人々の命運を託された狩人。

体を紅潮させたのは爆鱗竜だけではなかった。

興奮による血流の増加に伴い甲殻が軟化し、運動能力が向上する。轟竜や棘竜に見られる形態変化を雪鬼獣も持っていたのだ。

体内に溜め込んでいた雪を呼吸によって取り込んだ冷気によって凍らせることで、両腕に氷の刃を生成する。外皮を抉る斬撃を狙う雪鬼獣、その腕の先から荒切りの二刀が氷柱のように伸びる。

 

鎧に超合体機構を有する狩人は、極寒の戦場で

全身の至る所にからくりの仕組まれたセルタス装備は、高い防御力と機動力を兼ね備えた高性能のパワードスーツだ。

軽く繊細な徹甲虫と重く堅牢な重甲虫、二種類の甲虫種の素材を掛け合わせることで強敵との徒手格闘を想定した性能を実現している。

装甲が全身を隈なく覆っているが、背部に取り付けられたダクトから熱を放射することでオーバーヒートに陥らず長時間の活動が可能である。

 

雪鬼獣の息によって冷えた空気が漂う。

 

「この冷気ではオーバーヒートの心配はないだろう。思いきり暴れられて――」

 

「――助かるぜ!」

 

空中から高熱の尖爪が狩人を襲うと同時に、回転する先端が爆鱗竜に突き刺さる。

目にも止まらぬ高速の刺突が爆鱗竜の脚を狙う。

徹甲虫の素材を使用したパーツは空気抵抗を減らし、人体の限界を超えた高速機動を可能とする。

ダクトから雪が溶けるほどの熱が放出された。

 

「もう活動限界だと?一体どれだけの熱を纏ってやがるんだ!」

 

雪が溶けて濡れた岩の上。重甲虫の金属のような甲殻が岩肌に擦れる。

爆鱗竜の視線がハンターから離れる前に雪鬼獣が巨大な氷の刃を振り回し、爆鱗竜の翼とぶつかって金属音が鳴り響く。

 

『バゼルランディング』

 

翼の動きを乱されたバゼルギウスは墜落する傍ら周囲に爆鱗を撒き、ハンターとゴシャハギを巻き込んで大爆発を起こした。

爆撃の範囲はあまりにも広く、ゴシャハギの巨体ではどこにも逃げ場がない。軟化していた肉体に強烈な衝撃波が襲いかかる。

氷を砕き雪を溶かす爆炎に氷の刃が破壊された。

細かい氷の粒の間を光が赤く照らす。

ゴシャハギは痛みの中、力を振り絞って大きく腕を振り、砕けた氷の刃を爆鱗竜に向かって飛ばすことで外皮をズタズタに切り裂いた。

その頃、爆鱗の変色に気づいたハンターはセルタスグリーヴで増強した脚力で跳躍することによって爆発の直撃を免れていた。

爆風に乗りながら地上の爆鱗竜を観察する。

 

(血...バリスタや爵銀龍の尾すら弾く爆鱗竜が出血しただと?)

 

(爆鱗竜は火竜の爪でも甲殻を損傷していた。冷気や毒の影響はなさそうだ)

 

(砲弾の直撃も効かず、バリスタの矢尻も刺さらない。面積の問題ではないのか?)

 

「貫け!尖鋭石!」

 

空中からスリンガー貫通弾を放ち、甲殻の隙間を狙う。しかし予想に反して弾は弾かれ、爆鱗竜は腺液を直接噴射して爆発を起こす。

 

「セルタスアームの特殊機構が作動しない。爆風に耐えられなかったか」

 

怪物の頬に血の幕が降りる。

与えたダメージは僅かなものだが、それでも収穫は大きい。

 

投げナイフだ。

 

体全体が楕円状になっているバゼルギウスに対して、刺突武器は平面に垂直に当てることが難しい。爆鱗竜が慌ただしく動き回り、更に刃先に触れた外皮がしなやかに歪むことで上手く刺さらずに傷を与えることができない。

そして爆発の衝撃や鈍器による殴打は外皮の柔軟性によって衝撃を拡散することでダメージを緩和している。

 

刺突と比べて外皮に触れる面積が多く、衝撃の分散が難しい斬撃なら人間の武器でも少しはダメージを与えることができる。

 

「後はゴシャハギに任せた!撤収だ!」

 

爆腺の滾る怪物がハンターを追いかける為に翼を広げると、ゴシャハギが立ち塞がった。

爆鱗竜は尾を振って爆鱗を飛ばし、爆発に巻き込まれたゴシャハギがゴロゴロと転がりながらダウンする。力の差は歴然だ。

 

規格外の飛竜バゼルギウスを相手に、命を守るために集中力を高めていた雪鬼獣。

通常状態の爆鱗竜に対して、冷気と斬撃を利用してなんとか奮闘することが出来ていた。

しかし赤熱化状態へと変貌を遂げたバゼルギウスは、紅潮したゴシャハギを以てしても雲の上の存在だった。

 

〜ギルド

 

月夜の晩、人々は寝静まっている。

狩猟から帰還したハンターに受付嬢が手を振る。

 

「おかえりなさいハンターさん!ご無事でなによりです」

 

暗い顔をしたハンターを見て、受付嬢は寄り添うように黙った。

 

「アンセス、私は貴女と話に来ました」

 

セルタス装備のハンターが受付嬢の前に跪くと、受付嬢は不満そうに顔を顰めてから、尊大な態度でハンターに話した。

 

「そう。勝てなかったのね」

 

「私の力では勝てません」

 

「そう。分かった。私が殺せばいいんでしょ。

それで?私に言いたいことは他にあるんでしょ」

 

「赤衣の本拠地を見つけました」

 

受付嬢は赤い瞳でハンターの顔を見つめる。

ハンターは視線を逸らさない。

受付嬢は一言も言葉を発さないまま、不機嫌そうに部屋を出た。

赤衣は、私の友達が入団した秘密結社だ。

私は受付嬢をやっているけれど、ハンターとして戦うこともできる。

彼は、私をエスピナスの狩猟に向かわせた。

彼が提案した恐暴竜と棘竜を引き合わせるという作戦、その実行を私達に任命した。

彼の作戦は、棘竜が森に火を放って恐暴竜の相手を私達に押し付け、私以外の全滅という結果に終わった。

 

私を守ってくれた彼は居なくなった。

人も時代も変わってしまう。

背丈と同じだけ取り残された私は、そんな時間の流れが嫌いだった。

 

部屋を出て、外の空気を吸って、微かに震える手のひらを見つめた。満月が沈む。

 

鉛筆で描いたような夜明け。

荒れ狂う棘竜が少しずつ鎮まる頃、初夏の某日。

もうじき焼ける砂漠への出入りが厳しく制限される。そんな時期になって、あの赤い服の男が地下で遺跡の発掘作業を主導していると聞いた。

 

「ハンターなんて、やりたくなかったよ」

 

「馬鹿」

 

私はアイテムポーチから白くぶよぶよとした手触りの仮面を取り出して、顔に貼り付ける。

真珠色のフードを被って俯いて、街に溶け込むように道を歩いた。

血の滲む切れ端、奇怪な心地が肌に合っている。

男物の装備を着るのは正体を隠す為だ。

これから先、地下の遺跡の調査をするならあの男の仲間に狙われるかもしれない。

だから外れないように白い仮面を付けた。

 

〜砂漠

 

朝の砂漠はもう少し暑い。

カラカラに乾いた風と波立つ砂の景色。

巨大な龍の肋骨が地面から突き出ている。

風を浴びながら近づいて手袋越しに砂を払ってみると、何だかエネルギーが体に染み込んでくる。

この砂漠の生態系は巨大な龍の遺した膨大な生体エネルギーで成り立っている。

謂わば生命力のスープだ。この体に重たくのしかかる巨大な武器も少し軽く感じられた。

 

背に担いだガンハンマーは加工屋に特注で作らせた特殊な武器で、相手に叩きつけると同時に槌に仕込まれた火薬が爆発する仕掛けになっている。

ガンランスと同時に制作された武器だが、こちらはハンマーと使い方が同じということもあってあまり有名ではない。

しかし性能は折り紙付きだ。これまでもこの得物に何度もピンチを救われた。

 

モンスターは生息地によって特色が異なるが、砂漠には頑丈な甲殻を持つ大型モンスターが多数生息している。岩のようにハードなモンスターを砕くためにはハンマーが有効だ。

 

本来ハンターは小型や中型のモンスターの狩猟で基礎を学び、大型モンスターの狩猟に挑戦するというのが基本だ。しかし私は違う。チームでの大物狩りを専門とする賞金稼ぎだ。

ギルドはハンターランク制度によって受注できるクエストを厳しく管理しているが、近年の古龍災害によって事情が変わった。これまでは私のような飛び級をするハンターを取り締まっていたが、今は超災害級生物の出現時に前線に出る戦力として育成している。

 

規格外のモンスターを狩るハンターには、規格外の武器が必要だ。大火力の火薬を搭載したガンハンマーを選ぶハンターは少ないが、私はこの武器を選んで良かったと思っている。

多くの仲間が扱いやすい武器を求めてパワー不足に倒れたが、私はピーキーだがパワフルな武器を選んだおかげで生き残っている。

何よりコイツは浪漫がある。

 

澄んだ青空と可憐に咲く花。かつて鏖魔と滅星竜の戦いで死の地域になった過去が想像も出来ないほど美しい光景だ。

砂漠では、砂中の海竜や魚竜に目をつけられないように硬い地面の上を歩く事を心がけている。

この砂漠には、デルクス、ドスガレオス、ハプルボッカなど肉に飢えて徘徊する肉食性のモンスターが大量に生息している。

角竜達の縄張りが大穴に集中するようになってから数を増やしているらしい。

彼らがこの砂漠の砂をほぐしてくれたおかげで大穴は少しずつ埋まってきているが、抑止力になるモンスターが居ないのも厄介だ。

 

人が住めないほど乾燥した今では想像もつかないが、ここには海があったらしい。

砂の中を泳ぐモンスター達が多く生息しているのは、その影響を受けたからだという。

海竜種や魚竜種の祖先はその頃からこの砂漠に住み着いていたのだろう。

資料にはこの砂漠を超えたところに大穴があると書いてあったが、無事に抜けられるだろうか。

 

砂漠では、涼しくなるとネルスキュラ亜種が狩りをするために巣穴から出てくる。幼体はラングロトラやボルボロスに捕食されてしまうが、成体にもなると天敵がいないので陽が落ちる前には大穴まで辿り着く必要がある。

足早に歩いていると、表面に穴の空いた縦長の岩のような物が何個も立っていた。

 

「オルタロスの巣か。近づくと厄介だ」

 

オルタロスは小型犬ほどの大きさの甲虫種だ。鋭い顎を持つが性格はおとなしく、下手に刺激しなければ襲われることはない。

しかし、噛まれれば確実に出血する程強い顎の力を持っているので、あまり近づきたくないモンスターだ。

巣の近くでは三頭のアプケロスが腹を内側に向けて寝そべっている。

 

「アプケロスの集団防衛.....オルタロスに怯えるはずがない」

 

巣を避けて歩いていたが、何より近づきたくない理由になっているモンスターに見つかってしまった。

 

前に突き出た岩のような頭殻が目立つオレンジの顔。

筋肉の詰まった逞しい脚。身体中に泥を纏って暑さから身を守る大型の獣竜種。

全身を覆う茶色の甲殻は重く頑丈で、重量級の装備の素材にされることが多い。

土砂竜ボルボロスのお出ましだ。

 

遠くの方に影を見たかと思うと、餌場に見知らぬ人影を見つけたことに腹を立てたのか、いきなり突進してきた。

ボルボロスの最大の武器は健脚から繰り出される強力な突進だ。10メートルを超える巨体と見るからに重そうな甲殻を持つが、その走りはケルビよりも速い。

 

「厄介な奴が来たもんだ」

 

冷や汗が首筋を下る。

頭殻に開いた鼻腔から汽車のような音を立てて繰り出す突進は、一発で岩を粉砕する威力だ。

直進的な突進だが、オルタロスの巣も簡単に破壊してしまう程の破壊力を持つ。優れた防具を身につけていても布切れと変わらない。

しかし、大きく回りこんで逃げても二発目の突進を繰り出されてしまう。

今のうちに巨槌のような突進を封じておきたい。

 

正面に突っ込んでくるボルボロスに対してはガンハンマーをどれだけ大きく振りかぶっても勝てない。人の身につけられる力では、モンスターの持つ規格外のパワーには敵わないからだ。

武器をつけても力を誤魔化すことはできない。

大物狩りを続けているうちに、モンスターとは正面から戦わないことが大切だと学んだ。

後はガンハンマーが何か起こしてくれる。

柄に力を込めると、槌の部分が高速で回転してリボルバーの代わりになる。

ボルボロスに向かって左にローリングをして突進の軌道から外れて、横切る頭部にガンハンマーを擦り付けるように突き出す。

チャンスは一瞬。冷えた奇怪竜の皮は砂漠の気温の中でも集中力を保ち、ハンマーに力を込める動作を加速させる。

 

「私なら、間に合う!」

 

回転する戦槌が体表の泥を剥がし、火薬が炸裂して火属性エネルギーが甲殻を焦がす。

高い熱量で体を乾かし、日照りと共にボルボロスを灼熱地獄に引き摺り込む。

ハンターとしての打撃と火薬の爆撃を時間差で打ち込めるのがガンハンマーの強みだ。

ボルボロスは体温が高いので、乾燥や酷暑で体がオーバーヒートしないように泥を守って体温を下げるという生態を持つ。

そのため、火属性エネルギーに優れたガンハンマーはボルボロスと相性が良い。

突進を外したボルボロスは勢い余って突進を外した後も走っていく。

 

「頭に当てたはずなのに減速しない.....あの頭骨どうなってやがる!?」

 

力を溜め切ったガンハンマーの一撃は大きく育ったアプトノスすら一発で混同させる衝撃を放つ。

しかし、そこに火薬の爆発が加わったというのにボルボロスの動きを弱めることもできなかった。

それどころか、ボルボロスは余った力だけでオルタロスの巣にぶつかり、なんとオルタロスの巣を粉々に砕いてしまった。

 

パラパラと砂を落としながら頭を上げたボルボロスが足元を見ると、家を壊されて怒ったオルタロス達が集まってきていた。

 

オルタロスは腹部から強酸性の液体を飛ばしたり、接近して脚に噛み付いたりして攻撃したが頑健な体を持つボルボロスには効果が薄かった。

それどころか、ガンハンマーの攻撃を受けて気が立っていたボルボロスは足元のオルタロスを喰い殺してしまう。更には散り散りになって逃げるオルタロス達を一匹ずつ頭殻で潰してしまった。

あの戦鎚のような頭殻を叩きつけられたら、人間でも血溜まりにされてしまう。

虫の体液を浴びて黄金色に艶めく土砂竜の姿は太陽のように美しかったが、タフで俊敏な土砂竜と一戦交えるのは骨が折れる。

棘竜や恐暴竜と比べればまだ勝機のある相手なのだろうか、どれも殺される危険のあるモンスターに変わりない。

 

油断のない目つきで睨み合う。

モンスターの生の唸り声が低く鳴り響く。

一方、ガンハンマーは静かに唸る。武器はハンターのもう一つの体だ。多くのモンスターは防具を纏った狩人より武器の動きに反応する。

物騒な凶器が、人間より強い傷つける力を持っていると知っているからだ。

ボルボロスはギラギラと輝く日光の下で暫く唸りながら止まっていたが、泥が剥がれた部位の乾燥を嫌がったのか背を向けて去っていった。

私の排除は諦めてくれたようだ。

 

これでやっと先に進める。不味い携帯食料で栄養を補給しながら、砂の固まった道を通った。

 

安全に生きられる都市部に住まなかったのは、失業しても生活に困らないからだ。

社会に馴染むのは得意じゃない方だった。

私は頼んで生まれてきたわけでもないのに、社会は生きることにも金を要求する。そんな社会に付き合ってられなかったからハンターになったが、それで何か解決することは無かった。

ハンターにはハンター達の社会があって、ギルドのルールに縛られている。都市部で働く人よりは貧しくて余裕があるが、期待していたスローライフの実現はまだ先になりそうだ。

フリーのハンターになることも考えたが、わざわざ専属のハンターを雇う程資源に余裕がある村は少ない。クエストを受注するのもじれったいから、ギルドに所属した方が楽だった。

 

赤い衣の男は幼い頃からの友達だ。

今では他人行儀で冷たい司令塔になったが、昔はよく一緒に遊んだものだった。

私が一人でモンスターのいる危険地帯を冒険した日には、あいつは大慌てで追いかけてきた。

そしてその日から、モンスターの事についてあいつの知っていることを毎日のように聞いた。

私はモンスターにはそんなに興味はなかったが、あいつはモンスターが大好きだった。

だから話の内容はよく覚えている。最初のうちはモンスターの危険を伝えるために怖い顔をして話すけど、話しているうちに生き物への好意が溢れて柔らかい顔をする時があった。

一方的に、将来は一緒にハンターになって狩りに行こうと約束した時、あいつは渋々頷いていた。

本当はきっと.....

 

過去のことを考えていると、顔の横を蝶のような虫が横切って心地良い風が吹いた。

風でフードが脱げて、長髪がサラサラと風に靡く。暗かった視界が照らされた気がしたので先をよく見渡すと、ついに目的の大穴が見えてきた。

 

「やっと、追いついた」

 

地形の特色から、かつてギルドによって居住地としての利用を検討されていた大穴だ。

底が見えないほど深く、街が幾つも作れそうな程広い。大穴の内部には、遺跡に混ざって形の綺麗な建造物が建っていた。きっとギルドがここを居住地にしようとした時に建てたのだろう。

 

〜大穴 遺跡発掘拠点

 

「人と竜の戦いの先には竜大戦しかありません。

しかし我々の力なら大戦を止めることができます。共に赤き王を讃えましょう」

 

ギルドに秘匿されていた異常の力、それが赤龍ムフェト・ジーヴァだ。最強の古龍アルバトリオンと双璧を成す完全生物。

赤衣の間では、数多の古龍の屍を捧げることで降臨すると信じられている。

体内で生成可能なエネルギーを循環することで外部からのエネルギー摂取を必要としない。

思いのままに世界を変える力を持つ赤龍の力を借りることで、黒龍による滅びの運命から解き放たれることが赤衣の教義だ。

世界を終わらせてはいけない。

星が燃える日を繰り返してはならない。

赤は血の色を表し、生命を象徴する。

赤龍信仰は、生命を愛する者の信仰だ。

 

赤衣とは、大穴の地下深くで発見された神の繭を所有する大規模な組織である。

赤龍は古龍の王だ。ジーヴァは霊魂を意味するらしい。大陸に一頭ずつ生息し、全てのバイオームの古龍を支配していたムフェト・ジーヴァはまさに大陸に受肉した神の魂のような存在だった。

地脈エネルギーに影響を与えることでモンスター達を移動させることができる赤龍はその力で外敵を遠ざけ、無敵の生物として君臨していた。

アルバトリオンによる『神への挑戦』によって幽世線が失われるまで、赤龍の支配によって世界の均衡は保たれていた。

 

「私は人類が滅びても構わないが、先立たれたくない者がいる。そのためには赤龍の力が必要だ」

 

「それはいにしえの龍秘宝ですか。大したものです。貴方は古龍に選ばれた特別なお方だ。

その力で赤龍に何を望むのですか?」

 

「人とモンスターの争いのない世界を作りたい」

 

天廊で回収された文書には、絆石と呼ばれる特殊な結晶を生成する方法が書かれていた。

絆石は使用することでモンスターの使役させることができる画期的なアイテムだ。

 

天廊で回収された文書によると、マネルガーはモンスターを操ることでモンスターの脅威から人々を守ろうとした研究者なのだという。絆石の力を使えば、生態系に対する影響を抑えながら人々を守ることができるようになるだろう。

マネルガーが開発した人工絆石のプロトタイプには絆原石と呼ばれる特殊な石が使われていた。

我々の世界ではまだ絆原石の発見には至っていないが、いにしえの龍秘宝に秘められた地脈エネルギーは絆原石のエネルギーとよく似ている。

恐暴竜の尻尾を回収して研究している赤衣は、恐暴竜の宝玉から莫大な地脈エネルギーを取り出す技術を持っていた。

長い年月をかけていにしえの龍秘宝の研究を続けた我々は、ついに絆原石の開発に成功した。

 

「俺が竜大戦を止める」

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