水竜を恐暴竜が打ち倒した次の日、僕が幻獣から古龍の大秘宝を託された次の夜。星が綺麗な夜。
水竜のブレスで屋根が無くなった避難所で、家を失った仲間と一緒に星を眺めながら寝そべった。
「君もここに居たんだ」
「私の家、崩れちゃったんだ」
「僕のところも、ガノトトスにやられちゃった」
「それじゃあしばらく、外で寝る事になるね」
「夜だけは一緒だね」
「昼だって一緒だよ」
「君はハンターの仕事があるじゃないか」
「私の心はここにあるよ」
「何それ、どういう意味?」
「大きくなったら分かるよ」
「僕はいつ大きくなれるの?」
「わからない。でも私が子供のうちに君は大人になるよ」
思わず顔をみる。ぎこちなく背ける。
「そうなんだ」
静寂、虫の音、葉鳴り。
「大きくなったら、研究員になるんでしょ」
「うん」
「モンスター、好きなんだよね」
「人間よりは好きだよ」
「ありがとう」
「変なの、君だって人間だろう?」
「じゃあ私のことは嫌いなの?」
「モンスターより好きだよ」
「知ってる。意地悪な事聞いちゃったね」
「いいんだ。君が知りたかったんだから」
「でも君は私が嫌いになるよ」
「どうして?」
「私がハンターを辞めるっていったら、君は喜ぶでしょ?」
「うん」
「私はハンターだから、モンスターを殺さなくちゃいけない」
「そうだね」
「もし君が私のことを好きだったら、君は苦しい思いをするよ」
「うん。僕もそう思う」
君は少し笑う。
「否定しないんだ」
「苦しいよ」
「村の皆が生きていくためにはこうするしかないんだよ。ごめんね」
仰向けに寝そべっていた君は、僕に背を向けるように横向けになった。
「アンセス、僕はね、君さえ無事ならそれだけでいいと思える」
「そっか」
「アンセス、例えば君が勝てないようなモンスターが出てきても僕は怖くない」
「勇敢だね」
「君がここに居てくれるなら」
「きっと居るよ」
「私はずっとここにいるよ。でも君はここにいちゃだめだよ」
「どうして?僕はここに居たい」
「私は竜人だからまだ大人になれないよ
君は私より先に大人になって、私より素敵な人間と恋をして、私のことは忘れていいんだよ」
「違う、それは違うよアンセス」
逆光、眩いモルゲンロートが目元を隠す。
微笑んだ口元を憶えている。
違う。君の姿はだんだんと小さくなっていく。その輪郭に手を伸ばす。月日が僕らを隔てる。
「君じゃなきゃ意味がないんだ」
何千、何億の命の中、君の存在だけが本当の赤い月だった。
「ずっと前から知ってたんだよ」
「君が、神様だってこと」
漣が鳴る。
この記憶を捨てる。忘れようとする。
ああ、夢か。
「酷くうなされていたようですね」
目の前に立っていたのは、赤衣の司祭だ。
「すまない。偶に共鳴現象が起こるんだ」
「ほほう、竜人ではない貴方に共鳴が?」
「何かを思い出させようとしてるように何度も昔の夢ばかり見る。
ギルドの学者にも聞いてみたが、古龍より高次のエネルギー反応ということしかわかっていない」
「神だ」
「やはり貴方が赤衣を訪れたのは運命です。偉大なる古龍の王の勅令を受けて、大いなる意志が貴方を導いている」
「完全生命体ムフェト・ジーヴァか。
彼なら知ってるやもしれんな。俺に共鳴を起こす存在のことを」
「しかし赤龍は煌黒龍の審判によって現在は休眠状態です。
神とやらを突き止めてどうするのです?」
赤衣の男は暫く考え込んで、それから口を開いた。
「一度会って話したい。それだけだ」
〜寒冷群島
ここは化物の海、化物の島。
旅人を凍て付かせる人魚姫。
獣を啜る虚の首。
塗れた包丁を引き摺る鬼。
屈強な兵士たちが泣いて逃げ回る奇怪な地獄。
その始まりは、槍で討たれた巨龍の呪い。
龍の怨念は化物を呼び寄せ、怪異の蔓延する恐怖の饗宴の中に人々を誘い込む。
此処は地獄。悪漢は凍えて生き血を流す場所。
巨龍の伝説は現実に直面する。
人魚姫、鬼、妖怪。
それは子供を躾けるための童話だ。
子供はやがて大人になり、現実を知る。
そして現実は語る。童話は童話に過ぎないと。
饗宴を破壊する現実の名はバゼルギウス。
童話に牙を剥く冷酷な現実だ。
寒冷群島を縄張りに定めた非道は、領土からゴシャハギを追放するべく爆撃を再開する。
姿を消した狩人には目もくれず、自らの縄張りに滞在する捕食者だけを徹底的に排除するのだ。
極寒の地を丸焼きにする火炎の雨は、その爆撃によって逃れる岩陰すら破壊する。
生物の塵すら残さない破壊力が一体を覆い尽くし、当地を縄張りにしていたヨツミワドウやオサイズチが移動を開始する。
まるで古龍のような生きた災害として、一度降り立っただけで周囲は爆炎に覆われる。
それでもこの地を去ろうとしないのは、雪鬼獣、氷牙竜、そして眠狗竜たちだった。
不意に訪れた災厄のような竜に対して歯向かう決意をもってそれぞれの縄張りに立ち続ける。
少し前までゴシャハギの鋭利な氷刃で血を流していた竜は、気の昂りによって眠れる力を解放したことで既に手のつけられない脅威と化していた。
すっかり興奮状態に陥ったバゼルギウスは見境なく爆鱗を落としながら寒冷群島を飛び回り、その熱で海水が蒸発して島中に蒸気が発生した。
ヘッドライトのような雪鬼獣の眼光は、水蒸気の中を貫いて飛行する赤い発光体を見つめる。
ゴシャハギにとって、寒冷群島はかけがえのない故郷だ。寒冷地の少ない現大陸の東ではゴシャハギが生息できる環境は少ない。
その寒冷地を大陸の外から現れた侵略者に奪われるわけにはいかないのだ。
かつて餌場を巡って死闘を繰り広げた怨虎竜や轟竜のような脅威。その中でも攻撃の届かない空中から高熱の爆鱗を落としてくるバゼルギウスは過去最大の強敵だ。
体を擦り付けて匂いをつけた岩肌さえも、爆鱗によって砕かれている。
突如として襲来した飛竜は好敵手ではなく、寒冷群島全域の生物にとって脅威となる天敵だった。
雪鬼獣の体を覆う分厚い甲殻も、あと何度爆撃に耐えられるかわからない。
浜で怪物を迎え撃とうとしていた人間たちは散り散りになって逃げてしまった。
この島を守ることができるのは島に残った少数の大型モンスター達だけだった。
日頃から縄張り争いに躍起になっている大型モンスター達が、この日だけは雁首揃えて一頭の飛竜と戦わなければいけなかった。
争いを音で感知するために聴覚が発達しているバゼルギウスは、視界の悪い水蒸気の中でも目標の位置を正確に捕捉することができる。
尾を振った勢いで飛ばした爆鱗は、非道に抵抗する勇者の肉体を確実に焼き払う。
爆風でバギィの体が宙に舞う。
熱波で空中の怪物の姿が激しく歪む。
地上から飛び立った白い影は最後の白騎士、氷牙竜ベリオロスだ。
一対の琥珀色の牙を双剣のように携えて冷たい透明の空を舞う。
ナルガクルガの近縁種とされる前翼脚竜上科のベリオロスは強靭な前脚を持ち、屈指のスピードで氷や雪の上を駆ける孤高の捕食者だ。
原始的な飛竜の体型に近い前翼脚竜上科の中では珍しく飛行能力にも長けており、寒冷地における機動力はかの千刃竜にも引けを取らない。
特に山や洞窟では壁を利用した立体的な動きによって外敵を追い詰めることができる。
千刃竜や風漂竜など、他の強大な大型飛竜と獲物を奪い合う非常に強力な存在だが、不気味に浮遊する銀獅子の前では少し華奢に見える。
地上では轟竜、雪鬼獣と名だたる怪物が日夜暴れている寒冷群島だが、侵略者から空を守ることができるモンスターはベリオロスしかいない。
居城を脅かされた凍れる騎士は表情ひとつ変えずに難攻不落の空中要塞へと飛び立つ。
歪んだ殺気に体が竦む。
天空の王者と呼ばれる火竜でも敵わなかった。
それでも、この居城を侵略者から守るためには無謀な空中戦に飛び込む覚悟が必要だった。
怪物の体から放たれる溶岩のような球体、それは古龍の息吹に匹敵する威力の爆発物だ。
ならば古龍のように――
――聳える風の柱が爆鱗竜攻略の鍵だ。
氷結袋の収縮、吐く息は冷たい。
まるで鋼龍クシャルダオラのスーパーセルのように、青い目の光が風を貫き、低温のブレスは螺旋状の気流を発生させる。
飛来する赤熱化した球を風が掴む。捕えた。
竜巻に巻き込まれた爆鱗は氷牙竜に届かず、風の中で爆ぜて煙幕と共に気流を掻き消す。
煙を抜けてその刀身は、標的に届く。
一瞬。鷲のような強靭な脚が氷牙竜を掴もうと空振る。噛んだ。その牙をこびりついた獲物の血液で群青に染めるまで、力を込める。
牙は怪物の太い首に深く刺さっている。
鮮やかな痛みが獅子を突き抜ける。
騎士の奇襲を受けた爆鱗竜は血を流しながら地上に向かって一直線に滑空した。
標的を捉えた顎に顎に力を込める。
果たして、仕留め切れるか。
深く刺した長身の牙を熱が伝う。バゼルギウスの体内はマグマすら生温い程の灼熱で満たされていた。これだけの熱量を保有しながらタンパク質の立体構造を維持している手段は不明だ。
アグナコトルのように断熱性の体液でも流れているのだろうか。
しかし、刺した牙がジリジリと焼かれていることは確かだ。
これ以上噛み続けるのは危険だ。
牙を抜きながら自ら起こした突風の渦に乗って、灼熱の飛竜から素早く離れる。
地面に着陸したバゼルギウスは体中の爆鱗を地面に叩きつける。爆発は雪の積もる寒冷群島に隕石が落ちたかのようなクレーターを作り出した。
爆発痕の中、混沌と不均衡の中心で典麗に咆哮するバゼルギウスの姿が見える。
戦いを重ねるごとに艶めく洗練されたミーイズム。それは悪意なき悪の美学。
怪異の巣食う魔界で、外から訪問したモンスターが島内最大の実力者として君臨した。
荒切り、再始動。
真紅に染まった顔面と鋭い眼光。一瞬の加速で刃先を伸ばす。
クロスした二つの氷の刃が交差を解くように空を切れば、貴公子が用意した反撃はメイスのように振り回された太い尾だった。
無数の爆鱗を携える為に強大に進化した尾は殴打だけで雪鬼獣の体を宙に浮かせ、地上を覆う逃げ場のない爆撃波が追い打ちをかける。
激怒に駆られた雪鬼獣が一発で大の字だ。
氷牙竜はあのゴシャハギがたった一度の攻撃で伸びてしまうほどの圧倒的な攻撃力を前に、正攻法ではあまりにも無力だと思い知らされる。
一か八か、脳天目掛けて牙を向ける。
空中からの急襲。
天地が逆転する視界。
接近する爆鱗竜の下顎を見上げて、気付いた。
滑空突進で爆鱗竜の甲殻を貫こうとしたはずが、逆に突進で撥ね飛ばされたのだ。
爪で頭部を焼いてベリオロスを殺そうとしたバゼルギウスの体を、雪鬼獣のブレスが突き飛ばす。
雪鬼獣は呼吸によって体内に溜め込んだ体液を腕甲殻の溝に吐きつけて冷やし固めることで氷の武器を生成する。
この体液は外的に吐きかけることによって、冰龍のように相手を氷漬けにすることができる。
しかし、それだけ強力な雪鬼獣のブレスを浴びても平然と歩くバゼルギウスの姿は、寒冷群島のモンスター達に雪よりも冷たい現実を突きつけた。
爆鱗竜は、瞬く間に体を覆う氷を溶かしてしまうほどの高熱を放っている。
これだけ攻撃しているというのに、爆鱗竜は消耗している様子が見られない。
背筋が凍るような耐久力に業を煮やしたゴシャハギは荒れた焦土の中を駆けずり回ってバゼルギウスに突撃する。
死に物狂いで襲いかかってくるゴシャハギを堂々と迎え撃つバゼルギウス。その表情には王者の風格が漂っている。
縄張りと定めた寒冷群島で暴れる捕食者を完膚なきまでに叩き潰し、島から捕食者を根絶するまで殺戮を繰り返すつもりだ。
バゼルギウスは頭を低く下げ、ベリオロスを押し返したように突進で撥ね飛ばそうとしたが、ゴシャハギはその裏をかいた。
跳躍して爆鱗竜の頭上を飛び越えると反対側に降り立ち、突進を外して振り向いたバゼルギウスの顔面を氷の刃で切り付ける。
氷の刃は硬い鱗や甲殻に覆われた頭部に叩きつけられると粉々に砕けて、細かく散った氷の粒が爆鱗竜から視界を奪った。
頭部を殴りつけられたバゼルギウスが悶絶している間に、ゴシャハギはもう片方の氷の刃を喉元を撫でるように動かして爆鱗を切り落とす。
そして後退しながら力強く腕を振って氷の刃を飛ばして爆鱗を傷つけ、爆鱗竜自身の爆鱗によって爆鱗竜を爆発の中に閉じ込める。
自身の起こす嵐のような爆発に巻き込まれても平気で狩りを行うバゼルギウスが自らの爆鱗で傷つくことはない。
爆炎の中から飛び出して、ゴシャハギの体に覆い被さるようにボディプレスを放つ。
しかし、氷の武器を失ったゴシャハギの拳がバゼルギウスの顔面に打ち込まれて拳爪が顔の甲殻を深く抉る。
渾身の一撃だ。
すかさず次の攻撃を繰り出そうとしたが、怪我と疲労で体が動かない。
頭を殴られて激怒したバゼルギウスが再びゴシャハギに飛びかかろうとすると、今度はベリオロスがバゼルギウスに飛びついて転倒させ、反撃を食らう前に空中に逃れた。
二頭の大型モンスターに囲まれたバゼルギウスは不気味な声で威嚇しながら不規則に翼を動かしている。
燎原。
果物を切る母、窓の外を見る一人娘。
「あ!光った!」
「そんなわけないでしょ。今日は晴れだよ」
「本当だって、まだ光ってるよ」
食事の支度を辞めた母親が娘のもとに寄り、指差した方を見る。
「ほら、あっち」
「どうして...」
天焦がす光、揺らめく大気。橙色だった。
寒冷群島の地上から、心を浄化するような神秘的な光が打ち上げられていた。
爆鱗竜 バゼルギウス
『大爆撃』
それはまるで、神火だ。
烈風は洪水のように熱を運び大地を洗い流す。
広範囲に撒かれた爆鱗を降下の衝撃で起爆し、あらゆる生物を巻き込んで死滅させる。
冷えた岩山の上から、二人の男が地上の出来事を眺めていた。
「何が始まるというんだ?」
「炎の洪水だ」
バゼルランディングと呼ばれるその行動は、もとは寄生虫を死滅させるための行動だったという。
大量の爆鱗を一斉に爆発させることで、バゼルギウス以外の生命体が死滅する焦熱の空間を作り出す。
その宣告に、各地で化け物達が目覚める。
己以外の存在を許せない異常な執着心が、眠っていた強者達を引き寄せる。
眩しく照らす夜更けだった。
のさばる物怪達が死せる後、最後の鬼が立ち上がる。
怪物は、喉元に葡萄の房のように熟した危険な果実を垂らして闊歩する。
水は干上がり、草木は焼けて亡骸が積もる。
爆鱗竜が通った後には、人もモンスターも寄り付かない静寂の庭が生まれる。
爆鱗の雨が降る危険地帯は、古の龍さえも避けて通るという。
そんな爆鱗竜の危険性が持つ不思議な引力に惹かれて、最初の猛者が動き出した。
火炎に包まれたゴシャハギやベリオロスすら、戦に飢えた獣の目には止まらない。
獣の吐く白い息は、バゼルギウスの生存本能を強く刺激する危険な香りを漂わせる。
孤高の修羅は安らぎを捨てて火に飛び込む。
それは血気の拳に憤怒を宿し、黒毛のベールで本性を隠した獣である。
軽薄な感情に従う魂に本当の充足は訪れない。
神秘を侵して喰らってこその強さだ。
血も涙もない煩悩を守るお前には到底分からないだろう。
血と涙を流してこそ、非道は成される。
怒髪、天を衝く。
強者を求めるかのように山野を渡り歩く超攻撃的生物。
大戦の残火の後始末。
金獅子ラージャン。
全長8メートル。体格の差は歴然。
閑寂を纏う漆黒の毛皮は闘士の本性を隠す鬼神のローブだ。
機敏な動きで崩れた岩の上に乗り、牙獣種特有のナックルウォークの姿勢からゆったりとした速度で上体を起こす。二足歩行。
逞しく発達した両腕を広げて天を仰ぐ。
牙を剥き出しにして息を吸い込み、銅鑼を叩くかのように空に向かって糾合する。
王は悪名高い貴公子を指名している。
「バゼルギウスの持つ強い力に引き寄せられたのでしょうか」
「違う。ゾラ・マグダラオスの骸から放たれる強大なエネルギーを守ろうとしているんだ」
赤衣の男がもう一人の男にそう告げる。
争いを感知する力に長けたバゼルギウスだ。
小型モンスターが逃げ出すほどの、金獅子の尽きぬ闘争心を感じ取れない筈もない。
メタル質の翼を海鳥のように広げたまま、表情一つ変えずに飛来する。
挑む者は決して許さない。
それがこの竜のプライドだ。
現実にあるまじき空想と空想にあるまじき現実。
銘打って御伽話と近代兵器の戦い。
異様。19メートルを超す飛竜と、10メートルに満たない牙獣の決戦。
肝の据わった金獅子は巨躯と異形を目の当たりにしても微動だにせず、まるで付け入る隙がない。
飛竜の王に代わって一帯を支配する貴公子は、来賓の王を天空から見下ろし、律儀に地に降りて挨拶代わりに赤く光る液体を吐きかけた。
火竜と違って火炎袋を持たない爆鱗竜は、火炎をブレスとして撃ち出すことが出来ない。
その代わりに、顎近くの爆腺から爆鱗と同じ腺液を勢いよく吹き出して衝撃を加えることで爆炎を生み出す。
『イグニッションブレス』
金獅子は広がりながら向かってくる爆炎を素早く躱してナックルウォークの姿勢で着地する。
趾行状態の後脚によるストライド走法が爆発的なスピードの回避動作を生み出す。
炎は止まらず、金獅子の立っていた崩れかけの岩が消し飛ぶ。
熱風を追って冷たい風が流れた。
この竜は強い。
死ななかった。この獣は強い。
痺れるように、焼け付くように、他の生物とは格の違う実力を感じる。
その歯牙ならきっと、この命まで届きうる。
興隆。戦場に咲き誇る二輪の花。
焔色と金色。二頭は一瞬の駆け引きで生命の危険を感じ取った。それは実力伯仲の証左。
プライドに傷をつけ、怒りに火をつけて――
――憤怒と、傲慢。
爆鱗竜は飛び立つと同時に脚の爪を振り翳す。
直面して気付く尖爪の熱量。
掠めただけで植物が発火する。
即座に顔を背けた金獅子の剛毛を焼き切る。
爆鱗竜は滑るように背後を取り、恐ろしい速度でそのまま上空を目指す。
危険だ。たった一度でも攻撃の届きにくい空中に逃れてしまえば、後は家屋を吹き飛ばし無数の命を奪った残虐な爆撃が始まる。
無慈悲な爆鱗から逃れる術はない。隙を見せた相手には前触れなく致命傷を与えるのだ。
それでも鬼神は稲妻より速かった。
凄まじいスピードで迂回する爆鱗竜の太い尾を掴む。金獅子奮迅。腕力を以て打ちのめす。
巨大な金属質の翼が何度も羽ばたいて抜け出そうとするが、金獅子の剛腕からは抜けられない。
足元に広がる大空、頭上に迫る大地。
意識が追いつく前に激しい痛みが体を襲う。
荒ぶる金獅子は20メートル弱の肉体を戦鎚のように振り回して地面に叩きつけた。
体格差をものともしない怪力に大地が震える。
たった一発で雌火竜を戦意喪失させる破壊力だ。
数多くの飛竜種を打ち砕いてきた力動的一撃である。
生物の闘争本能の極致たる攻撃性は、身の危険を顧みず標的の破壊に心血を注ぐ諸刃の剣だ。
そんな死と隣り合わせの生態と共に今日この日まで金獅子という種が続いてきたのは、戦いで命を落とす前に外敵を殺傷しているからだ。
尾を掴み、殺せる距離から顔を覗き込む。
愉快。悶える余裕も無いようだ。
地面にめり込んだ爆鱗竜の体を引き抜き、飛竜を空中に投げ出す。
重量級の飛竜が再び浮かされた。圧縮した雷属性エネルギーが生み出す爆発的な身体能力は、雪鬼獣のパワーを凌駕する。
しかし、無意識のうちに体を離れた爆鱗は金獅子の足元に撒かれ、空気と触れたことで酸化して大爆発を起こす。爆撃波だ。
奇襲燎原、意識の外から爆ぜる。
爆発に巻き込まれた金獅子は両腕を離し、空飛ぶ危険物を空中に解き放ってしまう。
たった三つの爆鱗で金獅子はなす術なく吹き飛ばされ、なんとか立ち上がったが足元が覚束ない。
赤く燃える恒星が空中に浮かび上がり、金獅子めがけて落下する。爆鱗を火薬庫のように携えた絶望の彗星が迫っているのに、金獅子は爆鱗のダメージで足に力が入らない。
衛生の如き爆鱗が五つ、逃げ道を塞ぐように金獅子の周囲に降り注ぐ。
爆鱗竜 バゼルギウス
『エアレイドボム』
無慈悲に降る延焼。それは金獅子の闘争本能を掻き立てる力の証明。そして、修羅すら慄かせる危険性の彗星。地上での重厚感溢れる動きとは打って変わり、恐るべきスピードで対象を捕捉して爆撃する。
何か不吉なことが起ころうとしている。
闘争を祟る破壊神に、闘争を究めた獣。モヤモヤと全ての輪郭が歪み、揺れて蠢いている。
「おい、爆鱗竜の方の空間が歪んでいるぞ。どうなっている?」
「周囲の気温が急激に上昇して、陽炎のような現象が発生しているようです。金獅子があれだけ苦しんでいるということは、あの二頭の周りだけ、気温が1,000℃を超えているということです.....」
「生物にそんな事が出来るのか?」
「あの二頭は通常の生物を大きく超越した存在ですから.....不可能な事も起こせるんでしょう」
「例えば.....スーパーノヴァ」
炎王龍テオ・テスカトル。
焦熱地帯に生息する火炎を司る古龍種。
火炎や爆発を駆使した高温の攻撃で知られている。その中でも超新星爆発を思わせる最大規模の攻撃はスーパーノヴァと名付けられており、その破壊力の前にあらゆる防御が通用しないという。
爆鱗竜バゼルギウスは赤熱化状態に限り、胴体の全ての爆鱗を爆発させることでスーパーノヴァに匹敵する火力の爆撃を放つことが出来る。
全身の爆鱗を失うことになるので一度の戦闘で一度しか行えない大技だが、その威力は壮絶。
かつて全ての爆鱗を爆発させた恐暴竜との戦いは、爆鱗竜の生息地である新大陸の中では、最も激しい戦いの一つとされていた。
これから金獅子に襲いかかる一撃はその片鱗。
「あれは.....想像以上です」
「危ない!伏せろ!」
地上に僅かな黄金の煌めきが走り、その光景すら爆風が消し飛ばす。
「耐熱の装衣とクーラードリンクを.....使ってください.....!熱攻撃じゃないのに.....このままだと我々も蒸し焼きです!」
その瞬間、エスピナス、イビルジョー、そしてマガイマガド。現大陸に君臨する規格外の怪物達が、揃って眠りから覚めたという。
爆鱗竜バゼルギウス、現大陸を巡る争いへの参戦の表明。それは金獅子との死闘によって大陸中に知らしめられた。
爆ぜる爆撃と炎。高密度の層となっている金獅子の体毛が外気を遮断する。それでも熱い。
灼熱の中、激痛が走る。
柔軟に折れ曲がった金獅子の右腕。折れているのか、曲げているのか。突進する爆鱗竜の背中に寝そべるように体を傾け、回転する。
紅潮した背中に乗り上げる。逃し切れなかった衝撃が体を打つが、痛みを堪えて吠える。
衝突から丁度一秒が経とうとしている。火の粉の降る爆心地、寝返りを打ちながら肘をついて跳ねる。爆風に乗じて宙を舞う。
間一髪で飛び上がったラージャンと土に身を擦り付けるバゼルギウス。
燃える風に吹かれて金色の鬣が靡く。
バゼルギウスの背後に着地したラージャンは目の前で起きた巨大な爆発を見据える。
全身に火傷を負い、熱風を浴びる。
「まさか.....生きて.....」
決着を知るべく、双眼鏡で爆心地を覗いた男は驚くべき光景を目にする。
地表に形成された小さなクレーターから出てきたのは、爆鱗竜だけではなかった。
全身に酷い火傷を負っているが、金獅子もまた、バゼルギウスの大爆撃を生き延びている。
黄金の姿ではなく、力を使い果たして黒い姿に戻っていることから、これ以上戦う余力はないのだろう。
爆鱗が爆ぜた後に白い煙が立ち上り、霧のような残響の中、堂々と立ち上がるバゼルギウス。
爆撃の凄まじさの中で増長し、金獅子の威光に怯むことなく火の粉の中で向き直る。
地面に手を着き、怪物が起き上がる姿を低い姿勢で注意深く睨みつけるラージャン。
力の拮抗した両雄の対決は、痛み分けの決着で幕を閉じることとなった。
〜ギルド
「マスター、寒冷群島の作戦が終わったようです」
「アンセスから既に聞いている。どうやら作戦は失敗したようだな」
「逃亡した人員のほとんどがラージャンによって殺害されました。
寒冷群島ではバゼルギウスとラージャンが激突、激しい戦いの末に寒冷群島から離れる二頭の姿が確認されています」
寒冷群島から離れたということは、命の危機を感じた二頭が寒冷群島に眠るゾラ・マグダラオスのエネルギーを諦めたということになる。
それは、ラージャンやバゼルギウスが超大型古龍のエネルギーを独占することで、より強大な存在になるという最悪の事態が未然に防がれたということだ。
しかしそれと同時に、現在直面しているバゼルギウスという名の大災難は古龍に匹敵する戦闘能力を備えているということも判明した。
「恐暴竜だけではなく、金獅子ラージャンとすら張り合うか」
「ドンドルマは突如姿を消した巨戟龍の調査、観測拠点エルガドは帰還したメル・ゼナの対処に手一杯でしょう。バゼルギウスに対処可能なギルドは我々しかいません」
「相手が神じゃないだけマシだ。ネセトの回収状況はどうだ?」
「ネセトの調査は赤衣に委託しています。金色の絲と竜結晶を使った絆石の再現に躍起になっているそうです」
「カムラの民は口を割らずか」
「導きの青い星が.....必ず進むべき道を示してくれますよ」
「頼んだぞ。アンセス」