息が詰まる程狭い世界から、解放されたのはあの日。
全てを燃やし尽くして舞い降りた爆鱗竜。
修羅の道を進む賊が、僕の目には無邪気な王子のようにみえた。
その目は濁らず、煩わしい世間のしがらみとは別世界にいるように澄んでいた。
怒りに燃えようと、それは美しかった。
恐れ知らずで、誰よりも誇り高かった。
生物を殺すことに関心が無かった。
空の暴君は感受性が無いかのようだった。地上では瑞々しい草木が失われていくというのに、図太く爆鱗を撒き散らすことが不思議だった。
思うがままに生き物を殺す身勝手な竜を見て、赤らむその体躯が天衣無縫だと思った。
煤けた翼が空を過れば、嫌なことはすべて吹き飛んで更地だけが残る。
その破壊には慎ましさがない。自由だった。
自分の殻を作っていた僕は、どこまでも気高く飛んでいく爆鱗竜に憧れていた。
目を閉じて膝を着き、手を合わせていた。
〜中央部の密林
標高の高いこの辺りの密林は、ドスヘラクレスなどの珍しい生き物が生息していることで知られる。強大な大型モンスターが多く技術の発達が遅れているこの地域にも、バゼルギウスの魔の手が差し掛かっているという噂だ。
爆鱗竜が寒冷群島から西へ移動したという報告によって、ギルドは被害の拡大を防ぐために捕獲隊を派遣した。
そのほとんどが実績のあるハンターで構成された小規模の捕獲隊は、密林の中の小さな村に宿泊することとなった。
これは、月が上った晩のこと。
村人から、南の方角に人ではない影を見たという報告が入った。
村の外周は小さな堀と木の塀で囲まれているが、これでは心許ない。
しかし、石で巨大な壁を作ったとしても強大な大型モンスターが通れば全て破壊されてしまうため、長い時間をかけた大規模な工事は出来ないのだ。
モンスターが現れた理由は定かではないが、普段とは違う匂いに誘き出されたのだろう。
この付近には多数の大型モンスターが暮らしており、この村では狭い地下室に身を隠すことによって襲撃を凌いでいるのだという。
「村の周囲を見張ろう。モンスターの狩りに休みはない」
暗闇を泳ぐのは風に流れる穏やかな毛並みだ。
充血した眼の杆体細胞はスコープのように闇の中の獲物を見定める。
二つの凶器を携えて、僅かな死角をするすると這い回る宵の捕食者。
密林に迷い込んだ狩人達は知らぬ間に追いつめられる。
「落とし穴が破壊されている.....この痕跡、モンスターがいるのか?」
アイテムポーチに手を入れる。
狩りで最も重要なのは、最初の数秒だ。
モンスターたちは、鋼鉄の鎧を着込んだハンターすら一瞬で簡単に殺すことができる。
だから、一瞬の隙を作ることが重要なのだ。
静寂の中、痺れる緊張が狩人を刺激する。
「中々痕跡を見せない。長期戦になるぞ」
「一人やられた。何が大きな物で殴られたようだ。救護班が治療しているが、裂傷のせいで時間がかかる。これからは三人の狩りだ」
「了解」
裂傷。モンスターの攻撃による深い切り傷で、激しい運動をすると傷が開いてしまう。
どうやら、モンスターはあえて急所を外すことでハンターの頭数を減らそうとしているらしい。
「どうやら、この付近で一番危険な奴が来ているようだな」
「お前も気づいていたか。この嫌な気配...恐らくナルガクルガのものだろう。バゼルギウス用に調整された俺たちの装備では勝算はない。
どうする?ここは一旦退くか?」
おそらくこの密林の主として君臨しているモンスターが直々に動いたようだ。
ドスフロギィやネルスキュラも厄介だが、夜のナルガクルガは特に危険性が高い。
「今リタイアしても車を引くアプトノスが襲われるだけだ。まずはこの夜を凌ぐぞ」
「了解」
迅竜ナルガクルガ。ティガレックスと並び、ハンターが最も恐れるモンスターの一種だ。
漆黒の体毛を持つ夜行性のモンスターで、闇に溶け込みながら素早い動きで獲物を撹乱して捕食する。頻繁に人里に現れるモンスターではないため目撃情報は少ないが、噂ではあのリオレウスに匹敵する実力を持つとされている。
リオレウスといえば、飛竜種の頂点に立つモンスターだ。もし勝てば一躍英雄、負ければ命の保証はないとされている。
狩猟対象としては最上位のモンスターだが、今戦って勝てる相手ではない。
まずは眠気と戦いながらこの夜を越す方法を考えなくてはならない。
それにしても、正面からの戦闘を好まないナルガクルガが村を襲撃することは不思議だ。
何かが起きて気が立っている可能性が高い。
気を引き締めて呼吸を整える。
「何が来るぞ。ナルガクルガか?」
林の奥から、豹のような足取りで歩いてくる一頭のモンスターがいた。
「違う、もっと大きい.....」
死神のような風貌のモンスターだった。
体色はナルガクルガのように黒く、翼は垂れ下がって網膜で体を覆っている。
その顔に目にあたる器官は見当たらず、どのようにして周囲の状況を把握しているのか不思議だった。
「あれはゴア・マガラじゃないか.....?」
「新種のモンスターか?」
「古龍の幼体だ。どうやら俺たちはナルガクルガとゴア・マガラの縄張り争いに巻き込まれたようだ」
〜ドンドルマ管轄地域、西部
密林に派遣された狩人達との連絡が途絶えた翌日、ついにドンドルマ付近まで迫ったバゼルギウスを撃墜すべく、上位ハンターの中でも屈指のボウガンの使い手達に招集がかけられた。
「目標を確認。西に向かって飛行中です」
「背後から目標に接近するモンスターを確認。
あれは.....ゴア・マガラ?」
「黒い外套と鱗粉、確かにゴア・マガラと見て間違いはなさそうだ」
密林の激闘を制したのはゴア・マガラだった。
カモフラージュの得意なナルガクルガを仕留めることは出来なかったが、その腕力でハンター達を捩じ伏せ、圧倒的な力を証明したのだ。
戦いに惹かれる性質を持つバゼルギウスと、凶暴で他のモンスターに襲いかかる生態を持つゴア・マガラ。互いに互いの脅威を知り、手を打たないはずがなかった。
「目標の周辺に黒い球のような物質が拡散!あれが.....爆鱗?赤熱化します!」
「まずい!伏せろ!」
不定形の火炎の塊が荒々しく膨れ上がり、高熱に弱いゴア・マガラを容赦なく包み込んだ。
たった数粒の爆鱗だけで目を疑うほどの火力。
これを生きている限りは投下し続けるモンスターだ。とても共存できる生物ではない。
「.....」
「無事か!?状況はどうなっている!?」
「目標、黒蝕竜と思われる古龍と共に墜落!前線の部隊は衝撃波で壊滅した模様!」
「追え!この先は被害地だ!なんとしてもここで仕留めろ!バゼルギウスには通常弾による射撃は通用しない!斬烈弾を使え!」
「まずいぞ!立入禁止区域に突入した!」
「この先はセルタスの生息地だ。地中に眠っているアルセルタスを起こすなよ!」
「ゴア・マガラが交戦している!」
「狂竜粉塵爆破、バゼルギウスに命中!
外傷無し!狂竜化の兆候もありません!」
「ゴア・マガラがバゼルギウスを抑えつけて.....いや、これは.....苦しんでる!?」
次々と飛び交う報告は、ゴア・マガラと激しく争うバゼルギウスの状況を伝えた。
そしてその声を遮るように地面から巨大な火柱が立ち、木々を砕いて燃やした。
その光景は、まるで戦争のようだった。
そのとき、部下の一人が動揺した様子で声をあげた。顔はこわばり、大量の汗を流して足は震えている。
「ゴア・マガラの後方から巨大な影が接近!」
「こいつは...駄目だ!撤退します!」
武器を捨てて逃げ惑うなど、ハンターとしては本来あり得ないことだ。
厳しい試験に合格したハンターなら、武器の重要性をよく理解しているはずだ。
しかし、必死に逃走する隊員たちは指示が聞こえないほどパニックになっていた。
「おい!勝手に持ち場を離れるな!」
「.....」
棒立ちで手に持っていた武器を落とす者もいた。
部下はみな沈黙して、返事をしなかった。
完全に希望を失っていたのだ。
「.....どうした?」
「隊長、逃げるなって.....それは無茶ですよ」
「なんだと?」
「だってあれ.....見て.....」
「な.....!?」
言われた通りに、視線を向けると翼脚を引きちぎられたゴア・マガラが何者かを睨んでいた。
断面はドロドロに溶けて滴り落ち、白い煙が立っている。
「乱入を許した時点で、作戦は失敗です。
見えますか?あいつの歯に引っかかってるのは.....あれは間違いなく人間の鎧ですよ.....食われたんだ」
「なんと、信じられん.....ゴア・マガラの翼脚が砂糖菓子のように.....」
ゴア・マガラとバゼルギウスが怯むほどの、酷く悍ましい咆哮で遮られた。
状況が分かっていない隊長にも、何かとてつもない危機が迫っていることはわかった。
「逃げましょう.....隊長.....」
「しかし、このままでは市街地が.....そこにいる多くの人々が犠牲に.....」
「ま、まだ状況が分からねえのか馬鹿野郎!!
作戦は失敗だ!!今の俺たちの装備じゃあの化け物は倒せねえんだよ!!」
あのゴア・マガラが怯え切っているのだから、それだけの脅威が迫っているのだろう。
そんな強大な相手に対して、武装した人間では到底敵わない。
「畜生.....確かにお前の言うとおりだ。退避するぞ!奴がゴア・マガラを喰い終わる前に!」
黒蝕竜と乱入者は少し離れた位置から睨み合い、互いに飛びかかって激突した。
折り畳むように覆い被さり、捻じ伏せて殺す。
溶けた黒い甲殻、引き裂かれた肉。
まるで安物の玩具のように取り外された大型竜の頭部。
黒蝕竜ゴア・マガラを襲ったのは、抵抗の機会すら無い一方的な捕食だった。
これだけの怪物を平然と嚥下できるのは、一種しかいない。
それは、頭部を失って脱力したゴア・マガラをムシャムシャと食べ始めた。
黒蝕竜ゴア・マガラ。天廻龍シャガルマガラの幼体にしてゴシャハギやティガレックスを捩じ伏せるほどの腕力を誇るパワーファイターだ。
それが破砕機に投げ込まれたガラクタのようにひしゃげ、ちぎられ、最後は飲み込まれる。
抗うことの出来ない食物連鎖の頂点。
大自然に君臨する純粋で究極の剛。
それはバゼルギウスのよく知るモンスター。
「あれは恐暴竜イビルジョー。急いで撤退しないと全員捕食されてしまいます」
「そんなに恐ろしい奴なのか」
「ギルドはあのモンスターを古龍種と肩を並べるほど危険な存在に指定しています。大型古龍すら捕食対象と見做す化け物です。あそこの倒木に身を隠しましょう」
自然の超越者たる古龍すらも等しく平らげ、世界を喰らうもの。
全身が極度に発達した筋肉の塊ともいわれる、異常な容姿の獣竜種だ。
特定のテリトリーを持たず、常に各地を徘徊し、時には一帯の生物を絶滅に追い込むほどの捕食活動を持つ貪食なモンスター。
リオレウスやディアブロスなどの各地の生態系の頂点に君臨するモンスターすら圧倒的な強さで捕食することから、健啖の悪魔と呼ばれる。
バゼルギウスの故郷である新大陸においても、レイギエナやオドガロンといった一帯の主を蹂躙し、食物連鎖の頂点に君臨していた。
捕食者が縄張りに侵入することを嫌うバゼルギウスにとって最恐の外敵。
そして生命維持のための捕食活動を妨害するバゼルギウスは、イビルジョーにとって最大の外敵だった。
新大陸において、この二頭は捕食者の王の座を巡って争い続けるライバル関係にあったのだ。
緊迫した状況の中、二頭は姿を変えた。
爆腺が活性化し、甲殻の隙間から破裂寸前の手榴弾のように赤い光を放つ。
近づいただけで溶けてしまいそうなほど熱く、爆鱗のひとつひとつが煮えたぎるマグマのような色に変化した。
赤熱化状態。非道は一帯を火の海へと変えるつもりだ。体内の腺を流れる高熱の液体は、燃えるような怒りで世界を喰らう修羅の血だった。
暗緑色だったイビルジョーの肉体は内側から禍々しい赤い光を放ち、硬い肉の鎧は隆起し、皮膚がビリビリと破けて筋膜が露出する。
筋肉膨張状態。あらゆる行動が致命的な破壊力によって捕食を遂行する。
痛みが怒りを呼び覚まし、悪魔の如き暴力が顕現する。胸中を傷つけながら迸る龍の力は、紅蓮滾る衝動の暴発。
真正面に、龍光を帯びた肉の山が聳える。
見上げるほど高く、恐れるほど靭い。
裂けた皮膚の隙間からみえる筋膜はまるで絶壁。巨大過ぎる筋肉の爆発である。
首まで裂けた咬筋。獲物を狩る竜の目。
一度口に入れたものがどれだけもがいても逃げられないように舌先まで棘が生えている
無数の牙に覆われた顎が少しずつ接近する。
欲するがままに、傲れるがままに、猛者どもが吸い込まれていく見えない引力。求心力。
広大な森で、怪物二頭が所狭しと――
――閑寂を、ぶち壊す。
筋繊維の詰まった脚は大地を踏み締め、きのこ雲を思わせるほどに高く隆起した筋肉が収縮する。
戦闘開始のゴングは、爆音の咆哮。
一切の小細工すら要らず、生存本能に直接接続するこの暴力的な音波は被食者と看做す全ての存在に対して捕食の執行を告げる報せである。
飛竜種屈指の体格を持つバゼルギウスが、体格において不利になり、警戒して後退する。
相手の恐怖の感情を感じ取ったイビルジョーは身をすくめたバゼルギウスを上から見下ろすようにして躙り寄る。
イビルジョーでなければありえないことだ。
悪魔は地獄のような非現実を実現した。
ゴア・マガラの甲殻を溶かしたのは空腹時に分泌する強酸性の唾液だろう。
この涎をつけられると強固な甲殻もすぐに腐食してしまい、更に匂いでイビルジョーに追跡されてしまう。
攻防は一瞬。悲鳴と怒声が混ざった唸り声。
「災厄の波が来るぞ」
物理法則すら忘れさせるほど濃く、力強い。
20メートル超の巨躯を突き出すように跳躍し、地盤さえ削る鋭利な牙を突き立てる。
素早く身を引いたバゼルギウス。顎門が閉じる方がわずかに早かった。避けきれない。
だが曲線の多い甲殻は矢弾に強いだけではない。圧力を全体に逃して緩和するため、捕食者の牙が刺さりにくいのだ。
しかし相手は捕食者の王、イビルジョーだ。
重殻竜下目の飛竜ですら容易く噛み砕く暴力の化け物だ。
鋭利な牙は甲殻の上を滑り、滴る唾液で甲殻を腐食させながらガリガリと削る。
突進するディアブロスの角に噛みついて体を持ち上げ、地面に叩きつけると同時に角を粉砕したという報告もある。甲殻だけで凌ぐことはできないだろう。
攻撃に耐えられないことが分かったバゼルギウスは、下から打ち上げるように上体を起こし、体当たりを繰り出した。
攻撃は直撃。その衝撃は爆鱗を凌ぐ威力だ。
強い力で肉を叩く音が周囲に鳴り響く。
まるで撃龍船の大銅鑼のようだ。
「火竜の牙すら意に返さないイビルジョーがのけぞった!」
「爆鱗竜は身体能力まで高かったのか!」
大きくのけぞったイビルジョーに対して、バゼルギウスは頭部を低く下げて突進を繰り出す。
すると今度はイビルジョーが体を回転させて太い尻尾で薙ぎ払った。テールスイングに巻き込まれたバゼルギウスは転倒して爆鱗を撒き散らしながらゴロゴロと転がった。
涎を垂らしながら追いかけたイビルジョーの足元で複数の爆鱗が爆発して行く手を阻む。
一つ一つが嵐のような破壊力で周囲の植物を焼き払っている。
空飛ぶ危険物と称されるバゼルギウス、その被害は枚挙に尽きない。
移動中に剥がれ落ちた爆鱗によって何人、何匹、何頭もの命が奪われようが知らぬ顔。
これほどまでに強いのだから、何を殺しても仕方がない。生き物の命を奪うことに遠慮が無い、徹底的な殺戮。力の頂点に立つ者の権利。
突然の爆発にイビルジョーは少し怯んで体勢を崩したが、そのままタックルを繰り出してバゼルギウスを突き飛ばした。
あのバゼルギウスがケルビのように空中に投げ出され、地面に叩きつけられる。
地面が激しく振動して、土や石が舞う。
その向こう側から牙を剥き出しにした恐暴竜が強靭な脚の力で飛びかかり、喰らいつき、今度は甲殻の隙間に牙を食い込ませてバゼルギウスを軽々と引き摺り回した。
凄惨な暴力は標的を食い殺すまで止まらない。
「あのモンスターは悪魔か?」
「いえ、もっと恐ろしい.....生物です」
目まぐるしく変化するバゼルギウスの視界に映ったのは木、岩、地盤。
イビルジョーの牙に掴まれた途端、周囲の環境全てが体を傷つける凶器となる。
しかし、暴れれば暴れるほど振りまかれる爆鱗は岩すらも熱で溶かし、爆風で砕く。
凶器だった地形すら更地となる。
バゼルギウスもまた化け物だった。
地上は暴力と戦火に包まれていた。
「自然を作り変える生物など、古龍以外に聞いたことがないぞ」
ついに周囲にぶつけるものがなくなったイビルジョーはバゼルギウスを投げ飛ばし、龍拡散ブレスで追撃した。
霧のように広がる龍属性は属性の持つ侵攻力を弱体化、無効化する。
迸るドラゴンブレスを避けるように離陸したバゼルギウスは爆鱗を投下しながらイビルジョーの周囲を旋回し、爆鱗で取り囲んだ。
『エアレイドボム』と呼ばれる、バゼルギウスを代表する技だ。
イビルジョーの足元で複数の爆鱗が爆ぜ、地盤を砕きながら火傷を与えて怯ませた。
地上は赤く滾る爆鱗だらけだ。
周囲が燃えて誰が死んでも、爆鱗の雨が止むことはない。
「あのイビルジョーと互角か」
暴走した筋肉の怪物となったイビルジョーは唸り声をあげてバゼルギウスを追いかける。
飛竜の飛行能力を見ても脚力だけで対抗する自信があるのか、それとも怒りで我を忘れているのか、空中から爆鱗を落とされてもイビルジョーの動きが鈍る様子はない。
空中のバゼルギウスに向かって果敢に吠えながら巨大な体で前進する。
赤く輝く危険な飛行物体と血に飢えた怪物の激闘は、周囲の環境を破壊し尽くしても続いた。
股下を潜り抜けて逃げるなど考えられないほどの爆鱗と唾液が降り注ぎ、少しずつ仲間が命を落としていった。
ダイナミックな跳躍で爆鱗竜を捕まえようとした恐暴竜を激しい爆撃が撃墜する。
空中で爆発に吹き飛ばされたイビルジョーは地盤を齧ることで牙を研ぎ、素早く立ち上がって咆哮した。
「このままだと巻き込まれるぞ!」
木々の間を視線が貫き、空中のバゼルギウスと地上のイビルジョーが睨み合い、互いに吠える。
唾液のついた大牙が空を切り、バゼルギウスは威嚇しながら大きく旋回して爆鱗を落としている。熱を帯びた爪がイビルジョーの鱗に触れると、表皮の不快な滑りを乾かした。
「イビルジョーに見つからないように大きく動きましょう」
「危ない!避けろ!」
地上から大きく跳躍したイビルジョーがバゼルギウスの足に咬みつき、足元で爆鱗が爆発した衝撃でバランスを崩してバゼルギウスを投げ飛ばしたようだ。
二頭の怪物が落下すると、またもや地面は立っていられないほど大きく揺れた。そして墜落したバゼルギウスの体からボロボロと爆鱗が剥がれた。灼熱の地上を通り、爆風を掻い潜って距離を取る。
「危なかった.....あと少し避けるのが遅かったら押しつぶされる所でした」
仰向けに倒れたバゼルギウス。
かなり消耗している様子だ。
寝返りを打って先に立ち上がった恐暴竜が飛びかかる。
怒りで冴えた視界に映るのは倒れ伏すバゼルギウスのみ。胃袋に収める。ただそれだけのために、血のついた口で再び首元に齧り付いた。
着地の衝撃で爆鱗が爆ぜて、仲間の半数がその爆風で死んだ。
直撃を受けたイビルジョーも鱗が飛び散るほどのダメージを受けたが、バゼルギウスの首元を噛んだまま微動だにしない。
爆鱗竜は高熱を放つ両足で恐暴竜の体を掴んで引き剥がそうとするが、飢えた恐暴竜は全く動かずに噛み続けた。
爆鱗竜の抵抗が少しずつ弱まり、頸部の爆鱗が微弱な熱波を放ちながらバチバチと爆ぜている。
「戦いが.....終わった?」
上になった恐暴竜が筋力で勝り、喉笛に噛み付かれた爆鱗竜の動きが止まった。
断末魔のような酷い熱波が辺りを覆う。
事切れることを思わせる悲痛な鳴き声が聞こえた。
「死んだのか.....?」
「違う!これがバゼルギウスの狙いだったんだ!隊長!伏せて!」
肉と骨を破壊する突風。
鼓膜を破くかのような轟音。
家屋ひとつが消し飛ぶほどの大爆発だ。
体を焼かれるような熱風。
衝撃波は木々を薙ぎ倒し、伏せて衝撃に備えていた隊員たちを紙屑のように吹き飛ばした。
周囲は文字通り火の海と化し、火傷を負ってよろめいた恐暴竜を上空から見下ろす爆鱗竜の姿が見える。
「誰か.....誰か他に生き残っていませんか.....」
地獄のような戦いの後に待っていたのは、別の地獄だった。
「俺しか.....生きてないのか.....」
恐暴竜を引き剥がした大技で頸部の爆鱗を使い果たしたのか、バゼルギウスの首周りには爆鱗がついていなかった。
そして恐暴竜も疲れているようだった。膨張していた筋肉は収縮し、口から大量の涎が溢れている。
火炎は空すらも赤く染める。
戦いの終わりを告げる咆哮は、空襲警報のような音だった。
捕食に失敗したイビルジョーが撤退していく姿を見て、男はただ唖然としていた。
「そうか.....イビルジョーでも駄目だったんだな.....早く退避しないと.....」
「その前に.....何か、彼らの生きた証拠だけでも持ち帰らなきゃ.....」
焼けた仲間の遺体に駆け寄り、何か残っているものはないか物色する。
「駄目だ.....全部跡形もない.....せめて、せめて情報だけでも.....無駄にしちゃ駄目だ.....」
決意を固めて空を見上げると、そこには絶望が広がっていた。
雲すら見えない。空を覆い尽くすような夥しい数のアルセルタスの群れ。
地中で休眠状態になっていた個体が、バゼルギウスの爆撃によって目覚めてしまったのだ。
地上から立ち上る黒煙と区別がつかない。
バゼルギウスは怪物達の指揮を取るように猛々しく咆哮し、西へ向かって飛んでいく。
涙を擦り、溜息をついて呟いた。
「地の底から、蝗の群れが地上へ出で来た」
〜ギルド
「何?アルセルタスの大量発生だと?」
「本来セルタス種は地中で休眠する大量のオスを少数のメスがフェロモンにより覚醒させて惹き寄せる生態を持っています。
そのため、ゲネルセルタスの生息地は狩猟禁止区域に指定して地下のアルセルタスが目覚めないように保護させていました。
しかし、バゼルギウスとイビルジョーが同時に出現したことでアルセルタス達が刺激され、世界中に拡散してしまったとのことです」
「現在ギルドに所属しているハンターで対処は出来るのか?」
「二つ問題があります。一つは、ゴア・マガラの出現が確認されていたことです。現地でゴア・マガラがイビルジョーに捕食されていたとの報告があります。この報告が正しければ、地下のアルセルタス達が狂竜ウィルスの影響を受けている可能性があります。
もし、アルセルタス達が狂竜ウィルスに感染していた場合、宿主となったアルセルタスからゴア・マガラが孵化し、世界中がゴア・マガラの被害に遭う可能性があります。
もう一つはアルセルタスの飛行能力です。アルセルタス単体ならハンターランクの低いハンターでも単独で狩猟が可能ですが、何分彼らは非常に飛行速度が速いのです。すぐに手を打たなければ、世界中に拡散します」
「天敵の存在は?」
「アルセルタスを捕食するモンスターですか。
イビルジョーを除けば、大型飛竜の仲間がアルセルタスを好んで捕食するでしょう。
特に甲虫種を好むライゼクスなら一気に数を減らすことができますが、多勢に無勢ですね。
ゲネル・セルタスのフェロモンを利用したからくりの開発には少し時間がかかります。
ここは、各地のギルドに協力を呼びかけて少しでも個体数を減らした方が良いでしょう」
「分かった。そうしてくれ。メゼポルタの猟団にも手紙を出そう」
「ところでマスター、赤衣の監視はもうよろしいのですか?
まだ繭とはいえ、ジーヴァの保有は世界を脅かす危険です。アルバトリオンの覚醒を促せば、人類は終わりです」
「ゼノ・ジーヴァを討伐可能なハンターが居ない今、これ以上赤衣を刺激するのは得策ではないだろう。それに、赤衣が研究している絆石の性能には目を見張るものがある。
賭けもしなければ、モンスターの相手なんてやってられんよ」
「今日も三十人は死んだ。英雄なんて、死んだら庶民と変わらないぜ」
〜地下空洞
イシモリトカゲが這う壁面。
七色の光沢をゆっくりと視線で撫でながら、錆びた階段を降りる。
砂漠を越えても安心は出来ない。
古龍骨を持たない人類は、いくらハンターでも大型モンスターの脅威には無力だ。
砂漠の暗所にはネルスキュラ亜種のほか、散乱の時期を迎えて神経質になった雌のディアブロスが潜んでいる可能性がある。
この大穴は鏖魔と滅星竜の戦いによって地下空洞が開かれたものだ。
砂漠の気温から体を休めるために訪れた地上のモンスター達だけではなく、地下に住んでいたモンスター達もこの大穴を棲家にしている。
赤衣達はここで作業をしていると聞いたが、これだけ凶暴なモンスターに囲まれてよく襲われないものだ。
まとわりつく湿り気に覆われて、穏やかな人の気配に気づく。噂通りの綺麗な赤い衣を見に纏った男。だが、私の知る人ではない。
深く被ったフードは表情を隠す。
それは仮面をつけた私も同じだ。私たちは、声を頼りに対峙した相手の感情を知ろうとした。
「お待ちしておりました。ハンター様。同胞があなたのことを待っています」
「今の私は特命を受けて出動したギルドナイトだ。人間に武器を向けることを許可されている」
「それは失礼致しました。ではギルドナイト、こちらへ」
男は壁面の穴を垂れた蔓を掻き分け、不思議な虹色に艶めく横穴を案内する。
本能を刺激する香り。周囲に霧が立ち込めて、その中を通って抜けた先。
手を引かれるように誘われたのは、表情豊かな壁画と立派な果実を実らせた植生に囲われた地下の楽園だった。
カブトムシと蝶の混血のような、見たこともない虫がひらひらと舞っている。
「シナトオオモミジ?それともアミキリアカネ?この辺りでは見かけない種だね」
「あれは星羽蝶、浮世にはおりません。
この遺跡の固有種です。彼らは特有のフェロモンを使って宿主と会話します」
表情豊かに動き回る巨大な虫たちは、まるで猟虫のようだった。
黄金魚が泳ぐ地底湖。桟橋には独特の塗装が施された金の舟が浮かぶ。
森の中ではみたことがない偏った生態系。
怪物たちの巣窟とは思えないほど静かだ。
洞窟の天井では、古龍に反応した導蟲のような灯りが、仄かに明滅を繰り返している。
「どうか足元にお気をつけください。
我々はこれより彼岸へと渡ります。
モンスターにも渡れない酸の湖です」
「他では見られない生物が生息しているのは、この湖の影響なの?」
「ここの生物たちの多くはこの世界の生き物ではありません。幽世に住まう者たちです」
「かくりよ.....?」
「死んだ古龍のエネルギーは地面に染み込み、地脈と呼ばれる地下空洞を通じて繭に流れ込みます。強いエネルギーが時空の歪みを作り、そこに高次の力が加わる」
「都市伝説じゃないの?」
「自然法則ですよ。この遺跡では、かつて人為的に時空の歪みを起こす研究が行われていたんです。我々はその跡地で、彼らの研究成果を見ながらこうして舟を漕いでいる」
「研究は成功したの?」
「かつてこの地で鏖魔と争ったという滅星竜は幽世の生物です。
ギルドが塔や天廊と呼ぶ建物は、時空の歪みを起こすために作られた装置ですよ」
「そう」
気味が悪い。まるで別の世界に連れてこられたようだ。
地底湖の奥には、酸とは違う透き通った綺麗な水が溜まっている。
そしてその中をグラビモスとボルボロスの混種のような姿をした苔の生えた巨大な竜がゆったりとした動きで歩いている。
体から突き出たパイプのような器官、グラビモスを彷彿とさせる巨体。ギルドの資料には存在していないモンスターだ。
「壁や天井を渡って酸の湖を越えようとする大型モンスターは、あの水砦竜グレアドモスに撃ち落とされます。
我々は狙われませんのでご安心を」
グレアドモス。
始種と呼ばれるモンスターの一種で、太古から姿が変わらない希少なモンスターだ。
普段からこの洞窟を巡ってゼナセリスと争う程の実力者であり、高い防御力を持つことから水砦竜とも呼ばれる。
「ガノトトスと同じ.....いや、もっと強い威圧感を感じる」
「地底湖ではガノトトスやドスガレオスでさえ敵わないでしょう。地下の生態系には驚かされます。エルガドの大穴も調査したいのですが、あの付近にはメル・ゼナという古龍が大量に生息しています」
「バゼルギウスと戦った古龍?」
「エルガドに大穴を開けたガイアデルムという古龍がメル・ゼナ達と縄張り争いを繰り広げています。バゼルギウスと戦ったのは、ガイアデルムから逃げ出した個体でしょう。
神として畏れられる古龍でさえ、時には縄張りから退かねばならないほど世界は広いのです」
舟が桟橋に着く。
赤い光の尾を引く蝶が酸の湖の上を飛び回る。
そのすぐ下を、空腹の黄金魚が泳いでいる。
壁に埋まった骨は大きく、青く優しい光を放っていた。きっと古龍のものだろう。
「ダラ・アマデュラ古代種の骨です。この洞窟は彼の肋骨に支えられています」